2022年10月
2022年10月25日
インドの最新ラテン・ポップ事情!
ずいぶん前にも書いたことがあるのだが、不思議なことに、「インド」と「ラテン」の組み合わせってやつは、妙に相性が良い。
掘りが深い顔立ちに、やたらとダンスが好きな国民性、感情表現がストレートなところ、ノリがいいようでいて保守的なところ、根拠不明な自信がありそうなところ、男性は前髪を4センチくらい立てたうえでオールバックにする、みたいな髪型が好きなところ、などなど、例を挙げればキリがない。(思いっきりステレオタイプな表現になってしまっていて申し訳ない)
スペイン(アンダルシア地方)のフラメンコを生み出したとされるロマの人たちのルーツはインドのラージャスターンあたりだというし、そのルーツの一端をスペインに持つカリブ〜北米地域のヒスパニック系音楽とインドが繋がるのも分からなくもない…なんて無理やりなこじつけもできそうだが、本当のところは分からない。
たぶん、当のインド人たちもどうしてそんなにラテン系の音楽が好きなのかわかっていないのだと思う。
とにかく、その相性の良さは実際に聴いて(映像を見て)みれば一発で分かるはず。
というわけで、今回は、インドでもてはやされるラテン風音楽を紹介してみたい。
まずはパンジャービー系パーティーラップの雄Badshahから。
今年4月にリリースした"Voodoo"では、コロンビア出身のレゲトン・シンガーJ Balvinとのコラボレーションを実現。
J Balvinは米国をはじめ世界各地のアーティストとコラボレーションしているが、スペイン語以外では絶対に歌わないという一本筋の通ったシンガーだ。
Badshahが意図的に本格的ラテン風味を取り入れようとしたことが分かる人選である。
Badshah, J Balvin, Tainy "Voodoo"
タイトルの通り、ハイチ発祥のヴードゥー(ゾンビの元ネタになった信仰)をテーマにしたミュージックビデオだが、ヴードゥー的な演出がインドのサドゥー(ヒンドゥーの世捨て人的な修行者)っぽくも見えるのが面白い。
こちらは最近Badshahが関わったまた別の曲。
AJWAVY, Badshah, Anirudh Ravichander, Diljit Dosanjh, Aastha Gill, Dhanush "Desi Bop"
こちらもまた四つ打ちのレゲトン・ポップ的な曲調。
JP THE WAVY(日本のラッパーね)みたいな名前のAJWAVYはインスタ出身のインフルエンサーだそうで、このチャラいダンスポップがばっちりはまっている。
モダン・バングラーの人気シンガーDiljit Dosanjhや、ポップス系シンガーソングライターのAastha Gillなど、共演陣がやたらと豪華だが、これはインドの軽薄系インディーカルチャーが、旧来のメインストリームを飲み込むほどの勢いを持っていることを意味しているのだろう。
冒頭で使われている気だるい雰囲気の曲は、タミル映画界のスターDhanushが歌って大ヒットを記録した2012年の映画 "3" の挿入歌 "Why This Kolaveri Di".
Dhanushの名前もこの楽曲にクレジットされている。
ダンスポップ系ではなく、珍しく生バンドでラテン音楽をやっているのが、ヒンディー・ロックバンドのApricot.
Apricot "Nazrana"
曲は0:48くらいから。
昔、野口五郎がカバーしてたサンタナの曲("Smooth"だっけか)みたいな曲調にラテン風味満載のこのミュージックビデオ。
ケレン味たっぷりのラテン的かっこつけ方がインド人に超似合ってる!
だんだんメキシコとインドの境い目が分からなくなってくる一曲だ。
ムンバイの女性シンガー、Andi Starの"In Love With You"のギター・アレンジも哀愁ポップ系のラテン全開でめちゃくちゃ気持ちいい。
Andi Star "In Love With You"
彼女はまだほぼ無名の存在だが、激甘ポップなメロディを書くことに関しては非凡なセンスを持っているようだ。(この"Last Night"という曲にはやられた!)
これからも注目してゆきたいシンガーだ。
ところで、インドのラテン系音楽はパンジャーブからムンバイあたりにかけて存在しているものとなんとなく思っていた。
パンジャーブの豪放さが陽気なラテンのイメージと重なり、北インドのエンタメの中心地であるムンバイもまた、いい味で軽薄なラテンポップのノリと繋がるイメージがあるからだろう。
ところが、ラテンポップはパンジャーブ/ムンバイのみならず、インド全土にがっつり根付いているようなのだ。
意外なところでは、文化的地方都市の印象が強いコルカタを拠点に活動しているDJ/音楽プロデューサーのREICKことKoushik Mukherjeeも、こんなラテンポップ的な曲をリリースしている。
REICK ft. Jimmy Burny "Good Love"
共演しているJimmy Burnyはブラジル人で、世界中のいろいろなアーティストの曲で客演しているシンガーだ。
おそらくREICKともインターネットを通してつながったものと思われるが、こうした海外のミュージシャンとの共演も、EDMをはじめとする「グローバル」な音楽性のインドのアーティストによく見られる傾向だ。
インドらしさ皆無のミュージックビデオはどこかの映像素材だろうか。
無国籍な雰囲気を出したかったのだろうけど、個人的には、音楽性は無国籍でも、映像はどこかインドっぽいほうが好みではある。
All OK "Mallige Hoova"
ラテン系音楽の波はもちろん南インドにも達していて、この曲はカンナダ語のレゲトン風ナンバー。
ロケ地はシンガポールとのこと。
All OKはカンナダ語圏の人気ラッパーで、9月にリリースしたこの動画のYouTubeでの再生回数は200万回を超えており、他の曲も軒並み数百万から数千万再生されるほどの人気っぷり。
カンナダ語圏はレゲトンと親和性が高いのか、3年ほど前だがこんな曲もあった。
ViRaj Kannadiga ft Ba55ick "Juice Kudithiya"
「(飲んでるのは酒じゃなくて)ジュースですぜー」というコミックソングで、このそこはかとないダサさがたまらない。
何が言いたいのかというと、北も南も、インドは全面的にラテンポップが人気だということなのである。
もしかしたら、特段ラテンなサウンドに惹かれているわけではなく、単にUSヒットチャートの上位にあるようなサウンドを模倣しているだけという可能性もあるが、それにしたってヒスパニックとはまったく異なるルーツを持つ彼らが、ここまでラテンな曲を作っているというのは、やはり何かがあるような気がする。
さっき、パンジャーブ的な豪放さとラテンの陽気なイメージが重なる、と書いたが、ひとまず他の地域やスタイルの音楽は置いておいて、バングラーとレゲトンに注目して見てみると、両者を融合したリミックスや「踊ってみた」系の動画が結構ヒットする。
(バングラーはインド北西部からパキスタンにかけて位置するパンジャーブ地方の伝統音楽/ダンスで、イギリスや北米に移住したパンジャーブ人たちは、この郷土のリズムをヒップホップやダンスミュージックと融合して、今日のインドにおける現代的ダンスポップの礎を築いた…という話は何度も書いているが、一応改めて付記しておく)
結構無理矢理な感じのものもあるが、やはりインド(少なくともパンジャーブ)とラテンはどこか根底的なところで繋がっているんじゃないか、と改めて感じる。
例によってこれといった結論はないのだけど、バングラー的ラテンポップに関しては、パンジャーブ系移民が多いイギリスあたりから、そろそろ世界的に注目される面白いものが出てきてもいいんじゃないか、と思うんだけど、さて、どうだろうか。
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goshimasayama18 at 23:17|Permalink│Comments(0)
2022年10月19日
『響け!情熱のムリダンガム』トークの補足! インド・フュージョン音楽特集
というわけで、シアター・イメージフォーラムにて『響け!情熱のムリダンガム』上映後のトークセッションをしてきました。
お相手を務めていただいた、この映画の配給をされている荒川区尾久の南インド料理店「なんどり」の稲垣紀子さん、ありがとうございました。
インドのなかでもかなりニッチな分野しか詳しくいない私は何を話そうかと迷ったのですが、今回のテーマは「フュージョン音楽」!
このブログでは何度も書いていることですが、インドでは、古典音楽/伝統音楽と、ロックやジャズのような西洋音楽を融合した音楽のことを「フュージョン」と呼んでいます。
『響け!情熱のムリダンガム』のなかでも、生演奏にこだわるヴェンブ・アイヤル師匠が「テレビ番組の審査員をやってくれませんか?」と言われるシーンで、よく聞くとインタビュアーが「カルナーティック・フュージョン」と言っているのが分かります。
伝統的なスタイルの生演奏にこだわる師匠が、テレビ番組、ましてや純粋な形式から離れたフュージョンの番組に出演するなんてことは当然ありえず、もちろんきっぱりと断る、というわけです。
そんなわけで、映画ではちょっとまがい物扱いされているフュージョンですが、じつはかっこいい音楽がめちゃくちゃ沢山あって、ふだん古典音楽を聴き慣れていないリスナーでも、フュージョンを通して分かりやすくそのすごさを感じることができます。
トークの打ち合わせでまず稲垣さんから名前が上がったのが、Shakti.
イギリス人ジャズギタリストのジョン・マクラフリンを中心にインド人の凄腕古典ミュージシャンが揃ったフュージョン・ジャズの伝説的バンドです。
タブラにザキール・フセイン、バイオリンにL.シャンカル(ジョージ・ハリスンのシタールの師匠としても有名なラヴィ・シャンカルとは別人です。念の為)、ガタム(ほぼ壺の打楽器)にT.H.ヴィナヤクラムという凄まじいメンバーが、インド古典音楽の強烈なリズムをジャズと融合して聴かせてくれます。
1997年にはRemember Shaktiという名前で再結成し、ヴィナヤクラムの代わりに、ガタムだけでなくムリダンガムやカンジーラ(トカゲ革のタンバリン)も叩くセルヴァガネーシュが加入。
Shaktiは、「いきなりガチの古典音楽を聴くのはしんどいけど、インド古典音楽がどんなすごい音楽なのか手っ取り早く知りたい」っていう人にはぴったりのバンドです。
(まずは上の映像を6分くらい見てもらえれば、その凄さが伝わるはず)
インド国内では、カルナーティック音楽はジャズよりもプログレッシブ・ロックと融合されることが多い印象で、例えばこのAgamはギター、ベース、ドラムスのロックバンドに、ストリングスやコーラス隊も交えた編成で、古典音楽のダイナミズムを余すことなく表現しています。
変拍子的なキメの多いカルナーティック音楽は、確かにプログレッシブ・ロックと融合するのにぴったりなジャンルと言えそうです。
ちなみにこの歌の原曲は200年ほど前の楽聖ティヤーガラージャなる人物が作った"Manavyalakincharadate"(長っ)という曲だそうで、Nalinakaantiというラーガ(簡単に言うと音階)でDeshadiというターラ(簡単に言うとリズム)に乗せて演奏されているとのこと。
なんだかよくわからないと思いますが、私もよくわかっていないので、ひとまずは「なんか凄そう…」ということだけ感じてもらえれば現時点ではオッケーです。
ムムッと思ったあなたは、ラーガやターラの深い部分まで学べば、インド古典音楽から、一生かけても味わい尽くせないほどの喜びを感じることができるようになるでしょう。(そういうものだと聞いています)
ちなみにこの映画のエンディングで流れる曲もティヤーガラージャの手によるものです。
最近のバンドでは、ベンガルールのプログレッシブ・メタルバンドPineapple Expressが強烈!
古典音楽だけではなく、曲によってはEDMやラップ、ジャズまで取り入れた超雑食性のスタイルは、まさにフュージョンの極地!
強烈です。
映画のテーマであるムリダンガム奏者では、Viveick Rajagopalanという人がTa Dhom Projectと称してラップとの融合を試みています。
古典音楽とラップの融合についてはこの記事で詳しく書いているので、興味のある方はどうぞ。
ところで、私は『響け!情熱のムリダンガム』の冒頭のクラブミュージック的な曲(超カッコいいのにサントラにも入っていない!)がものすごく好きなのですが、こんなサウンドの曲、他にないかなあ、と呟いていたら、南インドパーカッション奏者の竹原幸一さんが教えてくださったのが、Praveen Sparsh.
ローカルな空気感満載の映像を、ドラムンベースというかスラッシュメタルというか、切れ味抜群のムリダンガムが疾走!
超かっこいいです。
映画の冒頭のあの曲は、ピーターが5年後くらいに作った曲だと思って聴くとまた一興ですよ。
さて、チェンナイには、カルナーティックみたいな(ヒンドゥーの)信仰と結びついた古典音楽もあれば、もっと大衆的な伝統音楽もあります。
映画の中では、ピーターのお父さんの故郷で歌い踊られていた"Dingu Dongu"がその系統の音楽です。
映画監督のパー・ランジットの呼びかけで結成されたCasteless Collectiveは、ピーター同様にカーストの最下層に位置付けられた「ダリット」のメンバーによるバンド。
大衆音楽「ガーナ」の強烈なリズムに乗せて、自らの誇りとアイデンティティ、平等を勝ち得るためのアジテーションを叫んでいます。
ファンクやヒップホップなど、アメリカの黒人たちを鼓舞してきた音楽とのフュージョンになっているのも熱いポイント。
まだまだキリがないのですが、映画の中でヴェンブ・アイヤル師匠が言うように、古典音楽は純粋な形式で演奏しないと本質が味わえない厳格な伝統芸術であるのと同時に、さまざまな音楽と組み合わせて楽しむこともできる、まさに「今を生きる音楽」でもある、とも言えるでしょう。
それでは今回はこのへんで。
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2022年10月14日
Hiroko Sarahの新曲紹介! 日印コラボとラージャスターニー・フュージョン!
これまでも取り上げてきたムンバイ在住のマルチリンガルシンガー/ダンサーのHiroko Sarahが、6月以降、2曲のオリジナル曲を発表している。
インドのアーティストとコラボレーションした楽曲としては、昨年4月の"Aatmavishwas ーBelieve in Yourselfー"以来のリリースとなる。
6月に発表した「Shiki No Monogatari 四季の物語」は、2019年の「Mystic Jounetsu ミスティック情熱」以来となるミュージックプロデューサーKushmirとラッパーIbexとの共作による「和」の要素を打ち出した歌ものチル・ヒップホップ。
10月14日にリリースしたばかりの"Mehbooba"はラージャスターン州の伝統芸能コミュニティであるマンガニヤールと共演したフュージョン(インドでは伝統音楽や古典音楽と現代的なサウンドの融合をこう呼ぶ)作品だ。
どちらも非常に興味深いコラボレーションとなっている。
「Shiki No Monogatari 四季の物語」
タブラやインド古典舞踊カタックダンスを大胆に取り入れた"Aatmavishwas ーBelieve in Yourselfー"とはうってかわって、日本の四季の要素がふんだんに盛り込まれている曲で、ミュージックビデオの色彩も前作のインド的極彩色ではなく、今の日本っぽいポップな雰囲気を心がけたとのこと。
"Mehbooba"
こちらは「Shiki No Monogatari 四季の物語」とはまったく異なるヒンディー語ヴォーカルのフォーク音楽風のダンスチューン。
現時点で公開されているのはリリックビデオのみだが、ミュージックビデオも年明けには公開となるようだ。
この2曲について、そしてインドでの音楽活動について、Hiroko Sarahにインタビューした様子をお届けする。
ーまずは少し前になりますが、6月30日にリリースした「Shiki No Monogatari ー四季の物語ー」について聞かせてください。
タブラやカタックダンスの要素を取り入れていた前作とは対照的に和の雰囲気を前面に出していますが、制作のきっかけや内容について教えてください。
「『Shiki No Monogatari 四季の物語』は、『ミスティック情熱』と同じメンバーの 'チーム・ミスティック情熱'(インド人ラッパー Ibex、インド人ミュージックプロデューサー Kushmir、日本人シンガー Hiroko)のセカンドシングルです。
前回同様チル・ヒップホップをベースに、日本の箏の旋律を取り入れたインストゥルメンタル、日本の四季 '春夏秋冬' をテーマにした歌詞、Hirokoの日本語の歌、そして今作でもIbexは日本語でラップしてます」
ーラッパーのIbexは、第一作の「ミスティック情熱」以来、久しぶりに日本語ラップを披露していますが、ますます上達しているようですね。
「Ibexとは"Mystic Jounetsu", "Aatmavishwas ーBelieve in Yourselfー"に続き3曲目のコラボになります。『四季の物語』でのIbexの日本語ラップの発音は前作からさらに上達して、日本のファンや友人たちも驚いていました。Ibex本人の努力の賜物ですね。
作詞にとりかかる前にまず、日本の春夏秋冬それぞれのイメージをIbexに説明しました。インドにも一応季節はありますが、日本とはまた違うイメージなので。日本の四季の美しさや趣をどう表現するかが『四季の物語』のテーマでした」
ー他の参加ミュージシャンについても教えてください。
「ミュージックプロデューサーのKushmirが作る楽曲は、エレクトロニック、ダウンテンポ、チルホップなどのジャンルに大きく影響されていて、ドリーミーでトリッピーな楽曲が彼のシグネチャースタイルです。
彼は"10th Dada Saheb Phalke Film Festival-2020"で 'ベスト・ミュージックビデオ・アワード' も受賞した、才能あふれるミュージックプロデューサーなんですよ」
これがその受賞作品。
Hirokoさんとの共演のイメージを覆す、トランスっぽいエレクトロニック・ミュージックに驚かされる。
クラブミュージックにインドの要素が取り入れられることは珍しくないが、欧米や東アジアのトランス・アーティストの場合、インド的な味付けは、スピリチュアルな雰囲気を出すための道具として使われる場合が多い。
それに比べると、この作品が持つ、インド的でありながらも日常と地続きのサイケデリアは非常に新鮮だ。
インドから新しいセンスと才能が着実に育っていることを感じさせられる。
ー今回は、日本の四季がテーマですが、ムンバイに暮らしていて季節の移り変わりを感じるのはどんなときですか?
「ムンバイはインドの中では比較的穏やかで温暖な気候ですが、やはり季節の移り変わりはあります。短い春、酷暑の夏、雨季、セカンドサマー、冬といった感じですね。
道端で売られている野菜やフルーツで、新しい季節が来たことを感じられます。マンゴーやリーチ(ライチ)、グアバ、イチゴ、赤いにんじんなどを見かけると、もうこの季節が来たかー!と思います。
モンスーンシーズン(雨季)が始まる前の空気のにおい、モンスーンシーズンが終わる頃の雷、気温が下がる冬の夜に街で皆がニット帽をかぶったりたき火で暖を取っていたりと、こういったところでも季節の移り変わりを感じます」
ーさて、今回リリースした"Mehbooba"ですが、こちらはうってかわってラージャスターン音楽とのコラボレーションですね。
こちらの制作の経緯は?
それから、今回共演している「マンガニヤール」の方たちについて教えてください。
「"Aatmavishwas ーBelieve In Yourselfー"では北インド古典音楽とのフュージョンでタブラー奏者とコラボしましたが、次はラージャスターン音楽とのフュージョンが良いなと考えていました。
2011年から、私はラージャスターニーダンスを学ぶため、ジャイサルメールの師匠 故・Queen Harish jiのもとに通っていて、ジャイサルメールやムンバイでのHarish jiのコンサートに出演させていただき、その時に現地のアーティストコミュニティであるマンガニヤールのミュージシャン達とも共演しました。
"Mehbooba"でコラボしたSalim Khan率いるJaisalmer Beatsも、ジャイサルメールを拠点に活動するマンガニヤールのミュージシャン達です。
SailmとJaisalmer Beatsメンバーは、日本でもパフォーマンスをしたことがあるんですよ。
しかし、インドもコロナでコンサートができなくなり、音楽で生計をたてている彼らにとっては厳しい時期が続き、私や日本の友人たちで彼らを支援しました。コロナが落ち着いてきた昨年、Salimとコラボ楽曲を作ろうという話が盛り上がり、ジャイサルメールから3人のミュージシャンをムンバイに招いて、レコーディングと撮影を行いました」
Hiroko曰く、「"Mehbooba"は、Jaisalmer Beatsが奏でるラージャスターニー・フォークとエレクトロニックなサウンドが融合したフォークトロニカ」。ハルモニウム(鍵盤楽器)、ドーラク(打楽器)、ラージャスターンの伝統楽器モルチャング(口琴)、バパング(弦楽器)、カルタール(打楽器)といったインド楽器がとても印象的に使われている。
当初はもっとEDM寄りのアレンジがされていたようだが、生楽器の良さを活かすために、このアレンジに落ち着いたという。
Hirokoが敬称のjiをつけて呼んでいるQueen Harishは、2019年に交通事故で急逝したラージャスターニー・ダンスの名ダンサー。
男性として生まれた彼(彼女)が、女型のダンサーとして活躍するようになった経緯は、パロミタさんの翻訳によるこの生前最後のインタビューに詳しい。
これは彼女がボリウッド映画にダンサーとして出演したシーンの映像だ。
男性として生まれた彼(彼女)が、女型のダンサーとして活躍するようになった経緯は、パロミタさんの翻訳によるこの生前最後のインタビューに詳しい。
これは彼女がボリウッド映画にダンサーとして出演したシーンの映像だ。
Jaisalmer Beatsの活動は、メンバーのSalimのYouTubeチャンネルで見ることができる。
ー歌詞の内容はどういったものですか?
「この曲はヒンディー語のラブソングで、タイトルの"Mehbooba"はヒンディー語で『最愛の人』という意味です。インド映画の楽曲のように、互いを想い合う男女の掛け合いの歌詞になっています。まずSalimが男性パートを作詞して、男性パートの歌詞にアンサーするような形で女性パートの歌詞を私が作詞しました。古き良きインド映画からヒントを得た歌詞も入れています。
ジャイサルメールを拠点とするイスラム教徒であるSalimは、ウルドゥー語やパンジャーブ語交じりのヒンディー語で作詞し、歌うので、私もそれに合わせてウルドゥー語の言葉を多用しています。ウルドゥー語は言葉の響きが美しく、愛の詩に相応しい言語のひとつです。
YouTubeの字幕で日本語歌詞も見られますので、チェックしてみてください。
今回はまずオーディオとリリックビデオをリリースしましたが、ジャイサルメールのシーズンが始まったら、現地に行って映像・ダンスありのミュージックビデオを撮影してきます。お楽しみに!」
ーこれまでの曲と違って、歌い回しがかなりインド風というか、独特ですが、作曲したり、歌ったりするにあたって難しかった部分はありましたか?
「そうなんです。Salimがこぶしの効いたフォークシンガーなので、曲の流れで違和感が出ないように気を付けたのと、ヒンディー語の先生と一緒に歌詞の発音を何度も練習したおかげかなと思っています。長く練習していた甲斐あって、先生には 'Hirokoの発音パーフェクト' のお墨付きをいただきました!」
ー最近ではパフォーマンスの機会も増えているそうですね。
「はい、日印国交樹立70周年の今年は、たくさんの日印文化交流イベントや日印ジョイント・ベンチャーの企業イベントに呼んでいただいて、Ibexと一緒にステージパフォーマンスをしています。今後も来年までパフォーマンスの予定がいくつか入っています。
2019年に『ミスティック情熱』をリリースした頃には、インドでは英語や日本語ラップよりヒンディー語の歌やラップの方が断然ニーズが高かったのですが、日印文化交流・日印JVの企業イベントでは日本語か英語の歌を求められることが多く、中には 'ヒンディー語やパンジャーブ語の歌は無しで' というリクエストまであるんです。
これまで世間のニーズを気にせず、自分たちの作りたいように日本語・英語ソングを作ってきて良かったなぁと思いました。
もちろん、クライアントさんからヒンディー語ソングのリクエストがあれば対応できます。
今後も、日本語・英語・ヒンディー語と、あらゆる場面でパフォーマンスできるようなバラエティーに富んだ楽曲を作っていきます」
ームンバイのローカルのラッパーたちのプロデュースも続けていますね。
「ムンバイのWadala、Chembur、Govandiのスラムエリアの子供たちの支援を日本のNGO『光の音符』さんとともに以前から支援していますが、その中でラップ好きな男の子たち(Street Sheikh、Revelほか)がラッパーとしてデビューし、楽曲・MVを制作するプロジェクトのサポートもしています。彼らと一緒に結成したストリートヒップホップクルー「Hikari Geet」(Geetはヒンディー語で歌)のYouTubeチャンネルでは、彼らのミュージックビデオを公開しています。
彼らもどんどんラップが上達してアーティストらしくなってきていて、これからますます楽しみです」
ー今後の活動の予定などを聞かせてください。
「今後も、日印文化交流イベントやカレッジフェスティバルなどでのステージパフォーマンスの予定がいくつか入っています。
また、新曲プロジェクトも複数進行中です。マンガニヤールのSalim達とのコラボ第二弾、Ibexとの日印コラボ楽曲2曲(うち1曲はヒンディー語・日本語ミックス)、Hirokoソロのヒンディー語楽曲、Hikari Geetラッパーたちとのコラボなどなど。ソーシャルメディアやYouTubeなどでも最新情報をアップしますので、これからもチェックしてくださいね!」
Hirokoの楽曲を通して、インドの様々な文化やアーティストの様子が垣間見える。
IbexやKushmirのような現代的なアーティストからJaisalmer Beatsのような伝統音楽の演奏家まで、時代も地域もさまざまなスタイルが混ざり合っているのが、いかにも今のインドらしい。(前作の"Aatmavishwas ーBelieve in Yourselfー"では古典音楽のタブラ・プレイヤーとも共演している)
彼女自身も「日本人カタックダンサー」という越境アーティストだが、「Shiki No Monogatari 四季の物語」では、Ibexが日本語でラップすることで、逆に日本的な要素を表現しているのも面白い。
音楽には、時代も地域も言語も、さえぎるものはなにもないのだということを改めて感じさせられる。
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2022年10月08日
サイケデリックだけじゃない! ーインド古典音楽meets電子音楽ー さらに広がる印DMの世界
最近つくづく思っていることがある。
それは、「インド音楽って、何にでも合う」ってことなんである。
「何言ってんの、あらゆる料理にマサラを入れたほうが美味しくなるって思ってるインド人じゃあるまいし」と言われそうだが、実際、合うものは合うのだからしょうがない。
話すと長くなるので、興味のある人はリンクを辿っていただきたいが、インドの古典音楽/伝統音楽は、ロック、ヒップホップ、ジャズ、メタルと、あらゆるジャンルと融合することが可能な魔法の音楽なのである。
ロックや電子音楽の世界では、インド音楽(含むマントラ等の宗教的な詠唱)は、古くからサイケデリックやスピリチュアルを表現する記号的な役割を担ってきた。
ビートルズのジョージ・ハリスンみたいなそれなりのリスペクト込みのやつもあれば、雰囲気だけの文化の盗用みたいなやつもあったと思う。
1990年台以降になると、古典音楽/伝統音楽はTalvin SinghやKarsh Kaleといった在外インド人アーティストによってドラムンベースなどのクラブミュージックと融合し、新たな方向性を獲得した。
'Buddha Bar'をはじめとするアンビエント系のコンピレーション盤で、インドの古典楽器が入ったエスニックなサウンドがもてはやされていたのもこの頃だ。
近年では、Ritvizらによってインド的かつEDMポップ的なスタイルが定着し、新たな潮流が生まれている。
インド系アーティストによるインド的かつオリジナルな電子音楽を、私は勝手に印DMと名づけ、地道に布教活動を続けてきた。
(ラジオでも話したことがあるが、残念なことにファン層が広がっている気配は全くない…)
まあとにかく、「インド音楽+電子音楽」という組み合わせは、かつてはトランスやアンビエント、最近ではインド的EDMポップという方向性が定番だったのだけど、ここに来て、オーセンティックなテクノ・サウンドと古典声楽を融合している面白いアーティストを見つけてしまった。
そんで、それがまた非常にかっこよかったので、今回改めて紹介する次第なんである。
彼の名前はBlu Attic.
まずは、北インドの古典であるヒンドゥスターニー音楽の声楽とテクノを融合したこの曲を聴いてみてほしい。
Blu Attic "Jhanak Jhanak"
ぐねぐね曲がったトランスのサウンドならともかく、直線的なテクノと古典音楽は合わないんじゃないかと思っていたが、この素晴らしい融合っぷりに脱帽!
電子音楽は全く詳しくないのだが、あまり硬質な音を使わずに、柔らかめの音でまとめているところがポイントだろうか。
男声ヴォーカルを起用したこの曲も非常にかっこいい。
Blu Attic "Mil Jaa Na"
古典声楽のうねるような旋律やたたみかけるような歌い回しが、エレクトロニック・ビートと絡み合って高揚感を増幅させているのが見事!
Blu AtticことAniket Jainは、デリー出身のアーティストで、インターネット上に楽曲を発表し始めたのは2021年からとごく最近のようだ。
苗字を見る限り、彼は厳格な菜食主義で知られるジャイナ教徒の可能性がある。
派手さを抑えて、着実なビートでグルーヴで作るそのスタイルは、インドの宗教のなかでもとりわけ禁欲的な彼の信仰から来ているのだろうか(といったようなステレオタイプなイメージを結びつけて書くのは本当はあまり好きではないのだが、彼については書ける情報がほとんどないので、つい書いてしまった)。
オリジナルの楽曲もさることながら、古いボリウッドの曲のリミックスがまたびっくりするくらい素晴らしい。
Lata Mangeshkar "Aa Jane Jaa"(Blu Attic Remix)
原曲は"Aa Jane Jaan"(最後にnが入る)というタイトルで、生涯で50,000曲もの楽曲をレコーディングしたと言われる伝説的プレイバックシンガーLata Mangeshkarが1969年のヒンディー語映画"Intaqam"で歌った曲。
Asha Bhosle "Jab Andhera Hota Hai"
こちらの原曲は1973年のボリウッド映画"Raja Rani"からの楽曲で、歌っているAsha BhosleはさきほどのLata Mangeshkarの妹。
Blu AtticはまだサブスクやYouTubeでの再生回数も少ない知る人ぞ知るアーティストだが、この個性はもっと評価されてほしいところ。
それにしても、50〜60年前のヒット曲をなんのためらいもなくテクノにアレンジしてしまうという発想と、それをかっこよく仕上げるセンスには恐れ入る。
調べてみると、彼の他にもインド音楽と電子音楽の面白い融合しているアーティストはいて、
例えばこのTech Panda & Kenzaniという二人組。
彼らもニューデリー出身のアーティストで、Tech Pandaのほうは幼少期はタブラを習っていたと言うから、古典音楽/伝統音楽と電子音楽の両方が染み付いているのだろう。
このChidiyaはバーンスリー(横笛)と声楽をテクノ/EDM的なサウンドと融合させている。
Tech Panda & Kenzani "Chidiya"
バーンスリーの幻想的な音色がエレクトロニックなビートに独特の浮遊感を加えているのが素晴らしい。
アンダーグラウンドな存在ではあるが、かなりの人気があるようで、この"Khoyo"はYouTubeで100万回以上再生されている。
Tech Panda & Kenzani "Khoyo"
タール砂漠が広がるラージャスターンの映像が美しいが、ラージャスターンといえばこんなコラボレーションもある。
インドでは珍しいハウスDJのHamza Rahimtulaも伝統音楽と電子音楽の融合に取り組んでいて、このDJセットではラージャスターンの伝統楽器と共演している。
Hamza Rahimtula + Rajasthan Folkstars
ラージャスターン音楽とエレクトロニック・ビートの融合という意味では、近日中にまた面白い楽曲を紹介予定なので、ぜひ聴き比べてみてほしい。
ここまで紹介してきた音楽は、電子音楽のアーティストが古典音楽を融合した例だが、例えばこんなふうに古典声楽の歌手がドラムンベースっぽいビートを導入していたりもするので、やっぱりインドは一筋縄ではいかない。
Vagyakaar "Naadan Jiyara"
彼らが等しく追求しているのは、電気的に作られた音であろうと、人間の喉や楽器が発する音であろうと、いかに心を高揚させ、別世界に誘ってくれるかということだろう。
音楽をついジャンルに分けて考えてしまいがちな日本の我々にとっては、彼らのオープンマインドすぎる姿勢はすごく刺激になるなあ、と自戒の念を込めながら思っている。
インド系クラブミュージックはかっこいいやつがたくさんあるのでぜひまた紹介したい。
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