2022年02月
2022年02月26日
インドのアーティストたちによるカバー曲 番外編!
「カバー曲を通じて音楽の楽しみ方を提案するサイト」"eyeshadow"に、インドのミュージシャンが洋楽の有名曲など(1曲はボリウッドの人気曲)をカバーした10曲を選んで書かせてもらいました。
音楽業界のそうそうたる顔ぶれのみなさんに混じって声をかけていただき、うれしい限りです。
常々、「インドのインディペンデント・シーンが面白い」ってなことを言っているわけですが、そもそも自分以外でここに注目している人はほぼ皆無なわけで、なかなか興味を持ってもらうことが難しいジャンルなのは百も承知。
インドのインディーミュージックの面白さは、単にサウンド面だけではなく「欧米発のポピュラー音楽やポップカルチャーが、インドという磁場でどう変容するのか(あるいはしないのか)、それがローカル社会でどんな意味を持ち、どう受け入れられるのか」という部分にあると感じているのだけど、そういう目線で考えると、「インドのアーティストがどんな曲をどう解釈してカバーするのか」というのは、すごく意味深いアプローチの仕方だなあと思った次第です。
どうしてこれまで気がつかなかったんだろう。
ともかく、10曲選ぶにあたり、けっこう面白いのに選に漏れてしまった楽曲がいくつかあるので、今回はそういう楽曲たちを紹介します。
Thanda Thanda Pani "Baba Sehgal"
QueenとDavid Bowieが共演した"Under Pressure"をまんまサンプリングしたVanilla Iceの"Ice Ice Baby"を、さらにそのままパクった曲。
タイトルは'Cold Cold Water' という意味で(つまりほぼ意味はない)、歌っているのは「インドで最初のラッパー」Baba Sehgal.
今ではすっかりひとつのカルチャーとして定着しつつあるインドのヒップホップだが、その最初の一歩はこのしょうもない曲だったということはきちんと押さえておきたい。
それにしても、この曲のリリースが1992年というのは早い。
在外南アジア人によるヒップホップムーブメントであるDesi HipHopの象徴的存在だったBohemiaのデビュー(2002年)より10年もさきがけているし、ムンバイのストリートヒップホップ「ガリーラップ(gully rap)」誕生と比べると25年近く早いということになる。
この曲はインドのポピュラーミュージック史におけるオーパーツみたいな存在なのだ。
ちなみに日本だとm.c.A.Tの"Bomb a Head"が1993年で、EAST END×YURIの"DA.YO.NE"が1994年だから、それよりも早いということになる。
(ただし、吉幾三の「俺ら東京さ行ぐだ」は1984年で、やはり日本のヒップホップ受容よりも10年早い。Baba Sehgalも吉幾三的な存在だった可能性も否めない)
こちらは以前書いた関連記事です。
Su Real "Pakis in Paris"
言うまでもなくJay-ZとKanye Westによる"Niggas in Paris"のカバー。
デリー出身のDJ/ビートメーカーSu Realによる2016年のアルバム"Twerkistan"(名盤!)の収録曲で、ベンガルールのCharles Dickinsonなるラッパーがゲスト参加している。
Su Realはベースミュージックやダンスホールレゲエに南アジアの要素を導入したスタイルで活動しているアーティスト。
このブログの第1回目の記事で紹介した記念すべき存在でもある(これがその時の記事。当初は落語っぽい口調でインドの音楽を紹介するという謎のコンセプトだった)。
以前からインドのドメスティックな市場以外でも評価されて良い才能だと思っているのだけど、最近では国内のラップシーンの隆盛に合わせてラッパーのためのビート作りに活動の軸足を移しているようでもあり、なんだかちょっとやきもきしている。
ところで、Pakiという言葉は、映画『ボヘミアン・ラプソディ』でも出てきた通り、パキスタン人(あるいは、広く南アジア系)への蔑称でもあると思うのだけど、この言葉をパキスタンと対立関係にあるインド人が使うのは問題ないのだろうか。
黒人がniggaという言葉を使うのと同じニュアンスで、インド人が南アジア系であることを逆説的に誇る言葉として使っても差し支えないものなのか、ちょっと気になるところではある。
High "Wasted Words"
インド東部、ベンガル地方の都市コルカタは、イギリス統治時代の支配拠点だったこともあり、古くから西洋文化の受容が進んでいた街でもあった(その反発が、結果的にインド独立運動の起爆剤にもなるのだが)。
コルカタでは、イギリス人の血を引く「アングロ・インディアン」と呼ばれるコミュニティを中心としたロックバンドが1960年代から存在していたが、やがて彼らの多くが海外に渡ってしまい、そうした伝統も今ではすっかり途絶えてしまったようだ。
彼らが活動していた時代は、楽器や機材の調達もままならず、自分たちで機材を作ったり、選挙活動用のスピーカーを使ったり、工夫を重ねて演奏を続けていたようだ。
これはそうしたバンドのひとつ、HighによるAllman Brothers Bandのカバー曲。
Highの中心人物Dilip Balakrishnanは、The Cavaliers, Great Bearといったインディアン・ロックのパイオニア的バンドを経てHighを結成したが、その音楽活動は経済的成功には程遠く、インドのインディペンデント音楽の隆盛を見ないまま、1990年に39歳の若さでこの世を去った。
彼の死から20年が経過した2010年代以降、コルカタには新しい世代によるロックやヒップホップのシーンが生まれ、今ではParekh & Singh, Whale in the Pond, Cizzyといった才能あるアーティストが活躍している。
Against Evil "Ace of Spades"
言わずと知れた暴走ロックンロールバンドMotorheadの名曲を、南インドのアーンドラ・プラデーシュ州出身の正統派ヘヴィメタルバンドAgainst Evilがカバーしたのがこちら。
今のインドのインディーミュージックについて書くなら、メタルシーンについても触れないわけにはいけないなあ、と思っていたのだけど、eyeshadowさんの記事には結局、Pineapple Expressの"Dil Se"をセレクトした。
彼らのバカテク&古典音楽混じりの音楽性と、ボリウッドのカバーという面白さのほうを優先してしまったのだが、メタルファンによるメタルファンのためのメタルカバーといった趣のこちらもカッコいい。
高めのマイクスタンド、ジャック・ダニエルズなどの小道具からも彼らのMotorhead愛が伝わってくる。
テクニカルなプログレ系や激しさを追求したデスメタル系に偏りがちなインドのメタルシーンにおいて、珍しく直球なスタイルがシブくてイカす。
Godless "Angel of Death"
Slayerによるスラッシュメタルを代表する名曲を、ハイデラバードのデスメタルバンドGodlessがカバー。
GodlessはRolling Stone Indiaが選出する2021年のベストアルバムTop10の6位にランクインしたこともある実力派バンド。
その時の記事にも書いたのだが、宗教対立のニュースも多いインドで、ヒンドゥーとムスリムのメンバーが'Godless'、すなわち神の不在を名乗って仲良く反宗教的な音楽を演奏するということに、どこかユートピアめいたものを感じてしまう。
この曲に関しては説明は不要だろう。
原曲が持つ激しさや暴力性をとことん煮詰めたようなパフォーマンスは圧巻の一言。
Sanoli Chowdhury "Love Will Tear Us Apart"
過去の様々な音楽をアーカイブ的に聴くことが可能になった2010年代以降にシーンが発展したからだろうか、インドのインディペンデント音楽シーンでは、あらゆる時代や地域の音楽に影響を受けたアーティストが存在している。
Joy Divisionのイアン・カーティスの遺作となったこの曲を、ベンガルールの女性シンガーSanoli Chowdhuryがトリップホップ的なメロウなアレンジでカバー。
90年代以降の影響が強いインドのインディーズ・シーンにおいて、都市生活の憂鬱を80年代UKロックの影響を受けたスタイルで表現するタイプのアーティストも少しずつ目立つようになってきた。
例えばこのDohnraj.
今後、注目してゆきたい傾向である。
Voctronica "Evolution of A. R. Rahman"
映画音楽が圧倒的メインストリームとして君臨しているインドにおいて、いわゆる懐メロや有名曲をカバーしようと思ったら、やっぱり映画音楽を選ぶことになる。
その時代のもっとも大衆的なサウンドで作られてきた映画音楽を、Lo-Fiミックスなどの手法で現代的に再構築する動きもあり、いつもながらインドでは過去と現代、ローカルとグローバルが非常に面白い混ざり方をしているなあと思った次第。
これはムンバイのアカペラグループVoctronicaがインド映画音楽の巨匠A.R.ラフマーンの曲をカバーしたもの。
メンバーの一人Aditi RameshはジャズやR&B、ソロシンガーとしても活躍している。
というわけで、インドのアーティストによるカバー曲をいろいろと紹介してみました。
eyeshadowさんの記事もぜひお読みください!
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音楽業界のそうそうたる顔ぶれのみなさんに混じって声をかけていただき、うれしい限りです。
常々、「インドのインディペンデント・シーンが面白い」ってなことを言っているわけですが、そもそも自分以外でここに注目している人はほぼ皆無なわけで、なかなか興味を持ってもらうことが難しいジャンルなのは百も承知。
インドのインディーミュージックの面白さは、単にサウンド面だけではなく「欧米発のポピュラー音楽やポップカルチャーが、インドという磁場でどう変容するのか(あるいはしないのか)、それがローカル社会でどんな意味を持ち、どう受け入れられるのか」という部分にあると感じているのだけど、そういう目線で考えると、「インドのアーティストがどんな曲をどう解釈してカバーするのか」というのは、すごく意味深いアプローチの仕方だなあと思った次第です。
どうしてこれまで気がつかなかったんだろう。
ともかく、10曲選ぶにあたり、けっこう面白いのに選に漏れてしまった楽曲がいくつかあるので、今回はそういう楽曲たちを紹介します。
Thanda Thanda Pani "Baba Sehgal"
QueenとDavid Bowieが共演した"Under Pressure"をまんまサンプリングしたVanilla Iceの"Ice Ice Baby"を、さらにそのままパクった曲。
タイトルは'Cold Cold Water' という意味で(つまりほぼ意味はない)、歌っているのは「インドで最初のラッパー」Baba Sehgal.
今ではすっかりひとつのカルチャーとして定着しつつあるインドのヒップホップだが、その最初の一歩はこのしょうもない曲だったということはきちんと押さえておきたい。
それにしても、この曲のリリースが1992年というのは早い。
在外南アジア人によるヒップホップムーブメントであるDesi HipHopの象徴的存在だったBohemiaのデビュー(2002年)より10年もさきがけているし、ムンバイのストリートヒップホップ「ガリーラップ(gully rap)」誕生と比べると25年近く早いということになる。
この曲はインドのポピュラーミュージック史におけるオーパーツみたいな存在なのだ。
ちなみに日本だとm.c.A.Tの"Bomb a Head"が1993年で、EAST END×YURIの"DA.YO.NE"が1994年だから、それよりも早いということになる。
(ただし、吉幾三の「俺ら東京さ行ぐだ」は1984年で、やはり日本のヒップホップ受容よりも10年早い。Baba Sehgalも吉幾三的な存在だった可能性も否めない)
こちらは以前書いた関連記事です。
Su Real "Pakis in Paris"
言うまでもなくJay-ZとKanye Westによる"Niggas in Paris"のカバー。
デリー出身のDJ/ビートメーカーSu Realによる2016年のアルバム"Twerkistan"(名盤!)の収録曲で、ベンガルールのCharles Dickinsonなるラッパーがゲスト参加している。
Su Realはベースミュージックやダンスホールレゲエに南アジアの要素を導入したスタイルで活動しているアーティスト。
このブログの第1回目の記事で紹介した記念すべき存在でもある(これがその時の記事。当初は落語っぽい口調でインドの音楽を紹介するという謎のコンセプトだった)。
以前からインドのドメスティックな市場以外でも評価されて良い才能だと思っているのだけど、最近では国内のラップシーンの隆盛に合わせてラッパーのためのビート作りに活動の軸足を移しているようでもあり、なんだかちょっとやきもきしている。
ところで、Pakiという言葉は、映画『ボヘミアン・ラプソディ』でも出てきた通り、パキスタン人(あるいは、広く南アジア系)への蔑称でもあると思うのだけど、この言葉をパキスタンと対立関係にあるインド人が使うのは問題ないのだろうか。
黒人がniggaという言葉を使うのと同じニュアンスで、インド人が南アジア系であることを逆説的に誇る言葉として使っても差し支えないものなのか、ちょっと気になるところではある。
High "Wasted Words"
インド東部、ベンガル地方の都市コルカタは、イギリス統治時代の支配拠点だったこともあり、古くから西洋文化の受容が進んでいた街でもあった(その反発が、結果的にインド独立運動の起爆剤にもなるのだが)。
コルカタでは、イギリス人の血を引く「アングロ・インディアン」と呼ばれるコミュニティを中心としたロックバンドが1960年代から存在していたが、やがて彼らの多くが海外に渡ってしまい、そうした伝統も今ではすっかり途絶えてしまったようだ。
彼らが活動していた時代は、楽器や機材の調達もままならず、自分たちで機材を作ったり、選挙活動用のスピーカーを使ったり、工夫を重ねて演奏を続けていたようだ。
これはそうしたバンドのひとつ、HighによるAllman Brothers Bandのカバー曲。
Highの中心人物Dilip Balakrishnanは、The Cavaliers, Great Bearといったインディアン・ロックのパイオニア的バンドを経てHighを結成したが、その音楽活動は経済的成功には程遠く、インドのインディペンデント音楽の隆盛を見ないまま、1990年に39歳の若さでこの世を去った。
彼の死から20年が経過した2010年代以降、コルカタには新しい世代によるロックやヒップホップのシーンが生まれ、今ではParekh & Singh, Whale in the Pond, Cizzyといった才能あるアーティストが活躍している。
Against Evil "Ace of Spades"
言わずと知れた暴走ロックンロールバンドMotorheadの名曲を、南インドのアーンドラ・プラデーシュ州出身の正統派ヘヴィメタルバンドAgainst Evilがカバーしたのがこちら。
今のインドのインディーミュージックについて書くなら、メタルシーンについても触れないわけにはいけないなあ、と思っていたのだけど、eyeshadowさんの記事には結局、Pineapple Expressの"Dil Se"をセレクトした。
彼らのバカテク&古典音楽混じりの音楽性と、ボリウッドのカバーという面白さのほうを優先してしまったのだが、メタルファンによるメタルファンのためのメタルカバーといった趣のこちらもカッコいい。
高めのマイクスタンド、ジャック・ダニエルズなどの小道具からも彼らのMotorhead愛が伝わってくる。
テクニカルなプログレ系や激しさを追求したデスメタル系に偏りがちなインドのメタルシーンにおいて、珍しく直球なスタイルがシブくてイカす。
Godless "Angel of Death"
Slayerによるスラッシュメタルを代表する名曲を、ハイデラバードのデスメタルバンドGodlessがカバー。
GodlessはRolling Stone Indiaが選出する2021年のベストアルバムTop10の6位にランクインしたこともある実力派バンド。
その時の記事にも書いたのだが、宗教対立のニュースも多いインドで、ヒンドゥーとムスリムのメンバーが'Godless'、すなわち神の不在を名乗って仲良く反宗教的な音楽を演奏するということに、どこかユートピアめいたものを感じてしまう。
この曲に関しては説明は不要だろう。
原曲が持つ激しさや暴力性をとことん煮詰めたようなパフォーマンスは圧巻の一言。
Sanoli Chowdhury "Love Will Tear Us Apart"
過去の様々な音楽をアーカイブ的に聴くことが可能になった2010年代以降にシーンが発展したからだろうか、インドのインディペンデント音楽シーンでは、あらゆる時代や地域の音楽に影響を受けたアーティストが存在している。
Joy Divisionのイアン・カーティスの遺作となったこの曲を、ベンガルールの女性シンガーSanoli Chowdhuryがトリップホップ的なメロウなアレンジでカバー。
90年代以降の影響が強いインドのインディーズ・シーンにおいて、都市生活の憂鬱を80年代UKロックの影響を受けたスタイルで表現するタイプのアーティストも少しずつ目立つようになってきた。
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映画音楽が圧倒的メインストリームとして君臨しているインドにおいて、いわゆる懐メロや有名曲をカバーしようと思ったら、やっぱり映画音楽を選ぶことになる。
その時代のもっとも大衆的なサウンドで作られてきた映画音楽を、Lo-Fiミックスなどの手法で現代的に再構築する動きもあり、いつもながらインドでは過去と現代、ローカルとグローバルが非常に面白い混ざり方をしているなあと思った次第。
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2022年02月18日
2/13(日)『タゴール・ソングス』出版記念上映&トークの話
前回は映画と本の感想に終始してしまったので、今回は改めて、13日の『タゴール・ソングス』書籍出版記念上映&トークで佐々木監督とお話しした内容を書いてみます。
(内緒にしとこうかとも思ったのだけど、まだまだコロナが落ち着かない中、来場をあきらめた方もいるかもしれないので、こっそりとお伝えします)
まずは、佐々木監督が1月に(映画のほうの)『タゴール・ソングス』をひっさげて参加したダッカ国際映画祭の話題から。
少しだけ書籍版のネタバレをさせてもらうと、佐々木さんが映画を作ることになったきっかけのひとつは、学生時代にボランティアとして参加した山形国際ドキュメンタリー映画祭で、バングラデシュ人の女性監督に「ミカも映画を作ったらいいのに」と言われたことだった。
この場面は本当に素敵なので、ぜひ本を手に取ってお読みいただきたい。
そして、この本の最後の最後、謝辞の締めくくりに「ダッカにて」という言葉があるのだが、これは、バングラデシュ人監督の言葉で映画の道に進んだ彼女が、インド/バングラデシュで撮影した自分の映画を携えて再びバングラデシュを訪れ、映画祭のさなかにこの本を書き終えたことを表している。
本のなかには映画祭の話はまったく出てこないのだけど、なんだかぐっと来るめぐり合わせじゃないですか?
ところが話は感動のエピソードでは終わらない。
このダッカ国際映画祭が、とにかく凄かったらしい。
映画祭が行われた1月中頃は、バングラデシュでもオミクロン株が猛威をふるい、1億6,000万人ほどの人口に対して、連日1万人ほどの新規感染者が報告されているという状況だった。
バングラデシュの脆弱なインフラや過密さを考えれば、感染の実態は報告数をだいぶ上回っている可能性もある。
そんな中行われた映画祭では、オリンピックさながらの「バブル体制」が敷かれ、 自由行動がほとんど取れないという多国籍修学旅行状態(!)だったという。
「国際映画祭」と銘打ってはいるものの、バングラデシュと親和性の高い国からの出品が多く、南アジア各国やイラン、トルコなどの作品が目立っていて(他には一部ヨーロッパの監督も参加)、東アジアからの参加者は佐々木さんたった1人。
バブル体制とはいえ、現地の感染対策は結構適当なところもあったようで、常時マスクを着用している人はまれで、日々、身近なところで感染者発生の報告を聞くなかでの映画祭参加は不安も大きかっただろう。
それでも映画祭は続く。
期間中は、地元のバンドが演奏するパーティーが毎晩のように開催され、演奏に合わせて各国の監督が歌を歌わされる(!)という謎な企画もあったらしい。
ちなみに佐々木監督とは日本を代表して「ふるさと」を歌ったとのこと。
当然地元バンドの面々は日本の曲なんて知っているわけがないので、最初のところを少し歌ってみせて、あとはその場で適当に合わせてくれるというなんともフレキシブルなものだったという。
映像もちょこっと見せてもらったけど、ベンガル語のパーティーソングが歌われている場面では、南アジアの参加者が思いっきり踊り狂っていたりして、自分が想像していた「映画祭のパーティー」とのあまりのギャップに衝撃を受けた。
これ、佐々木監督だから良かったけど、南アジア耐性がない監督が参加してたらどうなっていたんだろう。
南アジア〜西アジアあたりの踊り好き、歌好きっぷりは映画関係者も同様だったようで、ランチの後にイラン人チームがテーブルを叩きながら大声で歌っている映像なんかもあって、いやはや自分の中の「映画祭」感が壊れました。
どうやら私は映画祭というのはヨーロッパ的な文化や習慣に基づいたものだと無意識に思い込んでいたようなのだが、考えてみればアジアで開催してるのに欧米っぽいやり方を踏襲する必要なんてまったくないわけで、ヨーロッパ的映画祭の縮小版をやるくらいなら、思い切ってこれくらいローカル感覚丸出しにしてくれたほうが面白いような気がする。
多国籍修学旅行(現地を代表する大河であるポッダ河にみんなで行ったりしたとのこと)のバスの運転手が大音量で謎のダンスミュージックを流しながら運転している映像も衝撃だった。
念のため書いておくと、佐々木監督は各プログラムにきちんとマスクをして臨み(他の国の人に「よくそんなにマスクしていられるね」と言われたとのこと)、連日行われたPCR検査も全て陰性で、かつ帰国後の隔離期間もきちんと過ごしたうえでの出版記念イベント開催ですので、ご安心を。
あと「海外あるある」だけど、「集合時間に行ってみたら主催者を含めた全員が遅刻していて自分しかいなかった」という話もしみじみと面白かった。
日本人にとって、約束の時間にどれくらい遅れて行けばちょうどいいのかというのは永遠の謎で、待たせてしまったら悪いという気持ちがどうしても先に立ってしまうが、そう考えた時点で負けなのだろう。
佐々木さんのお話のもうひとつの目玉は、『タゴール・ソングス』に登場した人たちのその後について。
これは映画を見た誰もが気になっていたことだろう。
映画の公開は2020年だったが、撮影は2017年から始まっていたそうで、スクリーンに映っている彼らからはじつは4、5年前の姿なのだ。
まずは、映画祭の合間に会うことができたというハルンさん(映画の冒頭に出てきたレコードコレクターで新聞記者の男性)。
映画の中ではタゴール・ソングをはじめとするレコードの収集家として登場した彼は、じつはレコード・マニアではなくオーディオ・マニアだったことが今回判明したそうで、今では副業として数百万円もする高級オーディオ機器の輸入販売を手掛けているという。
今行きたい場所は横浜のオーディオ・ショップとのこと。
ストリートチルドレンだったナイームくんは、音楽の道をあきらめたわけではないものの、今では縫製工場で働いているという。
現状に満足してはおらず、より良いキャリアを模索しているそうだ。
ラッパーのニザームは、その後も活動を続けており、昨年も政治的なテーマの楽曲を何曲かリリースしている。
インド勢のその後も面白い。
女子大生だったオノンナちゃんは、その後大学院に進み、モデルとして活動するかたわら、仲間たちとYouTuber活動も始めたようだ。
もしよかったらチャンネル登録もよろしく。
オミテーシュさんは、映画では触れられなかった困難を抱えつつ(書籍版参照)タゴール・ソングを歌い続けている。
オミテーシュさんのもとでタゴール・ソングを学んでいたプリタさんも歌い続けている。
今回は、英文学の研究者でもある彼女が、『シンデレラ』の映画にも使われたイギリス民謡の子守唄"Lavender's Blue"を歌っている動画を紹介。
オミテーシュさん、プリタさんの動画はこちらのチャンネルからたくさん見ることができる。
軽刈田からは、今回のテーマに合わせて、ベンガルの詩の文化とポピュラーミュージックの繋がりの深さを感じられる2曲を紹介した。
まずは、コルカタを代表するラッパーCizzyによる、ベンガルではタゴールと並び称される詩人であるカジ・ノズルル・イスラム(Kazi Nozrul Islam)をテーマにした楽曲"Nojrool"。
サウンド的にも伝統音楽の影響が感じられる、まさにレペゼン・ベンガルなラッパーだ。
Cizzyをはじめとするベンガルのラッパーについてはこのブログでも何度も紹介しているので、興味がある人はこちらの記事あたりからどうぞ。
彼は映画にこそ登場しないものの、書籍版『タゴール・ソングス』のあるエピソードに少しだけ登場する「コルカタの公園で出会ったラッパーたち」のひとりでもある。
Whale in the Pondは、ベンガルの詩人Pratul Mukherjeeから影響を受けているというバンド。
曰く、「自分たちはラビンドラナートの影響は受けてないな。この街(コルカタ)や州では誰もが彼の影響を受けているから、僕らが違う道を選んでいるっていうのはいいことだと思うよ。」
民謡っぽい素朴なメロディーから美しいコーラスにつながる展開が最高。
彼らについては、こちらの記事でインタビューを交えて紹介している。
「核戦争による世界の終末」をテーマにしたというコンセプトアルバムも興味深い。
まあそんなわけで、盛り沢山の出版記念トークでした!
出版記念上映&トークは、20日の回が残っているので、興味のある方はぜひどうぞ!
軽刈田は19日のアンジャリさんの会を見に行ったのだけど、映画もトークも最高でした。
前回も書いたとおり、本と映画、合わせて味わうと何倍にも楽しめるので、ぜひこの機会に!
最終回の20日は作家の安達茉莉子さんが登場します。
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2022年02月15日
インドとかタゴールとか関係なくみんな読んだらいいよ。佐々木美佳『タゴール・ソングス』出版!
2月13日(日)、東中野のポレポレ坐で行われた、佐々木美佳さんの『タゴール・ソングス』出版記念上映&トークでお話ししてきました。
このブログでも以前紹介した通り、『タゴール・ソングス』は、アジア人初のノーベル賞受賞者であり「詩聖」とも称えられるラビンドラナート・タゴールが作ったさまざまな歌とともに生きる人々を追ったドキュメンタリー映画。
今回は、映画を撮った佐々木監督による同名著書の出版記念のイベントだった。
(これがそのフライヤー。調子に乗って文化人風に写っているプロフィール写真を使ってみた)
タゴールの名前を聞いたことがある人でも「タゴール・ソング」を知る人は少ない(っていうか、私も知らなかった)。
タゴールはインドやバングラデシュの国歌を作ったことで有名だが、彼はそれ以外にも2000以上もの歌を作り、それが今なおベンガル(タゴールが生きたインド東部の都市コルカタや、バングラデシュを含む地方)に暮らす人々の生きる支えや心の糧となっているのだ。
…なんて書くと、「ふーん、そうっすか。興味ないや、パス」って人も、多いことと思う。
でも、タゴールとかベンガル地方とか言われてもピンと来ないからといって、この作品をスルーしてしまうのは非常にもったいない。
この作品は、南アジア好きとか、詩が好きな人のためだけのものではまったくない。
ベンガルの地でタゴール・ソングに勇気づけられているのは、読者モデルみたいな今っぽい女子大生だったり、ストリートラッパーだったり、孤児院で育った若者だったり、元革命運動家の老人だったり、どこか影がある英文学研究者だったりと、とにかくいろんなタイプの人たちがいる。
コルカタやバングラデシュで暮らす人々のことを想像したことがある人は少ないと思うが、彼らが考えていることや感じていることは、日本にいるうちらとほぼおんなじである。
孤児院育ちのナイームくんとか、ラッパーのニザームくんとか、途上国特有の「まっすぐさ」みたいな部分がまぶしい人たちもいるが、とにかくみんな、夢や不安や現状への不満、苦い過去、いろんなものを抱えて生きている。
その彼らが、100年も前に作られた歌から、希望とか、慰めとか、理想とか、憧れとか、郷土愛とか、いろんなものを感じながら生きている。
それが、なんかすごくいいのだ。
きっとみんなブルーハーツや中島みゆきや、長渕剛でもあいみょんでもいいのだが、同時代のアーティストの歌に勇気づけられたことがあると思うが、それと同じような感じで、ベンガルの人たちは、タゴール・ソングからパワーをもらっている。
たとえば短いスカートを履いてクラブで踊るのが好きな女子大生のオノンナさんは、「私は崇められたくも、蔑まれたくもない。一人の人間として接してほしい」という歌を聴いて「これこそ私が言いたかったことよ!」と共感したり、同級生に「私だって詩人よ」と言ったりする。
「詩」というと、日本だと「ポエム(笑)」みたいな感じで冷笑的に扱われがちだが、ベンガルでは詩と人間との関係がとにかく素敵なんだな。
まあとにかく、映画『タゴール・ソングス』は機会があったらみんな見たらいい。
私はいつもこのブログに書いているように、ロックやヒップホップや電子音楽みたいな、サブカルチャー/カウンターカルチャー的な要素のある音楽が好きなのだが、ときに音楽そのものよりも、音楽とその音が鳴らされている社会との関係にぐっと来ることがある。
60年代のヒッピー・ムーブメントとか、70年代のパンクロックとか、80年代以降のヒップホップとか、90年代のグランジとか、みんな社会と若者との関係の中から生まれたものだった。
日本ならフォークから始まって、バンドブームとか、日本語ラップとかね。
そこで鳴らされるべき音があって、歌われるべき歌がある。
タゴール・ソングは、社会や個人の変化に合わせて100年間アップデートされ続けているムーブメントだと言っても良いかもしれない。
タゴールの詩には100年の年月に軽く耐えられる強度と普遍性がある。
そのことが何よりもぐっと来る。
音楽的な面でのタゴール・ソングは、素朴ながらもあまり掴みどころがないメロディーで、いわゆるポピュラー音楽とは違って「節がついた詩」といった印象だ。
率直にいうと、ベンガル語がわからない我々が純粋に音楽として聴いたときに、そんなに夢中になれるものではないような気がする。
そのタゴール・ソングを、歌そのものではなく、歌とともに生きる人々を軸に描くことで、誰もがぐっとくる作品に仕上げた佐々木さんのセンスが素晴らしい。
つい熱くなって語り過ぎてしまったが、そうだった、書籍版の『タゴール・ソングス』の話をするんだった。
これがまたすごくいい。
この本は、映画の解説や制作の裏話ではない。
映画ではカメラの後ろ側から視点を提供するという立ち位置に徹していた佐々木監督が、書籍版では、どんなふうにタゴール・ソングに惹かれ、どういうきっかけで映画を作ることになり、どんな縁でオノンナさん(例の女子大生)やナイームくん(ストリートチルドレン上がりの青年)やオミテーシュさん(元革命運動家の老タゴール・ソング歌手)と出会って、関係を築いていったのかがまっすぐな筆致で書かれている。
そしてもちろん、彼らの人生の中にはタゴール・ソングがある。
エピソードの合間に差し込まれる詩がまたいいんだなあ。
もちろん詩そのものが素晴らしいということもあるのだけど、自分のようなふだん詩なんて読まない人間にとっても、こういう人がいて、こんなふうに生きていて、この詩を糧にしているんだよ、という背景があると、すっと詩が自分の中に入ってくる。
それでまた訳がすごくいい。
これまで、タゴールの訳というと、「御身の慈顔を見た故に……」みたいな堅苦しい文語体のイメージが強かったのだけど、まあそれはそれで威厳があって良いんだけど、タゴール・ソングは今もポピュラーカルチャー的にみんなに親しまれているのだから、佐々木さんの平易な訳は、やっぱり絶対的な正解なんだと思う。
(ここで佐々木さんが訳した詩を引用したいけど、しない。この無粋な文章の中に入れたら、せっかくの『タゴール・ソングス』のいい流れの中で初めて触れる機会を奪うことになっちゃって申し訳ないので)
本は本として独立した作品として成立しているので、映画を見ていない人が読んだってまったく問題もなく楽しめるし、こう言ってはなんだけど、本だけ読んで映画を見なくたって、別にいい。
もちろん、映画を見てから読めば、「あの人にこんな一面があったのか」とか「あのシーンにこんな裏話があったのか」みたいなことが分かってよりいっそう面白いってのは間違いない。
私は逆に、今更時間は逆に戻せないので仕方ないのだけど、「本を読んでから映画を見る」という経験をしてみたかった。
スクリーンに映る彼らを見て「これがあの人か!」とか「これ、あのシーンだ!」とか「こんなことも言っていたのか!」とか、そういう感覚を味わってみたかった。
まあとにかく、映画と本、それぞれが個別の作品として成立していて、両方味わうと、単純に1+1が2になるのではなくて、もっと立体的で、心の中にぐーっと入り込んでくるような、数字で言うと無粋だけど、1+1が5になるくらいの充実感がある。
あと、この本は、装丁がすごくいい。
新書くらいの手に収まるサイズで、美しいうえに、しかもお風呂でも読める紙で書かれているらしい。
どこかに連れ出してもいいし、ゆっくり風呂に浸かりながら読むのも最高だ。
発行は、三輪舎さん。
(追記:↑と書いたら、Twitterで装丁をされた矢萩多聞さんから「表紙は防水加工されていますが、本文用紙は普通の紙なのでお風呂で読むと漏れなくヘナヘナになるとおもわれます~。ご注意を!」とのコメントをいただきました。みなさんご注意を!とはいえ、私はそれでもお風呂で本を読むのが好きなのですが、
- 湯気の影響を直接受ける浴槽の上では読まないで、風呂の蓋の上で読む
- タオルを2枚用意して、1枚は本を置く用、もう1枚は手や汗を拭く用にする
2月10日現在の取り扱ってくれる本屋さんはこちら。
もちろん、お近くの書店で注文することも可能です。
ああっ。
本当はコロナ禍で13日のイベントに来られなかった人もいるかもしれないと思って、トークの内容を描こうと思っていたのに、『タゴール・ソングス』の感想文で終わってしまった。
イベントの内容は次書きます。
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2022年02月06日
現代インドで80年代UKロックを鳴らす男 Dohnraj
前回、インドのシューゲイズ・アーティスト特集という誰に向けているのか分からない記事を書いてしまったのだが(なぜか反響が大きかった)、今回もまた、時空が歪んでしまったかのようなアーティストを紹介したい。
今回の主役は、デリーを拠点に活躍するロック・アーティストDohnraj.
彼は2020年代のインドで、どう聴いても80年代のUKロックにしか聴こえないサウンドを鳴らしているという、稀有なアーティストだ。
"Make a Life Feel Special"
この独特のしゃくりあげるようなヴォーカル、熱さよりもクールネスを感じさせるバッキング、そしてシニカルな雰囲気!
ある程度の年齢のロックファンなら、「あの頃こんなバンドいたなぁ〜」と懐かしい気分に浸ってしまうことだろう。
Dohnrajの音楽は、完全に80年代のUKロックサウンドなのだが、特定のアーティストのコピーというわけではなく、部分的にAztec Cameraっぽかったり、Cureっぽかったり、The Smithっぽかったり、いろいろな要素が感じられる。(演奏に関しては、ちょっとThe Policeっぽいかなとも思う)
つまり彼は、誰かの曲をカバーしているのではなく、洒脱で虚無的でどこかひねくれた、80年代UKロックの空気感をカバーしているのだ。
"You're Fine"
この曲はちょっとデヴィッド・ボウイ風。
先ほどの曲とタイプは違うが、やはりどう聴いても80年代のUKサウンドだ。
いつも書いているように、インドのインディペンデント音楽シーンが活気を帯びてきたのは2010年代に入ってからのこと。
インドでは、古くからポピュラー音楽は映画音楽の独占状態であり、他には古典音楽や宗教音楽くらいしか音楽の選択肢がない状況が長く続いていた。
20世紀のインドでは、それ以外のジャンルの音楽は、そもそも流通のルートすらほとんどなかったのだ。
若者たちがロックを演奏したりラップしたりするようになるには、世界中の音楽を気軽に聴くことができ、そして自分の音楽を簡単に発信できるインターネットの普及を待たねばならなかった。
つまり、Dohnrajが元ネタにしている80年代には、インドではUKロックのような音楽は、ほとんど聴かれていなかったのだ。
ごく一部の富裕層の若者がロックを演奏していたのは確かだが(例えばケーララの13ADや、ムンバイのRock Machineなどのハードロック勢)、それは極めて例外的な話で、当日インドにインディーズ・シーンと呼べるようなものはなかったし、欧米のポピュラー音楽のリスナーすら珍しかったはずだ。
インドには存在しない過去を模倣する男、Dohnrajとはいったい何者なのだろうか?
現地メディアが彼のことを特集した記事によると、DohnrajことDhanraj Karalは、周囲に馴染めず、友達の少ない少年だったという。
小さい頃からマイケル・ジャクソンの音楽に夢中だった彼は、ある日耳にしたジョン・レノンの"God"を聴いて衝撃を受ける。
「彼は人生と苦しみについて歌っていたんだ。真実と誠実さについてのメッセージだよ」
"God"はビートルズを脱退したレノンが、「神は苦痛を図るための概念に過ぎない。もうキリストもディランもプレスリーも、ビートルズさえも信じない。ただヨーコと自分だけを信じる」と歌った曲だ。
この曲には、ジョンが「もう信じない」ものがたくさん出てくるのだが、「信じないものリスト」の中には、当時の欧米の世相を反映して、ブッダやマントラ(真言)やギーター(ヒンドゥー教の聖典)やヨガといったインド発祥の言葉も出てくる。
もちろんレノンは、60年代のカウンターカルチャーから生まれた東洋思想ブームについて歌っているわけだが、こうした概念が信仰とともに根付いているインドで暮らすDhanraj少年にとって、この「信仰との決別宣言」は、価値観をひっくり返す啓示のように感じられたのかもしれない。
きっとこの時、ロックはインド社会で生きづらさを感じていたDhanraj少年の生きる指針となったのだろう。
彼は音楽の道を志し、アメリカに留学してCalifornia College of Musicで学んだ後、デリーを拠点に活動を開始した。
今回紹介する曲は、いずれも昨年11月にリリースした彼のファーストアルバム"Beauty and Bullshit"に収録されているものだ。
彼は影響を受けたアーティストとして、初期プリンス、Talking Heads、The Cure、そしてベルリン時代のデヴィッド・ボウイを挙げている。
アメリカに留学したのなら、いくらでも最新の音楽に触れる機会もあっただろうに、自らの表現手段として、80年代のサウンドを選んだというのが興味深い。
これまで紹介した曲は80'sのUKロックの印象が強かったが、これらの曲の聴けば、確かに彼がプリンスの影響を受けていることが分かる。
"Our Paths are Different"
Dohnrajの音楽を「ノスタルジーばかりでオリジナリティが無い」と批判することもできるだろう。
インドで生まれた彼が80年代のUKサウンドを奏でる必然性はまるでないし、偏執的なまでのサウンドへのこだわりは、どこか現実逃避のようにも感じられる。
だが、先日インドのナード/オタク・カルチャーについての記事を書いたときにも思ったことだが、「現実逃避」は、ときにクリエイティブな行為にもなり得る。
国も時代も違う音楽にそこまで夢中になれるということ自体が、音楽というものの普遍性を示しているとも言えるのだ。
思えば自分も、学生時代の一時期、ジャニス・ジョプリンとか、60年代の洋楽ロックばかり聴いていた。
当時の自分にとっては、同時代の音楽以上のリアリティが感じられたからだ。
おそらくDohnrajにとって、80年代のロックサウンドこそが自己を投影するのにもっともふさわしいスタイルなのだろう。
Rolling Stone Indiaの年間ランキングを見れば分かるとおり、インドのインディペンデント音楽シーンは、先進国のトレンドとは関係なく、様々なジャンルのアーティストが評価されている。
Dohnrajもまた高い評価にふさわしいアーティストだと思うし、インド国内のみならず80’sサウンドを愛好する世界中の音楽ファンに聴かれるべき存在だろう。
というわけで、ひとまず彼のことを日本のみなさんに伝えたくてこの記事を書いた次第。
ジョン・レノンから始まって、80'sサウンドにたどり着いた彼は、これから先、どんな音楽を作ってくれるのだろう。
参考サイト:
https://www.news9live.com/art-culture/dhanraj-karal-dohnraj-beauty-and-bullshit-album-review-export-quality-records
https://ahummingheart.com/reviews/dohnraj-debut-beauty-bt-sits-loud-and-comfortable-in-a-fairly-untouched-space-in-indian-music/
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今回の主役は、デリーを拠点に活躍するロック・アーティストDohnraj.
彼は2020年代のインドで、どう聴いても80年代のUKロックにしか聴こえないサウンドを鳴らしているという、稀有なアーティストだ。
"Make a Life Feel Special"
この独特のしゃくりあげるようなヴォーカル、熱さよりもクールネスを感じさせるバッキング、そしてシニカルな雰囲気!
ある程度の年齢のロックファンなら、「あの頃こんなバンドいたなぁ〜」と懐かしい気分に浸ってしまうことだろう。
Dohnrajの音楽は、完全に80年代のUKロックサウンドなのだが、特定のアーティストのコピーというわけではなく、部分的にAztec Cameraっぽかったり、Cureっぽかったり、The Smithっぽかったり、いろいろな要素が感じられる。(演奏に関しては、ちょっとThe Policeっぽいかなとも思う)
つまり彼は、誰かの曲をカバーしているのではなく、洒脱で虚無的でどこかひねくれた、80年代UKロックの空気感をカバーしているのだ。
"You're Fine"
この曲はちょっとデヴィッド・ボウイ風。
先ほどの曲とタイプは違うが、やはりどう聴いても80年代のUKサウンドだ。
いつも書いているように、インドのインディペンデント音楽シーンが活気を帯びてきたのは2010年代に入ってからのこと。
インドでは、古くからポピュラー音楽は映画音楽の独占状態であり、他には古典音楽や宗教音楽くらいしか音楽の選択肢がない状況が長く続いていた。
20世紀のインドでは、それ以外のジャンルの音楽は、そもそも流通のルートすらほとんどなかったのだ。
若者たちがロックを演奏したりラップしたりするようになるには、世界中の音楽を気軽に聴くことができ、そして自分の音楽を簡単に発信できるインターネットの普及を待たねばならなかった。
つまり、Dohnrajが元ネタにしている80年代には、インドではUKロックのような音楽は、ほとんど聴かれていなかったのだ。
ごく一部の富裕層の若者がロックを演奏していたのは確かだが(例えばケーララの13ADや、ムンバイのRock Machineなどのハードロック勢)、それは極めて例外的な話で、当日インドにインディーズ・シーンと呼べるようなものはなかったし、欧米のポピュラー音楽のリスナーすら珍しかったはずだ。
インドには存在しない過去を模倣する男、Dohnrajとはいったい何者なのだろうか?
現地メディアが彼のことを特集した記事によると、DohnrajことDhanraj Karalは、周囲に馴染めず、友達の少ない少年だったという。
小さい頃からマイケル・ジャクソンの音楽に夢中だった彼は、ある日耳にしたジョン・レノンの"God"を聴いて衝撃を受ける。
「彼は人生と苦しみについて歌っていたんだ。真実と誠実さについてのメッセージだよ」
"God"はビートルズを脱退したレノンが、「神は苦痛を図るための概念に過ぎない。もうキリストもディランもプレスリーも、ビートルズさえも信じない。ただヨーコと自分だけを信じる」と歌った曲だ。
この曲には、ジョンが「もう信じない」ものがたくさん出てくるのだが、「信じないものリスト」の中には、当時の欧米の世相を反映して、ブッダやマントラ(真言)やギーター(ヒンドゥー教の聖典)やヨガといったインド発祥の言葉も出てくる。
もちろんレノンは、60年代のカウンターカルチャーから生まれた東洋思想ブームについて歌っているわけだが、こうした概念が信仰とともに根付いているインドで暮らすDhanraj少年にとって、この「信仰との決別宣言」は、価値観をひっくり返す啓示のように感じられたのかもしれない。
きっとこの時、ロックはインド社会で生きづらさを感じていたDhanraj少年の生きる指針となったのだろう。
彼は音楽の道を志し、アメリカに留学してCalifornia College of Musicで学んだ後、デリーを拠点に活動を開始した。
今回紹介する曲は、いずれも昨年11月にリリースした彼のファーストアルバム"Beauty and Bullshit"に収録されているものだ。
彼は影響を受けたアーティストとして、初期プリンス、Talking Heads、The Cure、そしてベルリン時代のデヴィッド・ボウイを挙げている。
アメリカに留学したのなら、いくらでも最新の音楽に触れる機会もあっただろうに、自らの表現手段として、80年代のサウンドを選んだというのが興味深い。
これまで紹介した曲は80'sのUKロックの印象が強かったが、これらの曲の聴けば、確かに彼がプリンスの影響を受けていることが分かる。
"Our Paths are Different"
"Gimme Some Money! & Don't Ask for Anything in Return"
Dohnrajの音楽を「ノスタルジーばかりでオリジナリティが無い」と批判することもできるだろう。
インドで生まれた彼が80年代のUKサウンドを奏でる必然性はまるでないし、偏執的なまでのサウンドへのこだわりは、どこか現実逃避のようにも感じられる。
だが、先日インドのナード/オタク・カルチャーについての記事を書いたときにも思ったことだが、「現実逃避」は、ときにクリエイティブな行為にもなり得る。
国も時代も違う音楽にそこまで夢中になれるということ自体が、音楽というものの普遍性を示しているとも言えるのだ。
思えば自分も、学生時代の一時期、ジャニス・ジョプリンとか、60年代の洋楽ロックばかり聴いていた。
当時の自分にとっては、同時代の音楽以上のリアリティが感じられたからだ。
おそらくDohnrajにとって、80年代のロックサウンドこそが自己を投影するのにもっともふさわしいスタイルなのだろう。
Rolling Stone Indiaの年間ランキングを見れば分かるとおり、インドのインディペンデント音楽シーンは、先進国のトレンドとは関係なく、様々なジャンルのアーティストが評価されている。
Dohnrajもまた高い評価にふさわしいアーティストだと思うし、インド国内のみならず80’sサウンドを愛好する世界中の音楽ファンに聴かれるべき存在だろう。
というわけで、ひとまず彼のことを日本のみなさんに伝えたくてこの記事を書いた次第。
ジョン・レノンから始まって、80'sサウンドにたどり着いた彼は、これから先、どんな音楽を作ってくれるのだろう。
参考サイト:
https://www.news9live.com/art-culture/dhanraj-karal-dohnraj-beauty-and-bullshit-album-review-export-quality-records
https://ahummingheart.com/reviews/dohnraj-debut-beauty-bt-sits-loud-and-comfortable-in-a-fairly-untouched-space-in-indian-music/
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