2024年09月

2024年09月15日

映画『ポライト・ソサエティ』の痛快さと絶妙なセンスについて書く





これから映画『ポライト・ソサエティ』について書くにあたって、この批評的な文章が、かなり蛇足というか無粋なものになるということをあらかじめことわっておく。
『ポライト・ソサエティ』はいろんな側面から「語れる」要素のある作品なのだが、アクション・コメディであるこの映画に対しては、監督や俳優の出自よりも、面白くて痛快でブッ飛んでいて斬新な部分にフォーカスしたほうがが正しいような気がするし、あるいは斜に構えた女の子の映画として、『ゴースト・ワールド』や『ブックスマート』の系譜につらなる作品として論じた方が良いのかなあ、とも思う。
でもそれは私以外に適任な人がいるはずなので、無粋は承知でひとまず軽刈田凡平として書きたくなってしまったことをここに書いておく。

この映画の監督はパキスタン系イギリス人のニダ・マンズールなので、「国籍」で言えば『ポライト・ソサエティ』はイギリス映画ということになる。
だが、監督や主要キャストを軒並み南アジア系(主にパキスタン系)イギリス人が務めたこの作品は、しいて言うならディアスポラ映画ということになるだろうか。
あえてこう書いたのは、この作品が普遍的なエンタメを目指しながらも、彼女たちのルーツを大きくフィーチャーし、それがかなり面白い効果を発揮しているからだ。
「映画の文法」としては、南アジア的な部分はほとんどないし、かといってマジョリティ中心に作られたイギリス映画でもありえない。
例えるなら、南アジアのスパイスが効いたイギリス料理。
そもそもイギリス料理が美味しそうではないので、これでは面白く感じられないかもしれないけど、あえて料理に例えるなら、こういう表現になるだろうか。

とにかく、非常にユニークで面白い映画なのだが、一般の映画好きとインド映画ファンのエアポケット的なところにはまってしまっているのか、そこまで大きな話題にならないまま上映終了になるところも出てきてしまっているようで、それがもったいないのでこうして紹介を書いている。

(以下、斜体の部分はパンフレットに掲載されていたインタビューから抜粋したコメント)


本作を作りたかった理由はたくさんありますが、一番は南アジア系の10代の女の子がアクションヒーローになるのを見たかったからです。私は子供の頃からアクション映画のスペクタクルが大好きでしたが、一方で、どこか取り残されたような気持ちを抱いていました。南アジア系のキャラクターは、たとえ登場しても権力者やテロリストの役だったり、白人の主人公のただの友達役だったり…。欠点もあって、面白くて、クールな南アジア系の女の子をメインに据えることこそ、私がこの映画に懸けるすべてでした。(ニダ・マンズール監督)


この作品のあらすじをごく簡単に紹介すると、
「スタントウーマンを夢見る高校生リアは、アートスクールに通う姉リーナが芸術の道をあきらめ、金持ちのイケメンと結婚すると聞き、ショックを受ける。結婚を破談にするため、友人の協力を得てありとあらゆる手を尽くそうとするなかで、新郎一家の秘密を知ってしまう」
という話。

ストーリーの背景には世代間の価値観の違いや「家父長制に立ち向かう」といった南アジアの映画に通底するテーマがあるものの、社会的かつシリアスな要素は前面に出さず、あくまでもエンタメに振り切っていて、軽やかなコメディに仕上げている。
主人公の姉は親に無理やり結婚させられるわけではないし(むしろ自分から望んでいる)、女性vs家父長制という構図はあくまでも後景に見え隠れする、くらいの匙加減だ。
この映画では男性の存在感は奇妙なほどに薄くて、姉の婚約相手以外、ひたすら姉妹と女友達と母親たちで物語が展開してゆく。
そこに、唐突に荒唐無稽なカンフー的バトルシーンが差し込まれる。
そのほぼ全てが「女vs女」なのだが、これは別に「女の敵は女」みたいなことじゃなくて、いろんな立場や考え方の女性たちが(とくに、移民かつ女性という二重にマイノリティである女性たちが)おのれの望みを果たすため暴れ回るというという構造自体によって、シスターフッドを表している。


「インパクトは重要、セクシーさは不要」をモットーに、これ以上ないほど考え抜きました。映画の中で描かれる女性は未だに超セクシーか、そうでなければ超フェミニストだったりすることが多くて(中略)、でも女性らしさを表現する方法はもっと多様ですよね。(衣装:P.C.ウィリアムズ)


シスターフッドという言葉を男性の自分が使うとちょっと借り物みたいな気持ちになってしまうのだけど、女性だけが共感できて男性が疎外感を感じるような映画ではないということはちゃんと言っておきたい。
もっと男がたくさん出てきたり、南アジア系以外の人たちが前面に出てきてしまっては、この絶妙な爽快感は生まれ得なかった。
前述の衣装担当P.C.ウィリアムズの言葉は、とくにこだわったという高校の制服についてのコメントだが、この感覚は映画全体を通じてずっと流れている。
女性たちはセクシー要員でも主張を伝えるためのアイコンでもなく、ただそれぞれの個性のもと暴れ回る。
展開的にはかなり力技なところもあって、そこは賛否が分かれるかもしれないが、これはたぶんそういうことを評すべき映画ではない。


実は個人的に、こういう映画が私の幼い頃に存在していたらと思う気持ちがあります。私が生まれ育った国のテレビの画面では、私のような見た目の人を観ることができなかった。もし、自分がこういう映画に若い頃に出会えていたら、もっと若いうちから自信を持てたり、違うことは違うと言える女性になれていたと思います。 (主演:プリヤ・カンサラ)


それから、これはいくら特筆してもしすぎることはないと思うのだけど、主演のプリヤ・カンサラがすごく良かった。
きっと彼女はこの後もアクションやコメディや、いろいろな映画で活躍することと思うが、この映画を超えるインパクトを得ることは難しいのではないか、と本気で思ってしまうくらい、役にはまっていた。
「I am the fury」(私は怒りそのもの)という決め台詞がたくさん出てくるのだが、彼女がなんで怒っているのか、じつはよく分からない。
「抑圧された女性たちの怒り」というメッセージもあるのだろうけど、若者が持つ理由のない怒りの戯画的な表現にもなっているような気がする。
コメディエンヌ的なのだが、すっとしたプライドも感じられて卑屈ではない。
反対に凛としたアクションにも、コメディの軽やかさがずっと持続している。
とても良かった。

あと、この映画の衣装やダンスシーンなど、「ボリウッド・リスペクト」として紹介されている部分も多いんだけど、私はむしろ「ボリウッド・サンプリング」と呼びたい。
ソウルクラシックをサンプリングしたヒップホップの曲が、元ネタとは全く違う曲になっているように、衣装やダンスはボリウッドをもとにしていても、質感としてはまったく別のものになっているからだ。
南アジア系の登場人物たちは、南アジアのイスラーム文化を守りながらも、生活様式や価値観に完全に現代イギリスに適応しているように見える。
その彼女たちが、伝統的な衣装に身を包んだり、過去の映画に使われたダンスを踊ったりするとき、ルーツを誇りつつも、そこには微妙な距離感があって、インド国内の映画が過去作にオマージュを捧げるのとは全然違う雰囲気がある。
自然体でもありつつ、少し演じているような感じというか。
そのちょっとした距離感に、すごく今日的なリアルさがあって良い。
日本で言うと、最近リリースされたラッパー千葉雄喜(元Kohh)の“Jameson Ginger”(まさかのムード歌謡)に似た感触を感じた。

このへんの感覚がいつも紹介しているインド本国のインディーミュージシャンが伝統的な要素を取り入れるときにすごく近いような気がして、それもたぶんこの映画に惹かれた理由だと思う。
軽刈田のブログを面白いと思ってくれている方がいたら、『ポライト・ソサエティ』は間違いなく楽しめるはずだ。


それから全編を通して、音楽も素晴らしく良かった。
インド系オーストラリア人を中心に結成され、レトロでモンドなインド歌謡を追求したBombay Royaleを中心に、Dope Saint Jude(南アフリカのフィメールラッパー)、Chemical Brothersから、Shirelles(オールディーズ)、浅川マキ(!)、古いボリウッドまで、東西新旧を問わず映画のテーマに沿ったセンスの良い曲を集め、かつ自分たちのルーツも客観視しつつ大事にしている。
やっぱりこのあたりの感覚はインドのインディーズシーンと非常に近い。

そういうわけで、上映が終わる前にぜひ見ることをおすすめしたい映画です。



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goshimasayama18 at 17:09|PermalinkComments(0)インド映画 

2024年09月08日

ディスコ化するインドのヒップホップは新次元に突入したのか


最近インドのヒップホップシーンで、同時多発的にこれまでになかったテイストの曲がリリースされている。
それは何かというと、どこか懐かしさを感じるディスコ風のビートなのである。

2010年代に始まったインドのストリートラップは、2019年の映画『ガリーボーイ』でNasが大きくフィーチャーされていたことからも分かるように、当初90年代のUSヒップホップに大きな影響を受けていた。
以降、インドのラッパー/ビートメーカーたちは、トラップ、ドリル、ローファイ、マンブルラップなどのサブジャンルを次々と自分のものとし、今日のインドのヒップホップには、世界中の他の地域と比べて遅れをとっていると感じられる部分はほとんどなくなった。
インドのストリートラップの幕開けを2013年のDIVINEの"Yeh Mera Bombay"あるいは2014年のNaezyの"Aafat!"だと仮定すると、わずか10年ほどの間に、インドのシーンは90年代から今日までのヒップホップの歴史に駆け足で追いついたということになる。
そして、2024年。
突如としてインドに現れたディスコ・ラップは、インドのヒップホップがあっという間に同時代のヒップホップを捕捉したその勢いのまま到達した、新しい領域(ジャンル)なのかもしれない。


例えばデリー出身の若手人気ラッパーChaar Diwaariが7月にリリースしたこの曲。
(往年のマイケル・ジャクソンばりに曲が始まるまでが長いが、せっかちな方は2:35あたりまで飛ばしてください)

Chaar Diwaari "LOVESEXDHOKA"


タメの効いたブーンバップでも緊張感のあるトラップでもなく、性急で享楽的なエレクトロ的ディスコビートに、80年代ボリウッド(例えば"Disco Dancer")を思わせるコミカルなダサかっこよさを融合した曲だが、半笑いで聴いているとアレンジの妙に唸らされる。
タイトルのDhokaは「裏切り」「偽り」を意味するヒンディー語らしい。
Charli XCXっぽさも感じられるが、それよりももっと生々しくて、インドっぽい。
(そういえば、あまり音楽的ルーツには関係なさそうだが、Charli XCXはお母さんがインド系とのこと)
「インド的であること」とアメリカ生まれのポップミュージックの融合が、また新しい段階に突入したことを感じさせられる。


他のアーティストも聴いてみよう。
たとえばムンバイの新進ラッパーYashrajが7月にリリースしたアルバム"Meri Jaan Pehle Naach"には、全編に渡ってディスコサウンドが散りばめられている。


Yashraj, PUNA "GABBAR"


ダンスミュージックとしての強度、ルーツを感じさせるインド的な要素(ボリウッドのサンプリング?)、ファンク的な洒脱さ。盛りだくさんすぎる要素を持ちつつも、きちんとヒップホップとして聴かせるサウンドに仕上がっている。

かと思えば、こんなソウルっぽい雰囲気を持った曲も収録されていて、これがまたかっこいい。

"Kaayda / Faayda"


こういう16ビートっぽいトラックはインドのヒップホップではこれまでほとんどなかった気がする。
個人的にはこの曲はちょっと日本語ラップっぽい雰囲気があると思っていて、例えば田我流の2012年の名盤『B級映画のように』あたりに近い質感を感じる(たとえば「Straight Outta 138」とか)。
Yashrajのシブい声は、やはりインドではとても珍しかったジャズ/ソウル的なビートの"Takiya Kalaam"(2022)の路線に非常にハマっていたが、まさかこう来るとは思わなかった。


このディスコ・ラップはインド各地にまで浸透していて、ウッタラカンド州ルールキー(Roorkee)出身のラッパーFrappe Ashのこの曲は、もしDJだったらさっきの"Kaayda / Faayda"と繋げてプレイしたいところ。

Frappe Ash "CHAI AUR MEETHA"


「イノキ・ボンバイエ」みたいなこういうビートもやっぱりインドのヒップホップではこれまであまりなかったように思う。
タイトルの意味は「チャイとスイーツ」(つまりチャイラップでもある)。
この曲が収録されたアルバム"Junkie"はSez on the BeatやSeedhe MautのEncore ABJなどのデリー勢、アーメダーバードの新生Dhanjiなども客演しており、ここまで聴いた中では今年のベストアルバム候補に挙げられるほどの完成度なので、ぜひチェックしてみてほしい。


この手のディスコ・ラップは南インドでも散見されていて、チェンナイの新進ラッパーPaal Dabbaが3月にリリースしたこの曲も、ビートのタイプこそ違うが、ディスコ路線と十分に呼べるものだろう。
(イントロ部分も非常にかっこよくできたミュージックビデオだが、せっかちな方は曲が始まる0:55からどうぞ)

Paal Dabba "OCB"


ミュージックビデオの群舞はインド的とも言えるけど、むしろブルーノ・マーズあたりの影響を受けていそう。
古典舞踊のダンサーとか2Pacのそっくりさんが出てくるなど、見どころ盛りだくさんだ。
ファンキーなギターやサックスの音色が印象的で、インドのラップのディスコ化の一因には、ビートに生楽器が多く使われるようになってきたことも関係しているような気がする。
タイトルの"OCB"はタバコの巻紙のことで、一応One Costly Bandana(高価なバンダナ。ちなみにバンダナはインド由来の言葉)とのダブルミーニングということになっているが、大麻と関係があるのだろう。


このようにインド各地で見られるようになったディスコ・ラップだが、その究極とも言えるのが、ムンバイを拠点にマラーティー語のハウス(!)のプロデューサーとして活動しているKratexとマラーティー語ラッパーのShreyasが共演したこの曲。
なんとダンスミュージックの名門であるオランダのSpinnin' Recordsからリリースされている。

Kratex, Shreyas "Taambdi Chaambdi"


インド風ハウスのビートと、マラーティー語の不思議なフロウのラップ、そして「ラカラカラカラカ…」という耳に残って離れないフレーズにもかかわらず、キワモノと紙一重のところでかっこよく仕上がっている。
冒頭のChaar Diwaariの"LOVESEXDHOKA"と同様に、ステレオタイプのインド人らしさや少しのノスタルジーをコミカルかつクールに描いたミュージックビデオも最高だ。
タイトルの意味はマラーティー語で「茶色い肌」。
つまり、インド人の肌の色を表している。
(余談だが、Yo Yo Honey SinghやSidhu Moose Walaも英語とヒンディー語を混ぜて「茶色」を表す"Brown Rang"という曲をリリースしている。インド人の肌の色はさまざまだが、彼らのアイデンティティを表す言葉なのだろう)

マラーティー語はインド最大の都市ムンバイが位置するマハーラーシュトラ州の公用語だ。
だが、ムンバイの旧名であるボンベイから取られた「ボリウッド」(ハリウッド+ボンベイ)がヒンディー語映画を指すことからも分かるように、この街で作られるエンタメは、映画にしろ音楽にしろ、圧倒的多数の話者を持つヒンディー語の作品がほとんどだった。
そういった事情もあり、「ムンバイの母語」とはいえ、マラーティー語にはなんとなくちょっと垢抜けない印象を持っていたのだが、まさかそこからこんな曲が出てくるとは思わなかった。


というわけで、今回はインドのあらゆる地域に出現したディスコ・ラップを特集してみた。
この傾向は「アメリカで生まれたヒップホップのサブジャンルをインドで実践する」というテーマから解き放たれてきたことを表しているのかもしれない。
この「ディスコ化」は、インドのポピュラーソング(つまり映画音楽)がもともと持っていた「ディスコ性」とも関係がありそうで、そう考えるとKaran KanchanがプロデュースしたDIVINEの"Baazigar"(2023年)あたりから始まった流れと見ることもできそうだ。


と、ここで終わりにしようと思っていたのだけど、デリーのSeedhe Mautが最近リリースしたEP "SHAKTI"のこの曲もボリウッドとエレクトロ・ディスコの融合みたいなビートが導入されていて非常にかっこいいので聴いてみて!

Seedhe Maut "Naksha"


この"SHAKTI"も年間ベストクラスの名盤で、インドのヒップホップシーンはますます多様化し、面白くなりそうだ。



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2024年09月01日

映画音楽に進出するインディーアーティストたち


もうこのブログに100回くらい書いてきたことだけど、インドでは長らく映画音楽がポピュラー音楽シーンを独占していた。
いつも記事にしているインディペンデント系の音楽シーンが発展してきたのは、インターネットが普及した以降のここ10年ほどに過ぎない。
インドの音楽シーンでは、映画のための音楽を専門に手掛ける作曲家・作詞家・プレイバックシンガーと、自分たちの表現を追求するインディーズのアーティストは別々の世界に暮らしていて、前者の市場のほうがずっと大きく、大きなお金が動いている、というのがちょっと前までの常識だった。
ところが、ここ5年ほどの間に、状況はかなり変化してきている。
インドではいまやヒップホップが映画音楽を超えて、もっとも人気があるジャンルなのだという説まであるという。

参考記事:


日印ハーフのラッパーBig Dealも、インタビューで「ヒップホップはインドでボリウッド以上に人気のあるジャンルになっている」と熱く語っていた。
まあこれはかなり贔屓目に見た意見かもしれないが、ヒップホップを含めたインディーズ勢が急速な成長を遂げ、インドのポピュラーミュージックシーンで存在感を強めているのは間違いない。


それを象徴する事象として、ここ数年の間に、インディーズのミュージシャンが映画音楽に起用される例が多くなってきた。
その背景には、インディーズミュージシャンのレベルの向上と、とくに都市部の若者の音楽の好みが、これまで以上に多様化してきたという理由がありそうだ。


私の知る限りでは、映画音楽に進出したインディーミュージシャンでもっとも「化けた」のは、OAFF名義でムンバイ在住の電子ポップアーティストKabeer Kathpaliaだ。
以前は渋めのエレクトロニック音楽を作っていたOAFFは、2022年にAmazon Primeが制作した映画"Gehraiyaan"に起用されると、一気に映画音楽家として注目を集めるようになった。


OAFF, Savera "Doobey"


歌っているのはLothikaというシンガー。
作詞は映画専門の作詞家であるKausar Munirが手掛けているという点では、インド映画マナーに則った楽曲と言える。
この曲のSpotifyでの再生回数は1億回以上。
タイトルトラックの"Gehraiyaan Title Track"にいたっては、3億回以上再生されている。

映画の主演は人気女優ディーピカー・パードゥコーンと『ガリーボーイ』の助演で注目を集めたシッダーント・チャトゥルヴェーディ。
監督は"Kapoor and Sons"(2016年。邦題『カプール家の家族写真』)らを手がけたシャクン・バトラー(Shakun Batra)が務めている。


OAFFは2023年のNetflix制作による映画"Kho Gaye Hum Kahan"にも関わっているのだが、この作品はさらに多くのインディーズアーティストが起用されていて、サントラにはプロデューサーのKaran KanchanやラッパーのYashrajも参加。
以前インタビューで「あらゆるスタイルに挑戦したい」と言っていたKaran Kanchanが、ここでは古典音楽出身でボリウッド映画での歌唱も多いRashmeet Kaurと組んで、見事にフィルミーポップ風のサウンドに挑戦している。

Karan Kanchan, Rashmeet Kaur, Yashraj "Ishq Nachaawe"


この映画の監督は『ガリーボーイ』や『人生は二度とない(Zindagi Na Milegi Dobara)』のゾーヤー・アクタルで、主演はまたしてもシッダーント・チャトゥルヴェーディ。
(ところで、人物名にカナ表記とアルファベット表記が混じっているが、これは検索しても日本語で情報がなさそうな人はアルファベット表記で、ある程度情報が得られそうな人はカナ表記にしているからです)
音楽のセレクトから監督・主演まで、いかにも都市部のミドルクラスをターゲットにした陣容だ。

ムンバイのメタルバンドPentagramの出身のVishal Dadlani(ボリウッドの作曲家コンビVishal-Shekharの一人)のように、インディーズから映画音楽に転身した例もあり、OAFFが今後どういう活動をしてゆくのか、気になるところではある。



もうちょっと前の作品だと、シンガーソングライターのPrateek Kuhadの名曲"Kasoor"のアコースティックバージョンがNetflix映画の『ダマカ テロ独占生中継(Dhamaka)』(2021)で使われていたのが記憶に残っている。

Prateek Kuhad "Kasoor (Acoustic)"


これは映画のために書き下ろされたのではなく、既存の曲が映画に使われたという珍しい例。

ここまで読んで気づいた方もいるかと思うが、インディーミュージシャンの起用はNetflixとかAmazon Primeとかの配信系の映画が多い。
インディーズ勢の音楽性が配信作品の客層の好みと合致しているからだろう。


ヒップホップに関して言うと、ここ数年の間に、Honey SinghとかBadshahじゃなくてストリート系のラッパーが映画音楽に起用される例も見られるようになってきて、いちばん驚いたのは、この"Farrey"という2023年の学園もの映画にMC STANが参加していたこと。
"ABCD(Anybody Can Dance)"や"A Flying Jatt"(『フライング・ジャット』)の映画音楽を手がけたSachin-Jigarによる曲でラップを披露している。

MC Stan, Sachin-Jigar & Maanuni Desai  "Farrey Title Track"


おそらくインド初のエモ系、マンブル系ラッパーとしてシーンに登場したMC STANは、映画音楽からはいちばん遠いところにいると思ったのだが、実はあんまりこだわりがなかったようだ。
セルアウトとかそういう批判がないのかは不明。
ラップ部分のリリックのみSTAN本人が手がけている。
映画にはサルマン・カーンの姪のAlizeh Agunihotriが主演。サントラには他にBadshahが参加したいつもの感じのパーティーチューンなんかも収められている。

ストリート系のラッパーが映画音楽に参加した例としては(ヒップホップ映画の『ガリーボーイ』(2019)は別にして)、さかのぼればDIVINEとインドのベースミュージックの第一人者であるNucleyaが起用された"Mukkabaaz"(2018)や、もっと前にはベンガルールのBrodha VとSmokey the Ghostが参加していた 『チェンナイ・エクスプレス』(2013)もあった。
いずれも各ラッパーのソロ作品に比べるとかなり映画に寄せた音楽性で、アーティストの個性を全面に出した起用というよりは、楽曲の中のラップ要員としての起用という印象が強い。
「映画のための音楽」と個人の作家性が極めて強いヒップホップはあんまり相性が良くなさそうだが、このあたりの関係が今後どうなってゆくかはちょっと気になるところだ。


ここまでヒンディー語のいわゆるボリウッド映画について述べてきたが、南インドはまた状況が違っていて、タミルあたりだとArivuなんてもう映画の曲ばっかりだし、最近注目のラッパーPaal Dabbaもかなり映画の曲を手がけている。

Paal Dabba & Dacalty "Makkamishi"


2024年の映画"Brother"の曲。
濃いめの映像、3連のリズムとパーカッション使いがこれぞタミルという感じだ。


Arivu "Arakkonam Style"


こちらもまたタミルっぽさとヒップホップの理想的な融合と言えるビート、ラップ、メロディー。
映画"Blue Star"(2024)には、自身もダリット(カーストの枠外に位置付けられてきた被差別民)出身で、ダリット映画を手がけてきたことでも知られるパー・ランジット(Pa. Ranjith)が制作に名を連ねている。
Arivuはもともと彼が召集した音楽ユニット、その名もCasteless Collectiveの一員でもあり、ランジットは『カーラ 黒い砦の闘い』(2018年。"Kaala")でもラップを大幅にフィーチャーしていた。
タミル人に関しては、メジャー(映画)とインディーズ音楽の垣根がそもそもあんまりなく、2つのシーンがタミルであることの誇りで繋がっているような印象を受ける。

タミルのベテランヒップホップデュオHip Hop Tamizha(まんま「タミルのヒップホップ」という意味)なんて映画音楽を手掛けるだけじゃなくてメンバーのAdhiが映画の主演までしているし。

Hip Hop Tamizha "Vengamavan"


これは2019年の"Natpe Thunai"という映画の曲。
この頃は、いかにもタミル映画の曲にラップが入っている、という印象だったけど、最近の映画の曲になるとかなりヒップホップ色が強くなってきている。


Hip Hop Tamizha "Unakaaga"



これはAdhiが主演だけでなく監督も務めた"Kadaisi Ulaga Por"という今年公開された映画の曲。
今後、タミルの映画音楽がどれくらい洋楽的なヒップホップに寄って来るのかはちょっと注目したいポイントである。



南インド方面で驚いたのは、アーメダーバード出身のポストロックバンドAswekeepsearchingが、今年(2024年の)公開の"Footage"という映画のサウンドトラックを全て手掛けているということ。
予告編ではかなり大きく彼らの名前が取り上げられていてびっくりした。



映像的なポストロックは確かに映画音楽にぴったりだが、エンタメ的な派手さとは離れた音楽であるためか、インドで映画音楽に使用された例は聞いたことがない。
ケーララ州のマラヤーラム語映画で、この独特のセンスはいかにもといった感じ。

サントラはすでにサブスクでリリースされていて、予告編の曲は弾き語り風だが、他の曲では彼ららしいダイナミズムに溢れたサウンドを楽しむことができる。
2017年リリースの"Zia"に収録されていたこの曲も映画で使用されているようだ。

Aswekeepsearching "Kalga"


ここまで紹介した曲が、ほとんど「インディー系のアーティストが映画のためのサントラを制作」とか、「映画のサントラにインディー系のアーティストが起用」だったのに対して、このケースはAswekeepsearchingの音楽のスタイルを映画に寄せることなく映画音楽として成立させていて、他の例とは違うタイプの起用方法だと言えそうだ。
そういえばマラヤーラム語映画では、以前"S Durga"(2018)という映画でもスラッシュメタルバンドのChaosが起用された例があったが、こういう傾向が今後他の言語の映画にも広がってゆくのかどうか、興味深いところではある。



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