2025年03月02日

インドのサイケデリック・ミュージック特集(パンジャーブ&タミル・ヒップホップ編)



久しぶりにブログの記事を書く。
ありがたいことに、いくつかのところからまとまった量を書く話をいただいていて、すっかり母屋であるこのブログを留守にしてしまった。
久しぶりに書くのがドラッグかよ、と思わなくもないが、まあ読んでみてください。


今さらいうまでもなく、ロックやヒップホップやレゲエや電子音楽といった音楽ジャンルの誕生と発展には、ドラッグが大きく関わっている。
マリファナだったりLSDだったりMDMAだったりコデインだったり、ジャンルや時代によって影響を与えたドラッグはさまざまだが、キマッた状態で聴くとより楽しめるような音楽や、ドラッグによる意識の変化を追体験できるような音楽を追求した結果、ソバーな状態で聴いても気持ちいいサウンドが生まれた、というようなことは、ポップミュージックの歴史の中で頻繁に起きている。

インドという国は昔からそういうサイケデリックな音楽と関連づけられがちだった。
その理由のひとつは、60年代のヒッピームーブメントが物質主義的な西洋文明に対するアンチテーゼとしてインドの精神文化(ヨガとか)に接近したことだ。



ヒッピームーブメント時代のインドへの憧れは、瞑想によってドラッグと同じようなハイな状態になれるとか、逆にドラッグによって長年の精神修行によって到達する境地に簡単にたどりつけるとかいう罰当たりな論理に基づいたものだった。
ゴアトランスの時代には、例えばマントラがサンプリングされていたり、シヴァ神のモチーフが使われていたりと、今で言うところの「文化の盗用」っぽい例がたくさんあり、これもまた、あまり褒められたものではなかったのである。
こういった現象を快く思っていないインド人がたくさんいる一方で、こうした欧米的なムチャクチャなインドの解釈を「おお、クールじゃん」と捉えるインド人もいた。
今ではインドで行われるトランスパーティーのDJもオーディエンスも軒並みインド人だし(ゴアトランスの時代は海外のDJのプレイに海外から来たトラベラーたちが集まっていて、なんか植民地みたいだった)、インド人たちが作り出すインド風のトランス音楽は、それはそれで面白かったりもする。




最近注目しているのは、ヒップホップにおいてもサイケデリックな要素とインド的な表現様式を融合しているアーティストがここに来て増えてきているということ。
例えばこのパンジャーブのJassie Gilというシンガー/ラッパーの"Lor Lor"という曲。


Jassie Gill "Lor Lor"



彼は曲や歌詞を書かないタイプのシンガーみたいで、この曲ではNayaabという名前が作詞・作曲としてクレジットされている。
この曲、メロディー自体はよくあるタイプのパンジャーブ歌謡なのだが、派手な音は使わずに、ちょっとしたヴォーカルの処理とか音使いでドラッギーな感じを出しているところにセンスを感じる。
こういうアンチモラル的なタイプのパンジャービーの曲で、ギャングの要素がいっさいなく、サイケデリックだけで成立している曲およびミュージックビデオというのはかなり珍しいんじゃないだろうか。

再生回数は2025年2月●日現在(公開後●日間)で185万回。
このスタイルがかなり受け入れられているというのにも驚かされる。


次は南インドのタミルナードゥ州から。
Dacaltyというラッパーの"Sikko Mode"という曲。

Dacalty "Sikko Mode"


このポップな悪夢って感じのミュージックビデオ、ブリブリの低音で細部にまで気の利いたビート、ちゃんとタミルなパーカッション、全ての要素が最高。スキルフルだけど地声っぽいラップもすごく今っぽい。

彼が去年(2024年)リリースしたアルバムのタイトルがまた最高で、"Moshpit Masala"という。
こういうの、正確なジャンル名を何というのか知らないが、進化系トラップというか、ダブステップ寄りというか、まさにライブでモッシュが起きるような激しめのヒップホップをいかにもタミルなサウンドと融合している。

サイケからはちょっと離れるが、タミルらしい3連のビートを導入したこの曲なんて、こういうアレンジを思いつく才能に惚れ惚れしてしまう。



曲によってはぜんぜんタミルっぽくないこともあるみたいだが、それはそれで、どこの国でも存在しうる今の時代のヒップホップって感じでイイ。


次に紹介するVengayoというラッパーは、まだこの1曲しかリリースしておらず、他にあまり情報はないのだけど、こちらもどうやらタミルの人っぽい。



この蛍光ピンクと映像と音声のエフェクト!
現実がちょっとズレて変な鮮やかさがある感じがシュールでありつつも妙にリアルだ。
サムネイルと後半の顔をコラージュした部分が結果的にチバユーキみたいな感じになっているのもまた味わい深い。

ドラッグの是非はいったん置いておいて、しびれるのは、今回紹介した彼らが自身のルーツに忠実なインド的な表現とサイケデリアを表現しとうとした結果、かなりオリジナルなものを作り出しているということだ。

この方面は探したらまだまだ面白いものが出てきそうなので、また何か見つけたらブログかXで紹介してみたいと思います。



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goshimasayama18 at 13:19|PermalinkComments(0)インドのヒップホップ 

2025年01月12日

インドのDJミックス特集! BGMにもパーティーにも使える(かも)


というわけで、年末年始にムンバイに行って帰ってきた。
久しぶりの現地での体験は全てがアメイジングで、その内容は「季刊民族学」というちょっとばかり入手が簡単ではない雑誌の「春号」に書く予定なので、みなさん乞うご期待。
(Amazon等では扱いがないのだけど、各自がんばって入手して読んでくれたらうれしいです)
そこには書ききれない部分もたくさん出てきそうなので、それはまた別の場所(ここかも)でおいおい書いていきます。

あんまりここを留守にしてもいけないので、新年最初の記事として、今回は「インドの各種DJミックス特集」。



YouTubeを渉猟していると、「インド人のインド人によるインド人のためのDJミックス動画」を結構たくさん見つけることができる。
いかにもインドっぽい、例えばディワーリーやホーリーといった現地のお祭りに合わせたミックスも味わい深いのだけど、今回は、インドっぽさを色濃く残しながらも、普遍的にかっこいいと思える動画をいくつか紹介してみる。


まずはヒップホップから。
最近いちばん食らったのが、AminJazというDJが、ムンバイのちょっとオシャレ床屋でインドのヒップホップに限定して披露したDJセット。


ムンバイとデリーのヒンディー語ラップのかっこいい曲を中心にまとめたミックスは、インドのヒップホップの入門編としても最適だ。
会場になっているのはインディーズ系のクラブイベントがよく行われている「Khar Social」近くのNomad Barberというお店。
調べてみたらヘアカットが1100円〜4400円、髭の手入れが1800円〜3300円くらいだった。
日本の感覚だと安いけど、ロンドンやベルリンにも店舗があるお店のムンバイ支店のようで、インドでは高級サロンということになるはず。
たむろしている連中が盛り上がるでもなく普通に会話したりとか思い思いにしている感じもリアルでとても良い。



続いては、ムンバイのローカル列車の中でUSのヒップホップ中心に、たまにインドのヒップホップを混ぜてミックスしている動画。
DJをしているのは、ヒップホップ以外にもいろんなジャンルを回すことがあるらしいDhiraajという人。


洋の東西を問わず、都会の夜にはヒップホップが似合う。
彼らがDJをやっているのは、ムンバイの北の郊外のBorivali駅からオシャレなエリアのBandra駅まで、近郊鉄道ウェスタン・ラインの車内。
この動画、たぶん無許可で勝手にやっているんだろうけど、まあこういうことがやれちゃうおおらかさがインドの魅力の一つではある。
トラヴィス・スコットから始まって、最後に地元の英雄DIVINEで締める構成も◎。



次はハウス。
「マラーティー語ハウス」というニッチすぎるジャンルで活躍するKratexによるEpic Marathi Sunset DJ Setをどうぞ。


街から離れて自然の中でプレイされるインド声楽が入ったハウスは超気持ちいい!
トランスみたいに退廃的な感じがないので、パーティーなどあらゆる場面で使い勝手が良いところもポイント高い。
Kratexはマラーティー語のハウスをM Houseと名付けて積極的にプレイしていて、昨年、ラッパーのShreyasを迎えた"Taambdi Chaamdi"というコミカルな曲をスマッシュヒットさせている。
ここで披露しているのはそのふざけた感じとはまったく異なる二枚目な感じのミックスで、かなりかっこいいとは思うのだけど、インド国外(というかマハーラーシュトラ州外)のどこに需要があるのかはちょっと分からない。
撮影はムンバイとプネーの真ん中らへんにあるVasundhara Villasという高級リゾートホテルがいっぱいある場所みたいです。



さっきローカル線のなかでヒップホップをかけていたDhiraajがラージャスターン州ウダイプル(レイクパレス・ホテルで有名な街)の宮殿で披露したチル・プログレッシブ・ハウスセットがこちら。


こちらは選曲にはとくにインドっぽい部分はないので、日本でも場面を選ばず使いやすい動画になっている。
何に使いやすいのかは書いている私もよく分からないが、インドっぽい格好のDJがインドっぽい場所で無国籍なハウスをずっとかけているという、そのギャップがなんとも粋なので、ちょっとしたパーティーなどで映像込みでずっと流しっぱなしにしておくのもいいんじゃないでしょうか。


続いてはアマピアノ。
インドでアマピアノと言って通じるのは海外の流行を追いかけている音楽好きだけだとは思うが、こういうジャンルもちゃんとローカライズしている人がいるというのがインドの音楽シーンの素敵なところだ。
PRIYANKAというDJがINDIA-MAPIANOと名付けてミックスしたDJセットがこちら。


ボリウッドっぽいポップな歌を中心にミックスしているが、こうやって聴くと、インドの歌ってどんなビートにも合うなあ。
逆にインドの歌にはどんなジャンルと合わせても絶対に個性を失わない芯の強さがあるとも言える。
マイナスイオンがいっぱい出てそうなロケーションも癒される感じがして良い。



ここからは、世界各地の良質なクラブミュージックを紹介しているBoiler Roomに取り上げられたインドのDJを2組ほど紹介する。

まずはご存知Karan Kanchan.


ムンバイで彼のDJを2回ほど見る機会があったのだけど、どちらもめちゃくちゃ盛り上げていた。
IIT Bombayの巨大学園祭Mood Indigoのヒップホップ・ナイトでは、学生中心の客層を意識してボリウッド・ソングを交えたセットリストを披露していて、'Om Shanti Om'みたいな曲では当然大合唱。
それだけでなく、Hanumankindの"Big Dawgs"やスコット・トラヴィスの"Fe!n"でも観客たちが歌って踊って大いに楽しんでいたのが印象的だった。
一方、ムンバイの人気クラブantiSOCIALでの自身主催のイベント'Neckwreck'では、ゴリゴリのベースミュージックをプレイ。
こちらも異常とも言えるほどの盛り上がりで、トリで出演したUKのHamdiのパフォーマンスではウォール・オブ・デスやモッシュピットまで発生していた。



こちらはインド先住民(アーディヴァーシー)の権利についてなど、社会的・政治的なトピックを扱うことが多いムンバイのヒップホップグループSwadesiのBamboyによるパフォーマンス。


結果的にブラジルっぽいノリになっているところがすごく面白い!
他にもデリーのレゲエ・セレクタのDelhi Sultanateとか、デリーのラッパーのPrabh Deepとか、インドのベースミュージックの元祖的存在であるNucleyaとか、インド北東部出身のフィメールラッパーのRebleとか、インド人アーティストのBoiler Roomでのパフォーマンスはかなりたくさんアップされているので、興味がある人はぜひチェックしてみてください。


けっこう前に書いたようにインドではlo-fi系のリミックスもかなり普及していて、ボリウッドなどのヒット曲のlo-fiバージョンがリリースされるという現象もかなり定着している。


リミックスやDJという文化の日常への膾炙の度合いでいうと、インドは日本よりもかなり進んでいるんじゃないかなあ、と思う次第です。





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2024年12月23日

2024年度版 軽刈田 凡平's インドのインディー音楽top10



インドのシーンを長くチェックしていると、あまりの急成長っぷりに、今後どんなに面白い曲がリリースされても、もう以前みたいに驚かないかな、なんていう勝手な心配をしてしまうときがある。
幸運なことに、今年もそれは完全な杞憂に終わった。

2024年もインドのインディーズ音楽シーンは大豊作。
例によって、シングルだったりアルバムだったりミュージックビデオだったりいろいろ取り混ぜて、今年のインドのインディーズ・シーンを象徴していると思える10作品を紹介する。



Hanumankind “Big Dawg”(シングル)


今年のインドのインディーズ音楽シーンの話題のひとつだけ選ぶとしたら、どう考えてもこの曲をおいて他にない。
マラヤーリー系(ケーララ州にルーツを持つ)でテキサス育ち、ベンガルールを拠点に活動しているHanumankindは、インドでは少なくない英語でラップをするラッパーの一人だ。
ヒップホップをアメリカの音楽として捉えれば英語ラップこそが正統派ということになるのだが、今更いうまでもなくヒップホップのグローバル化はとっくに完了しいて、このジャンルは世界中でローカル化のフェーズに入っている。
インドでも人気が高いのはヒンディー語やパンジャーブ語などのローカル言語のラップで(ベンガルールならカンナダ語)、インドの英語ラップはローカル言語の人気ラッパーと比べるとYouTubeの再生回数が2ケタくらい低い通好みな存在にとどまっていた。
そこから一気に世界的ヒットへと躍り出てしまったというところにHanumankindのミラクルがある。
今では“Big Dawgs”の再生回数は、彼がリリックの中でリスペクトを込めてネームドロップしたProject Patすらはるかに上回っている。
Kalmiの強烈なビート、ふてぶてしい本格的な英語ラップ、インド人という意外性、そしてCGなしで撮影されたミュージックビデオ(「死の井戸」を意味する'maut ka kuan'というインドの見世物)など、全ての条件がこの奇跡を呼び起こした。
年末にはNetflixの"Squid Game2"(イカゲーム2)の楽曲も手がけ、Habumankindはますます波に乗っている。
今後、彼は一発屋以上の成功を手に入れることはできるのか。
他のインドのラッパーたちは彼の成功に続くことができるのか。
1年後に彼が、インドのヒップホップシーンがどういう状況になっているのか今から楽しみだ。



Paal Dabba “OCB”(シングル)

インドのヒップホップのビートを時代別に見ていくと、黎明期とも言える2010年代前半は、90年台USラップの影響が強いブーンバップ的なビートが多く、2020年前後からはいわゆる「トラップ以降」のビートが目立つようになってきた。(超大雑把かつ独断によるくくりで、例外はいくらでもあります)
それが、ここにきてディスコっぽいファンキーなビートが目立つようになってきた。
その代表格として、このタミルの新進ラッパーを挙げたい。
ラップ良し、ダンス良し。
タミル語らしい響きのフロウやいかにもタミルっぽいケレン味たっぷりのセンスと、世界中のどこの国でも通用する現代的なクールさを兼ね備えた彼は、この地域の人気ラッパーの常として、映画音楽でも引っ張りだこだ。
インドのヒップホップのトレンドが、ディスコ化といういかにもインド的なフェーズに入ってきたということ、そしてそれがカッコいいということが最高だ。
ミュージックビデオもタミルらしさとヒップホップっぽさ(2Pacみたいな人物が出て来たりする)、ブルーノ・マーズ以降っぽい感覚が共存していて今のインドって感じで痺れる。

この記事を書いた後のリリースでは、Maalavika Sundarのタミル・ファンク"Poti"もかっこよかった。



Frappe Ash “Junkie”(アルバム)

Frappe Ashはデリーから北に250キロ、ウッタラカンド州デヘラードゥーンという音楽シーンではあまり存在感のない街出身のラッパー。
(以前はデラドゥンと書かれることが多かったと思うが、都市名は言語に忠実な表記をするのがスタンダードになってきているので、ここではデヘラードゥーンとしておく)
調べてみると学園都市であるデヘラードゥーンにはそれなりにラッパーがいるみたいで、若者が多い街には若者文化が栄えているという法則はここでもあてはまるようだ。
彼が今年6月にリリースしたアルバム“Junkie”が素晴らしかった。
このアルバムはディスコ調ありポップなトラックありと、スタイル的にも多様で、かつセンスの良いアルバムなのだが、その1曲目にこのフュージョントラックを入れてきたのにはめちゃくちゃしびれた。
新人ラッパーかと思ったら、音源のリリース時期をチェックしてみると2016年には活動を始めているそこそこのベテラン。
インドの地方都市の音楽シーンも本当にあなどれなくなってきた。
Sez on the Beat、Seedhe Mautらのデリーの人脈やアーメダーバードのDhanjiなど、北インドのかっこいいラッパーとは軒並み繋がっているようで、今作にはゲスト陣も多数参加。
Spotify Indiaによると、インドのヒップホップでもっとも成長が著しい言語はハリヤーンウィー語(デリーにほど近いハリヤーナー州に話者が多い)だそうだが、これまでヒンディー語の音楽シーンに回収されてしまっていた北インド各地の音楽シーンが、自らの言語をビートに乗せる術を得て目覚め始めているのかもしれない。
ハリヤーナーのフュージョンラップでは年末にデリーの名匠Sez on the BeatプロデュースによるRed Bull 64 Barsで衝撃的な"Kakori Kaand"を発表したMC SQUAREもやばかった。



Kratex, Shreyas “Taambdi Chaamdi”

マラーティー語は大都市ムンバイを擁するマハーラーシュトラ州の公用語だが、ムンバイで作られる「ボリウッド映画」がヒンディー語映画を指すことからも分かるように、この街のエンタメはインド最大の市場を持つヒンディー語作品に偏りがちで、音楽シーンでもマラーティー語はそこまで存在感がない。
そんな中で「マラーティー語のハウス」というかなりニッチなジャンルに特化して取り組んできたのがムンバイ出身のDJ/プロデューサーのKratexだ。
そのセンスとクオリティには以前から注目していたが、彼とプネー出身のマラーティー語ラッパーShreyasと共演したこの曲でついに大きな注目を得るに至った。
オランダの名門Spinnin Recordsからリリースされたこの曲は、ユーモアと洒脱さを兼ね備えた音楽性でこれまでにYouTubeで2,000万回に迫る再生回数を叩き出している。
Kratexの曲はBPM130くらいで揃えられていて、サブスクで流しっぱなしにしておくのも楽しい。



Prabh Deep “DSP”(アルバム)

デリーのストリートを代表するラッパーとして彗星のように現れたPrabh Deepだが、じつは数年前に首都から引っ越しており、現在はゴアを拠点に活動している。
街のイメージそのままに、デリー時代は苛立ちを感じさせる殺伐とした曲が多かったが、陽光が降り注ぐ海辺のゴアに越してからの彼はなんか吹っ切れたような印象がある。
日本で言うと、ちょうどKOHHが千葉雄喜になった感じと似ている。
もうひとつKOHHと共通しているのが、Prabh Deepもまたリリックよりも声の良さだけで聴かせる力を持っているということ。
この“Zum”なんて、ほとんど中身がなさそうなリリックだが(超深いことを言っている可能性もなくはないが)、力を抜いた発声でもここまで聴かせる緊張感がある。
タイ在住のアメリカ人ラッパーとの共演というわけがわからない意外性も彼らしい。
バングラーかギャングスタ的なスタイルに偏りがちな他のパンジャービー・シクのラッパーとは一線を画し、自由なヒップホップを追求する姿勢は拠点を移しても変わらない。
Prabh Deepはこれまでも年間ベストで選んでいるので、よほどの作品でなければ選出しないつもりでいたのだが、2021年の"Tabia"とはまったく別の方向性でこれだけのアルバムを作られたら選ばないわけにはいかない。
しかも彼は今年、よりリラックスした作風の"KING Returns"というアルバムもリリースしている。
あいかわらずすごい創作意欲だ。



Wazir Patar “Barks(feat. Azaad 4L)”他(楽曲)

定点観測している、パンジャーブ系のバングラー・ラッパーのヒップホップ化について、今年しびれたのはこの曲。
このジャンルではオンビートで朗々と歌うバングラーのフロウからタメの効いたヒップホップ的なリズムへの以降が進みつつあるが、その2024年的スタイルを聴かせてくれるのがWazir Patarだ。
“Barks”のバングラー的な張りのある発声とラップのスピットの融合に、ギャングスタ的アティテュードをバングラーでどう表現するかという問いに対するひとつの答えが出ている。(そんな問いは俺以外だれもしてないが)
ビートがトラップ系ではなくブーンバップなのも良くて、パンジャービーでシクでギャングスタという彼の個性(いささかありふれていると思わなくもないが)が存分に感じられる。
Sidhu Moose Wala亡き後のシーンはKaran AujlaやShubhらの人気ラッパーがしのぎを削っているが、Wazir Patarもその中で存在感を増しつつある一人だ。



Sambata “Hood Life”(楽曲)

国籍を問わずラッパーの進化というのは割と似たような過程を辿るのかもしれない。
ムンバイ、プネーあたり(マハーラーシュトラ州西側)のストリート系ラッパーのわずか10年あまりの歴史の教科書があるとしたら、DIVINEが1ページ目に載るはずだろう。
彼はハスキーな声で歯切れの良いラップをスピットする、日本で言うとZeebraみたいなスタイルで「ストリートの声」となった。
その後に進化系として的確なラップ技術と”Firse Macheyange”に象徴されるポップさなどを兼ね備えたEmiway Bantaiが登場。他のラッパーをディスりまくって名を挙げた。
続いてシーンを賑わせたのは、エモ/マンブル系のMC STANだ。
そこからさらに進化して、2024年の雰囲気を感じさせてくれるラッパーがこのSAMBATAだ。
SAMBATAのラップには、日本でいうとWATSONとかDADAと通じるような雰囲気がある。
ちょっとやさぐれたような、
彼もまたマラーティー語ラッパー。まさかこのトップ10にマラーティー語の曲を2曲も選ぶ日が来るとは思わなかったな。
パンジャービー語ラッパー(バングラーではない)のRiar Saabとの共演という視野の広さも良い。
プロデュースはKaran Kanchan. 今回もいい仕事をしている。



Raman “Dekho Na”(シングル)

新世代R&Bアーティストもどんどんかっこいい人が出てきている。
その中でもとくに印象に残ったのがこのRaman.
彼は日本でいうと藤井風みたいな雰囲気がある。
ヴォーカリストとしてもソングライターとしても資質があって、声にも色気がある。
このままインディーズでやり続けていても良いし、映画音楽方面に進出しても面白そうだ。
この手のシンガーについては以前この記事で特集している。




Karun, Lambo Drive, Arpit Bala & Revo Lekhak “Maharani”


以前から注目していたインドでたびたび見られるラテン風ラップ/ポップスの一つの到達点とも言える曲。
このテーマで書くなら、よりビッグネームなYo Yo Honey Singhの"Bonita"とか、Badshahが参加した"Bailamos"を挙げてもよかったのだが、彼らは以前からレゲトンなどのラテンの要素を取り入れていたことを知っていたので、今回はサンタナみたいな伝統的ラテンなこの曲をセレクトしてみた。
独特の歌い回しのどこまでがインド要素でどこからがラテン要素なのかが分からなく
ラテン風の楽曲ではタミルのAasamyも良かった。



Dohnraj “Gods & Lowlife”(アルバム)

ロックアーティストとしては唯一の選出となったDohnrajは、デリーを拠点に80年代的なロックサウンドを奏でているシンガーソングライター。
ジャンルの多様性を確保するためにロックから選ぶようなことはしたくなかったし、彼にことは2022年にも年間Top10に選出しているのでそんなに推すつもりはなかったのだが、 9月にリリースされた“Gods & Lowlife”の充実度を考えたら、リストに入れないという選択肢はなかった。
そう来たか!のプログレ風の”If That Don’t Please Ya (Nothing Ever Will)”に始まり、80〜90年代の洋楽的要素をふんだんに取り入れた万華鏡的音世界は、世代のせいかもしれないがとても魅力的だった。
先日の記事にも書いたが、インドのアーティストの過去の洋楽オマージュっぷりはかなり面白く、今後も注目していきたい分野だ。




というわけで、いつも年末ぎりぎりに発表していた年間ベスト10を今年はちょっと早めに発表してみました。
今ムンバイにいて、その様子はとある媒体で書きますが、とても刺激的な出会いと経験を重ねています。
みなさんも良いお年を!



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2024年11月21日

60's〜90's洋楽オマージュ! インドの温故知新アーティスト特集


たびたび書いているように、インドでインディペンデントな音楽シーンが爆発的に発展したのは、インターネット普及した2010年代以降のこと。
20世紀のインドでは、インディーズ系の音楽は、ごく一部の裕福な若者の趣味としてしか存在していなかった。
その頃のインドでは、バンドをやるための楽器や機材はとても高価だったため、今のようにスマホが1台あればビートをダウンロードできて、それに合わせてラップできて…というわけにはいかなかったからだ。(細かく調べればいくつかの例外はあるかもしれないが)




だから、今でもインドのロックシーンには労働者階級のパンク的な荒っぽさよりもミドルクラスの上品な雰囲気が漂うバンドが多いし、そもそもインドのインディーズ音楽シーンではロックよりも圧倒的にヒップホップやエレクトロニックの人気が高い。
インドのインディーズ音楽シーンが盛り上がり始めた2010年代には、ロックはもう過去の音楽だったからだ。

とはいえ、過去のクールな音楽を掘って模倣したがるというのはどこの国でも同じこと。
まだまだインディーズ・シーンの歴史の浅いインドにも、彼らが生まれる前の60年代〜90年代のロックの影響を受け、そのオマージュとも言える楽曲を発表しているアーティストが結構いる。


ここ最近でもっとも衝撃を受けたのは、デリーのアンダーグラウンドヒップホップレーベルAzadi Recordsが最近プッシュしているシンガーGundaがリリースしたこの曲だ。
なんとThe Doorsへのオマージュになっている!

Gunda, Encore ABJ "Ruswai"


サンプリングのネタとして引用するのではなく、Light My Fireっぽい雰囲気をそのまま再現するという方法論は2024年に聴くとめちゃくちゃ新鮮だ。
歌はジム・モリソンほどソウルフルではないが、この気だるいグルーヴで引っ張ってゆく感じ、ものすごく「分かってる」。
口上みたいなフロウから始まるEncore ABJ(デリーのSeedhe Mautのメンバー)のラップも完璧にはまっている。
まさかインドからこういう悪魔合体音楽が生まれてくるとは!

ところで、Prabh DeepやSeedhe Mautといった人気ラッパーが軒並み離れてしまった(専属ではなくなった)Azadi Recordsは、最近では歌モノのリリースがかなり多くなってきており、必ずしもヒップホップレーベルとは言えなくなってきているが、独特の冴えたセンスは相変わらず。
ヒップホップというジャンルの間口は今すごく広がっているから、むしろ現在のヒップホップを体現していると言ってもいいかもしれない。



以前紹介した「現代インドで80年代UKロックを鳴らす男」ことDohnrajが今年リリースしたニューアルバム"Gods & Lowlifes"もやばかった。
前作は80's臭に溢れていたが、今作のタイトルトラックはもろ90'sのブリットポップ!

Dohnraj, Jbabe "Gods & Lowlifes"


このヘタウマな歌の感じ、ドラマチックなアレンジ、そして叙情的なメロディー。
90年代UKの一発屋バンドThe Verveあたりを思い起こさせる…とか言うと年がバレそうだが、当時リリースされていたらミュージックライフとかクロスビートあたりのレビューで結構いい評価がついたんじゃないだろうか。
この曲にはタミルのロックバンドF16sのフロントマンで、ソロでも秀作を発表しているJbabeが参加している。
距離も離れていて言語も文化もまったく違うデリーとチェンナイの2人が、この90's UKロックへのオマージュのためだけにコラボレーションしているというのも痺れる。



このアルバムからミュージックビデオが制作された"Freedom"は、うってかわってブルースっぽいシブい始まり方をする曲だが、歌の感じはミック・ジャガーやデヴィッド・ボウイを彷彿とさせる、あの英国特有の湿った感じ。

Dohnraj "Freedom"


途中からの展開は若干アイデアの寄せ集めっぽい感じがしないでもないが、メロディーやアレンジがいちいちツボを押さえていて唸らされる。
このアルバムには他にもプログレっぽい曲なんかも収められていて、そもそもロックの人気がそこまで高くないインドで異常にマニアックな音楽世界を構築している。


こういうアーティストばかり紹介していると、せっかくインドの音楽を紹介するんだったら古い洋楽の模倣じゃなくてインドのオリジナルな音を紹介すればいいじゃないか、と思う人もいるかもしれない。
それも一理あるのだが、そもそも前提として、日本もインドもインディペンデントな音楽シーンに関して言えば、アメリカやイギリスの音楽文化の圧倒的な影響下にある。
良くも悪くもそれは否定のしようがない事実で、結局のところ、こうした過去の音楽的遺産は、ポップカルチャーの共通語として機能する。
それぞれの文化を土壌としたオリジナルな表現や、あるいは世界中の誰もまだ鳴らしていないような尖ったサウンドも素晴らしいが、こんなふうに「あっ!そういうの好きなの?分かる!」みたいな感覚を、日本からも欧米からも遠く離れた南アジアのアーティストに感じたりできることっていうのも、すごく素敵なことなんじゃないだろうか。
90年代から音楽を聴いていた自分としては、インドの若いミュージシャンがリアルタイムで経験したはずのない音を緻密に再現しているのを発見すると、海外旅行中に思いがけず旧友にばったり会ったみたいなたまらないエモーションを感じてしまう。

おっと、つい感傷的になっちまった。
まだもうちょっとこの手の音楽を紹介させてもらう。
次はもうちょっと新しい音楽だ。


デリーのBhargはラッパーとの共演も多い現代的な感覚を併せ持ったアーティストだが、この曲を聴くと過去の音楽も相当聴き込んでいるということが分かる。
イントロのチープなノスタルジーと、後半Weezerみたいな展開がこれまたたまらない。

Bharg "Nithalla"


歌詞がヒンディー語であることがまったく気にならないエヴァーグリーンな洋楽ポップ的メロディーもいい。
自分は洋楽的なメロディーの端々に言語特有の訛りとも言える節回しが出てしまうシンガーが好きなのだが、逆にこうやって自分の言語と洋楽的センスを見事に融合するこだわりもまたかっこいいと思う。




インドでこの手のノスタルジックな洋楽サウンドを鳴らすミュージシャンを紹介するなら、Peter Cat Recording Co.に触れないわけにはいかない。
彼らが今年リリースしたアルバム"Beta"は、すでに日本でも多くのインディーズ系メディアで取り上げられているが、期待を裏切らないクオリティだった。

Peter Car  Recording Co. "Suddenly"




これは決してディスっているわけではないのだが、彼らの曲を聴くと「上質な退屈」という言葉が頭に浮かぶ。
インターネットなんか繋がないで、こういう音楽を流しながらコーヒーを飲んだり本を読んだりぼーっとしながら時間を過ごすのが本当の贅沢なんじゃないか、というような感覚だ。
昔(インターネット時代の前の話)、金持ちの友人の別荘に行ったらテレビがなくて驚いたことがあるのだが、そのときに、この人たちは本当の裕福な時間の過ごし方を知っているんだなあと思ったものだった。
このコンテンツ飽和時代に、一瞬でも飽きさせないように一曲に展開を詰め込むのではなく、淡々と上質なメロディーを紡いでいく彼らの音楽にも、そうした「贅沢さとしての退屈」みたいな感覚が込められているように思うのだ。

デジタルネイティブなインドの若い世代にも、おそらくだがインターネット以前の時代や、繋がらない時間の過ごし方に対する憧憬はあるはずで、日本よりも激しい競争社会に生きる彼らのほうが、むしろそうした思いはずっと強いとも考えられる。
彼らが20世紀の洋楽的なロックやポップスに惹かれるのは、そこに今日の音楽には存在し得ない、より豊穣な自由さを感じるからかもしれない。

次の日曜はチャイを入れてPeter Cat Recording Co.を聴く退屈な午後を楽しんでみようかな。
すぐにスマホに手が伸びてしまいそうだけど。



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2024年11月10日

ソウルフル&ファンキー! インドの新進R&B系シンガーソングライター特集


これまでにこのブログでは、Prateek Kuhad, Raghav Meattle, Sanjeeta Bhattacharya, Anoushka Maskey, Mali, Topshe,などのインディーズシーン出身のシンガーソングライターを紹介してきた。
いろんな人を紹介してはきたものの、アメリカのバークリー音楽大学出身のSanjeeta Bhattacharya以外は、どちらかというと抒情的な作風のシンガーが多かった。
これは自分の好みもあるだろうけど、インドで音楽を志す若者たちの傾向として、踊れる音楽を作りたい人はEDMを、ストリート的な表現をしたい人はヒップホップを、激しさを求める人はヘヴィメタルを、内省的な表現を好む人がSSWを選ぶという傾向があるからだろうと理解していた。(※ものすごく大雑把な括りです)

そんなインドでも、ここ数年の間に、R&Bっぽい、ポップかつ踊れる曲を作るシンガーソングライターが目につくようになってきた。

例えばこのRamanというシンガーが最近リリースした曲はこんな感じ。

Raman "Dekho Na"


歌良し、メロディー良し、声良しと、3拍子揃った才能を感じさせてくれるRamanはなんとまだ19歳!
ポップだがどこか影のある音楽性は、日本で言うと藤井風あたりに通じる印象だ。
調べてみたが出身地がどこかは分からなかったものの、ヒンディー語で歌っているのでおそらくは北インドのどこかのはず。
世界中どこの国に存在していてもおかしくないR&Bベースのポップだけど、たまに節回しがほんのちょっとだけインド風味になるところがたまらない。(言語の響きに引っ張られているのか?)


Raman "Jadui Pari"


この曲はちょっとボサノヴァっぽいコード進行で、インド人もこういうコード進行をオシャレだと感じるんだなあと思うとなかなか感慨深い。
ミュージックビデオを見る限り、Raman、見た目もなかなかのイケメンだ。
こういうタイプのシンガーが今後インドでどれくらいメジャーになるものか、気になるところではある。



カンナダ語(ベンガルールなどがある南インドのカルナータカ州の公用語)で歌うSanjith Hedgeもちょっと藤井風っぽい感じのあるR&Bスタイルのシンガー。

Sanjith Hegde "Gulaabo"


音楽のスタイルもそうだが、ミュージックビデオの無機質にも有機的にも見える複雑なコレオグラフィーや、現実とシュールが入り混じった世界観もすごく今っぽい。
インドの場合、ヒップホップではローカル色が強く出るけれど、R&Bになるとそうでもなく無国籍な感じ(ミドルクラス趣味というか)になるところも面白いと思う。
これは、楽曲が表現している内容だけでなく、作り手やリスナーの生きている世界、見ている世界の違いによるものと見ていいだろう。
あと関係ないけど、サビがちょっとゲラゲラポーみたいに聴こえる。



もうちょっとクラシックなタイプというか、ジャズっぽいアレンジの歌を歌うこんなシンガーもいる。
デリー出身のVasu Rainaのこの曲は、トランペットのイントロからしてシブい。

Vasu Raina "aag"


こうした生音っぽいグルーヴへの接近は以前特集したヒップホップのビートのディスコ化とも共鳴している感じがする。
ギターやピアノ(インドの場合、気候の影響や調律師の不足からエレピがほとんどらしい)の弾き語り的なスタイルが多かったSSWやDTMっぽいビートに飽きてきたラッパーたちが、反動としてこういうスタイルに寄せてきているのかもしれない。




同様にホーンが効いたレイドバックした曲では、ベンガルールのTushar MathurのEP "Snooze"もかなり良かった。

Tushar Mathur "Snooze"


ぶん殴られたヒゲ面のインド人男性(なぜか絆創膏に花)という、インパクトがありすぎるジャケからは想像もつかないシルキーな感触のR&Bポップスで、どことなく懐古趣味的な音像はデリーのPeter Cat Recording Co.にも通じるものがある。
(そういえば今年リリースされたPeter Cat Recording Co.の"Beta"も「上質な退屈さ」ともいえる独特の音楽性であいかわらずの良作でした)
こうした良質なインド産英語インディーズ音楽は、今のところインド国内ではそこまで市場が広がらなさそうなので、海外のリスナーにもっと見つけられてほしいな、と思うばかり。


以前紹介したSanjeeta Bhattacharyaの新曲もあいかわらずキャッチーな佳曲。
今回はJhalliという女性シンガーとのコラボになっている。

Sanjeeta Bhattacharya x Jhalli "Main Character Energy"


ミュージックビデオも凝っていて、インド女性のシスターフッド賛歌になっているところも素晴らしい。
彼女の音楽には、いつも「女性らしさを女性自身のものとして謳歌する」というテーマが通底している。

あまりインディーズ趣味に走りすぎても「インドのR&Bなんて一部の好事家がやってるだけでしょう」と思われてしまいそうなので(まあそうなんだけど)、ここでメジャーどころを。
さあざまな言語の映画のプレイバックシンガーとしても大活躍しているケーララ出身のBenny Dayalが今年リリースしたマラヤーラム語の曲はこんな感じ。

Benny Dayal & Hashbass Feat. Vivzy "Ith Athyamai"


この曲の言語はマラヤーラム語で、言語の響きに影響を受けた歌い回しが随所に散りばめられているところがまた良い。
共演のHashbassはデリーのベースギター奏者兼ビートメーカーで、VivzyはBennyと同郷のケーララのフィメール・ラッパー。
タミル系アメリカ人のSid Sriramをはじめ、プレイバックシンガーがソロでR&B系の曲をリリースするという例も増えてきたようだ。


南アジアのシンガーは、人種的な特徴からそうなるのか、男女ともにとても甘い声をしている人が多いので、ソウルやR&Bは彼らの良さがもっとも活かせるジャンルのひとつだろう。
今後、さらに魅力的なシンガーや楽曲が生まれてくることを期待したい。



さて、ここから先は記事の本題とは別の話。

最近ブログに「あなたの感覚は古すぎます」「あなたはこのアーティストに気づくのが遅すぎます」という趣旨のコメントをくれた人がいて、「こんなふうにディスられるなんて、まるでいっぱしの音楽評論家になったみたいだな」と笑ってしまったのだけど、「扱うアーティストが偏りすぎ」という指摘もあったので、誤解のないように書いておく。
多くの方はお気付きだと思いますが、このブログはインドの音楽シーン全体をくまなく紹介するものではなく、ヒップホップとかロックとか電子音楽といったジャンルを中心に、インディペンデントな形式で活動しているアーティストを中心に扱っています。

だから偏っていると言われれば、もちろん偏っている。
インドのポピュラー音楽のまだまだ本流である映画音楽もあんまり扱ってません。
理由は、映画についてはすでに優れた紹介者の方がたくさんいるし、個人的に「映画のために作られた音楽」よりも、もっと作家性の強い音楽に興味があるから。
世界最大の国のインディーズシーンが急速な勢いで発展しているということ自体わくわくするし、音楽的にかっこいいと思えるアーティストも、メジャーよりアンダーグラウンドにより多いと感じています。

インドで大衆的な人気がある音楽を知りたかったら、AIに聞くとか、サブスクの各種現地チャートをチェックするとか、インドの情報サイトをグーグル翻訳するとかでほぼ事足りてしまうので、改めて自分の言葉で文章化する必要性をあんまり感じていません。

というわけで、このブログでは、現地でそこまで「売れて」いなくても、面白いと感じたものを積極的に紹介しています。
今回紹介したアーティストも、Benny Dayal以外はインドでもほぼ無名と言っていい存在だと思います。
紹介する基準は、まず何よりも音楽的に面白いこと。かっこいいこと。
ジャンルの解釈や表現が興味深かったり、個性が強かったり、面白いストーリーがあったり、強いメッセージが込められていたり、日本や海外の音楽シーンと共鳴していたり、といったアーティストや楽曲もすすんで取り上げています。
もちろんこの基準にあてはまる音楽は人によって違うし、そもそも音楽の価値を全然違うところに見出している人も多いでしょう。

なんか軽刈田の趣味が合わないな、と思う人がいたら、ぜひSNSなりブログなりで、自分の好きな音楽を発信してみてください。
インドの音楽に注目してくれる人が増えるのは、むしろうれしいことなので。

てなわけで、今後もこのスタンスでやっていくのでよろしくね。



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goshimasayama18 at 23:24|PermalinkComments(2)インドのR&B