Sunburn

2020年06月01日

インドのEDM系アーティストがなにかと面白い! KSHMR, Lost Storiesらのインド風トラック!



意外に思われるかもしれないが、ダンスが大好きなインド人の間では、EDM系の音楽の人気がとても高い。
主要なリスナー層は、都市部の中産階級以上の音楽の流行に敏感な若者たちに限られるのだろうが、それでも13億の人口を誇るインドでは、相当数のファンがいるということになる。
インドではアジア最大の(そして世界で3番目の規模の)EDMフェス"Sunburn"が開かれているし、国際的に活躍しているインド人アーティストもいる。


EDMというジャンル自体、すでに人気のピークを過ぎた感もあるし、そもそもコロナウイルス禍でフェスティバルやパーティーが開けない状況が続くと、シーン自体がどうなってしまうのか心配ではあるが、インドにおけるEDM人気の根強さは、今のところ我々の想像をはるかに超えているのである。

今回は、そんな「ダンス大国」インドのEDMアーティストたちが、グローバル市場向けのゴリゴリのダンストラックとは別に、国内リスナー向けにかなりインドっぽい楽曲を製作しているというお話。

以前の記事でも取り上げたムンバイ出身のEDMデュオ、Lost Storiesが、プレイバックシンガーとして活躍するJonita Gandhiと共演したこの"Mai Ni Meriye"は、彼らがこれまでに発表してきたトランス系テクノやEDMとは大きく異なるボリウッドっぽい1曲。
(Lost Storiesがこれまでに発表してきたダンストラックについては、この記事を参照してほしい。"Tomorrowlandに出演するインド人EDMアーティスト! Lost StoriesとZaeden!"


原曲はヒマーチャル・プラデーシュ州の伝統音楽のようだ。
Jonita GandhiはYouTubeにアップした歌声がきっかけでA.R.Rahmanに見出されたカナダ在住のシンガーで、2013年以降様々な映画のサウンドトラックに参加している。(昨年11月にNHKホールで行われた「ABUソングフェスティバル」にも、インド代表としてラフマーンとともに来日していた。)
Lost Storiesの洗練されたトラックに彼女の古典音楽風の節回しの歌が乗ることで、あたかも最近のボリウッドの映画音楽のような仕上がりになっている。

Lost StoriesがKSHMR(カシミア)と共演した"Bombay Dreams"のミュージックビデオは、サウンドだけでなく映像も映画のような魅力を持っている。

エスニックなメロディーラインが印象的だが、エレクトロニック系の曲だとこの手の旋律は国籍に関係なくよく使われているので、もはやどこまでがインドでどこからがEDMなのかさっぱり分からなくなってくる。
それはともかく、このミュージックビデオで注目すべきは、音楽よりもマサラテイストかつ甘酸っぱいストーリーのほうだろう。
「イケてない太めの男子」と「古典舞踊を習う女子」というEDMのイメージとは距離のありすぎるキャラクターたちが繰り広げる淡い恋模様は、まるで青春映画の一場面のようだ。

この曲でLost Storiesと共演しているKSHMRはカリフォルニア州出身のインド系アメリカ人で、その名前の通りカシミール地方出身のヒンドゥー教徒の父を持つEDMミュージシャン/DJだ(母親はインド系ではないアメリカ人のようだ)。
彼はもともとCataracsというダンスミュージックグループに在籍しており、いくつかの曲をヒットさせていたが、Cataracs解散後の2014年にKSHMR名義での活動を開始すると、Coachella, Ultra Music Festival, Tommorowland等の主要なフェスに軒並み出演し、2016年にはDJ MagazineのTop 100 DJs of the yearの12位とHighest Live Actに輝くなど、名実ともにトップDJの座に躍り出た。

KSHMRがベルギー人DJのYves Vと共演したこの"No Regrets (feat. Krewella)では、音楽的にはインドの要素はほぼ無いものの、インドの伝統格闘技クシュティをテーマにしたミュージックビデオを製作している。

冒頭で歌われているのはハヌマーン神へを讃えるヒンドゥーの聖歌らしく、こちらもまるでインド映画のような仕上がりになっている。

インドのインディー系ミュージシャンには、インドのポップカルチャーの絶対的な主流であるボリウッドに対して「ドメスティックでダサいもの」という反感を持っている者が多いという印象を持っていたので(かつて日本のロックミュージシャンが歌謡曲に抱いていたような感情だ)、こうしたEDM系のアーティストたちが、ボリウッドっぽさ丸出しの楽曲をリリースしているということに、非常に驚いてしまった。
グローバルな成功を収めている彼らにとっては、ローカルなボリウッドは仮想敵とするようなものではなく、むしろ冷静にマーケットとして見ているということだろうか。
(日本でいうと、石野卓球あたりがJ-Popのプロデュースやリミックスを手がけているのと同じようなものかもしれない)

KSHMRは、2015年から2017年まで、「アジア最大のEDMフェス」Sunburnのオフィシャルミュージックを手がけており、EDMやトランスに開催地であるインドの要素を融合させた楽曲をリリースしたりもしている。




これらの曲を聴けば、彼が自身のルーツであるインドの要素をいかに巧みにダンスミュージックに取り入れているかが分かるだろう。
このどこまでも享楽的なサウンドは、かつて欧米や日本のトランスDJたちが、インド音楽をサイケデリックで呪術的な要素として使ってきたのとは対照的で、長らくインドの音楽をミステリアスなものとして借用してきた西洋のポップ・ミュージックに対するインド人からの回答として見ることもできそうだ。

パーティーミュージックのプロデュースにかけては一流の評価を得ているKSHMRが、そのサウンドに反して極めてシリアスなメッセージを伝えようとしているミュージックビデオがある。
彼の故郷の名を冠した"Jammu"という曲である。
Jammu(ジャンムー)とは、彼の名前の由来になったカシミールとともにジャンムー・カシミール連邦直轄領を構成する地域の名前だ。
この地域は、1947年のインド・パキスタンの分離独立以来、両国が領有権を主張し、たびたび武力衝突が起きている南アジアの火薬庫とも言える土地である。
カシミール地方では、「ヒンドゥー教徒がマジョリティーを占める世俗国家」であるインドにおいて、例外的にムスリムが多数派を占めるという人口構成から、インド建国間もない時期から独立運動も行われており、この地を巡る状況は非常に複雑になってしまっているのだ。
こうした歴史から、かつては「世界で最も美しい場所」とまでいわれていたカシミールでは、テロや紛争、独立闘争やその過酷な弾圧のために、数え切れないほどの血が流されてきた。


戦乱で母を失った少年がテロリストになるまでを描いたストーリーは、欧米やヒンドゥー側から見たムスリムのステレオタイプ的なイメージという印象も受けるが、現実に起こっていることでもあるのだろう。
(ちなみにKSHMRは"Kashmir"という楽曲もリリースしているが、この曲ではミュージックビデオは作られていない)

このミュージックビデオがリリースされたのは2015年。
その頃は州としての自治権を有していたジャンムー・カシミール地域は、2019年8月にインド政府によって自治権を剥奪され、大規模な反対運動にも関わらず、連邦政府直轄領となることが決定した。
これにともなって、ジャンムー・カシミール地域では、混乱や暴動を避けるという目的で、長期間にわたるインターネットの遮断や外出禁止が行われ、外部との連絡が絶たれた中で治安維持の名目での暴力行為もあったという。 
デリーのラッパーPrabh Deepは、コロナウイルスによる全土ロックダウン時にリリースされた楽曲で、外出禁止が続くカシミールに想いを馳せる内容のリリックを披露している。


KSHMRによるインド色の強いミュージックビデオは、インド国内のマーケット向けというだけではなく、自身のルーツとなっているカルチャーや歴史を広く世界に知ってもらいたいという意図も持って作られたのだろう。
インド国内のアーティストが、ミュージックビデオでインド文化をできるだけ洗練されたものとして描く傾向があるのに対して、ステレオタイプ的な描写が多いのは、彼が母国を遠く離れた欧米で生まれ育ったこととも関係がありそうだ。
いずれにしても、KSHMRのこうした映像作品は、YouTubeのコメント欄を見る限りでは、インドのリスナーに好意的にはかなり受け入れられているようである。
彼はDJセットにおいてもインドの楽曲をサンプリングすることが多く、それが彼のDJの文字通り巧みなスパイスになっている。

以前紹介したZaedenも、ヒンディー語楽曲をいくつか発表しているが、今回はインド系バルバドス人のRupeeが2004年にスマッシュヒットさせた'"Tempted to Touch"のリメイクを紹介したい。

ほぼ忘れられかけていた一発屋をこうしてリメイクするという取り組みも、世界で活躍するインド系アーティストへの絆を感じさせるものだ。

無国籍なサウンドとなることが多いダンスミュージックに、インド系のアーティストがこれだけ自身のルーツの要素を取り入れているということは、かなり面白いことだと感じる。
これは欧米が主流のシーンに対する自己主張であるだけでなく、全てを取り入れて混ぜ込んでしまうインド文化のなせる業なのだろうか。



エレクトロニックミュージックとインド的要素の融合については、非常に面白いテーマなので、まだまだ書いてゆきたいと思ってます。
それでは今回はこのへんで!




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goshimasayama18 at 19:16|PermalinkComments(0)

2019年12月16日

ゴアに帰って来たSunburn Festivalと「悪魔の音楽」批判


以前、インド西岸の街ゴアが、西洋人ヒッピーたちの楽園となり、90年代にはゴアトランス発祥の地となったのち、いまではインド人による音楽フェスティバルの一大拠点になるに至った経緯を書いた。

かつての記事はこちらから:




1960年代以降、欧米社会をドロップアウトしたヒッピーと呼ばれる若者たちは、こぞってゴアを目指した。
物価が安く温暖で、かつてポルトガル領だったことから欧米人ツーリストが過ごしやすい文化を持つゴアは、自由とドラッグと音楽を愛するヒッピーたちの理想郷だった。
1990年代に入ると、彼らがビーチサイドで行うパーティーのための音楽として、サイケデリックなテクノに民族音楽を融合した「ゴアトランス」が生まれた。
そのパーティーを目指して集まる者たちは、ヒッピーではなくレイヴァーと自称するようになった。


2000年代以降、無秩序なパーティーに対する規制が強化されるようになると、レイヴァーたちはこの街を去っていった。
そこにやってきたのが経済発展著しいインドの若者たちだ。
レイヴァーの文化的遺産であるパーティー文化はインドの若者たちに引き継がれ、ゴアはインド人たちがもっともクールな音楽フェスを楽しむリゾート地へと変貌した。

その象徴が、2007年に始まったSunburn Festivalだ。
インド人によるEDM/テクノ/ハウス系フェスのさきがけであるSunburn Festivalは、第1回の開催で5,000人の観客を集めると、回を追うごとに動員数を増やし、今では35万人が集う、アジア最大の、そして世界で3番目の規模のEDM系フェスティバルとなった。
世界で3番目ということは、フロリダのUltra Festival、ベルギーのTomorrowlandに次ぐ規模ということだから、その人気ぶりが分かるだろう。

Sunburn Festivalは、2016年以降は、のどかな港町のゴアからマハーラーシュトラ州の学園都市プネーに開催地を移して行われていたが、今年は久しぶりにゴアに戻って来て開催されることとなった。
2月にはSunburn Klassiqueと称して、このフェスティバルがインドの野外パーティーカルチャーの故郷であるゴアへ帰還したことを祝うイベントが行われた。

海外からは、インド系アメリカ人のEDMプロデューサーとして世界的な人気を誇るKSHMR, ベルリンの覆面ハウスDJとして知られるClaptoneらの世界的なアーティストが出演。
インドからも、国内テクノシーンの第一人者であるArjun Vagale、1990年代から活動するインド系クラブミュージックのMidival Punditzなどがラインナップに名を連ねた。

そして、年末の12月27〜29日には、いよいよ本番のSunburn Festival Goa 2019が行われる。
出演者として、マイアミ出身のハウス/テクノDJであるMaceo Plex, ベルギーのハウスDJ/プロデューサーのLost Frequencies、サマソニへの出演も記憶に新しいThe Chainsmokersらの豪華なアーティストたちがラインナップされている。


旅行やビジネスでインドを訪れただけの人には想像しづらいかもしれないが、この映像を見れば、インドにも欧米と同じようなパーティーカルチャーが確実に根付いていることが分かるだろう(とはいえ、こうしたイベントに集う若者たちは、12億人を超えるインドの人口のごく一部でしかないのだが)。
ところが、ゴアに里帰りを果たすSunburn Festivalに対して、宗教的な側面から、かなりトンデモな言いがかりがつけられているのだ。
インド大手紙Times Of Indiaの12月8日付の記事によると、保守的なヒンドゥーの政治家から、フェスの中止を求める声が上がっているという。


トランスミュージックは悪魔の音楽、取り締まるべき:ゴアの前大臣

ゴア最大のEDMフェスティバルが数週間後に迫っている。Siolim地区の立法議会議員で前大臣のVinod Paliencarは、「トランスミュージックはヒンドゥー神話の『乳海攪拌』のときに、悪魔が神々に対して演奏していた音楽である」と主張した。
この立法議会議員は、4ヶ月前までBJP(訳注:インド人民党。ヒンドゥー至上主義的傾向が強いとされる中央政府の現政権与党)内閣の水産大臣を務めており、「ウパニシャッド(ヒンドゥー神話)によると、トランスミュージックがプレイされるときは、常に悪が善を打ち破ることになる」と述べて、トランスパーティーの取り締まりをしようとしていた。
Paliencarの選挙区には、ゴアのナイトライフとゴアトランスで有名なアンジュナとバガトール(訳注:ビーチの名前。前述のレイヴパーティーの動画や今年のSunburnの会場がバガトールであり、アンジュナにはヒッピー向けの宿や店が多い) が含まれている。
(筆者訳、後略) 
若者が熱狂する音楽を「悪魔の音楽」と呼ぶという、1950年代のロックンロールの時代から繰り返された、ずいぶんと古典的な言いがかりである。
「乳海攪拌」とは、ヒンドゥー教における天地創造神話の一部だ。
神と悪魔が激しい戦いの末に、アムリタという霊薬を得るために、ミルクでできた海を攪拌すると、そこから天地のあらゆる存在が湧き出でたきた、という壮大な物語で、インドのみならず東南アジアにも広く伝わっている。
まさかそんな神話が、現代のクラブミュージックに対する批判に使われるとは思わなかった。
さすがにこれはゴアの人口の66%を占めるヒンドゥー教徒の、とりわけ保守的な層に向けた人気取りのための発言だと思うが、もしかしたらこの政治家自身も本気でこのトンデモな理論を信じているのかもしれないと思わせるところが、インドの面白いところでもあり、恐ろしいところでもある。

そもそも、今回のSunburnは決してトランスに特化したイベントではない。
メインはEDMやテクノ/ハウス系の音楽で、いわゆるトランス系のアーティストはSpace CatやLaughing Buddhaなどごく一部だ。
おそらく彼は狭義のトランスというジャンルを批判しているのではなく、クラブミュージック全般を指してトランスと呼んでいるものと思われるが、それはそれでいかにもゴアらしい誤解と言えるだろう。

いずれにしても、以前の記事でも紹介したように、ヒッピー/レイヴァーたちやパーティーカルチャーは、必ずしもゴアの地元民からは歓迎されていなかった。
外国から来た無法者たちによる治安の悪化やドラッグの蔓延は(彼ら自身は「自由を愛する」というつもりだったとしても)、穏やかな暮らしを愛する地元の人々にとっては、むしろ忌むべきものだったのだ。
ポルトガル領時代から暮らすカトリックの住民にとっては、インド併合後のヒッピーやヒンドゥー教徒の流入は歓迎せざるものであり、ポルトガル時代のほうが良かったという声も多いと聞く。
以前の記事では、カトリック系住民からのヒッピー批判をお伝えしたが、今回は、ゴアでも圧倒的多数派となったヒンドゥーの側からの、同様の批判というわけである。
よそ者たちの乱痴気騒ぎを歓迎しないという点では同意見だとしても、あまりにもヒンドゥー・ナショナリズム的なその主張は、異なる信仰を持つ住民たちにはどのように響いているのか、少し気になるところではある。

このVinod Palincarという政治家は、すでに開催が承認されているSunburn Festivalの中止を要求するとともに、「若者たちを守るためには、悪魔の音楽ではなく神々の音楽こそ演奏されるべきだ」とも述べている。
10万人規模のビッグイベントを本気で潰そうとしているのか、それとも人気取りのためのハッタリなのかは不明だが、彼の発言が、あまりにも多くの宗教や主義、価値観が混在する現代インドを象徴したものであることは確かである。


最後に、Sunburn Festival Goa2019にも出演するムンバイ出身のトランスDJ/プロデューサーのDesigner Hippiesを紹介して今回の記事を終わりにしたい。
Designer HippiesはRomeoとDeepesh Sharmaの兄弟によるデュオで、結成は1999年。20年にもわたるキャリアを誇る。
この時期に活動を開始しているということは、おそらくは海外の先進的なカルチャーに触れることのできる富裕層の出身だったのだろう。
20世紀末〜'00年代初頭といえば、イギリスではインド系移民たちによる伝統音楽とクラブミュージックを融合させたエイジアン・アンダーグラウンド・ムーブメント(例えばTalvin Singh, Karsh Kaleら)が勃興し、またインドでもそれに呼応するようにMidival Punditzらが注目され始めた時代。
Designer Hippiesは、彼らのスタイルがいわゆる「インドらしさ」に欠けるものだったからか、こうしたムーブメントに乗ることなく、世界中でコアなファンを持つトランス・シーンを舞台に地道な活動を続けてきた。
彼らは2007年の第1回Sunburn Festivalにも出演しており、他にもオーストラリア、タイ、イスラエル、イビサ、ブラジル、南アフリカ、韓国、日本などでのプレイを経験している。


サウンドは紛うことなきゴア・サウンド直系のサイケデリック・トランス。
彼もまた、ゴアでヒッピー/レイヴァーたちが撒いた種から育ったアーティストの一人と言えるだろう。
今回のSunburn Goaは、このフェスだけではなく、彼らにとってもゴアへの里帰りなのだ。
トランス系のアーティストたちは、このDesigner Hippiesの名が冠されたステージに出演することになっているようで、ヘッドライナーはイスラエルの大御所トランスアーティストであるSpace Catが務めるそうだ。

それにしても、いよいよ目前に迫ったSunburn Goaは、はたして無事に開催されるのだろうか。
ゴアのパーティーカルチャーは、ひとつの文化としてポジティブな側面もあるものだと信じたいし、なんとかして伝統文化や地域文化との共存ができると良いのだが…。





(余談というか追記。本文から削った部分なのですが、一応載っけておきます)

Sunburn Festivalは以前もヒンドゥー至上主義者たちの脅迫を受けている。
こうしたダンス系のフェスティバルはなにかと宗教的保守層からの批判の的になりがちだ。
この手のフェスの主な客層は、近年のインドの著しい経済成長(それは富の偏在や貧富の差を助長するものであったが)の結果として誕生した、外国文化を取り入れることに積極的な新しい富裕層の若者たちである。
インドに急速に流入している新しい消費文化、物質文化は、敬虔で保守的な価値観を重視する人たちの批判の対象となっているのだ。

一方で、レイヴ/パーティーカルチャーは、単なる消費文化ではなく、欧米社会の中ではむしろ過度な物質主義への対抗文化として発展してきた一面もある。
野外で夜通しリズミカルな音楽を聴きながら、自然と生命を祝福するということは、おそらくは歴史が始まる前から行われていたであろう、人間の根源的な営みとも言える。
実際彼らは、ヒンドゥー教のみならず、南米の先住民文化のイメージなども積極的に作品に取り入れていた。
トランスミュージックの野外パーティーは、現代社会のなかに突如として現れた、プリミティブな祝祭の場だったのだ。

過度な物質主義からの脱却を目指したかつての欧米の若者たちと、急速な経済成長の発展にともない、新しい娯楽を見つけることに貪欲なインドの若者たち。
トランスミュージックは、ちょうどその二つが交わる位置に存在している。
レイヴ/パーティーカルチャーの本質とは、プリミティヴィスムと消費文化の奇妙な融合であったということもできるかもしれない。
 

その後、自由の名のもとに行われていた無秩序なパーティーは、ドラッグの蔓延や風紀の紊乱を理由に世界中で取り締まりが強化され、運営のしっかりした大規模な商業レイヴ(Sunburnのような)以外は開催できなくなってゆく。
インドの政治の世界では、BJPの躍進にともないヒンドゥー・ナショナリズムが力を増し、欧米の文化やイスラームに対する批判の声が大きくなってゆく。
今回のトンデモなSunburn Festival批判も、こうした大きな流れの中に位置付けることができるのだが、それはまた、別のお話。
どんどん話がややこしくなり、とても手に負えないのでこのへんでやめておく。


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goshimasayama18 at 23:43|PermalinkComments(0)

2019年03月27日

ヒンドゥー・ナショナリズムとインドの音楽シーン

先日、映画「バジュランギおじさんと小さな迷子」の話題と絡めてヒンドゥー・ナショナリズムの話を書いた。(「バジュランギおじさん/ヒンドゥー・ナショナリズム/カシミール問題とラッパーMC Kash(前編)」
ヒンドゥー・ナショナリズムは、「インドはヒンドゥーの土地である」という思想で、この思想のもとに教育や貧困支援などの慈善活動が行われている反面、ヒンドゥーの伝統に反するもの(例えば外来の宗教であるイスラームやキリスト教)をときに暴力的に排除しようとする側面があるとして問題視されている。
こうした運動は現代インドで無視できないほどの力を持っており、よく言われる例では現在の政権与党であるモディ首相の所属するBJP(インド人民党)は、ヒンドゥー・ナショナリズム団体RSS(民族義勇団)を母体とする政党だったりもする。

このブログで紹介しているようなロックやヒップホップ、エレクトロニックなどの音楽シーンでは、これらのジャンルがもともと自由や反権威を志向するものだということもあって、一般的にこうしたヒンドゥー至上主義的な動きに反対する傾向が強い。
その最もラディカルな例が以前紹介したデリーのレゲエバンドSka VengersのDelhi SultanateことTaru DalmiaのユニットBFR Soundsystemだろう。
彼はジャマイカン・ミュージックを闘争のための音楽と位置づけ、レゲエ未開の地インドでサウンドシステムを通してヒンドゥー・ナショナリズムや抑圧的な体制からの自由を訴えるという、なかばドン・キホーテ的な活動を繰り広げている。

Ska Vengersの痛烈なモディ批判ソング"Modi, A Message for you".
Taruはこの曲を発表したことで殺害予告を受けたこともあるそうだが、命の危険を冒してまで、彼らは音楽を通してメッセージを発信しているのだ。

ヒンドゥー・ナショナリズムについては、地域や所属するコミュニティーや個人の考え方によって、まったく捉えられ方が異なる。
たとえばムンバイのような先進的な大都市に暮らす人に話を聞くと、度を越したナショナリズム的な傾向があるのはごく一部であって、ほとんどの人は全くそんなこと考えずに生活しているよ、なんて言われたりもする。
(ムンバイはムンバイで、シヴ・セーナーという地域ナショナリズム政党が強い土地柄であるにもかかわらず、だ)
こんなふうに聞くと、なーんだ、ヒンドゥー・ナショナリズムなんて言っても、実際は一部の偏屈な連中が騒いでいるだけなんじゃないの?と言いたくなってしまうが、地方では、ナショナリズム的な傾向と伝統的な価値観が合わさって、なかなかに厳しい状況のようなのだ。

昨年8月に書かれたインドのカルチャー系ウェブサイトHomegrownの記事では、インド北部ウッタル・プラデーシュ州の街ジャーンシーの信じられない状況が報告されている。
Homegrown "Communal ‘Hate Songs’ Top The Playlists Of DJs In Jhansi"
さらにそのもとになった記事は、ThePrint "The Hindu & Muslim DJs behind India’s hate soundtrack"

この街では、なんとDJたちがヒンドゥー至上主義や反ムスリム、反リベラル的なリリックの楽曲を作り、大勢の人々が繰り出すラーマ神やガネーシャ神の祭礼の際に大音量でプレイして、住民たちが大盛り上がりで踊っているという。
「シヴァ神がカイラーシュ山からメッセージを送り、サフラン色(ヒンドゥー至上主義を象徴する色)の旗がパキスタンにもはためく」とか「インドに暮らしたければ"Jai Sri Ram"を唱えろ」とか「アヨーディヤーのバブリー・マスジッドを破壊した跡地にラーマ寺院を建てよう」なんていう狂信的で偏見に満ちた曲が流されているというのだ。
"Jai Sri Ram"というヒンドゥーの祈りの言葉は、映画「バジュランギおじさん」では印パ/ヒンドゥーとムスリムの相互理解の象徴として使われていたことを覚えている人も多いだろう。
その言葉が、ここではムスリムに対する踏み絵のような使われ方をしている。
アヨーディヤーというのはイスラーム教の歴史あるモスク、バブリー・マスジッドを狂信的なヒンドゥー教徒が破壊するという事件が起きた街の名前だ。
この事件は現代インドの宗教対立の大きな火種となっており、このリリックはムスリムに対する明白な挑発だ。(Ska vengersを紹介した記事でも少し触れている)

なんだか悲しい話だが、この問題を扱ったこの短いドキュメンタリー映像(6分弱)を見る限り、こうしたヘイト的な曲に合わせてダンスする人々の様子は、憎しみに燃えているというよりもむしろ無邪気に楽しんでいるようで、それがまた余計にやりきれない気持ちにさせられる。

これらのヘイトソングを作成しているDJ達(記事やビデオではDJと呼ばれているが、いわゆるトラックメイカーのことようだ)は、インタビューで「個人的にはムスリムのことを憎んではいない。でも求められた曲を作ることが俺たちの仕事で、こういう曲のほうが金になるんだ」と語っている。
彼らにこういう楽曲を発注して、行き過ぎたナショナリズムを煽動している黒幕がいるのだ。
DJたちもさすがに「モスクの前なんかでこういう曲をプレイするのは問題だね」という意識はあるようだが、保守的な田舎町で音楽で生計を立ててゆくために、てっとり早く金になるヘイト的な楽曲を作ることへのためらいは見られない。

偏見に満ちた思想が音楽を愛するアーティスト自身の主張ではないということに少しだけ救われるが、宗教的な祭礼において、祝福や神への献身よりもヘイトのほうに需要があるというのは、部外者ながらどう考えてもおかしいと感じざるを得ない。

このジャーンシー、私も20年ほど前に、バスの乗り継ぎのために降り立ったことがあるが、そのときはのどかでごく普通の小さな地方都市という以上の印象は感じなかった。
ところが、記事によるとこの地域はリンチや暴動、カーストやコミュニティーの違いによる暴力沙汰などが頻発しているとのことで、インドの保守的なエリアの暗部がさまざまな形で噴出しているようなのである。
地域や貧富による多様性と格差がすさまじいインドでは、ムンバイのような大都市の常識が地方ではまったく通じない。
インドの田舎には古き良き暮らしや伝統が残っている反面、旧弊な偏見が残り、コミュニティー同士が時代の変化のなかで対立を激化させているという部分もあるのだ。

上記のThe Printの記事によると、実際にウエストベンガル州やビハール州では、こうしたヘイトソングがモスクの近くでプレイされたことをきっかけとする衝突が発生しているという。
ふだんこのブログで紹介している都市部の開かれた音楽カルチャーと比較すると、とても信じられない話だが、残念ながらこれもまたインドの音楽シーンの一側面ということになるのだろう。

こうした排他的ヒンドゥー・ナショナリズムの音楽シーンへの影響は、じつは地方都市だけに限ったことではない。
マハーラーシュトラ州のプネーは多くの大学が集まる学園都市で、多数の有名外国人アーティストがライブを行うなど文化的に開かれた印象の土地だが、2018年にはヒンドゥー・ナショナリストたちがここで行われたSunburn Festival(以前紹介したアジア最大のエレクトロニック系音楽フェスだ)をテロの標的としたという疑いで逮捕されている。
(The New Indian Express "Suspected right-wing activists wanted to target Sunburn Festival in Pune: ATS"
この件で逮捕されたヒンドゥー右翼団体'Sanatan Sanstha'のメンバー5人は、ヒンドゥー教の伝統に反するという理由で、EDM系のフェスティバルであるSunburn Festivalや、大ヒット映画"Padmaavat"の上映館に爆発物を仕掛けることを計画していたという。


2018年のSunburn Festivalの様子


"Padmaavat"予告編。主演は"Gully Boy"のRanveer Singhで、彼の奥さんDeepika Padukoneも出演し、大ヒットを記録した映画だ。
こうして並べてみると、もう何がヒンドゥー至上主義者の逆鱗に触れるのか、全くもって分からなくなってくる。

"Padmaavat"に関して言うと、歴史映画のなかでのキャラクターや宗教の描き方についてヒンドゥー、イスラームそれぞれの宗教団体から抗議を受け、撮影の妨害なども行われていたということのようだ。
こうしたタイプの映画への反対運動は頻繁に行われていて、州によっては特定の映画の上映が禁止されてしまうといったことも起きている。

Sunburn Festivalに関しては言わずもがなで、享楽的なEDMに合わせて踊る人々は伝統を重んじるヒンドゥー至上主義者たちにとっては堕落以外の何ものでもないと映るのだろう。
資本主義・物質主義的な価値観の急速な浸透(インドは90年代初めごろまで社会主義的な経済政策をとっていた)に対する反発は、ヒンドゥー・ナショナリズム隆盛の原因のひとつだが、その矛先はこうして新しいタイプの音楽の流行にも向けられるようになった。

今更こんなことを大上段に構えて言うのもなんだが、音楽や芸術は人間の精神の自由を象徴するものだ。
音楽に合わせて肉体と精神を解放して生を祝福するという行為は、有史以前から人類が行ってきたことのはずなのに、自らの価値観に合わないからという理由でそれを(ときに暴力的に)潰そうとする人々がいる。
音楽が好きな人なら、「特定の価値観を持つ人たちが、音楽表現の場を、音楽を楽しむ場を、奪うなんてことがあってはならない」ということに同意してくれるだろう。

だが、我々もインドの過激な伝統主義者たちのニュースを人ごとだとは言っていられない。
ここ日本でも、アーティストの表現をサポートすべきレコード会社が、特定のアーティストが「容疑者」となったことで、彼が関わった作品の配信を停止したり、CDを店頭から回収したりなんていう馬鹿馬鹿しいことがあったばかりだ。
脅迫に屈したわけでもないのに、事なかれ主義の自粛こそが正義だと考え、とても音楽文化を扱う企業とは思えないような判断をしているということに、開いた口がふさがらない。
坂本龍一が言うとおり、いったい誰のための、何のための自粛なんだろうか。
しかも、同じ会社がオーバードーズで死んだジャニス・ジョプリンやジミ・ヘンドリックス、明らかにドラッグの影響を受けている(コカイン所持で逮捕されたこともある)ジョージ・クリントンの作品は平気で扱っているというから開いた口がふさがらない。
自粛したければ、個々のリスナーが聴かないことを選べば良いだけだ。


話が大幅に逸れたけど、いろいろと考えせられるインドと、そして日本の状況について書かせてもらいました。
それぞれが、それぞれの好きな音楽を楽しむ。そんな当たり前のことができる世の中が日本に無いっていうのが情けないね。
インドじゃ命懸けで表現に向き合っているアーティストもいるというのに。

A-ZA-DI!! (Freedom)
それではまた。

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2018年12月17日

インドの音楽シーンと企業文化! 酒とダンスとスニーカー、そしてデスメタルにG-Shock!

これまでこのブログでいくつかのインドのフェスを取り上げてきて、ひとつ気づいたことがある。
それは、様々なイベントで、お酒を扱うグローバル企業がスポンサーになっているケースがやたらと多いということ。

以前記事にした'Badardi NH7 Weekender'は、ラムで有名なバカルディが冠スポンサーについているし、先日紹介した超巨大EDMフェス'Sunburn'については、2007年の第1回はスミノフ、2008年はカールスバーグ、2009年にはインドのキングフィッシャー、2010年にはデンマークのビール会社Tuborgと、毎年酒造メーカーのスポンサーがついて実施されている。
BacardiNH7Weekender

他にも大規模フェスのVH1 Supersonicはバドワイザー、先日紹介したDJ NOBUが出演したムンバイの'Far Out Left'はスミノフとハイネケンがスポンサーについている。
BudweiserVh1supersonic
faroutleftmumbai

というわけで、今回は酒造メーカーをはじめとするいろんな企業とインドの音楽シーンとの関わりについて紹介してみたいと思います。

今日ではいろんなアルコール飲料の会社が音楽フェスをサポートするようになっているのだけれど、飲酒という行為はインド文化の中では長らく悪徳とされてきた。
長らくインドを支配していたイスラム教ではもちろんアルコールはご法度だし、人口の8割を占めるヒンドゥー教でも、飲酒は戒めるべきものという扱いだ。
今日でも、グジャラート州のような保守的な州(Dry Stateと呼ばれる)では公の場での飲酒が禁止されているし、それ以外の州でもヒンドゥー教の祝日などには酒類の提供が禁止されていたりもする(Dry Dayという)。
インドの保守的な社会では、飲酒は後ろめたいことであり、「酒好き」は不名誉な称号。
インドの酒飲みたちにとって、酒は味わうものではなく、手っ取り早く酔っ払って憂さを忘れるためのものであり、味はともかく度数の高い強い酒ほどありがたがられてきた。
そんなだからよけい酒飲みのイメージが悪くなるっていう悪循環とも言える状況がインド社会のアルコール事情だ。

ところがそんなインドでも、ここにきて少しずつアルコールのイメージが変わりつつある。
経済成長や欧米文化からの影響で、飲酒が肯定的でお洒落な文化に変わりつつあるのだ。
13億の人口(例え富裕層がそのうちの1割程度だとしても)を抱え、発展を続けるインドを世界の酒造会社が放っておくはずがない。

「酔うためのお酒」ではなく「飲むことがかっこいいお酒」へ。
新しい音楽を楽しめるセンスと経済的余裕のある若者たちが集まる音楽フェスは、お洒落で現代的な、新しいアルコールのイメージにぴったりなのだろう。
インドの音楽フェスへの酒造メーカーの手厚いサポートは、こうした背景が大きく影響している。

インド国内の酒造産業もこうした流れと無関係ではなく、日本のインド料理屋でもよく見かけるインド産ワインメーカーの'Sula'は、自分たちのワイナリーで独自のフェスティバル、その名も'Sula Fest'を開催している。

ご覧の通り、かなり本格的なフェスで、2018年はインドのエミネムことBrodha V、インディアン・ロックの大御所Indian Ocean、インド音楽とダンスミュージックの融合の第一人者Nucleyaなどの国内の人気アーティストに加え、海外のバンドも招聘して開催しており、相当な力の入れようであることが分かる。

お酒の会社以外で音楽シーンとの関わりが目立つのは、スポーツ関連の会社だ。
例えばこちらの'Suede Gully'という曲。

ムンバイのDivine、デリーのPrabh Deep、北東部メガラヤ州のKhasi Bloodz、タミルのMadurai Souljourと、まさにインドじゅうのヒップホップの実力派アーティストが集まったこの曲は、ご覧のようにPumaが全面的なバックアップをしている。
白シャツのボタンを上まで留めて、ターバン姿でアグレッシブなパフォーマンスを見せるPrabh Deepがかっこいい!
ラップ、ダンス、グラフィティとヒップホップの様々な要素が詰まったこのビデオは、Pumaのスニーカーを新しいカルチャーの象徴として印象づけるに十分なものだ。

続いて、ミュージックビデオではないがNikeのインド向けプロモーション動画。

インドのトップアスリート達が出演しているこのビデオからは、スポーツを単なる競技以上のカルチャーというかライフスタイルとして定着させようという意図が感じられる。
インドは人口のわりにオリンピックのような国際大会でめったに名前を聞かないことからも分かる通り、スポーツ文化の未成熟な国だが、ここにもまた伸びしろがあるということなのだろう。
'Da Da Ding'というこの楽曲は、インド人ではなくフランス人プロデューサーのGener8ionとアメリカ人ラッパーGizzleによるものだが、スポーツにもとづく新しいライフスタイルの一部として、音楽もまた印象的な使われ方をしているのが分かるだろう。

続いて紹介するのは、Prabh Deepと同じAzadi Recordsに所属するムンバイのラッパー、Tienasの曲、その名も'Fake Adidas'.

偽物のアディダスと安物の服しかないとラップするこの曲は、逆説的に本物のヒップホップのフィーリングを間違いなく持っている。
インドらしからぬセンスのトラックからも新しい世代のラッパーの矜持がうかがえるというものだ。
スニーカーがヒップホップの象徴的なファッションアイテムとしてインドでも浸透していることがよく分かる楽曲だ。
このRaja Kumariのビデオでも、彼女がAdidasを履きこなしているのが分かる(1:40あたりから)。
本場カリフォルニア育ちの彼女が履いているのはフェイクではなくもちろん本物。


ここまでヒップホップとスニーカーの関係を紹介してきたが、スニーカーメーカーがサポートしているのはヒップホップだけではない。
先日の記事で紹介した少年ナイフが出演したゴアのインディーロックフェスはVansが冠スポンサーとなったものだった。
VansNewWaveMusicFest 

インドで靴といえば、伝統的なもの以外は、長らくビジネススーツと合わせるドレスシューズかサンダルかという状況だった。
それが、ごらんの通り、ヒップホップなどの人気が高まってきたことに合わせて、スニーカーは単なる機能的な運動靴からお洒落アイテムとしての地位を獲得することになった。
ここでも、インドの経済成長と市場規模を見越したグローバル企業の戦略が働いていることは言うまでもないだろう。

フェスに酒造会社、ヒップホップにスニーカーの会社と、ここまではまあ想像の通りかもしれないが、個人的にすごく気に入っているのがコレ。
G-Shock
このブログでも紹介したDemonic Resurrectionや、先日来日公演を行ったGutslitも出演するエクストリームメタル系のフェス、Fireballの冠スポンサーは、なんと我らがカシオのG-Shock!

フェスに酒、ヒップホップにスニーカー、そしてデスメタルにG-Shock.
G-Shockの不必要なほどの頑丈さをファッションとして受け入れてもらうために選んだのがデスメタルというのがなかなかに味わい深い。
どんなに激しくモッシュしても壊れないってことだろうか。
このFireball、共演のZygnemaも2006年結成のムンバイのベテランバンドで、出演バンド数こそ少ないものの、北東部以外の実力派バンドが揃ったイベントだ。

そういえば、インドの航空会社のJet Airwaysが「シンガポールでのJudas Priestのライブのチケットが当たる!」という謎のキャンペーンをやっていたこともあった(ちなみのそのライブの前座はBabymetal)。
JudasPriestJetAirwaysSingapore
日本や欧米では邪悪で悪趣味なイメージのヘヴィーメタルが企業のキャンペーンに使われることはほとんどないが、インドではメタルもクールで先鋭的な音楽のひとつ、ということのようだ。

というわけで、今回はインドの音楽シーンと企業との関係についてざっと紹介してみました。
映画音楽に比べるとまだまだ非主流のロックやヒップホップとはいえ、これだけのサポートが各企業から得られているというのは、こうした音楽の愛好家がそれだけの経済力・購買力のある層と重なっているということの証左でもあるのだろう。

それでは!


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goshimasayama18 at 23:15|PermalinkComments(0)

2018年12月04日

ゴアトランス後のゴアの音楽シーン インドのEDM/レゲエ/ロック系フェスティバル!

前回前々回の記事で、1960年代から00年代中頃まで続いたゴアのサイケデリックな狂騒を、ヒッピー側とローカル側の双方の視点から取り上げた。
今回はその後のゴアのシーンの変遷と発展を書いてみたいと思います!

00年代のゴアは変化の10年だった。
ゴアのトランスパーティーが徐々に規制されるようになってきたのは、21世紀に入った頃からだったと記憶している。
この頃、インターネット上では「警察にパーティーが規制されて、今シーズンは全く開催できないみたい」とか「こないだのフルムーンは久しぶりにパーティーが開かれてた。完全にダメってわけでもないらしい」とか、刻々と変化するゴアの情報が飛び交っていた。
ゴアでも、ヨーロッパ同様に、野外でのフリーパーティー(いわゆるレイヴ)は年々規制が厳しくなり、きちんとした営業形態のクラブのような場所(トランスで言えば、Shiva ValleyやHilltopなど)や大規模な商業レイヴでなければパーティーが開けない時代がやってきたのだ。
良かれ悪しかれ、ゴアはもはや、外国人たちが無秩序な祝祭を楽しめる場所ではなくなってしまった。

ハードコアなパーティーフリークはゴアを去り、代わりに増えてきたのが、インドの富裕層の若者たちだった。
サラーム海上氏が著書で、「10年ぶりにゴアに行ったら、かかっている音楽は10年前と同じなのにセンスのいい欧米人はもういなくなって、騒いでいるのはインド人ばかり。ゴアはもう終わった。」(うろ覚え)といった趣旨のことを書いていたのも、この頃だ。
「ほっとけ。今までさんざん植民地扱いされてたところで、やっとインドの人たちが楽しめるようになったんだからいいじゃねえか」と思ったものだった。

インド人はとにかくダンスが好きだ。
急速な経済成長によって可処分所得が増え、インターネットの普及とグローバル化の影響で世界中の音楽に触れられるようになった新しい世代のインド人たちが、ボリウッド音楽では飽き足らずにより本格的なダンスミュージックに惹かれてゆくのは必然だった。
彼らにとって、ゴアは欧米文化の影響が強く、なにやら楽しそうなパーティーも行われている最先端のビーチリゾート。
関東近郊で例えるなら、ものすごくオシャレな湘南をイメージをしてもらえれば近い雰囲気かもしれない(よく分からんけど)。

そんな時代背景の中、2007年に、満を持してインド人の主催による大規模なダンスミュージックフェスティバルがゴアで開催された。
'Sunburn Festival'と名付けられたそのイベントの第一回目の様子がこちら。

このときの目玉はイギリスの大御所Carl CoxとSwedish House Mafiaの一員、Axwell.
新しい、そして最高に楽しい遊び場を見つけたインド人たちのこのうれしそうな様子!
トランスのレイヴでゾンビみたいに踊るヒッピーたちと比べると、このポジティブなエネルギーの発散は目を見張るものがある。
このフェスティバルのオーガナイザーは、起業家にしてEDM系のプロモーターであるShailendra Singhという人物。
第1回目のSunburnは、彼を中心に、MTV Indiaの元MCで、のちにインドで最初にして最大のEDMオーガナイザー'Submerge'を立ち上げるNikhil Chinapaと、バンガロールのDJであるRohit Barkerがホストを務める形で行われた。いずれも拡大する一方のインドEDMシーンの立役者だ。

初回の2007年の来場者は5,000人だったそうだが、回を追うごとに参加者は増加の一途をたどり、2010年には13万人が集結。
そして今ではSunburnは35万人以上を集めるアジア最大にして世界で3番目の規模(Tommorowland, Ultra Festivalに次ぐということ!)の超ビッグフェスとなった。


これまでに招聘した欧米のアーティストは、Carl Cox, Axwell(よほど気に入ったのか2007年以降毎年のように出演している)、Paul Van Dyke, Ferry Corsten, Afrojack, Paul Oakenfold, David Guetta, Tiesto, Swedish House Mafiaら。
テクノ、EDM系のアーティストに混じって、GMS, Infected Mushroom, Skazi, Domino, Riktam & Bansiらトランス系の面々が出演しているのはゴアトランスの名残と言えるだろうか。
また、地元インドのDJたちもPearl, Tuhin Mehta, Lost Storiesらが出演し、会場を盛り上げている。

Sunburn Festivalは2015年までゴアのビーチで開催されていたが、規模が大きくなりすぎたせいか、2016年からはマハーラーシュトラ州プネー(ムンバイから150kmほどの距離にある学園都市)に会場を移している。

その代わりにというわけではないが、2016年からゴアで開催されるようになったのが、レゲエ・ミュージックの祭典、Goa Sunsplashだ。

デリーのレゲエバンド、Reggae Rajahsによって始められたこの南アジア最大のレゲエフェスティバルは、今までにNaaman(フランス),  General Levy(UK), Brother Culture(UK)といったヨーロッパのレゲエ・アクトや、Johnny Osbourne, Mad Professor, Anthony Bといった本場ジャマイカのアーティストを招いて開催されている。
レゲエといえばトランスやジャムバンドと並んでヒッピーに人気の高かった音楽ジャンルだが、トランスに変わって現在のパーティーミュージックの主流となったEDMに比べると、インドでの人気はまだまだそこまでではない。
そのせいか、見たところ観客はインド人よりもヒッピー風の欧米人が多いようだが、出演者ではGereral ZoozやDJ MocityなどReggae Rajahsまわりの人脈や、Ska VengersDelhi Sultanate&Begum X、さらには地元ゴアのサウンドシステム10,000 Lions(サルデーニャ出身のPierre ObinoとReggae Rajahsのメンバーらで結成)など、インドのレゲエ・アーティストも多く見受けられる。
ちなみに2018年のプレパーティーには、日本人レゲエダンサーのCornbreadも参加していたようだ。
これはインドに限った傾向ではないと思うが、もはやレゲエがジャマイカンや黒人だけの音楽ではなく、普遍的なグッドタイム・ミュージックとして(あるいは闘争の音楽として)広く受け入れられているということの証左だろう。

ゴアでは他にもEDMやロック系のフェスが頻繁に行われており、2014年に開催されたNew Wave Musicfestというパンク/インディーロック系のフェスティバルには、日本の少年ナイフも出演している(彼女たちの様子は2:14頃から)。


かつてはヒッピーたちがサイケデリック・パーティーに興じたゴアは、いまではインドの若者たちが集う、インドで最もクールなフェスが数多く行われる街となった。
経済成長とそれにともなうサブカルチャーの発展によって、インドはゴアをヒッピーたちの植民地から取り戻した、と言ったら愛国的に過ぎるだろうか。

集まる人々こそ欧米のヒッピーからインドの音楽好きの若者たちに変わったが、ゴアはあいかわらず最高にゴキゲンな音楽を楽しむことができるリゾート地であり続けている。
これからこの街でどんな音楽文化が育まれてゆくのだろう。
もちろん、ゴアは排他的な街ではないのだから、我々外国人ツーリストも、その様子を一緒に楽しむことができる。
そのときは、地元への敬意も忘れずにね。


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