2022年04月

2022年04月27日

突然変異? プログレッシブ・ドリームポップ Coral と Ruhdabeh


インドのインディーミュージックシーンは、その歴史の浅さに反してかなり多様である。
文化の多面性や爆発的な成長の勢いが、そのままシーンに反映されているのだ。
インドには、自分たちの伝統と西洋音楽を巧みに融合した「フュージョン」スタイルのアーティストもいれば、言われなければ南アジアのバンドだと全く気がつかない洋楽的なポップスを演奏しているアーティストもいる。
そのなかには、洋楽風ではあるが欧米にもなかなかいないような、ユニークな音楽をやっている人たちもいる。

今回特集するのは、まさにそういう突然変異的なアーティストたちで、あえてジャンル分けするならば「プログレッシブ・ドリームポップ」と呼べるようなアーティストを2組紹介したい。

まず1組目は、ムンバイを拠点に活動しているThe Second Sightだ。
もともとフォークっぽい音楽を奏でる男女2人組として出発した彼らは、今では4人編成のバンドとなり、それに合わせて音楽性もますます複雑化。
最近ではメディアにオルタナティブ・ソウル/R&B/フォーク/ジャズ・フュージョン・グループという全部盛りラーメンみたいな肩書きで呼ばれる存在となった。

例えば昨年11月に発表した彼らの現時点での最新アルバム"The Coral"収録の"Poison"はこんな感じだ。



浮遊感のあるメロディーやハーモニーはドリームポップっぽいのだけど、途中で複雑なリズムアレンジやドラマチックな展開があるところはプログレッシブ・ロック的。
それでも全体の質感はあくまでフォーク風の心地よさを持っているという、なんとも不思議なサウンドだ。

かと思えば、この"Fragile"ではベルベットのようにスムースなジャズポップを披露する器用っぷり。


変幻自在な音楽性を見せる今作のテーマは、気候変動、同性愛嫌悪(に対するプロテストということだろう)、ソーシャルメディア上の争い、メンタルヘルスと幅広く、メンバー以外にもRANJ(ベンガルールを拠点に活動する女性シンガー)、Warren Mendonsa(Blackstratbluesの名義で活躍するムンバイのギタリスト)、Princeton(ムンバイのラッパー)らが参加している。

個人的には、もうちょっとエッジの立った音色にしたほうが、さらに個性が際立ってかっこいいように思うのだが、いずれにしても彼らが唯一無二の音楽性を持つ面白いアーティストなのは間違いない。
彼らがこれからインド国内で、そして海外で、どんなふうに評価されてゆくのか、非常に楽しみな存在である。


続いて紹介するアーティストはRuhdabeh.
バンドではなく、ソロの女性シンガーだ。
この不思議な響きのアーティスト名は、10〜11世紀に成立したぺルシアの叙事詩『シャー・ナーメ』に登場する姫(ルーダーベ)の名前のようだが、今でも一般的に使われている名前っぽいので、単にファーストネームをそのまま使って活動しているのかもしれない。

彼女の柔らかくも一筋縄ではいかない音楽センスは、たとえばこの"Of Love"を聴いてもらえばすぐに分かるだろう。
 


彼女もムンバイを拠点に活動していて、2022年の2月にファーストEP"Dissonance and Peace"をリリースしたばかり。
プロフィールによると、Phoebe Bridgers, The Japanese House, Troye Sivan, Patrick Wilson, dodie, Lizzy McAlpine, AURORA, Billie Eilish, Mitski, Bruno Major, Billie Marten  Simon & Garfunkel, Adele, Harry Stylesらの非常に多様なアーティストからの影響を受けているそうで、正直にいうと彼女が名前を挙げたアーティストを半分も知らないが、この夢見心地なサウンドはそれだけ複合的なバックグラウンドから生まれているということなのだろう。

このアルバムの収録曲では、叙情的な美しさをたたえたこのフォークポップもなかなか素晴らしい。
"feels like eternity".


以前も書いたとおり、インド国内で洋楽的サウンドの英語ポップスを歌っているアーティストは、ローカル言語で歌うアーティストに比べて苦戦している傾向がある。
英語が得意な人が多いインドでも、やはりポピュラー音楽は母語で聴きたいという人が多いのだろう。(このあたりの事情は、日本とも似ているのかもしれない)
彼女たちのような洋楽的な個性は、むしろ海外のマーケットでこそ評価される可能性を秘めていそうだ。
問題は、こうしたサウンドを好む海外のリスナーが、なかなかインドのアーティストまでチェックしないということで、Ruhdabehなんて、Spotifyの再生回数はまだ1,000回以下だし、YouTubeでの再生回数はたったの数十回だ。
いくらなんでも、ちょっともったいなさすぎる。
世界が彼女たちの存在に気づいた時に、「遅いよ!」と言える日が来るのだろうか。
別にそう言いたくてインドのアーティストを推してるわけじゃないんだけどさ。




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goshimasayama18 at 22:48|PermalinkComments(0)インドのロック 

2022年04月18日

インドに音楽フェスが帰ってきた!

春の訪れとともに、インドに音楽フェスが帰ってきた。

思えば二年前の今頃、インドは新型コロナウイルスによるロックダウンの真っ最中だった。
長かったコロナ禍は昨年5月ごろにピークに達し、多くの人が亡くなった。
とくにデリーの状況は深刻で、現地に家族が暮らしているインド人の知人も、何人もの親類を失ったと嘆いていた。

そして2022年、春。
世界はまだまだ新型コロナウイルスを克服したとは言えないが、それでもインドに音楽フェスが戻ってきた。
2022年3月2日にインド政府が新型コロナウイルス流行にともなう規制を全面的に撤廃。
春の訪れを告げる「色彩の祭」ホーリーでは、コロナ禍前から近年の定番となっているEDMに合わせて色のついた粉をぶっかけあうスタイルのフェスティバルがいくつも開催された。
その中でもっとも華やかだったのが、インド系アメリカ人のEDM界のスーパースター、KSHMRを招聘してバンガロール、デリー、ゴア、プネーの4都市で行われたSunburn Festivalだろう。



(2022年4月24日追記。Sunburn Holiのオフィシャル・アフタームービーがYouTubeにアップされたので貼っておく。この映像ではKSHMRがインド人シンガーArmaan MalikとK-PopシンガーのErik Namと共作した"Echo"が使われている)




ワクチン接種や健康状態の確認など、一応の感染防止対策は行われていたようだが、会場の様子は完全にコロナ前同様!

ゴアのステージには、3月にリリースした"Lion Heart"でコラボレーションしたDIVINEとの共演も実現して、大いに盛り上がったようだ。




そして、都市巡回型フェスティバルNH7 WEEKENDERも、この春から各地で再開。
プネー、ゴア、ハイデラーバード、ジャイプル、ベンガルール、チャンディーガル、チェンナイ、シロン、グワハティ、コルカタ、ムンバイの各地で久しぶりの音楽フェスが行なわれた(いくつかの会場は、これからの開催)。

下の動画は、プネー会場のアフタームービー。




こちらもすっげえ楽しそう。
出演は、Prateek Kuhad, Raja Kumari, Ritviz, Seedhe Maut, When Chai Met Toast, Kayan, Lifafaら、インドのインディーズ・シーンを代表するアーティストたち。
このNH7 Weekenderは、コロナ禍前なら海外のビッグネームも招聘されていたフェスだが、昨今の状況から、今年は2021年の日本のフジロック同様、国内のアーティストのみで開催された。
やむを得ない事情とはいえ、インドでも国内のインディーズ系アクトだけでこの規模のフェスが開催できるようになったと思うと感慨深いものがある。
(インドにおける「インディペンデント」の定義は難しいが、ひとまずは映画音楽を主戦場にしていないという意味に捉えてほしい)

2日間にわたって開催されたプネー会場は5つのステージで構成され、うち1つはコメディアンが出演するステージなので、音楽系は4つ。
両日ともトリの時間帯には2つのステージが同時並行で行われ、初日のトリはシンガーソングライターのPrateek KuhadとデリーのラップデュオSeedhe Maut, 2日目のトリは「印DM」のRitvizとシンガーのAnkur Tewari(彼だけはボリウッドでの活躍も目立つアーティストだが)が努めた。



初日のトリのPrateek Kuhadはオーディエンスも大合唱。
映画音楽じゃない歌でここまで盛り上がっているインド人を見るのは意外かもしれないが、インドの音楽マーケットは確実に新しい時代に突入しつつあることを感じさせられる。
ケーララのフォークポップバンド、When Chai Met Toastのステージも大いに盛り上がっている



渋いところでは、ムンバイMahindra Blues Festivalも今年は国内のアーティストのみで開催。
かつてはバディ・ガイやジョス・ストーンらのビッグネームが出演したこのフェスも今年は国内勢のみでの開催で、メガラヤ州シロンのSoulmateやコルカタのArinjoy Sarkarらがインドのブルース・シーンの底力を見せつけた。


インドのブルースシーンについては、この記事で詳しく紹介している。



最近のインドのいろいろな映像を見る限り、フェスだけでなく、コロナ前の日常が完全に戻ってきているようだ。
日本みたいにまだまだマスクをして気を遣いながら生活をするのが正しいのか、それともインドみたいに割り切って何事もなかったように暮らすのが正解なのか、絶対的な答えは誰にも出すことができないが、二年前の状況を思うと、インドの人たちがここまで思いっきり楽しめるようになったということになんだかぐっと来てしまう。

命を大事に、というが、英語のLifeは命だけじゃなくて人生や生活という意味もある。
感染防止ばかりに気を取られて、生活を楽しむことや一度きりの人生の貴重な時間を無為に過ごすのも考えものだと思う。
(ところで、インドの諸言語だと命と人生と生命は同じ言葉なのだろうか、違うのだろうか)
ここまで振り切って楽しむことができるインド人が正直ちょっとうらやましく思えてしまうのは私だけではないだろう。 

ああー、余計なこと考えずに、音楽を思いっきり楽しみてえなあー。


インドの音楽フェス事情はこちらの記事もご参照ください。








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goshimasayama18 at 21:36|PermalinkComments(0)フェスティバル 

2022年04月16日

アトロク出演!「インドのヒップホップ スタイルウォーズ」

先日4月13日(水)に、TBSラジオの「アフター6ジャンクション」こと通称アトロクに出演してきました。
今回のテーマは「インド・ヒップホップのスタイルウォーズ」。
こんな日本国内で興味を持っているのはほぼ自分一人なんじゃないか、みたいな内容を特集してくれて、公共の電波に乗せてしゃべらせてもらえるっていうのはもう本当にありがたい限りです。

 アトロクに声をかけていただいたのは昨年6月の「ボリウッドだけじゃない!今、世界で一番面白いのはインドポップスだ!」特集に続いて二度目。
今回も8時台の「ビヨンド・ザ・カルチャー」のコーナーで、たっぷりと語らせてもらいました。
それにしても、自分みたいなヒップホップの知識の薄くて浅い人間が、あの宇多丸さんの前でヒップホップを語るっていうのは毎度冷や汗が出る。

個人的には、宇多丸さんが「普通にかっこいい曲が多かった」と言ってくれたのが感慨無量でした。
「インドのヒップホップ」っていうと、イロモノ的音楽ジャンル、あるいは社会学or文化人類学的案件(アメリカの黒人文化が南アジアでどう受容/実践されているか的な)として扱われがちななかで、日本におけるヒップホップカルチャーの生き字引的な宇多丸さんに「音楽として」という部分で評価してもらえたというのは、紹介者としてめちゃくちゃうれしかった。

というわけで、今回は、BGMとして流れた曲も含めて、番組では分からなかった面白い&かっこいいミュージックビデオ(曲によるが)とともに改めて紹介。
カッコ良かったり、インド的クールネスに溢れていたりする楽曲とミュージックビデオの世界観を楽しんでもらえたらと思います。


MC STAN "Insaan"

インドのヒップホップ新世代を代表するラッパー。
この「弱々しさ」をかっこよさとして見せる感覚はインドでは完全に新しい。
SFなんだかファンタジーなんだかわからないこの感覚も、わかりやすいヒップホップが多かったインドでは斬新すぎるくらい斬新。
ちなみにタイトルの意味は「人間」とのこと。


MC STAN "How To Hate"

アトロクではBGMとしてかかった曲。
トラックも自ら手掛けるMC STANの最新アルバム"INSAAN"は全曲オートチューンがかかった現代的ヒップホップ 。
まさにふつうに「今」だし、かっこいい。


Punjabi MC (Ft. Jay-Z) "Beware of Boys (Mundian To Bach Ke)"

全てはここから始まった。
インド系イギリス人のPanjabi MCは、自らのルーツであるパンジャーブ州の伝統音楽バングラーをヒップホップ的に解釈したこの曲で1998年に一発屋的にブレイク。
一時期世界的に流行したバングラー・ビートは、インドに逆輸入されて、今日に至るまで売れ続けているパーティー系ラップミュージックの基礎となった。
2003年にはJay-Zがリミックスしたこのバージョンはバングラーブームの世界的到達点だった。


Seedhe Maut Feat. MC STAN "Nanchaku"

この曲もBGMとしてかかった曲で、とくに紹介しなかったけど、トラップを取り入れた新感覚インド・ヒップホップを象徴する名曲。(これまた普通にかっこいい)
世界中のラッパーが取り入れている三連を基調にしたフロウをヒンディー語のラップに導入。
インドのヒップホップシーンの中で、言葉をラップに乗せる技法が猛烈な勢いで進化していることを感じる。
Seedhe Mautはデリーのラップデュオ。
歯切れの良い二人のラップと、フィーチャー参加のMC STANとのマンブルラップ的スタイルの違いも楽しめる(どっちもスキル高い)。


Badshah, Aastha Gill "Abhi Toh Party Shuru Hui Hai"

インドでいわゆるストリート的なヒップホップが認知される前の時代、ラップはインドではエンタメ的ダンスミュージックとしてもてはやされていた。
この曲は2014年のボリウッド映画に使われた曲で、YouTubeで6億再生!
BadshahはYo Yo Honey Singhと並んでエンタメ系ラップを代表するアーティストの一人。
いつもヒップホップを「抑圧された人々の声なき声を届ける音楽」みたいな切り口で紹介しがちになってしまうが、パーティーミュージックや拝金主義だってこのジャンルを形成する大事な一要素なわけで、このチャラさもきちんと評価したい(ような気もする)。



MC Altaf "Code Mumbai 17"

2010年代後半に勃興したムンバイ発のストリートヒップホップ「ガリーラップ」(Gullyはヒンディー語で狭い路地を表し、すなわちストリートの意)を代表する曲のひとつ。
2019年の曲だが、宇多丸さん曰く「1997年くらいの音」。まさに。
17(ヒンディー語で「サトラ」と読む)はムンバイにあるアジア最大のスラム、ダラヴィの郵便番号。
日本で言うとOzrosaurusが提唱していた横浜の「045エリアみたいな」という話になったので、以前から思っていた「"AREA AREA"と繋げたらいい感じになりそう」と言ったら、宇多丸さんが「めっちゃ合う!」ってリアクションしてくれたのはうれしかったな。
この曲ね。
このビートとラップの感じ!
2001年のヨコハマの日本語ラップと2019年のムンバイのヒンディー語ラップが邂逅するこの奇跡!



Rapperiya Baalam feat. J19Squad, Jagirdar RV, Anuj "Raja"

「インド各地・各言語のラップを紹介!」というコーナーの最初にBGMでかかった曲。
インド西部の砂漠が広がるラージャスターン州のヒップホップ。
ローカル色あふれる移動遊園地みたいなところを練り歩くラッパーたちが最高。
着飾ったラクダの上に民族衣装で得意げにまたがるRapperiya Baalamは、ロウライダーをこれ見よがしに乗り回すウェッサイのラッパーのインド的解釈(のつもりはないだろうが、意味的には同じだと思う)。


Brodha V "Aatma Raama"

インドにおけるヒップホップ黎明期である2012年に、南インドのIT都市ベンガルールのラッパーBrodha Vがリリースした曲。
インドのヒップホップは本家を真似た英語ラップから始まった。
この曲は、不良の道からヒップホップに出会って更生したことと、ヒンドゥー教の神ラーマへの祈りがテーマになっていて、つまりクリスチャン・ラップならぬヒンドゥー・ラップというわけだ。
アメリカ文化のインド的解釈が秀逸で、かつ曲としてもかっこいい。
Brodha Vはこのブログで最初に紹介したラッパーでもある。


Rahul Dit-O, S.I.D, MC BIJJU "Lit Lit"

こちらは同じベンガルールだが、地元言語カンナダ語のラップ。
サウス(南インド)の言語は、単語の音節が多いという特徴からか、こういうマシンガンラップ的なフロウのラッパーが多いという印象がある。


Santhosh Narayanan, Hariharasudhan, Arunraja Kamaraj, Dopeadelicz, Logan "Semma Weightu"

続いて南インドのタミルナードゥ州の言語、タミル語のラップを紹介。
この曲は『ムトゥ 踊るマハラジャ』で有名なタミル映画のスーパースター、ラジニカーントが主演した2018年の映画"Kaala"に使われた曲。
映画のストーリーは、ムンバイ(マハーラーシュトラ州というところにある)のスラム街のなかのタミル人コミュニティが、ヒンドゥー・ナショナリズムや地元文化至上主義の横暴に対して立ち上がるというもの。
マサラワーラーの武田尋善さんが以前言っていた「ラジニカーントはタミルのJBみたいなところがある」という説を軸に紹介したんだが、この曲のラジニは、街のB-BOYたちを「若いやつらもなかなかやるね」と見守る、まさにゴッドファーザー・オブ・ソウルの貫禄。
ファンク的なサウンドとともに、ブラックパワー・ムーブメントとの共鳴を感じる。
あとラジオでは言い忘れたけど、この曲(というか映画)で、ヒンドゥーとムスリムなど、異なる信仰・文化を持った人たちのスラムでの共生が、ナショナリズムと対比して描かれているところは特筆すべきところだ。



Cizzy "Middle Class Panchali"

番組ではBGMに合わせて紹介した、インド東部の都市コルカタのラップ。
ベンガル語を公用語とするこの街は、アジア人初のノーベル賞受賞者である詩人のタゴールや、あの黒澤明が「彼の映画を見たことがないのは、この世で太陽や月を見たことがないのと同じ」と評したという往年の名監督サタジット・レイを輩出した文化都市としての一面も持っている。
さらには、古典音楽の中心地のひとつでもあり、イギリス統治時代には首都が置かれていた、西洋と東洋が交わる街という歴史も持つ。
ジャジーで落ち着いたビートにやわらかなベンガル語のラップが乗るこの曲は、まさにコルカタのそうした歴史にふさわしいサウンドだ。


Hiroko & Ibex - Aatmavishwas "Believe in Yourself"
ここからインドの古典音楽/伝統音楽とヒップホップの融合、というコーナー。
番組でもちょっとだけ触れましたが、この曲はムンバイ在住のインド古典舞踊カタック・ダンサーで、シンガーとしても活動しているHiroko Sarahさんが地元のラッパーIbexと共演している曲。
Hirokoさんはインドの古典舞踊に出会う前、日本に住んでいたときはクラブで踊りまくってたそうで、インド人ではないけれど、インド古典と西洋音楽を融合している人。
この曲は、タブラ奏者が口でリズムを表現(bolという)した後、同じリズムをタブラで叩くソロパートや、レゲエをルーツに持つIbexのダンスホール的なフロウのラップも聴きどころ。


Viveick Rajagopalan feat.Swadesi  "Ta Dhom"

南インドの古典音楽パーカッショニストViveick Rajagopalanが、古典のリズムと現代音楽の融合を試みたBandish Projektの曲。
ムンバイのストリートラップデュオSwadesiとの共演で、南インド古典音楽のリズムが徐々にラップになってゆくという妙味が味わえる。
古典音楽という確立した伝統を持つ世界のアーティストが若いラッパーと共演したり、ヒップホップというインドではまだ新しいジャンルのアーティストが自分たちの伝統文化との融合を意識したり、インドのヒップホップシーンははヨコ軸(ヒップホップ的スタイルの違い)とタテ軸(自分たちの歴史)どちらの多様性も広がっているところが面白い。

この曲を紹介するときに引用させてもらった「西のベスト、東のベスト」が融合している、というのは、このRHYMSTER feat.ラッパ我リヤの『リスペクト』から。



Young Stunners, KR$NA  "Quarentine"


最後に紹介したのはこの曲。
パキスタンはカラチのラップデュオ、Young StunnersとデリーのベテランラッパーKR$NAが、インド全土がCOVID-19のためにロックダウンしていた2020年にコラボレーションしてリリースされた"Quarantine"だ。
ご存知のようにインドとパキスタンは歴史的な経緯や領土問題で対立関係にあり、核ミサイルを向け合っている非常に緊張した状況にある。
パキスタンはイスラームを国教とし、インドはヒンドゥー教徒がマジョリティであって、さまざまな考えの人がいるとはいえ、控えめに言っても、両国の国民に融和的な雰囲気が強いとは言い難い(この曲でコラボレーションしているラッパーたちもムスリムとヒンドゥーだ)。

そんな両国間の対立の中、ロックダウンで外出もままならなかったであろう彼らが、おそらくはインターネットで音源のやりとりをしながら作成したのがこの曲だ。
YouTubeのコメント欄には両国のヒップホップファンからの絶賛のコメントが並んでいて、読んでいて胸が熱くなる。

ロシアによるウクライナ侵攻以来、国と国との対立や侵略や市民の殺戮など、殺伐としたニュースが続くが、ヒップホップというサブカルチャー(世界的にはメインカルチャーでは、南アジアではまだサブカルチャーという意味で)が、政治や宗教の対立を超えて、この二つの国のアーティストと国民を結びつけたということに、希望を感じている。



と、いろんなスタイルに溢れたインドのヒップホップを紹介させてもらいました!
番組内でもお伝えした通り、次回があれば、インドの女性ラッパーたちを紹介できたらと思っています。

また出られたらいいなー。


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2022年04月03日

インドで洋楽的音楽をどうやって表現するかという問題



あたりまえすぎる話だが、インドという国は、アメリカやイギリスとは全く異なる文化的背景を持っている。
そんな彼らが欧米で生まれたロックやヒップホップを演奏しようとするとき、「インド人であること」とどうやって向き合っているのだろうか、というのが今回のテーマ。

日本でも、欧米由来のポップミュージックを定着させるために、さまざまな手法が編み出されてきた。
例えば、日本語を英語っぽく発音して歌ったり(矢沢、桑田等)、逆に日本語らしい響きをあえてロックに乗せてみたり(はっぴいえんど等)、普通にロックっぽい服や髪型にしても似合わないので、とことん化粧を濃くして髪の毛を極限まで逆だてることで違和感を逆手に取ってみたり(初期ビジュアル系)といった方法論のことである。
日本と比べてインディペンデント音楽の歴史の浅いインドでは、今まさに、インド的な文化と欧米由来の表現をどう両立させるか、いろんなアーティストがいろんなスタイルを確立している真っ最中。
というわけで、今回は、完全な独断で、彼らの取り組み方を3つに分類して紹介してみます。


分類その1:「オシャレ洋楽追求型」

ひとつめのタイプは、インドらしさと欧米の音楽を無理に折衷しようとしないで、もうとことん洋楽的なセンスを追求してしまおう、というスタイル。
ふだんチャパティーにダール(食事として一般的な豆カレー)をつけて食べている現実をとりあえずなかったことにして、パンにジャムを塗って食べてる欧米とおんなじスタイルでやってみました、という方法論だ。
彼らはたいてい英語で歌っていて、音を聴いただけではインド人だとはまったく分からないようなサウンドを作っている。
インドは英語が準公用語のれっきとした英語圏。
英語で教育を受けている若者たちも多く、やろうと思えばこれができてしまうのがインドの底力でもある。

例えば、毎回超オシャレなミュージックビデオを作るコルカタのParekh & Singh.

Parekh & Singh "I Love You Baby, I Love You Doll"


彼らの顔立ちと最後の農村風景でインドのアーティストであることが分かるが、逆にいうとそれ以外はインドらしい要素はまったくないサウンドと世界観だ。

ムンバイの女性R&BシンガーKayanも、毎回オシャレ洋楽風のサウンドとミュージックビデオを作っている。

Kayan "Cool Kids"



あたり前といえばあたり前だが、この手のサウンドを志向するアーティストはほとんどが都会出身。
おそらくだが、彼らはべつに無理してオシャレぶっているわけではなくて(それもあるかもしれないが)、海外での生活経験があったり、ふだんから欧米的なライフスタイルで生活していたりするために、ごく自然とこうした世界観の作品を作っているのだろう。

クラブミュージック界隈にもこの傾向は強くて、例えば俳優のJim Sarbhを起用したこのApe Echoesあたりは音も映像もかなりセンスよく仕上がっている。

Ape Echoes "Hold Tight"



オシャレとは真逆になるが、ヘヴィメタルもこの傾向が強い。
要はそれだけ様式が確立しているからだと思うのだが、彼らがバイクを疾走させるハイウェイには、間違ってもオートリクシャーとか積荷満載の南アジア的デコトラは走っていない。

Against Evil "Mean Machine"



…と、インド人であることを「なかったこと」にして表現を追求するオシャレ洋楽型のアーティストだが、面白いのは、彼らのなかに、サウンドでは洋楽的な音を追求しながらも、ミュージックビデオではインド的な要素を強く打ち出しているアーティストがいるということだ。

例えば、インドのオシャレ洋楽型アーティストの最右翼に位置づけられるデリーのヴィンテージポップバンド、Peter Cat Recording Co.

Peter Cat Recording Co. "Floated By"


バカラック的なヴィンテージポップを退廃的な雰囲気で演奏する彼らのミュージックビデオは、なぜかインドの伝統的な結婚式だ。
ひょっとしたらインドの伝統とオールディーズ的なポップサウンドは、彼らの中で「ノスタルジー」というキーワードで繋がっているのかもしれない。

ケーララ州出身のフォークポップバンドWhen Chai Met Toastの"Yellow Pepar Daisy"は、「未来から現代を振り返る」という飛び道具的な手法で、懐かしさと現代を結びつけている。

When Chai Met Toast "Yellow Paper Daisy"


無国籍的なアニメを導入したEasy Wanderlingsの"Beneath the Fireworks"でも、サリー姿の女性などインド的な要素が見て取れる。

Easy Wanderlings "Beneath the Fireworks"


この、「音は洋楽、映像はインド」というスタイルは、洋楽的なサウンドとインド人としてのルーツが彼らの中に違和感なく共存しているからこそ実践されているのだろう。



分類その2:「フュージョン型」

次に紹介するスタイルは「フュージョン型」。
洋楽的なサウンドとインドの文化的アイデンティティの融合を図ろうとしているアーティストたちだ。
フュージョンという言葉は、インドの音楽シーンでは伝統音楽と西洋音楽を融合させたスタイルを表す言葉として古くから使われてきた。
現代インドでその代表格を挙げるとするならば、例えば、このブログで常々「印DM」として紹介しているRitvizだ。

Ritviz "Liggi"


EDMにインドっぽい旋律をごく自然に融合させ、ミュージックビデオでも伝統と欧米文化が共存しているインドの今をクールに描くRitvizは、まさに現代のフュージョン・アーティストだ。

ヒップホップでフュージョンスタイルを代表するアーティストといえば、ムンバイのSwadesiをおいて他にない。
彼らは政治的・社会的テーマを常に題材にしながらも、インドの大地に根ざした表現を常に意識しており、さまざまな古典音楽や伝統音楽のリズムとヒップホップの融合を試みてきた。
彼らのSwadesiというアーティスト名は、そもそもインド独立運動の一環として巻き起こった国産品愛用を呼びかける「スワデーシー運動」から取られており、その名前からもインドの社会に根ざしつつ、文化と伝統を大事にするというアティテュードが伝わってくる。
この曲では、古典音楽のパーカッショニストViveick Rajagopalanと共演している。

Viveick Rajagopalan feat. Swadesi "Ta Dhom"


彼らは他にも、イギリス在住のインド系ドラマーSarathy Korwarと共演したり、少数民族ワールリー族のリズムやアートを取り入れて彼らの権利を訴えたり("Warli Revolt")と、常に伝統とヒップホップとの接点でありつづけてきた。
大変悲しいことに、Swadesiのメンバーの一人、MC Tod Fodが24歳の若さで亡くなったというニュースが先日飛び込んできた。(この曲では2:44あたりからラップを披露しているのがTodFodだ)
この曲のリリースは2017年なので、当時、彼はまだ19歳だったということになる。
ヒップホップ黎明期のインドで、あまりにも明確にスタイルを確立していたため、彼はてっきりもっと年上のアーティストなのだと思っていた。
インドは今後のインディペンデント・ミュージック・シーンを担う大きな才能を失った。
改めて彼の冥福を祈りたい。


話を戻す。
エレクトロニカの分野でユニークなフュージョン・サウンドを作り出しているアーティストがLifafa.
彼は「オシャレ洋楽型アーティスト」として紹介したPeter Cat Recording Co.のヴォーカリストでもあり、ふたつのスタイルを股に掛ける非常に面白い存在である。

Lifafa "Wahin Ka Wahin"


イントロや間奏で使われているのは、パンジャーブ地方の民謡"Bhabo Kehndi Eh"のメロディー。
極めて現代的な空気感と伝統を巧みに融合させるセンスはインドならでは。
インドでも世界でも、もっと評価されてほしいアーティストの一人だ。

ロックとインド音楽のフュージョンは、ビートルズの時代から取り組まれてきた古くて新しいテーマだ。
インド人の手にかかると、インドの楽器を導入するだけでなく、ヴォーカル的あるいはリズム的なアプローチが取られることが多くなる。

Pakshee "Raah Piya"


Agam "Mist of Capricorn"


古典音楽への深い理解があって初めて再現できるこのサウンドは、単なるエキゾチシズムでインドの要素を取り入れている欧米のロックミュージシャンには絶対に出せない、本場ならではのスタイルだ。

そして第3の分類は、このフュージョン型の派生系とも言えるスタイル。


分類その3:「ステレオタイプ利用型」

他のあらゆる国でもそうであるように、インドでも、リアルなローカル文化と外国人が求める「インドらしさ」には若干の相違がある。
例えば、よく旅行者が土産物屋で買って着ているような、タイダイ染めにシヴァ神やガネーシャ神が描かれたTシャツを着ているインド人はまずいない。
漢字で「一番」と書かれたTシャツを着ている日本人がいないのと同じことだ。
ところが、タイダイに神様がプリントされたTシャツを作って売っているインド人がいるのと同じように、いかにもステレオタイプなイメージをうまく利用して、海外からの注目を集めているアーティストたちが、少ないながらも存在している。

この方法論に気がついたのは、前回紹介したBloodywoodのミュージックビデオを見ていたときだった。

Bloodywood "Dana Dan"


Bloodywood "Machi Bhasad"


サウンド的にはバングラー的なアゲまくるリズムを違和感なくメタルに融合している彼らだが、よく見るとミュージックビデオはなかなかあざとく作られている。
"Dana Dan"のいかにもナンチャッテインド風の格好をした女性ダンサーとか、"Machi Bhasad"のロケ地はラージャスターンなのに突然パンジャーブのバングラー・ダンサーが出現するところとか、「キャッチーなインドっぽさを出すためには多少の不自然は気にしない」というスタンスがあるように感じられるのだ。
念のため言っておくと、別に彼らのこのしたたかな方法論を批判するつもりはない。
YouTubeのコメント欄を見ると、Bloodywoodのミュージックビデオは外国人による賞賛がほとんど。
他のインドのアーティストのYouYubeのコメント欄が、どんなに洋楽的なスタイルで表現しても、インド人のコメントで溢れているのとは対照的だ。
ステレオタイプは偏見や差別の温床にもなりうるやっかいなものだが、ショービジネスにおいては、分かりやすく個性を打ち出し、注目を集めるための武器にもなり得る。

この方法論を非常に有効に使ったのが、フィメール・ラッパーSofia Ashrafだ。

Sofia Ashraf "Kodaikanal Won't"


彼女はグローバル企業の工場がタミルナードゥ州で引き起こした土壌汚染に対する抗議を世界に知らしめるために、サリー姿でNicki Minajのヒット曲"Anaconda"をカバーするという手法を選んだ(しかもラップとはいい意味でミスマッチな古典舞踊つき)。
ショートカットでタトゥーの入った見た目から判断すると、おそらくSofia Ashrafはサリーよりも洋装でいることが多い現代的(西洋的という意味で)な女性だと思うが、この判断は見事に的中し、このミュージックビデオはNicki Minaj本人がリツイートするなど、大きな注目を集め、抗議活動に大きく寄与した。
おそらく、洋楽っぽいオリジナル曲や、典型的なインド音楽で訴えても、南アジアのローカルな問題が世界の注目を集めることは難しかっただろう。
当時、彼女のラップのスキルはそこまで高くはなかったが、このステレオタイプの利用というアイデアが、成功をもたらしたのだ。


ダンスミュージックの分野では、欧米目線で形成されたインドのサイケデリックなイメージを自ら活用する例も見られる。
ムンバイの電子音楽家OAFFのこのミュージックビデオは、伝統的な絵画を使って全く新しい世界を再構築している。

OAFF x Landslands  "Grip"


映像作家はフランス出身のThomas Rebour.
インド的な映像をあえて外国のアーティストに制作させて、新しい感覚を生み出しているのが面白い。


例を挙げればまだいくらでも紹介できそうなのだけど、きりがないので今回はこのくらいにしておく。
何が言いたいのかというと、グローバリゼーションが進んだ結果、世界が画一化してつまらなくなるのかというと、必ずしもそういうわけではなくて、結局やっぱりそれぞれの地域から、ユニークで面白いものが生まれてくるんだなあ、ということ。
いつも書いているようにインドの音楽シーンは爆発的な発展の真っ最中で、これからもますます面白い作品が期待できそうだ。
もちろん、どのスタイルのアーティストでも、積極的に紹介していくつもりです。



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