インドのLGBTQ+ミュージックビデオとミュージシャン(その1)歴史的名著!『食べ歩くインド』by小林真樹

2020年07月29日

インドのLGBTQ+ミュージシャン(その2)

(「その1」はこちら)


前回の記事で、最近インドで発表された同性愛をテーマにしたミュージックビデオと、LGBTQ+シーン出身のシンガーソングライターPragya Pallaviを取り上げた。

今回紹介するのは、LGBTQ+や女性のエンパワーをテーマとした力強いメッセージを発信しているPragyaとは少し異なり、より自然体な表現をしているアーティストたちだ。

まず最初に紹介するのは、ベンガルール(旧名バンガロール)出身で、現在はベンガルールとロンドンを拠点に活動しているシンガーソングライター、GrapeGuitarBoxことTeenasai Balamu.
2019年にリリースされたデビューEP"Out"からカットされた"Wait For You"のミュージックビデオでは、女性同士の恋愛模様を、情感溢れるダンスをフィーチャーした美しい映像で表現している。


Teenasai Balamuは自身をノン・バイナリー(男性でも女性でもないという性自認。Xジェンダーとも)の同性愛者としている。
インタビューでは、インドでクィア(性的少数者)として生きる困難さを「16歳の頃は生きづらさを感じていたし、どう生きたらいいかも分からなかった。私は移民じゃなくてインド国内の出身だったから、とくにね」と語っている。
小さい頃からピアノを学び、14歳からはギターを始めたTeenasaiは、生きづらさを感じていたという16歳のときに音楽を志すようになる。
その後、大学ではメディア学を専攻し、卒業してMBAの取得も考えていた時に、教授から音楽の道を勧められ、本格的なミュージシャンになったという。
クラウドファンディングで30万ルピー(約45万円)以上を集めて、24歳のときにデビューすると、たちまち高い評価を受け、海外のミュージシャンと並んでSpotifyのプレイリストにもピックアップされた。
これ以上ないほど順調なデビューについて、「この時は、泣きたくなるほどうれしかった。人生で最高の瞬間だった」と語っている。

デビュー曲の"Run"は、一途な愛情と孤独感を歌った曲。シンプルなアニメーションが歌詞の世界を表している。


今年の5月にこのミュージックビデオがリリースされた、"Meant To Be Yours".

Teenasaiはこのミュージックビデオに、こんなコメントを寄せている。

「この曲は、EP"Out"のなかで最後に完成した曲で、私がいちばん最初に書いた、オープンな同性愛のラブソングでもある。EPのなかで個人的に最も気に入っている曲でもあって、その理由は私が新しいこと(自身の性的指向を楽曲で表現すること?)にトライしたから。あなたも楽しんでくれることを心から願ってる。あなたが愛する人と、あなたがこの曲についてどう思ったかってこともシェアしてくれたらうれしい」

歌詞を読むと、確かに「あなたとのこの秘密をずっと守っていたい / あなたみたいな、他の男の子といっしょにいた女の子と恋に落ちるチャンスがあるなんて、思わなかった」
( Keep this secret from you / I never thought that I had a chance with a girl like you with a girl who was with another boy.)
という表現が出てくるものの、言われなければ(ヘテロセクシュアルにとっては)女性が歌う男性目線のラブソングだと思ってしまうような表現だ。
Teenasaiの曲は、すべて自分の生活が元になって生まれたものだというが、ほとんどの場合、直接的にLGBTQ+をテーマにしているわけではないようだ。
Teenasaiが歌うのは、性別に関わりのない、あくまでも普遍的な、誰もが共感できる恋愛や感情である。
(強いて言えば、「彼/彼女」といった言葉よりも、「わたし/あなた」という言葉が目立つのが特徴だろうか)。
とはいえ、Teenasaiはこうも語っている。

「最初はクィア・ミュージシャンとして有名になるつもりはなかった。でも結果的にはこれでよかったと感じている。(自分の性自認を)オープンにしようと決めた理由は、かつての私も、今の私みたいな存在がいたら良かったな、って思っていたから。自分のアイデンティティーを、これでいいんだ、って思えたはずだから」

こうした使命感に満ちた言葉は、「同性愛者には憧れられる存在が必要。それはロールモデルというよりも、ライフラインなの」と語ったPragya Pallaviとも共通するものだ。
Teenasaiの音楽やミュージックビデオからは、自身のアイデンティティーを大切にしながらも、普遍的な美しさに満ちた作品を作り続けていることがよく分かる。


おそらくTeenasai Balamuと同じようなスタンスで活動しているのが、シンガーソングライターのJayことJanvi Anandだ。
彼女はデリー大学を卒業したのち、ハリウッドの有名音楽学校MI(Musicians Institute)に進学し、今ではニューデリーとロサンゼルスを拠点に活動している。

Janandが昨年7月にリリースした"Come Home".


インドのLGBTQ+アーティストを紹介する記事で彼女のことを知り、いくつかの媒体で彼女に関する文章を読んだのだが、そのほとんどが、彼女のセクシュアリティには触れずに書かれているということに気づいた。
考えてみれば、槇原敬之やエルトン・ジョンが、記事のたびに性的指向に触れられるなんてことはないわけで、こうした扱いは至極あたり前のことだ。
彼らは「LGBTQ+のシンガー」という特別な存在なのではなく、「シンガーでもあり、性的指向でいえばLGBTQ+でもある」という、ただそれだけのことなのだ。
良かれと思ってこういう記事を書いている自分が、むしろいちばん色眼鏡で見ていたのではないかと恥じてしまった。

そんな彼女が、例外的に女性同士の愛をテーマに書いた曲が、この"Fool To Want You"だ。

彼女がこの曲を作った時、インドではまだイギリス統治時代に制定された同性同士の性行為を犯罪とする悪法「セクション377」が撤廃されていなかった。
それでもこの勇気ある曲を発表した背景を、彼女はRolling Stone Indiaのインタビューでこう語っている。
「私たちの世代で最も進歩的な人たちでさえ、LGBTQ+コミュニティーに自由を認めてくれているわけではないの。LGBTQ+の存在を認めるってことと、それを他の人々とまったく同じように受け入れるってことは、全然違うことよ。人々が、ようやく私たちのコミュニティーを受け入れ、理解しようと努めていることをうれしく思うわ。まだまだしなければならないことは多いけれど。」

それでも、この曲はLGBTQ+のためだけのものではない。
Janviは、「このミュージックビデオは、一人でいる人や、自分が自分でいることを恥ずかしく思っている全ての人のためのもの」とも語っている。

この記事を書くにあたって気がついたのは、LGBTQ+のミュージシャンが、彼らがLGBTQ+であるがゆえに扱っている根本的なテーマは、じつは至極普遍的なものだということだ。
すなわち、「自分自身であることを、誇りを持って肯定できるのか」というものである。
それが彼らが直面しなければならなかったアイデンティティーの危機によるものだと思うと複雑だが、こうした問いかけについて考えることは、個人にとっても社会にとっても、非常に意味があるはずだ。
一方で、音楽や作品はあくまでもそれ自体に価値があるのであって、アーティストの性的志向や性自認がテーマにされているのでなければ、そんなことは気にしないで楽しめばいいのである。

2回にわたって、インドというまだまだ古い価値観が残る国で、カミングアウトして活躍しているミュージシャンを取り上げたが、翻って考えれば日本も状況は五十歩百歩だ。
いつもながら思うことだが、インドについて考えるということは、結局のところ、日本や自分自身について考えることでもあるのだ。

LGBTQ+については正直不勉強な分野だったが、書くために少しネットで調べただけでも、非常に学んだことが多かった。
例えば、性自認が男性でも女性でもないノン・バイナリーの人物について書く場合は、「彼/彼女」のような代名詞を使わないということや、もし使う場合には、英語では'They'(動詞の活用は三人称単数になるが、be動詞は一般的にareを使う。再帰代名詞は'Themself')だということなんて、単純に新鮮で勉強になった。

この2回の特集で紹介しきれなかった素晴らしいアーティストもいるので、インドのLGBTQ+ミュージシャンについては、また改めて紹介する機会を持ちたい。


参考サイト:
https://rollingstoneindia.com/exclusive-premiere-grapeguitarbox-weaves-queer-love-story-wait-video/

http://gaysifamily.com/2018/11/22/music-video-singer-janvi-anand-impresses-with-fool-to-want-you/

https://rollingstoneindia.com/premiere-janvi-anand-faces-unrequited-love-fool-want/




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goshimasayama18 at 02:23│Comments(0)インドのロック 

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