2021年02月09日
インド・ヒップホップ夜明け前(その3)Mafia Mundeerの物語・後編
(シリーズ第1回)
(シリーズ第2回)
デリーの地でヒップホップ・ユニットMafia Mundeerとして活動を始めたYo Yo Honey Singh, Badshah, Raftaar, Ikka, Lil Goluの5人。
彼らの活動形態は、Mafia Mundeerの名義でユニットとして活動するのではなく、メンバー同士がときに共演しながら、ソロとして個々の名義で楽曲をリリースするというものだった。
当時のMafia Mundeerで中心的な役割を担っていたのは、イギリスへの音楽留学経験を持ち、野心にあふれていたYo Yo Honey Singhだったと考えて間違いないだろう。
2010年を過ぎた頃から、Honey Singhがまずスターダムへの階段を登り始める。
流行に目ざといボリウッドが、最新の映画音楽として国産のヒップホップに目をつけたのだ。
時代の空気と彼の強烈な上昇志向が見事に噛み合い、彼は立て続けに人気映画の楽曲を手掛けて急速に知名度を上げてゆく。
2012年、ディーピカー・パードゥコーン主演の映画"Cocktail"に"Angreji Beat"を提供。
2013年には、アクシャイ・クマール主演の"Boss"に"Party All Night"を、そして日本でも公開されたシャー・ルク・カーン主演の"Chennai Express"に、タミルのスーパースター、ラジニカーント(映画には出演していない)に捧げた"Lungi Dance"を提供した。
アメリカや日本のヒップホップを基準に聴くと、どの曲も絶妙にダサく感じられるかもしれないが、インドの一般大衆が考える都会の退廃的なナイトライフのイメージに、Honey Singhがぴったりハマったのだろう。
アメリカ的なヒップホップを追求するのではなく、在外パンジャーブ人のバングラー・ビートやデシ・ヒップホップを国内向けに翻案した彼の音楽は、インド的ラップの大衆化に大きな役割を果たした。
ヒップホップにありがちな、リリックが女性への暴力を肯定的に描いているという批判もあったが(とくに、デリーの女子大生がフリースタイルラップでHoney Singhを痛烈に批判した"Open Letter To Honey Singh"は大きな話題となった)、彼の快進撃は止まらなかった。
前述の3作品はいずれもヒンディー語映画(いわゆるボリウッド作品)だが、よりローカルなパンジャービー語映画では、2012年に"Mizra"への出演を果たし、2013年の"Tu Mera 22 Main Tera 22"では主役の一人に抜擢されるなど、Honey Singhは銀幕にも進出する。
映画音楽のみならず、ソロ作品やプロデュースでもHoney Singhはヒットを連発した。
2011年にソロ作"Brown Rang"をヒットさせると、2012年にはパンジャービー系イギリス人シンガーJaz Dhamiやパンジャービー系カナダ人のJazzy Bとのコラボレーションをリリースして成功を収めた。
だが、良いことばかりは続かない。
急速な成功による他のメンバーとの格差が、彼と仲間との間に亀裂を生じさせてしまったのだ。
Honey SinghがMafia Mundeerの中心的存在であり、最も早く、最も大きな成功を手にしたことは疑うべくも無いのだが、彼の成功は、実際は彼の力だけによるものではなかった。
実は、この時期のHoney Singhのヒット曲"Brown Rang"はBadshahによって、"Dope Shope"は、Raftaarによって書かれたものだったのだ。
しかし、Honey Singhは、これらの楽曲の本来のソングライターに適切なクレジットを与えなかった。
"Brown Rang"を書いたBadshahは、どうせ大して売れないだろうと考えていたが、予想に反して曲は大ヒット。
クレジットを要求したBadshahをHoney Singhがはねつけたことで、彼らの関係は修復できないほどに悪化してしまった。
また、Raftaarに対しては、彼がレコーディングした曲にHoney Singhがヴォーカルをオーバーダビングして自分の曲にしてしまったという。
こうしたトラブルから、まずRaftaarが、次にBadshahがMafia Mundeerを脱退する。
Honey SinghはMafia Mundeerの新しいメンバーとして、AlfaazとJ-Starを加入させるが、以降、Mafia Mundeerというユニット名を聞くことはめっきり少なくなった。
それでも傍若無人にポピュラー音楽シーンの最前線を突っ走っていたHoney Singhは、2014年に突然シーンから姿を消してしまう。
後に分かったことだが、彼はこのとき、重度のアルコール依存症と双極性障害に悩まされていたのだ。
リハビリのためのシーンからの離脱は18カ月にも及んだ。
Honey Singhが不在の間に、今度はBadshahがソロアーティストとしての成功をつかむ。
2015年の"DJ Waley Babu"が人気を博し、さらにボリウッドにも進出を果たす。
映画"Humpty Sharma Ki Dulhan"で使用された"Saturday Saturday"や、大ヒットした"Kapoor & Sons"でフィーチャーされた"Kar Gayi Chull"が高く評価され、新しいスターとしての地位を不動のものにしたのだ。
Honey Singhは、自分が不在の間に成功を収めたかつての仲間を素直に祝福することができなかった。
リハビリからの復帰作となる主演映画"Zorawar"の記者会見で、彼は「ロールスロイスを運転したことはあるか?ロールスロイスはタタの'ナノ'とは違う」と、自身を超高級車のロールスロイスに、Badshahを「世界一安い車」と言われたインド製の車に例えてこき下ろしてしまう。
ソーシャルメディア上でもお互いに激しい批判を繰り広げた彼らは、2012年以降、いまだに口も聞いていないと言われている。
そのHoney Singhの復帰第一作の映画"Zorawar"の挿入歌"Superman".
この時期、BadshahもHoney SinghもEDMバングラーとでも呼べるようなスタイルを標榜していた。
Honey SinghとBadshahに少し遅れて、Raftaarも人気を獲得してゆく。
彼は2013年にリリースした"WTF Mixtape"でよりヒップホップ的な方法論を提示し、コアなファンの支持を集めることに成功。
さらには、90年代から活躍するイギリスのバングラーユニットRDBのManj Musikとの共演など、独自路線を歩んでゆく。
"WTF Mixtape"からの"FU - (For You)".Manj Musikをフィーチャーして2014年に発表された"Swag Mera Desi"のリリックには、Honey Singhを批判したラインが含まれているとも言われている。
だが、Honey Singhは、Raftaarの成功も快く思わなかったようだ。
かつて自らがMafia Mundeerに誘ったRaftaarのことを「そんなやつは知らない」「一度しか会ったことがない」と切り捨ててしまう。
しかしRaftaarは抗争の加熱を望んでいなかったようで、多少の皮肉を込めつつも、Honey Singhを憎んでいるわけでは無いことを表明している。
「おそらく彼は急な成功でエゴが強くなりすぎて、自分がどこから来たのか、誰も彼を信じていなかった時に誰がそばにいたのかを忘れてしまったのだろう」
「俺に取ってMafia Mundeerはすごく思い出深いし、今でも彼をブラザーだと思っているよ」
「俺は他人の成功で不安になったりはしないね。音楽は愛やブラザーフッドやポジティヴィティの普遍的な源なんだ。憎しみや嫉妬の余地なんて無いんだよ」
RaftaarとHoney Singhの再共演はいまだに実現していないが、今ではお互いに激しく罵り合う状況ではなくなったようだ。
時期は不明だが、IkkaもおそらくはRaftaarやBadshahの脱退と近い時期に、Mafia Mundeerを離脱したようだ。
その後のIkkaは、いくつかの映画音楽などにも参加し、高いスキルを示していたものの、Honey SinghやBadshah、Raftaarほどにはセールス面での高い評価を得てはいなかった。
ところが、2019年にアメリカのラッパーNasのレーベル'Mass Appeal'のインド版として立ち上げられたMass Appeal Indiaの所属アーティストとして起用されると、レーベルメイトとなったムンバイのストリートラップの帝王DIVINEとの共演(前回の記事で紹介)や、旧友Raftaarとの久しぶりのコラボレーションなどで、本格派ラッパーとしての実力を見せつけた。
2020年にはMass Appeal Indiaからファーストアルバム"I"をリリースし、その評価を確実なものにしつつある。
その後の彼らの活躍についても触れておこう。
Honey Singhはバングラーラップとラテンポップを融合したような音楽性で大衆的な人気を維持し、今では「インドの音楽シーンで最も稼ぐ男」とまで言われている。
現時点での最新曲"Saiyaan Ji"は最近Honey Singhとの共演の多い女性シンガーNeha Kakkarをフィーチャーした現代的バングラーポップ。
この曲のリリックにもLil Goluの名前がクレジットされている。
BadshahもHoney Singh同様に、EDM/ラテン的なバングラーラップのスタイルで活動していたが、最近ではより本格的(つまり、アメリカ的)なヒップホップが徐々にインドにも根付いてきたことを意識してか、本来のヒップホップ的なビートの曲に取り組んだり、逆によりインド的な要素の強い曲をリリースしたりしている。
このミュージックビデオはデリーの近郊都市グルグラム(旧称グルガオン)出身のラッパーFotty Sevenが2020年にリリースした"Boht Tej"にゲスト参加したときのもの。
ビートにはなんと日本の『荒城の月』のメロディーが取り入れられている。
女性シンガーPayal Devと共演したこの"Genda Phool"はベンガル語の民謡を大胆にアレンジしたもので、スリランカ人女優ジャクリーン・フェルナンデスを起用したミュージックビデオは2020年3月にリリースされて以来、すでに7億回以上YouTubeで再生されている(2020年に世界で4番目に視聴されたミュージックビデオでもある)。
これまでの「酒・パーティー・女」的な世界観から離れて、ヒンドゥーの祭礼ドゥルガー・プージャー(とくにインド東部ベンガル地方で祝われる)をモチーフにしているのも興味深い。
「かつて両親に楽をさせるために、魂を売ってコマーシャルな曲をラップしたこともある。でも今ではそういう曲とは関連づけられたくないんだ」
こう語るRaftaarは、商業的な路線からは距離を置いて活動しているようだ。
コマーシャルなシーンの出身であることから、Emiway Bantaiらストリート系のラッパーからのディスも受けたが、デリーのベテランラッパーKR$NAと共演したり、自身のマラヤーリーとしてのルーツを扱ったアルバム"Mr. Nair"(Nairは彼の本名)をリリースしたりするなど、堅実な活動を続けている。
現時点での最新の楽曲"Black Sheep".
最近では仲間のラッパーたちと運営するKalamkaarレーベルがフランスの大手ディストリビューターと契約を結んだというニュースもあり、さらなる活躍が期待できそうだ。
Ikkaの現時点での最新のリリースは、フィーメイル・ラッパーRashmeet Kaurの楽曲にDeep Kalsiとともにゲスト参加したこの楽曲(全員パンジャービーのシンガー/ラッパー)
レゲエっぽいビートに乗せたバングラーポップのR&B風の解釈は、インドのポピュラー音楽のまた新しい可能性を期待させてくれる。
正直にいうと、Mafia Mundeerの元メンバーたち、とくにHoney SinghやBadshahに対しては、その商業的すぎる音楽性から、私もあまりいい印象を持ってなかった。
バングラー・ラップは垢抜けない音楽だと感じていたのだ。
だが、インドの音楽シーンを知ってゆくうちに、パンジャービーにとってのバングラーは、アメリカの黒人にとってのソウル・ミュージックのようなものであり、その現代的解釈は、商業主義の追求というよりも、ごく自然なものであると考えるようになった。
自らのルーツを意識しつつも、新しい音楽をためらわずに導入し、露悪的なまでに自由でワイルドに活動したという点で、彼らはまさしくパーティーミュージックとしてのヒップホップのインド的解釈を成し遂げたと言ってよいだろう。
本格的な成功とほぼ同時に解散してしまったことで、今ではMafia Mundeerという名前を聞くことも少なくなってしまったが、4人の個性的な人気ラッパーの母体となったこのユニットは、インドの現代ポピュラーミュージックを語るうえで、決して無視できない存在なのだ。
ちなみにMafia Mundeerのもう一人のオリジナルメンバーであるLil Goluは、Honey Singhと楽曲を共作したりしている一方、IkkaをまじえてRaftaarとの再会を果たした様子。
Ikkaの"I"にも参加しており、元メンバー同士の抗争からは距離を置いて、全員と良好な関係を築きつつ活動を継続しているようだ。
いつの日か、彼らが再び何者でもなかったころの絆を取り戻して、その成功に至るストーリーをボリウッド映画にでもしてくれたらよいのに、と思っている。
その夢が実現するのはまだまだ先になりそうだが、それまでに彼らがどんな音楽を聴かせてくれるのか、激変するインドのヒップホップシーンでのパイオニアたちの活動に、これからも注目したい。
(参考サイト)
https://www.shoutlo.com/articles/top-facts-about-mafia-mundeer
http://www.desihiphop.com/mafia-mundeer-underground-raftaar-yo-yo-honey-singh-badshah-lil-golu-ikka/451958
https://www.hindustantimes.com/chandigarh/punjab-is-not-on-the-cards-anymore/story-Wqt6M1lpsARdwVk3TaSSCM.html
https://www.hindustantimes.com/music/honey-singh-might-call-him-a-nano-but-raftaar-still-thinks-he-is-his-bro/story-IKDAVHj7O14CAziUC8KLBK.html
https://www.hindustantimes.com/music/honey-singh-if-my-music-is-rolls-royce-badshah-is-nano/story-lWlU4baLG2poyzpOTZfDqK.html
https://timesofindia.indiatimes.com/city/kolkata/honey-badshah-and-i-still-love-each-other-raftaar/articleshow/58679645.cms
https://www.republicworld.com/entertainment-news/music/read-more-about-raftaars-first-rap-group-black-wall-street-desis.html
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(シリーズ第2回)
デリーの地でヒップホップ・ユニットMafia Mundeerとして活動を始めたYo Yo Honey Singh, Badshah, Raftaar, Ikka, Lil Goluの5人。
彼らの活動形態は、Mafia Mundeerの名義でユニットとして活動するのではなく、メンバー同士がときに共演しながら、ソロとして個々の名義で楽曲をリリースするというものだった。
当時のMafia Mundeerで中心的な役割を担っていたのは、イギリスへの音楽留学経験を持ち、野心にあふれていたYo Yo Honey Singhだったと考えて間違いないだろう。
2010年を過ぎた頃から、Honey Singhがまずスターダムへの階段を登り始める。
流行に目ざといボリウッドが、最新の映画音楽として国産のヒップホップに目をつけたのだ。
時代の空気と彼の強烈な上昇志向が見事に噛み合い、彼は立て続けに人気映画の楽曲を手掛けて急速に知名度を上げてゆく。
2012年、ディーピカー・パードゥコーン主演の映画"Cocktail"に"Angreji Beat"を提供。
2013年には、アクシャイ・クマール主演の"Boss"に"Party All Night"を、そして日本でも公開されたシャー・ルク・カーン主演の"Chennai Express"に、タミルのスーパースター、ラジニカーント(映画には出演していない)に捧げた"Lungi Dance"を提供した。
アメリカや日本のヒップホップを基準に聴くと、どの曲も絶妙にダサく感じられるかもしれないが、インドの一般大衆が考える都会の退廃的なナイトライフのイメージに、Honey Singhがぴったりハマったのだろう。
アメリカ的なヒップホップを追求するのではなく、在外パンジャーブ人のバングラー・ビートやデシ・ヒップホップを国内向けに翻案した彼の音楽は、インド的ラップの大衆化に大きな役割を果たした。
ヒップホップにありがちな、リリックが女性への暴力を肯定的に描いているという批判もあったが(とくに、デリーの女子大生がフリースタイルラップでHoney Singhを痛烈に批判した"Open Letter To Honey Singh"は大きな話題となった)、彼の快進撃は止まらなかった。
前述の3作品はいずれもヒンディー語映画(いわゆるボリウッド作品)だが、よりローカルなパンジャービー語映画では、2012年に"Mizra"への出演を果たし、2013年の"Tu Mera 22 Main Tera 22"では主役の一人に抜擢されるなど、Honey Singhは銀幕にも進出する。
映画音楽のみならず、ソロ作品やプロデュースでもHoney Singhはヒットを連発した。
2011年にソロ作"Brown Rang"をヒットさせると、2012年にはパンジャービー系イギリス人シンガーJaz Dhamiやパンジャービー系カナダ人のJazzy Bとのコラボレーションをリリースして成功を収めた。
だが、良いことばかりは続かない。
急速な成功による他のメンバーとの格差が、彼と仲間との間に亀裂を生じさせてしまったのだ。
Honey SinghがMafia Mundeerの中心的存在であり、最も早く、最も大きな成功を手にしたことは疑うべくも無いのだが、彼の成功は、実際は彼の力だけによるものではなかった。
実は、この時期のHoney Singhのヒット曲"Brown Rang"はBadshahによって、"Dope Shope"は、Raftaarによって書かれたものだったのだ。
しかし、Honey Singhは、これらの楽曲の本来のソングライターに適切なクレジットを与えなかった。
"Brown Rang"を書いたBadshahは、どうせ大して売れないだろうと考えていたが、予想に反して曲は大ヒット。
クレジットを要求したBadshahをHoney Singhがはねつけたことで、彼らの関係は修復できないほどに悪化してしまった。
また、Raftaarに対しては、彼がレコーディングした曲にHoney Singhがヴォーカルをオーバーダビングして自分の曲にしてしまったという。
こうしたトラブルから、まずRaftaarが、次にBadshahがMafia Mundeerを脱退する。
Honey SinghはMafia Mundeerの新しいメンバーとして、AlfaazとJ-Starを加入させるが、以降、Mafia Mundeerというユニット名を聞くことはめっきり少なくなった。
それでも傍若無人にポピュラー音楽シーンの最前線を突っ走っていたHoney Singhは、2014年に突然シーンから姿を消してしまう。
後に分かったことだが、彼はこのとき、重度のアルコール依存症と双極性障害に悩まされていたのだ。
リハビリのためのシーンからの離脱は18カ月にも及んだ。
Honey Singhが不在の間に、今度はBadshahがソロアーティストとしての成功をつかむ。
2015年の"DJ Waley Babu"が人気を博し、さらにボリウッドにも進出を果たす。
映画"Humpty Sharma Ki Dulhan"で使用された"Saturday Saturday"や、大ヒットした"Kapoor & Sons"でフィーチャーされた"Kar Gayi Chull"が高く評価され、新しいスターとしての地位を不動のものにしたのだ。
Honey Singhは、自分が不在の間に成功を収めたかつての仲間を素直に祝福することができなかった。
リハビリからの復帰作となる主演映画"Zorawar"の記者会見で、彼は「ロールスロイスを運転したことはあるか?ロールスロイスはタタの'ナノ'とは違う」と、自身を超高級車のロールスロイスに、Badshahを「世界一安い車」と言われたインド製の車に例えてこき下ろしてしまう。
ソーシャルメディア上でもお互いに激しい批判を繰り広げた彼らは、2012年以降、いまだに口も聞いていないと言われている。
そのHoney Singhの復帰第一作の映画"Zorawar"の挿入歌"Superman".
この時期、BadshahもHoney SinghもEDMバングラーとでも呼べるようなスタイルを標榜していた。
Honey SinghとBadshahに少し遅れて、Raftaarも人気を獲得してゆく。
彼は2013年にリリースした"WTF Mixtape"でよりヒップホップ的な方法論を提示し、コアなファンの支持を集めることに成功。
さらには、90年代から活躍するイギリスのバングラーユニットRDBのManj Musikとの共演など、独自路線を歩んでゆく。
"WTF Mixtape"からの"FU - (For You)".Manj Musikをフィーチャーして2014年に発表された"Swag Mera Desi"のリリックには、Honey Singhを批判したラインが含まれているとも言われている。
だが、Honey Singhは、Raftaarの成功も快く思わなかったようだ。
かつて自らがMafia Mundeerに誘ったRaftaarのことを「そんなやつは知らない」「一度しか会ったことがない」と切り捨ててしまう。
しかしRaftaarは抗争の加熱を望んでいなかったようで、多少の皮肉を込めつつも、Honey Singhを憎んでいるわけでは無いことを表明している。
「おそらく彼は急な成功でエゴが強くなりすぎて、自分がどこから来たのか、誰も彼を信じていなかった時に誰がそばにいたのかを忘れてしまったのだろう」
「俺に取ってMafia Mundeerはすごく思い出深いし、今でも彼をブラザーだと思っているよ」
「俺は他人の成功で不安になったりはしないね。音楽は愛やブラザーフッドやポジティヴィティの普遍的な源なんだ。憎しみや嫉妬の余地なんて無いんだよ」
RaftaarとHoney Singhの再共演はいまだに実現していないが、今ではお互いに激しく罵り合う状況ではなくなったようだ。
時期は不明だが、IkkaもおそらくはRaftaarやBadshahの脱退と近い時期に、Mafia Mundeerを離脱したようだ。
その後のIkkaは、いくつかの映画音楽などにも参加し、高いスキルを示していたものの、Honey SinghやBadshah、Raftaarほどにはセールス面での高い評価を得てはいなかった。
ところが、2019年にアメリカのラッパーNasのレーベル'Mass Appeal'のインド版として立ち上げられたMass Appeal Indiaの所属アーティストとして起用されると、レーベルメイトとなったムンバイのストリートラップの帝王DIVINEとの共演(前回の記事で紹介)や、旧友Raftaarとの久しぶりのコラボレーションなどで、本格派ラッパーとしての実力を見せつけた。
2020年にはMass Appeal Indiaからファーストアルバム"I"をリリースし、その評価を確実なものにしつつある。
その後の彼らの活躍についても触れておこう。
Honey Singhはバングラーラップとラテンポップを融合したような音楽性で大衆的な人気を維持し、今では「インドの音楽シーンで最も稼ぐ男」とまで言われている。
現時点での最新曲"Saiyaan Ji"は最近Honey Singhとの共演の多い女性シンガーNeha Kakkarをフィーチャーした現代的バングラーポップ。
この曲のリリックにもLil Goluの名前がクレジットされている。
BadshahもHoney Singh同様に、EDM/ラテン的なバングラーラップのスタイルで活動していたが、最近ではより本格的(つまり、アメリカ的)なヒップホップが徐々にインドにも根付いてきたことを意識してか、本来のヒップホップ的なビートの曲に取り組んだり、逆によりインド的な要素の強い曲をリリースしたりしている。
このミュージックビデオはデリーの近郊都市グルグラム(旧称グルガオン)出身のラッパーFotty Sevenが2020年にリリースした"Boht Tej"にゲスト参加したときのもの。
ビートにはなんと日本の『荒城の月』のメロディーが取り入れられている。
女性シンガーPayal Devと共演したこの"Genda Phool"はベンガル語の民謡を大胆にアレンジしたもので、スリランカ人女優ジャクリーン・フェルナンデスを起用したミュージックビデオは2020年3月にリリースされて以来、すでに7億回以上YouTubeで再生されている(2020年に世界で4番目に視聴されたミュージックビデオでもある)。
これまでの「酒・パーティー・女」的な世界観から離れて、ヒンドゥーの祭礼ドゥルガー・プージャー(とくにインド東部ベンガル地方で祝われる)をモチーフにしているのも興味深い。
「かつて両親に楽をさせるために、魂を売ってコマーシャルな曲をラップしたこともある。でも今ではそういう曲とは関連づけられたくないんだ」
こう語るRaftaarは、商業的な路線からは距離を置いて活動しているようだ。
コマーシャルなシーンの出身であることから、Emiway Bantaiらストリート系のラッパーからのディスも受けたが、デリーのベテランラッパーKR$NAと共演したり、自身のマラヤーリーとしてのルーツを扱ったアルバム"Mr. Nair"(Nairは彼の本名)をリリースしたりするなど、堅実な活動を続けている。
現時点での最新の楽曲"Black Sheep".
最近では仲間のラッパーたちと運営するKalamkaarレーベルがフランスの大手ディストリビューターと契約を結んだというニュースもあり、さらなる活躍が期待できそうだ。
Ikkaの現時点での最新のリリースは、フィーメイル・ラッパーRashmeet Kaurの楽曲にDeep Kalsiとともにゲスト参加したこの楽曲(全員パンジャービーのシンガー/ラッパー)
レゲエっぽいビートに乗せたバングラーポップのR&B風の解釈は、インドのポピュラー音楽のまた新しい可能性を期待させてくれる。
正直にいうと、Mafia Mundeerの元メンバーたち、とくにHoney SinghやBadshahに対しては、その商業的すぎる音楽性から、私もあまりいい印象を持ってなかった。
バングラー・ラップは垢抜けない音楽だと感じていたのだ。
だが、インドの音楽シーンを知ってゆくうちに、パンジャービーにとってのバングラーは、アメリカの黒人にとってのソウル・ミュージックのようなものであり、その現代的解釈は、商業主義の追求というよりも、ごく自然なものであると考えるようになった。
自らのルーツを意識しつつも、新しい音楽をためらわずに導入し、露悪的なまでに自由でワイルドに活動したという点で、彼らはまさしくパーティーミュージックとしてのヒップホップのインド的解釈を成し遂げたと言ってよいだろう。
本格的な成功とほぼ同時に解散してしまったことで、今ではMafia Mundeerという名前を聞くことも少なくなってしまったが、4人の個性的な人気ラッパーの母体となったこのユニットは、インドの現代ポピュラーミュージックを語るうえで、決して無視できない存在なのだ。
ちなみにMafia Mundeerのもう一人のオリジナルメンバーであるLil Goluは、Honey Singhと楽曲を共作したりしている一方、IkkaをまじえてRaftaarとの再会を果たした様子。
Ikkaの"I"にも参加しており、元メンバー同士の抗争からは距離を置いて、全員と良好な関係を築きつつ活動を継続しているようだ。
いつの日か、彼らが再び何者でもなかったころの絆を取り戻して、その成功に至るストーリーをボリウッド映画にでもしてくれたらよいのに、と思っている。
その夢が実現するのはまだまだ先になりそうだが、それまでに彼らがどんな音楽を聴かせてくれるのか、激変するインドのヒップホップシーンでのパイオニアたちの活動に、これからも注目したい。
(参考サイト)
https://www.shoutlo.com/articles/top-facts-about-mafia-mundeer
http://www.desihiphop.com/mafia-mundeer-underground-raftaar-yo-yo-honey-singh-badshah-lil-golu-ikka/451958
https://www.hindustantimes.com/chandigarh/punjab-is-not-on-the-cards-anymore/story-Wqt6M1lpsARdwVk3TaSSCM.html
https://www.hindustantimes.com/music/honey-singh-might-call-him-a-nano-but-raftaar-still-thinks-he-is-his-bro/story-IKDAVHj7O14CAziUC8KLBK.html
https://www.hindustantimes.com/music/honey-singh-if-my-music-is-rolls-royce-badshah-is-nano/story-lWlU4baLG2poyzpOTZfDqK.html
https://timesofindia.indiatimes.com/city/kolkata/honey-badshah-and-i-still-love-each-other-raftaar/articleshow/58679645.cms
https://www.republicworld.com/entertainment-news/music/read-more-about-raftaars-first-rap-group-black-wall-street-desis.html
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