2023年08月

2023年08月31日

2023年秋 インドのフェス事情!


日本では音楽フェスのシーズンといえば夏だが、インドでは過ごしやすい気候の冬に多くの音楽フェスが開催されている。

インドはいまやアジアを代表するフェス大国で、アメリカ発祥の世界的ロックフェスLollapaloozaがアジアで初めて行われたり、世界で3番目の規模のEDMフェスティバルSunburnが開催されるなど、海外の大物アーティストが参加するものから、国内アーティスト中心のものまで、フェスの数は年々増える一方。
(これまでに紹介したインドの注目フェス情報は最後にまとめてリンクを貼っておきます)
今回は、本格的なシーズン到来を前に、2023年の秋に行われる面白いフェスを2つほど紹介させてもらいます。

まず紹介するのは、ノルウェーのハウス/EDMプロデューサー、Kygo(カイゴ)が主催するPalm Tree Music Festival.
去年Lollapaloozaの会場にもなったムンバイの競馬場Mahalakshmi Race Courseで、11月3日から5日にかけて開催される。

Palm Tree Music Festivalはこれまでヨーロッパやアメリカ、オーストラリアなどで開催されていて、アジアではバリ島で開催されたことがある。

南アジアでの開催は初めてで、ムンバイの1週間前には、エジプトのカイロでの開催も発表されている。
カイロ会場は500名限定の超VIP向けフェスとして開催されるようで、販売されるチケットはもっとも安い入場券でも1,111米ドル。
このチケットには、4つ星ホテルへの1泊と、ピラミッドやスフィンクス散策、ピラミッド周辺でのキャメルライド、ビールとワイン飲み放題などが含まれている。
もっとも高い個人向けチケットは7,777米ドルで、これには5つ星ホテルへの3泊、24時間の執事サービス、シャンパンボトル、出演アーティストとのウェルカムディナー、ピラミッド内の「王の間」ツアー(!)、空港への送迎などが含まれていて、さらに豪華な4名分34,998ドルのチケットもある。

おそらくカイロでのフェスは、このバリ会場のような雰囲気で行われるのだろう。



より大規模な会場で行われるムンバイでのフェスは、おそらくこのニューヨーク郊外のハンプトンズで行われたような形になるものと思われる。


インドでもEDM系のフェスティバルは非常にさかんで、例えばラージャスターン州の宮殿で行われるMagnetic Fields Festivalは、カイロのPalm Tree同様にかなりセレブっぽい路線で行われている。
てっきりムンバイのPalm Treeも同じようなスタイルで行われるものだと思っていたら、チケット代は1,500ルピー(2,660円)からとのことで、結構リーズナブルな価格に抑えられているようだ。
(ただし、2万ルピーの高級チケットもある)

出演者には、KygoのほかKungs(フランス)、Sam Feldt(オランダ)、Kidnap(イギリス)、Edward Maya(ルーマニア)、Forester(アメリカ)らの欧米のEDM系DJのみ。
インドで開催されるのにインド人アーティストが一人もいないのがちょっと感じ悪い気もするが(他の国内のEDM系フェスには、少なからずインド人のDJも出演している)、インドではかつての日本のように、「洋楽のほうが進んでいてカッコイイ」という価値観がまだ根強いので、要はそういうオーディエンスを対象にしたフェスということなのだろう。
(あるいは、オーガナイザーのKygoが、単にインドのDJ/プロデューサーを知らなかったのかもしれない)



Palm Tree Music Festivalとは逆に、インド国内のアーティストに特化したフェスも行われる。
9月2日にムンバイ、9月16日にデリーで開催されるSouth Side Storyは、出演者を南インドのアーティストに限定しているという、非常に面白いイベントだ。


このイベントの特異さを説明するために、一応地図をのっけておきます。
india-map
(出典:https://www.mapsofindia.com/my-india/india/the-new-india-28-states-and-9-union-territories-maps-and-facts


一般的に南インドと言われるのは、タミルナードゥ(タミル語圏)、ケーララ(マラヤーラム語圏)、カルナータカ(カンナダ語圏)、アーンドラ・プラデーシュとテランガーナ(テルグ語圏)の5つの州のこと。
South Side Storyが行われるデリーとムンバイは、同じ国内でも文化や言語体系がまったく異なる北インド文化圏の大都市だ。
いずれもインディーミュージシャンがたくさんいる地域なので、あえて地元アーティストを出さずに、地理的にも文化的にも遠く離れたサウスにこだわった音楽フェスが開催されるというのは非常に珍しい。
古典音楽とかだとあるのかもしれないが、少なくともインディーズ系の音楽では聞いたことがない。
South Side Storyは昨年に続いて2回目の開催だそうで、昨年の様子を見る限り、単なる音楽フェスティバルではなく、伝統芸能や食文化体験(バナナの葉に盛り付ける南インドの定食ミールス)などを含めたイベントらしく、さらに面白そうだ。


デリーやムンバイの人たちにとってはエキゾチックな体験ができて、サウスの出身者にとっては懐かしというところを狙っているのだろう。
参加アーティストもいかにも南インドらしい濃いメンツが揃っているので、何組か動画で紹介したい。


Thaikkudam Bridge "One"


ムンバイでのヘッドライナーは、昨年も出演してアフタームービーにも曲が使われているケーララ州のThaikkudam Bridge.
このケーララ州の観光プロモーションのようなミュージックビデオを見ていただければ分かる通り、彼らは地元の文化を非常に誇りしていて、魚をよく食べる食文化から自分たちの音楽を'fish rock'と称している。


ThirumaLi "Rap Money"

デリーのヘッドライナーは、ケーララのラッパーThirumaLi.
ヒンディー語圏のデリーで、しかもリリックが重要な意味を持つラップで、全く異なる言語系統のマラヤーラム語のラッパーがヘッドライナーを飾ることは、このコンセプトのフェス以外ではまずない。
ほとんどのデリー出身者にとって、マラヤーラム語は理解できないはずで、これはかなり画期的なことだ。
ミュージックビデオを見る限り、ラップのスキルもしっかりしていて、音もかっこいいので、これでパフォーマンスが良ければきっと大いに盛り上がることだろう。
デリー会場は他にもラッパーが多くて、チェンナイ(タミルナードゥ州の州都)のArivuやベンガルールのHanumankindなどが出演する。




Agam "Mist of Capricorn (Manavyalakincharadate) "

ムンバイに出演するベンガルールで2003年に結成されたAgamは、南インドの古典であるカルナーティック音楽を導入したカルナーティック・プログレッシブロックを標榜するバンド。
この曲は18〜19世紀の音楽家でカルナーティックの楽聖の一人とされているティヤーガラージャをもとにしているとのこと。
フジロックで来日したJATAYUでカルナーティック・フュージョンを知った人も多いと思うが、変拍子や複雑なリズムを含んだカルナーティック音楽はプログレッシブ・ロックとの相性も抜群で、その先駆け的な存在であるAgamは、JATAYUのメンバーもインタビューで「カルナーティックとロックの融合に大きな貢献を果たしたバンド」と高く評価している。



AATTAM KALASAMITHI & THEKKINKAADU BAND "Deva Shree Ganesha"



AATAM KALASAMITHI & THEKKINKAADU BANDはケーララの大所帯パーカッション・グループで、同郷ケーララの人力トランスバンド、Shanka Tribeにも似た感じの音像だが、こちらはぐっとインドっぽい要素が強いで、この曲は象頭の神ガネーシャを讃えるタイトルが付けられている。
人数が多すぎて難しいかもしれないが、フジロックとかで来日したら盛り上がるだろうなあ。


ムンバイ、デリーに住んでいる方、この時期に行かれる予定の方、どちらのフェスも、もし参加されたら感想など教えてください。



記事中にもいくつかリンクを貼りましたが、インドのフェス充実ぶりがわかる他の記事も改めてここに貼っておきます。


今年は記事を書かなかったが、いかにもインド的なフェスとしては、色のついた水や粉をぶっかけあいながら春の訪れを祝うお祭り「ホーリー」と一体とフェスなんかも充実している。
これはコロナ禍の真っ只中の2021年に書いた記事(下の方に正常時のフェスを紹介した記事へのリンクもあります)。


バンガロール(ベンガルール)のEchoes of Earthもかなり雰囲気の良さそうな行ってみたいフェスだ。


かと思えば、辺境の地インド北東部にはメタル好きの血が騒いでしまうフェスもある。


インドのなかでもインディーミュージックが盛んな北東部には、かなり奥地でのこんな超インディペンデントなフェスも行われている。
これ、毎年ラインナップも良くてめちゃくちゃ行ってみたいんだよなあ。



国内と海外のアーティストがどちらも出演するNH7 Weekender.




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2023年08月16日

なぜか今頃発表! The Indies Awards 2022



インドの優れたインディペンデント音楽のアーティストや作品に対して、2020年から表彰を行なっているThe Indies Awardsの2022年版が、先日唐突に発表された。



すでに2023年の8月後半にさしかかったこのタイミングでいったい何故?
もしかしてインドには日本でいうところの「年度」みたいな考え方があるの?(例えば2022年の8月から翌年の7月までを2022年度として扱うとか)
…と不思議に思ったものの、どうやらそういったことはいっさいなく、純粋に2022年以前にリリースされた作品のみが対象とされているようだし、単に選考に時間がかかっていたか、忘れていただけの模様。

インドのインディーズシーンは、まだまだみんなが手弁当で盛り上げているといった感じなので、おそらく選考委員のみなさんも本業を別に持っていたりして、きっと忙しくてこのタイミングになるまで手がつけられなかったんだろう。
なにしろ、ジャンル別アルバム・楽曲、パート別プレイヤー部門など全部で27部門もある本格的な賞なので、選考に時間がかかるのも分かる。
(…かと思ったら、後述の通り、どう考えても2021年にリリースされた作品がたくさん入っていたりして、なんだか訳がわからない)
個別の受賞者は上記のリンクを辿ってもらうとして、主要部門と気になる部門について、いくつか紹介してみたいと思います。


Artist of the Year: Seedhe Maut


アーティスト・オブ・ザ・イヤーに選ばれたのはこのブログでも何度も紹介しているデリーのSeedhe Maut.
確かに2022年のSeedhe Mautはインドを代表するヒップホッププロデューサーSez on the Beatと久しぶりに共作した傑作アルバム"Nayaab"をリリースし、インドのヒップホップの新境地を切り開く大活躍をしていた。
さらに彼らはHiphop/ Rap Song of the Year部門もこの"Namastute"で受賞している。
アレ?この曲、もう1作前のアルバムの曲だけど、リリースいつだっけ?と思って調べてみたら、2021年の2月。
なにがなんだかよくわからなくなって来たけど、名作なのは間違いないのでまあ良しとしよう。




Song of the Year: Sunflower Tape Machine "Sophomore Sweetheart"


やはり2021年の6月にリリースされているこの曲がなぜ2022年のベストソングに選ばれているのかは謎だが、洋楽的なインディーミュージックとしてよくできた曲なことに異論はない。
Sunflower Tape MachineはチェンナイのアーティストAryaman Singhのソロプロジェクトで、この曲は2021年のRolling Stone Indiaが選ぶベストシングルの2位にもランクインされていた。
Sunflower Tape MachineはThe Indies AwardsでもEmerging Artist of the Yearとのダブル受賞。
リリースする楽曲ごとに作風が変わる彼らの魅力は、近々特集して紹介したいところだ。



Album of the Year:  Saptak Chatarjee  "Aaina"


彼はこれまで知らなかったアーティストだった。
どうもこのThe Indiesは、Rolling Stone Indiaあたりと比べると、いわゆるフュージョン的な、インドの要素を多く含んだ音楽を評価する傾向があるようで、彼も本格的な古典音楽を歌ったりもするシンガーソングライター。
Saptak Chatarjeeはデリーとムンバイを拠点にしているようで、YouTubeでチェックする限り、その実力は間違いなさそうだ。



Music Video of the Year: The F16s "Easy Bake, Easy Wake"


F16sはチェンナイ出身のロックバンド。
ふざけた名前のLendrick Kumar(説明するのも野暮だが、たぶんインドによくいるKumarという名前を、Kendrick Lanarのアナグラム風にしている)によるミュージックビデオは、独特のユーモアと世界観が魅力的。
この曲が収録された"Is It Time to Eat the Rich Yet?"は、Rock / Blues / Alternative Album Of The Yearも受賞している。
ちなみにこのアルバムもやはり2021年の11月にリリースされたもの。
前回のThe Indies Awardsは2022年の12月に発表されているので、ぎりぎりのタイミングだったのかもしれないが、たまに2021年前半の作品が含まれているのが解せない。


他のチェンナイ勢では、フジロックでの来日も記憶に新しいJATAYU"Moodswings"Instrumental Music Album Of The Yearを受賞している。




Artwork Of The Year: Midhaven "Of The Lotus & The Thunderbolt"
Metal/Hardcore Song of the Year: Midhaven "Zhitro"


アートワーク部門とメタル・ハードコア部門の楽曲賞を両方を受賞したのが、このMidhavenというムンバイのアーティストだった。
不勉強ながらこれまで知らなかったバンドで、先日出版された『デスメタル・インディア』にも掲載されていない新鋭バンドのようだ。
アートワーク部門での受賞となったのがこのサムネイルのイラストで、やはりこの媒体がインド的な要素を嗜好していることを感じさせられるセレクトだ。
楽曲はミドルテンポのよくあるメタルで、それなりにレベルの高いインドのメタルシーンでこれといって特筆すべき部分は感じられなかった。


Electronic/Dance Album of the Year:  MojoJojo "AnderRated"



伝統音楽をポップな感覚でダンスミュージックと融合するムンバイのプロデューサーMojoJojoが2021年の10月のリリースしたアルバム。
RitvizやLost Storiesなど、いわゆる印DM(インド的EDM)ではいろんなスタイルで活躍しているアーティストがいるが、彼はちょっとラテンポップっぽい要素があるところが独特だろうか。
ちなみに楽曲部門(Electronic / Dance Song Of The Year)では、ラージャスターンの民謡とエレクトロニックを融合するというコンセプトで活動するBODMAS"Camel Culture"(やっぱり2021年のリリース)が選出されている。
インドのエレクトロニックシーンの評価基準をフュージョンという点に置いているのだとしたら、なかなか興味深いセレクトである。


Folk-Fusion Song Of The Year:  Abhay Nayampally "Celebration (feat. Bakithi Kumalo, Hector Moreno Guerrero & King Robinson Jr)"


このAbhay Nayampallyというギタリストもこれまで聴いたことがなかったが、やっている音楽はかなり面白くて、ラテン・カルナーティック・フュージョンとでも呼ぶべき音楽性の一曲。
南アフリカのベーシスト、アメリカのドラマー、ドミニカのキーボーディストが参加しているようで、まさに大陸をまたいだ興味深いコラボレーションを実現している。
もっと多くの音楽ファンに聴かれてほしい曲である。


Pop Song Of The Year:  Ranj  "Attached"


英語で歌うベンガルールの女性シンガーの作品で、センスよくまとまったポップスとしての完成度はインド基準ではかなり高い。
Rolling Stone Indiaが好みそうな音楽性だと思ったが、Rolling Stone Indiaの2021年のベストシングルには選ばれていなかった。
以前も書いたことがあるが、この手のミドルクラス的ポップスで良質な作品をリリースしているアーティストはインドにそれなりにいるのだが、彼らがターゲットにしているリスナー層は主に洋楽を聴いており、そんなに聴かれていないのが、ちょっともったいない。


他にこのブログで紹介したことがあるアーティストでは、やはりどちらも2021年の作品だが、Easy Wanderlings"Enemy"Rock / Blues / Alternative Song Of The Yearに、Prabh Deep"Tabia"Hip-Hop / Rap Album Of The Yearに選出されている。

それにしてもこんなに2021年の作品が多く選ばれている理由はなんでだろう。
前回(第2回)の選出は2021年の12月に行われているようなので、ほとんどの作品が前回の対象にもなっているんじゃないかと思うのだが…。
なんにせよ、こうして新しいアーティストを知ることができたり、自分が取り上げて来たアーティストがインド国内でも高く評価されていることを知れたりするのはいい機会だった。
来年の発表はいつになるのかさっぱり分からないが、今後も注目してゆきたい音楽賞ではある。




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