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2020年06月01日

インドのEDM系アーティストがなにかと面白い! KSHMR, Lost Storiesらのインド風トラック!



意外に思われるかもしれないが、ダンスが大好きなインド人の間では、EDM系の音楽の人気がとても高い。
主要なリスナー層は、都市部の中産階級以上の音楽の流行に敏感な若者たちに限られるのだろうが、それでも13億の人口を誇るインドでは、相当数のファンがいるということになる。
インドではアジア最大の(そして世界で3番目の規模の)EDMフェス"Sunburn"が開かれているし、国際的に活躍しているインド人アーティストもいる。


EDMというジャンル自体、すでに人気のピークを過ぎた感もあるし、そもそもコロナウイルス禍でフェスティバルやパーティーが開けない状況が続くと、シーン自体がどうなってしまうのか心配ではあるが、インドにおけるEDM人気の根強さは、今のところ我々の想像をはるかに超えているのである。

今回は、そんな「ダンス大国」インドのEDMアーティストたちが、グローバル市場向けのゴリゴリのダンストラックとは別に、国内リスナー向けにかなりインドっぽい楽曲を製作しているというお話。

以前の記事でも取り上げたムンバイ出身のEDMデュオ、Lost Storiesが、プレイバックシンガーとして活躍するJonita Gandhiと共演したこの"Mai Ni Meriye"は、彼らがこれまでに発表してきたトランス系テクノやEDMとは大きく異なるボリウッドっぽい1曲。
(Lost Storiesがこれまでに発表してきたダンストラックについては、この記事を参照してほしい。"Tomorrowlandに出演するインド人EDMアーティスト! Lost StoriesとZaeden!"


原曲はヒマーチャル・プラデーシュ州の伝統音楽のようだ。
Jonita GandhiはYouTubeにアップした歌声がきっかけでA.R.Rahmanに見出されたカナダ在住のシンガーで、2013年以降様々な映画のサウンドトラックに参加している。(昨年11月にNHKホールで行われた「ABUソングフェスティバル」にも、インド代表としてラフマーンとともに来日していた。)
Lost Storiesの洗練されたトラックに彼女の古典音楽風の節回しの歌が乗ることで、あたかも最近のボリウッドの映画音楽のような仕上がりになっている。

Lost StoriesがKSHMR(カシミア)と共演した"Bombay Dreams"のミュージックビデオは、サウンドだけでなく映像も映画のような魅力を持っている。

エスニックなメロディーラインが印象的だが、エレクトロニック系の曲だとこの手の旋律は国籍に関係なくよく使われているので、もはやどこまでがインドでどこからがEDMなのかさっぱり分からなくなってくる。
それはともかく、このミュージックビデオで注目すべきは、音楽よりもマサラテイストかつ甘酸っぱいストーリーのほうだろう。
「イケてない太めの男子」と「古典舞踊を習う女子」というEDMのイメージとは距離のありすぎるキャラクターたちが繰り広げる淡い恋模様は、まるで青春映画の一場面のようだ。

この曲でLost Storiesと共演しているKSHMRはカリフォルニア州出身のインド系アメリカ人で、その名前の通りカシミール地方出身のヒンドゥー教徒の父を持つEDMミュージシャン/DJだ(母親はインド系ではないアメリカ人のようだ)。
彼はもともとCataracsというダンスミュージックグループに在籍しており、いくつかの曲をヒットさせていたが、Cataracs解散後の2014年にKSHMR名義での活動を開始すると、Coachella, Ultra Music Festival, Tommorowland等の主要なフェスに軒並み出演し、2016年にはDJ MagazineのTop 100 DJs of the yearの12位とHighest Live Actに輝くなど、名実ともにトップDJの座に躍り出た。

KSHMRがベルギー人DJのYves Vと共演したこの"No Regrets (feat. Krewella)では、音楽的にはインドの要素はほぼ無いものの、インドの伝統格闘技クシュティをテーマにしたミュージックビデオを製作している。

冒頭で歌われているのはハヌマーン神へを讃えるヒンドゥーの聖歌らしく、こちらもまるでインド映画のような仕上がりになっている。

インドのインディー系ミュージシャンには、インドのポップカルチャーの絶対的な主流であるボリウッドに対して「ドメスティックでダサいもの」という反感を持っている者が多いという印象を持っていたので(かつて日本のロックミュージシャンが歌謡曲に抱いていたような感情だ)、こうしたEDM系のアーティストたちが、ボリウッドっぽさ丸出しの楽曲をリリースしているということに、非常に驚いてしまった。
グローバルな成功を収めている彼らにとっては、ローカルなボリウッドは仮想敵とするようなものではなく、むしろ冷静にマーケットとして見ているということだろうか。
(日本でいうと、石野卓球あたりがJ-Popのプロデュースやリミックスを手がけているのと同じようなものかもしれない)

KSHMRは、2015年から2017年まで、「アジア最大のEDMフェス」Sunburnのオフィシャルミュージックを手がけており、EDMやトランスに開催地であるインドの要素を融合させた楽曲をリリースしたりもしている。




これらの曲を聴けば、彼が自身のルーツであるインドの要素をいかに巧みにダンスミュージックに取り入れているかが分かるだろう。
このどこまでも享楽的なサウンドは、かつて欧米や日本のトランスDJたちが、インド音楽をサイケデリックで呪術的な要素として使ってきたのとは対照的で、長らくインドの音楽をミステリアスなものとして借用してきた西洋のポップ・ミュージックに対するインド人からの回答として見ることもできそうだ。

パーティーミュージックのプロデュースにかけては一流の評価を得ているKSHMRが、そのサウンドに反して極めてシリアスなメッセージを伝えようとしているミュージックビデオがある。
彼の故郷の名を冠した"Jammu"という曲である。
Jammu(ジャンムー)とは、彼の名前の由来になったカシミールとともにジャンムー・カシミール連邦直轄領を構成する地域の名前だ。
この地域は、1947年のインド・パキスタンの分離独立以来、両国が領有権を主張し、たびたび武力衝突が起きている南アジアの火薬庫とも言える土地である。
カシミール地方では、「ヒンドゥー教徒がマジョリティーを占める世俗国家」であるインドにおいて、例外的にムスリムが多数派を占めるという人口構成から、インド建国間もない時期から独立運動も行われており、この地を巡る状況は非常に複雑になってしまっているのだ。
こうした歴史から、かつては「世界で最も美しい場所」とまでいわれていたカシミールでは、テロや紛争、独立闘争やその過酷な弾圧のために、数え切れないほどの血が流されてきた。


戦乱で母を失った少年がテロリストになるまでを描いたストーリーは、欧米やヒンドゥー側から見たムスリムのステレオタイプ的なイメージという印象も受けるが、現実に起こっていることでもあるのだろう。
(ちなみにKSHMRは"Kashmir"という楽曲もリリースしているが、この曲ではミュージックビデオは作られていない)

このミュージックビデオがリリースされたのは2015年。
その頃は州としての自治権を有していたジャンムー・カシミール地域は、2019年8月にインド政府によって自治権を剥奪され、大規模な反対運動にも関わらず、連邦政府直轄領となることが決定した。
これにともなって、ジャンムー・カシミール地域では、混乱や暴動を避けるという目的で、長期間にわたるインターネットの遮断や外出禁止が行われ、外部との連絡が絶たれた中で治安維持の名目での暴力行為もあったという。 
デリーのラッパーPrabh Deepは、コロナウイルスによる全土ロックダウン時にリリースされた楽曲で、外出禁止が続くカシミールに想いを馳せる内容のリリックを披露している。


KSHMRによるインド色の強いミュージックビデオは、インド国内のマーケット向けというだけではなく、自身のルーツとなっているカルチャーや歴史を広く世界に知ってもらいたいという意図も持って作られたのだろう。
インド国内のアーティストが、ミュージックビデオでインド文化をできるだけ洗練されたものとして描く傾向があるのに対して、ステレオタイプ的な描写が多いのは、彼が母国を遠く離れた欧米で生まれ育ったこととも関係がありそうだ。
いずれにしても、KSHMRのこうした映像作品は、YouTubeのコメント欄を見る限りでは、インドのリスナーに好意的にはかなり受け入れられているようである。
彼はDJセットにおいてもインドの楽曲をサンプリングすることが多く、それが彼のDJの文字通り巧みなスパイスになっている。

以前紹介したZaedenも、ヒンディー語楽曲をいくつか発表しているが、今回はインド系バルバドス人のRupeeが2004年にスマッシュヒットさせた'"Tempted to Touch"のリメイクを紹介したい。

ほぼ忘れられかけていた一発屋をこうしてリメイクするという取り組みも、世界で活躍するインド系アーティストへの絆を感じさせるものだ。

無国籍なサウンドとなることが多いダンスミュージックに、インド系のアーティストがこれだけ自身のルーツの要素を取り入れているということは、かなり面白いことだと感じる。
これは欧米が主流のシーンに対する自己主張であるだけでなく、全てを取り入れて混ぜ込んでしまうインド文化のなせる業なのだろうか。



エレクトロニックミュージックとインド的要素の融合については、非常に面白いテーマなので、まだまだ書いてゆきたいと思ってます。
それでは今回はこのへんで!




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