2019年12月24日
知られざる魔術大国インド ヨギ・シンの秘術にせまる(その1)
虹を見るとき、いつも思う。
もしこの現象が、空気中の水滴と光の屈折が引き起こしたものに過ぎないということを知らなかったら、どんなに感動できただろう、と。
この雨上がりの空にかかる色彩の橋が、神々や精霊のしわざかもしれないと思えたら、どんなに素晴らしいだろう。
学ぶのは大切なことだが、知れば知るほど、この世界から神秘は失われてゆく。
知りすぎた我々の周りからは、神や妖怪や精霊たちの居場所は失われ、我々は物質だけの味気ない世界で暮らすようになった。
それでもなお、この世界に残された謎の正体を知りたがってしまうのが人間の性というもので、何が言いたいのかというと、先日からしつこく書いているヨギ・シンのことなのである。
ネッシーもツチノコも人面犬も口裂け女も、もはや誰もまともに信じている人はいない今日、 ヨギ・シンは、この不思議が失われた世界の最後の謎とも言える存在なのだ。
しかも、他の謎や都市伝説と違って、「彼」は確実にこの世界に存在している。
ヨギ・シンを知らない人のために、「彼」の「発見」から出会いまでは、少し長くなるが以下を参照してほしい。
参照するのがめんどくさい方のために端折って書くと、占い師とも詐欺師ともつかない不思議なインド人との遭遇体験が、世界中で報告されているのだ。
「彼」は、じつに不思議な手口で人の心を読み、お金をだまし取って生計を立てている。
いや、だまし取ると言っては「彼」に失礼だ。
「彼」がしていることは、客観的に見て、一般的な占い師やマジシャンと変わらない。
トリックを使った技をさも超常現象のように見せかけることも、科学的根拠のない未来予想を告げてお金を要求することも、それだけで詐欺とは呼べないだろう。
欧米の都市で彼が'scam'(詐欺)と呼ばれる理由があるとしたら、事前に有料だと言わずに、「占い」のあとでお金を請求することと、お客が支払った金額に満足せず、さらにその何倍ものお金を請求することだと思うが、これは別に詐欺行為ではなく、単に欧米と南アジアの商習慣の違いである。
さらにお金を請求されても、それ以上払わなかったという人も、払わずに逃げたという人も何人もいるし、それに対して脅されたり暴力を振るわれたりしたという話は聞いたことがない。
かなり贔屓目な私の意見など参考にならないかもしれないが、彼はそんなに悪い男ではないのだ。
運良く(あるいは、運悪く)「彼」に出会ったとしよう。
「彼」はあなたに「君は幸運な顔をしている」などと声をかけてくる。
「彼」は小さな紙に何事かを書きつけると、それを丸めてあなたの手に握らせてから、あなたの好きな花や数字を尋ねる。
あなたがそれに答えると、「彼」は握りしめている紙を広げて読んでみるように言う。
すると、なんとそこには、さっきあなたが答えた通りの花の名前や数字が書かれている。
その後、さらに高度な質問(例えば、母親の名前など)を的中させたり、未来を占ったりしたうえで、その対価としてお金を要求するというのが、代表的な「彼」の手口だ。
古くはミャンマーで1950年代に出版された小説にその存在の記述があり、90年代にはノンフィクション作家の高野秀行さんがバンコクで遭遇している。(『辺境中毒!』という本にそのエピソードが書かれている)
インターネットが発達した2000年代以降、驚くべきことに、「彼」との遭遇はロンドン、シンガポール、メルボルン、ニューヨーク、トロントなど、世界中の都市で報告されている。
最新の報告は、数日前に日本人の青年が香港で遭遇したという事例だ。
ミャンマーの小説の舞台は1930年代だというから、少なくとも100年近い歴史のある占い(もしくは詐欺)ということになる。
「彼」は、名前を名乗るときも名乗らないときもあるが、名乗る時は必ず「ヨギ・シン」という名であることが分かっている。
「シン(Singh)」はシク教徒の男性ほぼ全員に名付けられるライオンを意味する名前で、「ヨギ」はヨガなどの行者を意味している。
自分はパンジャーブ出身であると言うこともあり、ターバンなど、シク教徒らしき特徴であることも多い。
(「シク教」は16世紀に現在のインド・パキスタンの国境地帯であるパンジャーブ地方で成立した宗教で、男性はターバンを着用することが教義に定められている。現在ではターバンを巻かないシク教徒もいる)
報告された時代と場所がこれだけ多岐にわたっているということは、長年にわたって同じ手口を生業とするグループが存在するということだ。
『インド通』という本を書いた大谷幸三氏によると、シク教徒のなかで、こうした辻占で生活する、低い身分とされている集団があるという。
だが、それ以上のことは何も分からない。
彼らは世界中に何人いるのか。
いつ頃から、彼らは存在しているのか。
海外に出てまで辻占をして、はたして採算は取れるのか。
そして、彼らの技術には、どんなトリックがあるのか。
彼らについて知りたいことはいくらでもあった。
そんな時、なんと「彼」が東京に現れたという情報が入った。
先月(2019年11月)のことだ。
様々な方からの情報が寄せられ(謎のインド人占い師と遭遇した人が検索して私のブログを見つけて、コメントを残してくれたのだ)、写真や遭遇地点の情報をもとに、私は出没報告のあった丸の内を捜索した。
そして、幾日にも渡る捜索の結果、私はついにヨギ・シンと思われる男と遭遇したのだ!
だが、「彼」の正体を知っていることをほのめかした私は警戒され、「彼」は何も語らずに立ち去ってしまった。
私は千載一遇のチャンスを逃してしまった。
まさか怪しいインド人に怪しい男扱いされるとは想像もしていなかったが、考えてみれば、海外で詐欺とも取れる行為をする彼らが警戒を怠らないのは当然のことだった。
もし私が警察や入国管理局の関係者だったとしたら、「彼」は拘束されたり、強制退去させられたりするかもしれない。
私は作戦を誤ったのだ。
その後、それまで何日も続いていた東京でのヨギ・シン遭遇報告はぱったりと途絶えてしまった。
報告によると、ターバンを巻いた初老の男、ターバンのないもう一人の初老の男、そして私が会った比較的若い男の、少なくとも3人のヨギ・シンが東京に来ていたはずだ。
彼らは正体を知っている人間がいることを恐れて、東京から去ってしまったのだろうか。
直接彼らと接触する術を失った私は、別の方面からの調査を行うことにした。
ヨギ・シンの最大の謎と言ってよい、不思議な「技」についての調査だ。
私は、彼の「技」と同じようなテクニックを、テレビか舞台でマジシャンが披露しているのを見た記憶があった。
彼の「技」と同じか、少なくともよく似た技術が、マジックのなかにあるはずだ。
彼の「技」のルーツが分かれば、彼らについてきっと何か分かることがある。
例えば、もし彼の「技」が20世紀前半にイギリスのマジシャンによって発明されたものだということが分かれば、彼らの技法はその時代にインドからイギリスに渡った移民によってコミュニティにもたらされたと推測できる。(実際、シク教徒はインド独立前後にイギリスに移民として渡った者が多かった)
私は、大型書店、図書館、そしてインターネットで、マジック関連の文献の中に手がかりがないか調べ始めた。
そこで改めて気づいたのは、マジックの種類というのは、数え切れないほど無数にあるということだ。
その一つ一つを調べて、彼の「技」との類似点がないかを確認するには、相当な労力と時間が必要だ。
それに、調べれば調べるほど、プロのマジシャンが行うマジックのタネが分かってしまうというデメリットもあった。
私はマジックを見るのが結構好きなのだ。
ヨギ・シンの秘密を探るためとはいえ、知りたくないマジックのタネまで知ってしまうというのはあまりにもむなしい。
マジックもまた、知ることでその神秘を失うのだ。
いずれにしても、多すぎるマジックのタネを、片っ端から調べてゆくのは効率が悪すぎる。
彼の「技」によく似た、数を的中させるマジックといえば、まず思い浮かぶのはカードマジックだ。
私は手始めにカードマジックから調べてゆくことにした。
すると、カードマジックのごく初歩的な部分のなかに、気になる言葉があるのを発見した。
カードマジックについて書かれた本に、「ヒンズー・シャッフル」という単語があったのだ。
「ヒンズー」はほぼ間違いなくヒンドゥー教のことだろう。
これはきっとなにかインドに関係があるに違いない。
調べてみると、我々日本人がトランプをシャッフルするときに行うごく一般的なやり方を、マジックの世界では「ヒンズー・シャッフル」と呼ぶということが分かった。
語源は、かつてインドのマジシャンたちがこのシャッフルを多用していたからだという。
インドのマジシャン。
私はその言葉を見つけて、はっとした。
なぜ今までその発想に至らなかったのだろう。
華やかなラスベガスなどのイメージから、私はマジックの本場といえばアメリカ、そしてそのルーツであるヨーロッパだとばかり考えていた。
だが、インドほどの歴史と文化を誇る土地であれば、そこに豊かな奇術の歴史があっても全くおかしくはないのだ。
調べてみると、インドはイブン・バットゥータが旅行記を著した13世紀から、世にも不思議な奇術を行うマジシャンたちの国として知られていたという。
そう、インドはかつて、マジック大国だったのだ。
とくにロープマジックについては深い歴史とバリエーションがあり、また誰もが見たことがあるであろう箱の中の人物に剣を刺すマジック(もともとは箱ではなく籠が使われていたようだ)も、寝たまま空中浮遊した(ように見える)人物にフラフープを通してみせるマジックも、その発祥の地はインドだという。
考えてみれば、インドほど怪しげでミステリアスな、マジックが似合う国は他にないのではないだろうか。
なにしろ、かのフーディーニも、そのキャリアの初期には顔を褐色に塗り、インド人の魔術師に見えるような演出をしていたという。
インドはむしろマジックの本場とも言える国なのだ。
インドの民衆が誇る知的財産とも言えるマジックは、悲しいことに、植民地支配や独立後の欧米との経済力の格差によって、先進国に流出してしまったのである。
皮肉なことに、悲願の独立を果たしたインド社会では、藩王国の解体によって、宮廷を舞台に活躍していた芸術家たちはパトロンを失ってしまった。
路上で生計を立てていた大道芸人たちも、近年の都市開発によって居場所を奪われ、もはやその文化は風前の灯火だという。
近代国家として歩みだしたインドに、マジシャンたちのための場所はほとんど残されていなかったのだ。
そもそも幼い頃から親族共同体のなかでともに暮らして修行する伝統的な手品師の生き方は、近代的な学校制度とも相入れないものだった。
さらに、映画やテレビといった新しい娯楽が、彼らの衰退に追い打ちをかける。
彼らの先祖から技術を盗んだ先進国のマジシャンたちは、今日もタキシードを着て、華やかなステージで洗練されたマジックを披露する。
着飾った観客たちのなかに、そのマジックのいくつかのルーツがインドにあると想像する人が、はたしているだろうか。
そう考えてみると、一度はインドから奪われたマジックという「文化遺産」を使って、先進国の都市で人々を幻惑してはお金を稼いでゆくヨギ・シンは、たとえ本人が意図していなかったとしても、インドの伝統にのっとったやり方で、文化的かつ歴史的なリベンジを果たしているとも考えられる。
長くなったうえに、話が迷走気味になってきたので、今回はここまで。
次回は、いよいよヨギ・シンの「技」の核心に迫る。
虹の神秘を失わずに、その本質を伝えるには、どう書いたものか。
(写真は丸の内の路上で11月に撮影されたターバン姿のヨギ・シン。彼を含め、少なくとも3名のグループが来日していたと思われる)

その他参考文献:前川道介(1991)『アブラカダブラ 奇術の世界史』白水社、Lee Siegel(1991)"Net of Magic : wonders and deceptions in India" The University of Chicago Press
参考ウェブサイト:https://qz.com/india/1330572/indian-magic-once-captivated-the-world-including-harry-houdini
他
(つづき)
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もしこの現象が、空気中の水滴と光の屈折が引き起こしたものに過ぎないということを知らなかったら、どんなに感動できただろう、と。
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学ぶのは大切なことだが、知れば知るほど、この世界から神秘は失われてゆく。
知りすぎた我々の周りからは、神や妖怪や精霊たちの居場所は失われ、我々は物質だけの味気ない世界で暮らすようになった。
それでもなお、この世界に残された謎の正体を知りたがってしまうのが人間の性というもので、何が言いたいのかというと、先日からしつこく書いているヨギ・シンのことなのである。
ネッシーもツチノコも人面犬も口裂け女も、もはや誰もまともに信じている人はいない今日、 ヨギ・シンは、この不思議が失われた世界の最後の謎とも言える存在なのだ。
しかも、他の謎や都市伝説と違って、「彼」は確実にこの世界に存在している。
ヨギ・シンを知らない人のために、「彼」の「発見」から出会いまでは、少し長くなるが以下を参照してほしい。
参照するのがめんどくさい方のために端折って書くと、占い師とも詐欺師ともつかない不思議なインド人との遭遇体験が、世界中で報告されているのだ。
「彼」は、じつに不思議な手口で人の心を読み、お金をだまし取って生計を立てている。
いや、だまし取ると言っては「彼」に失礼だ。
「彼」がしていることは、客観的に見て、一般的な占い師やマジシャンと変わらない。
トリックを使った技をさも超常現象のように見せかけることも、科学的根拠のない未来予想を告げてお金を要求することも、それだけで詐欺とは呼べないだろう。
欧米の都市で彼が'scam'(詐欺)と呼ばれる理由があるとしたら、事前に有料だと言わずに、「占い」のあとでお金を請求することと、お客が支払った金額に満足せず、さらにその何倍ものお金を請求することだと思うが、これは別に詐欺行為ではなく、単に欧米と南アジアの商習慣の違いである。
さらにお金を請求されても、それ以上払わなかったという人も、払わずに逃げたという人も何人もいるし、それに対して脅されたり暴力を振るわれたりしたという話は聞いたことがない。
かなり贔屓目な私の意見など参考にならないかもしれないが、彼はそんなに悪い男ではないのだ。
運良く(あるいは、運悪く)「彼」に出会ったとしよう。
「彼」はあなたに「君は幸運な顔をしている」などと声をかけてくる。
「彼」は小さな紙に何事かを書きつけると、それを丸めてあなたの手に握らせてから、あなたの好きな花や数字を尋ねる。
あなたがそれに答えると、「彼」は握りしめている紙を広げて読んでみるように言う。
すると、なんとそこには、さっきあなたが答えた通りの花の名前や数字が書かれている。
その後、さらに高度な質問(例えば、母親の名前など)を的中させたり、未来を占ったりしたうえで、その対価としてお金を要求するというのが、代表的な「彼」の手口だ。
古くはミャンマーで1950年代に出版された小説にその存在の記述があり、90年代にはノンフィクション作家の高野秀行さんがバンコクで遭遇している。(『辺境中毒!』という本にそのエピソードが書かれている)
インターネットが発達した2000年代以降、驚くべきことに、「彼」との遭遇はロンドン、シンガポール、メルボルン、ニューヨーク、トロントなど、世界中の都市で報告されている。
最新の報告は、数日前に日本人の青年が香港で遭遇したという事例だ。
ミャンマーの小説の舞台は1930年代だというから、少なくとも100年近い歴史のある占い(もしくは詐欺)ということになる。
「彼」は、名前を名乗るときも名乗らないときもあるが、名乗る時は必ず「ヨギ・シン」という名であることが分かっている。
「シン(Singh)」はシク教徒の男性ほぼ全員に名付けられるライオンを意味する名前で、「ヨギ」はヨガなどの行者を意味している。
自分はパンジャーブ出身であると言うこともあり、ターバンなど、シク教徒らしき特徴であることも多い。
(「シク教」は16世紀に現在のインド・パキスタンの国境地帯であるパンジャーブ地方で成立した宗教で、男性はターバンを着用することが教義に定められている。現在ではターバンを巻かないシク教徒もいる)
報告された時代と場所がこれだけ多岐にわたっているということは、長年にわたって同じ手口を生業とするグループが存在するということだ。
『インド通』という本を書いた大谷幸三氏によると、シク教徒のなかで、こうした辻占で生活する、低い身分とされている集団があるという。
だが、それ以上のことは何も分からない。
彼らは世界中に何人いるのか。
いつ頃から、彼らは存在しているのか。
海外に出てまで辻占をして、はたして採算は取れるのか。
そして、彼らの技術には、どんなトリックがあるのか。
彼らについて知りたいことはいくらでもあった。
そんな時、なんと「彼」が東京に現れたという情報が入った。
先月(2019年11月)のことだ。
様々な方からの情報が寄せられ(謎のインド人占い師と遭遇した人が検索して私のブログを見つけて、コメントを残してくれたのだ)、写真や遭遇地点の情報をもとに、私は出没報告のあった丸の内を捜索した。
そして、幾日にも渡る捜索の結果、私はついにヨギ・シンと思われる男と遭遇したのだ!
だが、「彼」の正体を知っていることをほのめかした私は警戒され、「彼」は何も語らずに立ち去ってしまった。
私は千載一遇のチャンスを逃してしまった。
まさか怪しいインド人に怪しい男扱いされるとは想像もしていなかったが、考えてみれば、海外で詐欺とも取れる行為をする彼らが警戒を怠らないのは当然のことだった。
もし私が警察や入国管理局の関係者だったとしたら、「彼」は拘束されたり、強制退去させられたりするかもしれない。
私は作戦を誤ったのだ。
その後、それまで何日も続いていた東京でのヨギ・シン遭遇報告はぱったりと途絶えてしまった。
報告によると、ターバンを巻いた初老の男、ターバンのないもう一人の初老の男、そして私が会った比較的若い男の、少なくとも3人のヨギ・シンが東京に来ていたはずだ。
彼らは正体を知っている人間がいることを恐れて、東京から去ってしまったのだろうか。
直接彼らと接触する術を失った私は、別の方面からの調査を行うことにした。
ヨギ・シンの最大の謎と言ってよい、不思議な「技」についての調査だ。
私は、彼の「技」と同じようなテクニックを、テレビか舞台でマジシャンが披露しているのを見た記憶があった。
彼の「技」と同じか、少なくともよく似た技術が、マジックのなかにあるはずだ。
彼の「技」のルーツが分かれば、彼らについてきっと何か分かることがある。
例えば、もし彼の「技」が20世紀前半にイギリスのマジシャンによって発明されたものだということが分かれば、彼らの技法はその時代にインドからイギリスに渡った移民によってコミュニティにもたらされたと推測できる。(実際、シク教徒はインド独立前後にイギリスに移民として渡った者が多かった)
私は、大型書店、図書館、そしてインターネットで、マジック関連の文献の中に手がかりがないか調べ始めた。
そこで改めて気づいたのは、マジックの種類というのは、数え切れないほど無数にあるということだ。
その一つ一つを調べて、彼の「技」との類似点がないかを確認するには、相当な労力と時間が必要だ。
それに、調べれば調べるほど、プロのマジシャンが行うマジックのタネが分かってしまうというデメリットもあった。
私はマジックを見るのが結構好きなのだ。
ヨギ・シンの秘密を探るためとはいえ、知りたくないマジックのタネまで知ってしまうというのはあまりにもむなしい。
マジックもまた、知ることでその神秘を失うのだ。
いずれにしても、多すぎるマジックのタネを、片っ端から調べてゆくのは効率が悪すぎる。
彼の「技」によく似た、数を的中させるマジックといえば、まず思い浮かぶのはカードマジックだ。
私は手始めにカードマジックから調べてゆくことにした。
すると、カードマジックのごく初歩的な部分のなかに、気になる言葉があるのを発見した。
カードマジックについて書かれた本に、「ヒンズー・シャッフル」という単語があったのだ。
「ヒンズー」はほぼ間違いなくヒンドゥー教のことだろう。
これはきっとなにかインドに関係があるに違いない。
調べてみると、我々日本人がトランプをシャッフルするときに行うごく一般的なやり方を、マジックの世界では「ヒンズー・シャッフル」と呼ぶということが分かった。
語源は、かつてインドのマジシャンたちがこのシャッフルを多用していたからだという。
インドのマジシャン。
私はその言葉を見つけて、はっとした。
なぜ今までその発想に至らなかったのだろう。
華やかなラスベガスなどのイメージから、私はマジックの本場といえばアメリカ、そしてそのルーツであるヨーロッパだとばかり考えていた。
だが、インドほどの歴史と文化を誇る土地であれば、そこに豊かな奇術の歴史があっても全くおかしくはないのだ。
調べてみると、インドはイブン・バットゥータが旅行記を著した13世紀から、世にも不思議な奇術を行うマジシャンたちの国として知られていたという。
そう、インドはかつて、マジック大国だったのだ。
とくにロープマジックについては深い歴史とバリエーションがあり、また誰もが見たことがあるであろう箱の中の人物に剣を刺すマジック(もともとは箱ではなく籠が使われていたようだ)も、寝たまま空中浮遊した(ように見える)人物にフラフープを通してみせるマジックも、その発祥の地はインドだという。
考えてみれば、インドほど怪しげでミステリアスな、マジックが似合う国は他にないのではないだろうか。
なにしろ、かのフーディーニも、そのキャリアの初期には顔を褐色に塗り、インド人の魔術師に見えるような演出をしていたという。
インドはむしろマジックの本場とも言える国なのだ。
インドの民衆が誇る知的財産とも言えるマジックは、悲しいことに、植民地支配や独立後の欧米との経済力の格差によって、先進国に流出してしまったのである。
皮肉なことに、悲願の独立を果たしたインド社会では、藩王国の解体によって、宮廷を舞台に活躍していた芸術家たちはパトロンを失ってしまった。
路上で生計を立てていた大道芸人たちも、近年の都市開発によって居場所を奪われ、もはやその文化は風前の灯火だという。
近代国家として歩みだしたインドに、マジシャンたちのための場所はほとんど残されていなかったのだ。
そもそも幼い頃から親族共同体のなかでともに暮らして修行する伝統的な手品師の生き方は、近代的な学校制度とも相入れないものだった。
さらに、映画やテレビといった新しい娯楽が、彼らの衰退に追い打ちをかける。
彼らの先祖から技術を盗んだ先進国のマジシャンたちは、今日もタキシードを着て、華やかなステージで洗練されたマジックを披露する。
着飾った観客たちのなかに、そのマジックのいくつかのルーツがインドにあると想像する人が、はたしているだろうか。
そう考えてみると、一度はインドから奪われたマジックという「文化遺産」を使って、先進国の都市で人々を幻惑してはお金を稼いでゆくヨギ・シンは、たとえ本人が意図していなかったとしても、インドの伝統にのっとったやり方で、文化的かつ歴史的なリベンジを果たしているとも考えられる。
長くなったうえに、話が迷走気味になってきたので、今回はここまで。
次回は、いよいよヨギ・シンの「技」の核心に迫る。
虹の神秘を失わずに、その本質を伝えるには、どう書いたものか。
(写真は丸の内の路上で11月に撮影されたターバン姿のヨギ・シン。彼を含め、少なくとも3名のグループが来日していたと思われる)

その他参考文献:前川道介(1991)『アブラカダブラ 奇術の世界史』白水社、Lee Siegel(1991)"Net of Magic : wonders and deceptions in India" The University of Chicago Press
参考ウェブサイト:https://qz.com/india/1330572/indian-magic-once-captivated-the-world-including-harry-houdini
他
(つづき)
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goshimasayama18 at 00:47│Comments(9)│ヨギ・シン
この記事へのコメント
1. Posted by kk 2019年12月25日 00:53
わ、待ってました!力作の予感。。
私の体験を投稿しそびれていたのですが
・3年前に香港・湾仔の巨大展示会場で休憩中に遭遇。
・ソファに座っていたら「You, lucky face」と近づいてきた。すでに多くの方が体験されているように、好きな花や誕生年月日、さらに好きな人の名前(日本人名)も当てました。
・あなたの未来がわかる。その対価は 100HK$ ぐらいだったような。
・知りたくはなかったので、断りました。不快にならない程度のしつこさでした。
・同日か翌日に会場からタクシーで乗り出したところ、別のヨギシンが、すでにアクセル全開で走行中・車中の私に向かって「You, lucky face」のジェスチャーをしてきたのには、自分のLuckを確信するとともに(?)、商魂のたくましさに笑えました。
香港かつ展示会のように、多種多様な人が、一時的に集まる場所のほうが、「騙され案件」が共有されにくいため、彼らの商売もやりやすいのではと推測しています。
私の場合は名乗られたわけではないので、ヒントがないまま、ずっと悶々としていたのですが、何の思し召しか凡平さまのブログに、100回記念の記事の書かれた日にたどり着きまして、数奇を感じております。
続編愉しみにしております!
私の体験を投稿しそびれていたのですが
・3年前に香港・湾仔の巨大展示会場で休憩中に遭遇。
・ソファに座っていたら「You, lucky face」と近づいてきた。すでに多くの方が体験されているように、好きな花や誕生年月日、さらに好きな人の名前(日本人名)も当てました。
・あなたの未来がわかる。その対価は 100HK$ ぐらいだったような。
・知りたくはなかったので、断りました。不快にならない程度のしつこさでした。
・同日か翌日に会場からタクシーで乗り出したところ、別のヨギシンが、すでにアクセル全開で走行中・車中の私に向かって「You, lucky face」のジェスチャーをしてきたのには、自分のLuckを確信するとともに(?)、商魂のたくましさに笑えました。
香港かつ展示会のように、多種多様な人が、一時的に集まる場所のほうが、「騙され案件」が共有されにくいため、彼らの商売もやりやすいのではと推測しています。
私の場合は名乗られたわけではないので、ヒントがないまま、ずっと悶々としていたのですが、何の思し召しか凡平さまのブログに、100回記念の記事の書かれた日にたどり着きまして、数奇を感じております。
続編愉しみにしております!
2. Posted by 軽刈田 凡平 2019年12月25日 05:58
>> kkさん
コメント、そして貴重な遭遇報告、ありがとうございます!
対価を先に言うパターンも珍しいような気がします。
やはり彼らはグループで行動しているんですね。
香港、つい先日も遭遇報告があったので、ヨギ・シン多発地帯みたいです。
続編もよろしくお願いします!
コメント、そして貴重な遭遇報告、ありがとうございます!
対価を先に言うパターンも珍しいような気がします。
やはり彼らはグループで行動しているんですね。
香港、つい先日も遭遇報告があったので、ヨギ・シン多発地帯みたいです。
続編もよろしくお願いします!
3. Posted by バンコク3泊4日 2025年01月08日 15:22
2025年1月7日に不思議な人物に出会ったのでネットで調べるとここに辿り着きました。
以下、昨日の出来事を書いた日記です。
その1
今日はホテルからGoogleによると2.7キロのMBKショッピングセンターへプラプラ歩くことにした。
途中、狭い通りを歩いていると向かいから歩いてくるターバンを頭に巻いたおじいさんに声をかけられた。
いきなりだったので何事かと思ったが
「あなたは幸運を持った顔をしている。今年は健康でお金持ちになる。あなたの家族も幸せです」的な事を言っているようだ。
ターバンおじいさんの見掛けが紳士的なだけに尚更胡散臭く思えてきた。
「いや、私は金とは無縁だ」と応じても
「いいえ、あなたは強い幸運を持っている。どこから来ましたか?」
「ジャパン」と答えた。
手に持っていた手帳を開き写真を見せてくれた。
子供たちが写った集合写真だった。
1番左端の少年を指差し「この子は両親がいない貧しい子だ」的な事を言っているようだ。
ファイルされた数枚のページをめくり数人の顔写真が写るページのひとりの成人男性を指差し「これがあの孤児の少年だ。大金持ちになった」的な事を言っているようだ。
「ハイハイわかりました」と前に進もうと思ったら手帳の端に何やら細かい字を書き出した。
「これが合えばあなたは強い幸運を持っている」的な事を言っている。
こちらからは何が書かれたかみえなかった。
字の書かれたページの部分を破り小さく丸めた物を手のひらに握らされた。
「あなたの好きな数字を教えてください」
「、、、7」
「他には?」
「8」
「他には?」
「1」
私が言った数字をメモしていく。
「あなたの年齢は?」
「62歳」
ターバンの手帳に7.8.1.62の数字が書かれた。
その隣にオレの手のひらに握られた紙の端切を開いて置いてみろと言われたので紙を開いて置いてみた。
以下、昨日の出来事を書いた日記です。
その1
今日はホテルからGoogleによると2.7キロのMBKショッピングセンターへプラプラ歩くことにした。
途中、狭い通りを歩いていると向かいから歩いてくるターバンを頭に巻いたおじいさんに声をかけられた。
いきなりだったので何事かと思ったが
「あなたは幸運を持った顔をしている。今年は健康でお金持ちになる。あなたの家族も幸せです」的な事を言っているようだ。
ターバンおじいさんの見掛けが紳士的なだけに尚更胡散臭く思えてきた。
「いや、私は金とは無縁だ」と応じても
「いいえ、あなたは強い幸運を持っている。どこから来ましたか?」
「ジャパン」と答えた。
手に持っていた手帳を開き写真を見せてくれた。
子供たちが写った集合写真だった。
1番左端の少年を指差し「この子は両親がいない貧しい子だ」的な事を言っているようだ。
ファイルされた数枚のページをめくり数人の顔写真が写るページのひとりの成人男性を指差し「これがあの孤児の少年だ。大金持ちになった」的な事を言っているようだ。
「ハイハイわかりました」と前に進もうと思ったら手帳の端に何やら細かい字を書き出した。
「これが合えばあなたは強い幸運を持っている」的な事を言っている。
こちらからは何が書かれたかみえなかった。
字の書かれたページの部分を破り小さく丸めた物を手のひらに握らされた。
「あなたの好きな数字を教えてください」
「、、、7」
「他には?」
「8」
「他には?」
「1」
私が言った数字をメモしていく。
「あなたの年齢は?」
「62歳」
ターバンの手帳に7.8.1.62の数字が書かれた。
その隣にオレの手のひらに握られた紙の端切を開いて置いてみろと言われたので紙を開いて置いてみた。
4. Posted by バンコク3泊4日 2025年01月08日 15:24
その2
驚いた事にその紙に書かれた数字は全く同じ7.8.1.62だった。
胡散臭かったターバンが後光が差している様に見えてきた。
メモにまた数字を書き出した。
1000と2000と3000の数字。
この3つから選べと言われたので1000を指差した。
「この上にお金を置いてください」的な事を言っている。
ちょっとヤバい流れかなと頭の中で警鐘がなった。
「お金は持っていない」
「小さいお金でもよいです」
なんだか面倒ごとになりそうなので「グッバイ」と言って振り切って前に進んだ。
数10メートル進んで後ろを振り返ると小さくなったターバンの背中が見えた。
「あれは何だったのだろう?」ホテルに戻り、後からもう少し付き合ってもよかったかな?と思った。
驚いた事にその紙に書かれた数字は全く同じ7.8.1.62だった。
胡散臭かったターバンが後光が差している様に見えてきた。
メモにまた数字を書き出した。
1000と2000と3000の数字。
この3つから選べと言われたので1000を指差した。
「この上にお金を置いてください」的な事を言っている。
ちょっとヤバい流れかなと頭の中で警鐘がなった。
「お金は持っていない」
「小さいお金でもよいです」
なんだか面倒ごとになりそうなので「グッバイ」と言って振り切って前に進んだ。
数10メートル進んで後ろを振り返ると小さくなったターバンの背中が見えた。
「あれは何だったのだろう?」ホテルに戻り、後からもう少し付き合ってもよかったかな?と思った。
5. Posted by 軽刈田 凡平 2025年01月10日 00:34
>>3 バンコク3泊4日さん
情報ありがとうございます!!
バンコクでは以前からヨギ・シン出没の情報があったのですが、コロナ禍以降は途絶えていたので、またこうして遭遇報告が聞けてうれしいです。
バンコクの彼らのコミュニティも健在みたいですね。
決してひっかからなかったバンコク3日4日さんもお見事です!
それ以上しつこくしないヨギ・シンもいいですね〜
情報ありがとうございます!!
バンコクでは以前からヨギ・シン出没の情報があったのですが、コロナ禍以降は途絶えていたので、またこうして遭遇報告が聞けてうれしいです。
バンコクの彼らのコミュニティも健在みたいですね。
決してひっかからなかったバンコク3日4日さんもお見事です!
それ以上しつこくしないヨギ・シンもいいですね〜
6. Posted by バンコク3泊4日 2025年01月10日 16:29
>>5
軽刈田様
コメントをいただきありがとうございました!
なかなか出来ない経験をバンコクでさせてもらえました。
そして、よいみやげ話ができました。
投稿後に他の記事も楽しく読ませていただきました。
ネッシーやツチノコに値する様なミステリーな存在がその場所に行けば高い確率で会える地域ネコ的な存在になってしまったという件には何だか微笑ましい気持ちになりました。
軽刈田様
コメントをいただきありがとうございました!
なかなか出来ない経験をバンコクでさせてもらえました。
そして、よいみやげ話ができました。
投稿後に他の記事も楽しく読ませていただきました。
ネッシーやツチノコに値する様なミステリーな存在がその場所に行けば高い確率で会える地域ネコ的な存在になってしまったという件には何だか微笑ましい気持ちになりました。
7. Posted by バンコク3泊4日 2025年01月10日 16:30
軽刈田様
コメントをいただきありがとうございました!
なかなか出来ない経験をバンコクでさせてもらえました。
そして、よいみやげ話ができました。
投稿後に他の記事も楽しく読ませていただきました。
ネッシーやツチノコに値する様なミステリーな存在がその場所に行けば高い確率で会える地域ネコ的な存在になってしまったという件には何だか微笑ましい気持ちになりました。
>5
軽刈田様
コメントをいただきありがとうございました!
なかなか出来ない経験をバンコクでさせてもらえました。
そして、よいみやげ話ができました。
投稿後に他の記事も楽しく読ませていただきました。
ネッシーやツチノコに値する様なミステリーな存在がその場所に行けば高い確率で会える地域ネコ的な存在になってしまったという件には何だか微笑ましい気持ちになりました。
8. Posted by バンコク3泊4日 2025年01月10日 16:32
>5
軽刈田様
コメントをいただきありがとうございました!
なかなか出来ない経験をバンコクでさせてもらえました。
そして、よいみやげ話ができました。
投稿後に他の記事も楽しく読ませていただきました。
ネッシーやツチノコに値する様なミステリーな存在がその場所に行けば高い確率で会える地域ネコ的な存在になってしまったという件には何だか微笑ましい気持ちになりました。
9. Posted by バンコク3泊4日 2025年01月10日 16:33
>5
軽刈田様
コメントをいただきありがとうございました!
なかなか出来ない経験をバンコクでさせてもらえました。
そして、よいみやげ話ができました。
投稿後に他の記事も楽しく読ませていただきました。
ネッシーやツチノコに値する様なミステリーな存在がその場所に行けば高い確率で会える地域ネコ的な存在になってしまったという件には何だか微笑ましい気持ちになりました。