映画音楽に進出するインディーアーティストたち映画『ポライト・ソサエティ』の痛快さと絶妙なセンスについて書く

2024年09月08日

ディスコ化するインドのヒップホップは新次元に突入したのか


最近インドのヒップホップシーンで、同時多発的にこれまでになかったテイストの曲がリリースされている。
それは何かというと、どこか懐かしさを感じるディスコ風のビートなのである。

2010年代に始まったインドのストリートラップは、2019年の映画『ガリーボーイ』でNasが大きくフィーチャーされていたことからも分かるように、当初90年代のUSヒップホップに大きな影響を受けていた。
以降、インドのラッパー/ビートメーカーたちは、トラップ、ドリル、ローファイ、マンブルラップなどのサブジャンルを次々と自分のものとし、今日のインドのヒップホップには、世界中の他の地域と比べて遅れをとっていると感じられる部分はほとんどなくなった。
インドのストリートラップの幕開けを2013年のDIVINEの"Yeh Mera Bombay"あるいは2014年のNaezyの"Aafat!"だと仮定すると、わずか10年ほどの間に、インドのシーンは90年代から今日までのヒップホップの歴史に駆け足で追いついたということになる。
そして、2024年。
突如としてインドに現れたディスコ・ラップは、インドのヒップホップがあっという間に同時代のヒップホップを捕捉したその勢いのまま到達した、新しい領域(ジャンル)なのかもしれない。


例えばデリー出身の若手人気ラッパーChaar Diwaariが7月にリリースしたこの曲。
(往年のマイケル・ジャクソンばりに曲が始まるまでが長いが、せっかちな方は2:35あたりまで飛ばしてください)

Chaar Diwaari "LOVESEXDHOKA"


タメの効いたブーンバップでも緊張感のあるトラップでもなく、性急で享楽的なエレクトロ的ディスコビートに、80年代ボリウッド(例えば"Disco Dancer")を思わせるコミカルなダサかっこよさを融合した曲だが、半笑いで聴いているとアレンジの妙に唸らされる。
タイトルのDhokaは「裏切り」「偽り」を意味するヒンディー語らしい。
Charli XCXっぽさも感じられるが、それよりももっと生々しくて、インドっぽい。
(そういえば、あまり音楽的ルーツには関係なさそうだが、Charli XCXはお母さんがインド系とのこと)
「インド的であること」とアメリカ生まれのポップミュージックの融合が、また新しい段階に突入したことを感じさせられる。


他のアーティストも聴いてみよう。
たとえばムンバイの新進ラッパーYashrajが7月にリリースしたアルバム"Meri Jaan Pehle Naach"には、全編に渡ってディスコサウンドが散りばめられている。


Yashraj, PUNA "GABBAR"


ダンスミュージックとしての強度、ルーツを感じさせるインド的な要素(ボリウッドのサンプリング?)、ファンク的な洒脱さ。盛りだくさんすぎる要素を持ちつつも、きちんとヒップホップとして聴かせるサウンドに仕上がっている。

かと思えば、こんなソウルっぽい雰囲気を持った曲も収録されていて、これがまたかっこいい。

"Kaayda / Faayda"


こういう16ビートっぽいトラックはインドのヒップホップではこれまでほとんどなかった気がする。
個人的にはこの曲はちょっと日本語ラップっぽい雰囲気があると思っていて、例えば田我流の2012年の名盤『B級映画のように』あたりに近い質感を感じる(たとえば「Straight Outta 138」とか)。
Yashrajのシブい声は、やはりインドではとても珍しかったジャズ/ソウル的なビートの"Takiya Kalaam"(2022)の路線に非常にハマっていたが、まさかこう来るとは思わなかった。


このディスコ・ラップはインド各地にまで浸透していて、ウッタラカンド州ルールキー(Roorkee)出身のラッパーFrappe Ashのこの曲は、もしDJだったらさっきの"Kaayda / Faayda"と繋げてプレイしたいところ。

Frappe Ash "CHAI AUR MEETHA"


「イノキ・ボンバイエ」みたいなこういうビートもやっぱりインドのヒップホップではこれまであまりなかったように思う。
タイトルの意味は「チャイとスイーツ」(つまりチャイラップでもある)。
この曲が収録されたアルバム"Junkie"はSez on the BeatやSeedhe MautのEncore ABJなどのデリー勢、アーメダーバードの新生Dhanjiなども客演しており、ここまで聴いた中では今年のベストアルバム候補に挙げられるほどの完成度なので、ぜひチェックしてみてほしい。


この手のディスコ・ラップは南インドでも散見されていて、チェンナイの新進ラッパーPaal Dabbaが3月にリリースしたこの曲も、ビートのタイプこそ違うが、ディスコ路線と十分に呼べるものだろう。
(イントロ部分も非常にかっこよくできたミュージックビデオだが、せっかちな方は曲が始まる0:55からどうぞ)

Paal Dabba "OCB"


ミュージックビデオの群舞はインド的とも言えるけど、むしろブルーノ・マーズあたりの影響を受けていそう。
古典舞踊のダンサーとか2Pacのそっくりさんが出てくるなど、見どころ盛りだくさんだ。
ファンキーなギターやサックスの音色が印象的で、インドのラップのディスコ化の一因には、ビートに生楽器が多く使われるようになってきたことも関係しているような気がする。
タイトルの"OCB"はタバコの巻紙のことで、一応One Costly Bandana(高価なバンダナ。ちなみにバンダナはインド由来の言葉)とのダブルミーニングということになっているが、大麻と関係があるのだろう。


このようにインド各地で見られるようになったディスコ・ラップだが、その究極とも言えるのが、ムンバイを拠点にマラーティー語のハウス(!)のプロデューサーとして活動しているKratexとマラーティー語ラッパーのShreyasが共演したこの曲。
なんとダンスミュージックの名門であるオランダのSpinnin' Recordsからリリースされている。

Kratex, Shreyas "Taambdi Chaambdi"


インド風ハウスのビートと、マラーティー語の不思議なフロウのラップ、そして「ラカラカラカラカ…」という耳に残って離れないフレーズにもかかわらず、キワモノと紙一重のところでかっこよく仕上がっている。
冒頭のChaar Diwaariの"LOVESEXDHOKA"と同様に、ステレオタイプのインド人らしさや少しのノスタルジーをコミカルかつクールに描いたミュージックビデオも最高だ。
タイトルの意味はマラーティー語で「茶色い肌」。
つまり、インド人の肌の色を表している。
(余談だが、Yo Yo Honey SinghやSidhu Moose Walaも英語とヒンディー語を混ぜて「茶色」を表す"Brown Rang"という曲をリリースしている。インド人の肌の色はさまざまだが、彼らのアイデンティティを表す言葉なのだろう)

マラーティー語はインド最大の都市ムンバイが位置するマハーラーシュトラ州の公用語だ。
だが、ムンバイの旧名であるボンベイから取られた「ボリウッド」(ハリウッド+ボンベイ)がヒンディー語映画を指すことからも分かるように、この街で作られるエンタメは、映画にしろ音楽にしろ、圧倒的多数の話者を持つヒンディー語の作品がほとんどだった。
そういった事情もあり、「ムンバイの母語」とはいえ、マラーティー語にはなんとなくちょっと垢抜けない印象を持っていたのだが、まさかそこからこんな曲が出てくるとは思わなかった。


というわけで、今回はインドのあらゆる地域に出現したディスコ・ラップを特集してみた。
この傾向は「アメリカで生まれたヒップホップのサブジャンルをインドで実践する」というテーマから解き放たれてきたことを表しているのかもしれない。
この「ディスコ化」は、インドのポピュラーソング(つまり映画音楽)がもともと持っていた「ディスコ性」とも関係がありそうで、そう考えるとKaran KanchanがプロデュースしたDIVINEの"Baazigar"(2023年)あたりから始まった流れと見ることもできそうだ。


と、ここで終わりにしようと思っていたのだけど、デリーのSeedhe Mautが最近リリースしたEP "SHAKTI"のこの曲もボリウッドとエレクトロ・ディスコの融合みたいなビートが導入されていて非常にかっこいいので聴いてみて!

Seedhe Maut "Naksha"


この"SHAKTI"も年間ベストクラスの名盤で、インドのヒップホップシーンはますます多様化し、面白くなりそうだ。



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goshimasayama18 at 20:19│Comments(0)

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