2018年02月10日
秘境ナガランドの“We are the World”
今回紹介するのは「ナガランド」。
例のインド北東部7州「セブン・シスターズ」の中のひとつだ。
州の名前の「ナガ」とは、インドとミャンマーの国境付近に広がる山岳密林地帯に暮らす民族の名前で、ほんの数十年前まで、部族間の抗争や成人の儀式として「首狩り」の風習が行われていたことでも知られている。
かつてはインド、ミャンマーの両国を相手にした武装独立闘争が展開されており、ナガランド州もインド政府によって長らく外国人の訪問が制限されていた。
そのせいもあって、このあたりはごく最近まで『アジア最後の秘境』と呼ばれていた。
最近では、外国人観光客にも解放されていて、他のインド北東部の諸州と同じく非インド的な方向に発展してきているようで、北東部名物デスメタルバンド*もちゃんといる。
*クリックするとナガランドのデス/ブラックメタルバンドAguaresの曲、その名も“Storm of Satanic Cult”(中二っぽいかわいいタイトル!)が聴けます。
このナガランド、いつも「首狩り」とか「秘境」とか、見世物的好奇心を煽るフレーズでばかり紹介されているのが正直ちょっと気の毒だなって思うのと、そこに輪をかけてアタクシもデスメタルバンドなんかを紹介してしまったところなので、今回は、ナガランドの美しく調和した姿を感じられる曲を紹介させてもらいます。
本日紹介するのは、“Voice of Naga”というグループ(プロジェクト?)の“As One”という曲。
この曲、何が面白いって、あの“We are the World”のように、ナガランドに暮らすさまざまなコミュニティーが、それぞれ個性的な服装、歌唱方法、振り付けで1フレーズずつ歌ってるっていうこと。
「ナガ族」は、単一の文化のもとに暮らしているのではなく、異なる習俗、言語、服装を持った16の「部族」(Angami, Ao, Chakhesang, Chang, Kachari, Khiamniungan, Konyak, Kuki, Lotha, Phom, Pochury, Rengma, Sangtam, Sumi, Yimchunger, Zeme-Liangmai)の総称(と、英語版Wikipediaをはじめいろんなサイトに書いてあった)とされている。
この曲では、ナガの16部族にインド各州からの移民の人々なども加わって、個性を競いつつナガランドの調和が歌われており(多分)、この曲を聴けば、ナガランドでどんな人々が暮らしているかっていうのが自ずと分かるようになっているってわけだ。
モンゴロイド系のナガの人々のなかに、インドのいわゆるメインランドの人たち(テルグーとかパンジャーブとかビハールとか)が出てくると、歌い回しも顔立ちもぐっと濃くなるのがちょっと面白い。
あと、イスラム教徒の人たちに関しては、民族名や出身地ではなくて「ムスリム」とざっくりひとまとめにされているところも趣深い(歌い出しはやっぱり「アッラー」)。民族的な相違に関わらず、ムスリムはひとつのコミュニティーという扱いなのだろう。
それにしてもよくこれだけいろんな部族から歌の上手い人集めてきたよなあ。
この中からさらに選抜したメンバーで「India’s Got Talent」っていう全国区のオーディション番組にも出たようだ。
そのときに歌った曲は「Dil Hai Hindustani」。
これは「わたしの心はインド人」という意味で、「北東部出身のわてら、顔かたちや服装は一般的なインド人と違うかもしれへんけど、国を愛するれっきとしたインド人なんでっせ。忘れないでおくんなまし」といった意味もあっての選曲なのだろう。
今回紹介した「As One」、つっこみ所を探せば、なんかユニセフ的な毒気のなさっていうか善良さが鼻につくとか、最後の方で真ん中に座ってる政治家っぽいオッサンが気になるとか(みんなに慕われている立派な人なのかもしれないけど)、茶髪の女の子はきっとふだんは民族衣装着てないよね、とか(日本でいう花火大会の浴衣みたいなもんかね)、途中で出てくる部族のダンスの映像がなんか観光客向けのっぽいとか(別にいいけど)、映像を見ないで曲だけ聴くとけっこうつまらないとか(それを言っちゃあおしめえよ)いろいろあるのだけれども、コンセプトの面白さと完成度の高さは素直に素晴らしいと思う。
A.R.ラフマーンあたりに、インド全国版のこういう曲を作ってもらえたら、是非聴いてみたいなあ。
と思ったら、この曲の最後のクレジットの「アドバイザー」としてA.R.ラフマーンの名前が!やっぱり絡んでいたのか。
でもナガランドの文化を網羅しただけで曲の長さが8分超で、まさに長(なが)ランド(すいません)。
もしインド全国版を作ったら、いったいどれくらいの長さになるのか想像もつかないですなあ。
魅力の尽きぬインド北東部、今回はナガランドからのお届けでした。
2018年02月06日
インドの州別ヘヴィーメタル事情
当時、ロック好きの若者だった私は、インドにはどんなロックバンドがいるのか、少しだけ楽しみにしていた。
ひょっとしたらクーラシェイカーなんかよりかっこいい、まだ見ぬインド風のロックバンドがいるかもしれない。
ところが、当時のインドには全然ロックなんてなかった。
街で流れているのはボリウッドの映画音楽かヒンドゥーの讃歌のみ。
デリーのカセットテープ屋(当時、インドで最も流通していた音楽記録媒体はカセットだった。CDではなくて)で「インドのロックをくれ」と言って買ったテープは、日本に帰って聴いてみるとジュリアナ東京とボリウッド音楽が混ざったようなやつだった。
先日からヴェーディック・メタルとか、インド北東部のデスメタルとか、やたらとインドのヘヴィーメタル事情について書いているが、なんでそんなにこだわっているかというと、そんなインドに、ロックのなかでも非常にエクストリームな音楽である、ヘヴィーメタルのバンドがたくさんいるっていうのが気になってしょうがないからなんである。
なにしろ、当時は首都のカセット屋(日本で言えば東京のCD屋)からしてロックがなんだか分かっていなかったのだ。
「ロック」が若者っぽい激しめの音楽っていうことまではかろうじて理解しているようではあったけど、バングラ的ダンスビートみたいな、まったくもって非ロック的なものまで、ロックの範疇にいれてしまうくらいだ。
もし「ヘヴィーメタルのカセットをくれ」なんて言った日には、「なんだそれは?聞いたこともないぞ」と返されたに違いない。
ジャンル自体が全く知られていないという意味では、「演歌のカセットをくれ」というのと同じようなものだったろう。
大幅に話がそれちゃった。
ここから本題に入ります。
こないだ、インドのメタルバンドをいろいろ調べていた時に、Enciclopedia Metallumというサイトを見つけた。
その中で、各国のメタルバンド一覧が見られるページがあって、インドのページを見ると、2018年1月現在で196ものバンドが登録されていた。
まずびっくりしたのは、そのうちのほとんどがデスメタルかブラックメタルだったっていうこと。
メタルはメタルでも、古典的なJudas PriestとかIron MaidenとかMetallicaみたいなバンドっていうのはほとんどいなくて、とことんヘヴィーなサウンドで死とか反宗教といった不吉なテーマを絶叫しているバンドばかりっていうのに驚いた。
こういう音楽に、インドの一部の若者達を引きつけるものが 何かあるんだろうか。
このEnciclopedia Metallum、ありがたいことに、それぞれの バンドがどこの州のどこの街の出身なのかが全部書いてくれている。
Alien Godsのタナは「北東部のメタルシーンはまだまだアンダーグラウンドだよ」と言っていた。
これまで見てきた印象では、インド北東部はかなりメタルが盛んなようだが、実際のところはどうなのか。
気になってしょうがなかったので、州ごとにどれくらいメタルのバンドがいるのかをエクセルでまとめてみた。
若干、俺、いったい何やってるんだろう、って思わないでもなかったけど。
次に、当然州によって人口が多かったり少なかったりするので、州の人口も付け加えてみた。
さらに、人々が裕福かどうかによっても、楽器買ってバンドできるかどうかってのが変わってくるわけだから、各州の一人当たり GDPなんてのも調べてみた。
インターネットって便利だなあ。
最後に、各州で、1,000万人あたり、いくつのメタルバンドがあるのか、というのを割り出してみた。
なんでキリの悪い1,000万人あたりなのかっていうと、インドには独特の数の数え方があって、10万をlakh(ラック)、1,000万をcrore(クロール)っていうんだけど、よくインドの役所の統計なんかにも使われているのでそれをマネしてみたって次第。
その表がコチラ。
「人口当たりのメタルバンド数」が多い順に並べてある。

インドの地図も載っけときます。
![]() |
ミゾラム、メガラヤ、ナガランド、アルナーチャル・プラデーシュ、アッサム、マニプルといった北東部諸州が、見事にトップ10圏内にランクインしている。
トップ10の他の州では、やはりというか、大都市を擁する州が食い込んできている。
カルナータカ州はバンガロール、マハーラーシュトラ州はムンバイとプネー(大学が多い若者の街)、ウエストベンガル州はコルカタといった都市があり、欧米的なカルチャーが育まれているのだろう。
北東部諸州がすごいのは、アルナーチャル以外、一人当たりGDPは決して高くない(むしろ低い)のに、それでもみんなメタルバンドをやってるっていうこと。
何度も言ってきたように、それだけ西洋の文化への親和性が高い地域なのだろう。
いっぽうで、首都デリーを別として、北インドの文化の中心である、いわゆるヒンディー・ベルトと呼ばれる地域(ウッタル・プラデーシュとかビハールとか、ラージャスタンとか)には、人口が多い割に全然メタルバンドがいないっていうことも分かった。
保守的というか、あまりにもインド的な文化が強すぎるのだろう。
GDPを見れば分かる通り、ウッタル・プラデーシュやビハールなんかだと貧困という面も無視できない。
この地域には、タージマハールのあるアグラ、ガンジス河のヴァラナシ、カジュラホにブッダガヤといった街があり、多くの日本人旅行者が訪れる地域と重なる。
何を隠そう、私が最初のインド旅で訪れたルートもほぼ同じである。
今でもこんななんだから、当時インドのこの地域でロックを感じられなかったとしても当然だったというわけだ。
また、大都市チェンナイを擁するとはいえ、文化的には保守的とされるタミル・ナードゥ州のランクが相対的に低いのも、なるほどいった感じがする。
ちなみに同様に日本について調べてみると、人口1,000万人あたりのメタルバンド数は146バンド!
北東部がインドの中じゃメタル銀座だっていっても、やはりシーンがアングラだというのはその通りなのだろう。
同じような統計でラッパーがどの州に何人くらいいるか、とか調べられるとまた面白いかもしれない。
それでは、今回はこのへんで!
2018年02月02日
トリプラ州の"コンシャス"ラッパー Borkung Hrankhawl その2
前回、EDM/ロック的なトラックにポジティブ言葉を乗せてラップするBorkung Hrankhawlの音楽と彼の故郷トリプラ州について書いたので、今回はBorkungその人に迫ってみたいと思います。
そう、わざわざ2回に分けて書くってことは、これは相当面白い(とアタクシが勝手に思ってる)ってことでございます。
さて、Borkung Hrankhawl.
彼はトリプラ民族主義を掲げる政党”Indigenous Nationalist Party of Twipra”(トリプラ先住民民族主義党)の党首、Bijoy Kumar Hrangkhawlの一人息子として生まれた。父はトリプラ人の権利のための武力闘争を経て政治家になった人物で、Borkungにも大きな影響を与えた。
2つのサイト(HindusthanTimes, FirstPost)のインタビューから、Borukungの半生と音楽観、人生観を見てみよう。
彼のラップ同様、インタビューで語る言葉も熱くストレートだ。
「クラブや酒や女性についてラップするのは好みじゃない。ラップは神様からの贈り物なんだ。僕はラップを使って世の中をより良くしたい」
トリプラ先住民のために尽力する父を見て育った彼は、ラップを通してトリプラ人のことや彼らをとりまく環境を伝えたいという意識を持っている。
「トリプラの人々は人口が少ないせいで無視されてきた。僕たちはトリプラ人としての権利が得たいんだ。暴力や、人間性を脅かすようなことを煽るんじゃなく、僕はただ、平等と平和を広めたいんだ」
ここでは「トリプラの人々」と訳したけど、彼はTribal people in Tripuraという言葉を使っている。
インドでTribalという言葉は、一般的にはインドの主な宗教や文化とは別の伝統のもとに暮らす先住民族や少数民族のことを表している。
そして、彼らの多くは今なお被差別的・後進的な生活を強いられている。
前回も触れたように、都市部で差別的な扱いを受け、ときに命を落とす北東部出身者も後を絶たない。
Borkungもまた、学生時代にデリーでネパール人と間違えられて強盗にあった経験があると語る。
北東部出身の人間がデリーで暮らすうえで、このような危険は常にあるという。
多くの北東部の州で、ときにテロリズムにまで及ぶ独立運動が行われているのには、こうした背景がある。
だが、暴力ではなく平和を訴える彼は、こうした差別や無理解に対してこう語る。
「僕たちはみんな同じインド人だ。僕はこのギャップを埋める架け橋が必要だと感じたんだ。彼ら(大多数のインド人)は僕たちの文化を知らないだけで、他の点では彼らはいい人たちなんだよ」
彼のデビュー曲の名は”The Roots”。
より直接的に差別反対とトリプラ人の権利を主張し、自身のルーツを誇る楽曲だ。
いくつかの印象的なリリックを書き出してみる。
(しかも調子に乗って途中まで訳でも韻を踏んでみた)
I ain’t no politician though I’m vicious 俺は凶暴だけど政治家じゃない
Never worshipped on a path of a wrath 怒りへの道を崇めたりしない
I’m from Tripura you fakers 俺はトリプラ生まれだ イカサマ師たち
That’s the first thing you ought know これは最初に覚えとけお前たち
I did grow from Dhalai district and I need no passport インドに来るのにパスポートはいらない ダライ地区育ち
TNV and INPT could be the last soul TNVとINPTが最期の魂
(TNV,INPTは彼の父が率いていた武装組織と政党の名前)
How can you feed the poor when you bribe what has been reissued? 与えられたものを賄賂にしてしまうならどうやって貧しい人たちを食わせる?
All the rights given to us were misused 俺たちに与えられた権利はすべて悪用されてる
'Cause we the indigenous people have been spoofed out of our own land 俺たち先住民は自分たちの土地を追い出されてる
Though we minority, we hold hands マイノリティーでも手を携える
You ain't a component to extinct our clan 我々一族を絶やすことはできない
We fight till accomplishment 俺たちは成し遂げるまで戦う
I gotta give it, a salute to my roots yo. I gotta lift it up and never loose my roots yo.
さあ、俺は自分のルーツを讃える、絶対にルーツを失ったりしない
さらにメッセージ色の強いこのフリースタイルも非常に印象的だ。
ライムになっているだけでなく、全体が起承転結のある素晴らしいメッセージになっている全文はYoutubeの「もっと見る」から読むことができるので、ぜひチェックしてほしい。
ちなみに最後に出てくるRichard Loitam、Danna Sangma、Reingamphi Awungshi、Nido Taniaの4人は、いずれもデリーやバンガロールといった大都市で死に追いやられ、満足な捜査さえも行われなかった北東部出身の学生の名前だ。
リアルでストレートな表現と主張。あまり軽薄な言葉は使いたくないが、ものすごくかっこいい。
本物の表現者だなって感じる。
小さい頃からラップに夢中だった彼は、ライムしながらメッセージを伝えることが何よりも好きだったようだ。
ラッパーとしては、EminemやFat Joe、Fort Minorに大きな影響を受けたという。
極めてシリアスな表現者でありながら、ポップな曲への参加にも抵抗がないようで、意外なところではデリーの城みちるみたいなポップシンガーの曲にゲスト参加していたりもする。
インタビューで今後の目標を聴かれた彼は、グラミー賞を取ることだと答えた。
「僕は仲間を代表して、インドを代表してグラミーを勝ち取ってこう言いたいんだ。僕はトリプラ人だ。僕はインド人だと。自分がどこから来たのかを、自分のストーリーを伝えたいんだ」
こう言ってはなんだけど、ポップミュージックの辺境インドの中のさらに辺境の北東部のインディーズアーティストが、こんな大きな夢とメッセージを持っているということに、なんというか、またしてもぐっと来てしまった。
こないだのデスメタルバンドのTanaもそうだけど、インド北東部の人、ちょっとぐっと来させすぎじゃないか。
「インドのメインランド(主流文化地域)の友達もたくさんいるよ。彼らはみんないい人たちで親切だ。そうじゃないごく一部の人は、北東部のことを知らないだけなんだと思う。一度人間として受け入れられれば、優しい心の人たちがたくさんいる。僕が言いたいのは、必要なのは親密さを増すことだってこと。北東部とメインランドの親密さを育んでいく責任が僕らにはあるんだ」
人間性への揺るぎない信頼。それこそが彼のポジティブさの根底にある信念なのだろう。
彼はトリプラの人々だけでなく、インド全体の人々にメッセージが届けられるように、英語やヒンディーでラップすることを選んでいるというが、彼の表現の普遍性は、インド北東部や国境を越えて心に響くものがあるように感じる。大げさに言えば、ボブ・マーリーのように。
過酷な環境にも折れないポジティブさは、いつだって音楽を音楽以上のものにしてくれる。
2018年02月01日
トリプラ州の“コンシャス”ラッパー Borkung Hrangkhawl その1
バックパッカーの言葉で、旅の途中でひとつの場所についつい長逗留してしまうことを「沈没」というが、どうやらこのブログもインド北東部に沈没してしまったみたいだ。
正直、インドの中でもあんまり知らないエリアではあったのだけど、面白い音楽が出てくる出てくる。
ってなわけで、今回はデスメタルから離れて、インド北東部トリプラ州のラッパーを紹介します。
それではまず聴いてみてちょうだい。
"Never Give Up"
彼の名はBorkung Hrangkhawl.
と紹介してはみたものの、……読めない…。
ボルクン・ランコウルって感じで良いのかな?
彼の名前はインドの人たちにとってもやっぱり読みにくいようで、BKというシンプルなステージネームも使っている。
まず切れ味のよい英語のラップのスキルにびっくり。
それからヒップホップというよりもロックやEDM色の強いミクスチャー的なトラックも印象的で、ちょっとLinkin Parkにも似た感じがする。
北東部ゆえかインド臭がまったくしないサウンドだ。
Borkungはビデオにも出ているトラックメーカーのDJ InaとギタリストのMoses Raiとのトリオで活動しており、リリックにもRap with EDMとかTrying to blend hip hop with a new musicなんて言葉が出てくるので、かなり意図的にこの音楽性を作り上げているのだろう。
そんでサビだ。
I am not giving up
My dreams, my life, my struggle no, not anymore.
I am not giving in
my dreams, my life not anything it’s never too late I know,
Never give up.
夢も人生も戦いもあきらめないぜ!遅すぎるなんてことはないんだ!絶対にあきらめるな!となんだかやたらにポジティブで力強い言葉が並ぶ。
Borkung、熱い男のようだ。
続いての曲をどうぞ。"Fighter"
それにしても、ムンバイのDIVINEのビデオクリップは地元下町を練り歩くやつばかりだったけど、自然豊かなトリプラで育った彼になると、大自然の中を練り歩くのばかりになるってのは、やはりヒップホップの「レペゼン地元」って感覚によるものなんだろうか。
次はもう少し古い2013年の曲。"Journey"
なんか曲名のセンスがどれもちょっとハウンドドッグみたいではあるけれど、気にせず聴いてみてください。
この曲のサビも「The journey goes on till I make it」とあくまでもポジティブ全開。最後のヴァースはヒンディーで歌われているんだが、その前のヴァースの英語のリリックも印象深い。
Hitting hip hop scene of North East city, No retreat, No surrender, in this life of treachery
Misery is a part of it, to admit that my life was ruined
But look at me now haters! I'm smooth like a fluid
Blessed out beat so thick, with blip music, being Aesthetic
Blinked out the whole crowd and Rap Critics
That's why I opted, I opted
「俺は後退も降伏もしない」「憎しむものたちよ(Haters) 俺を見ろ!音楽でぶちかますぜ なぜなら俺は決めたんだから」と、またしても逆境に負けないポジティブな言葉が続く。
ところで、ここで出てくる”Haters”とは誰を指すのだろうか。
そして、このポジティブ野郎ことBorkung Hrankhawlとはどんなバックグラウンドを持った人物なのか。
彼の出身地であるトリプラ州は、古来からトリプラ王国が栄えた土地で、現在では360万人程度が暮らしている(インド全体の人口の0.3%)。
地図を見てみると、インド北東部の「セブン・シスターズ」の中でもバングラデシュに突き出すような場所に位置しているのが分かるだろう。(ミゾラムから東側はミャンマー)
言語的には、周辺地域で使われるベンガル語とは全く異なるコクバラ語を話し、独自の文化を保ってきた地域である。
ちょっとどんなところか見てみよう。
今では博物館になっているかつての王宮。
自然が豊かな地域もあり、野生の象も見られる。
人々はこんな感じ。顔はいわゆるインドの人たちよりも、ぐっと東アジア。
こんな遺跡も。
それでいて、州都のアガルタラはそれなりに栄えているようでもある。
しかしながら、周辺の諸地域同様に、トリプラの多くの人々も、インド社会の中で軽視され、差別的な扱いをされていると感じているようだ。
実際に、近年になっても、デリーやバンガロールといった都市部では、北東部出身の学生が不審な死を遂げたにも関わらず十分な捜査が行われなかったり、差別的な扱いに耐えかねて命を絶ったりという悲惨な事件が何件も発生している。
たまたまこないだ読んだウダイ・プラカーシの「黄色い日傘の女」という小説でも、地元のマフィアにリンチされて死を選ぶ北東部出身の学生の様子が生々しく描かれていた。今もなお、北東部の人々がインドの中心的地域への反発を抱くのには十分な理由と背景があるのだ。
そうした感情を持つ人々の一部は、以前から「トリプラ民族解放戦線(NLFT)」を組織してゲリラ的な活動を行っており、インド政府によりテロ組織にも指定されている。
そう、この地域が豊かな自然と文化にもかかわらず、ツーリストにあまり馴染みがなかった理由の一つとして、各州の独立派テロリストの活動が長く盛んだったことが挙げられる。
長くなってきたので今回はここまで!
今回は正直言って予告編。
次回はこのトリプラの地でポジティブな言葉を吐く男、Borkung Hrankhawlの人となりに迫ってみます!
2018年01月28日
デスメタルバンドから返事が来た!Alien Godsのギタリストが語るインド北東部の音楽シーン
こないだのブログで、インド北東部7州「セブン・シスターズ」にどうやら多くのデスメタルバンドがいるらしい、ということを取り上げた。
インドの中でも辺境とされ、自然豊かなこの地域で、どうしてそんなに激しい音楽が流行っているのか。
探ってみるためにいくつかのバンドにメッセージを送ってみたところ、Top 10 Indian Death Metal Bandで第9位の、アルナーチャル・プラデーシュ州イーターナガル出身のAlien Godsからさっそく返事が来た!
メッセージをくれたのはギタリストのTana Doni.
「俺たちに興味を持ってくれてありがとう。どんな方法でも喜んで協力するよ」
と、なんかいい奴っぽい。
ではさっそく、インタビューの様子をお届けします。
凡「まず最初に、Youtubeやなんかを見ていて、インド北東部にたくさんのメタルバンドがいることに驚いたんだけど」
Tana「アルナーチャルには他にもいいバンドがたくさんいるよ。よかったら紹介するよ」
と教えてくれたバンドは、
プログレッシブ・ブラックメタルとのふれこみのLunatic Fringe
マスロックバンドのSky Level.
現代的なヘヴィーロックで、なかなか面白いギターを弾いている。
ロック系ギターインストのAttam. 彼は近々アルバムを出すという。
凡「イーターナガルとかアルナーチャル・プラデーシュ州のメタルシーンについて教えてくれる?」
Tana「正直言って、シーンはアンダーグラウンドなものだよ。北東部にはいろんなジャンルが好きな人がいるから。でもマニプル州は他の北東部の州よりシーンが発展しているかな」
凡「どんなところで演奏してるの?」
Tana「Govermental hall(公民館のようなところか)とか、Community Ground(屋外の公共の場所か)とか」
なんと。田舎ながらもシーンがあって、愛好家が集うライブハウスみたいなものがあるのかと思ったら、本当に好きな人たちがなんとか場所を借りて続けている状況のようだ。
凡「Alien Godsはブルータルなサウンドが印象的だけど、どんなバンドに影響を受けたの?」
Tana「実は俺は3枚目のアルバムができてから加入したから、よく分からないんだよね。今のメンバーでオリジナルメンバーはボーカルだけなんだ」
またしてもびっくり。でもそれって代わりになるレベルのプレイヤーが身近にいるってことだよね。アングラとはいえそれなりにプレイヤー人口はいる様子。
凡「じゃあ、あなた自身はどう?いつ、どんなふうにこういう音楽と出会ったの?」
Tana「最初はパンクロッカーだった。2007年、高校生の頃のことさ。Blink182やSum41が好きだった。それからハードコア・パンクに興味を持つようになったんだ」
凡「へえー!でもインドってあんまりパンクが盛んじゃないように思うけど」
Tana「インドにもいい感じのアンダーグラウンドのパンクシーンがある。”The Lightyears Explode”はチェックすべきだよ。彼らとは地元のフェスで共演したんだ」
The Lightyears Explodeはこんなバンド。
ポップなサウンドに内向的な歌詞。なかなかいいじゃないですか。
インドだと、メタルバンドはだいたいがとことんヘヴィーなデスメタル系なのに、パンクになるとポップになる傾向があるのかな。
凡「じゃあ、ポップ・パンクからハードコア・パンク、そこからデスメタルって感じなんだね」
Tana「デスメタルの前はブラックメタルだったよ。これが俺の最初のバンドなんだ」
ギターがメロディアスで、日本のメタル好きにも人気が出そうなサウンドだ。
Tana「それからAlien Godsに加入して、今ではSacred Sacrecyっていうバンドもやっている」
Sacred Secrecyはよりブルータルかつテクニカルな感じのバンドのようだ。
凡「好きなバンドとか、好きなギタリストは?」
Tana「いくつか挙げるなら、Cradle of Filth, Dimmu Borgir, Cannibal Corpse, Cryptopsy, Cattle Description, Strapping Young Ladかな」
凡「どれもデスメタルとかブラックメタルの大御所だね。実は僕、Strapping Young Ladのデヴィン(ヴォーカル/ギター。Steve VaiのSex & Religionというアルバムでヴォーカリストを務めた)はヴァイと一緒のツアーで見たことがあるよ」
Tana「へえ!それはすごくラッキーだね!俺、Strapping Young Ladのコンサートを見るためだったら何でもするよ。彼はまさにレジェンドだね。ところで、マキシマム・ザ・ホルモンってバンドは知ってる?」
凡「もちろん、日本のバンドだよね。日本じゃヘヴィーな音楽はアンダーグラウンドだけど、彼らはすごく人気があるよ」
Tana「だろうね。だからこそ俺が住む北東インドまで彼らの音楽が届いてるんだと思う。彼らのスタイルは好きなんだ。すごく興味をそそるよ。いくつか日本のバンドでお勧めを教えてくれたらうれしいんだけど」
さて、困った。最近のこの手のジャンルは全然知らない。
凡「日本じゃメタルだともっとメロディアスなやつが人気なんだよ。X Japanとか、知ってる?」
Tana「うん。ってか知らない奴いる?」
あ、そうなの。日本の皆さん、インド北東部でもXは有名です。
彼にいくつか日本のバンドを教えてあげる。タナはかなりコアなメタルファンのようで、たとえば日本の老舗ブラックメタルバンドのSighも聴いたことがあると言っていた。
凡「それじゃあ、最後の質問。ミュージシャンとしての夢を教えてくれる?」
Tana「ワールドツアーだよ。俺はステージプレイヤーなんだ。スタジオに座ってるより、ツアーをしていたい」
凡「ありがとう。いつか日本でライブが見られたらうれしいな。またニュースがあったらぜひ教えて」
と、かいつまんで書くとこんな感じのインタビューだった。
インタビューを終えて、いくつかのことについて分かったし、いくつかのことについて反省もした。
まず分かったのは、セブン・シスターズ諸州では、けっしてデスメタルが盛んなわけではなく、世界中の他のあらゆる地域と同じように、メタルはアングラな音楽で、でも根強いファンがいるということ。
それから、ポップなパンクからハードコア・パンクに進み、そこからだんだんよりヘヴィーでテクニカルな音楽が好きになっていったという彼の音楽キャリアは、日本でも欧米でも、世界中のどこにでもあり得るようなものだということ。
反省したというのは、自分の中のどこかに、こんなに辺鄙なところで(失礼)デスメタルをやってるなんて、なにかすごく面白い秘密があるんじゃないだろうか、と無意識に思ってたということだ。
そもそもデスメタルのミュージシャンにインタビューすること自体初めてだったけど、彼とやり取りをしていて、アルナーチャル・プラデーシュという、自分が全く行ったことがない場所の人と話しているという気が全然しなかった。
っていうか、まるでこの手の音楽が好きな日本の後輩と話しているような気さえした。
インターネットで世界中が繋がったこのご時世、ネットがつながる環境さえあれば、世界中のどこにでも、同じようなものに惹かれる人たちがいる。
流行っているポップミュージックは国によって違っても、コアな音楽には国境はない。彼と話をしていて、改めてそう認識した。
また、以前書いたように、インド北東部の人々は、インドのマジョリティーと文化的なバックグラウンドを共有しないがゆえに、よりダイレクトに欧米のカルチャーの影響を受けるのだろう。おそらくはそれがこの地域でデスメタルが盛んなように見える理由だ。
それから、「Strapping Young Ladのライブを見るためだったら何でもするよ」という彼の言葉と、ライブハウスが無いから公民館みたいな施設を借りてライブをやっているということにも、なんというかこう、ぐっと来た。
セブン・シスターズ出身の別のデスメタルバンドが、デリーでライブをやったときのインタビューでこんなふうに答えていた。
(地元でのライブとデリーでのライブの違いはどう?という質問に対して)「地元じゃ誰もヘッドバンギングなんかしないで、みんな座ってじっと見ているんだ。こっちだと音楽に合わせて体を動かしてくれて、デリーのほうがずっといいよ」
おそらく彼らは本当にこういう音楽が好きで、観客が盛り上がってくれなくても、演奏をすること自体の喜びを糧にして演奏を続けているのだろう。
もちろん自分だって、こういうブログをやるくらいだから、音楽は好きなつもりだ。でも「彼らのライブを見るためだったら何でもする」とまで言えるほど好きなミュージシャンがいるだろうか。
ミュージシャン目線で見ても、日本にはいくらでも演奏する場所がある。もし無かったら、自分たちでどこか場所を借りてまで演奏したい、自分たちでシーンを作りたい、自分たちのやっている音楽が理解されなくても、ずっと演奏を続けていたい、そこまで思っているバンドマンが日本にどれくらいいるだろう。
「ぼくが今生きてるのが世界の片隅なのか どこを探したってそんなところはない」と歌ったのはブルーハーツだったが、まさしくその通り。
音楽の世界に中心も片隅もなく、あるのは演奏する人、聴く人の心だけだ。セブン・シスターズのメタルバンドたちは、間違いなくヘヴィーミュージックのど真ん中で演奏を続けている。
Alien GodsのフロントマンSaidはこう語る。
「俺たちはただ音楽が好きなだけなんだ。俺たちは名誉や金のために音楽をやっているわけじゃない。すぐれた音楽を演奏する喜びを感じたくてやっているんだ…」
彼らの音楽が好みじゃないって人たちも、この言葉には感じるところがあるんじゃないかな。














