2024年11月21日

60's〜90's洋楽オマージュ! インドの温故知新アーティスト特集


たびたび書いているように、インドでインディペンデントな音楽シーンが爆発的に発展したのは、インターネット普及した2010年代以降のこと。
20世紀のインドでは、インディーズ系の音楽は、ごく一部の裕福な若者の趣味としてしか存在していなかった。
その頃のインドでは、バンドをやるための楽器や機材はとても高価だったため、今のようにスマホが1台あればビートをダウンロードできて、それに合わせてラップできて…というわけにはいかなかったからだ。(細かく調べればいくつかの例外はあるかもしれないが)




だから、今でもインドのロックシーンには労働者階級のパンク的な荒っぽさよりもミドルクラスの上品な雰囲気が漂うバンドが多いし、そもそもインドのインディーズ音楽シーンではロックよりも圧倒的にヒップホップやエレクトロニックの人気が高い。
インドのインディーズ音楽シーンが盛り上がり始めた2010年代には、ロックはもう過去の音楽だったからだ。

とはいえ、過去のクールな音楽を掘って模倣したがるというのはどこの国でも同じこと。
まだまだインディーズ・シーンの歴史の浅いインドにも、彼らが生まれる前の60年代〜90年代のロックの影響を受け、そのオマージュとも言える楽曲を発表しているアーティストが結構いる。


ここ最近でもっとも衝撃を受けたのは、デリーのアンダーグラウンドヒップホップレーベルAzadi Recordsが最近プッシュしているシンガーGundaがリリースしたこの曲だ。
なんとThe Doorsへのオマージュになっている!

Gunda, Encore ABJ "Ruswai"


サンプリングのネタとして引用するのではなく、Light My Fireっぽい雰囲気をそのまま再現するという方法論は2024年に聴くとめちゃくちゃ新鮮だ。
歌はジム・モリソンほどソウルフルではないが、この気だるいグルーヴで引っ張ってゆく感じ、ものすごく「分かってる」。
口上みたいなフロウから始まるEncore ABJ(デリーのSeedhe Mautのメンバー)のラップも完璧にはまっている。
まさかインドからこういう悪魔合体音楽が生まれてくるとは!

ところで、Prabh DeepやSeedhe Mautといった人気ラッパーが軒並み離れてしまった(専属ではなくなった)Azadi Recordsは、最近では歌モノのリリースがかなり多くなってきており、必ずしもヒップホップレーベルとは言えなくなってきているが、独特の冴えたセンスは相変わらず。
ヒップホップというジャンルの間口は今すごく広がっているから、むしろ現在のヒップホップを体現していると言ってもいいかもしれない。



以前紹介した「現代インドで80年代UKロックを鳴らす男」ことDohnrajが今年リリースしたニューアルバム"Gods & Lowlifes"もやばかった。
前作は80's臭に溢れていたが、今作のタイトルトラックはもろ90'sのブリットポップ!

Dohnraj, Jbabe "Gods & Lowlifes"


このヘタウマな歌の感じ、ドラマチックなアレンジ、そして叙情的なメロディー。
90年代UKの一発屋バンドThe Verveあたりを思い起こさせる…とか言うと年がバレそうだが、当時リリースされていたらミュージックライフとかクロスビートあたりのレビューで結構いい評価がついたんじゃないだろうか。
この曲にはタミルのロックバンドF16sのフロントマンで、ソロでも秀作を発表しているJbabeが参加している。
距離も離れていて言語も文化もまったく違うデリーとチェンナイの2人が、この90's UKロックへのオマージュのためだけにコラボレーションしているというのも痺れる。



このアルバムからミュージックビデオが制作された"Freedom"は、うってかわってブルースっぽいシブい始まり方をする曲だが、歌の感じはミック・ジャガーやデヴィッド・ボウイを彷彿とさせる、あの英国特有の湿った感じ。

Dohnraj "Freedom"


途中からの展開は若干アイデアの寄せ集めっぽい感じがしないでもないが、メロディーやアレンジがいちいちツボを押さえていて唸らされる。
このアルバムには他にもプログレっぽい曲なんかも収められていて、そもそもロックの人気がそこまで高くないインドで異常にマニアックな音楽世界を構築している。


こういうアーティストばかり紹介していると、せっかくインドの音楽を紹介するんだったら古い洋楽の模倣じゃなくてインドのオリジナルな音を紹介すればいいじゃないか、と思う人もいるかもしれない。
それも一理あるのだが、そもそも前提として、日本もインドもインディペンデントな音楽シーンに関して言えば、アメリカやイギリスの音楽文化の圧倒的な影響下にある。
良くも悪くもそれは否定のしようがない事実で、結局のところ、こうした過去の音楽的遺産は、ポップカルチャーの共通語として機能する。
それぞれの文化を土壌としたオリジナルな表現や、あるいは世界中の誰もまだ鳴らしていないような尖ったサウンドも素晴らしいが、こんなふうに「あっ!そういうの好きなの?分かる!」みたいな感覚を、日本からも欧米からも遠く離れた南アジアのアーティストに感じたりできることっていうのも、すごく素敵なことなんじゃないだろうか。
90年代から音楽を聴いていた自分としては、インドの若いミュージシャンがリアルタイムで経験したはずのない音を緻密に再現しているのを発見すると、海外旅行中に思いがけず旧友にばったり会ったみたいなたまらないエモーションを感じてしまう。

おっと、つい感傷的になっちまった。
まだもうちょっとこの手の音楽を紹介させてもらう。
次はもうちょっと新しい音楽だ。


デリーのBhargはラッパーとの共演も多い現代的な感覚を併せ持ったアーティストだが、この曲を聴くと過去の音楽も相当聴き込んでいるということが分かる。
イントロのチープなノスタルジーと、後半Weezerみたいな展開がこれまたたまらない。

Bharg "Nithalla"


歌詞がヒンディー語であることがまったく気にならないエヴァーグリーンな洋楽ポップ的メロディーもいい。
自分は洋楽的なメロディーの端々に言語特有の訛りとも言える節回しが出てしまうシンガーが好きなのだが、逆にこうやって自分の言語と洋楽的センスを見事に融合するこだわりもまたかっこいいと思う。




インドでこの手のノスタルジックな洋楽サウンドを鳴らすミュージシャンを紹介するなら、Peter Cat Recording Co.に触れないわけにはいかない。
彼らが今年リリースしたアルバム"Beta"は、すでに日本でも多くのインディーズ系メディアで取り上げられているが、期待を裏切らないクオリティだった。

Peter Car  Recording Co. "Suddenly"




これは決してディスっているわけではないのだが、彼らの曲を聴くと「上質な退屈」という言葉が頭に浮かぶ。
インターネットなんか繋がないで、こういう音楽を流しながらコーヒーを飲んだり本を読んだりぼーっとしながら時間を過ごすのが本当の贅沢なんじゃないか、というような感覚だ。
昔(インターネット時代の前の話)、金持ちの友人の別荘に行ったらテレビがなくて驚いたことがあるのだが、そのときに、この人たちは本当の裕福な時間の過ごし方を知っているんだなあと思ったものだった。
このコンテンツ飽和時代に、一瞬でも飽きさせないように一曲に展開を詰め込むのではなく、淡々と上質なメロディーを紡いでいく彼らの音楽にも、そうした「贅沢さとしての退屈」みたいな感覚が込められているように思うのだ。

デジタルネイティブなインドの若い世代にも、おそらくだがインターネット以前の時代や、繋がらない時間の過ごし方に対する憧憬はあるはずで、日本よりも激しい競争社会に生きる彼らのほうが、むしろそうした思いはずっと強いとも考えられる。
彼らが20世紀の洋楽的なロックやポップスに惹かれるのは、そこに今日の音楽には存在し得ない、より豊穣な自由さを感じるからかもしれない。

次の日曜はチャイを入れてPeter Cat Recording Co.を聴く退屈な午後を楽しんでみようかな。
すぐにスマホに手が伸びてしまいそうだけど。



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2024年11月10日

ソウルフル&ファンキー! インドの新進R&B系シンガーソングライター特集


これまでにこのブログでは、Prateek Kuhad, Raghav Meattle, Sanjeeta Bhattacharya, Anoushka Maskey, Mali, Topshe,などのインディーズシーン出身のシンガーソングライターを紹介してきた。
いろんな人を紹介してはきたものの、アメリカのバークリー音楽大学出身のSanjeeta Bhattacharya以外は、どちらかというと抒情的な作風のシンガーが多かった。
これは自分の好みもあるだろうけど、インドで音楽を志す若者たちの傾向として、踊れる音楽を作りたい人はEDMを、ストリート的な表現をしたい人はヒップホップを、激しさを求める人はヘヴィメタルを、内省的な表現を好む人がSSWを選ぶという傾向があるからだろうと理解していた。(※ものすごく大雑把な括りです)

そんなインドでも、ここ数年の間に、R&Bっぽい、ポップかつ踊れる曲を作るシンガーソングライターが目につくようになってきた。

例えばこのRamanというシンガーが最近リリースした曲はこんな感じ。

Raman "Dekho Na"


歌良し、メロディー良し、声良しと、3拍子揃った才能を感じさせてくれるRamanはなんとまだ19歳!
ポップだがどこか影のある音楽性は、日本で言うと藤井風あたりに通じる印象だ。
調べてみたが出身地がどこかは分からなかったものの、ヒンディー語で歌っているのでおそらくは北インドのどこかのはず。
世界中どこの国に存在していてもおかしくないR&Bベースのポップだけど、たまに節回しがほんのちょっとだけインド風味になるところがたまらない。(言語の響きに引っ張られているのか?)


Raman "Jadui Pari"


この曲はちょっとボサノヴァっぽいコード進行で、インド人もこういうコード進行をオシャレだと感じるんだなあと思うとなかなか感慨深い。
ミュージックビデオを見る限り、Raman、見た目もなかなかのイケメンだ。
こういうタイプのシンガーが今後インドでどれくらいメジャーになるものか、気になるところではある。



カンナダ語(ベンガルールなどがある南インドのカルナータカ州の公用語)で歌うSanjith Hedgeもちょっと藤井風っぽい感じのあるR&Bスタイルのシンガー。

Sanjith Hegde "Gulaabo"


音楽のスタイルもそうだが、ミュージックビデオの無機質にも有機的にも見える複雑なコレオグラフィーや、現実とシュールが入り混じった世界観もすごく今っぽい。
インドの場合、ヒップホップではローカル色が強く出るけれど、R&Bになるとそうでもなく無国籍な感じ(ミドルクラス趣味というか)になるところも面白いと思う。
これは、楽曲が表現している内容だけでなく、作り手やリスナーの生きている世界、見ている世界の違いによるものと見ていいだろう。
あと関係ないけど、サビがちょっとゲラゲラポーみたいに聴こえる。



もうちょっとクラシックなタイプというか、ジャズっぽいアレンジの歌を歌うこんなシンガーもいる。
デリー出身のVasu Rainaのこの曲は、トランペットのイントロからしてシブい。

Vasu Raina "aag"


こうした生音っぽいグルーヴへの接近は以前特集したヒップホップのビートのディスコ化とも共鳴している感じがする。
ギターやピアノ(インドの場合、気候の影響や調律師の不足からエレピがほとんどらしい)の弾き語り的なスタイルが多かったSSWやDTMっぽいビートに飽きてきたラッパーたちが、反動としてこういうスタイルに寄せてきているのかもしれない。




同様にホーンが効いたレイドバックした曲では、ベンガルールのTushar MathurのEP "Snooze"もかなり良かった。

Tushar Mathur "Snooze"


ぶん殴られたヒゲ面のインド人男性(なぜか絆創膏に花)という、インパクトがありすぎるジャケからは想像もつかないシルキーな感触のR&Bポップスで、どことなく懐古趣味的な音像はデリーのPeter Cat Recording Co.にも通じるものがある。
(そういえば今年リリースされたPeter Cat Recording Co.の"Beta"も「上質な退屈さ」ともいえる独特の音楽性であいかわらずの良作でした)
こうした良質なインド産英語インディーズ音楽は、今のところインド国内ではそこまで市場が広がらなさそうなので、海外のリスナーにもっと見つけられてほしいな、と思うばかり。


以前紹介したSanjeeta Bhattacharyaの新曲もあいかわらずキャッチーな佳曲。
今回はJhalliという女性シンガーとのコラボになっている。

Sanjeeta Bhattacharya x Jhalli "Main Character Energy"


ミュージックビデオも凝っていて、インド女性のシスターフッド賛歌になっているところも素晴らしい。
彼女の音楽には、いつも「女性らしさを女性自身のものとして謳歌する」というテーマが通底している。

あまりインディーズ趣味に走りすぎても「インドのR&Bなんて一部の好事家がやってるだけでしょう」と思われてしまいそうなので(まあそうなんだけど)、ここでメジャーどころを。
さあざまな言語の映画のプレイバックシンガーとしても大活躍しているケーララ出身のBenny Dayalが今年リリースしたマラヤーラム語の曲はこんな感じ。

Benny Dayal & Hashbass Feat. Vivzy "Ith Athyamai"


この曲の言語はマラヤーラム語で、言語の響きに影響を受けた歌い回しが随所に散りばめられているところがまた良い。
共演のHashbassはデリーのベースギター奏者兼ビートメーカーで、VivzyはBennyと同郷のケーララのフィメール・ラッパー。
タミル系アメリカ人のSid Sriramをはじめ、プレイバックシンガーがソロでR&B系の曲をリリースするという例も増えてきたようだ。


南アジアのシンガーは、人種的な特徴からそうなるのか、男女ともにとても甘い声をしている人が多いので、ソウルやR&Bは彼らの良さがもっとも活かせるジャンルのひとつだろう。
今後、さらに魅力的なシンガーや楽曲が生まれてくることを期待したい。



さて、ここから先は記事の本題とは別の話。

最近ブログに「あなたの感覚は古すぎます」「あなたはこのアーティストに気づくのが遅すぎます」という趣旨のコメントをくれた人がいて、「こんなふうにディスられるなんて、まるでいっぱしの音楽評論家になったみたいだな」と笑ってしまったのだけど、「扱うアーティストが偏りすぎ」という指摘もあったので、誤解のないように書いておく。
多くの方はお気付きだと思いますが、このブログはインドの音楽シーン全体をくまなく紹介するものではなく、ヒップホップとかロックとか電子音楽といったジャンルを中心に、インディペンデントな形式で活動しているアーティストを中心に扱っています。

だから偏っていると言われれば、もちろん偏っている。
インドのポピュラー音楽のまだまだ本流である映画音楽もあんまり扱ってません。
理由は、映画についてはすでに優れた紹介者の方がたくさんいるし、個人的に「映画のために作られた音楽」よりも、もっと作家性の強い音楽に興味があるから。
世界最大の国のインディーズシーンが急速な勢いで発展しているということ自体わくわくするし、音楽的にかっこいいと思えるアーティストも、メジャーよりアンダーグラウンドにより多いと感じています。

インドで大衆的な人気がある音楽を知りたかったら、AIに聞くとか、サブスクの各種現地チャートをチェックするとか、インドの情報サイトをグーグル翻訳するとかでほぼ事足りてしまうので、改めて自分の言葉で文章化する必要性をあんまり感じていません。

というわけで、このブログでは、現地でそこまで「売れて」いなくても、面白いと感じたものを積極的に紹介しています。
今回紹介したアーティストも、Benny Dayal以外はインドでもほぼ無名と言っていい存在だと思います。
紹介する基準は、まず何よりも音楽的に面白いこと。かっこいいこと。
ジャンルの解釈や表現が興味深かったり、個性が強かったり、面白いストーリーがあったり、強いメッセージが込められていたり、日本や海外の音楽シーンと共鳴していたり、といったアーティストや楽曲もすすんで取り上げています。
もちろんこの基準にあてはまる音楽は人によって違うし、そもそも音楽の価値を全然違うところに見出している人も多いでしょう。

なんか軽刈田の趣味が合わないな、と思う人がいたら、ぜひSNSなりブログなりで、自分の好きな音楽を発信してみてください。
インドの音楽に注目してくれる人が増えるのは、むしろうれしいことなので。

てなわけで、今後もこのスタンスでやっていくのでよろしくね。



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goshimasayama18 at 23:24|PermalinkComments(2)インドのR&B 

2024年10月31日

2024年秋〜冬 インドの音楽フェス事情


日本ではフェスといえば夏の印象が強いけれど、インドではおもに秋〜冬が音楽フェスの季節。
12月から1月にかけてチェンナイで行われる古典音楽の祭典「チェンナイ・ミュージック・シーズン」のようなインドならではのフェスももちろんあるが、このブログでは今回も近年ますます盛り上がりを見せているヒップホップ/エレクトロニック/ロックなどのフェスを特集する。

この週末には、DIVINE率いるムンバイのクルー/レーベルのGully Gangが主催するその名もGULLY FESTが開催された。
ムンバイを中心にインドのヒップホップ全体に目配せしたかなり面白いラインナップが出演している。

Gully Fest


初日の10月26日のヘッドライナーは、DIVINEとNetflix映画『ザ・ホワイトタイガー』の主題歌"Jungle Mantra"で共演したアメリカのPusha T.
USの人気ラッパーの一人ではあるが、2日間を通じて唯一の非インド系出演者となる。
インドで国内とUSのヒップホップリスナーがどれくらい重なるのか、興味深いところではあるが、なにしろインドなのでそのへんはあまり関係なく盛り上がるような気がする。

デリーのPrabh Deepはアーティスティックな音作りと深い声が特徴的なパンジャービー・シクのラッパー。
9月にリリースしたアルバム"DSP"も優れた作品だった。

Prabh Deep "8-FIGGAAH!"(feat. GD47)



Lisa Mishraはインド東部のオディア州にルーツを持つアメリカ人のシンガーソングライターで、映画のプレイバックシンガーとしても活躍するかたわら、BadshahやDIVINE、KR$NAらラッパーとの共演も多い。
男性ラッパー中心の出演者のなか、ヒップホップに近い部分を持ちつつもかなりポップな存在で、こういうアーティストをちゃんと入れてくるところに主催者のセンスを感じる。
他には地元ムンバイのGravityやThe Siege、ケーララのVedanといったラッパーが出演し、初日はインドのヒップホップの地域的多様性が感じられるラインナップとなっている。


一方で、2日目は地元ムンバイ(あるいは広くマハーラーシュトラ州)出身者を中心に固めたラインナップだ。
トリはもちろんDIVINE.
ヘッドライナーの次に名前が挙がっているSambataはプネー出身。昨年Gully Gangとも関わりの深いDef Jam Indiaからデビューアルバムをリリースした注目のマラーティー語/ヒンディー語ラッパーだ。

DIVINE feat. Armani White "Baazigar"


Sambata & Riar Saab "Hoodlife"


ターバンを巻いてないほうがSambata.
Public Enemy、2Pac、Kendrick Lamerらをフェイバリットに挙げているブーンバップ的なセンスと現代的な感覚をあわせ持ったラッパー。
ここにめきめき人気を上げつつあるYashraj、ケニア出身のBobkat率いるレゲエバンドBombay Bassment、ビートボクサーBeatrawとD-Cypherなどの地元勢が集結し、北東部出身のフィメール・ラッパーRebleが新鮮な風を吹き込んでいる。
インドそしてムンバイのヒップホップの層の厚さが存分に感じられるフェスと言えるだろう。


9月にはDIVINEはじめGully Gang勢との共演も多いビートメーカー/DJのKaran Kanchanが主宰するビートメーカー集団Neckwreck CrewによるフェスWreckfest '24が開催されている。

Wreckfest24

ヘヴィなトラップ/ベースミュージックをルーツに持ちながらも多様なサウンドをプロデュースするKaran Kanchanとポップなインド風EDM(印DM)のRitvizのB2Bがヘッドライナーに据えられ、デリーの若手注目ラッパーChaar Diwaariらが出演。

過去5年にわたってクラブ(antiSOCIALあたり)で開催されていたパーティーを今年は大会場のNESCO Hallで行い、めちゃくちゃ盛り上がったようだ。



12月14〜15日にプネーで行われるインド屈指の大規模音楽フェスNH WeekenderはイギリスのR&B系シンガーソングライターJorja Smithがヘッドライナー。
「洋楽勢」としては、他にアメリカのヒップホップDJのCraze、多彩な楽器やサンプリングを駆使してダンスミュージックを作り上げるイギリスのYoungrが出演する。

NH7WeelenderPune2024

かつてはラム酒のバカルディが冠スポンサーについていたが、今はインドのウイスキーブランドMr. Dwell'sがスポンサーを務めているようで、やはり音楽フェスはインドの若い客層を取り入れたい酒造メーカーの格好のプロモーションの場にもなっているようだ。


今年のNH7 Weekenderで面白いのは、インディーズ的趣味の洋楽や国内勢に加えて、Amit Trivediや、超ベテランプレイバックシンガーのUsha Uthup(今76歳!)らの映画音楽勢がラインナップということ。
Amit Trivediは映画音楽とは別にCoke Studio Indiaで洋楽的センスと伝統音楽の融合を試みていたりもするし、Usha Uthupはかなり早くからロックやディスコやラテンポップ風の曲を歌っていたシンガーということで、インディーズ的な感覚でもクールな存在なのだろう。

他には、インドでは珍しいK-POPにインスパイアされたようなスタイルのガールズヴォーカルグループのW.I.S.H.もフォントは小さめだがラインナップされていて、インドでもジャンルの壁がどんどん低くなってきていることを感じる。

世界的に見ても、もともとオルタナティブ系のフェスとして始まったコーチェラやロラパルーザやボナルーなども今では軒並みメインストリーム化してきているし、日本のサマソニやRock In Japanは完全にポピュラー音楽全般を扱うフェスになってきている。
遠く離れたインドの音楽シーンも、こうした世界的なフェスの潮流と無縁ではないようだ。


NH7 Weekenderで日本人としてもうひとつ押さえておきたいのは、日本のインストメタルバンドASTERISMが出演するということ。
私が知る限りではこのフェスへの日本人アーティストの出演は初めてで、どんな爪あとを残してくれるのか楽しみだ。

ASTERISM "unravel"


ヒップホップ勢では、若手人気ラッパー/シンガーのKINGとRAFTARと若手注目株のChaar Diwaariが出演。
それぞれフォントの大きさは「中」と「小」で、音楽シーン全体で見た時の注目度が分かって興味深い。


NH7 Weekenderのような多彩なアーティストが出演するフェスが注目を集めている一方で、ジャンルを絞ったシブいフェスも行われている。
ブルース系のフェスティバルなども開催しているMahindra(自動車メーカー)主宰のMahindra Independence Rockはインドのハードロック/ヘヴィメタル系バンドが勢揃いしている。

MahindraIndependent

エクストリーム系のメタルではなく、古式ゆかしいハードロック系の、それもかなりベテランのバンドが多数出演しているのがこのフェスの特徴で、トップに名前が書かれている13ADはなんと1977年から活動しているケーララ州のバンドだ(このフライヤーはアルファベット順なのでヘッドライナーというわけではないようだが)。
他にも、北東部ナガランド出身で日本でも根強いファンを持つメロディック・ハードロックのAbout Usや、昨年の単独来日公演も大盛況だったBloodywoodといった最近のバンドと並んで、Indus Creed(前身バンドRock Machineは1984年結成)、Motherjane(1996年結成)、Skrat(2006年結成)、Girish and the Chronicles(2009年結成)といった大御所も健在。
こういう年齢層高めのフェスも開かれるようになったところに、インドの音楽シーンの成熟を感じる。


他にジャンルを絞ったフェスとしては、ムンバイとベンガルールで先日開催されたK-Wave Festivalが挙げられる。
Image2-KWave-Poster-960x961

その名の通りK-POPのフェスで、もしJ-POPのフェスが行われたらJ-WAVEという名前になるんだろうか。
ExoのメンバーのSuhoとシンガーソングライターのHyeolyn(元SISTARというグループの一員)が出演し、こちらもY大いに盛り上がったようだ。


このブログでも何度も書いている通り、インド北東部もかなり面白いフェス(例えばZiro Festival )がたくさん開催されている要注目エリアだ。

北東部はインドの大部分とは異なる文化を持ち、欧米の宣教師が持ち込んだキリスト教の信者が多いためか、古くからロックなどの欧米の音楽が受容されてきた土地で、80年代や90年代の懐かしいアーティストがトリを務めるフェスがいくつも開催されている。


メガラヤ州のシロンで行われる「晩秋の桜祭り」Cherry Blossom Festivalでは、なんとあのBoney M.がヘッドライナーを務めている。

CherryBlossom

「あのBonny M.」と言って今どれくらいの人に伝わるのかちょっと不安だが、彼らは"Rasputin"などのヒット曲を持つドイツ出身のディスコポップバンドで、70〜80年代に世界的な人気を博した。
2日目のヘッドライナーには、かつてボリウッドのサウンドトラックにも参加していたことがあるR&BシンガーのAkonで、これもまたシブいところ呼ぶなあー、というラインナップだ。
QueenとKornのカバーバンドが出演するのも盛り上がりそうだし、日本のポップカルチャーの人気が高いインド北東部らしく、コスプレのイベントも行われる。
これはこれでかなり面白そうなフェスだ。

ちなみに同じメガラヤ州で11月末に行われるMe:Gong Festivalのトリは、あの"Final Countdown"のEuropeで、これまたシブすぎるラインナップだ。


まだだいぶ先の話になるが、来年3月にはインドで3回めとなるLollapaloozaが開催されることが発表されている。

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トリはインドでは初めてのパフォーマンスとなるGreen Dayと、ポップシンガーのShawn Mendes.
他にもオルタナからダンス系までセンスの良いラインナップが並んでいて、インド人でもっともフォントが大きいのはHanumankind.
彼はベンガルールの通好みなラッパーだったが、"Big Dawgs"の世界的ヒットで一躍人気者となった。
デリーのベテランRaftaarとKR$NAよりも大きく名前が出ているのは、Lollapaloozaという洋楽系のフェスならではだろう。
他にインド国内からは、パンジャービーの覆面ラッパーTalwiinder, グジャラート語ラップのDhanji、元The Local TrainのフロントマンRaman Negi、シンガーソングライターのRaghav Meattleらが出演する。


各フェスのオーガナイザーたちはそれぞれにセンスが良くアンテナが高いので、フェスの出演者を片っ端からチェックすると、かなり効率よく面白いアーティストを探すことができたりもする。
今回の記事はかなり盛りだくさんな内容になってしまったが、じつはこれでも結構厳選した情報を載せているつもりで、書ききれていないフェスがまだたくさんある。
ジャンル、国籍、世代といった障壁や、メジャーとインディーの垣根を乗り越えてますます盛り上がっているインドのフェス事情については、また改めて紹介する機会を持ちたい。



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goshimasayama18 at 00:34|PermalinkComments(2)フェスティバル 

2024年10月14日

オラが村から世界へ パンジャーブのスーパー吉幾三と闇社会(その2)



(その1)はこちら


前回の記事で、故郷の民謡「バングラー」や地元の主要産業である農業をヒップホップ的なクールネスと接続して表現するパンジャーブのラッパーたちについて書いた。
ローカル色丸出しのフロウで地元を誇る彼らを、日本語ラップ史のオーパーツ「俺ら東京さ行ぐだ」を引き合いに出して「スーパー吉幾三」と呼んでみたのだが、調子に乗って今回はその続編を書く。


「俺ら東京さ行ぐだ」以降、吉幾三はラッパーとしてのキャリアを追求することなく、演歌歌手としての道を歩んだ。(一応「TSUGARU」という例外もある)
以降、ここ日本で演歌シーンとヒップホップシーンが交わる機会はなかった。
日本では、パンジャーブのようなミラクルは起きなかったのである。

ところで、演歌とヒップホップ、そしてこの記事で扱うパンジャービー音楽は、言うまでもなくまったく全く別々のルーツを持つ音楽だ。
この無関係に思える3つのジャンルを結ぶことができるミッシングリンクがあるとしたら、それは「ギャングスタ文化」だろう。
ヒップホップとギャングスタの関係については今さら言うまでもなく、ドラッグディールやピンプ(売春斡旋)は、ラップのリリックのテーマとして、ときに肯定的に扱われてきた。
これは単なる道徳観念の欠如ではなく、貧困や差別といった過酷な環境から生まれたリアルな表現でもあった。
…といった話は、誰かがどこかで詳しく書いているだろうから、ここでは割愛する。

日本の演歌においても、ヤクザものであること、アウトローであることは、長く歌詞のテーマのひとつとされてきた。
演歌とギャングのリアルな関係については怖くてあまり書きたくないが、「演歌 反社」とか「演歌 ヤクザ」で各自検索してもらえれば、誰でも分かるはずだ。

演歌とヒップホップは、公的な社会から排除された人々の声を、マッチョ的な美学をまとった「かっこよさ」として表現するという部分では、共通していると言えるのだ。

そして、この記事のテーマであるパンジャービー音楽も、ギャングとの関わりが強いジャンルなのである。


Karan Aujla, Deep Jandu "Gun Shot"



前回、パンジャーブの田舎町からカナダに渡りスターダムを上り詰めた国際的アーティストとしてAP DhillonとKaran Aujlaを紹介したが、じつはこの二人には、こうした「成り上がり」以外にも共通点がある。
それは、二人ともギャングに自宅を銃撃されたことがあるということだ。

パンジャービー・ラップの世界では、2022年にシーンを代表する人気ラッパーだったSidhu Moose Walaがギャング団に射殺されてしまうという悲劇が発生している。
まるで90年台USのヒップホップ東西抗争のような事件が起きたにも関わらず、パンジャービー・ラップの世界では、その後も銃による暴力は終わらなかった。


Sidhu Moose Wala ft. BYG BYRD "So High"



Karan Aujlaはインタビューで何度も自宅を銃撃され引っ越しを余儀なくされたと答えており、2019年にはラッパー仲間のDeep Janduと一緒にいるところを襲撃され、身代金を要求されるという事件も起きたと言われている(この事件に関しては、本人は単なる噂だと否定)。
A.P.Dhillonもまた、今年に入ってバンクーバーの自宅を銃撃され、車両を放火されたと報じられている。

インドの他の文化圏、例えばムンバイやタミルのヒップホップシーンでは、銃撃やリアルな暴力のニュースはほとんど聞かないが、どういうわけか、パンジャーブのヒップホップシーンでは、異常なまでに銃撃やギャングの影がちらつく。
そもそもパンジャービー・ラップは、インドのヒップホップのなかでも、とくにギャングスタ的なスタイルを好む傾向が強い。

その理由を考えると、そこには彼らが辿ってきた歴史や、文化的な特性が影響しているのかもしれない。

パンジャーブ州の人口の大半を占めるシク教(ターバン姿で知られる)では、男性は戦士であるというアイデンティティを持ち、強さを礼賛する文化があるとされる。
またパンジャービーたちは、インドでは一般的にパーティー好き、派手好きというイメージがあるようで、彼らの文化には、最初からヒップホップ的な要素が強かったと言うこともできる。

今書いたのは、非常にステレオタイプ的な語りなので、話半分で読んでほしい。
また、誤解のないように言っておくが、パンジャービーたちやシク教徒が暴力的な人々だと言いたいわけではない。
彼らのほとんどが善良であることは、何度でも強調しておきたい。
日本を含めてあらゆる社会がそうであるように、パンジャーブの社会の中にも闇の部分があるというだけのことだ。
このことに留意してもらったうえで、彼らの文化とギャングスタ系ヒップホップとの親和性の話を続ける。

北米に移住したパンジャービーの若者たちのなかに、マイノリティとしての過酷な環境ゆえか、現地のギャングやドラッグ・カルチャーと関わりを持つようになった者たちがいた。
そうして生まれたパンジャービー・ギャング団は、シク教徒の独立国家建設を目指すカリスタン運動の過激派とつながり、インド本国にも力を及ぼすようになったそうだ。
カナダでの悪事で稼いだ金で故郷の村で羽振りよく振る舞うギャングたちは、一部の若者たちの目には、憧れの対象として映るのだろう。

ともかく、事実として、パンジャーブのギャング団はインドの芸能界にも大きな力を持つようになった。
SidhuやKaran AujlaやAP Dhillonと同様に高い人気を誇るバングラー・ラッパーDiljit Dosanjhも、過去に脅迫を受け、転居を余儀なくされたと語っている。
今名前を挙げたラッパーのうち、APやDhiljitは、とくにギャングスタ的な売り方をいているアーティストではないが、パンジャービーの荒くれ者たちにとってはお構いなしのようだ。
バングラー・ラップの世界、いくらなんでもちょっと危な過ぎやしないか。






パンジャービー・ギャングたちのなかでとくに悪名が高いのが、現在デリーのティハール刑務所に服役中だというローレンス・ビシュノイだ。
刑務所の中からSidhu Moose Wala射殺を指示したとされるビシュノイは、今年4月に発生した人気俳優サルマーン・カーン邸の銃撃事件にも関わっていると言われており、報道によるとAP Dhillon邸への襲撃も彼の一味の手によるものだという。
いったいどうやって刑務所からそんなことができるのかよく分からないが、大物ギャングともなると、塀の中から手先を動かすなどたやすいことなのかもしれない。

サルマーン・カーン邸襲撃の理由がまたすごい。
飲酒運転で死亡事故を起こすなどボリウッド俳優のなかでも荒っぽいイメージの多いサルマーン(慈善事業を主宰するなど情に厚いところもある)は、かつて映画の撮影中にブラックバックと呼ばれる鹿(レイヨウ)を密猟したことがあったという。
ブラックバックは絶滅危惧種であり、狩猟すること自体が違法だが、ビシュノイの所属する一派にとっては、ブラックバックは稀少であるという以上に、神聖な動物でもあった。
サルマーンは、そのブラックバック殺害の報復として襲撃されたのだ。
「動物愛護」をどう突き詰めてもシー・シェパードくらいにしかならないだろうと思っている日本人の感覚を大きく揺さぶる、驚愕の襲撃理由だ。

(繰り返しになるが、パンジャービーたちやシク教徒が危険だということは一切なく、あらゆる文化や人種や民族と同じように、中には悪いやつも暴力的な人もいるというだけの話なので、くれぐれも誤解のないように。
また、調べてみたところ、ブラックバックを神聖視しているのはBishnoi Panthと呼ばれるラージャスターン州にルーツを持つヒンドゥー教のヴィシュヌ神を信仰する一派で、苗字から考えてもローレンス・ビシュノイが所属するコミュニティは、この宗派である可能性が高い。この宗派にもギャング的な傾向はなく、菜食主義や博愛を説いているようだ。ローレンスの思想や行動は彼の個人的な資質によるものが大きいのだろう。コミュニティのルーツはラージャスターンだが、パンジャーブで生まれた彼をパンジャーブのギャングとする見方は一般的なようだ)


話がボリウッドにまで広がってしまったが、いずれにしてもパンジャーブのヒップホップ・シーンには、ギャングたちの暗い影が影響を及ぼしている。

民謡の影響の強いフロウを持ち、地元の農業を讃える要素もあると聞けば、なんだか朴訥とした平和的なイメージを受けるが、そこに暴力的なギャングスタの要素が入ってくるところが、日本人の感覚からすると非常に面白い。
民謡好きのギャングがいても、農家出身のラッパーがいても驚かないが、民謡と農業とギャングスタが脳内の同じフォルダに入っている状態というのはなかなか想像しづらい。
パンジャービーたちの多くの人々が欧米に移住しているがゆえに、ヒップホップのような欧米文化に親近感を持ちつつも、自分たちのアイデンティティを打ち出したいという気持ちが強くなったのだろうか。


パンジャーブでこういうやり方があるなら、日本でも、同じアウトロー的なテーマを扱う音楽として演歌とヒップホップが共演するという選択肢もあったはずだ。
たとえばラッパーが北島三郎をサンプリングしたりとか、ストライプのダブルのスーツにサングラスでキメた若手演歌歌手がトラップのビートでオートチューンの効いたニューエンカをリリースする、なんていうパラレルワールドを想像すると、それはそれで結構かっこいいんじゃないかな、と思う。

日本でこうしたキメラ的ジャンルが誕生しなかった理由は、日本ではクリエイターもファンも、「US的なスタイルこそがヒップホップのあるべき姿である」というヒップホップ観を長く持っていたことによるものだろう。
「ライムスター宇多丸の『ラップ史』入門」という本(NHK-FMの番組を文字起こししたもの)の中で、宇多丸氏は、アメリカと日本のヒップホップの歴史を交互に紹介する理由として「ヒップホップっていうのは、共通ルールの下、世界同時進行で進んでいくスポーツみたいなところがある」「世界ルールの変更に従い、日本語ラップもこうなりました、みたいな」と述べているが、この感覚は、ある世代までの日本のヒップホップファンの感覚を代弁しているはずだ。

パンジャーブのヒップホップも、ビートのトレンドに関していえば、むしろ日本よりも早くアメリカの流行を取り入れていると言えそうだが、その歌い回しに関しては、かたくなにバングラーのフロウを守り続けてきた。
「英語っぽいフロウでラップするよりも俺たちのバングラーのほうがかっこいいし、俺たちっぽいじゃん」という感覚を、ごく自然に持っていたからだろう。
(例えばPrabh Deepみたいにオーセンティックなヒップホップのフロウでラップするパンジャービーのラッパーももちろんいるが)

日本人は開国とともにちょんまげを切り落としたが、パンジャービーのシク教徒たちは、今でもターバンを巻いている。
銃や暴力を肯定するつもりはないが、この一本芯の通ったプライドを持った人たちの音楽が、面白くないわけがない。
かっこよくないわけがない。
というのが、このシリーズの記事で言いたかったことだ。

だんだん何を言っているのか分からなくなってきた。
話をパンジャービー・ヒップホップに戻すと、Karan AujlaはSidhu Moose Walaとビーフ関係にあり、お互いにディス・ソングを発表していた。

Sanam Bhullar feat. Karan Aujla


これが2018年3月にリリースされたAujlaがSidhuをディスったと言われている曲。
暴行を加えるときにクリケットのバットが凶器に使われているところにインドっぽさを感じる。

Sidhu Moose Wala "Warning Shot"


同じ年の7月にリリースされたSidhuのアンサーとされているのがこの曲。
内容は分からないが、レゲエっぽいビートやピッチを変えた低い声が使われているのが面白い。

のちにAujlaは"Lifaafe"はSidhuへのディスソングという意図ではなかったと釈明している。
パンジャービー語が分からないのでなんとも言えないが、仮に当時のAujlaにディスの意図があったとしても、2018年の時点でSidhuにビーフを仕掛けるのは、売名のために噛みついた微笑ましいエピソードとして消化して良いもののような気がする。

Sidhuの死後、Aujlaは"Maa"というSidhu Moose Walaに捧げる曲をリリースしている。
音楽のうえでは対立していても、心の奥底ではリスペクトしていたということだろう。

Karan Aujla "Maa (Tribute To Sidhu Moose Wala)"



ここでも、射殺現場の生々しい映像に加えて、トラクターを乗り回す生前のSidhuが映し出されている。
農業、バングラー、ギャングスタ。
そのいずれもがパンジャービー・ラッパーたちの誇りであり、アイデンティティなのだろう。

どうかこれからも、誰かが死んだり傷ついたりしない程度に、かっこいい曲や話題を提供し続けてほしい、と思わずにはいられない。


(これで締まった?まあいいや。おしまい)




参考サイト:
https://www.freepressjournal.in/entertainment/seen-bullet-pass-through-me-punjabi-singer-karan-aujla-reveals-his-house-was-shot-at-multiple-times

https://www.newindianexpress.com/magazine/2022/Jun/11/special-report-music-murder-manslaughter-inside-the-gangs-of-punjab-2463683.html

https://www.dnaindia.com/entertainment/report-how-sidhu-moose-wala-s-biggest-enemy-dissed-him-on-stage-became-fan-after-death-karan-aujla-maa-warning-shot-3045141




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goshimasayama18 at 22:07|PermalinkComments(0)

2024年10月03日

オラが村から世界へ パンジャーブのスーパー吉幾三と闇社会(その1)


少し前に、Xで吉幾三の「おら東京さ行ぐだ」のヒップホップ的再評価みたいなポストがちょっとした話題になっていた。



そうだよな。
改めて考えてみれば、「俺ら東京さ行ぐだ」は、ラップだというだけじゃなくて、地元レペゼンや成り上がり的美学を取り入れたテーマもかなりヒップホップ的だった。
ローカルな訛りを活かしたフロウで、日本独自のモチーフを扱っているという点でも、同時代にラップ調の曲をリリースしていた佐野元春とかいとうせいこうより、よっぽどヒップホップの本質に近かった。ような気もする。


自戒の念を込めて書くが、日本人にはかなり長い間、土着的なリアリティよりもアメリカ的なサウンドとスタイルこそがヒップホップのあるべき姿だという意識があった気がする。
いいとか悪いとかじゃなくて、それはもうどうしようもない前提として、そうだった。
(今ではだいぶ変わってきていると思うけど)


というようなことを考える時、私はいつもパンジャーブのバングラー系ラップのことを思う。
ビートとしては常に「イマの音」を参照しながらも、歌い回しでは「俺たちのフロウ」にこだわり続けてきたパンジャービー・ラッパーたちのことを。


Karan Aujla "Who They?"



近年、パンジャービー音楽の成長が目覚ましいという。
イギリスのニュース専門チャンネルSky Newsによると、過去5年間の間にパンジャービー音楽のストリーム回数は、イギリスで286%、世界全体ではなんと2077%という驚異的な増加を示しているらしい。

いきなりパンジャーブとかパンジャービーという言葉が出てきて困惑している人のために説明すると、パンジャーブとはインド北西部からパキスタンにまたがる地域のこと。
パンジャービーといえば、2000年前後に"Mundian To Bach Ke (Beware of the Boys)"という曲をヒットさせたPanjabi MCを覚えている人もいるかもしれない。
彼はその名の通り、この地方にルーツを持つインド系イギリス人で、パンジャービーとは「パンジャーブ人/パンジャーブの」という意味である。
パンジャービーたちは、さまざまな歴史的経緯から旧イギリス領の国々にも数多く暮らしている。
「バングラー・ラップ」というのは、Panjabi MCのような、パンジャーブの民謡「バングラー」の影響を受けたラップのことで、我々がイメージするラップとはずいぶん異なる響きだが、少なくともインド本国や南アジア系の人々の間では、バングラー・ラップはラップ/ヒップホップの一形態として認識されている。




パンジャービー音楽シーンで、今「世界的」にもっとも人気があるシンガー/ラッパーを挙げるとすれば、カナダを拠点に活動するパンジャーブ系ラッパー/シンガーのAP DhillonとKaran Aujlaの名前は外せない。


AP Dhillon "With You"


Karan Aujla "Softly"


この2人に共通しているのが、パンジャーブの田舎町に生まれ、カナダに渡って「世界的」スターになったという経歴だ。
AP Dhillonはパンジャーブ州グルダスプル郡のムリアンワルという村の出身で、Karan Aujlaは、同州ルディアーナー郡のGhurala(どうカナ表記して良いかわからない)村の生まれだ。
田舎といってもせいぜい地方都市でしょう、と思う人は、村の名前のところからグーグルマップに飛べるようにリンクを貼ったのでクリックしてみてほしい。
近くの街まで数十キロ。農業地帯パンジャーブらしい、畑の中の村といった風情の、ほんとうのド田舎である。
(ちなみにGhurala村のグーグルマップには、Karan Aujlaの生家と思われる場所も投稿されている。個人情報もへったくれもないが、かつてはインドの2PacことSidhu Moose Walaの実家もファンによって晒されていたことがあり、パンジャーブではよくあることなのかもしれない)

Karan Aujlaは少年時代に、AP Dhillonは大学時代にカナダに移住しているのだが、今日の彼らの輝かしい成功は、農村で過ごした幼少期には夢見ることすらできなかったものだろう。
彼らの名前を聞いたことがないという人も、YouTubeでその名前を検索すれば、再生回数が億を超える曲がいくつもあることが分かるはずだ。
AP Dhillonは今年のコーチェラ・フェスティバルにも出演し、Karan Aujlaはカナダのグラミー賞と言われるジュノー賞のファン選出部門に選ばれている。
彼らは、地元カナダはもちろん、UKやオーストラリアでも、コンサートを開けばアリーナ規模の会場がソールドアウトになる「世界的」なスターなのだ。

と、さんざん持ち上げたあとに言うのもなんだが、ここまで彼らを評する「世界的」という言葉をカッコ付きで書いてきたのには理由がある。
彼らが多くの国で人気を博しているのは間違いないが、その人気には、やはり限定的と言わざるを得ない部分があるからだ。

端的にいうと、彼らの人気は、インド系、とくにパンジャーブ系の移民が多い地域に限られている。
地元カナダ、そしてツアーで回るUK、オーストラリア、ニュージーランドといった国々は、全てパンジャーブ系のディアスポラがある地域だ。
つまり、彼らのリスナーは、パンジャービーをはじめとする南アジア系の人々が大半を占めているのである。
この点で、彼らは、例えば英語でラップした"Big Dawgs"を世界的にヒットさせた南インド出身のHanumankindや、あるいは韓国語やスペイン語で歌って世界的なヒットを飛ばしているK-Pop、ラテンポップ勢とは「売れ方」が違うのだ。
(あたり前だが、音楽の優劣の話をしているのではない)

もう少しタネ明かしをすると、さきほど紹介したパンジャービー音楽のストリーム回数の爆発的な増加にも理由がありそうだ。
この5年間は、インドでの音楽サブスクの加入者が大幅に増加し、JioSaavnやWynkといった国内のサービスから、世界最大手のSpotifyに利用者が大きく流れた時期と重なる。
2000%もの大幅な増加は、単純に人気が20倍になったわけではなく、こうしたリスナーの動向の影響も受けているはずで、その点は一応考慮しておかないといけない。

それでも、最近のパンジャービー系ラップが、その進化のスピードを一段と上げ、急速に多様化し、かっこよくなってきていることは間違いない。
我々がそのかっこよさになかなか気づけない理由は、やはりバングラーの独特の歌い回しにあると思うのだが、聴いているうちに、そのソウルフルさやふてぶてしさに満ちた、エネルギー溢れるコブシが気持ちよくなる瞬間が必ずある(レゲエが初めて気持ちよく聴こえた瞬間みたいに)ので、騙されたと思ってやってみてほしい。







AP DHILLON "After Midnight"

(曲は1分頃から)AP Dhillonの新曲は、ヒップホップやダンス系に偏りがちなパンジャービーには珍しく、ロックテイストの意欲作。


Karan Aujla "Tauba Tauba"

Karan Aujlaはこの新曲で、これまでも数多く試みられている「ラテンとパンジャービーの融合」の新しい境地を切り開いている。


さらに興味深いことに、パンジャービーたちは、故郷の主要産業である農業を、ヒップホップ的な感覚とも接続したクールなものとして捉えており、別のラッパー/シンガーの例になるが、たとえばこんな曲もあるのだ。

Arjan Dhillon "Ilzaam"



Laddi Chahal & Gurlez Akhtar ft. Parmish Verma & Mahira Sharma
"Farming"

こっちの曲は英語字幕でリリックを読むことができる。
歌詞に出てくるジャット(Jatt)とはパンジャーブで大きな力を持つ農民カーストのこと。


ここには、自分たちの民謡であるバングラーをヒップホップと融合するのみならず、西海岸のチカーノがローライダーを乗り回すようにトラクターを見せつけ、コミュニティの生業である農業を誇るパンジャービーたちの姿がある(ギャングスタ的なワイルドさも含まれているのもポイント)。
あえてマイナーな曲を紹介しているわけではない。
"Ilzaam"の再生回数は2000万回を超え、"Farming"に関しては1億再生に至るほどの人気曲だ。


アメリカにも田舎暮らしの美しさを歌うカントリーのようなジャンルはあるが、こんなふうに地方の農業をヒップホップ的なクールさと結びつけて描けるジャンルや民族を、私は他に知らない。
しかも、地元の民謡の影響を思いっきり受けた歌い回しを取り入れつつも、ノスタルジーやコミカルさに逃げるのではなく、堂々たるカッコ良さとして描いているのである。


私が何を言いたいか、もうお分かりだろう。
自分たちの言葉で、自分たちのフロウで世界中の同胞たちに支持されているバングラー・ラッパーたちは、農業や自分たちのルーツをヒップホップ的なカッコ良さと分け隔てずにいる世界線(パンジャービー世界)の、スーパー吉幾三なのだ。


日本人にももちろん郷土愛はあるが、こういう誇り方はちょっと思いつかない。
ローカルな民謡や農業を、ニューヨーク生まれのカルチャーであるヒップホップと同じ次元で誇れるパンジャービーたちの感覚が、率直に言うと私は結構うらやましい。
うらやましいのだが、我々に染みついた「ダサさ/カッコ良さ」の定義の欧米的な基準はなかなかに根深く、吉幾三の「俺ら東京さ行ぐだ」を本気でかっこいいと思えるかと言うと、それはやはりなかなか難しい。
そもそもあの曲はカッコ良さやヒップホップを志して作られたわけではなく、コミックソングなわけだが、「田舎」や「農業」をカッコ良さとは正反対の「ダサくて笑えるもの」として扱うことしかできなかったところに、日本人の敗北があるのではないだろうか。


ないだろうか、と言われても困ると思うし、タイトルの「闇社会」の部分に全然行き着いていないのだけど、もう十分に長くなったので、続きはまた次回。



参考サイト:
https://news.sky.com/story/punjabi-music-sees-huge-rise-in-streams-but-not-all-fans-are-happy-13215350





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