SmokeyTheGhost

2022年07月25日

辺境ヒップホップ研究会で吠える2(ヒップホップの諸要素のインド的解釈と実践)



前回に続いて「辺境ヒップホップ研究会」で話してきた内容をダイジェストで紹介する。


前回の記事では、パンジャーブ系移民によるバングラー・ラップがインドに逆輸入されて誕生したド派手なパーティー系ラップと、その少しあとの時代にインターネット経由でUSのヒップホップの影響を直接受けて発生したストリート・ラップのムーブメントを紹介した。
ご存知のように、ヒップホップという音楽は、パーティー音楽でもあるし、ストリート音楽でもあるし、他にも様々な要素を持ったジャンルだ。
というわけで、今回は「ヒップホップの諸要素のインド的解釈と実践」というアホな学生の卒論のようなタイトルのもと、インドのシーンのいろんな面を見てみましょう。



ギャングスタ音楽としてのヒップホップ

前回も書いた通り、インドのヒップホップシーンは、そこそこの経済力や英語力(≒高い教育レベルと言いかえてもいいだろう)がある層が中心となって形成されてきた。
もともとブロンクスやコンプトンの貧困や被差別のなかから生まれたヒップホップが「舶来の最新のパーティーミュージック」や「意識高いオシャレな音楽」として輸入されるというのは、アジアやアフリカや東欧では結構あることなんじゃないかと思う(日本でも最初の頃はそうだったし、これは今後も辺境ヒップホップ研究会で注目してみたいポイントだ)。

まあとにかく、インドのヒップホップシーンは、口汚いビーフやドラッグを扱った曲はあっても、銃犯罪やマジの暴力事件とは距離をおいた、なんつうか「コンシャス」なものだと思っていたので、大人気のバングラー・ラッパーのSidhu Moose Walaがギャングの抗争に巻き込まれて射殺された事件には大きな衝撃を受けた。
この件については、少し前に詳しく書いたばかりなので、ここではリンクを貼るにとどめておく。



彼について書いた他の記事はこちら。



スタイル的な部分でいえば、ストリート系のラッパーたちが「歌い方はラップだけど、ビートにはインドっぽい音をサンプリングしがち」なのに対して、Sidhuはビートに現代的なヒップホップを引用しても(例えばDIVINEと共演した"Moosedrilla")、あくまでもバングラーの伝統に忠実な歌い方を守っているのが面白い。
首から下はヒップホップ的なファッションでキメていても、いつもシク教徒の誇りであるターバンを巻いているのも、Yo Yo Honey SinghやBadshahといった現代的ヘアスタイルのパーティーラッパーたち(彼らもシク教徒だ)とは対象的だ。
このあたりのこだわりは、バングラー系ラップがもともとディアスポラで生まれた音楽であるがゆえに、より自身ののルーツを強調する必要性があったからこそ生まれたスタイルなんじゃないかとも思う。
カリスマ的な人気を誇ったSidhu亡き後、バングラー系ギャングスタ・ラップのシーンがどう変化してゆくのか、今後も注目してゆきたい。



プロテスト音楽としてのヒップホップ

言うまでもなく、ヒップホップというジャンルは、アメリカの黒人たちの差別や抑圧の歴史に大きな影響を受けている。
差別といえばインドにも悪名高いカースト制度というものがあるが、アメリカにおける黒人の割合が約13%なのに対して、インドで法的に「指定カースト」として位置付けられた下層カースト民は人口の16.6%にも及ぶ。
インドでヒップホップがカースト差別に苦しむ人々をエンパワーする音楽としての意味を持つのは必然と言えるだろう。

南インドのタミルナードゥ州チェンナイ出身のArivuは、ダリット(カーストの枠外として抑圧されてきた人々)出身であることを公言しているラッパーだ。
彼はローカルなストリートミュージックだった「ガーナ」のシンガーとして育ち、大学でカースト差別について学んだのち、ラッパーへと転身した。
ガーナは宗教的権威と結びついた古典音楽とは異なる、チェンナイの大衆的な音楽で、もともと下層の労働者たちが生み出したものだとも言われている。
おそらく彼の中では、タミルのストリートミュージックであるガーナとヒップホップが自然に繋がっているのだろう。


この曲では、カースト差別に対する怒りのみならず、北インドの人々や文化が幅を利かせている状況への反発もテーマとなっている(字幕ONで英語字幕が読める)。
タミル人として行動しているだけで「反インド的」と言われてしまうことに対するプロテストであるこの曲は、結局のところどんな差異があっても俺たちは同じ人間なんだ、という'unity'の呼びかけへと発展してゆく。
彼はCasteless Collectiveというガーナとファンクとヒップホップを融合したバンドの一員でもあり、バンドでもその名の通りカースト差別反対をテーマにした曲を発表しているので、チェックしてみたい方はこちらの記事からどうぞ。




インド東部オディシャ州のダリット・ラッパー、Dule Rockerは、小さな村で建設作業員をしながら独力で楽曲を発表している超インディペンデントかつアンダーグラウンドかつハードコアなラッパーだ。
研究会では彼がDalit Pantherという肩書き(?)を名乗って発表した"Dalit Lives Matter"という曲を紹介したのだが、今調べてみたら、どういうわけかYouTubeから削除されてしまっているようだ。
アメリカの黒人たちのムーブメントがそのままカースト差別反対のメッセージに転用されているのが興味深いという話をしたかったのだが、仕方ないので今回は代わりにBBCが制作した彼の活動を追った映像を貼り付けておく。





インドでは、こんなふうにヒップホップがダリットのエンパワーメントに使われている例だけではなく、ラップのリリックがカースト差別的だと批判されることもある。
DIVINEがカリフォルニア出身のインド系フィメールラッパーRaja Kumariと共演したこの曲では、彼女の'Untouchable with the Brahmin flow from the motherland'というリリックが、カースト差別を肯定的に扱っているのではないかとの非難を受けた。


「母なる大地から生まれたブラーミン(カースト最上位のバラモンのこと)のフロウには触れられない」というラインは、おそらく彼女が自身のルーツを誇ったものなのだろうが、この文脈では、カーストの最下層の人々が穢れた存在とみなされ、上位カーストから「不可触民(アンタッチャブル)」と呼ばれていたことを想起させる。
アメリカで生まれ育った彼女は自分のルーツをレペゼンする意味で使ったのかもしれないが、インド本国ではまた別の意味を持って響いてしまったのだ。

カーストに関する話題は、当然ながらインドでは気軽に楽しめるテーマではないので、カースト差別に対するエンパワーメントを扱ったラップは、決してシーンの主流ではない。
インドでも、'dalit lives matter'のフレーズがヒップホップシーンや社会の中で大きな意味を持つようになる日は来るのだろうか。


ところで、インドでは、カースト差別とは別に、少数民族に対する差別も深刻な社会問題である。
「指定カースト」と同じように「指定部族」として法的に位置づけられた人々は人口の8.6%にものぼる。
とくにインド北東部には、インドの大多数を占めるヒンドゥーやイスラームとは全く違う文化を持ち、東アジア・東南アジア的な顔立ちを持つ人々が多く暮らしている。
北東部の人々は、マジョリティが暮らす地域に進学などで移り住むと、激しい差別やいじめを受けることも多く、これまでに数多くの北東部出身の学生たちが命を落としている。

インド北東部の最北端、アルナーチャル・プラデーシュ州出身のK4 Kekhoは、そんな北東部の人々の主張をラップで訴えている。


「俺は中国人でも移民でもない。あんたたちと同じインド人なんだ」という主張は、インド北東部のヒップホップの頻出テーマだ。

次に紹介するBig Dealも同様のテーマを扱っているのだが、彼は北東部出身ではなく、インド人の父親と日本人の母親の間に生まれた日印ハーフのラッパーである。
おそらく顔立ちのせいで北東部出身者に間違えられることが多いからだと思うが、彼は北東部の人々を代弁する曲を何曲もリリースしている。


先ほど紹介したK4 Kekhoの曲が"I am an Indian"で、この曲は"Are You Indian".
北東部の人々がインド社会でどんな扱いを受けているかが分かろうというものだ。
"Are You Indian"は、前半でインドのマジョリティ(大局的に見ればマイノリティであるムスリムもいる)による「お前らを差別するつもりはないが…」という言葉で始まる偏見が語られ、後半がそれに対する北東部出身者からの反論(アンサー)という構成になっている。
ミュージックビデオではいろんな俳優が喋っているように見えるが、実際は全てBig Dealによるラップのリップシンクになっている。
Big Deal本人も語っているのだが、この曲のアイディアは、アメリカの黒人ラッパーJoyner Lucasの"I'm not Racist"という曲とミュージックビデオををそのままインド北東部に置き換えたものだ。
カースト差別へのプロテストと同様に、少数民族の主張を訴える際にも、アメリカの黒人たちが使った手法がそのまま使われているのだ。
ヒップホップというカルチャーが持つ普遍性が感じられるエピソードだと思うのだけど、どうだろう。





女性のエンパワーメント

インドというと、保守的な価値観が支配的で、女性の自由が少ないというイメージを持つ人もいるだろう。
結婚相手を親に決められ、結婚後は仕事を続けることよりも家庭に入ることが期待され、そもそも結婚するときに花嫁側が持参金を払うという風習から、女性が生まれること自体が歓迎されないという風潮が、すべてのコミュニティにではないにせよ、まだまだインドには存在している。

この曲は、カリフォルニア生まれのインド系(テルグ系)フィメール・ラッパーRaja Kumariのもと、南部のベンガルールのSIRI、北東部メガラヤ州のMeba Ofiria、西部のムンバイのDee MCというインド各地の女性ラッパーたちが共演したもの。


英語ラップが多い曲なので、字幕をONにすると大意がつかめる。
タイトルの"Rani"は「女王」という意味で、つまり女性たちに対して「あなたは決定権を持ち、リスペクトされるべき存在であることを忘れないで」ということを訴えているのだ。曲のテーマ自体は文句なしに素晴らしいのだが、日本人として聞き捨てならないのは、この曲の冒頭のSIRIのリリックにある'I Nagasaki on them haters'というフレーズだ。
あるラジオ番組に出演したときに、この曲をかけようと思っていたのだけど、このリリックに気づいて、紹介するのをやめたことがある。
そのことをTwitterでつぶやいたところ、SIRIと同郷のベンガルールのラッパーが、引用リツイートの形で「特定のカルチャーをエンパワーするために他のカルチャーを傷つけるのはよくない。俺たちはインクルーシブにならないといけない」というアンサーをしてくれた。
インドのヒップホップシーンのコンシャスさを強く感じた出来事として、印象に残っている。



インドのルーツとの融合

ヒップホップには、自分の暮らす街や所属するコミュニティを「レペゼンする」(represent)カルチャーあるが、インドのヒップホップでは、音楽的な方法で自らのルーツをレペゼンしようという試みも行われている。
どういうことかというと、インドの古典音楽のリズムとラップを融合した「フュージョン・ラップ」に取り組んでいるアーティストたちがいるのだ。
インドの古典音楽では、口で擬音語的にリズムを表す方法があり、北インドでは「ボール」(bol)、南インドでは「コナッコル」と呼ばれていたりする(他にも地域や流派によって別の呼び方があるかもしれない)。
文章で表すよりも、このRaja Kumariのインタビューを聴けば一目瞭然だろう(こちらも字幕ON推奨。ひとまず今回見てもらいたいのは、動画開始から70秒ほど、2:30頃までだ)。


慣れ親しんだ古典のリズムに言葉を乗せたらラップになった!という発見をした人はインド国内にもいて、南インドの古典音楽パーカッショニストViveick Rajagopalanもまた、ラッパーたちと共演して、古典のリズムとラップの融合に挑戦している。



他にも、イギリスではタブラ奏者でジャズドラマーのSarathy Korwarが「インド古典とラップとジャズの融合」というさらに高度なフュージョンに取り組んでいて、これまた素晴らしかったりする。
インド人たちの、新しいカルチャーと自らのルーツを融合することに対するためらいの無さには、いつも大きな刺激を受けている次第である。








地元のレペゼン

当日、インド各地のローカル文化がヒップホップにおいてどう表現されているか、みたいな話をしようと思っていたのだけど、時間がなくて割愛したんだった。
なので今回の記事では改めて書こうと思ったのだけど、この記事ももう十分に長くなったので、このテーマが気になる人はこのへんの記事を読んでみてください。面白いです。





ラップ以外の諸要素について

さて、ここまでインドのラップシーンについて書いてきたけれど、古くからヒップホップとは「ラップ、B-Boying(ブレイクダンス)、DJ、グラフィティ」の4要素を含むカルチャーの総称と言われている。
他の要素についてもちょっと触れておくと、B-Boyingについては、さすがダンス好きの国民性だけあって結構盛んなようで、ダラヴィには無料のダンススクールを運営している若者もいる。
ブレイクダンスの技術を通して、スラムの子供たちに誇りを持ってもらおう、という取り組みで、この記事で紹介しているドキュメンタリーがなかなか面白いので興味があったらぜひ見てもらいたい。


ターンテーブルを使うクラシックなスタイルのDJに関しては、インドではインターネットの普及以前は長らくカセットテープが音楽媒体の主流を占めており、レコード盤はほとんど流通していなかったためか、まったく普及していないようだ。
街中で行われるサイファーでは、インドでもビートボックスでリズムを取ることが普通に行われている。
ダラヴィにはビートボックスのフリースクールがあるという話も聞いたことがある。

ちなみにレコーディング時のビートメイキングに関していうと、市中のラッパーはもっぱらビートをオンラインでダウンロードして賄うという、これまた今日の世界共通の方法を取っていることが多いようである。

グラフィティについては、例えば「India hiphop graffiti」とかで画像検索すると、インドの言語の文字やインドっぽいモチーフ(例えばヒンドゥーの神様)がヒップホップ的スタイルで描かれている作品をたくさん見つけることができる。
インドにはもともと政治的スローガンなどを壁に書く習慣があったので、ヒップホップ的なグラフィティも違和感なく受け入れられているようだ。


ヒップホップ・インディア


長かったこの記事もようやくお終い。
「辺境ヒップホップ研究会」での発表は、研究会の発起人である島村一平さんの著書『ヒップホップ・モンゴリア』をパクって、いやサンプリングして「ヒップホップ・インディア」というタイトルさせてもらいました。
最後に紹介したのは、ベンガルールのラッパーSmokey the Ghostの"Hip Hop is Indian".
インドのヒップホップ界を代表するアーティストたちや名曲のタイトルが散りばめられた曲です。
(ちなみにSIRIのナガサキのリリックに対しての抗議に共感を表明してくれたのは彼です)

ヒップホップがインディアンってどういうこと?と思うかもしれないけど、インドのヒップホップを聴いていてつくづく思うのは、ヒップホップというのはもはやアメリカの文化ではなく、完全にグローバルな文化になったんだなあ、ということ。
インドの、いや世界中のヒップホップアーティストたちは、別にアメリカ人の真似がしたいわけじゃない(きっかけはそうだったとしても)。

差別や抑圧や格差はどんな社会にもあるし、世界中のあらゆる人たちがダンスしたりパーティーしたりもするのも当然のことだ。
韻律をともなう詩の文化も世界中にあるから、ライムすることだって別に珍しいことじゃない。
ヒップホップを生み出したブロンクスのオリジネイターたち、そしてそれを発展させてきたアメリカのアーティストたちに対するリスペクトを欠くつもりは全くないけど、1970年代にニューヨークのブロンクスで生まれたヒップホップという文化が、こうして世界中に根づき、そして発祥の地から遠く離れた土地でも誰かを楽しませ、エンパワーし続けているという事実は、純粋に素晴らしいことだなあと思う。
ヒップホップはローカルであると同時に普遍的で、インドを含めた世界中のどの国のヒップホップからも、我々はメッセージとパワーをもらうことができる。
ほとんどのリスナーは自国とアメリカのシーンしかチェックしていないと思うけど、宝物はあらゆるところに存在している。
そのことを改めて感じることができた「辺境ヒップホップ研究会」でした。

次回も楽しみだなあ。



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goshimasayama18 at 22:59|PermalinkComments(0)

2021年09月05日

あらためて、インドのヒップホップの話(その3 ベンガルール編 洗練された英語ラップとカンナダ・マシンガンラップ)


BangaloreRappers


インドのヒップホップを都市別に紹介するこのシリーズの3回目は、インド南部カルナータカ州の州都ベンガルール。
(日本では 「バンガロール」という旧称のほうがまだなじみがあるが、2014年に州の公用語カンナダ語の呼称である「ベンガルール」に正式に改称された)

デカン高原に位置する都市ベンガルールは、インドでは珍しく年間を通じて安定したおだやかな気候であり、イギリス統治時代には支配階級の英国人たちの保養地として愛された。
かつては「インドの庭園都市」という別名にふさわしい落ち着いた街だったようだが、20世紀末から始まったIT産業の急速な発展は、この街の様子を一変させてしまった。
1990年に400万人ほどだった人口は、今では1,300万人に迫るほどに急増。
世界的なソフトウェア企業のビルが立ち並ぶベンガルールは、ムンバイとデリーに次ぐインド第3の巨大都市となった。 


国際的な大都市にふさわしく、この街のヒップホップシーンには、英語ラップを得意とするラッパーが数多く存在している。

例えば、Eminemによく似たフロウでヒンドゥー教のラーマ神への信仰をラップするBrodha V.
コーラスのメロディーはラーマを称える宗教歌で、アメリカにクリスチャン・ラップがあるように、インドならではのヒンドゥー・ラップになっている。

Brodha V "Aatma Raama"

彼はこのブログでいちばん最初に紹介したラッパーでもある。


Siriは前回紹介したデリーのAzadi Records所属。
ムンバイのDee MCや北東部のMeba Ofiliaと並んで、インドを代表するフィメール・ラッパーだ。

Siri "Live It"



かつてはBodha Vと同じM.W.Aというユニットに所属していたSmokey the Ghostは、わりと売れ線の曲も手がけるBrodha Vとは対照的に、アンダーグラウンド・ラッパーとしての姿勢を堅持している。
彼はかつてマンブル・ラッパーたちを激しくディスったこともあり、90年代スタイルのラップにこだわりを持っているようだ。

Smokey the Ghost & Akrti "YeYeYe"

この"Hip Hop is Indian"は、インド全土のラッパーの名前やヒップホップ・クラシックのタイトルを、北から南まで、コマーシャルからアンダーグラウンドまでリリックに織り込んだ、インドのシーン全体を讃える楽曲だ。

Smokey the Ghost "Hip Hop is Indian"

ちなみに彼が所属していたM.W.Aは、言うまでもなくカリフォルニアの伝説的ラップグループN.W.A(Niggaz with Attitude)から取られたユニット名で、'Machas with Attitude'の略だという。
'Macha'はベンガルールのスラングで、「南部の野郎ども」といった意味だそうだ。



ベンガルールで活躍している英語ラッパーには、他の地域にルーツを持つラッパーも多い。
インド東部のオディシャ州出身の日印ハーフのラッパーBig Dealもその一人だ。
この"One Kid"では、彼が生まれ故郷のプリーではその見た目ゆえに差別され、ダージリンの寄宿学校にもなじめず、ベンガルールでラッパーとなってようやく自分の生きる道を見出した半生をそれぞれの街を舞台にラップしている。

Big Deal "One Kid"



インド南西部のケーララ州出身、テキサス育ちのHanumankindもベンガルールを拠点として活動する英語ラッパーだ。

Hanumankind "DAMNSON"


彼はジャパニーズ・カルチャー好きという一面もあり、この曲ではスーパーマリオブラザーズのあの曲に乗せて、Super Saiyan(スーパーサイヤ人)とか「昇竜拳」といった単語が散りばめられたラップを披露している。

Hanumankind "Super Mario"



ベンガルールで英語ラップが盛んな理由を挙げるとすれば、
  1. 世界中から人々が集まり、英語が日常的に話されている国際都市であるということ
  2. ベンガルールが位置するカルナータカ州の言語であるカンナダ語は、インドの中では比較的話者数の少ない言語であるということ(カンナダ語の話者数は4,000万人を超えるが、それでもインドの人口の3.6%に過ぎず、最大言語ヒンディー語の5億人を超える話者数と比べると、かなりローカルな言語である)
  3. 他地域から移り住んできたラッパーも多く、彼らは自身の母語でラップしてもベンガルールで支持を受けることは難しく、またローカル言語のカンナダ語もラップできるほどのスキルも持ち合わせていないと思われること
という3点が考えられる。

もちろん、ここに紹介したラッパーの全員が常に英語ラップをしているわけではなく、Siriは"My Jam"のコーラスでカンナダ語を披露しているし(全曲カンナダ語の曲もリリースしている)、Brodha Vもカンナダ語やヒンディー語でラップすることがある。
またBig Dealはオディシャ出身者としての誇りから母語のオディア語を選んでラップすることもあり、史上初のオディア語ラッパーでもある。



さて、ここまで見てきたような英語ラップのシーンは、じつはベンガルールのヒップホップのごく一面でしかない。
話者数の比較的少ないローカル言語とはいえ、もちろんベンガルールにはカンナダ語のラッパーも存在している。
そして、どういうわけかその多くが、リリックをひたすらたたみかけるマシンガンラップを得意としているのだ。
例えばこんな感じ。


MC BIJJU "GUESS WHO'S BACK"


RAHUL DIT-O, S.I.D, MC BIJJU  "LIT"

カンナダ・マシンガンラップの代表格MC BIJJU、そして、この曲で共演しているRAHUL DIT-O、S.I.Dもこれでもかという勢いのマシンガン・ラップ。
冒頭の寸劇で、コマーシャルな曲をやれば金になるが、コンシャス・ラップをしてもほとんど稼ぎにならない現状が皮肉たっぷりに描かれているのも面白い。


ぐっとポップな雰囲気のこの曲でも、フロウは少し落ち着いているものの、どこかしら言葉を詰め込んだようなラップが目立つ。

EmmJee and Gubbi "Hongirana"

ラッパーはGubbi.
南インドの言語(カンナダ語、タミル語、テルグー語、マラヤーラム語)はアルファベット表記したときにひとつの単語がやたらと長くなる印象があるが、おそらくそうした言語の特質上、カンナダ語のラップはマシンガンラップ的なフロウになってしまうのだろう。


変わり種としては、ちょっとレゲエっぽいフロウと、絶妙に垢抜けないミュージックビデオが印象的なこんな曲もある。

Viraj Kannadiga ft.Ba55ck "Juice Kudithiya"

この曲はカンナダ語のレゲトンとして作られたようで、リリックの内容は「これは酒じゃなくてジュースだ」という意味らしい。
カンナダ語ラップといっても、ハードコアな印象のものから、ポップなもの、コミカルなものと多様なスタイルが存在している。


いわゆるストリート発信のヒップホップとは異なるが、北インドにおけるバングラー・ポップ的な、カンナダ語のエンターテインメント的ダンスミュージックというのも人気があるようだ。

Chandan Shetty "Party Freak"

この曲の再生回数が4,000万回だというから、やはりRAHUL DIT-O, S.I.D, MC BIJJUの"LIT"のミュージックビデオのように、インドじゅう(というか世界中)どこに行ってもコンシャスな内容のものよりコマーシャルなものが人気なのは変わらない。

今回紹介した英語ラップのシーンとカンナダ語ラップのシーンは、別に対立しているわけではなく、それぞれのラッパーが共演することもあるし、またラッパーが曲によって言語を使い分けることもある。
IT産業で急速に発展した国際都市という顔と、カルナータカ州の地方都市という2つの顔を持つベンガルールは、これからも面白いラッパーが登場しそうな要注目エリアである。





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goshimasayama18 at 20:14|PermalinkComments(0)

2021年08月06日

ここ最近の気になる曲特集! インドのヒップホップ集大成、ノスタルジック・ポップ、強烈メタル&オルタナティブ・ロック!


忙しさにかまけてブログの更新を怠っていた間も、インドの音楽シーンでは日々名曲が量産されていた。
記事にできなかった佳曲はtwitterで紹介しているのだが、時とともに流れてしまうツイートにとどめるだけではもったいない楽曲が立て続けにリリースされたので、記事にしたためておくことにする。
(このブログの過去の記事だって探しづらくて埋もれちゃうじゃないか、というご意見もあるかもしれないが…スミマセン)


まず紹介したいのは、南部のIT都市ベンガルールを拠点に活動するラッパー、Smokey The Ghostの新曲"Hip Hop Is Indian".


インドでは地元言語(ベンガルールならカンナダ語)でラップするラッパーが多い中で、Smokey The Ghostは英語でのラップにこだわっている。
その理由はおそらく、lo-fi的だったりエクスペリメンタルだったりするビートとの相性を考えてのことだろう。
英語ラップと言っても、彼はアメリカっぽい英語ではなく、あえて南インド訛りの英語でラップすることで地元をレペゼンする意識を表明している。

だが、この曲で彼がテーマにしているのは、もっとスケールの大きい、「インド全体のヒップホップ・シーン」だ。
シタールを大胆に導入した、これ以上ないほどインド的なビートに乗せて、Smokeyはインド全土のラッパーやクラシックのタイトルを盛り込んだリリックをライムしている。

1番のヴァースでは、インドには珍しいスクラッチDJ(カセットテープが主流でレコード文化が根付かなかったインドでは、ビートメイキングにターンテーブルが使われることはなかった)のDJ Panicに始まり、Smokeyとの共演経験もあるデリーのPrabh Deep, 北東部を代表するラッパーであるメガラヤ州のKhasi BloodzMeba Ofilia, ムンバイのフィーメイル・ラッパーDee MC, ベンガルールの盟友Brodha V(彼に関しては、代表曲の"Aatma Raama"が挙げられている)、ムンバイのシーンを初期から支えたACE, DIVINE(本名のVivianの名前でラップされる)、Naezy(DIVINEとNaezyの名曲"Mere Gully Mein"のリリックも登場)、そしてBombay BassmentBob Omuloの名前がshout outされる。

続く2番のヴァースでも、BadshahYo Yo Honey Singhといったメインストリームラッパーから、Jay Seanなどの在外インド人ラッパー/シンガー、南インド諸州のラッパーたちまで、ジャンルも地域も国境すらも超えて、インド系ヒップホップ・アーティストを幅広く讃えているのだ。
(コルカタのラッパーに触れられていないのがちょっと残念ではあるが、ベンガル語のシーンはやはりインド全体の中ではマイナーなのか…)

言語、民族、宗教、文化、地域、思想など、あらゆる多様性にあふれるインドは、多様性の分だけ対立の種にも事欠かない。
インディペンデントのミュージシャンたちに話を聞く限りでは、若い世代にはこうした対立にうんざりしている人も多いようで、そんな時、ヒップホップのような新しい文化が、分断を超える役割を果たしているのだ。
スキルとセンスとリリックの内容で評価されるラップの世界では、信仰やバックグラウンドが異なるアーティスト同士が認め合い、リスペクトしあっている。

インドの優れたヒップホップが聴きたければ、この曲に名前が出てくるアーティストを掘ってゆけば間違いない。
この曲は、インドにおけるヒップホップ・カルチャーを讃える美しいアンセムだ。


(Smokey The Ghostについては、以前書いたこの記事でも特集しています)



続いて紹介する曲は、個人的にインドで最高のシンガーソングライターだと思っているPrateek Kuhadの新EPからの曲"Shehron Ke Raaz".
Prateekは昨年アメリカの名門Elektraレーベルとの契約を発表したので、てっきり英語の曲を中心にリリースしてゆくのかと思ったら、意外にも全曲ヒンディー語のEPをリリースしてきた。
アトロクに出演したときに紹介した"Kasoor"も大好評だったが、今回の"Shehron Ke Raaz"も、切ないメロディーと繊細なファルセットボイスが絶品な名曲!

Prateek Kuhadはいつも美しいミュージックビデオを作ることでも知られているが、この作品の映像作家Reema Senguptaとは、2017年の"Tum Jab Paas"以来のコラボレーションとなる。
ノスタルジックな映像の舞台は、ムンバイの老舗イラーニー・カフェである"Excelcior Cafe".(もちろん日本のあのチェーン店とは無関係だ)
イラーニー・カフェとは、19世紀にイランから移住してきたパールスィー(ゾロアスター教徒)やムスリムによって運営される、独自の食文化を提供する飲食店のこと。
近年その数は減少の一途を辿っており、イラーニー・カフェは古き良き時代のムンバイを象徴する存在でもあるのだ。
どこか懐かしさを感じさせるPrateekの音楽にぴったりな映像の舞台と言えるだろう。

タイトルの意味は「街の秘密」。
「今夜、君と僕はこの街の秘密」という歌詞も美しい。
歌詞の英訳はこのリリックビデオで見ることができる。
なお、Cafe Excelsiorを含めたムンバイのイラーニー・カフェについては、Komeさんのブログのこちらの記事に、とても詳しく書かれている。






KASCK"Death To The Crooked"は、このブログでは久しぶりに取り上げるオーセンティックなヘヴィ・メタル。
KASCKはマハーラーシュトラ州プネー出身のスラッシュメタルバンドで、この曲を含むデビューEP"Deal With The Devil"を9月に発表する予定。
プログレッシブ・メタルや技巧的なデスメタルが盛んなインドで、サウンドもタイトルも、ここまで伝統的なヘヴィメタルの世界観を継承しているバンドは珍しい。

だが、ミュージックビデオを見てもらえば分かる通り、楽曲のテーマはヘヴィメタルらしいファンタジーや抽象性とは真逆の、むしろハードコア・パンク的とも言える極めて社会的・政治的なものだ。
歌詞の内容は、盲目的な宗教ナショナリズムによる憎悪、政治や権力の暴走などを扱っている。
インド社会を反映した強烈なアジテーションとド直球なメタル・サウンドの組み合わせが、なんとも言えないカタルシスと高揚感を生む曲だ。



JBABEは、チェンナイのロックバンドF16sのギター・ヴォーカルJosh Fernandezのソロプロジェクト 。
"Punch Me In My Third Eye"は、叙情的なポップロックを奏でるF16sとはうってかわって、90年代のグランジ/オルタナティブ的なエネルギーが爆発した一曲だ。
親に従いインドの伝統的なお見合いの席で顔を合わせたものの、もはや伝統的な価値観を持ち合わせていない若い世代をコミカルな描いたミュージックビデオがとにかく面白い。

両親の間で居心地悪そうに座る男女が、二人きりになった瞬間にあけすけな本音で語り出し、暴れ始めるというあらすじ(想像上の出来事?)で、タイトルも伝統的な考え方を皮肉ったものだろう。
ミュージックビデオ監督のLendrick Kumarという名前にもニヤリとさせられた。

インドの多様性は、言語や文化や宗教といった横軸の広がり、カーストや貧富といった縦軸の格差に加えて、保守的な価値観と新しい考え方という、世代や思想的な面にもおよんでおり、まさに四次元的な多様さを持っていると言える。

インドでは、そうした多様性のせめぎ合いの中で、面白い楽曲が日々生み出されているのだ。




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goshimasayama18 at 22:13|PermalinkComments(0)

2019年10月01日

インドの英語ラップ/ヒップホップまとめ!

先日インドの新進英語ラッパーのSmokey The GhostTienasを紹介したときに、ここらで一度インドの英語ラッパーたちを総括してみたくなったので、今回は「インドの英語ラップ/ヒップホップまとめ」をお届けします。
アメリカのヒップホップを中心に聴いてきたリスナーにも、きっと馴染みやすいはずの英語ラップ。
様々なスタイルのアーティストがいるので、きっとお気に入りが見つかるはず。
それではさっそく始めます。

今回あらためていろいろ聴いてみて気づいたのは、インドの英語ラッパーたちは、どうやらいくつかのタイプに分類することができるということ。
まず最初に紹介するのは、アメリカのヒップホップにあまりに大きな影響を受けたがゆえに、地元言語ではなく英語でラップすることを選んだ第一世代のヒップホップ・アーティストたちから。

インドのラップミュージックは、90年代から00年代に、在英パンジャーブ系インド人から巻き起こったバングラー・ビートが逆輸入され、第一次のブームを迎えた。
(今回は便宜的に彼らはヒップホップではないものとして扱う)
バングラー・ビートとは、パンジャーブ地方の伝統音楽バングラーに現代的なダンスビートを取り入れたもの。
全盛期にはPanjabi MCがJay Zとコラボレーションした"Mundian Bach Ke"がパンジャービー語にもかかわらず全世界的なヒットとなるなど、バングラーはインドやインド系ディアスポラのみならず、一時期世界中で流行した。
バングラー・ビートにはインドっぽいフロウのラップが頻繁に取り入れられ、流行に目ざといインドの映画産業に導入されると、バングラー・ラップは一躍インドのメインストリームの一部となった。
その後、バングラーはEDMやレゲトンとも融合し、独特の発展を遂げる。
インドのエンターテイメント系ラッパーの曲が、アメリカのヒップホップとは全く異なるサウンドなのは、こうした背景によるものだ。

2010年前後になると、衛星放送やインターネットの普及によって、今度はアメリカのヒップホップに直接影響を受けたラッパーたちがインドに出現しはじめる。
彼らがまず始めたのは、アメリカのラッパーたちを真似て英語でラップすることだった。
映画『ガリーボーイ』以降、急速に注目を集めたガリー(路地裏)ラッパーの第一世代DivineNaezyも、キャリアの初期にはヒンディーやウルドゥーではなく、英語でラップしていたのだ。
2013年にリリースされたDivineの初期の代表曲"Yeh Mera Bombay"の2番のヴァース(1:15〜)は英語でラップされていることに注目。

インド伝統音楽の影響を感じさせるビートは典型的なガリーラップのもの。
英語ラッパーとしてキャリアをスタートさせた彼らは、自分自身のサウンドと、よりリアルなコトバを求めて、母語でラップする道を選んだのだ。


かつてDivineが在籍していたヒップホップクルー、Mumbai's Finestも、現在はヒンディーでラップすることが多いが、この楽曲では、オールドスクールなビートに合わせて英語ラップを披露している。

もろに80年代風のサウンドは、とても2016年にリリースされた楽曲とは思えないが、インドのラッパーたちは、不思議とリアルタイムのアメリカのヒップホップよりも、古い世代のサウンドに影響を受けることが多いようだ。
このサウンドにインドの言語が似合わないことは容易に想像でき、このオールドスクールなトラックが英語でラップすることを要求したとも考えられる。
ラップ、ダンス、スケートボードにBMXと、ムンバイのストリート系カルチャーの勢いが感じられる1曲だ。


こちらはムンバイのヒップホップ/レゲエシーンのベテラン、Bombay Bassmentが2012年にリリースした"Hip Hop Never Be The Same".
生のドラムとベースがいるグループは珍しい。

もっとも、彼らの場合は、フロントマンのBob Omulo a.k.a. Bobkatがケニア人であるということが英語でラップする最大の理由だとは思うが。


英語でラップしながらも、インド人としてのルーツを大事にしているアーティストもいる。
その代表格が、カリフォルニアで生まれ育った米国籍のラッパー、Raja Kumariだ。
彼女は歌詞や衣装にインドの要素を取り入れるだけでなく、英語でラップするときのフロウやリズムにも、幼い頃から習っていたというカルナーティック音楽を直接的に導入している。
ヒップホップの本場アメリカで育った彼女が、アフリカ系アメリカ人の模倣をするのではなく、自身のルーツを強く打ち出しているのは興味深い。
これはインド国内または海外のディアスポラ向けの演出という面もあるかもしれないが、自分のコミュニティをレペゼンするというヒップホップ的な意識の現れでもあるはずだ。
2:41頃からのラップに注目!


スワヒリ語のチャントをトラックに使ったこの楽曲でも、彼女のラップのフロウにはどこかインドのリズムが感じられる。

Gwen StefaniやFall Out Boyなど多くのアーティストに楽曲提供し、グラミー賞にもノミネートされるなど、アメリカでキャリアを築いてきた彼女も、最近はインドのヒップホップシーンの成長にともない、活動の拠点をインド(ムンバイ)に移しつつある。

バンガロールのラッパーBrodha Vは、かなりEminemっぽいフロウを聴かせるが、楽曲のテーマはなんとヒンドゥー教のラーマ神を讃えるというもの。
 
英語のこなれたラップから一転、サビでヒンドゥーの賛歌になだれ込む展開が聴きどころ。
「若い頃はお金もなく悪さに明け暮れていたが、ヒップホップに出会い希望を見出した俺は、目を閉じてラーマに祈るんだ」といったリリックは、クリスチャン・ラップならぬインドならではのヒンドゥー・ラップだ。


最近インドでも増えてきたJazzy Hip Hop/Lo-Fi Beats/Chill Hopも、英語ラッパーが多いジャンルだ。
Brodha Vと同じユニットM.W.A.で活動していたSmokey The Ghostは、アメリカ各地のラッパーたちがそれぞれの地方のアクセントでラップしているのと同じように、あえて南インド訛りの英語でラップするという面白いこだわりを見せている。
 

新世代ラッパーの代表格Tienasもまたインドのヒップホップシーンの最先端を行くアーティストの一人。
こうした音楽性のヒップホップは、急速に支持を得ている「ガリーラップ」(インドのストリート・ラップ)のさらなるカウンターとして位置付けられているようだ。


この音楽性でとくに実力を発揮するトラックメーカーが、デリーを拠点に活動するSez On The Beatだ。
Rolling Stone Indiaが選ぶ2018年のベストアルバムTop10にも選ばれたEnkoreのBombay Soulも彼のプロデュースによるものだ。
 
ところどころに顔を出すインド風味も良いアクセントになっている。

一般的には後進地域として位置付けられているジャールカンド州ラーンチーのラッパーTre Essも突然変異的に同様の音楽性で活動しており、地元の不穏な日常を英語でラップしている。

セカンド・ヴァースのヒンディー語はムンバイのラッパーGravity.
この手のアーティストが英語でラップするのは、彼らのリリカルなサウンドに、つい吉幾三っぽく聞こえてしまうヒンディー語のラップが合わないという理由もあるのではないかと思う。

こうした傾向のラッパーの極北に位置付けられるアーティストがHanumankindだ。
彼のリリックには日本のサブカルチャーをテーマにした言葉が多く、この曲のタイトルはなんと"Kamehameha"。
あのドラゴンボールの「かめはめ波」だ。

アニメやゲームといったテーマへの興味は、チルホップ系サウンドの伝説的アーティストであり、アニメ『サムライ・チャンプルー』のサウンドトラックも手がけた故Nujabesの影響かもしれない。


ラッパーたちが育ってきた環境や地域性が、英語という言語を選ばせているということもありそうだ。
ゴア出身のフィーメイル・ラッパーのManmeet Kaur(彼女自身はパンジャービー系のようだが)は、地元についてラップした楽曲で、じつに心地いい英語ラップを披露している。
ゴアはインドのなかでもとりわけ欧米の影響が強い土地だ。
彼女にとっては、話者数の少ないローカル言語(コンカニ語)ではなく、英語でラップすることがごく自然なことなのだろう。

のどかな田園風景をバックに小粋な英語ラップで地元をレペゼンするなんて、インド広しと言えどもゴア以外ではちょっとありえない光景。
欧米目線の「ヒッピーの聖地」ではない、ローカルの視点からのゴアがとても新鮮だ。
生演奏主体のセンスの良いトラックにもゴアの底力を感じる。

バンガロールもまた英語ラッパーが多い土地だ。
日印ハーフのBig Dealは、インド東部のオディシャ州の出身だが、バンガロールを拠点にラッパーとしてのキャリアを築いている。
彼自身はマルチリンガル・ラッパーで、故郷の言語オディア語(彼は世界初のオディア語ラッパー!)やヒンディー語でラップすることもあるが、基本的には英語でラップすることが多いアーティストだ。
彼の半生を綴った代表曲"One Kid"でも、インドらしさあふれるトラックに乗せて歯切れの良い英語ラップを披露している。

オディシャ州にはムンバイやバンガロールのような大都市がなく、彼が英語でラップする理由は、オディア語のマーケットが小さいという理由もあるのだろう。
それでも、彼はオディシャ人であることを誇る"Mu Heli Odia"や、母への感謝をテーマにした"Bou"のような、自身のルーツに関わるテーマの楽曲では、母語であるオディア語でラップすることを選んでいる。


モンゴロイド系の民族が多く暮らす北東部も、地域ごとに独自の言語を持っているが、それぞれの話者数が少なく、またクリスチャンが多く欧米文化の影響が強いこともあって、インドのなかでとくに英語話者が多い地域だ。
北東部メガラヤ州のシンガーMeba Ofiriaと、同郷のラップグループKhasi Bloodz(Khasiはメガラヤに暮らす民族の名称)のメンバーBig Riが共演したこのDone Talkingは、2018年のMTV Europe Music AwardのBest Indian Actにも選出された。

典型的なインドらしさもインド訛りも皆無のサウンドは、まさに北東部のスタイルだ。


同じくインド北東部トリプラ州のBorkung Hrankhawl(a.k.a. BK)は、ヒップホップではなくロック/EDM的なビートに合わせてラップする珍しいスタイルのアーティスト。

トリプラ人としての誇りをテーマにすることが多い彼の夢は大きく、グラミー賞を受賞することだという。
彼はが英語でラップする理由は、インドじゅう、そして世界中をターゲットにしているからでもあるのだろう。

北東部のラッパーたちは、マイノリティであるがゆえの差別に対する抗議をテーマにすることが多い。
アルナーチャル・プラデーシュ州のK4 Kekhoやシッキム州のUNBが、差別反対のメッセージを英語でラップしているが、そこには、より多くの人々に自分のメッセージを伝えたいという理由が感じられる。

インド独立以降、インド・パキスタン両国、そしてヒンドゥーとイスラームという二つの宗教のはざまでの受難が続くカシミールのMC Kashも、英語でラップすることを選んでいる。

この曲は同郷のスーフィー・ロックバンドAlifと共演したもの。
あまりにも過酷な環境下での団結を綴ったリリックは真摯かつヘヴィーだ。
彼もまた、世界中に自分の言葉を届けるためにあえて英語でラップしていると公言しているラッパーの一人だ。

政治的な主張を伝えるために英語を選んでいるラッパーといえば、デリーのSumeet BlueことSumeet Samosもその一人。

彼のリリックのテーマは、カースト差別への反対だ。
インドの被差別階級は、ヒンドゥーの清浄/不浄の概念のなかで、接触したり視界に入ることすら禁忌とされる「不可触民」として差別を受けてきた(今日では被差別民を表す「ダリット」と呼ばれることが多い)。
Sumeetのラップは、その差別撤廃のために尽力したインド憲法起草者のアンベードカル博士の思想に基づくもので、彼のステージネームの'Blue'は、アンベードカルの平等思想のシンボルカラーだ。


探せばもっといると思うが、さしあたって思いつく限りのインドの英語ラッパーを紹介してみた。
インドのヒップホップシーンはまだまだ発展途上だが、同じ南アジア系ラッパーでは、スリランカ系英国人のフィーメイルラッパーM.I.A.のようにすでに世界的な評価を確立しているアーティストもいる。
英語でラップすることで、彼らのメッセージはインド国内のみならず世界中で評価される可能性も秘めているのだ。
さしあたって彼らの目標は、インドじゅうの英語話者に自身の音楽を届けることかもしれないが、インド人は総じて言葉が達者(言語が得意という意味だけでなく、とにかく彼らは弁がたつ)でリズム感にも優れている。
いずれインドのヒップホップアーティストが、世界的に高い評価を受けたり、ビルボードのチャートにランクインする日が来るのかもしれない。


(今回紹介したラッパーたちのうち、これまでに特集した人たちについてはアーティスト名のところから記事へのリンクが貼ってあります。今回は原則各アーティスト1曲の紹介にしたのですが、それぞれもっと違うテイストの曲をやっていたりもするので、心に引っかかったアーティストがいたらぜひチェックしてみてください)


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2019年09月15日

インドの新世代英語ラッパーが傑作アルバムを発表(その2) Tienas

前回紹介したバンガロールのSmokey The Ghostに続いて、今回もインドの英語ラッパーの新作を紹介する。
今回紹介するのはTienas.
ムンバイを拠点に活躍する若干22歳の若手ラッパーだ。

Facebookなどで彼のプロフィールを見ると、Tienas aka Bobby Boucherとあるが、彼の本名はTanmay Saxena.
Tanmayの憧れの存在であるEminemが、彼の本名Marshall Mathersから名前を取ったのと同様に(名と姓のイニシャルからM and M →M'n'M→Eminem)、Tanmay Saxenaの'T and S'を縮めてTienasというステージネームをつけた。
Bobby Boucherは、EminemにおけるSlim Shady同様、ラップの中に登場する彼の別人格で、この名前は映画『ウォーターボーイ』でアダム・サンドラーが演じた吃音の主人公から取られている。
Tanmay Saxenaもまた吃音であり、ラップではなくふつうに喋る時にはどもってしまうという、日本のラッパー「達磨」と同じようなバックグラウンドを持ったアーティストだ。
(軽々に言うべきではないかもしれないが、「吃音」とラップは相性が良いのか、ANARCHYが監督をつとめた映画"WALKING MAN"の主人公も吃音という設定。コミュニケーションに困難を抱えていた吃音者が、ラップという手段を手に入れてその内面を吐き出したら、実はそれは誰の心にも突き刺さるものだった、ということなのだろうか)

TienasもSmokey The Ghost同様に、以前からダウンテンポでローファイ的なトラックに英語のラップを乗せる、インドのヒップホップシーンでは珍しいタイプのラッパーである。
これは彼の代表曲のひとつ、ニセモノのAdidasと安物の服についてラップした"Fake Adidas".

この曲の真のテーマは過度の資本主義への批判とのこと。

インドのヒップホップシーンを牽引するデリーのAzadi Rocordsと契約してリリースされた"18th Dec"

彼のラップは高めの声が特徴で、女性のリップシンクでも違和感がない。

彼は兄のRayson47らと結成した'FTS'という音楽クリエイター集団の一員でもあり、この名義で発表された作品もまた音響的に非常に面白いものが多い。
ピアノとトランペットのジャジーな響きが叙情的な"Dead Rappers"

内省的なリリックも多く、音響的な要素とあいまって、文学的な雰囲気すら感じさせるヒップホップが彼の個性と言えるだろう。
彼のサウンドやリリックを、2010年代後半からアメリカで流行しているEmo Rapと関連づけているネットの記事もあった。

前置きが長くなったが、このTienasが今年7月にリリースしたニューアルバム"O"が素晴らしい。
これまでのローファイ的なスタイルのみならず、多様なサウンドに挑戦した意欲作になっている。
ミュージックビデオが作られたのはこの"Juju"という曲。

このアルバムはYoutubeやSoundcloudなどでの無料公開はされていないため、リンクを貼りつけてそのまま聴ける形式で紹介できないのが残念だが(アーティストのためには良いこと!)、SpotifyやApple Musicのようなサブスクでは配信されているので、ぜひチェックしてみてほしい。
個人的にはこの"Juju"よりも、他の楽曲のほうが気に入っている。

とくに、メロウなギターがフィーチャーされた"Dangerous", ジャジーなピアノが印象的な"Peace Of Mind", ムーディーでポップな"Backseat", 日本のNujabesにインスパイアされたという"10-18"(彼もまた世界中の多くのローファイ系のヒップホップアーティストと同様に、Nujabesから大きな影響を受けているとのこと)など、非常に聴きどころの多いアルバムとなっている。
ゲストによる"Seedhe Maut's Interlude"や"FTS Outro"といったトラックさえも、かなり聴きごたえのある内容に仕上がっており、年末に各媒体が選出する今年のベストアルバムにも確実にノミネートされるだろう。



彼の評価、そしてインドのヒップホップブームの本質については、Rock Street Journalの記事にあるこの文章に言い尽くされている。
His talent is undeniable and his ambitions, admirable. It’s a common misconception that the explosion of hip-hop in India is credited solely to rappers taking up their regional language as a medium of expression. At the crux of any artistic movement is authenticity. Audiences gravitated towards the likes of Divine and Naezy, not only because they were spitting in Hindi, but because they were simply being themselves. Historically, art has always been about speaking truth to power and hip-hop has been the most eloquent of the contemporary forms. Tienas is likely to breed a newer generation of rappers and appeal to audiences, not because he’s rapping in English, but because he’s telling his stories, his way. “Music is for the soul”, says Bobby, “it really doesn’t have a language.”

 彼の才能は否定しようがなく、彼の野心は賞賛に値するものだ。
(ヒンディー語などの)ローカル言語のラッパーたちだけがインドにおけるヒップホップブームを巻き起こしていると考えるのは、よくある誤解である。
このムーブメントの核心は「本物であること」だ。
オーディエンスがDivineやNaezyのようなラッパーに惹きつけられているのは、彼らがヒンディー語で言葉を吐き出しているからというだけではなく、彼らが(表現において)常に自身自身に対して正直であるからだ。
歴史的に見て、アートは常に権力に対して真実を語るものであった。そして、ヒップホップは今日のアートフォームの中では最も雄弁なものである。
Tienasは新世代のラッパーたちに影響を与えるだろうし、オーディエンスにもアピールするはずだが、それは彼が英語でラップしているからではなく、彼のストーリーを自分自身の言葉で、自分自身の方法で表現しているからである。
Bobbyは語る。
「音楽は魂のためのものさ。どの言語かなんて、全く関係ないんだよ。」 

映画『ガリーボーイ』のヒットでインドのストリート・ヒップホップはにわかに注目を集めているが、インドのヒップホップはそれだけではなく、こうしたメロウで内省的なラップをする優れたアーティストもいるのだ。
インドの人口規模(そしてラップのテーマとなりうる社会の矛盾)を考えれば、インドのヒップホップはセールス的にも質的にもまだまだ成長の余地が大きいと感じる。
5年後、10年後にインドのシーンがどのようになっているのか、非常に楽しみだ。
今後もこのブログではインドのヒップホップシーンに注目していきたいと思います!


参考サイト:
Azadi Records:"Tienas"
Wild City: "Review: 'O' By Tienas"
Rock Street Journal Online: "Tienas Puts Out Spacey New Album On Azadi Records"
Homegrown: "Tienas Is Indian Rap’s New Boy Wonder - Don’t Look Away Now"


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2019年09月14日

インドの新世代英語ラッパーが傑作アルバムを発表(その1)!Smokey The Ghost


これまで何度もこのブログで紹介してきたインドのヒップホップ。
大都市を中心としたインド各地でシーンが発展し、ヒップホップは短期間でストリートの若者たちのリアルな声を発信する音楽ジャンルに成長した。
埋めようのない格差や差別に対する反骨精神、そして伝統的なリズムとの融合など、興味深い点にはこと欠かないインドのヒップホップだが、本場米国のヒップホップを中心に聴いてきたリスナーにとっては、インドの地元言語のラップは少々とっつきにくく感じられるかもしれない。

これから紹介するラッパーは、そんなヒップホップファンにも自信を持って勧められるアーティストだ。
12億の人口と州ごとに異なる言語を擁し、英語も公用語のひとつであるインドには、英語でラップするラッパーたちも大勢いる。
そんなインドの英語ラッパーのうち、この夏に相次いで傑作アルバムを発表したアーティストたちを、これから2回にわたって紹介します。

まず紹介するのは、バンガロールを拠点としているSmokey The Ghost.
不思議な名前を持つ彼は、ローファイ/チルホップ的なトラックに英語でラップを乗せている、インドでは珍しいスタイルのラッパーだ。

まずは、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのデリーのPrabh Deepと2017年に共演した"Only My Name"を聴いてみよう。
前半の英語のラップがSmokey、後半のパンジャービー語がPrabh Deepだ。
プロデュースはAzadi Recordsなどで活躍する新世代トラックメーカーのSez on the Beat.
とにかくアゲまくるボリウッド・ラップや、パーカッシブなトラックが特徴的なガリーラップと比べると、このSmokeyのメロウなヒップホップは、インドではかなり個性的なスタイルだ。

その彼が、つい先ごろ発表したニューアルバム"The Human Form"が素晴らしかった。
この楽曲はオープニングトラックの"The Return"

今回のアルバムのプロデュースは、バンガロールを拠点に活躍する二人組のAerate Soundが手掛けている。
彼らはヒップホップのトラックメーカーとしてだけではなく、エレクトロニック・ミュージックのアーティストとしても活躍しており、このアルバムでも、バラエティ豊かで面白いビートを提供している。


Smokey The GhostことSumukh Mysoreは、インド南部デカン高原の大都市バンガロールで生まれた。
ラッパーとしてのキャリアは長く、10代前半から詩作とヒップホップにのめり込んだ彼は、2008年にBrodha V、Bigg NikkとM.W.A(Machas With Attitude)というラップトリオを結成して活動を開始した。
このユニット名は、言うまでもなくDr.DreやIce Cubeらが在籍したカリフォルニアの伝説的ヒップホップグループN.W.A.(Niggaz With Attitude)のパロディである。
Machaという言葉はもともとはタミル語で特定の親族を指す言葉だったものが、カンナダ語(バンガロールのあるカルナータカ州の公用語)圏で「ブラザー」みたいな意味で使われるようになったものらしい。
メンバーのBrodha Vは、このブログのごく初期に紹介した、ヒンドゥーの信仰をテーマにした楽曲を発表しているラッパーだ。
「インドのエミネム? Brodha V」

Smokeyは、当初はアメリカっぽいアクセントの英語でラップしていたが、今では、アメリカ各地のラッパーがそれぞれ地元の訛りでラップしているように、南インド訛りのアクセントでラップすることにアイデンティティーを見出しているという。
2013年にはシャー・ルク・カーン主演の『チェンナイ・エクスプレス』の楽曲にも参加している。

このド派手ないかにもボリウッド風の楽曲には、SmokeyとBrodha V、そしてムンバイのアンダーグラウンドラッパーEnkoreも参加している。
この頃はまだ、ラッパーたちが音楽で稼ごうとしたら、こういうメインストリームの商業的な音楽に協力するしかなかったのだろう。
その後たった6年でのインドのシーンの発展には驚くばかりだが、6年前にまだまだアンダーグラウンドな存在だった彼らを起用したボリウッドのセンスも相当凄い。
エンタメ・ラップが中心だったインドのヒップホップシーンを大きく打開したのも、結局はボリウッド映画の『ガリーボーイ』がきっかけだったわけで、商業主義的であると批判されがちなインドの映画産業であるが、彼らの新しいサウンドへの目配りには、やはり一目置かざるを得ないだろう。

話をSmokeyことSumukhに戻す。
インドでは高学歴の兼業ミュージシャンが多いが、なんとSumukhは、以前は生物学者として国立生物科学センター(National Centre of Biological Science)で働いていたという超エリート。
今では医療機器会社の共同経営に携わっているという。

Sumukhは映画『ガリーボーイ』で注目を集めているようなスラムのラッパーたちとは対象的に、ブラーミン(バラモン)の裕福な家庭に生まれた。
古代の祭祀階級にルーツを持つと言われるブラーミンはカーストの最上位に位置する存在であり、保守的な人々には「インドでヒップホップなんてやる価値がない」と言われてきたそうだ。
「俺はブラーミンにも、ヒンドゥーにも、ムスリムにも、無神論者にも属していない。俺は“ヒューマン・コミュニティー”に属しているのさ」と語るSumukhは、ブラーミンの家に産まれながらも「反ブラーミン主義」を自認している。
この主義のために、おそらく保守的なカースト内の人々との軋轢もあったことだろう。
スラム出身ではない彼にも、ラッパーであり続けるための、インドならではの苦労や苦悩を経験しているはずだ。

この"When You Move"は、彼のアンチ・ブラーマニズムの思想を表明したもの。

サウンド的にもかなり面白い構造の楽曲だ。
今では家族の理解も得られ、母親も彼のことをSmokeyと呼んでいるという。

「自分はエンターテイナーではなくアーティストなんだ」と語る彼は、ソニーと契約したBrodha Vと袂を分かち、自分自身の表現を追求する道を選ぶ。

Rolling Stone IndiaがSmokeyに行ったインタビューによると、このアルバムは、作品全体が「抗議」であるという。
Smokeyいわく、アメリカのトランプ政権やインドのモディ政権、戦争や宗教といった政治的・社会的なテーマや、アルコール業界に牛耳られたインドの音楽シーン、宗教や恐怖心を利用してプロパガンダを行う政治家への怒りが表現されているそうだ

字幕をONにするとリリックを読むことができるので、ぜひ彼のメッセージにも注目してほしい。





アルバムに先駆けて発表されたこの"Human Error"もグローバル社会におけるさまざまな問題を扱った楽曲だ。


映画音楽や娯楽としてのダンスミュージックから始まったインドのヒップホップは、いまやローカル都市の路地裏から、グローバルな社会問題まで、あらゆるトピックを扱うジャンルに急成長した。

サウンド的にも面白く、楽曲のテーマにも普遍性があり、グローバル言語である英語でラップする彼の音楽が、もっと広く評価される日もそう遠くないかもしれない。

Smokey THe Ghostのニューアルバム"The Human Form"はこちらのSoundcloudからも全曲聴くことができる。

(Youtubeにも全曲アップされており、字幕機能をOnにするとリリックも読めるので、リリックを味わいたい方はYoutubeがおすすめ)


参考サイト
Rolling Stone India "Smokey the Ghost: ‘This Whole Album is A Protest’"
Homegrown "The Bangalore Rapper Who’s Also A Scientist – Meet Smokey The Ghost"

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