DEL48, MUB48は果たしてインドで成功できるのか?大注目レーベル NRTYAの多彩すぎるアーティストたち

2019年07月01日

"Gully Boy(ガリーボーイ)"日本公開決定に勝手に寄せて



ボリウッド初のヒップホップ映画、"Gully Boy"の日本での公開が正式に決定した。
公開日は10月18日。
邦題はそのままカナ表記で『ガリーボーイ』となる。
この映画は、本国インドでは 2月に公開され、大ヒットを記録。
日本でも同時期に英語字幕での自主上映が行われ、熱狂的な支持を受けて正式公開が待たれていた。

…と、冷静に書いてしまったが、なにを隠そう、私も日本での正式公開を熱烈に待っていた一人だ。 
これまでずっとこの映画のタイトルを、原題の通り"Gully Boy"と書いてきたが、それを「ガリーボーイ」とカタカナ表記で書けるうれしさといったらない。
なんでかっていうと、果たしてこの映画が日本で正式に公開されるかどうか、正直結構不安だったからである。

『ガリーボーイ』は本当に素晴らしい映画だが、これまで日本でヒットしてきたインド映画のように、超人的な主人公が活躍する英雄譚でも、敬虔な信仰を持つ素朴な人たちの心温まるヒューマンドラマでも、恋愛もアクションもコメディーも出世物語も全て詰め込んだ何でもありのマサラ風エンターテインメントでもない。
ボリウッド(ムンバイで作られたヒンディー語映画)とはいえ、日本人が考えるインド映画のイメージとは大きく異なる作品なので、配給会社が二の足を踏んで、日本での公開に至らないのではないかと、心配していたのだ。
配給を決定してくれたTwinさん、どうもありがとう!

そう、率直に言って、『ガリーボーイ』は、既存の「インド映画」の枠の中で見るべき映画ではない。
もちろん生粋のインド映画ファンも必ず楽しめる作品だが、この映画は、できれば今までインド映画を敬遠してきた人にこそ見てほしい。
ヒップホップファンや音楽好きはもちろん、「ヒップホップって、川崎あたりのヤンキーがやってるやつでしょ」っていう程度の認識の人も、見てもらったら、ヒップホップがどう他のジャンルの音楽と違うのか、どんな特別な意味があるものなのかを、感動とともに理解できることと思う。
それから、代わり映えのしない毎日を鬱々と過ごしている人たち(私やあなただ)にも、是非見てもらいたい。
(押しつけがましいメッセージがある映画ではないからご安心を)

貧しい青年のサクセスストーリーや、身分違いの恋といった、インド映画にありがちな要素も確かにある。
だが、この映画は、インド庶民の夢と理想を詰め込んだファンタジーではなく、実在のラッパーとムンバイのヒップホップシーンがモデルとなった、かなりリアルに現代を描いた物語なのだ。
ゾーヤ・アクタル監督は、ムンバイのアンダーグラウンドなヒップホップシーンのリアルさと熱気に感銘を受けてこの映画の制作を決意したというし、大のヒップホップファンであった主演のランヴィール・シンは、「自分はこの役を演じるために生まれてきた」とまで語っている。
この作品は、ムンバイで何か新しいことが起こった瞬間を、映画という形にとじこめたものでもあるのだ。
製作陣と出演者の熱意が込められたストーリーをごく簡単に紹介しよう。
 
主人公のムラドは、ムンバイ最大のスラムである、ダラヴィに暮らす大学生。
アメリカのヒップホップスターに憧れながらも、殺伐とした家庭で希望の持てない日々を過ごしていた。
ある日、大学で行われていたライブで観客を熱狂させる地元のラッパーを見たムラドは、この街にアンダーグラウンドなヒップホップシーンがあることを知る。

インドでは、欧米や日本のように、ヒップホップがエンターテインメントとして大きな存在感を持っているわけではなく、一般的にはまだまだ知られていない。
インド初のリアルなヒップホップ映画でもあると同時に、大衆エンターテインメント映画でもあるこの作品は、まだまだインドでは知名度の低いヒップホップを紹介するため、ラップとはリズムに乗せた詩であること、自分の言葉を自分でラップして初めて意味を持つことなど、ラップの何たるかがさりげなく分かるような構成にもなっている。
ヒップホップに全く興味がない人も置いていかないようになっている良くできた演出だ。

ムラドは書きためていたリリックを持って、ラップバトルの場に向かう。
はじめは自分がラッパーになる気は無く、リリックを渡すだけのつもりだったが、「ヒップホップはリリックを自分でラップしてこそ意味があるもの」と言われ、ラッパーとしての一歩を踏み出すことになる。
彼がYoutubeにアップしたラップは好評を博し、先輩ラッパーや帰国子女のトラックメーカーの助けも得て、ムラドはラッパーとしての道を歩んでゆく。
貧困、音楽活動に反対する父、やきもち妬きの恋人との別れなど、ムラドはさまざまな苦境にさらされるが、やがて、ラッパーとしての名を大きく上げるチャンスに出会うことになる…。

映画のタイトルになっているガリー(Gully)は、ヒンディー語で「路地裏」のような細い通りを意味する言葉である。
登場人物のモデルの一人であり、今ではインドを代表するヒップホップアーティストとなったムンバイのラッパーDivineが「ストリート」の意味合いで使い始めた、インドのヒップホップカルチャーを象徴する言葉で、主人公のムラドは、まさにダラヴィの「ガリー」で生まれ育ったという設定だ。
この映画は、ムンバイの巨大スラムで淀んだ青春を過ごすストリートの若者が、ヒップホップと出会い、希望を見出してゆく物語でもある。

インドの社会は、あまりにも大きな格差が存在する、残酷なまでの「階級社会」だ。
ムンバイのような大都市では、大企業や政治に携わり、海外とのコネクションを持って富を独占する人々と、彼らに仕えることで生計を立てる人々との間に、あまりのも大きな格差がある。
「ガリー」に暮らすムラドは、言うまでもなく後者に属している。
ガリーに暮らす人間が少しでも生活を良くするためには、なんとかして教育を受け、少しでも良い仕事につき、必死で働くしかないが、どんなにがんばっても、富を独占する富裕層の生活には遠く及ばないことは目に見えている。
構造的に希望が持てない立場に追いやられてしまっているのだ。

「ガリー」の人々は、これまで自分たちの言葉を発信する手段を持たず、彼らの言葉を聞くものもいなかった。
だが、ヒップホップという枠組みの中では、ストリートという出自はむしろ本物の証明であり、そこに生きる者のリリックはリアルな言葉として、同じ立場のリスナーに支持されてゆく。
ヒップホップにおいては、虐げられ、搾取される者の言葉が価値を持ち、なおかつその言葉で「成り上がる」ことができるのだ。

ムンバイじゅうのアンダーグラウンドラッパー(ほぼ全員がカメオ出演!)とのラップバトルのシーンの審査員を務めるのは、海外のシーンで活躍する在外インド人のミュージシャンたちだ。

インド人によるヒップホップは、イギリスやアメリカにいる在外インド人によって始められ、本国では耳の早いおしゃれな若者たちによって、支持されてきた。
本来はストリートカルチャーであったヒップホップが、当初はハイソな舶来文化として定着してきたのだ(この図式は他の多くの国でも見られるものだと思う)。
この映画は、これまでアンダーグラウンドなヒップホップシーンを作ってきた富裕層出身者と、「ガリー」出身のムラドとの邂逅の物語でもある。
つまり、インドでヒップホップがリアルなものになる瞬間を描いた作品でもあるということだ。

アメリカの黒人の間で生まれたヒップホップという文化が、全く別の国、それも、貧富の差や与えられるチャンスの差が極端に大きいインドのような国で、どのような意味を持つことができるのか。
ヒップホップという文化の普遍的な価値を知ることができる映画である。

主人公ムラドのモデルになったラッパーNaezyは、iPadでビートをダウンロードし、そこにラップを乗せ、さらにiPadで近所で撮影したビデオをアップロードして、一躍インドのヒップホップ界の寵児となった。
(その後、この映画のモデルとなったことで一般的にも広く知られるようになり、さらにビッグな存在になった)
スタジオでレコーディングするお金はなくても、専門的な機材もコネクションもなくても、やり方次第で誰もが自分の表現を発信し、世に出ることができる。
たとえスラムで暮らしていても、インターネットというインフラさえあれば、工夫次第でいくらでもチャンスつかむことができる。 
これは、インドだけの物語でも、ヒップホップだけの物語でもなく、インターネット時代の普遍的なサクセス・ストーリーでもある。

「俺の時代がやってきた」とラップする、この映画を象徴する1曲。"Apna Time Aayega"


主人公のモデルとなったNaezyのアンダーグラウンドシーンでの成功を追ったドキュメンタリー。
ヒップホップ人気が沸騰する直前の、ムンバイのアンダーグラウンドシーンの雰囲気が感じられる映像だ。


最後にもう一度紹介する。
10月18日公開の、インドはムンバイの実在のストリートラッパーをモデルにした映画『ガリーボーイ』。
自分はたまたまインド好きの音楽好きということで、この映画に少し早く出会うことができたが、インドとか音楽とかに関係なく、できるだけ多くの人に見てほしい映画である。
あなたもぜひ。


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