『懐かしい』『旅』『認識』『生きがい』『物語』… インドで生まれた日本語タイトルの楽曲たち!これはもう新ジャンル 「インディアンEDM(もしくは印DM〈InDM〉)」を大紹介!

2020年09月05日

ムンバイの'First Class'シンガーソングライター、Raghav Meattle

インド人がよく使う英語のフレーズに、'First Class'という言葉がある。
要は「一流」という意味で、例えば、「生のタブラを聴いたことがある?」「ザキール・フセインのライブを見たことがあるよ」「彼はファースト・クラスね」みたいな使い方をする。
(実際に、この通りの会話をインド人としたことがある。)

同じようにインドで使われる言葉で、'World Class'という言葉もある。
「このような条件を満たして初めて、インド人はワールド・クラスの市民になれたと言えるだろう」とか「果たして彼はワールド・クラスな政治家だろうか?」なんていう文章を、インド人作家が書いているのを読んだことがある。
本日紹介するRaghav Meattleは、「ファースト・クラス」なシンガーソングライターだ。
ことと場合によっては、今後「ワールド・クラス」な評価を得ることもあるかもしれない。

これまで、インドのインディー音楽シーンを評して「インドにはあらゆる都市にラッパーがいる」と何度も書いてきたが、じつはインドには、相当な数のシンガーソングライターも存在している。
ラッパーたちが自分の生き様や社会的主張を吐き出しているように、シンガーソングライターたちは、都市の暮らしの孤独や、恋愛の喜びや悲しみを、自分の言葉とメロディーで歌っている。
率直に言って、「なかなかいい音楽」を作っているアーティストもいるのだが、この「なかなかいい」というのがくせ者で、要は「すごくいい」アーティストは少ないのだ。

彼らの音楽が居心地の良いカフェやショップで流れていたら、けっこう似合うだろうし、少なくとも雰囲気をぶち壊したりはしない。
メロディーは洗練されているし、英語の発音もこなれている。
でも、一度聴いて「いいな」と思ったとしても、何度も繰り返して聴きたいと思うほどの楽曲やアーティストはほとんどいない。
インドのシンガーソングライターは、率直に言うとそれくらいの微妙なレベルなのだ。

それでも、例えばレディー・ガガみたいにド派手だったりとか、歌詞のテーマやビジュアルにいかにもインドっぽい要素があったりとかすれば、それを切り口に記事にもしやすいのだが、困ったことに、インドのシンガーソングライターたちは、そろいもそろって、地味で無国籍な雰囲気なのである。
西洋的な都市生活をしている彼らが、自分の表現を追求すると、どうしてもそういう感じになってしまうのだろう。

そんななかで、この音楽なら紹介する価値があるだろう、と思わせてくれたのが、以前紹介したPrateek Khuhadや、本日の主役であるRaghav Maetlleである。
つまり、彼らが作っている音楽そのものの魅力が相当高いということだ。


現在はムンバイを拠点に活動しているRaghav Meattleは、なかなかの苦労人だ。
彼はもともとデリー出身で、名門St.Stephen's Collegeで歴史学を専攻しながら、音楽活動を始めたという。
彼はこれまで、プログレッシブロックバンドThe Uncertainty Principle(2013年に脱退)やMeattle and Malikというポップデュオで活動したり、ハイデラバードやバンガロールの企業で働いたりと、音楽活動のみならずさまざまな経験を重ねてきた。
2016年にインドのミュージシャン発掘番組"The Stage"に出演し、準決勝にまで進出したことで、音楽で生きていこうという決心をしたという。

ソロデビューは2018年。
現時点での彼の最新作は、今年4月にリリースされたこの"City Life"だ。

ムンバイの日常をアナログカメラで撮影した映像は、ロックダウン前に制作されたものと思われるが、コロナウイルスですっかり暮らしが変わってしまった今見ると、胸にぐっと迫ってくる。
この曲は、街での暮らしの中で、少しずつ自分を見失ってしまい、居場所を探すのに苦労している人のための曲とのこと。
彼のメロディーや歌声には、そっと心に寄り添ってくれるような優しさがある。

映画音楽以外の音楽シーンがまだまだ発展途上のインドでは、インディーミュージシャンが音楽だけで暮らしてゆくことは難しい。
まして、イベントにお客の集まりやすいダンスミュージックではなく、ギター1本で歌うシンガーソングライターであればなおさらだ。
それでもRaghavはこう語っている。

「他の選択肢はなかったんだ。ギターを弾くのを覚えて、詩を音楽に乗せる。それだけさ。(電子音楽ではなくて)ずっとバンドが演奏する音楽を聴いてきたし、今でも生のサウンドに夢中なんだよ」

実際、彼は今もソニーが立ち上げた非映画音楽のためのレーベル'Big Bang Music'で働いており、映画『ガリーボーイ』のモデルになったストリートラッパー、Naezyのマネジメントなどを手掛けているようだ。

彼のファーストアルバムは、2018年にリリースされたこの"Songs from Matchbox".
このアルバムは、インドの新進アーティストの常套手段であるクラウドファンディングによって集めた資金によって、ロンドンのアビーロードスタジオでマスタリングが施されている。

このアルバムのなかで個人的に気に入っているのは、妹の結婚式のために書かれたというこの"She Can"だ.

穏やかに始まり、美しいメロディーが次々にたたみかけてくるフォークポップの佳曲。

"I'm Always Right"は、アーティストを目指すインドの若者がいつも感じる不安を歌ったものだという。

RaghavはJohn MayerやGeorge Ezra、Damien Riceといった現代のシンガーソングライターの影響を受けていると語っているが、この曲ではポール・マッカートニーのようなメロディーラインが印象的だ。
エンジニアのような手堅い仕事につくようにというプレッシャーや、男女交際に反対する親たちに対するメッセージが込められている。

"Songs from the Matchbox"に収録された"Bar Talk"は、インドの同性愛カップルを描いたミュージックビデオが先日発表されたばかり。

彼はこのミュージックビデオに「これは(単に)ビタースウィートな関係にある2組のカップルの物語。今こそ、ずっと前から受け入れるべきだったストーリーから、センセーショナリズムのベールを取り払う時だ」というコメントを寄せている。



最近ではNetflix制作のドラマに楽曲を提供したり、またナイキのキャンペーンに起用されるなど、活躍の場をますます広げつつあるRaghav Meattle.
またInstagramなどのソーシャルメディアをうまく活用して、より多くの人にアプローチできるよう取り組んでいるという。

彼は、Parekh & Singhや、F16s, Peter Cat Recording Co.といった国内アーティストや、Lucy RoseやBen Howardなどの海外のアーティストとのコラボレーションを夢見ているそうだが、彼の才能を持ってすれば、国内のアーティストとの共演はすぐにでも実現しそうだ。
きっかけさえあれば、世界的に高い評価を得ることも夢ではないだろう。

インターネットによって世界中がつながった今も、音楽シーンの「地元主義」は根強く、またそれが地域ごとに個性あふれるシーンを作り出しているのも事実だが、彼のように普遍的な優れたポップミュージックを作り出す才能を、インドのインディーシーンだけにとどめておくのはあまりにも惜しい。
彼の音楽がワールド・クラスの評価を受ける日がくることを願うばかりだ。


参考サイト:
https://rollingstoneindia.com/raghav-meattle-recording-new-album-musician-ive-grown-100-times/

https://rollingstoneindia.com/raghav-meattle-captures-mumbai-of-yesteryear-in-city-life-music-video/

https://queenmobs.com/2019/08/interview-raghav-meattle/

https://www.indulgexpress.com/culture/music/2020/apr/10/raghav-meattle-speaks-about-his-soulful-new-song-city-life-and-the-music-video-shot-entirely-on-reel-23949.html

https://ahummingheart.com/features/interviews/raghav-meattle-on-city-life-day-job-and-music-marketing/




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goshimasayama18 at 15:46│Comments(0)インドのロック 

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