2020年05月19日
ロックダウン中に発表されたインドの楽曲(その2) Hirokoさんインタビューと国境を超えたコラボレーション
前回の記事で、ロックダウン下のインドで発表された楽曲たちを紹介した。
今回は、インドのミュージシャンたちとコラボレーションしてZARDの『負けないで』のカバーを発表したムンバイ在住のシンガー/ダンサーのHirokoさんのインタビューをお届けする。
Hirokoさんに聞いた製作裏話や現在のムンバイの状況と、コロナウイルス禍のなかで、国境を越えて行われた共演の数々を紹介したい。
Hirokoさんに聞いた製作裏話や現在のムンバイの状況と、コロナウイルス禍のなかで、国境を越えて行われた共演の数々を紹介したい。
Hirokoさんへのインタビューの前に、改めてタブラ・バージョンのカバーを聴いてみよう。
−お久しぶりです。軽刈田です。さっそくですが、今回のコラボレーションの経緯を教えてください。
「2月末〜3月上旬にかけて日本やインドでCovid-19感染者が出始め、インド政府が日本人へのビザを一時無効としたことで、私を含めたインドを愛する日本人の間で動揺が広がりました。
ムンバイ在住の私も、日本に自由に行くことができなくなりました。
実はこの頃に日本に住んでいた姉が急逝したのですが、私は日本に行けないため最期のお別れもできませんでした。
そうこうしているうちにインドでもCovid-19の感染者が増え始め、ムンバイでは3月21日から、インド全土では3月25日からロックダウンが始まり、自宅に引きこもる軟禁生活が始まりました。
日本やインドや世界中でCovid-19が蔓延していく様子が毎日ネットを通じて目に入ってきて、私自身も不安な気持ちが大きくなってきたのですが、このままだといけないなと自分自身を元気づけるために毎日自宅で一人で歌っていたのが、ZARDの『負けないで』でした。
もともとZARDの坂井泉水さんの歌は大好きだったのですが、ロックダウンの軟禁生活のなか『負けないで』を歌っていたらとても元気が出たんです。
この元気になる歌を私の声で歌って、リスナーの皆さんに少しでも元気をおすそわけできたら良いなと思い、カバー曲を制作することを決めました。
せっかくインドにいるのだからインド要素を取り入れたカバー曲にしたいなと思って、友人のインド人アーティスト達にコラボを提案してみたら、みんな賛同してくれてプロジェクトが始動しました。」
さらりと話しているが、コロナウイルスによる異国でのロックダウンという災難に加えて、お姉さんの急逝という悲劇まで重なってしまっていたとは…。
『負けないで』という選曲は、世界中の同じ状況下にいる人々への応援歌というだけではなく、自分への励ましでもあったのだ。
それを知ったうえで改めて聴くと、Hirokoさんの歌声からまた違った印象が感じられる。
『負けないで』という選曲は、世界中の同じ状況下にいる人々への応援歌というだけではなく、自分への励ましでもあったのだ。
それを知ったうえで改めて聴くと、Hirokoさんの歌声からまた違った印象が感じられる。
−プロデューサーのKushmirとキーボードのSamuelはHirokoさんと同じムンバイですが、タブラのGauravはデリーからの参加ですね。
「はい、本プロジェクトチームはムンバイだけでなく、デリー、日本からのメンバーで、全員WFH (Work From Home) で制作しました。
ミュージックプロデューサーのKushmirとVideo EditingのIan (Ibex名義でラッパーとしても活動)はもともとの友人で、以前ブログでも紹介していただいた『ミスティック情熱』のメンバーです。
PianistのSamuelはKushmirの友人、Sound Mixing & Masteringの石山さんは私のソロ曲「Arigatou」でもお世話になったサウンドエンジニアさん。
そして、タブラのGaurav Chowdharyは昔ムンバイに住んでいて、私が初めてムンバイに来てダンス修業をしていた時に知りあった古くからの友人です。Gauravはアクターでもあり、『Teen Taal』というヒンディー映画にも出演しています。」
Hirokoさんから教えてもらったパーソネルは以下の通り。
Hirokoさんが以前リリースした"Mystic Jounetsu"(『ミスティック情熱』)についてはこちらの記事を参照してほしい。
日本のカルチャーや音楽がどのようにインドに影響を与えているかが分かる興味深いインタビューになっている。
ちなみに"Mystic Jounetsu"にも参加していたビートメーカーのKushmirは、ソロのWFH(Work From Home)作品も発表している。
彼は、最近では、日本の映像クリエイター入交星士(Seishi Irimajiri)とコラボレーションした作品も発表しており、こちらも非常に興味深い仕上がりだ。
Hirokoさんから教えてもらったパーソネルは以下の通り。
Vocalist : Hiroko (Mumbai)
Music Producer : Kushmir (Mumbai)
Pianist : Samuel Jubal D’souza (Mumbai)
Tabla Player : Gaurav Chowdhary (Delhi)
Sound Mixing & Mastering : Aki Ishiyama (Japan)
Video Editing : Ian Hunt (Mumbai)
Hirokoさんが以前リリースした"Mystic Jounetsu"(『ミスティック情熱』)についてはこちらの記事を参照してほしい。
日本のカルチャーや音楽がどのようにインドに影響を与えているかが分かる興味深いインタビューになっている。
ちなみに"Mystic Jounetsu"にも参加していたビートメーカーのKushmirは、ソロのWFH(Work From Home)作品も発表している。
彼は、最近では、日本の映像クリエイター入交星士(Seishi Irimajiri)とコラボレーションした作品も発表しており、こちらも非常に興味深い仕上がりだ。
Hirokoさんが語っているGauravが出演した映画『Teen Taal』は、彼の亡くなったお父さん(タブラ奏者)の実話をもとにしたストーリーで、Gaurav自身が脚本も書いているとのこと。
Gauravはタブラ奏者、俳優、脚本というマルチな才能を持った人物のようだ。
Gauravはタブラ奏者、俳優、脚本というマルチな才能を持った人物のようだ。
歌っているのは彼の奥さん。
彼は敬虔なクリスチャンのようで、この動画には「こんな時でも、イエスは見守ってくれているということを思い出して欲しくてこの曲を演奏していると決めた。彼は我々が思うよりもずっと近くで、その手で包んでくれている」というメッセージが添えられている。
−今回は完全にオンライン上でのコラボレーションになったと思いますが、どのような進め方で製作したのでしょうか?苦労した点はありますか?
「楽曲については、インド要素を取り入れつつも、オリジナルのZARDのイメージは大切にしたかったので、今回はタブラを入れたアレンジにしました。
まずKushmirに『負けないで』のオリジナル楽曲を聴いてもらい、ビート制作を依頼しました。
KushmirのビートにSamuelのピアノを乗せたインストをGauravに送り、それに合わせてタブラを録音したデータを私に送ってもらいました。
並行して、私のボーカルを自宅で録音しました。
そして、インストのステム、タブラトラック、ボーカルトラックをサウンドエンジニアの石山さんに送り、ミキシング・マスタリングをしてもらいました。
ミュージックビデオは、出演アーティスト4名がそれぞれ自宅でスマホで動画を撮影し、私がまとめてビデオエディット担当のIanに送り、エディットしてもらいました。
WFHでコラボしているイメージをお見せしたかったので、4名が同時にパフォーマンスしている映像にしました。」
タブラ・バージョンでのカバーということで、もっとインドの要素が入ってくるかと思っていたのだが、オリジナルを大切にしたうえでのアレンジだったようだ。
Hirokoさんのコメントは続く。
「このように、基本的なやりとりはWhatsAppやメールで問題なく進められましたが、一番苦労したのはレコーディングでした。
ロックダウン中でスタジオに行けないので、自宅でのレコーディングでしたが、自宅にスタジオマイクが無いのでなんとスマホでレコーディングしました。
Naezyがまだ有名になる前にスマホでレコーディング・撮影したという話を思い出しながら。(笑)
スマホでのレコーディングですから音質は良くなくて、サウンドエンジニアの石山さんもかなり苦労されたようです。
それでも、聴いてくださったリスナーの皆さんから「元気が出ました!」というコメントをたくさんいただいて、嬉しかったです。」
さすが、日本よりもインドのほうが落ち着くと公言してはばからないHirokoさん。
スマホでレコーディングしてしまうという、あるモノで、できる範囲でやってしまおうという精神は、まさにインディアン・スピリッツ。
コメントにあるNaezyのエピソードは、ムンバイのスラム出身で、今ではインドを代表するラッパーの一人となったNaezy(昨年インドの映画賞を総なめにした『ガリーボーイ』の主人公のモデルだ)が注目されるきっかけとなった楽曲"Aafat!"をiPadのみで製作・撮影したことを指している。
−さて、ロックダウンが長く続いていますが、ムンバイの様子はどうですか?
「ロックダウンももう53日(ムンバイは55日 ※5月16日現在)続いており、自宅軟禁生活もすっかり慣れました。
食材の買い出し以外は外出禁止なので、基本的に家に引きこもって、在宅で仕事をしたりWebinar(ウェブセミナー)を開催したり、ダンスのオンラインクラスを受講したり逆に教えたり、次の音楽プロジェクトの作詞作曲をしたり、料理を楽しんだりしています。
ムンバイはインドで一番感染者が多く、ホットスポットが多いレッドゾーンとなっており、ロックダウンはまだまだ延長されそうです。もともとムンバイは人口が多く密集度が高いのですが、特にアジア最大のスラム ダーラーヴィー地区での感染が広がっているのがとても心配です。」
ダーラーヴィー(ダラヴィ)は、映画『スラムドッグ$ミリオネア』や『ガリーボーイ』 の舞台にもなったスラム街だ。
貧しい人々が多く暮らすスラムは、衛生環境も悪いうえに、人口も多く住居も過密状態であり、こうしたエリアでコロナウイルスが蔓延してしまうと、いったい収束にはどれくらいかかるのか、想像もつかない。
ダーラーヴィー(ダラヴィ)は、映画『スラムドッグ$ミリオネア』や『ガリーボーイ』 の舞台にもなったスラム街だ。
貧しい人々が多く暮らすスラムは、衛生環境も悪いうえに、人口も多く住居も過密状態であり、こうしたエリアでコロナウイルスが蔓延してしまうと、いったい収束にはどれくらいかかるのか、想像もつかない。
「また、私もチャリティーライブなどで参加させてもらっているワダーラー・ゴワンディー地区のスラムの子供達ともメッセージで話したのですが、政府からの食料配給がなかなか行き届いておらず、私からムンバイポリスやボランティア団体にTwitterで直訴して支援していただけるようお願いしたりもしました。
ムンバイ以外のエリアでも、ロックダウンによって大変な影響を受けている貧困層や出稼ぎ労働者、会社から給料を払ってもらえないミドルクラスなどがたくさんいます。
これらに対してインド政府は色々な経済支援策を出しており、また、多くの富裕層が寄付をしたり、ボランティア団体が貧困層をサポートしたりしています。それでもまだまだ足りないのですが。
一日も早くCovid-19の件が終息して、またスラムの子供達の元気が姿が見たいですし、音楽やダンスのステージライブがしたいです。」 Hirokoさんはワダーラー地区でダンスと音楽を教える活動を行なっている。
その教室で育った青年のなかには、現在ではラッパーになった者もいる。
音楽がスラムの若者たちの力と誇りとなり、それが引き継がれてゆく一例だ。
ワダーラー地区の様子とその青年、Wasimのラップはこの映像で見ることができる。
−このあともHirokoさんは音楽活動の予定がたくさんあるようですが、教えてもらえますか?
「『ミスティック情熱』チームでの日本語・英語ラップ曲次回作、ヒンディー語楽曲など、コラボプロジェクトがいくつか進行しています。
ロックダウンが終わって最初に行きたいのは、レコーディングスタジオかな(笑)
日本の皆さんも緊急事態宣言で外出の自粛要請をうけて、色々と制限された生活を送られていることと思います。
ですが、日本もインドもみんなで負けないで乗り切りましょう!」
…と、Hirokoさんはどこまでもポジティブに先を見据えているようだ。
ムンバイの状況が落ち着いて、進行中のプロジェクトがリリースされることを楽しみに待ちたい。
Hirokoさんの『負けないで』のような、インドと海外のアーティストによる国境を超えたコラボレーションは、他にも行われているようだ。
デリーのロックバンドCyanideのヴォーカリストでシンガーソングライターRohan Solomonは、5大陸9カ国の20都市のアーティストと、ロックダウンの孤独をテーマにした楽曲"Keep Holding On"をリリースした。
Rohan Solomonは、Anderson Paakによるグラミー賞(最優秀ラップ・パフォーマンス)受賞曲"Bubblin"にアシスタント・エンジニアとして関わるなど、裏方としても活躍している。
この楽曲でも、"We Are The World"形式のアレンジで、ロックダウンの孤独のもとでも自分にとって大切なものを保ち続けようというメッセージをドラマチックに聴かせてくれている。
ムンバイのジャズギタリストであるAdil Manuelは、フランス領レユニオン諸島のバンドTincrès Projektとインド洋をはさんだコラボレーションによる楽曲"Hope"を発表。
これまでに何度も共演経験があったとのことで、息のあったパフォーマンスを聴かせてくれている。
ムンバイのアコースティック・デュオSecond Sightは、2021年にリリース予定だったニューアルバムのプランを、このロックダウンにともなって変更し、世界中のミュージシャンとのコラボレーションによるラテン・ジャズに仕上げた。
この“Shallow Waters”には、キューバのパーカッショニスト、スリランカのベーシスト、そしてブラジルのピアニストが参加している。
曲のテーマは、「政府に対して疑問を持つことが、まるで国を憎んでいるかのように思われてしまうという考えが広まっているということ」だという。
インドのみならず、日本でも同じような状況があるのではないだろうか。
ロックダウン下でのインドのインディーミュージシャンたちの活動は、音楽メディアのRolling Stone Indiaが各種SNSで'#ArtistsWFH'というSNSで発信している。
また、古典音楽の大御所たちにも、様々なパフォーマンスを日々配信している人たちか多い。
一刻も早くこの状況が落ち着くことを願うばかりだが、こうした状況にもめげずに、またこうした状況だからこそできる活動を模索しているアーティストたちを見ていると、元気が湧いてくるのも確かだ。
今しばらく、こうした状況ならではのパフォーマンスを楽しみつつ、コロナウイルスの収束を待ちたい。
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