インドの新世代英語ラッパーが傑作アルバムを発表(その1)!Smokey The Ghostバンガロールのエコ・フレンドリーなフェス Echoes of Earth

2019年09月15日

インドの新世代英語ラッパーが傑作アルバムを発表(その2) Tienas

前回紹介したバンガロールのSmokey The Ghostに続いて、今回もインドの英語ラッパーの新作を紹介する。
今回紹介するのはTienas.
ムンバイを拠点に活躍する若干22歳の若手ラッパーだ。

Facebookなどで彼のプロフィールを見ると、Tienas aka Bobby Boucherとあるが、彼の本名はTanmay Saxena.
Tanmayの憧れの存在であるEminemが、彼の本名Marshall Mathersから名前を取ったのと同様に(名と姓のイニシャルからM and M →M'n'M→Eminem)、Tanmay Saxenaの'T and S'を縮めてTienasというステージネームをつけた。
Bobby Boucherは、EminemにおけるSlim Shady同様、ラップの中に登場する彼の別人格で、この名前は映画『ウォーターボーイ』でアダム・サンドラーが演じた吃音の主人公から取られている。
Tanmay Saxenaもまた吃音であり、ラップではなくふつうに喋る時にはどもってしまうという、日本のラッパー「達磨」と同じようなバックグラウンドを持ったアーティストだ。
(軽々に言うべきではないかもしれないが、「吃音」とラップは相性が良いのか、ANARCHYが監督をつとめた映画"WALKING MAN"の主人公も吃音という設定。コミュニケーションに困難を抱えていた吃音者が、ラップという手段を手に入れてその内面を吐き出したら、実はそれは誰の心にも突き刺さるものだった、ということなのだろうか)

TienasもSmokey The Ghost同様に、以前からダウンテンポでローファイ的なトラックに英語のラップを乗せる、インドのヒップホップシーンでは珍しいタイプのラッパーである。
これは彼の代表曲のひとつ、ニセモノのAdidasと安物の服についてラップした"Fake Adidas".

この曲の真のテーマは過度の資本主義への批判とのこと。

インドのヒップホップシーンを牽引するデリーのAzadi Rocordsと契約してリリースされた"18th Dec"

彼のラップは高めの声が特徴で、女性のリップシンクでも違和感がない。

彼は兄のRayson47らと結成した'FTS'という音楽クリエイター集団の一員でもあり、この名義で発表された作品もまた音響的に非常に面白いものが多い。
ピアノとトランペットのジャジーな響きが叙情的な"Dead Rappers"

内省的なリリックも多く、音響的な要素とあいまって、文学的な雰囲気すら感じさせるヒップホップが彼の個性と言えるだろう。
彼のサウンドやリリックを、2010年代後半からアメリカで流行しているEmo Rapと関連づけているネットの記事もあった。

前置きが長くなったが、このTienasが今年7月にリリースしたニューアルバム"O"が素晴らしい。
これまでのローファイ的なスタイルのみならず、多様なサウンドに挑戦した意欲作になっている。
ミュージックビデオが作られたのはこの"Juju"という曲。

このアルバムはYoutubeやSoundcloudなどでの無料公開はされていないため、リンクを貼りつけてそのまま聴ける形式で紹介できないのが残念だが(アーティストのためには良いこと!)、SpotifyやApple Musicのようなサブスクでは配信されているので、ぜひチェックしてみてほしい。
個人的にはこの"Juju"よりも、他の楽曲のほうが気に入っている。

とくに、メロウなギターがフィーチャーされた"Dangerous", ジャジーなピアノが印象的な"Peace Of Mind", ムーディーでポップな"Backseat", 日本のNujabesにインスパイアされたという"10-18"(彼もまた世界中の多くのローファイ系のヒップホップアーティストと同様に、Nujabesから大きな影響を受けているとのこと)など、非常に聴きどころの多いアルバムとなっている。
ゲストによる"Seedhe Maut's Interlude"や"FTS Outro"といったトラックさえも、かなり聴きごたえのある内容に仕上がっており、年末に各媒体が選出する今年のベストアルバムにも確実にノミネートされるだろう。



彼の評価、そしてインドのヒップホップブームの本質については、Rock Street Journalの記事にあるこの文章に言い尽くされている。
His talent is undeniable and his ambitions, admirable. It’s a common misconception that the explosion of hip-hop in India is credited solely to rappers taking up their regional language as a medium of expression. At the crux of any artistic movement is authenticity. Audiences gravitated towards the likes of Divine and Naezy, not only because they were spitting in Hindi, but because they were simply being themselves. Historically, art has always been about speaking truth to power and hip-hop has been the most eloquent of the contemporary forms. Tienas is likely to breed a newer generation of rappers and appeal to audiences, not because he’s rapping in English, but because he’s telling his stories, his way. “Music is for the soul”, says Bobby, “it really doesn’t have a language.”

 彼の才能は否定しようがなく、彼の野心は賞賛に値するものだ。
(ヒンディー語などの)ローカル言語のラッパーたちだけがインドにおけるヒップホップブームを巻き起こしていると考えるのは、よくある誤解である。
このムーブメントの核心は「本物であること」だ。
オーディエンスがDivineやNaezyのようなラッパーに惹きつけられているのは、彼らがヒンディー語で言葉を吐き出しているからというだけではなく、彼らが(表現において)常に自身自身に対して正直であるからだ。
歴史的に見て、アートは常に権力に対して真実を語るものであった。そして、ヒップホップは今日のアートフォームの中では最も雄弁なものである。
Tienasは新世代のラッパーたちに影響を与えるだろうし、オーディエンスにもアピールするはずだが、それは彼が英語でラップしているからではなく、彼のストーリーを自分自身の言葉で、自分自身の方法で表現しているからである。
Bobbyは語る。
「音楽は魂のためのものさ。どの言語かなんて、全く関係ないんだよ。」 

映画『ガリーボーイ』のヒットでインドのストリート・ヒップホップはにわかに注目を集めているが、インドのヒップホップはそれだけではなく、こうしたメロウで内省的なラップをする優れたアーティストもいるのだ。
インドの人口規模(そしてラップのテーマとなりうる社会の矛盾)を考えれば、インドのヒップホップはセールス的にも質的にもまだまだ成長の余地が大きいと感じる。
5年後、10年後にインドのシーンがどのようになっているのか、非常に楽しみだ。
今後もこのブログではインドのヒップホップシーンに注目していきたいと思います!


参考サイト:
Azadi Records:"Tienas"
Wild City: "Review: 'O' By Tienas"
Rock Street Journal Online: "Tienas Puts Out Spacey New Album On Azadi Records"
Homegrown: "Tienas Is Indian Rap’s New Boy Wonder - Don’t Look Away Now"


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goshimasayama18 at 22:43│Comments(0)インドのヒップホップ 

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