2024年08月15日
インドのヒップホップが世界に知られる日が来たのか? "Big Dawgs"大ヒット中のHanumankindを紹介!
まさかの事態が起きている。
Def Jam India所属のラッパーHanumankindが7月9日にリリースしたシングル"Big Dawgs"が、SpotifyやApple Musicなどの大手サブスクのグローバルチャートで軒並みTop20に入る世界的にヒットを記録しているのだ。
Hanumankind "Big Dawgs" ft. Kalmi
この曲がリリースされてすぐに、私もその異様なかっこよさにシビれて「そろそろインドのラップは世界で聴かれるべき」とツイートしたのだが、まさか本当にこんなビッグヒットになるとは思わなかった。
やばいなー!
— 軽刈田 凡平 (@Calcutta_Bombay) July 10, 2024
その名もHanumankind、インドの英語ラップはそろそろ世界で聴かれるべき。
頭蓋骨を内側から引っ掻くようなビート、インドらしさとヤバさを両立させたMV、冒頭の老人の肖像はヨギ・シンが写真を見せてくることもある初代サイババ。見どころ聴きどころ多すぎる!https://t.co/OxYdnWcnOb
"Big Dawg"は8月14日現在、SpotifyのグローバルTop50で7位にランクインしている。
インド人は人口が多いので、インドでだけ盛り上がっているのが数の論理でチャート上位に食い込んでいるだけなんじゃないのか、と思う人もいるかもしれないが、この曲はUSトップ50でも現在13位。
本物の世界的バイラルを巻き起こしているのだ。
HanumankindことSooraj Cherukatはインド最南部の西側、ケーララ州にルーツを持つ両親のもとに生まれた。
幼い頃に父の仕事の都合で米国に引っ越し、20歳までをテキサス州で過ごしたのち、帰国してタミルナードゥ州の大学に入学。
ゴールドマン・サックスでインターンシップを経験するなど、エリートのキャリアを歩んでいたようだが、その後ITシティとして有名なベンガルールを拠点にラッパーとしての本格的な活動を始めた。
ベンガルールのシーンにはBrodha VやSmokey the Ghost, SIRIなど他にも英語でラップするラッパーが多く、英語でラップするHanumankindにとっても好都合だったのかもしれない。
彼のような帰国子女アーティストはインドのインディーズシーンでたびたび見かけることがある。
とくにインターネットが普及する以前、彼らは海外の最新のサウンドをインド国内に紹介する役割を担っていた。
メインストリームの映画産業を含めて、サウンドに関しては欧米の流行への目配りが効いているインドの音楽シーンだが、いっぽうで歌詞については保守的で、英語の曲がヒットすることは稀だ。
日本のヒット曲が日本語のポップスばかりなのと同様に、インドでも売れるのは地元言語の曲ばかり。
もっぱら英語でラップするHanumankindは、DIVINEやEmiway Bantaiのようなヒンディー語でラップして数千万から数億回の再生回数を叩き出すラッパーと比べると、コアなヒップホップファンに支えられた通好みなラッパーという印象だった。
つまり、「英語でラップする」という彼の(本場っぽく聞こえると言う意味では)強みでもあり、(地元をレペゼンする音楽として受け入れられにくいという)弱みでもある点は、国内でのセールスという点では圧倒的不利に働いていたのだ。
それが、ここにきて世界的マーケットでのまさかの大逆転というわけである。
"Big Dawgs"の印象的なビートはKalmiによるプロデュース。
Kalmiはアーンドラ・プラデーシュ州の海辺の街ヴィシャーカパトナム出身で、現在はテランガナ州のハイデラーバードを拠点に活動している。
いろんな地名が出てきて分かりづらいと思うが、Hanumankindの生まれ故郷ケーララやタミルナードゥ、活動拠点のベンガルールを含めて、ここまで出てきた地名は全て南インドだということだけ覚えてもらえればOKだ。
インドという国は、人口規模や経済規模から、ムンバイやデリーといった北インドの文化・人々が幅を利かせている傾向があるのだが、サウスの人々は総じてそうした状況への反発心が強く、自分たちの文化に誇りを持っている。
"Big Dawgs"のリリックに'The Southern Family gon' carry me to way beyond'というラインがあるが、これは彼が育ったアメリカ南部のことではなく、南インドのことを言っているのである(ダブルミーニングかもしれない)。
まあともかく、同じサウス仲間のKalmiはこれまでもHanumankindと何度も共演していて、この"Rush Hour"のブルースっぽいビートなんて、かなりかっこいい。
Hanumankind "Rush Hour" (Prod. By Kalmi)
この曲のリリックにはWWEの名レスラー、ミック・フォーリーの名前が出てくる。
HanumankindというMCネームは、猿の姿をしたヒンドゥー教の神ハヌマーンとMankind(人類)という英単語を合わせたものだが、マンカインドはミック・フォーリーの別名(別キャラクターとしてのリングネーム)でもあり、おそらく彼が意図したのはこのリングネームのほうだろう。
インドでは総じてプロレス(というかアメリカのWWE)の人気が高い。
だいぶ前にインドでのプロレス人気について記事を書いているので、興味のある方はこちらをどうぞ。(この記事に書いたインドのプロレス団体Ring Ka Kingはその後あえなく消滅)
また話がそれた。
このKalmi、8ビットっぽいサウンドの曲をリリースしていたり、Karan KanchanとJ-Trapの曲でコラボしていたりと、ヒップホップのビートメーカーだけがやりたいタイプではなくて、どちらかというとエレクトロニック畑のアーティストらしい。
Karan Kanchan然り、こうした出自のアーティストがヒップホップのビートを数多く手掛けているところが、インドのヒップホップをビートの面から見た時の面白さと言えるかもしれない。
せっかくなのでHanumankindの他の曲もいくつか紹介してみる。
個人的に非常に好きなのが、タイトルからして最高なこの曲。
Hanumankind x Primal Shais "Beer and Biriyani"
ヘヴィなビートに合わせて、「ビールとビリヤニは最高」というリリック、そしてただビールを飲んでビリヤニを食べるだけのミュージックビデオ、本当に最高じゃないか。
(ちなみに彼が食べているのは故郷のケーララ風のビリヤニ)
この曲をプロデュースしているPrimal Shaisもサウスのケーララ出身。
彼もまたHanumankindとよくコラボレーションしていて、KalmiとともにHanumankindのシグネチャースタイルともいえるミドルテンポのヘヴィなビートを作り上げた一人である。
Hanumankind "Go To Sleep" ft. Primal Shais
HanumankindとPrimal ShaisはベンガルールでのBoiler Roomセッションもやっていて、こちらもかなりかっこいいので、興味がある方はこちらのリンクからぜひどうぞ。
Boiler Roomパフォーマンスを見る限り、Primal Shaisもヒップホップのビートメーカーというよりはエレクトロニックをルーツとして持つプロデューサーのようだ。
HanumankindはBoilerroomでも「南インド最高!」みたいなMCを繰り返していて、やっぱりサウス独特のプライドというかレペゼン意識があるんだなあと再認識。
こちらはまた別の曲。
Hanumankind "Skyline"
彼には珍しいメロウなビートに乗せたラップもなかなかかっこいい。
ところで、Hanumankindのことを最初に知ったのは6年前のこのミュージックビデオだった。
若き日のHanumankindがスーパーマリオの曲に合わせてラップしている。
この曲を見つけた時は、ビートルズのTシャツを着たちょっとナードな雰囲気のラッパーがこんなに変わるとは思わなかった。
このスーパーマリオラップもキュートで最高だけどね。
Hanumankindをきっかけにインドのラッパーが世界で聴かれる時代が来るのか?
国籍の壁の次に、言語の壁が破られる時代は来るのか?
インドだけじゃない、世界の音楽シーンもどんどん面白くなっている。
--------------------------------------
「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」
更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
Twitter:
https://twitter.com/Calcutta_Bombay
Facebook:
https://www.facebook.com/軽刈田凡平のアッチャーインディア-読んだり聴いたり考えたり
更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
Twitter:
https://twitter.com/Calcutta_Bombay
Facebook:
https://www.facebook.com/軽刈田凡平のアッチャーインディア-読んだり聴いたり考えたり
2024年08月05日
オディシャのお祭りラップ
インド全土のインディーズ音楽情報を網羅したいと思っているこのブログだが、インドはあまりにも広大で、いつも北インドのヒンディー語圏のアーティストについて書くことがが多くなってしまっている。
それじゃいかんということで、今回はインド東部のオディシャ州のラッパーたちに注目したい。
オディシャ州はベンガル湾に面した東インドの北側、コルカタの南のほうに位置している。
州の公用語はオディア語、州都はブバネーシュワル。
なお、州や言語の表記に関しては、オディシャ/オリッサ、オディア/オリヤーという揺れが見られるが、ここではオディシャとオディアとさせていただく。
オディシャには「コナーラクの太陽寺院」という世界遺産があるものの、ムンバイやベンガルールのような国際的な都市があるわけではなく、どちらかというと鄙びた田舎の州といった趣の地方である。
(画像出典:https://www.britannica.com/place/Odisha/Economy)
以前「インドのラッパーたちはやたらと独立記念日(8月15日)をテーマにしたラップをする」とか「色のついた粉や水をぶっかけ合うお祭り『ホーリー』に合わせてラップの曲がリリースされている」という記事を書いたことがあるが、こうした記念日ソング、祭ソングの傾向は、ここオディシャでも変わらない。
オディシャ州といえば、海辺の街プリー出身の日印ハーフのラッパーBig Dealのことを思い出す人も多いだろう。
オディシャ州の言語であるオディア語と英語の両方でラップする彼に「ラップの言語はどうやって選んでいるの?」と聞いてみたところ、「オディア語でラップするときはお祝いのようなより楽しい雰囲気にしていて、英語でラップするときは議論を呼ぶようなものにしている」という答えが返ってきた。
(↑インタビュー詳細はこちらから)
「お祝いのような」と訳した部分は、cerebratoryという英単語を使っていた。
パーティーラップっぽい曲のことを言っているのかなと思っていたのだけど、オディア語ラップを詳しくチェックしてゆくと、むしろそれよりも「オディシャのお祭りについてラップをする」という意味のほうが強かったのかもしれない。
彼も、他のオディシャのラッパーも、オディア語でやたらと地元の祭りについてラップしているのだ。
「祭」といえばさぶちゃん(北島三郎)。
演歌とヒップホップは、ローカル色(地元レペゼン意識)が強く、カタギじゃない雰囲気を持ち、型にはまった生き方よりもタフで自由な生き方を志向するという点で共通点があると思うのだが、日本ではヒップホップが受容される過程で、演歌的なドメスティックな要素はほとんど排除されてしまった。
本場アメリカに寄せることこそがヒップホップ的にリアルという価値観が強かったためだろう。
それに反して、インドでは、そしてもちろんここオディシャでも、地元の祭りとヒップホップが思いっきり繋がっているのである。
ローカルこそがリアル、というわけだ。
例えば、Big Dealの曲に、生まれ故郷プリーで行われるRath Yatraという大きなお祭りをテーマにした"Choka Dolia"という曲がある。
(Rath Yatraについてもラート・ヤートラとかラト・ヤトラとか日本語での表記が定まっていないようなので、ここはアルファベット表記でいきます)
Rapper Big Deal "Chaka Dolia(Rath Yatra 2024 Special) " ft. SatyajeetJena
タイトルにRath Yatra 2024 Specialとあるように、この曲は7月に行われるRath Yatraに合わせてリリースされた曲で、英語字幕を見れば分かる通り、ヒンドゥーの神への帰依がラップされている。
アメリカにクリスチャン・ラップがあるように、インドにはヒンドゥー・ラップ(とはあまり呼ばれていないが、ヒンドゥーの信仰をテーマにしたラップ)が存在している。
ベンガルールのBrodha Vの初期の代表曲"Aatma Raama"あたりがその代表曲と言えるだろう。
Big Dealがラップするのは、もっぱら地元で強く信仰されている神様「ジャガンナート」のことだ。
最初のほうに別の神様であるクリシュナの名前も出てくるが、ヒンドゥー教は多神教かつ様々な文化の集合体であるため、この地域ではクリシュナとジャガンナートは同じ神だと捉えられている部分もあるようだ。
真っ黒な顔に丸い目をしたマンガのキャラクターみたいなジャガンナートと、ヒンドゥーの神々のなかでもとりわけイケメンに描かれるクリシュナが同一というのはよそ者には理解しがたいが、本来は目に見えない信仰の対象である神が、別の形象で現されているということなのだろう。
ところで、以前Big Dealから「自分は神を信じて入るけど、特定の信仰は持っていない」という言葉を聞いたことがある。
この曲ではヒンドゥーの神への信仰を語っていて、言ってることと違うじゃん、とつっこみたくなってしまうところだが、私が思うに、おそらく彼の中でジャガンナートに帰依することと、特定の宗教を選ばないことは矛盾していない。
彼にとって、あるいはもしかしたら地元の多くの人たちにとって、ジャガンナートへの信仰は、地域に根ざしたあまりにも日常的な存在で、誰かが枠組みや教義を作った宗教よりも、はるかに普遍的なことなのだろう。
この曲の後半では、ムスリムとして生まれたサラベガ(17世紀のオディア語詩人)がジャガンナートに帰依したというエピソードがラップされている。
これは昨今インドで盛んなヒンドゥーナショナリズム的な「イスラム教よりヒンドゥーのほうが立派なんだ」という主張をしているのではなくて、ジャガンナートは宗教の垣根なんて関係なくありがたい神様なんだよ、と言っているのだと思う。
このあたりは、日本人が初詣で地元の寺や神社にお参りする時に、いちいち自分は仏教徒とか神道の信者とか考えないのと同じような感覚なのかもしれない。
彼は"Kalia"と題したジャガンナートと地元への愛に満ちたラップのシリーズを発表していて、この"Kalia3"では珍しく英語でジャガンナートへの感謝と帰依がラップされている。
Big Deal "Kalia 3"
彼は世界中にジャガンナートの素晴らしさを伝えるべく、この曲を英語でラップしているとのこと。
それがちゃんとオディシャの人々に支持されているのが素晴らしい。
そして、この曲でも「カーストも宗教も関係なく、誰もが平等」とラップされている。
調べてみると、Big Deal以外にも、Rath Yatraについてオディア語でラップした曲はたくさんリリースされているようだ。
Rapper Rajesh "Jay Jagannath 2"
これはRapper Rajeshによる"Jai Jagannath 2"という曲。
Jai Jagannathという言葉はBig Dealもよく発しているが、ジャガンナート神を讃える祈りのことばで、オディシャでは挨拶のようにも使われているようだ。
最初に笛を吹いている人物が演じているのはクリシュナなので、やはりここでもクリシュナとジャガンナートが同一視されている。
この宗教歌謡っぽい曲が、ヴァースに入ると当然のようにラップになるところに、今のインドでのヒップホップの定着っぷりが感じられる。
あと関係ないけど、オディシャのラッパーにはMC○○じゃなくて、Rapper○○って名乗っている人が多いような気がする。
Big Dealも正式にはRapper Big Dealの名義で活動しているし、ダリット(カースト制度の枠外に置かれた被差別民)出身のラッパーでRapper Dule Rockerという人もいる。
インドでも他の地域でラッパー○○というMCネームは見た記憶がないので、なんでだかちょっと気になるところだ。
続いてこちらはUstaadというラッパーの"Re Kalia"という曲
Ustaad "Re Kalia"
これもインドのラッパーの曲によくあることなのだが、"Re Kalia"という曲名とは別に、タイトル欄にいろんなサブタイトル(?)が書かれていて、Jai JagannathやShri Jagannathというジャガンナート神への賛美に加えて、やはりRath Yatra Songとお祭りソングであることが明記されている。
Big Dealもタイトルに使っていたKaliaという言葉は、ググってみた限りでは、「黒みがかった美」すなわちクリシュナを讃える言葉らしい。
青い姿で描かれることが多いクリシュナ神だが、シヴァやクリシュナのように青い肌で書かれるヒンドゥーの神は、もともとは黒い肌だったことを表していると言われる。
このKaliaは、クリシュナを讃えるのと同時に、おそらく真っ黒い肌で描かれるジャガンナートとも関係している言葉という意味を持っているのではないかと思う。
Subham Riku "Jaga Kalia"
こちらはSubham Rikuというラッパーの"Jaga Kalia"という曲。
ここでもタイトルにKaliaという言葉が使われ、Rath Yatra Rap Songというサブタイトルがつけられている。
昨年リリースされて700回程度しか再生されていない曲だが、なかなかちゃんとしている。
数年前にオディア語のラップをチェックしたときには、率直に言ってかなり垢抜けない感じだったのが、すごい勢いで進化しているようだ。
オディア語ラップ、ご覧の通りムンバイやデリーとはまた別の方向性で成熟してきている。
オディシャのリアルというのが、伝統的なお祭りや信仰と地続きになっているというのが、なんとも最高ではないですか。
--------------------------------------
「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」
更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
Twitter:
https://twitter.com/Calcutta_Bombay
Facebook:
https://www.facebook.com/軽刈田凡平のアッチャーインディア-読んだり聴いたり考えたり
更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
Twitter:
https://twitter.com/Calcutta_Bombay
Facebook:
https://www.facebook.com/軽刈田凡平のアッチャーインディア-読んだり聴いたり考えたり
2024年07月16日
その後のヨギ・シン情報
世界中に出没し、人の心の中を読み当てる謎のインド人占い師「ヨギ・シン」について、よく知らない方はこちらのリンクからシリーズを読んでみてください。
昨年秋に二人のヨギ・シンと遭遇して以来、彼らは良くも悪くも、ネッシーから地域猫くらいに日常的な存在になってしまった。
探しに行けば、運が良ければ会えるし、会えなかったら「今日はいなかったな、ちょっと残念」と思う程度の「会いに行ける都市伝説」になってしまったのだ。
彼らのことを調査している自分にとっては願ってもない状況なのだが、出没の報告があれば無理して休みを取ってでも捜索に出かけていた頃の非日常感が、なんだか懐かしくもある。
5年前、念願かなって初めてヨギ・シンとの接触に成功したものの、まんまと逃げられてしまったときには、一生のチャンスを棒に振った!と激しく後悔したものだったが、薄情な話である。
昨年11月に出会ったターバン姿の初老のヨギ・シンは、その後のXでの遭遇報告を追う限り、12月中頃まで出没していたようだが、その後の捜索で三たび会うことはできなかった。
彼はクリスマス頃にはインドに帰国してしまったのか、怪しいインド人占い師に会ったという報告は年末にはぱったりと途絶えてしまった。
一時期よりテンションが下がっているとはいえ、会うのを楽しみにしていた地域猫、じゃなかったヨギ・シンがいなくなってしまうのは寂しいものである。
次に彼らが来日するのは何年後になるだろうか。
それまでは音楽ネタのほうを掘って過ごそう。
なんて思っていたのだが、その日は思ったより早くやってきた。
今年の3月以降、ヨギ・シンの出没情報が再びひっきりなしに報告されるようになったのだ。
3月16日から7月12日までの間に、ブログに寄せられたコメント、XのDMとして報告されたもの、Xで不思議な体験としてつぶやかれていたものをまとめると、把握している限りでその数は約約30件にも上る。
昨年末以来3ヶ月ぶりに寄せられた3月16日の遭遇報告は、それまでの頻出地帯だった大手町・丸の内・日比谷エリアではなく、銀座だった。
距離的には丸の内や日比谷に近いものの、山手線の線路の東側にヨギ・シンが現れるのは珍しい。
私が把握している限りでは、銀座への出没は、昨年4月14日のたった一度だけである。
このときは、前後に他の目撃情報がまったくない一回限りの出没だった。
金払いの良い人が多そうな銀座は、日本で彼らが活動するのに最適な場所のひとつだろう。
今回の出没以降、彼らは頻繁に銀座に現れるようになる。
4月11日までの26日間に全8件の遭遇が報告されているが、そのうち銀座が4件、京橋が1件。
残りの3件は、以前から頻繁に出没していた日比谷、丸の内、大手町が1件ずつだった。
この期間には結局彼らと出会うことができず、4月11日を最後にまた1ヶ月近く報告が途絶えてまうのだが、5月21日以降、再び立て続けに目撃情報が入るようになる。
21日に入った情報によると、日比谷の帝国ホテル前と京橋駅付近で、ターバン姿の男がいつものヨギ・シンの技法を披露していたという。
そのうちの1件では、「ターバンをした60歳前後で身長160〜165cmの男」という詳しい報告があった。
この特徴は昨年秋に会った二人目のヨギ・シンと非常によく似ている。
以降、6月1日までの12日間に、彼らとの遭遇報告はなんと11件も寄せられている。
「彼ら」と複数形で書いたのには理由がある。
ターバン姿の初老の男ではない、もう一人の40代くらいのビジネスマン風のヨギ・シンも、この時期に出没していたからである。
じつは私も銀座でその姿を目撃している。
5月25日、土曜日。
この日は京橋から銀座方面に南下しながら捜索を開始した。
円安の影響か、南アジア系の人々の姿は多く見られるようになったものの、家族連れやブランド品の紙袋を持った男性がヨギ・シンであろうはずもない。
探しているのは、一人で、おそらくは手帳だけを持ち、ターゲットを物色するかのように歩いているターバン姿の男性である。
日本橋を過ぎ、銀座の歩行者天国を南下。
銀座6丁目の交差点を西に曲がって交詢社通りに入ったところだった。
清潔そうな長袖の白いシャツを着て、鼻の下に口髭をたくわえた南アジアのビジネスマン風の男が、もう一人別の南アジア系の若い男性に話しかけているのが目に入った。
何か仕事の打ち合わせでもしているのだろうか、繁華街に似つかわしくない雰囲気で真剣に話している。
探していたターバン姿でもないので、関係ないだろうと思って少し視線を落とした私は、白いシャツの男性の手元に目を奪われた。
彼が手にしている革製らしき手帳に、黄色っぽい正方形のメモ用紙が何枚も挟まれているのが見えたのだ。
黄色いメモ用紙はヨギ・シンの商売道具である。
さりげなく近づいて耳をそばだてると、「メディテーション」とか「オーラ」とか、白シャツの男がおよそビジネスとは縁遠い言葉を発しているのが聞こえてきた。
メディテーションやオーラはヨギ・シンが「占い」の前口上でよく使う単語である。
間違いない。
彼はヨギ・シンだ。
近くで凝視するわけにもいかないので、少し離れたところにいったん退散。
スマホのカメラを動画撮影モードにすると、地図を確認しながら歩いているふりをして、彼らのすぐそば通り過ぎ、その姿を動画に収めることにした。
撮影しながらゆっくりと彼らの脇を通り抜ける。
「占い」に夢中の男は、私に気づく様子はない。
見たところ、男は40代から50代。
太っているというほどではないがお腹の出た中年体型で、福耳。
髪は二八くらいに横になでつけている。
インドによくいる押しの強い商売人のような印象だ。
いったん通り越してから、Uターンしてまた撮影しながら彼らのそばを通ったのだが、わざとらしかったのだろうか、ここで白シャツの男と目が合ってしまう。
私を見たときに、少し動揺した表情を見せたような気がした。
怪しまれてしまったかもしれない。(怪しいのは彼の方なのだが)
少し離れたところに身を隠して、2,3分経ってから様子を伺うと、そこにはもう二人の姿はなかった。
大通りから路地まで、しばらく付近を探したが、白シャツの男はもうどこにも見当たらなかった。
捜索者に感づいて、銀座を離れてしまったのだろうか。
今回の遭遇で特筆すべきポイントは二つある。
ひとつめは、彼が日本人ではなく、広い意味で同郷と思われる南アジア系の男性に声をかけていたことだ。
2019年にも、丸の内エリアで南アジア系の男性に声をかけているヨギ・シンの姿が報告されているが、同胞を相手にした場合、彼らの「占い」はやりやすいのだろうか?
サイババや孤児院といういかにもインド的なミステリアスな演出は、同じ文化圏の人間であれば、かえってうさんくさく見えてしまうようにも思える。
メリットがあるとすれば、英語やヒンディー語などが通じる可能性が高く、コミュニケーションの不安が少ないということだろう。
以前遭遇した初老のヨギ・シンは、日本人の英語力不足を嘆いていた。
コミュニケーションが取れなければどうしようもないので、言葉が通じそうな相手に話しかけるということもあるのかもしれない。
もうひとつ気になったのは、彼のヒゲの形だ。
ごく大雑把にいうと、インド人がどの宗教を信仰しているかは、ヒゲの形でおおまかに見分けることができる。
ヨギ・シンが信仰しているシク教徒には「神様にもらった髪の毛やヒゲを切ってはならない」という教義があり、サンタクロースのように顔中のヒゲを長く伸ばしている人も少なくない。
ヒゲを整えている人でも、あごひげだけとか口ひげだけではなく、全体的にヒゲを生やすのが一般的だ。
イスラム教徒の場合はは、口ひげよりもあごひげを長く伸ばすことが多い。
中東あたりの指導者を思い起こせば想像できると思うが、これはインドのムスリムでも同じである。
今回会った彼のように、上唇の上というか、鼻の下にだけヒゲを生やしているのは、ヒンドゥー教徒に多い。
このヒゲの分類に関しては、あくまでも傾向に過ぎないし、いまではどの宗教でも、きれいに髭を剃っている男性も多いから、これだけで彼の信仰を判断することは不可能だ。
だが、少なくとも鼻の下にだけヒゲを生やしているシク教徒というのはあまりいない印象である。
('Sikh man'とかで画像検索してみてほしい)
ヒンドゥー教徒風のヨギ・シンというのはこれまで見たことも聞いたこともなかった。
インドでは、ムスリムらしき服装をしたヨギ・シンが目撃されたという情報もある。
何らかの事情(例えば、詐欺行為でシクの評判を落としたくない、とか)があって、彼らがシクではない他の信仰を装うことがあるのだろうか。
それとも、ヒンドゥーやムスリムのヨギ・シンもいるのだろうか。
結局、今日に至るまで、この「白シャツのヨギ・シン」とは再会できていないが、次に会うことができたら、ぜひこのあたりの事情は聞いてみたい。
5月22日から6月1日までの間にネット上に上げられた方向11件のうち、銀座が3件、京橋が2件、八重洲・丸の内など東京駅周辺が3件で、日比谷が2件だった。
残る1件は、なんと原宿駅前である。
これまで、東京の東側エリアにのみ出没していたヨギ・シンが、初めて都心の西側に姿を現したのだ。
そこからまた2週間ほど遭遇報告が途絶え、次に現れたのは6月15日。
以降、7月11日までに10件の報告が確認されている。
遭遇エリアは銀座が6件、日本橋が1件。
東京駅付近と丸の内も1件ずつあるが、ここにきて彼らの活動の中心は完全に銀座に移ったようである。
銀座のうち1件は、黒いターバンで黒い服の、白髪混じりの恰幅のいい中年だったという。
日本橋と丸の内に現れたのは160cm程度の白シャツに白ターバンでやや太めのの55〜65歳くらいとのこと。
同じ人物がシャツとターバンのコーディネートを変えたのか、それとも別のヨギ・シンなのか。
昨年会ったターバン姿のヨギ・シンも小柄だったので、同一人物の可能性があるが、その時に会った男はいつもエンジ色のターバンを巻いていた。
シク教徒の男性であれば、服装やTPOに合わせて何本ものターバンを持っていても不思議ではないが、この白や黒のターバンは、新調したものなのだろうか。
この期間にも、渋谷と原宿の間の明治通りでの遭遇が報告されている。
渋谷・原宿間の明治通りでは、都市伝説系人気YouTuber「都市ボーイズ」のはやせさんもヨギ・シンに遭遇し、動画でそのエピソードを語っていた。
この動画は現時点で15万回近く再生されている。
日本におけるヨギ・シンの知名度向上に大いに貢献した動画は、こちらからご確認ください。
ここで気になるのは、はやせさんが会ったヨギ・シンが流暢な日本語を話したということ。
これまでヨギ・シンが、丸の内や銀座といった裕福な人が多そうなエリアを的確に選んで活動していたことを考えれば、彼らのなかに東京に詳しい、日本語が話せる人がいたとしてもおかしくない。
日本語が堪能ということは、都市ボーイズさんがYouTubeで取り上げたことや、私がXで彼らの情報を募っていることも気づかれている可能性もある。
じつはここ10日間ほど、彼らの遭遇報告が途絶えているのだが、もしかしたら注目が収まるまで、彼らはどこかに身を潜めているのかもしれない。
他にも、1,000円払おうとしたところ500円で良いと言われたとか、「来年死ぬ」という不吉な予言を残したとか、はやせさんの体験談は、ヨギ・シン史上かなりレアな内容になっているのだが、私の予想では、これははやせさんが(YouTuberとは気づかないまでも)何らかの発信をしている人だと気づき、セルフィーを取られたことで動揺したからかもしれない。
都市ボーイズのはやせさん、私のブログも読んでくださったようで、ちょっと気恥ずかしくなるくらい褒めていただきました。
この数ヶ月の出没ラッシュが例外的なものだったのか、それとも、彼らは今後も東京に現れ続けるのか。
もう少し状況を注視して、また捜索に出かけたい。
--------------------------------------
「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」
更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
Twitter:
https://twitter.com/Calcutta_Bombay
Facebook:
https://www.facebook.com/軽刈田凡平のアッチャーインディア-読んだり聴いたり考えたり
更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
Twitter:
https://twitter.com/Calcutta_Bombay
Facebook:
https://www.facebook.com/軽刈田凡平のアッチャーインディア-読んだり聴いたり考えたり
2024年07月04日
インドの最近のヒップホップで気になった曲
気がつけば6月は1本しか記事を書いていなかった。
書きたいネタはたくさんあるのだけど、ここのところ忙しくてじっくり書く時間がない。
そんなことを言っても進化し続けているインドの音楽シーンは待ってくれないので、今回はあんまり深掘りせずに、最近かっこいいなあと思ったインド各地のヒップホップを何曲か紹介してみます。
Wazir Patar "Udda Adda"
まずはこれぞインドなバングラー・ラップから。
パンジャーブ州アムリトサル出身のWazir Patarは、90'sのUSギャングスタラップの影響を受けたラッパーで、2019年頃から本格的に音楽活動をしているようだ。
2021年に射殺された伝説的バングラー・ラッパーSidhu Moose Walaに見出されて複数の曲で共演し、死の2週間前にも遺作となった"The Last Ride"でのコラボレーションを果たした。
Sidhuの死後は彼の音楽的遺産を引き継ぐべく活動しているという。
ミュージックビデオではシク教徒のギャングスタ風若者グループが、バスケのボール、金属バット、でかいラジカセ、銃を持ってウエストサイドストーリーみたいに煽りあっているが、いったいどういう状況なのだろうか。
クリケット大国インドで野球のバットが出てくるというのは珍しい。
この曲ではバングラー的なアクの強さはだいぶ抑えられ、かなりヒップホップ化したフロウを披露している。
聴きやすいとも言えるし、もっと濃いほうがいいような気もする、飲みやすい芋焼酎みたいな曲。
Yashraj "Kaayda / Faayda"
ムンバイ出身のYashrajは若手らしからぬ貫禄の持ち主で、2022年のアルバム"Takiya Kalaam"で注目を集め、一気に人気ラッパーの仲間入りをした。
最近ではNetflix制作の映画"Murder Mubarak"のサウンドトラックに参加するなど活躍の幅を広げている。
この曲はフロウといい、70年代和モノグルーヴみたいなビートといい、どこか日本のヒップホップ(田我流の"Straight Outta 138"とか)を思わせる雰囲気がある。
ヒンディー語はたまに日本語っぽく聞こえる時がある言語だが、その謎の親和性はラップでも健在っぽい。
Frappe Ash "Chai Aur Meetha"
「イノキ・ボンバイエ」みたいなビートは、今紹介したYashrajの"Kaayda / Faayda"にも通じるが、こういう16ビートっぽいリズムはインドのヒップホップでは珍しい。
もしDJをやってたら繋げてプレイしてみたいところ。
タイトルの意味は「チャイと菓子」。
Frappe Ashはウッタラカンド州のルールキー(Roorkee)という小さな街出身のラッパーで、私は最近発見したのだけど、じつは2011年(当時17歳!)からキャリアを重ねているというから、インドのヒップホップシーンではかなりのベテランに入るキャリアの持ち主。
ルールキーという街は聞いたことがなかったが、調べてみるとアジアで最初の工科大学が設立された街らしい。
インドでは、デラドゥンとか、それこそプネーとか、大学や有名な学校がある街にはセンスの良いミュージシャンが多い印象で、充実した若者文化があるってことなのだろうか。
Frappe Ashは現在はデリーを拠点に活動中。
やはりここ数年でよく名前を聞くようになったアンダーグラウンドラッパーのYungstaとFull Powerというユニットを結成している。
例えばSeedhe Mautであるとか、名ビートメーカーSez on the Beatまわりの人脈との交流が深いようだ。
Frappe Ashが今年6月にリリースした"Junkie"は、一時期ほどコワモテじゃなくなった今のデリーの雰囲気が分かる良作で、ヒップホップアルバムとして高い完成度を保ちつつ、1曲目が思いっきり古典フュージョンで最高。
Frappe Ash "Ishqa Da Jahan"
力強く波打つような古典のヴォーカルからリズミカルに刻むラップへの展開が最高にスリリング!
2番目のヴァースはデリーを代表するラップデュオSeedhe Mautの一人Encore ABJをゲストに迎えている。
Dhanji, Siyaahi, ACHARYA, Full Power "Vartamaan"
グジャラート州アーメダーバード(最近カナ表記アフマダーバードが多いかも)の新進ラッパーDhanji, SiyaahiとプロデューサーのACHARYAが共作したアルバム"Amdavad Rap Life: 2 Heavy On 'Em, Vol. 2"もなかなか良い作品だった。
この曲にはさっき紹介したばかりのFrappe Ashが所属するFull Powerが参加。
この曲はフロウにヒンディー語(グジャラート語?)らしさを残しつつ、パーカッシブに子音の発音を強調して、ラップとして非常にかっこよく仕上げているのが痺れるポイント。
Dhanjiは音楽的影響としてFunkadelic(ジョージ・クリントン)やIce Cubeを挙げていて、この曲はもろにP-Funk風。
Dhanji, Circle Tone, Neil CK "THALTEJ BLUES"
この曲が収録されている"Ruab"はRolling Stone Indiaが選ぶ昨年のベストアルバムにも選出されている。
インスピレーションの源となるアートは?との質問には「プッシー、インターネット、ルイCK(米コメディアン)、LSD、ドストエフスキー、そして野心」と回答するセンスの持ち主で、LSDに関しては「ごく普通のやつ。第3の目を開いてくれる」とのこと。
シニカルさ、不良性、文学性、インドらしさが混在した満点の回答じゃないだろうか。
シニカルさ、不良性、文学性、インドらしさが混在した満点の回答じゃないだろうか。
Dhanjiとの共演が多い同じくアーメダーバード出身のビートメーカーAcharyaを調べてみたところ、再生回数が多かったのがこの曲。
GRAVITY x Acharya "Matchstick"
2021年の5月にリリースされているので、最近の曲というわけではないけど、このシンプルかつ深みのあるビートは、Acharyaのビートメーカーとしての実力が分かる一曲だと思う。
ラッパーはムンバイのGravity.
彼もキャリアの長いラッパーだが、近年めきめき評価を上げている。
最後に英語のラップを紹介。
ゴアの若手、Tsumyokiという不思議なMCネームは日本語(何?)から取られているそうで、略称はYokiらしい。
Tsumyoki "HOUSEPHULL!"
ムンバイのDIVINEのレーベルGully Gangと契約するなど、評価も注目も十分だが、インド国内では地元言語ほど聞かれない英語ラップでどこまで一般的な人気を得ることができるか。
彼くらいラップが上手ければ、もっと海外で注目されても良さそうなものだが、ヒップホップという音楽が基本的にローカルを指向するものだからか、インドのラッパーの海外進出(インド系移民以外への人気獲得)というのはなかなかハードルが高いのが現状だ。
Tsumyoki "WORK4ME!"
Tsumyokiはビートメイクも自身で手がける才人。
最新EPの"Housephull"では、ビートにインド的な要素を取り入れたり、多彩なセンスを見せつけている。
EPにはさっき紹介したAcharyaと共演していたムンバイのGravityも参加していて、新しい世代のラッパーは横のつながりも強いみたいだ(まあ全員インドの北から西の方ではあるけど)。
どんどん若手ラッパーがインドの音楽シーン。
今年も半年が過ぎたが、すでに大豊作で、年末にはベスト10を選ぶのに悩むことになるだろう。
まあでも、DIVINEが出てきてスゲーと思った頃の衝撃をちょっと懐かしく思ったりしないでもない。
--------------------------------------
「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」
更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
Twitter:
https://twitter.com/Calcutta_Bombay
Facebook:
https://www.facebook.com/軽刈田凡平のアッチャーインディア-読んだり聴いたり考えたり
更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
Twitter:
https://twitter.com/Calcutta_Bombay
Facebook:
https://www.facebook.com/軽刈田凡平のアッチャーインディア-読んだり聴いたり考えたり
2024年06月12日
知られざるチャイ・ラップの世界
インドのラッパーはやたらと地元の食べ物のことをラップする。
日本でもたまに地元のグルメを取り上げたリリックを見かけることがあるが、インドの場合は、それがあまりにも多すぎる気がする。
郷土愛はいいけど、レペゼンするのそこかよ、と突っ込みたくもなる。
これは以前からずっと気になっていた傾向で、3年前にこのネタで一本記事を書いたこともあった。
その後もローカルグルメラップをちょくちょく見つけては、またそのうち記事にしようとストックしていたのだけど、最近、その中でさらに気になるサブジャンルを見つけてしまった。
それが「チャイラップ」だ。
チャイというのは、もちろんインドの国民的飲料の、あのシナモンとかカルダモンとかを入れた甘いミルクティーのことである。
(こだわる人はチャーイと書くみたいだし、正しいヒンディー語ではチャーエだと聞いたこともあるが、俺はこだわらない派なのでこの記事ではチャイで行きます)
最初に断っておくと、今回の記事では、人気アーティストとかかっこいい曲は一切出てこない。
インドのいろんな街で、いろんな無名のラッパーたちがチャイのことをラップしている。
ただそれだけだ。
でも、そのへんのにいちゃんに毛が生えたみたいなラッパーが、毎日飲んでいる飲み物(しかも、酒じゃない)のことをやたらとラップにしているっていう事実そのものが、すごくインドっぽくて面白い。
とかくローカルになりがちなヒップホップで、州や街の名物料理ではなくて、チャイという、国全体を代表(レペゼン)する飲み物を取り上げているというのもなんだか味わい深い。
さて、そろそろ一杯めのチャイの準備ができたようだ。
さっそく飲んで(聴いて)みようか。
最初に紹介したいのは、Shivam Raazなるシンガー/ラッパーの"Tea Lovers | Garam Wali Chai"という曲だ。
Tea LoversとGaram Wali Chaiのどっちが曲名かよくわからないうえに、YouTubeの動画タイトルには、Chai AnthemとかChai Whatsapp Statusとかさらにいろいろ書いてあっていきなり混沌としているが、そんなことを気にしているようではチャイラップは飲み干せない。
Shivam Raaz "Tea Lovers | Garam Wali Chai"
この曲をやっているShivam Raazという人物、情報が少なすぎてよく分からないのだが、どうやらインド中央部マディヤ・プラデーシュ州で活動しているラッパー兼シンガーらしい。
チルなビートに合わせたラップも心地よいが、何よりも、この町ではイケてるのであろうチャイ屋に若者がたむろっているだけの、素人っぽさ満載の映像がたまらない。
YouTubeで彼がアップしている動画を見ると、アコースティックギターで弾き語りをしていたり、学校で音楽を教えていたりもするので、きっと地元ではちょっと有名な音楽が得意な兄ちゃんなのだろう。
彼の動画はどれも数千回程度しか再生されていないのだが、このチャイラップだけは堂々の一万再生越えで、ダントツの人気を誇っている。
チャイラップ(というジャンルにインド人が自覚的かどうかは別にして)の人気の高さが分かろうというものだ。
続いて紹介するのは、Abhijeet IjateとDaninという人たちによる"Tribute : चाय | tea".
ヒンディー語(デーヴァナーガリー文字)の部分は、Google先生によると、そのものずばりチャイと書かれているらしい。
Abhijeet Ijate, Danin "Tribute : चाय | tea"
このミュージックビデオは、Brewersという短編ドラマやインタビュー動画などをアップしているYouTubeチャンネルでアップされていたもので、解説によると、
日の出前から日没後まで
エネルギッシュな一日の始まりから
午後のさりげない会話まで
人生に甘いいろどりを加えるささやかなひとときから
生涯の思い出をつくる時間まで
チャイはいつもそばにいる
これは、インドでほとんどあらゆる時に使える「言い訳」に対する私たちからのささやかな賛辞である
とのこと。
確かにチャイはインドであらゆる機会に飲まれているし、言っていることはその通りなのだが、わざわざ曲を作ってミュージックビデオも撮って、さらにこんなポエムまで書いてしまうところに、チャイへの深すぎる愛情(ていうか業)を感じる。
今度は店ではなくて屋外でチャイを飲むいろんな人々が出てくるが、外で飲むチャイってやたらと美味く感じられるんだよなあ。
外国人向けの動画でもないのに、いかにもな古典舞踊のおねえちゃんたちが華を添えているのもイイ。
この動画の舞台がどこの街なのかは良く分からなかったが、音楽面で中心的な役割を果たしているらしいミュージシャンのAbhijeet Ijateは、インド西部のプネーを拠点に活動しているようである。
まあでも、こういう動画の舞台がどこかなんて詮索しても意味がないのかもしれないな。
なにしろチャイは「インドでほとんどあらゆる時に使える言い訳」だっていうんだから。
「アルコールの歌ばっかりだなー」と頭をかかえる若者二人に、テレビの向こう側からの「チャイ売りの歌、聴いてくれる?」という唐突な呼びかけで始まる(翻訳:Google先生)次の曲は、Chai-Matthi Talesというデリーなコメディ動画のチャンネルからリリースされたもの。
Kalakaar "Chai Anthem"
コメント欄には「チャイ・アンセムを広めて俺たちがいかにチャイ好きか分からせようぜ」とか「これはバズるの間違いなしだ。どうしてメインストリームの奴らはチャイの曲をリリースしないんだ」とか「チャイ中毒で一日に15杯は飲む」とかいう、ふざけつつもガチなチャイ愛を感じられる声が寄せられている。
このKalakaarというラッパー、結構うまいなあと思って調べてみたら、ソロでは普通に今っぽい曲をリリースしていた。
とはいえ、多士済々のインドのヒップホップシーンでは、彼の曲はまだ数十から300再生程度。
チャイのように甘くはない世界である。
こちらはまた別のラッパーによるチャイ・アンセム。
そもそもの疑問に戻るが、いかにチャイがインドの国民的ドリンクとはいえ、果たして「お茶」にアンセムが必要なのだろうか。
日本に緑茶アンセムなんてないし、イギリスの紅茶アンセムというのも聴いたことがない。
インドは国の祝日までラップにしてしまうお国柄なので、これもインドの国民性と言えるのかもしれない。
Rappeer Ankit "Chai Anthem"
ほぼリリックビデオなので、動画として見るべきところはないが、笛とタブラ風の音が入ったいかにもインドっぽいビートが味わい深い。
ラップしているのはRapper Ankitという東インド内陸部のチャッティースガル州のラッパー。
MCじゃなくてRapperと頭につけるラッパーはインドでたまに見かけることがある。
次は、名前にラッパーじゃなくて「シンガー」がついているShafi Singerという人がやっている"Chai Wala Rap Song"という曲。
Shafi Singer "Chai Wala Rap Song"
このShafi Singer、どうやらハイデラバードの人らしいが、彼のYouTubeチャンネルを見てみると、名前にシンガーと付いているのにラップばかりしている。
彼がアップしている動画はだいたい数百〜1万再生ほどで、決して有名とはいえないラッパー(シンガー?)だが、この曲だけは48,000回くらい再生されている。
やはりチャイをテーマにしたラップの人気は根強いみたいだ。
道端のチャイ屋とそこに集う野郎どもをただ撮っただけみたいな動画と、このヒップホップともEDMとも言えない独特の垢抜けないビートがいい。
まだ誰もジャンル名を付けていないサウンドだと思うのだが、南インドでは、どうやらこういう速めのエレクトロニックなビートにラップ風の歌をつけたジャンルが根付きつつあるようだ。
(例えばこのリンクの最後の曲)
いよいよ最後の曲。
MaOneというラッパーの"Garam Chai Rap Song".
Garamはヒンディー語などの言語でhotという意味だ。
MaOne "Garam Chai Rap Song"
どうやらコルカタのラッパーらしいが、合成みたいな映像、カップを持った子どもたち、微動だにしない後ろの兄ちゃんたち、地元感丸出しの何の変哲もなさすぎるロケ地(後ろを子どもを抱いたオッサンが歩いていたりする)など、全てが謎すぎる。
ただ、チャイが好きなことだけは分かるというのが、チャイラップの真髄である。
律儀に6曲全部聴いてくれた方はもうお腹がタプタプになっていることだろう。
つくづく思うのは、インドのラッパーたち、というかインド人が、ここまで自分の国の大衆的な食文化であるチャイを愛しているというのが、率直に言うと、ちょっとうらやましいということだ。
たとえ垢抜けなかろうがダサかろうが、チャイへの愛をラップという形で表現しようという発想に至るっていうのが最高だ。
意識的にせよ、無意識的にせよ、日本のヒップホップがアメリカ的なスタイルをどう日本語で表現するかというテーマに終始しがちなのに対して、彼らの普段着&自然体っぷりは、むしろ超リアルな姿勢だと言える。
「憧れるのをやめましょう」とか言うでもなく、ヒップホップを適当に自分のものにしちゃってるインド人たちのアティテュードに、見習うべきところは大いにあるんじゃないだろうか。
インドって、いろんな意味でなんだかすごく豊かだよなあ、とも改めて感じた次第である。
--------------------------------------
「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」
更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
Twitter:
https://twitter.com/Calcutta_Bombay
Facebook:
https://www.facebook.com/軽刈田凡平のアッチャーインディア-読んだり聴いたり考えたり
更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
Twitter:
https://twitter.com/Calcutta_Bombay
Facebook:
https://www.facebook.com/軽刈田凡平のアッチャーインディア-読んだり聴いたり考えたり
goshimasayama18 at 23:41|Permalink│Comments(0)