インドには結構いいシンガーソングライターがたくさんいる、という話Bloodywoodロスを癒せるかもしれないインドの音楽特集!

2023年07月04日

Bloodywoodの単独来日公演について、忘れないうちに書いておく



6月29日のBloodywood来日公演@Spotify O-EAST(渋谷)に行ってきた。

結論から言うと、彼らのライブは素晴らしいの一言だった。
彼らのオーディエンスショットのライブ映像は動画サイトやSNSでも多くの人が挙げていて見ることができるが、さすがにそれをここに貼るのは憚られるので、去年のフジロックの映像をアップしておく。


O-Eastの観客によるライブ映像は、バンド自身もインスタで紹介していたりしたので、彼らは決して無許可撮影をいやがるタイプのバンドではないのだろう。
興味がある人は各自検索していただければ、当日の熱狂ぶりが分かるはずだ。
ここまで観客が盛り上がっているライブは近年ちょっと記憶にないほどだった。
詳細はあとで書くが、彼らは極めてプロフェッショナルで、フジロックをはじめとする数々のロックフェスを熱狂させてきたのにはきちんとした理由があることがはっきりと分かった。

本来はライブが終わった当日にでも書くべきだったのだが、慌ただしい日々が続いているので、ひとまず箇条書きで、伝えたいこと、感じたことを書いておく。
また、当日はBloodywoodメンバーの友人であるインド人ビートメーカーKaran Kanchanの厚意によってライブ後のバックステージを訪問することができ、短い時間だが貴重な話を聞くことができた。
以下には、メンバーから直接聞いた話も含まれている。

  • 渋谷のライブは94公演にも及ぶツアーの最終日だった。

  • Bloodywoodはレーベルやマネジメントには一切所属せず、完全なインディペンデント・バンドとして活動している。
    普段はライブ後、自ら機材を撤収して(当日も観客がはけた会場でメンバーが撤収を行なっていた)、深夜2時ごろホテルに帰り、朝6時頃に次の目的地に出発するようなスケジュールでツアーしているとのこと。
    今回の来日はフジロックの主催でも知られるSMASHの招聘であるため、スケジュールや移動・宿泊はいつもよりかなり快適だったそうで、メンバーはしきりにSMASHへの感謝を口にしていた。
    ライブ中にステージ上にSMASHの担当者を呼んで謝意を伝えていたのには、このような理由がある。

  • メタルバンドにしては珍しく、ドラムはバスドラ1個、タムタム1個、フロアタム1個のみという極めてシンプルなセッティングで(たぶんAC/DCよりシンプルだろう)、ギター、ベースもステージ上にエフェクターペダル類いっさい無しというかなり簡素なステージだった。
    (最近のメタルシーンはほとんどチェックしていないので、もしかして今ではよくあることだったら無知を詫びます)
    これは前述の通り、普段は完全インディペンデントでツアーしているため、機材も最小限にしているからとのこと。

  • ステージ後方の演出も、ほぼプロジェクターによるバンドロゴの映写のみ。
    彼らが今よりビッグな存在になることはほぼ間違いないだろうから、より派手な演出やステージセットでのショーも見てみたいが、今のインディーズ魂が感じられる方法論を貫くとしてもそれはそれで素晴らしい。

  • ギター等の音色の調整に関しては、後方のラック型エフェクターで行なっているのだろうが、一部、明確に事前にレコーディングされた音源を同期させている場面もあり、どの程度アテ振り的な部分があるのかは不明(さすがに聞けなかった)。
    こうした演出は、世界的な大物バンドでも行なっていることなので、否定的に書くつもりはない。
    彼らのライブの盛り上がりを見る限り、むしろ彼らの取った方法論は圧倒的に正解だった。

  • フロントの4人(ヴォーカルのJayant Bhadula, ラッパーのRaoul Kerr, ギター/フルートのKaran Katiyar, ベースのRoshan Roy, インドの太鼓ドールのSarthak Pahwal)を中心としたパフォーマンスは完璧で、例えばあるメンバーが右に行った時は他のメンバーが左の客を煽り、曲間ではドラム、ドールやMCで間を繋いで、チューニングやセッティングのための空白が生じることもなかった。
    数多くのフェスで彼らのことを知らない観客をも沸かせてきた彼らの魅せ方は、相当洗練されていた。

  • 彼らの曲には、基本的にギターソロはない。
    ライブでも各パートのソロタイムなどはなく、冗長な演出や、観客が退屈するかもしれない要素をいっさい排除した演出はあまりにも潔い。
    彼らのスタイルは、メタルのサウンドを導入しながらも、メタルの「お約束」を無視したものだと言えるかもしれない。
    様式美に走らず、とにかく盛り上げることに徹したアレンジは、むしろEDM的とも言えるかもしれない。
    また、メタルのサウンドとポジティブでチャーミングなキャラクター、そして無駄を配した楽曲は、古すぎる例えになるが、Andrew W.K.を彷彿させるところもあった。

  • ラッパーのRaoulは、いつも「NO FLAG」というメッセージがプリントされた衣装を着ているが、本人曰く、その意味するところは「ヒューマニティはナショナリティに勝る」とのこと。
    インド的な要素を全面に出しながらも、特定の信仰や地域性の礼賛に寄りすぎない演出は、おそらくこうしたメッセージを踏まえてのものだろう。
    例えば、彼らの代表曲"Machi Bhasad"はパンジャーブの文化であるシク教徒たちのバングラーのパフォーマンスがラージャスターン州で繰り広げられているが、これはヨーロッパで言えばスペインのフラメンコがバッキンガム宮殿の前で踊られているようなものだ。
    また、ヒンドゥーの神々をモチーフにしたアートワークも、伝統的なものではなく、かなり漫画的かつメタル的にデフォルメされたものが使用されている。
    こうした演出に対して、あえて外国人から見たステレオタイプ的なインドのイメージを使っているという見方もあるだろう。
    だが、彼らの意図を聞いた後では、地域や言語や宗教で分断されがちなインドという大国のなかで、特定の方向性に偏らないようにしようという意図があるのではないかとすら感じてしまう。
    (たった一つの言葉から好意的に捉えすぎかもしれないが、そう思わせるだけの説得力が彼らの音楽とパフォーマンスにあったのは事実なので、そのまま書いておく)

    思い出したのだが、かつてインタビューしたインド北東部のデスメタルバンドThird Sovereignは、「知ってのとおり、インドの社会にはいろいろな問題がある。宗教と宗教が対立したりとか、地域やコミュニティーの対立とか。そういう社会問題が曲のテーマになることもある。俺たちは、反宗教というより、宗教同士、コミュニティー同士の対立にうんざりしているんだ。ブラックメタルやヘヴィーメタルはそれ自身がひとつの宗教みたいな感じだ。そういった様々な違いや対立にこだわるんじゃなくて、音楽は個人のバックグラウンドに関係なく夢中になることができる。アーティストはそういう表現のひとつとしてブラックメタルを演奏しているんだ」と語っていた。


ツアー後の彼らは、しばらくはライブパフォーマンスを控え、ニューアルバムの制作に取り組むとのこと。
ざっと調べた限りで少なくとも14カ国を巡ったツアーで得たものが、どう新作に反映されるのか、今から楽しみだ。

それにしても、もし「インドのインディペンデントな音楽シーンを紹介する」という想定読者ほぼ不在のこのブログを書き始めた頃に、「5年後にインドのメタルバンドがフジロックで喝采を浴び、翌年に単独来日公演を行なってO-Eastがソールドアウトになる」なんて言われてもまったく信じられなかっただろう。

あらためて、Bloodywoodに最大級の賛辞を送りたい。


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goshimasayama18 at 03:03│Comments(0)

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