2024年10月
2024年10月31日
2024年秋〜冬 インドの音楽フェス事情
日本ではフェスといえば夏の印象が強いけれど、インドではおもに秋〜冬が音楽フェスの季節。
12月から1月にかけてチェンナイで行われる古典音楽の祭典「チェンナイ・ミュージック・シーズン」のようなインドならではのフェスももちろんあるが、このブログでは今回も近年ますます盛り上がりを見せているヒップホップ/エレクトロニック/ロックなどのフェスを特集する。
この週末には、DIVINE率いるムンバイのクルー/レーベルのGully Gangが主催するその名もGULLY FESTが開催された。
ムンバイを中心にインドのヒップホップ全体に目配せしたかなり面白いラインナップが出演している。
初日の10月26日のヘッドライナーは、DIVINEとNetflix映画『ザ・ホワイトタイガー』の主題歌"Jungle Mantra"で共演したアメリカのPusha T.
USの人気ラッパーの一人ではあるが、2日間を通じて唯一の非インド系出演者となる。
インドで国内とUSのヒップホップリスナーがどれくらい重なるのか、興味深いところではあるが、なにしろインドなのでそのへんはあまり関係なく盛り上がるような気がする。
デリーのPrabh Deepはアーティスティックな音作りと深い声が特徴的なパンジャービー・シクのラッパー。
9月にリリースしたアルバム"DSP"も優れた作品だった。
Prabh Deep "8-FIGGAAH!"(feat. GD47)
Lisa Mishraはインド東部のオディア州にルーツを持つアメリカ人のシンガーソングライターで、映画のプレイバックシンガーとしても活躍するかたわら、BadshahやDIVINE、KR$NAらラッパーとの共演も多い。
男性ラッパー中心の出演者のなか、ヒップホップに近い部分を持ちつつもかなりポップな存在で、こういうアーティストをちゃんと入れてくるところに主催者のセンスを感じる。
他には地元ムンバイのGravityやThe Siege、ケーララのVedanといったラッパーが出演し、初日はインドのヒップホップの地域的多様性が感じられるラインナップとなっている。
一方で、2日目は地元ムンバイ(あるいは広くマハーラーシュトラ州)出身者を中心に固めたラインナップだ。
トリはもちろんDIVINE.
ヘッドライナーの次に名前が挙がっているSambataはプネー出身。昨年Gully Gangとも関わりの深いDef Jam Indiaからデビューアルバムをリリースした注目のマラーティー語/ヒンディー語ラッパーだ。
DIVINE feat. Armani White "Baazigar"
Sambata & Riar Saab "Hoodlife"
ターバンを巻いてないほうがSambata.
Public Enemy、2Pac、Kendrick Lamerらをフェイバリットに挙げているブーンバップ的なセンスと現代的な感覚をあわせ持ったラッパー。
ここにめきめき人気を上げつつあるYashraj、ケニア出身のBobkat率いるレゲエバンドBombay Bassment、ビートボクサーBeatrawとD-Cypherなどの地元勢が集結し、北東部出身のフィメール・ラッパーRebleが新鮮な風を吹き込んでいる。
インドそしてムンバイのヒップホップの層の厚さが存分に感じられるフェスと言えるだろう。
9月にはDIVINEはじめGully Gang勢との共演も多いビートメーカー/DJのKaran Kanchanが主宰するビートメーカー集団Neckwreck CrewによるフェスWreckfest '24が開催されている。
ヘヴィなトラップ/ベースミュージックをルーツに持ちながらも多様なサウンドをプロデュースするKaran Kanchanとポップなインド風EDM(印DM)のRitvizのB2Bがヘッドライナーに据えられ、デリーの若手注目ラッパーChaar Diwaariらが出演。
過去5年にわたってクラブ(antiSOCIALあたり)で開催されていたパーティーを今年は大会場のNESCO Hallで行い、めちゃくちゃ盛り上がったようだ。
12月14〜15日にプネーで行われるインド屈指の大規模音楽フェスNH WeekenderはイギリスのR&B系シンガーソングライターJorja Smithがヘッドライナー。
「洋楽勢」としては、他にアメリカのヒップホップDJのCraze、多彩な楽器やサンプリングを駆使してダンスミュージックを作り上げるイギリスのYoungrが出演する。
かつてはラム酒のバカルディが冠スポンサーについていたが、今はインドのウイスキーブランドMr. Dwell'sがスポンサーを務めているようで、やはり音楽フェスはインドの若い客層を取り入れたい酒造メーカーの格好のプロモーションの場にもなっているようだ。
今年のNH7 Weekenderで面白いのは、インディーズ的趣味の洋楽や国内勢に加えて、Amit Trivediや、超ベテランプレイバックシンガーのUsha Uthup(今76歳!)らの映画音楽勢がラインナップということ。
Amit Trivediは映画音楽とは別にCoke Studio Indiaで洋楽的センスと伝統音楽の融合を試みていたりもするし、Usha Uthupはかなり早くからロックやディスコやラテンポップ風の曲を歌っていたシンガーということで、インディーズ的な感覚でもクールな存在なのだろう。
他には、インドでは珍しいK-POPにインスパイアされたようなスタイルのガールズヴォーカルグループのW.I.S.H.もフォントは小さめだがラインナップされていて、インドでもジャンルの壁がどんどん低くなってきていることを感じる。
世界的に見ても、もともとオルタナティブ系のフェスとして始まったコーチェラやロラパルーザやボナルーなども今では軒並みメインストリーム化してきているし、日本のサマソニやRock In Japanは完全にポピュラー音楽全般を扱うフェスになってきている。
遠く離れたインドの音楽シーンも、こうした世界的なフェスの潮流と無縁ではないようだ。
NH7 Weekenderで日本人としてもうひとつ押さえておきたいのは、日本のインストメタルバンドASTERISMが出演するということ。
私が知る限りではこのフェスへの日本人アーティストの出演は初めてで、どんな爪あとを残してくれるのか楽しみだ。
ASTERISM "unravel"
ヒップホップ勢では、若手人気ラッパー/シンガーのKINGとRAFTARと若手注目株のChaar Diwaariが出演。
それぞれフォントの大きさは「中」と「小」で、音楽シーン全体で見た時の注目度が分かって興味深い。
NH7 Weekenderのような多彩なアーティストが出演するフェスが注目を集めている一方で、ジャンルを絞ったシブいフェスも行われている。
ブルース系のフェスティバルなども開催しているMahindra(自動車メーカー)主宰のMahindra Independence Rockはインドのハードロック/ヘヴィメタル系バンドが勢揃いしている。
エクストリーム系のメタルではなく、古式ゆかしいハードロック系の、それもかなりベテランのバンドが多数出演しているのがこのフェスの特徴で、トップに名前が書かれている13ADはなんと1977年から活動しているケーララ州のバンドだ(このフライヤーはアルファベット順なのでヘッドライナーというわけではないようだが)。
他にも、北東部ナガランド出身で日本でも根強いファンを持つメロディック・ハードロックのAbout Usや、昨年の単独来日公演も大盛況だったBloodywoodといった最近のバンドと並んで、Indus Creed(前身バンドRock Machineは1984年結成)、Motherjane(1996年結成)、Skrat(2006年結成)、Girish and the Chronicles(2009年結成)といった大御所も健在。
こういう年齢層高めのフェスも開かれるようになったところに、インドの音楽シーンの成熟を感じる。
他にジャンルを絞ったフェスとしては、ムンバイとベンガルールで先日開催されたK-Wave Festivalが挙げられる。
その名の通りK-POPのフェスで、もしJ-POPのフェスが行われたらJ-WAVEという名前になるんだろうか。
ExoのメンバーのSuhoとシンガーソングライターのHyeolyn(元SISTARというグループの一員)が出演し、こちらもY大いに盛り上がったようだ。
このブログでも何度も書いている通り、インド北東部もかなり面白いフェス(例えばZiro Festival )がたくさん開催されている要注目エリアだ。
北東部はインドの大部分とは異なる文化を持ち、欧米の宣教師が持ち込んだキリスト教の信者が多いためか、古くからロックなどの欧米の音楽が受容されてきた土地で、80年代や90年代の懐かしいアーティストがトリを務めるフェスがいくつも開催されている。
メガラヤ州のシロンで行われる「晩秋の桜祭り」Cherry Blossom Festivalでは、なんとあのBoney M.がヘッドライナーを務めている。
「あのBonny M.」と言って今どれくらいの人に伝わるのかちょっと不安だが、彼らは"Rasputin"などのヒット曲を持つドイツ出身のディスコポップバンドで、70〜80年代に世界的な人気を博した。
2日目のヘッドライナーには、かつてボリウッドのサウンドトラックにも参加していたことがあるR&BシンガーのAkonで、これもまたシブいところ呼ぶなあー、というラインナップだ。
QueenとKornのカバーバンドが出演するのも盛り上がりそうだし、日本のポップカルチャーの人気が高いインド北東部らしく、コスプレのイベントも行われる。
これはこれでかなり面白そうなフェスだ。
ちなみに同じメガラヤ州で11月末に行われるMe:Gong Festivalのトリは、あの"Final Countdown"のEuropeで、これまたシブすぎるラインナップだ。
まだだいぶ先の話になるが、来年3月にはインドで3回めとなるLollapaloozaが開催されることが発表されている。
トリはインドでは初めてのパフォーマンスとなるGreen Dayと、ポップシンガーのShawn Mendes.
他にもオルタナからダンス系までセンスの良いラインナップが並んでいて、インド人でもっともフォントが大きいのはHanumankind.
彼はベンガルールの通好みなラッパーだったが、"Big Dawgs"の世界的ヒットで一躍人気者となった。
デリーのベテランRaftaarとKR$NAよりも大きく名前が出ているのは、Lollapaloozaという洋楽系のフェスならではだろう。
他にインド国内からは、パンジャービーの覆面ラッパーTalwiinder, グジャラート語ラップのDhanji、元The Local TrainのフロントマンRaman Negi、シンガーソングライターのRaghav Meattleらが出演する。
各フェスのオーガナイザーたちはそれぞれにセンスが良くアンテナが高いので、フェスの出演者を片っ端からチェックすると、かなり効率よく面白いアーティストを探すことができたりもする。
今回の記事はかなり盛りだくさんな内容になってしまったが、じつはこれでも結構厳選した情報を載せているつもりで、書ききれていないフェスがまだたくさんある。
ジャンル、国籍、世代といった障壁や、メジャーとインディーの垣根を乗り越えてますます盛り上がっているインドのフェス事情については、また改めて紹介する機会を持ちたい。
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2024年10月14日
オラが村から世界へ パンジャーブのスーパー吉幾三と闇社会(その2)
(その1)はこちら
前回の記事で、故郷の民謡「バングラー」や地元の主要産業である農業をヒップホップ的なクールネスと接続して表現するパンジャーブのラッパーたちについて書いた。
ローカル色丸出しのフロウで地元を誇る彼らを、日本語ラップ史のオーパーツ「俺ら東京さ行ぐだ」を引き合いに出して「スーパー吉幾三」と呼んでみたのだが、調子に乗って今回はその続編を書く。
「俺ら東京さ行ぐだ」以降、吉幾三はラッパーとしてのキャリアを追求することなく、演歌歌手としての道を歩んだ。(一応「TSUGARU」という例外もある)
以降、ここ日本で演歌シーンとヒップホップシーンが交わる機会はなかった。
日本では、パンジャーブのようなミラクルは起きなかったのである。
ところで、演歌とヒップホップ、そしてこの記事で扱うパンジャービー音楽は、言うまでもなくまったく全く別々のルーツを持つ音楽だ。
この無関係に思える3つのジャンルを結ぶことができるミッシングリンクがあるとしたら、それは「ギャングスタ文化」だろう。
ヒップホップとギャングスタの関係については今さら言うまでもなく、ドラッグディールやピンプ(売春斡旋)は、ラップのリリックのテーマとして、ときに肯定的に扱われてきた。
これは単なる道徳観念の欠如ではなく、貧困や差別といった過酷な環境から生まれたリアルな表現でもあった。
…といった話は、誰かがどこかで詳しく書いているだろうから、ここでは割愛する。
日本の演歌においても、ヤクザものであること、アウトローであることは、長く歌詞のテーマのひとつとされてきた。
演歌とギャングのリアルな関係については怖くてあまり書きたくないが、「演歌 反社」とか「演歌 ヤクザ」で各自検索してもらえれば、誰でも分かるはずだ。
演歌とヒップホップは、公的な社会から排除された人々の声を、マッチョ的な美学をまとった「かっこよさ」として表現するという部分では、共通していると言えるのだ。
そして、この記事のテーマであるパンジャービー音楽も、ギャングとの関わりが強いジャンルなのである。
Karan Aujla, Deep Jandu "Gun Shot"
前回、パンジャーブの田舎町からカナダに渡りスターダムを上り詰めた国際的アーティストとしてAP DhillonとKaran Aujlaを紹介したが、じつはこの二人には、こうした「成り上がり」以外にも共通点がある。
それは、二人ともギャングに自宅を銃撃されたことがあるということだ。
パンジャービー・ラップの世界では、2022年にシーンを代表する人気ラッパーだったSidhu Moose Walaがギャング団に射殺されてしまうという悲劇が発生している。
まるで90年台USのヒップホップ東西抗争のような事件が起きたにも関わらず、パンジャービー・ラップの世界では、その後も銃による暴力は終わらなかった。
Sidhu Moose Wala ft. BYG BYRD "So High"
Karan Aujlaはインタビューで何度も自宅を銃撃され引っ越しを余儀なくされたと答えており、2019年にはラッパー仲間のDeep Janduと一緒にいるところを襲撃され、身代金を要求されるという事件も起きたと言われている(この事件に関しては、本人は単なる噂だと否定)。
A.P.Dhillonもまた、今年に入ってバンクーバーの自宅を銃撃され、車両を放火されたと報じられている。
インドの他の文化圏、例えばムンバイやタミルのヒップホップシーンでは、銃撃やリアルな暴力のニュースはほとんど聞かないが、どういうわけか、パンジャーブのヒップホップシーンでは、異常なまでに銃撃やギャングの影がちらつく。
そもそもパンジャービー・ラップは、インドのヒップホップのなかでも、とくにギャングスタ的なスタイルを好む傾向が強い。
その理由を考えると、そこには彼らが辿ってきた歴史や、文化的な特性が影響しているのかもしれない。
パンジャーブ州の人口の大半を占めるシク教(ターバン姿で知られる)では、男性は戦士であるというアイデンティティを持ち、強さを礼賛する文化があるとされる。
またパンジャービーたちは、インドでは一般的にパーティー好き、派手好きというイメージがあるようで、彼らの文化には、最初からヒップホップ的な要素が強かったと言うこともできる。
今書いたのは、非常にステレオタイプ的な語りなので、話半分で読んでほしい。
また、誤解のないように言っておくが、パンジャービーたちやシク教徒が暴力的な人々だと言いたいわけではない。
彼らのほとんどが善良であることは、何度でも強調しておきたい。
日本を含めてあらゆる社会がそうであるように、パンジャーブの社会の中にも闇の部分があるというだけのことだ。
このことに留意してもらったうえで、彼らの文化とギャングスタ系ヒップホップとの親和性の話を続ける。
北米に移住したパンジャービーの若者たちのなかに、マイノリティとしての過酷な環境ゆえか、現地のギャングやドラッグ・カルチャーと関わりを持つようになった者たちがいた。彼らのほとんどが善良であることは、何度でも強調しておきたい。
日本を含めてあらゆる社会がそうであるように、パンジャーブの社会の中にも闇の部分があるというだけのことだ。
このことに留意してもらったうえで、彼らの文化とギャングスタ系ヒップホップとの親和性の話を続ける。
そうして生まれたパンジャービー・ギャング団は、シク教徒の独立国家建設を目指すカリスタン運動の過激派とつながり、インド本国にも力を及ぼすようになったそうだ。
カナダでの悪事で稼いだ金で故郷の村で羽振りよく振る舞うギャングたちは、一部の若者たちの目には、憧れの対象として映るのだろう。
ともかく、事実として、パンジャーブのギャング団はインドの芸能界にも大きな力を持つようになった。
SidhuやKaran AujlaやAP Dhillonと同様に高い人気を誇るバングラー・ラッパーDiljit Dosanjhも、過去に脅迫を受け、転居を余儀なくされたと語っている。
今名前を挙げたラッパーのうち、APやDhiljitは、とくにギャングスタ的な売り方をいているアーティストではないが、パンジャービーの荒くれ者たちにとってはお構いなしのようだ。
バングラー・ラップの世界、いくらなんでもちょっと危な過ぎやしないか。
パンジャービー・ギャングたちのなかでとくに悪名が高いのが、現在デリーのティハール刑務所に服役中だというローレンス・ビシュノイだ。
刑務所の中からSidhu Moose Wala射殺を指示したとされるビシュノイは、今年4月に発生した人気俳優サルマーン・カーン邸の銃撃事件にも関わっていると言われており、報道によるとAP Dhillon邸への襲撃も彼の一味の手によるものだという。
いったいどうやって刑務所からそんなことができるのかよく分からないが、大物ギャングともなると、塀の中から手先を動かすなどたやすいことなのかもしれない。
サルマーン・カーン邸襲撃の理由がまたすごい。
飲酒運転で死亡事故を起こすなどボリウッド俳優のなかでも荒っぽいイメージの多いサルマーン(慈善事業を主宰するなど情に厚いところもある)は、かつて映画の撮影中にブラックバックと呼ばれる鹿(レイヨウ)を密猟したことがあったという。
ブラックバックは絶滅危惧種であり、狩猟すること自体が違法だが、ビシュノイの所属する一派にとっては、ブラックバックは稀少であるという以上に、神聖な動物でもあった。
サルマーンは、そのブラックバック殺害の報復として襲撃されたのだ。
「動物愛護」をどう突き詰めてもシー・シェパードくらいにしかならないだろうと思っている日本人の感覚を大きく揺さぶる、驚愕の襲撃理由だ。
(繰り返しになるが、パンジャービーたちやシク教徒が危険だということは一切なく、あらゆる文化や人種や民族と同じように、中には悪いやつも暴力的な人もいるというだけの話なので、くれぐれも誤解のないように。
また、調べてみたところ、ブラックバックを神聖視しているのはBishnoi Panthと呼ばれるラージャスターン州にルーツを持つヒンドゥー教のヴィシュヌ神を信仰する一派で、苗字から考えてもローレンス・ビシュノイが所属するコミュニティは、この宗派である可能性が高い。この宗派にもギャング的な傾向はなく、菜食主義や博愛を説いているようだ。ローレンスの思想や行動は彼の個人的な資質によるものが大きいのだろう。コミュニティのルーツはラージャスターンだが、パンジャーブで生まれた彼をパンジャーブのギャングとする見方は一般的なようだ)
話がボリウッドにまで広がってしまったが、いずれにしてもパンジャーブのヒップホップ・シーンには、ギャングたちの暗い影が影響を及ぼしている。
民謡の影響の強いフロウを持ち、地元の農業を讃える要素もあると聞けば、なんだか朴訥とした平和的なイメージを受けるが、そこに暴力的なギャングスタの要素が入ってくるところが、日本人の感覚からすると非常に面白い。
民謡好きのギャングがいても、農家出身のラッパーがいても驚かないが、民謡と農業とギャングスタが脳内の同じフォルダに入っている状態というのはなかなか想像しづらい。
パンジャービーたちの多くの人々が欧米に移住しているがゆえに、ヒップホップのような欧米文化に親近感を持ちつつも、自分たちのアイデンティティを打ち出したいという気持ちが強くなったのだろうか。
パンジャーブでこういうやり方があるなら、日本でも、同じアウトロー的なテーマを扱う音楽として演歌とヒップホップが共演するという選択肢もあったはずだ。
たとえばラッパーが北島三郎をサンプリングしたりとか、ストライプのダブルのスーツにサングラスでキメた若手演歌歌手がトラップのビートでオートチューンの効いたニューエンカをリリースする、なんていうパラレルワールドを想像すると、それはそれで結構かっこいいんじゃないかな、と思う。
日本でこうしたキメラ的ジャンルが誕生しなかった理由は、日本ではクリエイターもファンも、「US的なスタイルこそがヒップホップのあるべき姿である」というヒップホップ観を長く持っていたことによるものだろう。
「ライムスター宇多丸の『ラップ史』入門」という本(NHK-FMの番組を文字起こししたもの)の中で、宇多丸氏は、アメリカと日本のヒップホップの歴史を交互に紹介する理由として「ヒップホップっていうのは、共通ルールの下、世界同時進行で進んでいくスポーツみたいなところがある」「世界ルールの変更に従い、日本語ラップもこうなりました、みたいな」と述べているが、この感覚は、ある世代までの日本のヒップホップファンの感覚を代弁しているはずだ。
パンジャーブのヒップホップも、ビートのトレンドに関していえば、むしろ日本よりも早くアメリカの流行を取り入れていると言えそうだが、その歌い回しに関しては、かたくなにバングラーのフロウを守り続けてきた。
「英語っぽいフロウでラップするよりも俺たちのバングラーのほうがかっこいいし、俺たちっぽいじゃん」という感覚を、ごく自然に持っていたからだろう。
(例えばPrabh Deepみたいにオーセンティックなヒップホップのフロウでラップするパンジャービーのラッパーももちろんいるが)
日本人は開国とともにちょんまげを切り落としたが、パンジャービーのシク教徒たちは、今でもターバンを巻いている。
銃や暴力を肯定するつもりはないが、この一本芯の通ったプライドを持った人たちの音楽が、面白くないわけがない。
かっこよくないわけがない。
というのが、このシリーズの記事で言いたかったことだ。
だんだん何を言っているのか分からなくなってきた。
話をパンジャービー・ヒップホップに戻すと、Karan AujlaはSidhu Moose Walaとビーフ関係にあり、お互いにディス・ソングを発表していた。
Sanam Bhullar feat. Karan Aujla
これが2018年3月にリリースされたAujlaがSidhuをディスったと言われている曲。
暴行を加えるときにクリケットのバットが凶器に使われているところにインドっぽさを感じる。
Sidhu Moose Wala "Warning Shot"
同じ年の7月にリリースされたSidhuのアンサーとされているのがこの曲。
内容は分からないが、レゲエっぽいビートやピッチを変えた低い声が使われているのが面白い。
のちにAujlaは"Lifaafe"はSidhuへのディスソングという意図ではなかったと釈明している。
パンジャービー語が分からないのでなんとも言えないが、仮に当時のAujlaにディスの意図があったとしても、2018年の時点でSidhuにビーフを仕掛けるのは、売名のために噛みついた微笑ましいエピソードとして消化して良いもののような気がする。
Sidhuの死後、Aujlaは"Maa"というSidhu Moose Walaに捧げる曲をリリースしている。
音楽のうえでは対立していても、心の奥底ではリスペクトしていたということだろう。
Karan Aujla "Maa (Tribute To Sidhu Moose Wala)"
ここでも、射殺現場の生々しい映像に加えて、トラクターを乗り回す生前のSidhuが映し出されている。
農業、バングラー、ギャングスタ。
そのいずれもがパンジャービー・ラッパーたちの誇りであり、アイデンティティなのだろう。
どうかこれからも、誰かが死んだり傷ついたりしない程度に、かっこいい曲や話題を提供し続けてほしい、と思わずにはいられない。
(これで締まった?まあいいや。おしまい)
参考サイト:
https://www.freepressjournal.in/entertainment/seen-bullet-pass-through-me-punjabi-singer-karan-aujla-reveals-his-house-was-shot-at-multiple-times
https://www.newindianexpress.com/magazine/2022/Jun/11/special-report-music-murder-manslaughter-inside-the-gangs-of-punjab-2463683.html
https://www.dnaindia.com/entertainment/report-how-sidhu-moose-wala-s-biggest-enemy-dissed-him-on-stage-became-fan-after-death-karan-aujla-maa-warning-shot-3045141
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goshimasayama18 at 22:07|Permalink│Comments(0)
2024年10月03日
オラが村から世界へ パンジャーブのスーパー吉幾三と闇社会(その1)
少し前に、Xで吉幾三の「おら東京さ行ぐだ」のヒップホップ的再評価みたいなポストがちょっとした話題になっていた。
「おら東京さ行くだ」って、歌詞とか吉幾三のイメージで演歌枠に分類されてるけど、音楽的には完全にラップでありミクスチャーなんだよな…と思って調べたら、やはり21世紀に入って吉幾三本人が「当時、在米の友人が送ってきたラップ音楽のレコードに影響を受けた」と言ってるらしい。1984年、最新鋭だ
— CDB@初書籍発売中! (@C4Dbeginner) September 8, 2024
たしかに!スラムの日常と脱出を歌っている
— CDB@初書籍発売中! (@C4Dbeginner) September 8, 2024
そうだよな。
改めて考えてみれば、「俺ら東京さ行ぐだ」は、ラップだというだけじゃなくて、地元レペゼンや成り上がり的美学を取り入れたテーマもかなりヒップホップ的だった。
ローカルな訛りを活かしたフロウで、日本独自のモチーフを扱っているという点でも、同時代にラップ調の曲をリリースしていた佐野元春とかいとうせいこうより、よっぽどヒップホップの本質に近かった。ような気もする。
自戒の念を込めて書くが、日本人にはかなり長い間、土着的なリアリティよりもアメリカ的なサウンドとスタイルこそがヒップホップのあるべき姿だという意識があった気がする。
いいとか悪いとかじゃなくて、それはもうどうしようもない前提として、そうだった。
(今ではだいぶ変わってきていると思うけど)
というようなことを考える時、私はいつもパンジャーブのバングラー系ラップのことを思う。
ビートとしては常に「イマの音」を参照しながらも、歌い回しでは「俺たちのフロウ」にこだわり続けてきたパンジャービー・ラッパーたちのことを。
Karan Aujla "Who They?"
近年、パンジャービー音楽の成長が目覚ましいという。
イギリスのニュース専門チャンネルSky Newsによると、過去5年間の間にパンジャービー音楽のストリーム回数は、イギリスで286%、世界全体ではなんと2077%という驚異的な増加を示しているらしい。
いきなりパンジャーブとかパンジャービーという言葉が出てきて困惑している人のために説明すると、パンジャーブとはインド北西部からパキスタンにまたがる地域のこと。
パンジャービーといえば、2000年前後に"Mundian To Bach Ke (Beware of the Boys)"という曲をヒットさせたPanjabi MCを覚えている人もいるかもしれない。
彼はその名の通り、この地方にルーツを持つインド系イギリス人で、パンジャービーとは「パンジャーブ人/パンジャーブの」という意味である。
パンジャービーたちは、さまざまな歴史的経緯から旧イギリス領の国々にも数多く暮らしている。
「バングラー・ラップ」というのは、Panjabi MCのような、パンジャーブの民謡「バングラー」の影響を受けたラップのことで、我々がイメージするラップとはずいぶん異なる響きだが、少なくともインド本国や南アジア系の人々の間では、バングラー・ラップはラップ/ヒップホップの一形態として認識されている。
パンジャービー音楽シーンで、今「世界的」にもっとも人気があるシンガー/ラッパーを挙げるとすれば、カナダを拠点に活動するパンジャーブ系ラッパー/シンガーのAP DhillonとKaran Aujlaの名前は外せない。
AP Dhillon "With You"
Karan Aujla "Softly"
この2人に共通しているのが、パンジャーブの田舎町に生まれ、カナダに渡って「世界的」スターになったという経歴だ。
AP Dhillonはパンジャーブ州グルダスプル郡のムリアンワルという村の出身で、Karan Aujlaは、同州ルディアーナー郡のGhurala(どうカナ表記して良いかわからない)村の生まれだ。
田舎といってもせいぜい地方都市でしょう、と思う人は、村の名前のところからグーグルマップに飛べるようにリンクを貼ったのでクリックしてみてほしい。
近くの街まで数十キロ。農業地帯パンジャーブらしい、畑の中の村といった風情の、ほんとうのド田舎である。
(ちなみにGhurala村のグーグルマップには、Karan Aujlaの生家と思われる場所も投稿されている。個人情報もへったくれもないが、かつてはインドの2PacことSidhu Moose Walaの実家もファンによって晒されていたことがあり、パンジャーブではよくあることなのかもしれない)
Karan Aujlaは少年時代に、AP Dhillonは大学時代にカナダに移住しているのだが、今日の彼らの輝かしい成功は、農村で過ごした幼少期には夢見ることすらできなかったものだろう。
彼らの名前を聞いたことがないという人も、YouTubeでその名前を検索すれば、再生回数が億を超える曲がいくつもあることが分かるはずだ。
AP Dhillonは今年のコーチェラ・フェスティバルにも出演し、Karan Aujlaはカナダのグラミー賞と言われるジュノー賞のファン選出部門に選ばれている。
彼らは、地元カナダはもちろん、UKやオーストラリアでも、コンサートを開けばアリーナ規模の会場がソールドアウトになる「世界的」なスターなのだ。
と、さんざん持ち上げたあとに言うのもなんだが、ここまで彼らを評する「世界的」という言葉をカッコ付きで書いてきたのには理由がある。
彼らが多くの国で人気を博しているのは間違いないが、その人気には、やはり限定的と言わざるを得ない部分があるからだ。
端的にいうと、彼らの人気は、インド系、とくにパンジャーブ系の移民が多い地域に限られている。
地元カナダ、そしてツアーで回るUK、オーストラリア、ニュージーランドといった国々は、全てパンジャーブ系のディアスポラがある地域だ。
つまり、彼らのリスナーは、パンジャービーをはじめとする南アジア系の人々が大半を占めているのである。
この点で、彼らは、例えば英語でラップした"Big Dawgs"を世界的にヒットさせた南インド出身のHanumankindや、あるいは韓国語やスペイン語で歌って世界的なヒットを飛ばしているK-Pop、ラテンポップ勢とは「売れ方」が違うのだ。
(あたり前だが、音楽の優劣の話をしているのではない)
もう少しタネ明かしをすると、さきほど紹介したパンジャービー音楽のストリーム回数の爆発的な増加にも理由がありそうだ。
この5年間は、インドでの音楽サブスクの加入者が大幅に増加し、JioSaavnやWynkといった国内のサービスから、世界最大手のSpotifyに利用者が大きく流れた時期と重なる。
2000%もの大幅な増加は、単純に人気が20倍になったわけではなく、こうしたリスナーの動向の影響も受けているはずで、その点は一応考慮しておかないといけない。
それでも、最近のパンジャービー系ラップが、その進化のスピードを一段と上げ、急速に多様化し、かっこよくなってきていることは間違いない。
我々がそのかっこよさになかなか気づけない理由は、やはりバングラーの独特の歌い回しにあると思うのだが、聴いているうちに、そのソウルフルさやふてぶてしさに満ちた、エネルギー溢れるコブシが気持ちよくなる瞬間が必ずある(レゲエが初めて気持ちよく聴こえた瞬間みたいに)ので、騙されたと思ってやってみてほしい。
AP DHILLON "After Midnight"
(曲は1分頃から)AP Dhillonの新曲は、ヒップホップやダンス系に偏りがちなパンジャービーには珍しく、ロックテイストの意欲作。
Karan Aujla "Tauba Tauba"
Karan Aujlaはこの新曲で、これまでも数多く試みられている「ラテンとパンジャービーの融合」の新しい境地を切り開いている。
さらに興味深いことに、パンジャービーたちは、故郷の主要産業である農業を、ヒップホップ的な感覚とも接続したクールなものとして捉えており、別のラッパー/シンガーの例になるが、たとえばこんな曲もあるのだ。
Arjan Dhillon "Ilzaam"
Laddi Chahal & Gurlez Akhtar ft. Parmish Verma & Mahira Sharma
"Farming"
こっちの曲は英語字幕でリリックを読むことができる。
歌詞に出てくるジャット(Jatt)とはパンジャーブで大きな力を持つ農民カーストのこと。
ここには、自分たちの民謡であるバングラーをヒップホップと融合するのみならず、西海岸のチカーノがローライダーを乗り回すようにトラクターを見せつけ、コミュニティの生業である農業を誇るパンジャービーたちの姿がある(ギャングスタ的なワイルドさも含まれているのもポイント)。
あえてマイナーな曲を紹介しているわけではない。
"Ilzaam"の再生回数は2000万回を超え、"Farming"に関しては1億再生に至るほどの人気曲だ。
アメリカにも田舎暮らしの美しさを歌うカントリーのようなジャンルはあるが、こんなふうに地方の農業をヒップホップ的なクールさと結びつけて描けるジャンルや民族を、私は他に知らない。
しかも、地元の民謡の影響を思いっきり受けた歌い回しを取り入れつつも、ノスタルジーやコミカルさに逃げるのではなく、堂々たるカッコ良さとして描いているのである。
私が何を言いたいか、もうお分かりだろう。
自分たちの言葉で、自分たちのフロウで世界中の同胞たちに支持されているバングラー・ラッパーたちは、農業や自分たちのルーツをヒップホップ的なカッコ良さと分け隔てずにいる世界線(パンジャービー世界)の、スーパー吉幾三なのだ。
日本人にももちろん郷土愛はあるが、こういう誇り方はちょっと思いつかない。
ローカルな民謡や農業を、ニューヨーク生まれのカルチャーであるヒップホップと同じ次元で誇れるパンジャービーたちの感覚が、率直に言うと私は結構うらやましい。
うらやましいのだが、我々に染みついた「ダサさ/カッコ良さ」の定義の欧米的な基準はなかなかに根深く、吉幾三の「俺ら東京さ行ぐだ」を本気でかっこいいと思えるかと言うと、それはやはりなかなか難しい。
そもそもあの曲はカッコ良さやヒップホップを志して作られたわけではなく、コミックソングなわけだが、「田舎」や「農業」をカッコ良さとは正反対の「ダサくて笑えるもの」として扱うことしかできなかったところに、日本人の敗北があるのではないだろうか。
ないだろうか、と言われても困ると思うし、タイトルの「闇社会」の部分に全然行き着いていないのだけど、もう十分に長くなったので、続きはまた次回。
参考サイト:
https://news.sky.com/story/punjabi-music-sees-huge-rise-in-streams-but-not-all-fans-are-happy-13215350
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goshimasayama18 at 19:33|Permalink│Comments(0)