『ガリーボーイ』ラップ翻訳 "Sher Aaya Sher"(獅子が来た獅子が)by麻田豊、餡子、Natsume『ガリーボーイ』ラップ翻訳"Mere Gully Mein"(俺の路地では)by麻田豊、餡子、Natsume

2019年10月21日

『ガリーボーイ』ラップ翻訳"Doori Poem"(へだたり/詩)、"Doori"(へだたり)by麻田豊、餡子、Natsume


麻田豊先生、餡子さんの両名による『ガリーボーイ』劇中ラップの翻訳、今回は"Doori"(へだたり)と、サウンドトラックではそのイントロ的に使われていた楽曲"Doori Poem"(へだたり/詩)をお届けします。

"Doori Poem"は、ゾーヤー・アクタル監督の父で、詩人・作詞家・脚本家として70年代からヒンディー語映画界で活躍してきたジャーヴェード・アクタルによる詩を主演のランヴィールが朗読したもの。

"Doori"のリリックはなんとジャーヴェード・アクタルとラッパーのDivineの共作!
アクタル一家のファミリービジネスであるボリウッドと、ジャーヴェードが継承している伝統的な詩の文化、そしてヒップホップという新しいカルチャーががっぷり四つで組み合った、この映画ならではの作品ということになる。
主人公ムラードが作った曲という設定のこの曲でラップしているのは、もちろんランヴィール本人。
ランヴィールはこの映画でラッパーとしての才能も披露も存分にしている。

トラックは2曲ともインド系イギリス人のRishi Richが手がけている。
Rishi Richはインド系ディアスポラで発展したダンスミュージック、いわゆるDesi Music(バングラー・ビート、エイジアン・アンダーグラウンドやインド系R&Bなど)で頭角を現し、その後数多くのインド映画の音楽を手がけているプロデューサーだ。

それではまず"Doori Poem"(へだたり/詩)、続いて"Doori"(へだたり)を紹介します!
 
DooriPoem



Doori1

Doori2

餡子さんのコメント
・Doori Poem
格差は格差のまま、決して溝が埋まらないインドの現実がよくわかるリリックです。

・Doori
Doori Poemからもう一歩進んで、格差社会を受け入れず足掻こうとする力強さがプラスされています。このリリックには母が登場し、インド人男性の母に対する愛情の大きさが感じられます。
この2曲は『ガリーボーイ』のなかでも特にヘヴィなテーマを扱った楽曲だ。
主人公のムラドは、怪我をした父に代わって裕福な家庭の運転手を務めることになり、圧倒的な貧富の差を目の当たりにする。
ピカピカの新車に乗り、英語で日常会話をして、海外留学の話題を話す一家。
"Doori Poem"では、ムラードとは全く異なる裕福な世界に暮らす勤務先の一家の娘との心の隔たりが、そして"Doori"では、不条理なまでの格差への絶望と苛立ちがテーマになっている。

これは餡子さんが今年の5月にムンバイで撮影した写真。
建設中の高層ビルから、海上にかかる橋シーリンクを挟んで、反対側にはスラム街が広がる。
Mumbai1

Mumbai2

Mumbai3
(写真提供:餡子さん)
まさに「右を見れば 今にも空に届きそうな高層ビル/左を見れば腹を空かして路上で寝ている子どもたち」というリリックどおりの現実がここにある。

この映画の深いところは、スラムに暮らす主人公と富裕層の人々を、単純な貧富=幸福・不幸という対立軸として描いてはいないことだ。
ムラードの家からは比べようもないくらい裕福な一家の、彼と同じくらいの年頃の娘も、決して手放しで幸福そうには見えない。
家族とは生き方を巡って口論をしているし、金持ちが集まるパーティーから泣きながら帰ってくることもある。
ここには豊かか貧しいかという対立に加えて、幸福か不幸か、自由か不自由かという対立軸が並行して描かれている。

貧しい家庭に生まれ、封建的な父のもとで暮らすムラードは、貧しく、不幸で、不自由だ。
だが、金持ち一家の娘も、裕福ではあるが、必ずしも幸福ではなく、それに不自由なようでもある。
彼の兄貴分的なラッパーのシェールは、裕福ではないものの、自由で充実した生き方をしているように見える。
トラックメーカーのスカイは、裕福で、そして自由な精神を持っている。

ないないづくしのムラードも、ガールフレンドのサフィーナといるときは、幸福を感じることができる。
医者の家庭に生まれたサフィーナは、そこそこに裕福だが、やはり不自由な暮らしを強いられている。
だが、彼女も恋人のムラードといるときだけは、自由と幸福を感じることかできるのだ。

"Doori"では、ムラードが抱える様々な苦悩が、ラップのリリックとして吐き出されることで昇華される。
この楽曲を通して、ヒップホップが越えようのない壁や格差を超えることができる、精神の自由の象徴であることが示唆されている。
二人でいる時間だけが、自由で幸福だったムラードとサフィーナだが、ムラードはラップという新しい自由の象徴を手に入れる。
そのことが、二人の関係に微妙な影響を及ぼしてゆく…。

続いては、ムラードがMCシェールと共演する"Mere Gully Mein"です!
しばしお待ちを! 



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