2024年06月

2024年06月12日

知られざるチャイ・ラップの世界


インドのラッパーはやたらと地元の食べ物のことをラップする。
日本でもたまに地元のグルメを取り上げたリリックを見かけることがあるが、インドの場合は、それがあまりにも多すぎる気がする。
郷土愛はいいけど、レペゼンするのそこかよ、と突っ込みたくもなる。
これは以前からずっと気になっていた傾向で、3年前にこのネタで一本記事を書いたこともあった。


その後もローカルグルメラップをちょくちょく見つけては、またそのうち記事にしようとストックしていたのだけど、最近、その中でさらに気になるサブジャンルを見つけてしまった。
それが「チャイラップ」だ。
チャイというのは、もちろんインドの国民的飲料の、あのシナモンとかカルダモンとかを入れた甘いミルクティーのことである。
(こだわる人はチャーイと書くみたいだし、正しいヒンディー語ではチャーエだと聞いたこともあるが、俺はこだわらない派なのでこの記事ではチャイで行きます)

最初に断っておくと、今回の記事では、人気アーティストとかかっこいい曲は一切出てこない。
インドのいろんな街で、いろんな無名のラッパーたちがチャイのことをラップしている。
ただそれだけだ。
でも、そのへんのにいちゃんに毛が生えたみたいなラッパーが、毎日飲んでいる飲み物(しかも、酒じゃない)のことをやたらとラップにしているっていう事実そのものが、すごくインドっぽくて面白い。
とかくローカルになりがちなヒップホップで、州や街の名物料理ではなくて、チャイという、国全体を代表(レペゼン)する飲み物を取り上げているというのもなんだか味わい深い。

さて、そろそろ一杯めのチャイの準備ができたようだ。
さっそく飲んで(聴いて)みようか。



最初に紹介したいのは、Shivam Raazなるシンガー/ラッパーの"Tea Lovers | Garam Wali Chai"という曲だ。
Tea LoversとGaram Wali Chaiのどっちが曲名かよくわからないうえに、YouTubeの動画タイトルには、Chai AnthemとかChai Whatsapp Statusとかさらにいろいろ書いてあっていきなり混沌としているが、そんなことを気にしているようではチャイラップは飲み干せない。

Shivam Raaz "Tea Lovers | Garam Wali Chai"

この曲をやっているShivam Raazという人物、情報が少なすぎてよく分からないのだが、どうやらインド中央部マディヤ・プラデーシュ州で活動しているラッパー兼シンガーらしい。
チルなビートに合わせたラップも心地よいが、何よりも、この町ではイケてるのであろうチャイ屋に若者がたむろっているだけの、素人っぽさ満載の映像がたまらない。
YouTubeで彼がアップしている動画を見ると、アコースティックギターで弾き語りをしていたり、学校で音楽を教えていたりもするので、きっと地元ではちょっと有名な音楽が得意な兄ちゃんなのだろう。
彼の動画はどれも数千回程度しか再生されていないのだが、このチャイラップだけは堂々の一万再生越えで、ダントツの人気を誇っている。
チャイラップ(というジャンルにインド人が自覚的かどうかは別にして)の人気の高さが分かろうというものだ。


続いて紹介するのは、Abhijeet IjateとDaninという人たちによる"Tribute : चाय | tea".
ヒンディー語(デーヴァナーガリー文字)の部分は、Google先生によると、そのものずばりチャイと書かれているらしい。

Abhijeet Ijate, Danin "Tribute : चाय | tea"


このミュージックビデオは、Brewersという短編ドラマやインタビュー動画などをアップしているYouTubeチャンネルでアップされていたもので、解説によると、

日の出前から日没後まで
エネルギッシュな一日の始まりから
午後のさりげない会話まで
人生に甘いいろどりを加えるささやかなひとときから
生涯の思い出をつくる時間まで
チャイはいつもそばにいる
これは、インドでほとんどあらゆる時に使える「言い訳」に対する私たちからのささやかな賛辞である


とのこと。
確かにチャイはインドであらゆる機会に飲まれているし、言っていることはその通りなのだが、わざわざ曲を作ってミュージックビデオも撮って、さらにこんなポエムまで書いてしまうところに、チャイへの深すぎる愛情(ていうか業)を感じる。
今度は店ではなくて屋外でチャイを飲むいろんな人々が出てくるが、外で飲むチャイってやたらと美味く感じられるんだよなあ。
外国人向けの動画でもないのに、いかにもな古典舞踊のおねえちゃんたちが華を添えているのもイイ。
この動画の舞台がどこの街なのかは良く分からなかったが、音楽面で中心的な役割を果たしているらしいミュージシャンのAbhijeet Ijateは、インド西部のプネーを拠点に活動しているようである。
まあでも、こういう動画の舞台がどこかなんて詮索しても意味がないのかもしれないな。
なにしろチャイは「インドでほとんどあらゆる時に使える言い訳」だっていうんだから。



「アルコールの歌ばっかりだなー」と頭をかかえる若者二人に、テレビの向こう側からの「チャイ売りの歌、聴いてくれる?」という唐突な呼びかけで始まる(翻訳:Google先生)次の曲は、Chai-Matthi Talesというデリーなコメディ動画のチャンネルからリリースされたもの。

Kalakaar "Chai Anthem"


コメント欄には「チャイ・アンセムを広めて俺たちがいかにチャイ好きか分からせようぜ」とか「これはバズるの間違いなしだ。どうしてメインストリームの奴らはチャイの曲をリリースしないんだ」とか「チャイ中毒で一日に15杯は飲む」とかいう、ふざけつつもガチなチャイ愛を感じられる声が寄せられている。
このKalakaarというラッパー、結構うまいなあと思って調べてみたら、ソロでは普通に今っぽい曲をリリースしていた
とはいえ、多士済々のインドのヒップホップシーンでは、彼の曲はまだ数十から300再生程度。
チャイのように甘くはない世界である。



こちらはまた別のラッパーによるチャイ・アンセム。
そもそもの疑問に戻るが、いかにチャイがインドの国民的ドリンクとはいえ、果たして「お茶」にアンセムが必要なのだろうか。
日本に緑茶アンセムなんてないし、イギリスの紅茶アンセムというのも聴いたことがない。
インドは国の祝日までラップにしてしまうお国柄なので、これもインドの国民性と言えるのかもしれない。


Rappeer Ankit "Chai Anthem"


ほぼリリックビデオなので、動画として見るべきところはないが、笛とタブラ風の音が入ったいかにもインドっぽいビートが味わい深い。
ラップしているのはRapper Ankitという東インド内陸部のチャッティースガル州のラッパー。
MCじゃなくてRapperと頭につけるラッパーはインドでたまに見かけることがある。



次は、名前にラッパーじゃなくて「シンガー」がついているShafi Singerという人がやっている"Chai Wala Rap Song"という曲。

Shafi Singer "Chai Wala Rap Song"


このShafi Singer、どうやらハイデラバードの人らしいが、彼のYouTubeチャンネルを見てみると、名前にシンガーと付いているのにラップばかりしている。
彼がアップしている動画はだいたい数百〜1万再生ほどで、決して有名とはいえないラッパー(シンガー?)だが、この曲だけは48,000回くらい再生されている。
やはりチャイをテーマにしたラップの人気は根強いみたいだ。

道端のチャイ屋とそこに集う野郎どもをただ撮っただけみたいな動画と、このヒップホップともEDMとも言えない独特の垢抜けないビートがいい。
まだ誰もジャンル名を付けていないサウンドだと思うのだが、南インドでは、どうやらこういう速めのエレクトロニックなビートにラップ風の歌をつけたジャンルが根付きつつあるようだ。
(例えばこのリンクの最後の曲)




いよいよ最後の曲。
MaOneというラッパーの"Garam Chai Rap Song".
Garamはヒンディー語などの言語でhotという意味だ。

MaOne "Garam Chai Rap Song"


どうやらコルカタのラッパーらしいが、合成みたいな映像、カップを持った子どもたち、微動だにしない後ろの兄ちゃんたち、地元感丸出しの何の変哲もなさすぎるロケ地(後ろを子どもを抱いたオッサンが歩いていたりする)など、全てが謎すぎる。
ただ、チャイが好きなことだけは分かるというのが、チャイラップの真髄である。


律儀に6曲全部聴いてくれた方はもうお腹がタプタプになっていることだろう。
つくづく思うのは、インドのラッパーたち、というかインド人が、ここまで自分の国の大衆的な食文化であるチャイを愛しているというのが、率直に言うと、ちょっとうらやましいということだ。
たとえ垢抜けなかろうがダサかろうが、チャイへの愛をラップという形で表現しようという発想に至るっていうのが最高だ。
意識的にせよ、無意識的にせよ、日本のヒップホップがアメリカ的なスタイルをどう日本語で表現するかというテーマに終始しがちなのに対して、彼らの普段着&自然体っぷりは、むしろ超リアルな姿勢だと言える。
「憧れるのをやめましょう」とか言うでもなく、ヒップホップを適当に自分のものにしちゃってるインド人たちのアティテュードに、見習うべきところは大いにあるんじゃないだろうか。
インドって、いろんな意味でなんだかすごく豊かだよなあ、とも改めて感じた次第である。




--------------------------------------
「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」

更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
Twitter:
https://twitter.com/Calcutta_Bombay

Facebook:
https://www.facebook.com/軽刈田凡平のアッチャーインディア-読んだり聴いたり考えたり



軽刈田 凡平のプロフィールこちらから

2018年の自選おすすめ記事はこちらからどうぞ! 


goshimasayama18 at 23:41|PermalinkComments(0)