Wadala

2019年07月18日

Real Gully Boys!! ムンバイ最大のスラム ダラヴィのヒップホップシーン その2

10月18日に公開予定のボリウッド初のヒップホップ映画『ガリーボーイ』の日本版予告編がついに解禁となった。 


前回の記事
で、『ガリーボーイ』の舞台になったダラヴィ出身の活躍めざましいヒップホップクルー、Slumgods, Dopeadelicz, 7BantaiZ, Enimiezらを紹介した。
彼ら以外にも、Dog'z, Bombay Mafia, Dharavi Rockerz, M Town Rockerzといったクルーが結成され、ダラヴィのヒップホップはまさに百花繚乱の時代を迎えた。
身体一つで喝采を浴びることができるブレイクダンス、そして高価な楽器や音楽知識がなくてもできるラップは、ダラヴィの住人にうってつけだった。
どんなにお金を持っていても、高い社会的地位にいても、ヒップホップカルチャーにおいては、スキルとセンスを自分で磨いて勝負するしかない。
「持たざるものの芸術」であるヒップホップは、ダラヴィの人々にプライドと自信を与えることができたのだ。
ヒップホップのもう一つの要素であるグラフィティも盛んになり、ダラヴィはまさにヒップホップタウンの様相を呈するようになった。

ヒップホップカルチャーの中で、唯一ダラヴィで発展しなかったのがDJingだろう。
DJという言葉の定義にもよるが、ターンテーブルにアナログレコードを乗せてプレイするクラシックなスタイルのDJ文化は、ついにインドには根付かなかった。
これは、高価な機材が必要だという経済的理由だけでなく、ヒップホップが流行した時代背景にもよるのだろう。
ダラヴィでヒップホップが人気を集め始めたのは2010年前後。
もはやレコードの時代でもCDの時代でもなく、インターネットで音楽を聴く時代になってからのことだった。

DJの代わりに発展したのが、ヒューマン・ビートボックスだ。
ダラヴィのヒップホップシーンを取り上げたこのドキュメンタリーでは、 1:38頃からビートボクサーたちが自慢のスキルを披露している。
(ダラヴィにはビートボクシングのレッスンまであるようだ)
 


やはりビートボックスから始まるVICE Asiaのこのドキュメンタリーでは、「ヒップホップは俺たちのためにあると感じる」と語るムンバイの若者たちのリアルな様子が見られる。
(出演しているラッパー達は、全員がダラヴィ出身ではない)

SlumgodsのPoetic Justiceや、Mumbai's FinestのAceら、初期から活動するムンバイのヒップホップアーティストたちが語るシーンの成り立ちは興味深い。
彼らの影響の源は、50CentやGameといったアメリカのアーティスト、そしてエミネム主演の映画"8Mile"であり、ダラヴィのラッパーたちがインド国内のバングラー系のラップとは全く異なるルーツを持っているということが分かる。
やがて、ラップバトルが行われるようになると、"8Mile"の世界に憧れていた若者たちが集まってくる。(このあたりは、映画『ガリーボーイ』のまんまだ)
だが、彼らはいつまでもアメリカの模倣のままではいなかった。
このドキュメンタリーによると、銃についてラップするようなアメリカのラッパーのワナビーは彼らの間では軽蔑され、リアルであることが評価される健全なシーンが、現在のダラヴィにはあるようだ。
やがて、Mumbai's Finestやその一員だったDivine、そしてNaezyらがムンバイのシーンをより大きなものにしてゆく。
ストリートのリアルを表現する「ガリーラップ」はますます人気になり、今ではコメディアンたちによるGari-Bというパロディまであるというのだから驚かされる。
そして、大きなレーベルや資本の後ろ盾なく、ただ「クールであること」「リアルであること」のみを目的としてヒップホップを続けていた彼らを、ついにボリウッドが発見する。
言うまでもなく、映画"Gully Boy"のことだ。
メインストリームの介入に懐疑的だったダラヴィのラッパーたちも、Zoya Akhtar監督や、主演のRanveer Singhの熱意に打たれ、心を開いてゆく。
この動画のなかでZoya Akhtarが語る「ヒップホップはインドの真実を語る最初の音楽ジャンル」という言葉が意味するところは大きい。
メジャーもインディーも関係なく、アーティストとして、よりリアルな表現を求める感覚が、ダラヴィと映画業界を結びつけたのだ。
同時に、このビデオでは、「ガリーラップ」の表面的なイメージが先行してしまうことへの危機感と、ラップだけでなくトラック(ビート)もさらに洗練され、さらなる優れた音楽が出てくるであろうことが語られている。


「ダラヴィはインドのゲットーさ」というセリフから始まるこの"Dharavi Hustle"は、ダラヴィのヒップホップシーンの多様性を伝える内容だ。
2016年に公開されたこの映像は、シーンが大きな注目を集め始めた時期の貴重な記録である。

「ダラヴィが特別なんじゃない。ここにいる人々が特別なんだ。ここにはたくさんの人種、宗教、文化がある」という言葉のとおり、多様なバックグラウンドの人々がヒップホップというカルチャーのもとに一つになっている様子がここでは見て取れる。
'Namaste, Namaskar, Vanakam, and Salaam Alaikum to all the people'という、いくぶん冗談じみたStony Psykoの挨拶が象徴的だ(NamasteとNamaskarはインドのさまざまな言語で、おもにヒンドゥーの人々が使う挨拶。Vanakamは南部のタミル語。Salaam Alaikumはムスリムの挨拶だ。ちなみにStony Psyko本人はクリスチャン)。
ここでも、アメリカのゲットーと同じような境遇に育ったダラヴィの人々が、ヒップホップのスタイルだけでなく、リアルであるべきという本質的な部分を自分たちのものにしていったことが語られている。


ダラヴィのヒップホップシーンを題材に撮影されたドキュメンタリーは本当にたくさんあって、この"Meet Some of the Rappers Who Inspired the Ranveer Singh's 'Gully Boy'"もまた興味深い内容。

「ヒップホップはヒンドゥーやイスラームやキリスト教のような、ひとつの文化なんだ」という言葉は、ヒップホップが宗教や文化の差異を超えたダラヴィの新しい価値観であり、また生きる指針でもあることを示している。
シーンの黎明期から、リリックに様々な言語が使われていることや、伝統的なリズム('taal')との融合にも触れられており、またダラヴィへの偏見や、口先ばかりで何もしない政治家の様子などもリアルに語られている。
ムスリムやクリスチャンの家庭でラッパーでいることについてのエピソードも興味深く、映画の舞台となったダラヴィがどんな場所か知るのにもぴったりの内容だ。

こちらは『ガリーボーイ』にも審査員役でカメオ出演していた、BBC Asian NetworkのBobby Frictionの番組で紹介されたダラヴィのラッパーたちによるサイファーの様子。

この動画に出演しているDharavi UnitedはDopeadelicz, 7 BantaiZ, Enimiezのメンバーたちによって結成されたユニットで、この名義での楽曲もリリースしている。

ここまで男性ラッパーばかりを紹介してきたが、女性ラッパーもちゃんといる。

このSumithra Shekarはタミル系のダリット(被差別民)のクリスチャンの家に生まれ、親族に反対されながらもラッパーとして活動している。
『ガリーボーイ』に描かれているような葛藤がここにもあるのだ。


いずれにしても、ダラヴィは、ニューヨークのブロンクスや、ロサンゼルスのコンプトンやワッツのように、リアルなヒップホップが息づく町となった。

今回はダラヴィについて特集したが、ムンバイの他のスラムでも、ヒップホップカルチャーは定着してきており、ムンバイのワダラ(Wadala)地区出身のラッパーWaseemも先日デビュー曲を発表したばかり。


彼は、以前このブログで紹介した、ムンバイのラッパーと共演した日本人ダンサー/シンガーのHirokoさんも協力している、この地域で子どもたちにダンスと音楽を教える活動を行っているNGO「光の教室」に通う生徒の一人。
父母が家を出ていってしまい、叔父のもとで育ったという彼は、ラップに出会ったことで人生でやるべきことが分かったという。
「みんなはラップを作るためにスタジオや機材が必要だというけど、僕に必要なのはこれだけさ」とスマートフォンを取り出す彼からは、iPadでレコーディングからミュージックビデオ撮影まで行ったNaezy同様、今ある環境で躊躇せずラップに取り組む心意気を感じる。

ダラヴィのヒップホップは、今ではバブルとも言えるほどの注目を集めているが、それでもなお尽きない魅力があり、かつ急速な拡大と発展を遂げている。
『ガリーボーイ』人気が一段落したあとに、どんな風景が広がっているのか。
今から非常に楽しみである。

「その1」「その2」を書くにあたって参考にしたサイト:


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goshimasayama18 at 21:37|PermalinkComments(0)