2026年09月

2026年09月03日

新世代タミル映画『冴えないボクと映えるキミ』に見る変わりゆくインド、変わらないインド



9月4日(金)の公開ギリギリになってしまったが、『冴えないボクと映えるキミ』の試写を拝見することができた。
最近すっかりほったらかし状態だったこのブログだが、試写を見せてもらった作品はきちんと紹介させてもらうというのが自分のルールなので、久しぶりに記事を書いている。




この映画をひとことで言うならば、「新世代タミル映画」ということになるだろう。
監督のマダン(Madhan)は2000年生まれで、主演のアビシャン・ジーヴィント(Abishan Jeevinth)も2000年生まれ、ヒロイン役のアナスワラ・ラージャン(Anaswara Rajan)2002年生まれと、’00年代生まれが中心に作られている。
主演のアビシャン・ジーヴィントは、日本での評価も高かった『ツーリスト・ファミリー』の監督を務めた人物でもある。
彼はYouTuber出身というまさに新世代のクリエイターで、チャラそうな出自にもかかわらず、この若さで監督・主演をこなすマルチな才能には驚かされる。
今作で監督を務めたマダンは、その『ツーリスト・ファミリー』で脚本アシスタントや助監督を務めたという、やはり新世代タミル映画の旗手といえる人物だ。

公式サイトから抜粋すると、ストーリーはこんな感じ

主人公の青年サティヤは、リモートワークで働くインドア派。今どきの快適な「おひとり様」ライフを満喫している。そんな彼を心配したおせっかいな姉が紹介したのは、インスタグラムで日常を発信する有名インフルエンサーのモニシャだった。チェンナイのカフェで初めて出会った全く正反対のふたり。しかし、偶然にも同郷だったことから共通の思い出話で大盛り上がり。明るくケラケラと笑うモニシャの「だったら、お互い学生時代に告白できなかった初恋のあの人に会いに行こうよ!」という突拍子もない提案から、彼らの新たな時間が動き出す――。


このあらすじからも分かる通り、いわゆるラブコメのエンタメ映画で、移民をテーマにしたヒューマンドラマだった『ツーリスト・ファミリー』のように社会的なテーマが前面に出てくるわけではないが、同じスタッフが関わっているためか、伏線を活かしてテンポよくストーリーが進んでゆく作風は共通している。

この映画で最初に惹かれたのは、色彩感覚の美しさだ。
とくに、高校を舞台にした回想シーンのターコイズ・ブルーやブルーグレーを基調とした色合いや、窓枠や柵を額縁のように使ったカットの美しさには目を引かれた。
まるでウェス・アンダーソン作品のように、ストーリーを追わなくても画面の美しさを味わうだけでも十分に楽しめる。
いまのインドのセンスやカルチャーが垣間見れるのもこの作品の魅力のひとつで、お見合いの舞台となるオシャレでカジュアルなカフェは、いかにも都市部のミドルクラスの若者が好みそうな雰囲気だ。
(一人暮らしの垢抜けない男の部屋に関しては、いくらなんでもオシャレすぎるだろうと思ったが)


予告編にはハッとするほどの美しいカットが選ばれていないのだが、タミル語版の予告編のほうがその雰囲気が伝わるかもしれない。



主人公はサウスの映画でありがちな、マッチョで強い男性ではなく、引っ込み思案で自信のないキャラクター。
料理の腕前が良く、想いを寄せる女性の気を引くためにビリヤニを作ったりするというのは、新しい男性像と言えるだろう。

ただ、この映画は、すべてが新しい感覚で作られているというわけではなく、伝統的なインド映画のフォーマットにのっとっている部分も多い。
前半にはコミカルなドタバタ劇の笑えるシーンもちゃんとあるし、楽曲に載せたダンスシーンやラブシーンも健在だ。
人物像は新しくても、彼らの行動パターンには、インド映画の「あるある」がたくさんある。

たとえば、なかばストーカー的な男性の愛情だったりとか(女性がそこに明確に拒否感を感じているところは新しいとも言えるが)。
あるいは、女性の心情が、男性にとってかなり都合よく描かれているところとか。
総じて不器用な男性たちが、とりあえず女性を抱きしめればなんとかなると思っているところとか。

この「古さ」と「新しいセンス」のギャップにこそ、今のインドのリアリティがあると見ることもできるだろう。
洗練された色彩感覚やびっくりするほどセンスの良い構図で撮られた映像で、あまりにもウブな恋愛模様を見せられると、思わず違和感を感じてしまう。
だが、考えてみれば、映像が洗練されたからといって、ストーリーや人物の描き方まで変える必要はないわけだし、急速に変化し続けるインドにも、変わる部分と変わらない部分がある。
その両方を楽しむことができるのもまた、この映画の面白さだと言えるだろう。


音楽も新世代のポップ感覚が楽しめる。
伝統的な3連ビートのガーナ調の曲や、近年の南インド映画に目立つラップやヘヴィロック風ではなく、軽やかなダンスポップ的な曲調が多いのだが、個人的には、このジャズっぽい雰囲気の曲が印象に残った。


最新の流行を取り入れるだけではなく、こういう「古くて新しいフィルミ・ソング」が入ってくるところにもセンスの良さを感じる。


そういえば、この映画の色彩感覚やセンスは、Paal Dabbaのような新世代ラッパーのミュージックビデオにも通じるものがあるように感じる。
たとえばこの曲とか。

Paal Dabba "170CM"


映像や曲調のセンスは新しくなっても、タミル人好みの群舞っぽいコレオグラフィーがしっかり入っているところに、どうしようもなくタミル的なセンスを感じる。
グローバル化してゆく世界のなかで、すべてが均質化したり、アメリカ的になってゆくのではなく、それぞれの土地や社会が持つ「訛り」のようなものが、かえって際立ってくる。
そこにたまらない面白さや魅力があると私は考えている。


映画に話を戻して、印象に残ったシーンをひとつ。
ストーリーにあまり関係のない部分なので書いてしまうが、個人的には、ヒンドゥー教徒の主人公がムスリマである初恋の相手の気を引くために、「Happy Eid Mubarak」(ラマダーン明けなどのイスラームの祭日を祝う言葉)と黒板に綺麗に描く場面にはグッと来た。
たとえばヒンディー語映画(いわゆるボリウッド)では、ヒンドゥー至上主義的な傾向が目立つようになって久しいが、この監督は、さまざまな宗教の生徒たちが学校という場で恋したり、ケンカしたりしながら、同じ空間で過ごしていることを、さりげなく、しかし明確に意図して描こうとしているようにも思える。

これからのタミルの映画や音楽がどんなふうに変化・進化してゆくにしても、ますます面白い作品が作られてゆきそうだ。
2026年の時点での変わりゆくインド、そして変わらないインドを敏感に映し出した娯楽作品としても『冴えないボクと映えるキミ』は見どころの多い作品である。






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goshimasayama18 at 19:32|Permalink│Comments(0)│インド映画