2024年03月

2024年03月27日

インドのエレクトロニック・ミュージックの現在地 SandunesとDualist Inqiry


インドの音楽シーンに焦点をあてていろいろ書いてきて気がついたことがあって、それは、優れたアーティストを紹介しようと思った時に、書いやすいジャンルと書きにくいジャンルがはっきりと分かれているということだ。

書きやすいのは、例えばヒップホップ。
ビートやフロウがインドっぽかったり、扱っているメッセージがインドならではだったりすることが多く、地域性も豊かで、最近は純粋にかっこいい曲も非常に多いので、インドのヒップホップについてならいくらでも書けると思えるくらいだ(読みたい人がいるかは別にして)。
ロックみたいな、もともとカウンターカルチャー的な意味合いの強かったこのジャンルが(インドでどんなふうに解釈され、実践されているかというのも記事にしやすい。
伝統音楽や古典音楽を取り入れた、インドでフュージョンと呼ばれるジャンルも紹介のしがいがある。

では、逆に書きにくいのはどんなジャンルかというと、ダントツで、無国籍で音響至上主義的なタイプの電子音楽だ。
電子音楽でも、トランスみたいに思想の強いジャンルだったり、最近書いたインド独自のヒンドゥー的ハードコアみたいな独自性の強いものはまだいい。
そうではなくて、純粋に音の響きのセンスや美しさを追求しているようなタイプの電子音楽となると、今では世界中でどこで誰がやっていても不思議ではないし、またPCさえあれば場所や文化に関係なく同じものが作れてしまうので、地域性も生まれにくい。
そもそも自分があんまり聴いてこなかったジャンルだという理由もあって、これまでこのブログでは、インドの無国籍風電子音楽をほとんど紹介してこなかった。

だが、このジャンルでもインドには優れたアーティスがたくさん存在している。
今回は、その中でも高い評価を得ている2人を紹介したい。

まず紹介するのはムンバイ出身で現在はロスアンジェルスを拠点に活動しているSanaya Ardeshirによるソロプロジェクト、Sandunes.
最新作は昨年リリースされた"The Ground Beneath Her Feet"で、この作品は彼女のパートナーでもあるベーシスト兼ミックスエンジニアのKrishna Jhaveriと南インド各地を旅する中で生まれたという。



Sandunes "Mother Figure ft. Peni Candra Rani"


Sandunes "Feel Me from Inside"


Sandunes "Pelican Dance"


アルバムを通して、エレクトロニカっぽかったり、ドラムンベースっぽかったり、こういう音楽をどう言葉にしたら良いのかよく分からないのだけど、電子音と生演奏が織りなす緻密なサウンドは、非常に映像的というか、乗り心地の良い列車に乗って次々と変わりゆく車窓の景色を眺めているような感覚が味わえる。
ヴォーカル入りトラックも何曲か入っている多彩な作風だが、どんな楽曲でも、美しく、繊細されているのがこのアルバムの特徴だろう。
(個人的には、ちょっと洗練されすぎているかなと思わないでもないが、それはたぶん好みの問題)

彼女が様々な媒体で答えたインタビューによると、アルバムタイトルはアメリカのインド系作家のサルマン・ラシュディの小説から取られているそうで、制作期間に新型コロナウイルスの流行していたことの影響も受けているらしい。
"Earthquake"とか"Tsunami"とか"Cyclone"なんていう曲名もあるので、たぶんパンデミックによる社会不安や精神的危機をテーマにしている部分もあるのかもしれない。

彼女はこれまでに、ロンドン出身のジャズドラマーRichard Spavenとの共作アルバムを発表したり、カリフォルニア在住のタミル系R&B/カルナーティックシンガーのSid Sriramや同郷のシンガーソングライターLandslandsをゲストに迎えるなど、多様な人脈とのコラボレーションも行っていて、それぞれ興味深い仕上がりになっている。


Spaven X Sandunes "1759" (Outro)


Sandunes, Landslands "Eleven, Eleven"


変わったところでは、曹洞宗の僧侶で折り紙作家としても知られた内山興正の著書の影響を受けた'Handful of Thought'という生演奏のパフォーマンスをしたことがある。
これまでにデンマークの大規模フェスRoskilde Festivalや、ワールドミュージックの祭典として名高いWomad Festivalでの演奏経験があり、日本でもRichard Spavenとの共演作がele-kingのウェブサイトで紹介されたことがあるなど、彼女はそれなりに海外からの注目も集めているようだ。
なかなか商業的な成功を収めるのは難しいスタイルかもしれないが、例えば、彼女がインドであれ、他の国であれ、映画音楽を手掛けたりするとすごく面白いと思うのだけど、どうだろうか。



続いて紹介するのは、「心身二元論者相談窓口」というなんともミステリアスなアーティスト名のDualist Inquiry.
デラドゥンの名門ドゥーン・スクールを卒業したのち、カリフォルニアへの音楽留学を経てインドで活動しているSahej Bakshiによるソロプロジェクトだ。
今年2月にリリースされた"When We Get There"は、Sandunes同様に、やはり映像的な感性を感じられる優れた作品である。




Dualist Inqury "Days Away"


Dualist Inquiry "All There Is"


Sandunesの最新作がどこか自然の美を感じさせる作風だったのに対して、Dualist Inquiryのニューアルバムからは都会的な美しさが感じられる。

以前はもっとエレクトロニックポップ的なスタイルで活動していて、それはそれでかっこよかった。

Dualist Inquiry "Lumina"


これは10年前に作品で、インド系アメリカ人の映像作家Isaac Ravishankaraがミュージックビデオを手掛けている。
Dualist Inquiryは現在ゴアを拠点に活動していて、なるほどゴアの欧米とインドが混ざり合った風土はいかにも彼の音楽とよく合っている。



今回紹介した彼らの音楽は、無国籍で(とはいえ確かに西洋ルーツなのだが)、知的でセンスがよく、深みがあり、破綻や下世話な部分がない。
その音像は、現代的で国際的なインド人像、つまり、英語を第一言語として、英語が通じる場所なら国や地域にこだわりなく生きる、教養あるミドルクラスの若者たちを想起させる。
国籍や文化のくびきから解き放たれたような彼らの音楽を聴いていると、なんだか自分がインドという国やルーツにこだわって音楽を紹介しているのがマヌケに思えてしまうが、これも確かに現代の「インドらしい」音楽なのだ。

今回注目したSandunesとDualist Inquiryは10年以上のキャリアを持つベテランだが、こうしたタイプのアーティストは、その後もインドで続々と登場している。
どこかもうひとつ突き抜けた部分を持つアーティストが出てくると、インドの無国籍電子音楽も世界的な評価が得られるんじゃないかと思う。
その中の誰かが、いつかフェスとかでしれっと来日したりする日も遠くないんじゃないかな。


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2024年03月10日

どこにでもラッパーがいるインド 地方都市のヒップホップシーン(南インド編)



前回に続いて、今回は南インドの地方都市のラッパーを紹介する。
YouTubeでひたすら「都市名 rapper」で検索して気がついたことがひとつあって、それは南インドには北インドほどラッパーがいないということだ。

その理由は複数考えられるのだが、まず第一に南インドには北インドほど大きな都市がないということ。
前回の記事で、「YouTubeで、英語で『インドの都市名(スペース)rapper』で検索すると、人口規模100位くらいまでの街であれば確実にラッパーを見つけることができる」と書いたが、インドの人口規模100位までの都市に、南インド5州(アーンドラ・プラデーシュ、テランガーナ、カルナータカ、タミルナードゥ、ケーララ)が占める割合は20ほどしかない。

二つ目の理由は、北インドのヒップホップ受容で大きな役割を果たしたパンジャーブ系のような人々が、南インドには存在しないということだ。
もう何度も書いたことなのでざっくりと書くが、インド北西部に位置するパンジャーブ地方は、イギリスや北米への移住者が多く、彼らはヒップホップや欧米のダンスミュージックを、郷土の伝統音楽のバングラーと融合し、母国へと輸入する役割を果たした。
南インドからも海外への移住した人々は多いが、伝統的にタミル人はマレーシアやシンガポールへの移民が多く、ケーララからはUAEなどのペルシア湾岸諸国に渡る人が多い。
こうした理由から「本場のヒップホップに衝撃を受けて逆輸入する」という事象が北インドに比べて少なかった可能性はあると思う。

理屈はこれくらいにして、まずは南インドの西岸側からヒップホップの旅を始めてみたい。
古くはヒッピーたちの楽園として知られ、現在はインド人ミドルクラスのイケてるリゾート地となっている旧ポルトガル領の街、ゴアのラッパーを紹介する。


Tsumyoki x Bharg "Pink Blue"



この楽園っぽいポップさはまさにゴアのイメージにぴったり。
TsumyokiことNathan Joseph Mendesは若干23歳の若手ラッパーで、影響を受けたアーティストにXXXTentacionやJuice WRLDの名前も挙げている現代派。
ラッパーといいながらもラップじゃない(歌モノ)だっていうところも今っぽい。
彼はソロアーティストとしてムンバイのDIVINEのGully Gangレーベルと契約しており、また地元のラッパーたちと結成したGoa Trap Cultureというユニットでも活動をしている。
Tsumyokiという不思議なMCネームは日本文化の影響があるそうで、2019年にリリースしたThe Art Of Flexingには"Tokyo Drift!"(Teriyaki Boyzの曲とは無関係っぽい)とか"Super Saiyan!"という曲もやっている(SoundCloudで聴ける)。
この"Pink Blue"で共演しているBhargは北インドのデリー出身の同世代のラッパーで、Tsumyoki同様にポップなスタイルで人気を博している。
こうした地域を超えた新世代のコラボレーションは今後も増えて行きそうだ。


続いては、インド西岸を南に進み、カルナータカ州のマンガロール(現在の正式な名称はマンガルール)に行ってみよう。
マンガロールといえば銀座にあるマンガロール料理店「バンゲラズ・キッチン」がけっこう有名だが、料理だけじゃなくてラップもなかなかウマい街だった!

D.O.C "Coast Guards"


ユニット名のD.O.CというのはDepartment of Cultureの略だそうで、"Coast Guard"というタイトルはいかにも港湾都市マンガロールにふさわしい。
古い映画音楽をサンプリングしたらしいビートは地元のVernon Tauroなるプロデューサーによるもので、やはり彼が作ったビートに乗せたこの地元ラッパーたちのサイファーもなかなかかっこいい(最初に出てくる髭のラッパーがシブい!)。
マンガロールはD.O.Cのメンバーをはじめとして結構いいラッパーがいそうだが、YouTubeでの再生回数はいずれも数万回程度。
彼らがどの言語でラップしているのかは分からないが、この地域の母語はトゥル語という話者数200万人程度の比較的マイナーな言語であるため、もしかしたらあまり聴かれていないのは彼らが話者数の少ないトゥル語でラップしているからなのかもしれない。


さらにインド西岸を南下し、ケーララ州に突入。
タイトルは南インドの野菜スープカレー"Sambar"だ!

ThirumaLi x Thudwiser x Fejo x Dabzee "Sambar" 


以前も書いたことがあるが、インドのラッパーはやたらと食べ物のことをラップする。

この映像はヒップホップのミュージックビデオと料理番組の融合みたいになっていて、英語字幕をオンにするとひたすら料理のことをラップしているのが分かる。
ふざけた曲だがDef Jam Indiaからのリリース。
やはりインドでは食とヒップホップは切り離せない、のだろうか。
途中で聖書に関するリリックも出てくるのがキリスト教徒が多いケーララらしい。
最初にクレジットされているThirumaLiは、識字率100%を達成したことでも知られる汽水性の入江の街コッタヤムの出身、共演のラッパーFejoとDabzeeはさらに南の海辺の都市コチの出身だ。
ビートメーカーのThudwiserもケーララ出身のようだが、どこの街かは分からなかった。


続いて、インド最南端のカニャクマリを通ってインド南部の東側、タミルナードゥ州に入ろう。
ここでは中小都市のかっこいいラッパーが見つけられなかったので、州都チェンナイのいかにもタミルらしいラッパーを紹介する。

Paal Dabba "170CM"


昔のマイケル・ジャクソンかってくらい曲が始まるまでが長いが(曲は2:30から)、映像の色彩や雰囲気が急にタミル映画っぽくなったのが面白い!
タミル語らしさを活かしたフロウと今っぽい重いベースとホーンセクションのビートの組み合わせがかっこよく、ゲームっぽい世界から最後はルンギー(腰布)&サリーのダンスになるのが最高だ。



次はチェンナイから北に向かい、南インド内陸部のテランガーナ州の州都ハイデラバードへ。
ここから『バーフバリ』や『RRR』で日本でも知られるようになったテルグ語圏に入る。

MC Hari "Khadahhar"


このミュージックビデオは、ハイデラバードの下町エリアのラッパーのライフスタイルを表現しているとのことで、ギャングスタ的な内容なのかと思って見てみたら、ひたすらフライヤーを撒いてサイファーをするという健全なものだった。
2:17に「選手権」という謎の日本語がプリントされたTシャツを着た男が出てくるが、ラップのチャンピオンシップっていうことなのか、偶然なのか。

面白いのはたまに映像の雰囲気がテルグ語映画っぽくなることで、例えばこのNiteeshというシンガーをフィーチャーした"Raaglani"のミュージックビデオなんて、かなりテルグ語映画っぽい雰囲気になっていると思う。

MC Hari "Raagalani(Ft. Niteesh)"



ハイデラバードから東南東に150キロほど行ったところにあるテランガーナ州の小さな街、ミリャラグダ(Miryalaguda)という街にもかっこいいラッパーを見つけた。

Karthee "Miryalaguda Rap"


タイトルからして地元レペゼンがテーマのようで、いかにも田舎町って感じの市場とか空き地とかでラップしているのがたまらない。
そして彼のビートもまた伝統とヒップホップのミクスチャー加減がいい具合で、テルグ語の響きを活かしたフロウも多彩で、かなり実力のあるラッパーと見た。
YouTubeでの再生回数は約2ヶ月で10万回弱。
この街の規模ではかなり健闘していると言えるだろう。
Kartheeという名前をインド全国区の音楽メディアで見る日が遠からず来るかもしれない。


最後はテランガーナ州から東へ。
インド海軍の拠点都市でもあるアーンドラ・プラデーシュ州のヴィシャーカパトナムのラッパーを紹介する。

Choppy Da Prophet "Voice of the Street"


いきなり出てくるタバコ咥えたバアさんが超シブい。
若者がスリやひったくりといったセコい犯罪を繰り返すミュージックビデオは演出なのかリアルなのか。
ラップはちょっと単調だが、ビートの勢いとミュージックビデオの下町の雰囲気が良い。



というわけで、南インドの地方都市のラッパーたち(一部チェンナイやハイデラバードといった大都市を含むが)を紹介してきた。
北インド同様に、というかそれ以上に各都市の特徴や地元レペゼン意識(≒郷土愛)が強く感じられるラッパーが多く、またそれぞれにラップのスキルも高くて、改めてインドのヒップホップシーンの広さと深さを感じた。

今回はかっこいいと思えるラッパーを中心に紹介したのだが(あたりまえか)、中には垢抜けなくてヘタだけど、2周くらい回って結果的に面白いことになっているこんなラッパーもいたりして、インドのヒップホップシーンは本当に底辺が広がってきている。

Royal Telugu "Bhai"



テランガナ州のオンゴールという街のラッパー。
ラップにトランスみたいなビートを取り入れていたり、時代と共鳴している部分もあるのだが、狙ってやったというよりは、たまたまそうなってしまったような面白さがある。
いい意味でのガラパゴス状態のまま、彼が成長していったらどんな魅力的な音楽が生まれるのだろうか。

今後も地方都市のシーンはちょくちょくチェックして紹介してゆきたいと思います。




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2024年03月05日

どこにでもラッパーがいるインド 地方都市のヒップホップシーン(北インド編)



このブログでは「2019年の映画『ガリーボーイ』以降、インドのヒップホップシーンは急速に成長している」 なんてことをしょっちゅう書いているのだけれど、自分でも気になっているのが、取り上げているラッパーが大都市に偏っているということ。
いつも紹介しているのはムンバイとデリーのラッパーがほとんどで、他にはベンガルール、コルカタと、あとチェンナイが少々。
いわゆるインド5大都市というやつだ。

確かに大都市のラッパーは洗練されているし、またムンバイやデリーあたりだとメディアの注目度も高いので、インドのシーンをチェックしていて目につきやすい。
上記の5大都市はそれぞれ公用語も違うので、このへんを押さえておけば多様性の観点からもオッケー!と思ってしまいがちなのだが、当然ながら5大都市だけがインドではない。

現在のインドでは、こうした大都市でなくても、どこにでもラッパーがいる。
YouTubeで、英語で「インドの都市名(スペース)rapper」で検索すると、人口規模100位くらいまでの街であれば確実にラッパーを見つけることができるし、もっと下位の都市でも、下手だろうがダサかろうが、ほとんどの街でラッパーがアップしたローカル感満載のミュージックビデオを見つけることができる。

というわけで、今回はインド国内でも地元以外ではほとんど注目されていない、地方都市のラッパーを特集してみたい。
調べてみる前は、あか抜けない曲をたくさん紹介することになるのだろうなあと思っていたのだが、意外にもかなりかっこいいラッパーがたくさんいて、インドのヒップホップの全国的な発展を思い知らされることになった。
(「いや全然あか抜けてないじゃん」と思う人もいるかもしれないが、インドの田舎町のラッパーをチェックしまくった後だと、今回紹介するラッパーは十分にかっこいい部類に入る。念の為)

今回は、アーティスト名と曲名に加えて、都市名と州の名前も書いておくので、興味がある人は地図でチェックしてみてください。


Hukeykaran "Slangs feat. JAACKYA" (Surat, Gujarat)


まずはインド西部グジャラート州第二の都市、スーラトから。
グジャラート州はインドの国父とされるマハトマ・ガンディーのルーツでもあり、土地柄なのか宗教的な理由なのか、飲酒が禁止されているという保守的な州だ。
最近は州都アーメダーバードからはDhanjiという突然変異的な才能が登場したものの、あまりヒップホップがさかんな印象はない。
(Dhanjiについてはいずれ個別に記事を書くつもり)

そんなグジャラートの第二の都市スーラトにも、ちゃんとかっこいいラッパーがいた。
このHukeykaran(読み方分からない)というラッパー、いかにもインドっぽいタブラの音を使ったビートに乗せて、21世紀の世界標準とも言える3連のラップから始まって、なかなか小粋で多彩なフロウを披露している。
フィーチャリングされているJaackya(彼もまた読み方分からない)も雰囲気のあるラッパーで、2:09あたりで、画面にルピーの記号が出るタイミングでGhandi Ji(ガンディーさん)と言っているのは、紙幣に印刷されたガンディーの肖像から転じてカネという意味だろう。
日本語ラップでユキチと言うのと同様だ。
ミッキーマウスのスウェットにゴールドのチェーンというセンスもなかなかに最高だと思うが、いかがだろうか。
かっこいいかどうかということではなくて、このなんとも言えないリアルさがたまらない。



次の街は、スーラトから南東に200キロに位置するマハーラーシュートラ州のナーシク。
ナーシクは、同州の州都であるインド最大の都市ムンバイや、MC STANを輩出しセンスの良いロックバンドも多い学園都市プネーと比べると目立たない街だが、地味な街にも結構いい感じのラッパーがいるというのが今のインドのリアルである。

Tezzz Music "MH 15 Firse (Nashik City)"


最近あまり見なくなった『ガリーボーイ』っぽい雰囲気のミュージックビデオで、伝統楽器の大太鼓ドールや子どもたちがたくさん出てくるところが微笑ましい。
このTezzz Music、ラップは結構上手いし、彼もまた伝統楽器のリズムをビートに導入しているところが良い。
インドのラッパーやビートメーカーは、ルーツやコミュニティをレペゼンするときに自分たちの伝統を引用しているところが素敵だなあといつも思う。
仲間たちと踊るシーンは結果的にインドの田舎版『チーム友達』みたいに見えなくもない。
タイトルの'MH15は'ナーシクの郵便番号。
USや日本のラップでも市外局番で街を表すことがあるが(Ozrosaurusの'045'とか)、それと同じノリだろう。
インドではムンバイのNaezyMC Altafが自分が暮らすエリアのピンコード(郵便番号)を曲名に使っており、またラージャスターン州ジョードプルには街のコードをユニット名に冠したJ19 Squadというグループもいる。


今度はナーシクからさらに東北東に600キロ、インドのほぼど真ん中に位置する街ナーグプルにもこんなに今っぽいラッパーがいた。

SLUG "BADSHA"


ナーグプルはマハーラーシュトラ州東部に位置し、被差別階級からインドの初代法務大臣にまで登りつめたアンベードカル博士が、同胞のダリット(いわゆる「不可触民」とされる人々)たちとともにヒンドゥーから仏教徒へと集団改修したことでも知られる街だ。
ご覧の通り、このSLUGというラッパーはマンブルラッパー的な痩せ型の短めのドレッドロックス。
世界的な視点で見れば彼のスタイルはとくに目新しくないが、マッチョ風なラッパーが多いインドのヒップホップシーンではまだまだ新鮮だ。
あまり華やかなイメージのないナーグプルに彼のようなスタイルのラッパーがいるとは思わなかった。
彼は間違いなくプネーのMC STANの影響下にありそうだ。

この曲もビートにタブラの音が使われているところがポイント高い。
タイトルの"BADSHA"は、おそらくデリーの人気ラッパーBadshahとは関係なく、ペルシア語由来の「皇帝」を表す言葉だろう。



今度はナーグプルからぐーっと北に1200キロほど上ったところにある、ウッタラカンド州の州都デラドゥン(でヘラードゥン)のラッパーを紹介したい。

MOB D "Motorcycle"


デラドゥンはヒマラヤ山脈の麓に位置する標高約450mの街で、全寮制の名門男子校ドゥーン・スクールがあることでも知られている。
60年代には、近郊のリシケーシュに滞在していたビートルズのメンバーがこの街の楽器店を訪れたこともあったという。
そういったエピソードはともかく、実際のデラドゥンは山あいの鄙びた街といった印象である。
その鄙びた街でオートチューンを効かせまくったラップをやっているのがこのMOB D.
「俺はバイクに乗るぜ、車はいらない」というどうでもいいリリックは、「こういう曲はこういう歌詞でいいんだろ」みたいな適当な雰囲気だが、彼の場合それがけっこうサマになっているんじゃないでしょうか。
こういうタイプのヒップホップがナーグプルやデラドゥンでも受け入れられていると思うとなかなか感慨深い。


だいぶ北のほうに来てしまったので、そこから南東に600キロほど下ってみよう。
もはや地図なしで読んでいる人は自分がインドのどのへんにいるのか分からないと思うが、ここは北インド内陸部の真ん中あたり、ウッタルプラデーシュ州のカーンプルという工業都市である。
ちょうどさっきのナーグプルから700キロほど北に位置する街だ。

Aryan & Iniko "Ain't Nobody Here"


ウッタルプラデーシュ州は前回の記事で書いたヒンドゥー右派テクノ「バクティ・ヴァイブレーション」発祥の地で、人口こそ多いエリアではあるものの、比較的貧しい農村地帯が広がっているというイメージが強い地域である。
カーンプルはいちおうインドのスマートシティランキングなるもので11位にランクインしているそうなのだが、ミュージックビデオを見る限り、典型的な地方都市といった感じで、日本でいう田舎の県庁所在地みたいな街のようだ。
このAryan & Inikoという長髪のラッパー2人組の、いかにも地方都市の不良という雰囲気がたまらない。
盗んだ金を持ち込んでパーティーしている郊外の空き家っぽい場所なんて、すごくリアリティがある。
今っぽい雰囲気のラップも上手いし、カーンプルではめちゃくちゃイケてる兄ちゃんたちなのだろう。
彼らがスプレーで壁に書いているUP78というのはカーンプルのピンコード(郵便番号)。
インドのラッパー、みんな郵便番号大好きだな。
なにも自分の街に自分の街の郵便番号を書かなくてもいいと思うんだけど。
何のためのタギングなんだ。



今度は広大なウッタルプラデーシュ州の東側、ジャールカンド州のジャムシェドプルという街のラッパーを紹介したい。

Abhishek Roy "Bojh Bada"

ジャールカンド州は北インドにアーリア人が来る前(つまり紀元前1000年頃?より前)から住んでいた先住民族が多い地域で、近隣のビハール州と並んで、インドのなかでもとくに貧しい田舎の地域という印象を持たれがちなエリアだ。
州都ラーンチーにはTre Essという突然変異的な才能のラッパーがいるものの、正直ヒップホップが盛んな印象はない。
ところが、同州南東部のジャムシェドプルという街は、どうやらヒップホップシーンがかなり発展しているようなのである。
調べてみると、この街の近くには炭田と鉄鉱山があり、街の中にはインド最大ともされる鉄工所があるそうで、人口では州都のラーンチーを上回っているという。
炭鉱と製鉄の街と聞いて、なんとなく荒っぽいイメージを抱いていたのだが、ジャムシェドプルは2019年にインドで最も清潔な都市に選ばれたことがあるそうで、意外と、と言っては失礼だが、けっこう洗練された文化があるのかもしれない。
ちなみにジャムシェドプルという街の名前は、製鉄所を経営しているターター財閥の創始者に由来しているという。
この街のラッパーAbhishek Royは、ラップに自信が満ち溢れていて、余裕綽々って感じなのがかっこいい。
それにしても、クリケットの国インドで、なぜ野球のバットを持っているのか謎である。

ジャムシェドプルを中心にしたラッパーたちによるサイファーがこちら。

Rapper Blaze, Abhishek Roy, Shinigxmi, Arun Ydv, Dzire, Mr.Tribe, Gravity, Rapture, Raajmusic  "Johar Cypher" Prod. By Fuzoren Beats


続けて聴くとさすがにちょっと飽きるが、この伝統音楽っぽいビートが非常にかっこいい。
コルカタやムンバイのラッパーも参加しており、この街のシーンは北インドの他の地域のラッパーたちとも交流があるようだ。



最後に、「インドのロックの首都」とも言われるメガラヤ州の州都シロンのフィメールラッパーを紹介したい。
クリスチャンが多いインド北東部は、辺境地帯ではあるものの、そのためかロックをはじめとする西洋のポピュラー音楽の受容が早かった地域である。
先日シロンでパフォーマンスを行ったムンバイのHirokoさんから教えてもらったこのRebleというラッパーが、めちゃくちゃかっこよかった。

Reble "Opening Act"


まだ20歳そこそこらしいが、8歳頃からラップしていたという筋金入り。
インド北東部は少数民族が数多く暮らしており、そのためか英語で楽曲をリリースするアーティストが多く、その英語のラップや歌唱がまた非常にこなれている。
彼女は本国・ディアスポラを問わずインド系の才能あるアーティストを紹介しているロンドンのKamani Recordsというレーベルと契約しているようで、今後の活躍が期待されるアーティストの一人だ。
この"Opening Act"はジャールカンド州ラーンチーのTre Essによるプロデュースで、地方都市同士のコラボレーションに胸が熱くなる。

同郷のシロン出身の男性ラッパーDappestとのコラボレーションもなかなかかっこいい。

Reble x Dappest "Manifest"



もうずいぶん長い記事になってしまったので、今回はこのへんにして、次回は南インド編を紹介したい。
それにしても、日本とかアメリカでもそうだけど、地方出身のラッパーってなぜかそれだけで3割増しくらいにかっこよく見えてしまうのはなぜだろうね。



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