Siri

2021年09月29日

J-WAVE 'SONAR MUSIC'出演! オンエアした曲、紹介したかったけどやめた曲など


9月29日(水)J-WAVEであっこゴリラさんがナビゲートする「SONAR MUSIC」にて、たっぷりとインドの音楽を紹介させていただきました!

めちゃくちゃ楽しかったー!
1時間近く、時間はたっぷりあったはずなのに、伝えたいことがあって、ちょっと喋りすぎちゃったかな…と少し反省もしてますが、自分の好きな音楽(そしてほとんどの人が知らないであろう音楽)をラジオを通してたくさんの人に伝えられるというのは何度経験してもすごくうれしいもの。

当日オンエアした曲をあらためて紹介します! 



Su Real "East West Badman Rudeboy Mash Up Ting"
デリーのEDM/トラップ系プロデューサー!


Ritviz "Chalo Charlein feat. Seedhe Maut"
プネーのインド的EDM(印DM)プロデューサーとデリーのラップデュオの共演!


When Chai Met Toast "Yellow Paper Daisy"

ケーララ州のフォークロックバンド!


Pineapple Express "Cloud 8.9"
ベンガルールのプログレッシブ・メタルバンド、インドの古典音楽との融合!


Drish T "Convenience Store(コンビニ)"
ムンバイ出身の日本語で歌う(!)シンガーソングライター!


Siri "Gold"
ベンガルールの女性ラッパー!


Seedhe Maut "Nanchaku ft. MC STAN"
デリーのラップデュオにプネーの気鋭の存在MC STANがゲスト参加!


MC STAN "Ek Din Pyaar"
プネーのラッパー!



今回の選曲は、インドでの人気や知名度よりも、純粋にサウンド的にかっこよかったり面白かったりするアーティストを集めたという印象。
この"SONAR MUSIC"は毎回かなり面白い特集を組んでいる音楽番組なだけに、リスナーの皆さんの反応が気になるところでしたが、気に入ってもらえたらうれしいです。


(ここからはちょっと余談)
6月の宇多丸さんのTBS「アフター6ジャンクション」、先月のSKY-HIさんの"IMASIA"に続いて、3本目のラジオ出演(全部ラッパーの番組!)となったわけだけど、ラジオで紹介する曲を選ぶのって、毎回かなり悩む。
インドの音楽やインドという国にとくに興味のないリスナーのみなさんにも「インドの音楽って面白い!」と思ってもらいたいし、できれば楽曲だけじゃなくて、興味深いエピソードなんかも話したい。
いかにもインドっぽい音がいいのか、インドらしからぬ欧米のポップスみたいな曲がいいのかも悩みどころだ(結局、毎回両方を選曲している)。
ラジオでは、私が出演するコーナーの前後に、当然ながら日本やアメリカやイギリスの完成度の高いポピュラーミュージックが流されているわけで、いずれにしてもそこに埋もれない曲を選びたい。
さらに欲を言えば、番組やパーソナリティーのカラーにあった曲が紹介できると、なお良い。

SONAR MUSICのナビゲーターのあっこゴリラさんの曲は以前から聴いていて、"DON'T PUSH ME feat.Moment Joon" みたいな曲で、女性やマイノリティが社会で感じている生きづらさを、きちんと表現しているのがかっこいいと思っていた。
日本語のリリックでは表現が難しいこういう社会的なテーマを、ヒップホップのフォーマットのなかでかっこよく表現するというのは、センスも勇気も必要なことだ。

だから、このブログでも度々話題にしているような、日本とはまた違う形で保守性や排他性が残るインドの社会の中で女性としての意見を表明しているフィメール・ラッパーのことを紹介したかったし、それに対するあっこゴリラさんの意見を聞いてみたかった。

ところが、「コレ!」という曲がなかなか見つからない。
インドにもフィメール・ラッパーはそれなりにいるのだが、ブログで文章を添えてミュージックビデオを紹介するぶんには良くても、ラジオでオンエアするとなると、曲としてはちょっと弱かったりするのだ。
メッセージは最高なのだけど、ラップのスキルがいまいちだったり、インドのアーティストにしては完成度の高いトラックでも、もしアメリカのトップアーティストの曲が流れた後だったら、そこまで魅力的に響かなかったりする。

できればインドらしいインパクトがあり、かつラップのスキルも十分で、メッセージも強烈な曲があれば良いのだが…と思っていたら、ぴったりの曲があった。

インド系アメリカ人で最近はインド国内での活躍がめざましいRaja Kumariをリーダーとして、ベンガルールのSiri, メガラヤのMeba Ofilia, ムンバイのDee MC,といったインドじゅうのフィメールラッパーが共演した"Rani Cypher"だ。

いかにもインド的なコーラスも耳を惹きつけるし、サビの女性に対する「忘れないで、あなたはクイーン(タイトルの'Rani'は女王の意)」というメッセージも素晴らしい。
ラップが英語でいわゆる洋楽リスナーにも聴きやすいのも良いし、冒頭で'As a woman in this industry, we have to work harder, we have to be better, we have to do so much more'という語りが入っているのでコンセプトが分かりやすい。
在外インド人であるRaja Kumariとインド各地の異なるバックグラウンドのフィメール・ラッパーのコラボレーションというのもぜひ触れたいポイントだ。

これは紹介したい楽曲の最右翼。さあリリックを細かくチェックしようと思ったら。
冒頭のヴァースで、ヘイターたちへのメッセージとして、こんなリリックをラップしていたのでびっくりした。

'I Nagasaki on them haters, ground zero'

マジか…。
これって明確に「ヘイターどもはナガサキのグラウンド・ゼロみたいにぶっ潰してやる」って意味だよね。

ラップの中で語呂のいい言葉を選んだのだろうが、さすがにこれはない。
(このリリックをラップしているのはSiriで、彼女に対しては、きちんと抗議しておきます。返事が来たらまたご報告します) 

この曲に関して言えば、この部分のリリック以外はコンセプトもサウンドも最高だし、こうしたリリックが含まれていることを注釈したうえで紹介しようかとも思ったのだけど、せっかく大勢の音楽ファンにとって未知のインド音楽を紹介するのに、ネガティブな話はしたくないので、残念だがこの"Rani"はリストから外すことになった。

インド社会の悪い意味での保守性のもとで女性たちが苦しんでいる現状に対して、ラップという新しい手段で声を上げることは、とても素晴らしいことだと思う。

問題は、虐げられている人々を鼓舞するために、別の虐げられた人たちが傷つくような表現をするっていうのはそもそもどうなのか、という話だ。

彼女の他の曲もたくさん聴いたが、彼女は決して露悪的な表現を好むラッパーではないと認識している。
(ヒップホップ的な範囲での強がりやディスりはもちろんあるが)
おそらく彼女にとって原爆投下は遠い国の歴史上の出来事で、いまだに犠牲者やその家族が、直接的、間接的に苦しんでいることを単純に知らないのだろう。

もちろん、彼女のしたような表現がインドで一般的に許容されているわけではなく、同じくベンガルールを拠点に活動するラッパーのSmokey The Ghostはこんなふうにフォローしてくれている。



(Smokeyはこの後、今回の一件について「原爆の悲劇はインドでもよく知られているし、これは単なる『特権的な無知』に過ぎない」との解釈を伝えてくれた)


いろいろ考えた結果、結局、フィメール・ラッパーの曲はSiriの"Gold"という曲を選んだ。
彼女の無知は責めるべきだし、この"Raani"のリリックは論外だが、彼女が本来伝えようとしているメッセージの価値はゆるぎないし、インドの女性ラッパーのなかでも音楽的にとくに秀でていると考えてのことだ。

まあとにかく、こうやって誤解や失敗を繰り返しながら国と国との関係とか、人と人との関係ってのは良くなっていくものだと信じている。 

言いたいのは、リスペクトを大事にしよう、ってこと。

最後に、今回紹介したアーティストについて、これまでに書いた記事を貼り付けておきます。



Su Real



Ritviz



When Chai Met Toast
 


Pineapple Express
 


Drish T



Seedhe MautとSiriが所属しているAzadi Records.
 


MC STANについては、書こう書こうと思ってまだ書いてない!
近々特集したいと思ってます。



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goshimasayama18 at 23:59|PermalinkComments(0)

2021年09月05日

あらためて、インドのヒップホップの話(その3 ベンガルール編 洗練された英語ラップとカンナダ・マシンガンラップ)


BangaloreRappers


インドのヒップホップを都市別に紹介するこのシリーズの3回目は、インド南部カルナータカ州の州都ベンガルール。
(日本では 「バンガロール」という旧称のほうがまだなじみがあるが、2014年に州の公用語カンナダ語の呼称である「ベンガルール」に正式に改称された)

デカン高原に位置する都市ベンガルールは、インドでは珍しく年間を通じて安定したおだやかな気候であり、イギリス統治時代には支配階級の英国人たちの保養地として愛された。
かつては「インドの庭園都市」という別名にふさわしい落ち着いた街だったようだが、20世紀末から始まったIT産業の急速な発展は、この街の様子を一変させてしまった。
1990年に400万人ほどだった人口は、今では1,300万人に迫るほどに急増。
世界的なソフトウェア企業のビルが立ち並ぶベンガルールは、ムンバイとデリーに次ぐインド第3の巨大都市となった。 


国際的な大都市にふさわしく、この街のヒップホップシーンには、英語ラップを得意とするラッパーが数多く存在している。

例えば、Eminemによく似たフロウでヒンドゥー教のラーマ神への信仰をラップするBrodha V.
コーラスのメロディーはラーマを称える宗教歌で、アメリカにクリスチャン・ラップがあるように、インドならではのヒンドゥー・ラップになっている。

Brodha V "Aatma Raama"

彼はこのブログでいちばん最初に紹介したラッパーでもある。


Siriは前回紹介したデリーのAzadi Records所属。
ムンバイのDee MCや北東部のMeba Ofiliaと並んで、インドを代表するフィメール・ラッパーだ。

Siri "Live It"



かつてはBodha Vと同じM.W.Aというユニットに所属していたSmokey the Ghostは、わりと売れ線の曲も手がけるBrodha Vとは対照的に、アンダーグラウンド・ラッパーとしての姿勢を堅持している。
彼はかつてマンブル・ラッパーたちを激しくディスったこともあり、90年代スタイルのラップにこだわりを持っているようだ。

Smokey the Ghost & Akrti "YeYeYe"

この"Hip Hop is Indian"は、インド全土のラッパーの名前やヒップホップ・クラシックのタイトルを、北から南まで、コマーシャルからアンダーグラウンドまでリリックに織り込んだ、インドのシーン全体を讃える楽曲だ。

Smokey the Ghost "Hip Hop is Indian"

ちなみに彼が所属していたM.W.Aは、言うまでもなくカリフォルニアの伝説的ラップグループN.W.A(Niggaz with Attitude)から取られたユニット名で、'Machas with Attitude'の略だという。
'Macha'はベンガルールのスラングで、「南部の野郎ども」といった意味だそうだ。



ベンガルールの英語ラッパーには、他の地域にルーツを持つラッパーも多い。
インド東部のオディシャ州出身の日印ハーフのラッパーBig Dealもその一人だ。
この"One Kid"では、彼が生まれ故郷のプリーではその見た目ゆえに差別され、ダージリンの寄宿学校にもなじめず、ベンガルールでラッパーとなってようやく自分の生きる道を見出した半生をそれぞれの街を舞台にラップしている。

Big Deal "One Kid"



インド南西部のケーララ州出身、テキサス育ちのHanumankindもベンガルールを拠点として活動する英語ラッパーだ。

Hanumankind "DAMNSON"


彼はジャパニーズ・カルチャー好きという一面もあり、この曲ではスーパーマリオブラザーズのあの曲に乗せて、Super Saiyan(スーパーサイヤ人)とか「昇竜拳」といった単語が散りばめられたラップを披露している。

Hanumankind "Super Mario"



ベンガルールで英語ラップが盛んな理由を挙げるとすれば、
  1. 世界中から人々が集まり、英語が日常的に話されている国際都市であるということ
  2. ベンガルールが位置するカルナータカ州の言語であるカンナダ語は、インドの中では比較的話者数の少ない言語であるということ(カンナダ語の話者数は4,000万人を超えるが、それでもインドの人口の3.6%に過ぎず、最大言語ヒンディー語の5億人を超える話者数と比べると、かなりローカルな言語である)
  3. 他地域から移り住んできたラッパーも多く、彼らは自身の母語でラップしてもベンガルールで支持を受けることは難しく、またローカル言語のカンナダ語もラップできるほどのスキルも持ち合わせていないと思われること
という3点が考えられる。

もちろん、ここに紹介したラッパーの全員が常に英語ラップをしているわけではなく、Siriは"My Jam"のコーラスでカンナダ語を披露しているし(全曲カンナダ語の曲もリリースしている)、Brodha Vもカンナダ語やヒンディー語でラップすることがある。
またBig Dealはオディシャ出身者としての誇りから母語のオディア語を選んでラップすることもあり、史上初のオディア語ラッパーでもある。



さて、ここまで見てきたような英語ラップのシーンは、じつはベンガルールのヒップホップのごく一面でしかない。
話者数の比較的少ないローカル言語とはいえ、もちろんベンガルールにはカンナダ語のラッパーも存在している。
そして、どういうわけかその多くが、リリックをひたすらたたみかけるマシンガンラップを得意としているのだ。
例えばこんな感じ。


MC BIJJU "GUESS WHO'S BACK"


RAHUL DIT-O, S.I.D, MC BIJJU  "LIT"

カンナダ・マシンガンラップの代表格MC BIJJU、そして、この曲で共演しているRAHUL DIT-O、S.I.Dもこれでもかという勢いのマシンガン・ラップ。
冒頭の寸劇で、コマーシャルな曲をやれば金になるが、コンシャス・ラップをしてもほとんど稼ぎにならない現状が皮肉たっぷりに描かれているのも面白い。


ぐっとポップな雰囲気のこの曲でも、フロウは少し落ち着いているものの、どこかしら言葉を詰め込んだようなラップが目立つ。

EmmJee and Gubbi "Hongirana"

ラッパーはGubbi.
南インドの言語(カンナダ語、タミル語、テルグー語、マラヤーラム語)はアルファベット表記したときにひとつの単語がやたらと長くなる印象があるが、おそらくそうした言語の特質上、カンナダ語のラップはマシンガンラップ的なフロウになってしまうのだろう。


変わり種としては、ちょっとレゲエっぽいフロウと、絶妙に垢抜けないミュージックビデオが印象的なこんな曲もある。

Viraj Kannadiga ft.Ba55ck "Juice Kudithiya"

この曲はカンナダ語のレゲトンとして作られたようで、リリックの内容は「これは酒じゃなくてジュースだ」という意味らしい。
カンナダ語ラップといっても、ハードコアな印象のものから、ポップなもの、コミカルなものと多様なスタイルが存在している。


いわゆるストリート発信のヒップホップとは異なるが、北インドにおけるバングラー・ポップ的な、カンナダ語のエンターテインメント的ダンスミュージックというのも人気があるようだ。

Chandan Shetty "Party Freak"

この曲の再生回数が4,000万回だというから、やはりRAHUL DIT-O, S.I.D, MC BIJJUの"LIT"のミュージックビデオのように、インドじゅう(というか世界中)どこに行ってもコンシャスな内容のものよりコマーシャルなものが人気なのは変わらない。

今回紹介した英語ラップのシーンとカンナダ語ラップのシーンは、別に対立しているわけではなく、それぞれのラッパーが共演することもあるし、またラッパーが曲によって言語を使い分けることもある。
IT産業で急速に発展した国際都市という顔と、カルナータカ州の地方都市という2つの顔を持つベンガルールは、これからも面白いラッパーが登場しそうな要注目エリアである。





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goshimasayama18 at 20:14|PermalinkComments(0)

2020年10月01日

インドNo.1ビートメイカーSez on the Beatの怒りと誇り (ビートメイカーで聴くインドのヒップホップ その1)



インドのヒップホップシーンのビートメイカーを紹介する記事を書くとしたら、誰が書いても最初にこの男を紹介することになるだろう。
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決して長くはないインドのヒップホップの歴史のなかで、大きな存在感を放っているSez on the Beatは、ビートメイカーという裏方的なイメージとは正反対の男だ。
彼はときに、ソーシャルメディアを通して、ラッパー以上に饒舌に自らの主張を発信している。

昨年、ボリウッド初のヒップホップ映画『ガリーボーイ』がインドで盛り上がっていた頃、彼は怒りをあらわにしていた。

理由は、この映画の重要なシーンで使用されたインド・ヒップホップ史に燦然と輝く名曲"Mere Gully Mein"(原曲はDIVINEとNaezyによる)のクレジットに彼の名前が記載されていなかったということだ。

他の国では想像できないことだが、インドでは、長らく(そして今日に至るまで)ポピュラー・ミュージックと映画音楽はほぼ同義であり、そして映画音楽が紹介される場合、最も大きく表記されるのは曲名でも歌手名でもなく、映画のタイトルだった。
次に曲名や主演俳優の名前(彼らはほとんどの場合、曲に合わせて口パクをするだけなのだが)が続き、シンガーの名前はごく小さく表記されるのみで(劇中では表に出てこない彼らは「プレイバック・シンガー」と呼ばれる)、作曲家やプロデューサーの扱いはさらに小さい。
(ただし、A.R.ラフマーン・クラスのビッグネームになれば話は別)
そもそも、映画のための一要素として作られる映画音楽と、アーティストの作家性が重視されるヒップホップやインディーミュージックは全く構造が異なっているのだ。

結局、Sezの名前がクレジットに入れられることでこの騒動は一件落着となったのだが、映画賞を総ナメにした話題作の影で、ボリウッドが作品のテーマでもあるインディー文化に敬意を示さなかったことは、少しだけ心に引っかかっていた。
(念のため書いておくと、監督のゾーヤー・アクタルはもともとヒップホップの大ファンで、Naezyのパフォーマンスを見てこの映画を企画したというし、主演のランヴィール・シンもヒップホップへのリスペクトを公言している。言いたかったのは、この映画の製作陣への批判ではなく、ボリウッドの構造的な問題のことだ)

SezがインドNo.1ビートメイカーであることに疑いの余地は無いだろう。
彼は、インド産ストリートラップのオリジネイターであるDIVINEやNaezyの初期の作品で、独特のパーカッシブなビートを開発し、「ガリーラップ」の誕生に大きく貢献した。
それ以前にもインドにラップは存在していたが、インドに本物のヒップホップを普及させた最大の功労者をラッパー以外で挙げるとしたら、間違いなくSezの名が挙がるはずだ。
彼の功績を辿ってみよう。


まだSez on the Beatと名乗る前、Sajeel Kapoorは、PCでゲームをしたり音楽を聴いたりすることが好きな少年だった。
Sajeelは、15歳ときにVirtual DJというソフトと出会い、マッシュアップやリミックスを作り始めるようになる。

当時はTiesto, Skrillex, David GuettaといったEDMやトランス系のDJを好んでいたそうだ。
音楽で成功できなかったときのために、父の勧めでデリー大学に進み、コンピューター・サイエンスを修めたというから、優秀な学生でもあったのだろう。

もともとヒップホップは単調に思えて好きではなかったが、インドのヒップホップシーン黎明期の梁山泊とも言えるOrkut(ソーシャルメディア)上のコミュニティ'Insignia'との出会いにより、徐々にシーンに傾倒してゆく。
ちょうどSajeelがヒップホップに転向した頃、インド音楽とEDMを融合したNucleyaの音楽が注目を集るようになった。
当時、インドではヒップホップはまだまだアンダーグラウンドな存在である。
Indian Express紙のインタビューによると、彼はそのときに少しだけ後悔したと正直に話している。
EDMはヒップホップよりもビートメイカーに注目が集まるジャンルでもある。
彼の強烈な自尊心や名声へのこだわりは、こうした経験から生まれたものなのかもしれない。


彼はデリーのヒップホップシーンの中心だったコンノートプレイスのIndian Coffee Houseでたむろしながら、シーンの発展のために、そして自身の研鑽のために、ラッパーたちに無償でトラックを提供していた。
2010年頃のことだ。

大学卒業後、音楽マネジメント会社Only Much Louderで働きながら、アッサム州出身のビートメーカーとStunnahBeatzというユニットを組んで活動していたSezに、やがてチャンスが回ってくる。
ムンバイのラッパーDIVINEに提供した"Yeh Mera Bombay"が人気を集めたのだ。



続く"Mere Gully Mein"は、Sez自身はあまり気に入ったビートではなかったそうだが、DivineとNaezyがムンバイのストリートの空気感を濃厚に感じさせるラップを乗せると、刺激的な音楽を求める若者たちに大歓迎された。


Sezのビートは、Divineのワイルドなラップとも、Naezyの苛立ちを感じさせるフロウとも抜群の相性だった。
ヒンディー語で裏路地を意味する"Gully"という単語は、インドのヒップホップを象徴する言葉となり、ついには大スターを起用したボリウッド映画まで作られるほどになったのだ。(先述の『ガリーボーイ』のことだ)

だが、Sezはこの「ガリーラップ」の成功にとどまるつもりはなかった。
彼は一時代を築いたガリービートに早々に見切りをつけると、その後はメロウなチルホップ系のサウンドやトラップ的なビートを導入し、インドのヒップホップシーンの最先端を走り続けている。

とくに、デリーの先鋭的ヒップホップレーベルAzadi Recordsから2017年にリリースされたPrabh Deepのアルバム"Class-Sikh"は、ガリーラップ以降のインドのヒップホップを方向付ける作品として、非常に高い評価を受けている。


ターバンと髭という伝統的なシク教徒の装いにストリートファッションを合わせ、ムンバイとはまた異なるデリーのストリートの空気感を濃厚に漂わせたPrabh Deepのラップは、Sezのビートと化学反応を起こし、瞬く間にインドのヒップホップシーンの新しい顔となった。


Azadi Recordsは、イギリスで音楽ビジネスに関わっていたMo JoshiとジャーナリストのUday Kapurによって、当時設立されたばかりの新進レーベルだ。
インディペンデントな姿勢にこだわり、ときにラディカルな政治的主張もいとわないAzadi Recordsは、商業主義を排した本物のヒップホップレーベルとして時代の寵児となった。


このレーベルは、Sezの活躍の舞台としてもうってつけだった。
デリーの二人組、Seedhe Mautに提供したトラックでは、珍しくインド古典音楽っぽいリズムやサウンドを導入している。



彼がAzadi Recordsでプロデュースたのは、デリーのラッパーたちだけではない。
アルバム"Little Kid, Big Dreams"を共作したカシミール出身のAhmerは、Sezの緊張感のあるビートに乗せて、過酷すぎる故郷の生活をラップしている。

美しい自然と厳しい現実を綴ったリリックの対比が、痛切な印象を与えるミュージックビデオだ。

Azadi RecordsでSezが作り出した叙情性と不穏さが共存したビートは、ガリーラップ以降のインドのヒップホップシーンのトレンドを方向付けたと言っても過言ではないだろう。

時計の針を少し戻すと、ガリービート以降、こうしたサウンドに至る前のSezが作っていた、メロウでチルなサウンドも素晴らしかった。
バンガロールのSmokey the GhostとAzadi所属前のPrabh Deepが共演した"Only my Name"はLo-Fi/Jazzy Beat的なサウンドが印象的。


ムンバイのラッパーEnkoreに提供した"Fourever"も美しさが際立っている。



最近のSezはまたビートの幅を広げてきており、昨年10月にバンガロールのフィーメイル・ラッパーSiriがリリースした曲には、また違ったタイプのビートを提供している。

英語でない部分の言語はカルナータカ州の公用語であるカンナダ語。


ここまで彼のトラックを聴いてお気づきの通り、ある時期以降、Sezが手掛けたビートの冒頭には、必ず'Sez on the Beat, boy.'というサウンドロゴが入っている。
これは彼の強烈なプライドと自信を表しているものと見て間違いないだろう。


時は流れて2019年12月、Sezは再び、怒っていた。
彼がFacebookに投稿した長い文章(https://www.facebook.com/sezonthebeat/posts/2534967219919080)を要約してみよう。

「ずっと言いたかったことを言わせてくれ。ヒップホップについて書いている音楽ジャーナリストたち。お前らがプロデューサーにはほとんど言及しないのはどういうことだ?
俺たちだって、ラッパーと同じくらい一生懸命音楽に取り組んでいる。
ラッパーは確かに表紙を飾る存在かもしれないが、同じように音楽を作っているアーティストが、ラップをしないから、ストーリーを語らないからといって十分に注目されないってのは悲しいことだ。
"Class-Sikh", "Bayaan"(Seedhe Mautのアルバム), "Little Kid, Big Dreams"と、俺はAzadi Recordsで3つのビッグプロジェクトに関わってきた。いずれもシングルじゃなくてアルバムだ。
ビートを作り、録音して、プロジェクトを監督してきた。
唯一俺がしなかったのは、ラップしたり、ストーリーを語ったりすることだけだ。
ジャーナリストもレーベルも、プロデューサーが注目されないのは自分たちのせいじゃないと言うだろう。
こんな状況はおかしいと何度もレーベル内で話して、怒りを表してきたが、何も変わらなかった。
俺に対してこんな扱いだったら、もっと無名なプロデューサーは名前すら出してもらえないだろう。
俺はアーティストにも文句を言いたい。ファミリーだのブラザーだのいいながら、お前らはインタビューで仲間のことにはほとんど触れない。
リスナーたちにも少し苦言を呈させてもらう。俺が作ったトラックを聴いているリスナーのうち、アーティストと同様にプロデューサーも気にしてくれているのは半分以下だ。
俺はこんな状況は早く変わって欲しいし、もっと早く指摘するべきだった。
ヒップホップはコミュニティだ。
ラッパーだけのものでも、レーベルだけのものでもない。

P.S. 俺はもうAzadi Recordsの一員ではない。新しいチームを作ったんだ。」



なんと彼は、蜜月と思われていたAzadiとの関係に終止符を打ち、出てゆくことを宣言したのだ。
彼の怒りの源は、『ガリーボーイ』のときと同様に、サウンド面でヒップホップシーンに大きく貢献しながらも軽視されている状況に対してのものだった。
傍目には十分な評価と注目を得られているように見えていたが、シーンのど真ん中にいる彼には、また別の感じ方があったのかもしれない。

Azadi Recordsを離れたSezは、MVMNTという新しいレーベルを立ち上げ、引き続き精力的なリリースを続けている。
8月には多くのラッパーをゲストに迎え、EP"New Kids on the Block vol.1"をドロップした。
このThara MovesはLuckというラッパーとの共演。


この"Kahaani"では、EDM系プロデューサーのZaedenをシンガーとして迎えるという珍しいコラボレーションに取り組んでいる。

ラッパーはEnkore, Yungsta, Little Happu, Shayan.

ムンバイのEnkoreとSiege, デリー近郊のRebel7, Yungsta, Smokeをラッパーに迎えた"Goonj"のリリックでは、Azadi Recordsとの間に金銭トラブルもあったことを示唆しているようだ。



これに対してAzadi Records側は、ムンバイのTienasがリリースした"Fubu"で、'I made it without SezBeat, bitch'とラップし、決別を宣言した。


インドのヒップホップシーンを代表するレーベルとビートメイカーの、なんとも後味の悪い結末だが、Sezは自身のレーベルでクールなビートを作り続けており、またAzadi Recordsも新しいプロデューサーの起用で勢いづいているので(Prabh Deepはセルフプロデュースによる良作をリリースしている)、結果的にはこれで良かったのかもしれない。

いずれにしても、Sezがこれまでインドのヒップホップシーンに残してきた功績は疑う余地のないものだし、今後どんな進化を遂げるのか、非常に楽しみな存在でもある。
Sezの告発に影響を受けたわけではないが、インドには優れたラッパーだけでなく、注目に値するビートメイカーも大勢いるので、今後も折りを見てビートメイカー特集を続けてゆきたい。


参考サイト:
https://www.facebook.com/sezonthebeat/posts/2534967219919080

https://scroll.in/magazine/912400/the-release-of-gully-boy-is-a-bittersweet-moment-for-a-stalwart-of-indias-hip-hop-movement

https://loudest.in/2019/08/05/interview-sez-hip-hop/

http://www.thewildcity.com/news/16976-sez-on-the-beat-releases-first-single-goonj-after-parting-ways-with-azadi-records

https://ahummingheart.com/features/interviews/sez-on-the-beat-and-faizan-khan-building-community-with-the-mvmnt

https://indianexpress.com/article/express-sunday-eye/hip-hop-producer-west-delhi-ended-up-amplifying-the-voice-of-a-whole-new-generation-5388380/




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