映画『ポライト・ソサエティ』の痛快さと絶妙なセンスについて書くオラが村から世界へ パンジャーブのスーパー吉幾三と闇社会(その2)

2024年10月03日

オラが村から世界へ パンジャーブのスーパー吉幾三と闇社会(その1)


少し前に、Xで吉幾三の「おら東京さ行ぐだ」のヒップホップ的再評価みたいなポストがちょっとした話題になっていた。



そうだよな。
改めて考えてみれば、「俺ら東京さ行ぐだ」は、ラップだというだけじゃなくて、地元レペゼンや成り上がり的美学を取り入れたテーマもかなりヒップホップ的だった。
ローカルな訛りを活かしたフロウで、日本独自のモチーフを扱っているという点でも、同時代にラップ調の曲をリリースしていた佐野元春とかいとうせいこうより、よっぽどヒップホップの本質に近かった。ような気もする。


自戒の念を込めて書くが、日本人にはかなり長い間、土着的なリアリティよりもアメリカ的なサウンドとスタイルこそがヒップホップのあるべき姿だという意識があった気がする。
いいとか悪いとかじゃなくて、それはもうどうしようもない前提として、そうだった。
(今ではだいぶ変わってきていると思うけど)


というようなことを考える時、私はいつもパンジャーブのバングラー系ラップのことを思う。
ビートとしては常に「イマの音」を参照しながらも、歌い回しでは「俺たちのフロウ」にこだわり続けてきたパンジャービー・ラッパーたちのことを。


Karan Aujla "Who They?"



近年、パンジャービー音楽の成長が目覚ましいという。
イギリスのニュース専門チャンネルSky Newsによると、過去5年間の間にパンジャービー音楽のストリーム回数は、イギリスで286%、世界全体ではなんと2077%という驚異的な増加を示しているらしい。

いきなりパンジャーブとかパンジャービーという言葉が出てきて困惑している人のために説明すると、パンジャーブとはインド北西部からパキスタンにまたがる地域のこと。
パンジャービーといえば、2000年前後に"Mundian To Bach Ke (Beware of the Boys)"という曲をヒットさせたPanjabi MCを覚えている人もいるかもしれない。
彼はその名の通り、この地方にルーツを持つインド系イギリス人で、パンジャービーとは「パンジャーブ人/パンジャーブの」という意味である。
パンジャービーたちは、さまざまな歴史的経緯から旧イギリス領の国々にも数多く暮らしている。
「バングラー・ラップ」というのは、Panjabi MCのような、パンジャーブの民謡「バングラー」の影響を受けたラップのことで、我々がイメージするラップとはずいぶん異なる響きだが、少なくともインド本国や南アジア系の人々の間では、バングラー・ラップはラップ/ヒップホップの一形態として認識されている。




パンジャービー音楽シーンで、今「世界的」にもっとも人気があるシンガー/ラッパーを挙げるとすれば、カナダを拠点に活動するパンジャーブ系ラッパー/シンガーのAP DhillonとKaran Aujlaの名前は外せない。


AP Dhillon "With You"


Karan Aujla "Softly"


この2人に共通しているのが、パンジャーブの田舎町に生まれ、カナダに渡って「世界的」スターになったという経歴だ。
AP Dhillonはパンジャーブ州グルダスプル郡のムリアンワルという村の出身で、Karan Aujlaは、同州ルディアーナー郡のGhurala(どうカナ表記して良いかわからない)村の生まれだ。
田舎といってもせいぜい地方都市でしょう、と思う人は、村の名前のところからグーグルマップに飛べるようにリンクを貼ったのでクリックしてみてほしい。
近くの街まで数十キロ。農業地帯パンジャーブらしい、畑の中の村といった風情の、ほんとうのド田舎である。
(ちなみにGhurala村のグーグルマップには、Karan Aujlaの生家と思われる場所も投稿されている。個人情報もへったくれもないが、かつてはインドの2PacことSidhu Moose Walaの実家もファンによって晒されていたことがあり、パンジャーブではよくあることなのかもしれない)

Karan Aujlaは少年時代に、AP Dhillonは大学時代にカナダに移住しているのだが、今日の彼らの輝かしい成功は、農村で過ごした幼少期には夢見ることすらできなかったものだろう。
彼らの名前を聞いたことがないという人も、YouTubeでその名前を検索すれば、再生回数が億を超える曲がいくつもあることが分かるはずだ。
AP Dhillonは今年のコーチェラ・フェスティバルにも出演し、Karan Aujlaはカナダのグラミー賞と言われるジュノー賞のファン選出部門に選ばれている。
彼らは、地元カナダはもちろん、UKやオーストラリアでも、コンサートを開けばアリーナ規模の会場がソールドアウトになる「世界的」なスターなのだ。

と、さんざん持ち上げたあとに言うのもなんだが、ここまで彼らを評する「世界的」という言葉をカッコ付きで書いてきたのには理由がある。
彼らが多くの国で人気を博しているのは間違いないが、その人気には、やはり限定的と言わざるを得ない部分があるからだ。

端的にいうと、彼らの人気は、インド系、とくにパンジャーブ系の移民が多い地域に限られている。
地元カナダ、そしてツアーで回るUK、オーストラリア、ニュージーランドといった国々は、全てパンジャーブ系のディアスポラがある地域だ。
つまり、彼らのリスナーは、パンジャービーをはじめとする南アジア系の人々が大半を占めているのである。
この点で、彼らは、例えば英語でラップした"Big Dawgs"を世界的にヒットさせた南インド出身のHanumankindや、あるいは韓国語やスペイン語で歌って世界的なヒットを飛ばしているK-Pop、ラテンポップ勢とは「売れ方」が違うのだ。
(あたり前だが、音楽の優劣の話をしているのではない)

もう少しタネ明かしをすると、さきほど紹介したパンジャービー音楽のストリーム回数の爆発的な増加にも理由がありそうだ。
この5年間は、インドでの音楽サブスクの加入者が大幅に増加し、JioSaavnやWynkといった国内のサービスから、世界最大手のSpotifyに利用者が大きく流れた時期と重なる。
2000%もの大幅な増加は、単純に人気が20倍になったわけではなく、こうしたリスナーの動向の影響も受けているはずで、その点は一応考慮しておかないといけない。

それでも、最近のパンジャービー系ラップが、その進化のスピードを一段と上げ、急速に多様化し、かっこよくなってきていることは間違いない。
我々がそのかっこよさになかなか気づけない理由は、やはりバングラーの独特の歌い回しにあると思うのだが、聴いているうちに、そのソウルフルさやふてぶてしさに満ちた、エネルギー溢れるコブシが気持ちよくなる瞬間が必ずある(レゲエが初めて気持ちよく聴こえた瞬間みたいに)ので、騙されたと思ってやってみてほしい。







AP DHILLON "After Midnight"

(曲は1分頃から)AP Dhillonの新曲は、ヒップホップやダンス系に偏りがちなパンジャービーには珍しく、ロックテイストの意欲作。


Karan Aujla "Tauba Tauba"

Karan Aujlaはこの新曲で、これまでも数多く試みられている「ラテンとパンジャービーの融合」の新しい境地を切り開いている。


さらに興味深いことに、パンジャービーたちは、故郷の主要産業である農業を、ヒップホップ的な感覚とも接続したクールなものとして捉えており、別のラッパー/シンガーの例になるが、たとえばこんな曲もあるのだ。

Arjan Dhillon "Ilzaam"



Laddi Chahal & Gurlez Akhtar ft. Parmish Verma & Mahira Sharma
"Farming"

こっちの曲は英語字幕でリリックを読むことができる。
歌詞に出てくるジャット(Jatt)とはパンジャーブで大きな力を持つ農民カーストのこと。


ここには、自分たちの民謡であるバングラーをヒップホップと融合するのみならず、西海岸のチカーノがローライダーを乗り回すようにトラクターを見せつけ、コミュニティの生業である農業を誇るパンジャービーたちの姿がある(ギャングスタ的なワイルドさも含まれているのもポイント)。
あえてマイナーな曲を紹介しているわけではない。
"Ilzaam"の再生回数は2000万回を超え、"Farming"に関しては1億再生に至るほどの人気曲だ。


アメリカにも田舎暮らしの美しさを歌うカントリーのようなジャンルはあるが、こんなふうに地方の農業をヒップホップ的なクールさと結びつけて描けるジャンルや民族を、私は他に知らない。
しかも、地元の民謡の影響を思いっきり受けた歌い回しを取り入れつつも、ノスタルジーやコミカルさに逃げるのではなく、堂々たるカッコ良さとして描いているのである。


私が何を言いたいか、もうお分かりだろう。
自分たちの言葉で、自分たちのフロウで世界中の同胞たちに支持されているバングラー・ラッパーたちは、農業や自分たちのルーツをヒップホップ的なカッコ良さと分け隔てずにいる世界線(パンジャービー世界)の、スーパー吉幾三なのだ。


日本人にももちろん郷土愛はあるが、こういう誇り方はちょっと思いつかない。
ローカルな民謡や農業を、ニューヨーク生まれのカルチャーであるヒップホップと同じ次元で誇れるパンジャービーたちの感覚が、率直に言うと私は結構うらやましい。
うらやましいのだが、我々に染みついた「ダサさ/カッコ良さ」の定義の欧米的な基準はなかなかに根深く、吉幾三の「俺ら東京さ行ぐだ」を本気でかっこいいと思えるかと言うと、それはやはりなかなか難しい。
そもそもあの曲はカッコ良さやヒップホップを志して作られたわけではなく、コミックソングなわけだが、「田舎」や「農業」をカッコ良さとは正反対の「ダサくて笑えるもの」として扱うことしかできなかったところに、日本人の敗北があるのではないだろうか。


ないだろうか、と言われても困ると思うし、タイトルの「闇社会」の部分に全然行き着いていないのだけど、もう十分に長くなったので、続きはまた次回。



参考サイト:
https://news.sky.com/story/punjabi-music-sees-huge-rise-in-streams-but-not-all-fans-are-happy-13215350





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