SeedheMaut

2023年01月31日

Rolling Stone Indiaが選ぶ2022年のミュージックビデオTop10


1月も終わりかけの時期に去年の話をするのもバカみたいだが、毎年定点観測していることなので一応書いておくことにする。
この「Rolling Stone Indiaが選ぶその年のTop10」シリーズ、急成長が続くインドのインディー音楽シーンを反映したのか、2022年はベストシングルが22曲、ベストアルバムが15枚(アルバムの数え方は今も「枚」でいいのか)も選ばれていたのだが、今回お届けするミュージックビデオ編はきっちり10作品だった。
単に選者が適当なのか、それともそこまで名作が多くなかったのか。(元記事

10作全部チェックするヒマな人もあんまりいないと思うので、そうだな、3曲挙げるとしたら、音的にも映像的にも、6位と3位と2位がオススメかと思います。
それではさっそく10位から見てみましょう。



10. Disco Puppet "Speak Low"



ベンガルールのドラマーでシンガーソングライターのShoumik Biswasによるプロジェクト。
かつては前衛的な電子音楽だったが、気がついたらアコースティックな弾き語り風の音楽になっていた。
インドではローバジェットなアニメのミュージックビデオが多いが、影絵風というのはこれまでありそうでなかった。
音も映像も後半で不思議な展開を見せる。
映像もDisco PuppetことShoumikの手によるもの。
多才な人だな。



9. Rono "Lost & Lonely"


ムンバイのシンガーソングライターによる、日常を描いたリラクシングな作品。
なんかこういう自室で踊り狂うミュージックビデオは、洋楽や邦楽で何度か見たことがあるような気がする。



8. Aarifah "Now She Knows"


ベストシングル部門でも11位にランクインしていたムンバイのシンガーソングライター。
これまた日常や自然の中でのどうってことのない映像。
インドはこの手の「ワンランク上の日常」みたいな作風が多いような気がするが、よく考えたら日本を含めてどこの国でもそんなものかもしれない。



7. Parekh & Singh


コルカタが誇るドリームポップデュオのSNSをテーマにしたミュージックビデオ。
ウェス・アンダーソン趣味丸出しだった以前ほど手が込んだ作品ではないが、それでも色調の美しさは相変わらず。



6. Kanishk Seth, Kavita Seth & Jave Bashir "Saacha Sahib"


いかにもインド的な「悟り」を表現したようなモノクロームのアニメーションが美しい。
Rolling Stone Indiaの記事によると「グルーヴィーなエレクトロニック・フュージョン」とのこと。
インド的なヴォーカルの歌い回し、音使いと抑制されたグルーヴの組み合わせが面白い(と思っていたら終盤に怒涛の展開)。
クレジットによると、歌われているのは15〜16世紀の宗教家カビール(カーストを否定し、イスラームやヒンドゥーといった宗教の差異を超えて信仰の本質を希求した)による詩だそうだ。
都市部の若者の「インド観」に、欧米目線のスピリチュアリズムっぽいものが多分に含まれていることを感じさせる作品でもある。



5. Serpents of Pakhangba "Pathoibi"


インド北東部のミャンマーに程近い場所に位置するマニプル州のメイテイ族の文化を前面に打ち出したフォーク/アヴァンギャルド・メタルバンド(活動拠点はムンバイ)。
少数民族の伝統音楽の素朴さとヘヴィな音圧の融合が、呪術的な雰囲気を醸し出している。
ミュージックビデオのテーマは呪術というよりも社会問題としての児童虐待?
後半のヴォーカルにびっくりする。



4. Ritviz "Aaj Na"


インド的EDM(勝手に印DMと命名)の代表的アーティスト、Ritvizが2022年にリリースしたアルバムMimmiからの1曲。
テーマはメンタルヘルスとのことで、心の問題を乗り越える親子の絆が描かれている。
アルバムにはKaran Kanchanとの共作曲も含まれている。



3. Seedhe Maut x Sez on the Beat "Maina"


Seedhe Mautが久しぶりにSez on the Beatと共作したアルバムNayaabの収録曲。
インドNo.1ビートメーカー(と私が思っている)、Sezの繊細なビートが素晴らしい。
これまで攻撃的でテクニカルなラップのスキルを見せつけることが多かったSeedhe Mautにとっても新境地を開拓した作品。
ミュージックビデオのストーリーも美しく、タイトルの意味は「九官鳥」。
昨年急逝された麻田豊先生(インドの言語が分からない私にいつもいろいろ教えてくれた)に歌詞の意味を教えてもらったのも、個人的には忘れ難い思い出だ。



2. F16s "Sucks To Be Human"



チェンナイを拠点に活動するロックバンドのポップな作品で、宇宙空間でメンバーが踊る映像が面白い。
どこかで見たことがあるような感じがしないでもないが、年間トップ10なんだから全作品これくらいのクオリティが欲しいよな。
ミュージックビデオの制作は、いつも印象的な作品を作るふざけた名前の映像作家、Lendrick Kumar.



1. Sahirah (feat. NEMY) "Juicy"


ムンバイを拠点に活動するシンガーソングライターの、これまたオシャレな日常系の作品。
ラップになったところでアニメーションになるのが若干目新しい気がしないでもないが、このミュージックビデオが本当に2022年の年間ベストでいいんだろうか。
そこまで特別な作品であるようには思えないのだが…。
印象的なアニメーションは、以前F16sの作品なども手がけたDeepti Sharmaによるもの。


というわけで、全10作品を見てみました。
毎年ここにランキングされている作品を見ると、「上質な日常系」「現代感覚の伝統フュージョン系」「ポップな色彩のアニメーション系」といった大まかな系統に分けられることに気づく。
インドのインディー音楽シーンが急速に拡大すると同時に、少なくとも映像においては、その表現様式が類型化するという傾向も出てきているようだ。
もはやインディー音楽もミュージックビデオも、「インドにしてはレベルが高い」という評価をありがたがる時代はとっくに過ぎている。
この壁を突き破る作品が出てくるのか、といった部分が今後の注目ポイントだろう。




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goshimasayama18 at 19:07|PermalinkComments(0)

2022年12月27日

2022年度版 軽刈田 凡平's インドのインディー音楽top10

このブログを書き始めてあっという間に5年の月日が流れた。
始めた頃、どうせ読んでくれる人は数えるほどだろうから、せめて印象に残る名前にしよう思って「かるかった・ぼんべい」と名乗ってみたのだが、どういうわけかまあまあ上手く行ってしまい、この5年の間に雑誌に寄稿させてもらったり、ラジオで喋らせてもらったり、あろうことか本職の研究者の方々の集まりに呼んでいただいたりと、想像以上に注目してもらうことができた。
みなさん本当にありがとうございます。
こんなことになるなら、もうちょっとちゃんとした名前を付けておけばよかった。

「飽きたらやめればいいや」という始めた頃のいい加減な気持ちは今もまったく変わらないものの、幸いにもインドの音楽シーンは面白くなる一方で、まったくやめられそうにない。
これからも自分が面白いと思ったものを自分なりに書いていきますんで、よろしくお願いします。
というわけで、今年も去りゆく1年を振り返りつつ、今年のインドのインディー音楽界で印象に残った作品や出来事を、10個選ばせてもらいました。



Bloodywood (フジロック・フェスティバル出演)

日本におけるインド音楽の分野での今年最大のトピックは、フジロックフェスティバルでのBloodywoodの来日公演だろう。
朝イチという決して恵まれていない出演順だったにもかかわらず、彼らは一瞬でフジロックのオーディエンスを虜にした。
映像では彼らの熱烈なファンが大勢詰めかけているように見えるが、おそらく観客のほとんどは、それまでBloodywoodの音楽を一度も聴いたことがなかったはずだ。
現地にいた人の話によると、ステージが始まった頃にはまばらだった観客が、彼らの演奏でみるみるうちに膨らんでいったという。
これはメタル系のオーディエンスが決して多くはないフジロックでは極めて異例のことだ。
Bloodywoodは一瞬だが日本のTwitterのトレンドの1位にまでなり、おかげで私のブログで彼らを紹介した記事も、ずいぶん読んでもらえた。
(もうちょっとちゃんと書いとけばよかった)

メタル・ミーツ・バングラーという、意外だけど激しくてキャッチャーでチャーミングなスタイルは、日本のリスナーに音楽版『バーフバリ』みたいなインパクトを与えたものと思う。
日本だけではない。
BloodywoodのSNSを見ると、彼らがメタル系のフェスを中心に、その後も世界各地を荒らし続けている様子が見てとれる。
一方で、いまやセンスの良いインド系アーティストがいくらでもいる中で、ステレオタイプ的な見せ方を意図的に行った彼らが最も注目を集めているという事実は、現時点での世界の音楽シーンの中での南アジアのアーティストの限界点を示しているとも言えるだろう。


Sidhu Moose Wala 死去

去年まで、この年末のランキングはその年にリリースされた作品のみを対象としてきたのだが、今年はシーンに大きなインパクトを与えた「出来事」も入れることとした。
その大きな理由となったのが、あまりにも衝撃的だった5月のSidhu Moose Wala射殺事件だ。
バングラーラップにリアルなギャングスタ的要素を導入し、絶大な人気を誇っていたSidhuは、演出ではなく実際にギャングと関わるリアルすぎるギャングスタ・ラッパーだった。
彼はインドとカナダを股にかけて暗躍するパンジャーブ系ギャングの抗争に巻き込まれ、28歳の若さでその命を落とした。
音楽的には、バングラーに本格的なヒップホップビートを導入したスタイルでパンジャービー・ラップシーンをリードした第一人者でもあった。
彼の音楽、死、そして生き様は、今後もインドの音楽シーンで永遠に語りつがれてゆくだろう。
彼が憧れて続けていた2Pacのように。





Prateek Kuhad "The Way That Lovers Do"(アルバム)

インド随一のメロディーメイカー、Prateek Kuhadがアメリカの名門レーベルElektraからリリースした全編英語のアルバム(EP?)、"The Way That Lovers Do"は、派手さこそないものの、全編叙情的なムードに満ちた素晴らしいアルバムだった。


彼が敬愛するというエリオット・スミスを彷彿させる今作は、インドのシンガーソングライターの実力を見せつけるに十分だった。
彼のメロディーセンスの良さは群を抜いており、贔屓目で見るつもりはないが、このままだと彼が作品をリリースするたびに、毎年このTop10に選ぶことになってしまうんじゃないかと思うと悩ましい。
リリース後にヨーロッパやアメリカ各地を回るツアーを行うなど、インドのアーティストにしてはグローバルな活躍をしているPrateekだが、観客はインド系の移住者が中心のようで、彼がその才能に見合った評価を受けているとはまだまだ言えない。
要は、私はそれだけ彼に期待しているのだ。

すでに何度も紹介しているが、彼のヒンディー語の楽曲も、言語の壁を超えて素晴らしいことを書き添えておく。




MC STAN "Insaan"(アルバム)他

このアルバムが出たのはもうずいぶん昔のことのように思えるが、リリースは今年の2月だった。
もともとマンブルラップ的なスタイルだったMC STΔNだが、この作品ではオートチューンをこれでもかと言うほど導入して、インドにおけるエモラップのあり方を完成させた。
マチズモ的な傾向が強いインドのヒップホップシーンでは異色の作品だ。
彼の他にも同様のスタイルを取り入れていたラッパーはいたが、彼ほどサマになっていたのは一人もいなかった。
「弱々しいほどに痩せたカッコイイ不良」という、インドでは不可能とも思われたアンチヒーロー像を確立させたというだけでも、彼の功績はシーンに名を残すにふさわしい。
最近では、リアリティーショー番組のBigg Bossに出演するなど、活躍の場をますます広げている。
今インドでもっとも勢いのあるラッパーである。



Emiway Bantai "8 Saal"(アルバム)他


インドでもっとも勢いのあるラッパーがMC STΔNだとしたら、人気と実力の面でインドNo.1ラッパーと呼べるのがEmiway Bantaiだろう。
今年も彼はアルバム"8 Saal"をはじめとする数多くの楽曲をリリースした。
アグレッシブなディス・トラック(今年もデリーのKR$NAとのビーフは継続中)、ルーツ回帰のストリート・ラップ、チャラいパーティーソング、lo-fiなど、Emiwayはヒップホップのあらゆるスタイルに取り組んでいて、それが全てサマになっている。
かと思えば、インドのヒップホップ史を振り返って、各地のラッパーたちをたたえるツイートをしてみたりもしていて、Emiwayはもはやかつての誰彼構わず噛み付くバッドボーイのイメージを完全に脱却して、大御所の風格すら漂わせている。
『ガリーボーイ』にチョイ役(若手の有望株という位置付け)でカメオ出演していたのがほんの4年前とは思えない化けっぷりだ。
もはや彼は『ガリーボーイ』のモデルとなったNaezyとDIVINEを、人気でも実力でも完全に凌駕した。




Seedhe Maut, Sez on the Beat "Nayaab"(アルバム)

昨年も選出したSeedhe Mautを今年も入れるかどうか悩んだのだが、インドNo.1ビートメーカーのSe on the Beatと組んだこのアルバムを、やはり選ばずにはいられなかった。

セルフプロデュースによる昨年の『न』(Na)が、ラッパーとしてのリズム面での卓越性を見せつけた作品だとしたら、今作は音響面を含めた叙情的なアプローチを評価すべき作品だ。
Seedhe Mautというよりも、Sezの力量をこそ評価すべき作品かもしれない。
インドのヒップホップをサウンドの面で革新し続けているのは、間違いなくSezとPrabh Deep(後述の理由により今年は選外)だろう。
インドのヒップホップは、2022年もひたすら豊作だった。


Yashraj "Takiya Kalaam"(EP)


悩みに悩んだこのTop10に、またラッパーを選んでしまった。
ここまでに選出したSidhu Moose Wala, MC STΔN、Emiway Bantai, Seedhe Maut&Sezに関しては、インドのヒップホップファンにとってもまず納得のセレクトだと思うが、この作品に関しては、インド国内でどのような評価及びセールスなのか今ひとつわからない。
YouTubeの再生回数でいうと、他のラッパーたちの楽曲が数百万から数千万回なのに比べて、この"Doob Raha"はたったの45,000回に満たない(2022年12月16日現在)。

だが、過去のUSヒップホップの遺産を存分に引用したインド的ブーンバップのひとつの到達点とも言えるこの作品を、無視するわけにはいかなかった。
自分の世代的なものもあるのかもしれないが、単純に彼のラップもサウンドも、ものすごく好きだ。
若干22歳の彼がこのサウンドを堂々と作り上げたことに、インドのヒップホップシーンの成熟を改めて実感した。


Parekh & Singh "The Night is Clear"(アルバム)


インドのインディーポップシーンでも群を抜くセンスの良さを誇るParekh & Singhのニューアルバムは、その格の違いを見せつけるに足るものだった。
イギリスの名門インディーレーベルPeacdfrogに所属し、日本では高橋幸宏からプッシュされている彼らは、もはや「インドのアーティスト」というくくりで考えるべき段階を超えているのかもしれない。
Prateek KuhadやEasy Wanderlingsら、多士済々のインディーポップ勢のなかで、国際的な評価では頭ひとつ抜けている彼らが今後どんな活躍を見せるのか、ますます目が離せなくなりそうだ。



Blu Attic


ド派手なEDMが多いインドの電子音楽シーンの中で、Blu Atticが示した硬質なテクノと古典声楽との融合は、Ritvizらによるインド的EDM(いわゆる印DM)とも違う、懐かしくて新鮮な方法論だった。
どちらかというと地味な音楽性だからか、このデリー出身の若手アーティストへの注目は、インド国内では必ずしも高くはないようだが、だからこそ当ブログではきちんと評価してゆきたい。
彼がYouTubeで公開している古いボリウッド曲のリミックスもなかなかセンスが良い。
インドのアーティストは、古典音楽と現代音楽を、躊躇なく融合してかっこいい音を作るのが得意だが、Blu Atticによってそのことをあらためて思い知らされた。




Dohnraj 


インドのインディー音楽シーンが急速に盛り上がりを見せたのは2010年台以降になってからだが、それはすなわち、あらゆる年代のポピュラー音楽を、インターネットを通して自在に聴くことができる時代になってからシーンが発展したことを意味している。
まだ若いシーンにもかかわらず、インドにはさまざまな時代の音楽スタイルで活動するアーティストが存在しているが、このDohnrajは80年代のUKロックのサウンドをほぼ忠実に再現している、驚くべきスタイルのアーティストだ。
気になる点は彼のオリジナリティだが、あらゆる音楽が先人の遺産の上に築かれていることを考えれば、インドで80年代のUKサウンドを再現するという試み自体が、むしろ非常にオリジナルな表現方法でもあるように思う。
彼の音楽遍歴(以下の記事リンク参照)を含めてグッとくるものがあった。
インドのシーンの拡大と深化をあらためて感じさせてくれる作品だった。





というわけで、今年の10作品を選出してみました。

気がつけばヒップホップが5作品(というか、5話題)。
ヒップホップを中心に選ぶつもりはなかったのだけど、インドのヒップホップは今年も名作揃いで、他にもPrabh Deepの"Bhram"(これまでの作風から大きく変わったわけではないので今年は選出しなかった)や、Karan KanchanがRed Bull 64 Barsで見せた仕事っぷりも素晴らしかった。

やはりインドのシーンのもっともクリエイティブな部分はヒップホップにこそあるような気がしてならないが、とんでもなく広く、才能にあふれたインドのシーンのこと、来年の今頃は、「やっぱりロックだ」とか「エレクトロニックだ」とか言っているかもしれない。

今年はありがたいことに、仕事のご依頼をいただくことも多く、本業(?)のブログが滞り気味なことが多かったですが、来年もこれまで同様続けて参ります。

今後ともよろしくです。




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goshimasayama18 at 00:09|PermalinkComments(0)

2022年06月19日

デリーを代表するラッパーとビートメーカー Seedhe MautとSez on the Beatが再タッグでアルバムをリリース!




昨年インドのヒップホップ史に残る傑作アルバム『न』(Na)をリリースしたデリーのラップデュオSeedhe Mautが、先月早くもニューアルバムをリリースした。
しかも今回では、2年前にAzadi Records(デリーを、いやインドを代表するヒップホップレーベル)と袂を分かった名ビートメーカー、Sez on the Beatと全曲で再びコラボレーションしているというから驚いた。




Sezとは前作でも1曲で共演していたので、完全に縁が切れたわけではないとは思っていたが、Azadi Recordsからの脱退は待遇をめぐっての後味の悪いものだったみたいだし、Azadi側もTienasがSezへの痛烈なdisを表明するなど、かなり関係がこじれていたようだった(詳細は上記のリンク参照)から、今作がAzadiからのリリースと聞いて、本当にびっくりした。
Sezは脱退後、MVMNTというレーベルを作って順調に楽曲をリリースしていたし、Sezも自身のプロデュースで唯一無二の世界観を表現したアルバムを出したばかりだったから、彼らの再タッグはまったく予想していなかったのだ。

ニューアルバム"Nayaab"のアートワークは、ストリート色の強かった前作とはうって変わって、寓話的で神秘的なものになっていて、ここからも、この作品がSeedhe Mautにとってまた新しい扉を開いたものであることが分かる。

seedhemaut_nayaab

手前の人物がさしている傘には、首都デリーの地図の形をした穴が開いていて、そこから光がさしている。
これはこのアルバムの社会性を表すとともに、「暗闇の中での気づき」を象徴していると書いているメディアもある。
ヒンディー語のリリックが分からないのが残念だが、今作でも政治的・社会的なテーマを含んだ内容がラップされているようだ。

サウンド面では、パーカッシブなビートとラップの応酬だった前作とはまったく異なり、よりメロディが強調され、ときにアンビエント的なビートやドラマチックな構成が目立つ作風へと大きく舵を切っている。
Seedhe MautとSezは2018年のアルバム"Bayaan"でも共演しているのだが、その時からの成長やスタイルの変化に注目して聴いてみるのも面白いだろう。

新作を聴く前に、前作をもう1回おさらいしてみよう。
これが昨年リリースされた『न』(Na)の1曲め、"Namastute".


トラップビートとラップ、めくるめくリズムの応酬。
『न』(Na)は一枚通してそのスリリングさが楽しめるアルバムだった。
それが、今作"Nayaab"の冒頭を飾るタイトルトラックではこうなる。


たたみかけるようなラップは鳴りをひそめて、穏やかな語りから滑らかにリズムが始まり、ドラマティックなストリングスで締められるこの曲は、SezのリリシズムとSeedhe Mautの二人の表現力が、新たな傑作を生み出したことを感じさせるものだ。

新作の世界観をもっとも端的に表している曲は、この"Maina"だろう。


この曲で歌声を披露しているのは、Seedhe Mautの一人Abhijay Negi a.k.a. Encore.
いつもの苛立ちを含んだラップとは全く異なる、こんな美しい歌も歌えるのかと軽い衝撃を覚えた。
ミュージックビデオの滑稽で悲しく、そして優しいストーリーも素晴らしい。

こちらの"Teen Dost"では、もう一人のラッパーであるSiddhant Sharma a.k.a. Calmがメロディアスなフロウを披露している。


鬼気迫るテクニカルなラップの印象が強かったSeedhe Mautの2人が、Sezの世界観に合わせてここまで叙情的なアルバムを作るとは、いい意味で完全に予想を裏切られた。

もちろん今作でも、例えばこの"Toh Kya"のように、トラップ的なビートに乗せてSeedhe Mautが切れ味鋭いラップを披露している曲もあるのだが、そこにもやはりSezの美学が感じられるサウンドとなっている。



この"Batti"は、Sez, Seedhe Mautに加えてデリーの鬼才ラッパー Prabh Deepと共演した"Class-Sikh Maut Vol.II"以来のタブラを導入したビートが強烈だ。



リリックが分からないという前提をことわったうえでの話となるが、今作でもっとも社会性が高く、そして個人的でもある楽曲が、この"GODKODE"だろう。


この曲に関しては、少々解説が必要だ。
昨年5月、デリーを拠点に活動するMC Kodeというラッパーが、自殺をほのめかす言葉をinstagramに残して消息を絶った。
失踪する少し前、彼が2016年に行われたラップバトルでヒンドゥー教を口汚く罵っていた映像が発掘され、インターネット上で拡散されていたのだ。
動画の中で、彼はここに書くことすら憚られるような言葉で、性的な表現を交えて、ヒンドゥーの聖典マハーバーラタやバガヴァット・ギーターを侮辱していた。
この動画は当然ながら多くのヒンドゥー教徒の怒りを買い、彼は個人情報を晒され、殺害予告を受けるなど悪質な脅迫を受けることになった。

彼はただちにインターネット上で謝罪と後悔を表明したが、彼への中傷は止まなかった。
そして「自分以外の誰を責めるつもりもない。俺の存在から解放されることが、この国全体が罰として望んでいることなんだろう」という言葉を残して姿を消したのだ。
捜索の結果、彼は数週間後に別の州にいたところを無事発見されたのだが、彼が完全に精神を病んでいたのは明白だった。

インドの文化にリスペクトを持つ外国人の我々の目から見れば、彼の宗教へのディスは完全に一線を超えているし、人々が生きるよりどころにしている信仰を侮辱したのであれば、度を超えた非難を受けて当然だとも思える。
ヒップホップコミュニティではタブーに踏み込んだディスが日常茶飯事とはいえ、そのカルチャーを知らない大多数のヒンドゥー教徒たちにとっては、彼の言動はとうてい容認できるものではないはずだ。
欧米文化にかぶれた不道徳な若者が、自分たちが大事にしている伝統を口汚く罵ったのだから、相応の怒りを買うのはあたりまえだ。

だが同時に、インド社会に生きるラッパーであり、MC Kodeの友人でもあったSeedhe Mautにとっては、また別の見方や感じ方があるということも理解できる。
近年インドでは、ヒンドゥー教社会の右傾化が強まっており、マイノリティであるイスラームへ圧力や保守的な価値観が強化されつつある。
現政権与党であるインド人民党(BJP)も、ヒンドゥー・ナショナリズム的な思想を強く指摘されている政党だ。
ナショナリズムと宗教が結びついた時、仮にそれがインドの人口の8割を占めるヒンドゥー教徒の大部分にとっては歓迎できる(あるいは、少なくとも実害のない)ものであったとしても、インドが本来持っていた宗教や文化の多様性という観点から見たときにはどうだろうか。
本質的に自由を標榜するカウンターカルチャーであるヒップホップを信奉する彼らにとってみれば、これは決して無視できない状況のはずだ。
そこに来て、今回のMC Kodeへのバッシングである。
ラップにおけるビーフでは、どんなに口汚く罵ってもそれはあくまで言葉の上でのことなのに、本来は心の平安を与えるはずの宗教が、5年も前の動画を引っ張り出してきて、謝罪と反省を表明しているにもかかわらず、精神が崩壊するまで追い詰めているのだ。
その現実に、Seedhe MautとSezが少なからぬ疑問と怒りを感じるのも理解できる。
リリックの詳細が分からないのがもどかしいが、Seedhe MautとSezは、この曲で明確にMC Kodeの側に立つことを表明しているそうだ。
リリックビデオに出てくる「51」という数字は、MC Kodeを支え続けた熱心なファンの数であり、彼らもともにいるという意味なのだろう。
楽曲の後半では、彼らが所有していたというMC Kodeが語っている音声が使われている。

インドの伝統と欧米から来た新しい文化は、その化学反応から素晴らしいフュージョン作品を生み出すこともあるが、今回の例のように、その摩擦から悲痛な断末魔を生み出すこともある。
だが、その断末魔のなかからも、こうしたインドのリアルを映し出す作品を作り出してしまうということに、彼らのヒップホップアーティストとしての覚悟の大きさが感じられる、

ちなみに本名を見る限り、MC Kode自身もヒンドゥーの家庭に生まれているようだ(もちろん彼は信仰心が篤いタイプではないのだろうが)。
もし彼がムスリムだったら、彼への非難はこの程度では到底おさまらなかっただろう。


と、今回は彼らの楽曲の背景も詳しく紹介させてもらったが、お聴きいただいて分かる通り、このアルバムは、言葉の意味をもって補完しなければ鑑賞に値しない音楽ではまったくない。
ヒップホップにおけるリリックを軽視するつもりはないが、優れたラップのアルバムが全てそうであるように、言葉とビートの音とリズム(そして今作ではメロディー)だけでも、十分に楽しむことができる作品だ。

長くなったが、インドのヒップホップシーンにまたひとつ名盤が誕生した。
こうした優れた作品が、日本でも、多くの人に聴かれることを願ってやまない。


参考サイト:
https://theindianmusicdiaries.com/10-things-you-did-not-know-about-seedhe-mauts-nayaab

https://ahummingheart.com/reviews/nayaab-by-seedhe-maut/

https://livewire.thewire.in/out-and-about/music/the-disappearance-of-rapper-mc-kode-the-story-so-far/

https://www.freepressjournal.in/viral/rapper-mc-kode-under-fire-for-abusing-hinduism-in-old-rap-battle-video-issues-apology

https://www.reddit.com/r/IndianHipHopHeads/comments/uytt9w/godkode_51/





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2022年04月18日

インドに音楽フェスが帰ってきた!

春の訪れとともに、インドに音楽フェスが帰ってきた。

思えば二年前の今頃、インドは新型コロナウイルスによるロックダウンの真っ最中だった。
長かったコロナ禍は昨年5月ごろにピークに達し、多くの人が亡くなった。
とくにデリーの状況は深刻で、現地に家族が暮らしているインド人の知人も、何人もの親類を失ったと嘆いていた。

そして2022年、春。
世界はまだまだ新型コロナウイルスを克服したとは言えないが、それでもインドに音楽フェスが戻ってきた。
2022年3月2日にインド政府が新型コロナウイルス流行にともなう規制を全面的に撤廃。
春の訪れを告げる「色彩の祭」ホーリーでは、コロナ禍前から近年の定番となっているEDMに合わせて色のついた粉をぶっかけあうスタイルのフェスティバルがいくつも開催された。
その中でもっとも華やかだったのが、インド系アメリカ人のEDM界のスーパースター、KSHMRを招聘してバンガロール、デリー、ゴア、プネーの4都市で行われたSunburn Festivalだろう。



(2022年4月24日追記。Sunburn Holiのオフィシャル・アフタームービーがYouTubeにアップされたので貼っておく。この映像ではKSHMRがインド人シンガーArmaan MalikとK-PopシンガーのErik Namと共作した"Echo"が使われている)




ワクチン接種や健康状態の確認など、一応の感染防止対策は行われていたようだが、会場の様子は完全にコロナ前同様!

ゴアのステージには、3月にリリースした"Lion Heart"でコラボレーションしたDIVINEとの共演も実現して、大いに盛り上がったようだ。




そして、都市巡回型フェスティバルNH7 WEEKENDERも、この春から各地で再開。
プネー、ゴア、ハイデラーバード、ジャイプル、ベンガルール、チャンディーガル、チェンナイ、シロン、グワハティ、コルカタ、ムンバイの各地で久しぶりの音楽フェスが行なわれた(いくつかの会場は、これからの開催)。

下の動画は、プネー会場のアフタームービー。




こちらもすっげえ楽しそう。
出演は、Prateek Kuhad, Raja Kumari, Ritviz, Seedhe Maut, When Chai Met Toast, Kayan, Lifafaら、インドのインディーズ・シーンを代表するアーティストたち。
このNH7 Weekenderは、コロナ禍前なら海外のビッグネームも招聘されていたフェスだが、昨今の状況から、今年は2021年の日本のフジロック同様、国内のアーティストのみで開催された。
やむを得ない事情とはいえ、インドでも国内のインディーズ系アクトだけでこの規模のフェスが開催できるようになったと思うと感慨深いものがある。
(インドにおける「インディペンデント」の定義は難しいが、ひとまずは映画音楽を主戦場にしていないという意味に捉えてほしい)

2日間にわたって開催されたプネー会場は5つのステージで構成され、うち1つはコメディアンが出演するステージなので、音楽系は4つ。
両日ともトリの時間帯には2つのステージが同時並行で行われ、初日のトリはシンガーソングライターのPrateek KuhadとデリーのラップデュオSeedhe Maut, 2日目のトリは「印DM」のRitvizとシンガーのAnkur Tewari(彼だけはボリウッドでの活躍も目立つアーティストだが)が努めた。



初日のトリのPrateek Kuhadはオーディエンスも大合唱。
映画音楽じゃない歌でここまで盛り上がっているインド人を見るのは意外かもしれないが、インドの音楽マーケットは確実に新しい時代に突入しつつあることを感じさせられる。
ケーララのフォークポップバンド、When Chai Met Toastのステージも大いに盛り上がっている



渋いところでは、ムンバイMahindra Blues Festivalも今年は国内のアーティストのみで開催。
かつてはバディ・ガイやジョス・ストーンらのビッグネームが出演したこのフェスも今年は国内勢のみでの開催で、メガラヤ州シロンのSoulmateやコルカタのArinjoy Sarkarらがインドのブルース・シーンの底力を見せつけた。


インドのブルースシーンについては、この記事で詳しく紹介している。



最近のインドのいろいろな映像を見る限り、フェスだけでなく、コロナ前の日常が完全に戻ってきているようだ。
日本みたいにまだまだマスクをして気を遣いながら生活をするのが正しいのか、それともインドみたいに割り切って何事もなかったように暮らすのが正解なのか、絶対的な答えは誰にも出すことができないが、二年前の状況を思うと、インドの人たちがここまで思いっきり楽しめるようになったということになんだかぐっと来てしまう。

命を大事に、というが、英語のLifeは命だけじゃなくて人生や生活という意味もある。
感染防止ばかりに気を取られて、生活を楽しむことや一度きりの人生の貴重な時間を無為に過ごすのも考えものだと思う。
(ところで、インドの諸言語だと命と人生と生命は同じ言葉なのだろうか、違うのだろうか)
ここまで振り切って楽しむことができるインド人が正直ちょっとうらやましく思えてしまうのは私だけではないだろう。 

ああー、余計なこと考えずに、音楽を思いっきり楽しみてえなあー。


インドの音楽フェス事情はこちらの記事もご参照ください。








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goshimasayama18 at 21:36|PermalinkComments(0)

2022年04月16日

アトロク出演!「インドのヒップホップ スタイルウォーズ」

先日4月13日(水)に、TBSラジオの「アフター6ジャンクション」こと通称アトロクに出演してきました。
今回のテーマは「インド・ヒップホップのスタイルウォーズ」。
こんな日本国内で興味を持っているのはほぼ自分一人なんじゃないか、みたいな内容を特集してくれて、公共の電波に乗せてしゃべらせてもらえるっていうのはもう本当にありがたい限りです。

 アトロクに声をかけていただいたのは昨年6月の「ボリウッドだけじゃない!今、世界で一番面白いのはインドポップスだ!」特集に続いて二度目。
今回も8時台の「ビヨンド・ザ・カルチャー」のコーナーで、たっぷりと語らせてもらいました。
それにしても、自分みたいなヒップホップの知識の薄くて浅い人間が、あの宇多丸さんの前でヒップホップを語るっていうのは毎度冷や汗が出る。

個人的には、宇多丸さんが「普通にかっこいい曲が多かった」と言ってくれたのが感慨無量でした。
「インドのヒップホップ」っていうと、イロモノ的音楽ジャンル、あるいは社会学or文化人類学的案件(アメリカの黒人文化が南アジアでどう受容/実践されているか的な)として扱われがちななかで、日本におけるヒップホップカルチャーの生き字引的な宇多丸さんに「音楽として」という部分で評価してもらえたというのは、紹介者としてめちゃくちゃうれしかった。

というわけで、今回は、BGMとして流れた曲も含めて、番組では分からなかった面白い&かっこいいミュージックビデオ(曲によるが)とともに改めて紹介。
カッコ良かったり、インド的クールネスに溢れていたりする楽曲とミュージックビデオの世界観を楽しんでもらえたらと思います。


MC STAN "Insaan"

インドのヒップホップ新世代を代表するラッパー。
この「弱々しさ」をかっこよさとして見せる感覚はインドでは完全に新しい。
SFなんだかファンタジーなんだかわからないこの感覚も、わかりやすいヒップホップが多かったインドでは斬新すぎるくらい斬新。
ちなみにタイトルの意味は「人間」とのこと。


MC STAN "How To Hate"

アトロクではBGMとしてかかった曲。
トラックも自ら手掛けるMC STANの最新アルバム"INSAAN"は全曲オートチューンがかかった現代的ヒップホップ 。
まさにふつうに「今」だし、かっこいい。


Punjabi MC (Ft. Jay-Z) "Beware of Boys (Mundian To Bach Ke)"

全てはここから始まった。
インド系イギリス人のPanjabi MCは、自らのルーツであるパンジャーブ州の伝統音楽バングラーをヒップホップ的に解釈したこの曲で1998年に一発屋的にブレイク。
一時期世界的に流行したバングラー・ビートは、インドに逆輸入されて、今日に至るまで売れ続けているパーティー系ラップミュージックの基礎となった。
2003年にはJay-Zがリミックスしたこのバージョンはバングラーブームの世界的到達点だった。


Seedhe Maut Feat. MC STAN "Nanchaku"

この曲もBGMとしてかかった曲で、とくに紹介しなかったけど、トラップを取り入れた新感覚インド・ヒップホップを象徴する名曲。(これまた普通にかっこいい)
世界中のラッパーが取り入れている三連を基調にしたフロウをヒンディー語のラップに導入。
インドのヒップホップシーンの中で、言葉をラップに乗せる技法が猛烈な勢いで進化していることを感じる。
Seedhe Mautはデリーのラップデュオ。
歯切れの良い二人のラップと、フィーチャー参加のMC STANとのマンブルラップ的スタイルの違いも楽しめる(どっちもスキル高い)。


Badshah, Aastha Gill "Abhi Toh Party Shuru Hui Hai"

インドでいわゆるストリート的なヒップホップが認知される前の時代、ラップはインドではエンタメ的ダンスミュージックとしてもてはやされていた。
この曲は2014年のボリウッド映画に使われた曲で、YouTubeで6億再生!
BadshahはYo Yo Honey Singhと並んでエンタメ系ラップを代表するアーティストの一人。
いつもヒップホップを「抑圧された人々の声なき声を届ける音楽」みたいな切り口で紹介しがちになってしまうが、パーティーミュージックや拝金主義だってこのジャンルを形成する大事な一要素なわけで、このチャラさもきちんと評価したい(ような気もする)。



MC Altaf "Code Mumbai 17"

2010年代後半に勃興したムンバイ発のストリートヒップホップ「ガリーラップ」(Gullyはヒンディー語で狭い路地を表し、すなわちストリートの意)を代表する曲のひとつ。
2019年の曲だが、宇多丸さん曰く「1997年くらいの音」。まさに。
17(ヒンディー語で「サトラ」と読む)はムンバイにあるアジア最大のスラム、ダラヴィの郵便番号。
日本で言うとOzrosaurusが提唱していた横浜の「045エリアみたいな」という話になったので、以前から思っていた「"AREA AREA"と繋げたらいい感じになりそう」と言ったら、宇多丸さんが「めっちゃ合う!」ってリアクションしてくれたのはうれしかったな。
この曲ね。
このビートとラップの感じ!
2001年のヨコハマの日本語ラップと2019年のムンバイのヒンディー語ラップが邂逅するこの奇跡!



Rapperiya Baalam feat. J19Squad, Jagirdar RV, Anuj "Raja"

「インド各地・各言語のラップを紹介!」というコーナーの最初にBGMでかかった曲。
インド西部の砂漠が広がるラージャスターン州のヒップホップ。
ローカル色あふれる移動遊園地みたいなところを練り歩くラッパーたちが最高。
着飾ったラクダの上に民族衣装で得意げにまたがるRapperiya Baalamは、ロウライダーをこれ見よがしに乗り回すウェッサイのラッパーのインド的解釈(のつもりはないだろうが、意味的には同じだと思う)。


Brodha V "Aatma Raama"

インドにおけるヒップホップ黎明期である2012年に、南インドのIT都市ベンガルールのラッパーBrodha Vがリリースした曲。
インドのヒップホップは本家を真似た英語ラップから始まった。
この曲は、不良の道からヒップホップに出会って更生したことと、ヒンドゥー教の神ラーマへの祈りがテーマになっていて、つまりクリスチャン・ラップならぬヒンドゥー・ラップというわけだ。
アメリカ文化のインド的解釈が秀逸で、かつ曲としてもかっこいい。
Brodha Vはこのブログで最初に紹介したラッパーでもある。


Rahul Dit-O, S.I.D, MC BIJJU "Lit Lit"

こちらは同じベンガルールだが、地元言語カンナダ語のラップ。
サウス(南インド)の言語は、単語の音節が多いという特徴からか、こういうマシンガンラップ的なフロウのラッパーが多いという印象がある。


Santhosh Narayanan, Hariharasudhan, Arunraja Kamaraj, Dopeadelicz, Logan "Semma Weightu"

続いて南インドのタミルナードゥ州の言語、タミル語のラップを紹介。
この曲は『ムトゥ 踊るマハラジャ』で有名なタミル映画のスーパースター、ラジニカーントが主演した2018年の映画"Kaala"に使われた曲。
映画のストーリーは、ムンバイ(マハーラーシュトラ州というところにある)のスラム街のなかのタミル人コミュニティが、ヒンドゥー・ナショナリズムや地元文化至上主義の横暴に対して立ち上がるというもの。
マサラワーラーの武田尋善さんが以前言っていた「ラジニカーントはタミルのJBみたいなところがある」という説を軸に紹介したんだが、この曲のラジニは、街のB-BOYたちを「若いやつらもなかなかやるね」と見守る、まさにゴッドファーザー・オブ・ソウルの貫禄。
ファンク的なサウンドとともに、ブラックパワー・ムーブメントとの共鳴を感じる。
あとラジオでは言い忘れたけど、この曲(というか映画)で、ヒンドゥーとムスリムなど、異なる信仰・文化を持った人たちのスラムでの共生が、ナショナリズムと対比して描かれているところは特筆すべきところだ。



Cizzy "Middle Class Panchali"

番組ではBGMに合わせて紹介した、インド東部の都市コルカタのラップ。
ベンガル語を公用語とするこの街は、アジア人初のノーベル賞受賞者である詩人のタゴールや、あの黒澤明が「彼の映画を見たことがないのは、この世で太陽や月を見たことがないのと同じ」と評したという往年の名監督サタジット・レイを輩出した文化都市としての一面も持っている。
さらには、古典音楽の中心地のひとつでもあり、イギリス統治時代には首都が置かれていた、西洋と東洋が交わる街という歴史も持つ。
ジャジーで落ち着いたビートにやわらかなベンガル語のラップが乗るこの曲は、まさにコルカタのそうした歴史にふさわしいサウンドだ。


Hiroko & Ibex - Aatmavishwas "Believe in Yourself"
ここからインドの古典音楽/伝統音楽とヒップホップの融合、というコーナー。
番組でもちょっとだけ触れましたが、この曲はムンバイ在住のインド古典舞踊カタック・ダンサーで、シンガーとしても活動しているHiroko Sarahさんが地元のラッパーIbexと共演している曲。
Hirokoさんはインドの古典舞踊に出会う前、日本に住んでいたときはクラブで踊りまくってたそうで、インド人ではないけれど、インド古典と西洋音楽を融合している人。
この曲は、タブラ奏者が口でリズムを表現(bolという)した後、同じリズムをタブラで叩くソロパートや、レゲエをルーツに持つIbexのダンスホール的なフロウのラップも聴きどころ。


Viveick Rajagopalan feat.Swadesi  "Ta Dhom"

南インドの古典音楽パーカッショニストViveick Rajagopalanが、古典のリズムと現代音楽の融合を試みたBandish Projektの曲。
ムンバイのストリートラップデュオSwadesiとの共演で、南インド古典音楽のリズムが徐々にラップになってゆくという妙味が味わえる。
古典音楽という確立した伝統を持つ世界のアーティストが若いラッパーと共演したり、ヒップホップというインドではまだ新しいジャンルのアーティストが自分たちの伝統文化との融合を意識したり、インドのヒップホップシーンははヨコ軸(ヒップホップ的スタイルの違い)とタテ軸(自分たちの歴史)どちらの多様性も広がっているところが面白い。

この曲を紹介するときに引用させてもらった「西のベスト、東のベスト」が融合している、というのは、このRHYMSTER feat.ラッパ我リヤの『リスペクト』から。



Young Stunners, KR$NA  "Quarentine"


最後に紹介したのはこの曲。
パキスタンはカラチのラップデュオ、Young StunnersとデリーのベテランラッパーKR$NAが、インド全土がCOVID-19のためにロックダウンしていた2020年にコラボレーションしてリリースされた"Quarantine"だ。
ご存知のようにインドとパキスタンは歴史的な経緯や領土問題で対立関係にあり、核ミサイルを向け合っている非常に緊張した状況にある。
パキスタンはイスラームを国教とし、インドはヒンドゥー教徒がマジョリティであって、さまざまな考えの人がいるとはいえ、控えめに言っても、両国の国民に融和的な雰囲気が強いとは言い難い(この曲でコラボレーションしているラッパーたちもムスリムとヒンドゥーだ)。

そんな両国間の対立の中、ロックダウンで外出もままならなかったであろう彼らが、おそらくはインターネットで音源のやりとりをしながら作成したのがこの曲だ。
YouTubeのコメント欄には両国のヒップホップファンからの絶賛のコメントが並んでいて、読んでいて胸が熱くなる。

ロシアによるウクライナ侵攻以来、国と国との対立や侵略や市民の殺戮など、殺伐としたニュースが続くが、ヒップホップというサブカルチャー(世界的にはメインカルチャーでは、南アジアではまだサブカルチャーという意味で)が、政治や宗教の対立を超えて、この二つの国のアーティストと国民を結びつけたということに、希望を感じている。



と、いろんなスタイルに溢れたインドのヒップホップを紹介させてもらいました!
番組内でもお伝えした通り、次回があれば、インドの女性ラッパーたちを紹介できたらと思っています。

また出られたらいいなー。


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goshimasayama18 at 21:57|PermalinkComments(0)

2021年12月29日

2021年度版 軽刈田 凡平's インドのインディー音楽top10

今年も多作だったインドのインディペンデント音楽シーン。
というわけで、昨年に続いて今年も2021年にリリースされた作品の中から、売り上げでもチャートでもなく、あくまで私的な感覚で今年のトップ10を選んでみました。
対象は、ミュージックビデオまたはアルバムまたは楽曲。
10曲のなかの順位はとくにありません。
例によって広すぎるインド、とてもじゃないけど全てをチェックしているとは言えないので、ここに入っていない傑作もあるはずですが、それでもこの10曲を聴いてもらえれば、今のインドのシーンの雰囲気が分かるんじゃないかと思います。

それではさっそく!


Seedhe Maut  "न"(Na) (アルバム)


デリーのSeedhe Mautが、同じくデリーを拠点とするレーベルAzadi Recordsからリリースしたこのアルバムは、インドのヒップホップのひとつの到達点と言っても過言ではないだろう。

ビートとラップによるリズムの応酬に次ぐ応酬。
かつて天才タブラ奏者ザキール・フセインのソロ作品を聴いて「パーカッションだけで音楽が成立するのか!」と感じたのと同種の衝撃を、このアルバムは感じさせてくれた。
トラックのかっこよさとラップのスキル、サウンドやフロウの現代性とインドらしさ、そしていかにもヒップホップらしい不穏な空気感が、ここには融合している。
これまで、DIVINEにしろEmiwayにしろ、インドのラッパーを語るときには、ラッパーたちののライフストーリーを合わせて紹介することで記事を成立させていたけれど、この作品に関しては、単純に音と雰囲気だけで語ることができる。
掛け値なしに名作と呼ぶことができる作品。





Prabh Deep "Tabia" (アルバム)


こちらもデリー出身のPrabh Deepによる、やはりAzadi Recordsからリリースされた作品。
2017年、インドのヒップホップシーンに彗星のように現れたPrabh Deepは、デリーのストリートの危険な雰囲気を漂わせ、パンジャービー・シクながらもバングラーらしさの全くないラップをドープなビートに乗せて一躍時代の寵児となった。

サウンド面での核を担っていたプロデューサーのSez on the Beatと袂を分かってからは、(ムンバイにおけるDIVINEのような)デリー版ストリートラッパーとしての道を歩むのだろうなあと思っていたのだが、その予想はいい意味で裏切られた。
自身がビートを手掛けたこの"Tabia"では、生楽器や伝統音楽的な要素も取り入れて、彼がもともと持っていた耽美的な要素をさらに研ぎ澄ませた、オルタナティブ・ヒップホップの傑作を作り上げたのだ。
ダリの作品を思わせるシュールリアリスティックなカバーアートにふさわしい浮遊感のある音色。
独特の存在感はますます先鋭化し、その音の質感は、他のヒップホップ作品よりも、むしろこの後紹介するLifafa "Superpower2020"(フォークトロニカ)にも近いものとなっている。
バングラー的な要素は皆無でも、やはりパンジャーブの伝統を感じさせる深みのある声も美しい。

昨年まではDIVINE、Emiway、MC STANらムンバイ勢の活躍が目立ったインドのヒップホップシーンだが、今年はデリーのアーティストたちがそのユニークな存在感を示した一年となった。





Lifafa "Superpower2020"(アルバム)

こちらもデリー勢。
意識して選んだわけではないが、今年はデリーのアーティストたちの個性が開花した一年だったのかもしれない。



Lifafaは、ビンテージなポップサウンドを奏でるバンドPeter Cat Recording Co.の中心人物、Suryakant Sawhneyのソロプロジェクト。
ヨーロッパ的な英語ポップスのPCRCに対して、このLifafaでは、伝統音楽と電子音楽を融合させたトラックにヒンディー語ヴォーカルを乗せた独特のサウンドを追求している。
シンプルで素朴な音像ながら、センスの良さとインド以外ではありえない質感を同時に感じさせる才能は唯一無二。
「足し算的」な手法が目立つインドのポピュラーミュージックのなかで、「引き算」の美学で名作を作り上げた。

そういえば、ここまで紹介してきたデリーの3作品はいずれも「引き算的」な手法が際立っている。
これまでデリーといえばYo Yo Honey Singhらの「盛り盛り、増し増し」なスタイルの派手なパーティーラッパーが存在感を示していたが、サブカルチャー的な音楽シーンでは、新しい動きが始まっているのかもしれない。

"Wahin Ka Wahin"の冒頭と間奏で印象的なメロディーはパンジャーブの伝統歌"Bhabo Kehndi Eh"で、パキスタン系カナダ人の電子音楽アーティストKhanvictが今年リリースした"Closer"(こちらも名曲!)でも使われていたもの。
南アジア系アーティストのルーツからの引用の仕方はいつもながら趣味が良い。





Armaan Malik, Eric Nam with KSHMR "Echo"(シングル)

代々映画音楽に携わってきた家系に生まれたインドポピュラー音楽界のサラブレッド、Armaan Malikが、韓国系アメリカ人のEric Nam, インド系アメリカ人のEDMアーティストKSHMRとコラボレーションした1曲。


Armaan Malikは幼い頃から古典音楽を学んだのち、ここがいかにも現代ボリウッドのシンガーらしいのだが、アメリカの名門バークリー音楽大学に進学し、西洋ポピュラー音楽も修めている。
その彼が、インドでも高い人気を誇るK-Popに接近したのがこの"Echo"だ。

典型的なインドらしさを封印し、K-Popの定番である無国籍なEDMポップススタイルを導入したこの曲は、それゆえに印象に残らなかったのか、インド以外ではあまり話題にならなかったようではある。
(2021年12月25日現在、YouTubeの再生回数は2680万回ほど。映画音楽のヒット曲ともなれば一億再生を超えることもあるインドでは「まあまあ」の数字だ)
リリースされた当初、この曲をK-PopならぬI-Popと呼ぶメディアもあったが、その後I-Popという言葉はぱったり聞かなくなってしまった。

それでも、様々なルーツとグローバル文化が融合したこの曲は、今年のインドの音楽シーンを象徴するものとして、記憶に残しておくべき作品だろう。






Sidhu Moose Wala "Moosedrilla"他


もともとパンジャーブの伝統音楽だったバングラーは、ヒップホップや欧米のダンスミュージックとの融合を繰り返しながら、進化を続けてきた。
世界的には、2000年代に一発屋的なヒットを飛ばしたPanjabi MCらに代表される「過去の音楽」という印象が強いが、インド(とくに北インド)や南アジア系ディアスポラでは、今なお人気ジャンルの座を保っている。
その最新の人気アーティストがこのSidhu Moose Wala.




パンジャーブ州の小さな村で生まれた彼は、確かな実力と現代的なビート、そしてギャングスタ的な危険なキャラクターで、一気に人気アーティストに上り詰めた。
彼のリリースは非常に多く、今年だけで数十曲に及ぶのだが、強いて1曲挙げるとしたら、この"Moosedrilla".
大胆にドリルビートを導入し、ガリーラップ(ムンバイ発のストリートラップ)の帝王DIVINEをゲストに迎えたこの曲は、インドのヒップホップの第一波である「バングラー」の新鋭アーティストと、いまやすっかり定着したストリート系ラップが地続きであることを示したもの。
エリアやスタイルを超えたコラボレーションは、年々増え続けており、今後も面白い作品が期待できそうだ。



Songs Inspired by the Film the Beatles and India(アルバム/Various Artists)


欧米のポピュラー音楽とインドとの接点を紐解いてゆけば、そのルーツは1960年代のカウンターカルチャーとしてのロック、とくにビートルズにたどりつく。
リバプール出身の4人の若者は、エイトビートのダンスミュージックだったロックにシタールやタブラなどのインドの楽器を導入し、サイケデリアやノスタルジックな感覚を表現した。

しかしその後長く、インド音楽と欧米のポピュラーミュージックとの関係は、欧米側が一方的に影響を受けるという一方通行な状態が続いていた。
ビートルズの時代から50余年。
経済成長やインターネットの普及を経て、インディペンデントな音楽シーンが急速に拡大しつつあるインドから、ようやくビートルズへの返信が届けられた。

このアルバムは、現代インドの音楽シーンで活躍するロック、電子音楽、伝統音楽などのミュージシャンが、ビートルズの楽曲(主にインドの聖地リシケーシュ滞在時に書かれたもの)を彼らならではの手法でカバーしたもの。

インドのアーティストの素晴らしいところは、単純に欧米の音楽を模倣するだけでなく、彼らの伝統や独自の感覚をそこに加えていることだ。
そんな現代インドのアーティストたちによるカバーとなれば、絶対に面白いに決まっている。
つまり、ビートルズが行おうとしていたロックへのインド音楽の導入を、「本家」が行っているというわけである。



ビートルズのインド的解釈だけではなく、ビートルズがインドっぽいアレンジで演奏していた楽曲を、あえてクラブミュージック的なスタイルで再現しているものもある。
インドからビートルズへの53年越しの回答によって、西洋ポップスとインドをつなぐ輪は、完全な円環を描くに至った。



Shashwat Bulusu "Winter Winter"(シングル、ミュージックいビデオ)

アーメダーバード出身のシンガーソングライター、Shashwat Bulusuについては、この記事で紹介した"Sunset by the Vembanad"、そして"Playground"が強く印象に残っていた。


つまり、歪んだギターサウンドを基調とした、情熱と憂鬱が入り混じったオルタナティブ・ロックを演奏するアーティストとして認識していたということだ。
その彼が今年9月にリリースした"Winter Winter"には驚かされた。



叙情的なピアノのアルペジオに、全編オートチューンのヴォーカル、そしてゴーギャンの絵と現代アートが融合したようなミュージックビデオ。
Shashwatの新曲は、完全に新しいスタイルに舵を切りつつも、それでもなお情熱とメランコリーを同時に感じさせる質感を保っていた。
このセンスには驚かされたし、唸らされた。
ポストロックのaswekeepsearching然り、アーメダーバードはユニークなアーティストを生み出す都市として、今後も注目すべきエリアとなるだろう。



When Chai Met Toast "Yellow Paper Daisy"(シングル、ミュージックビデオ)

ケーララ州の英国風フォークポップバンド、When Chai Met Toastは、これまでも良質な楽曲を数多く発表してきたが、2021年はとくに充実した年となった。
(これは2018年に書いた記事)


今年はニューアルバム"When We Feel Young"をはじめ、多くの楽曲をリリースしたが、その中でも出色の出来だったのが、この"Yellow Paper Daisy"だ。


叙情的かつエモーショナルな楽曲の素晴らしさはいつもどおりだが、ここで注目したいのは、フォーキーなサウンドに全く似つかわしくないSF調のミュージックビデオだ。
セラピーのために未来から現代のケーララに送り込まれてきたカップルを演じているのは、それぞれインド北東部とチベットにルーツを持つ俳優たちだ。
バンドの故郷ケーララを相対化する存在としての、地理的な距離感と時間的な設定が、じつに絶妙。
彼らの西洋フォーク的な曲調は、世界的には懐かしさを感じさせるサウンドだが、インドの音楽シーンではまだ新しいものだ。
「未来から現代を過去として振り返る」という設定で新しさとノスタルジーを両立させるという離れ技をやってのけたこの作品のアイデアはじつに素晴らしい。

まあそんな理屈をこねなくても、十分に素晴らしい作品なのは言うまでもなく、この楽曲・映像をJ-WAVEのSONAR MUSICに出演した際に紹介したところ、ナビゲーターのあっこゴリラさんもかなり面白がってくれていた。





Karan Kanchan "Marzi", "Houdini"他(シングル)

名実ともにインドを代表するビートメーカーとなったKaran Kanchanにとっても、2021年はますます飛躍した年となった。
インド各地のラッパーのプロデュースや、Netflixを通して全世界に配信された映画『ザ・ホワイトタイガー』の主題歌(ラップはムンバイのDIVINEとUSのVince Staples)を手がけたのみならず、ソロ作品でも非常に充実した楽曲をリリースしていたからだ。

近年インドで目立っているローファイ・ヒップホップに挑戦したこの"Marzi"は、ローファイ・ガールへのオマージュであるミュージックビデオも含めて最高。
さらっと作ったように見えるが、Kanchanがこのスタイルのトラックを発表するのは初めてであるということを考えると、彼の適応力の高さに驚かされる。


テレビ画面に映るDVDのロゴは、21世紀の新しいノスタルジーを象徴するナイスな目の付け所。

この"Houdini"ではうって変わって超ヘヴィなスタイルを披露した。


ラッパーのRawalとBhargも派手さこそないものの確かなスキルでサウンドを支えている。
Karan Kanchanは、次にどんなスタイルを披露するのか、どこまで高みに上り詰めるのか。
ますます楽しみなアーティストになってきた。







Pasha Bhai "Kumbakharna"(ミュージックビデオ)

インドのミュージックビデオがストリートや食文化をどう描いているか、という点は、個人的にずっと注目しているテーマなのだが、そういった観点で、これまでに見てきた中での最高傑作と呼べるのがこの作品だ。


Pasha Bhaiはベンガルールのローカルラッパー。
以前ブログで紹介した時は、NEXというアーティスト名で活動していたようだが、気がついたら改名していた。



Shivaj Nagarなる地区の濃厚な空気感を、スパイスや肉を焼く煙や体臭や排気ガスの匂いまで漂ってきそうなほどリアルに映しきっている。
とくに夜の闇の濃さが素晴らしい。
高層ビルでもIT企業でもない、ベンガルールの下町の雰囲気が伝わってくるこのミュージックビデオは、気軽に旅ができない時代に、擬似インド体験としても何度もリピート再生した。
ドープなビートもレイドバックしたラップも秀逸だ。
おそらく現地でもさほど有名でないであろうアーティストからも、こんなふうに注目すべき作品が出てくるあたり、本当にインドのシーンは油断できない。




と、ごくごく私的なセンスで10作品を選ばせてもらいました。
今年の全体的な印象を語るとすれば、何度も書いたように、とくにデリーのアーティストの活躍が目立つ一年だった。
また、Top10に選んだ"Echo"や"Moosedrilla"のように、エリアを(ときに国籍も)超えたコラボレーションや、ビートルズのトリビュートアルバムのように、時代をも超えた傑作が多く生み出され、よりボーダレスな新しいインド音楽が生まれようとしている胎動を感じることもできた。

悩みに悩んで次点とした作品を挙げるとすれば、Hiroko & Ibexの"Aatmavishwas"Drish T.
"Aatmavishwas"はフュージョンとしての完成度が非常に高かったし、Drish Tもインドでの日本のカルチャーの浸透を新しい次元で感じさせてくれる存在だったが、インドのシーンを見渡すにあたって、冷静に見られない日本関連のものを無意識に避けてしまったところがあったのかもしれない。
でもどちらも非常に素晴らしかった。
またSmokey the Ghostの"Hip Hop is Indian"も、インドのヒップホップシーン全体を見渡したスケール感とインドらしさのあるビートが強く印象に残っている。


個人的なことを言わせてもらうと、今年はブログ4年目にして、なぜか急にラジオから声がかかるようになり、TBSラジオの宇多丸さんのアトロク(アフター6ジャンクション)、J-WAVEのあっこゴリラさんの
SONAR MUSICとSKY-HIさんのIMASIA(ACROSS THE SKY内のコーナー)、InterFMのDave Fromm Showなど、いろんな番組でインドの音楽を紹介させてもらった。
映画『ジャッリカットゥ』やベンガル関連のイベントで話をさせてもらったり、文章を書かせてもらう機会もあって、自分が面白いと思っているものを面白いと思ってくれている人が、少しずつでも増えてきていることを、とてもうれしく感じた1年だった。

毎回書いているように、インドの音楽シーンは年々すさまじい勢いで発展しており、面白いものを面白く伝えなければ、といういい意味でのプレッシャーは増すばかり。

今年もご愛読、ありがとうございました!




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2021年10月08日

デリーのラップデュオ Seedhe Mautのアルバム『न』(Na)がヤバい!

今更こんなことを言うのもなんだが、ラップというのは「言葉」の音楽だ。
なので、聞いて直感的に理解できない言語(私の場合、つまり日本語以外)のラップのアルバムを1枚通して聴くっていうのはけっこうキツい。
同じラッパーてあれば、似たようなフロウや世界観の曲が多くなるし、そもそもアルバム1枚あたり2〜3曲はつまらない曲が入っている。
そういう曲は、じつはリリックがすごく良かったりするのかもしれないが、何を言っているか分からない私には知ったこっちゃない。
次からは、その曲を飛ばすようになるだけだ。

そんなわけで、海外のラッパーのアルバムを初めて聴くときは、楽しみ半分、気が重いの半分くらいの微妙な気分なことが多い。
コンセプトとかが大事なのも分かるが、端的にかっこいい曲だけ聴きたいのだ。

今回は、そんな私の外国語ラップに対する先入観を大きく打ち破ったインドのヒップホップ作品を紹介したい。

それは、デリーのラップデュオSeedhe Mautが9月にリリースしたアルバム『न』。
この作品は、シンプルなビートで客演もほとんどないという、言ってみればかなり「派手さ」には欠ける作品なのだが、ここのところ最初から最後まで、毎日のように聴きまくっている。

Seedhe-Maut
Seedhe Maut


ちなみにデーヴァナーガリー文字で『न』と書くタイトルは、'Na'と読むようで、アルバムの曲名は全てNから始まる曲名で統一されている。
彼らはこの作品をアルバムではなくミックステープと位置付けているようだが(ヒップホップにおけるミックステープの定義は諸説あるが、アルバムよりもカジュアルな作品集と考えれば概ね間違いないだろう)、楽曲の質の高さや統一感は、どう考えてもアルバムと呼ぶほうがしっくりする。



Seedhe Maut "Namastute"
この曲がオープニングトラック。

かなり音数を削ぎ落としているにもかかわらず緊張感を保ち続けるビートと、熟練のタブラプレイヤーにように千変万化するフロウに乗せて言葉を吐き出すラップ。
このアルバムの魅力は、単純に言ってしまえば、ただそれだけだ。

無機質なビートと表現力豊かなラッパーの声が、立体的な音の構造物となって、ときに跳ね、ときに畳み掛け、ときにスカしながら緩急をつけてリスナーの耳に流れ込んでくる。
要は、声を使ったリズム音楽としてのヒップホップの魅力が詰まったアルバムなのだ。
このアルバムを聴けば、彼らがラップを「言葉の音楽」としてだけでなく、声とビートによるリズムのアンサンブルとしても大事にしていることが分かるはずだ。

このアルバムでは、ほとんどの曲のビートをSeedhe MautのかたわれであるCalmが自ら手掛けている。
だからこそ、ラップとの相乗効果を生み出すツボを押さえたビートのアレンジができているのだろう

それに、言葉は分からなくても苛立ちや怒りが伝わってくるラップの表現力も素晴らしい。
彼らがラッパーとしてもビートメーカーとしても、非凡な才能を持っていることが感じられるアルバムだ。



Seedhe Maut "Naamcheen"
ちなみにこのアルバムに参加している外部のビートメーカーはSez on the BeatとDJ Saの二人。
どちらも作品にアクセントを加えるいい仕事をしている。



この"Nanchaku"では、プネー出身のラッパーMC STANとの共演が実現。
MC STANはファッションや気怠くも挑発的なラップ(スキルもめちゃくちゃ高い)のスタイルも含めて、インドのヒップホップシーンを一新した、いま最も勢いのあるラッパーだ。

Seedhe Maut "Nanchaku ft. MC STAN"
Seedhe Mautの二人が歯切れの良いラップを披露したあとの3番目のヴァースがMC STAN.
退屈そうにすら聞こえる彼のフロウが始まった瞬間に、楽曲の空気感を変えてしまう実力はさすがの一言。


このアルバムが、インドのヒップホップ作品の中でも際立ってカッコよく聴こえる最大の理由は、ビートがことごとく今っぽいことだと思う。
インドでは、スキルの高いラッパーの曲でもビートが垢抜けないことも多いし、意欲的なフュージョン(インド音楽との融合)作品でも、センスが悪くてださくなってしまうことも珍しくない。

『न』がすごいのは、その現代的なビートを、単にアメリカのヒップホップの模倣や無国籍なサウンドにとどめているのではなく、しっかりとインド的な音に仕上げていることだ。

たとえばこの曲。

Seedhe Maut "Natkhat"


他の国のラップでも、エスニックなアクセントとしてビートにインドっぽい音が使われることがないわけではないが、ここまでインド的で、かつここまで今の空気感のあるビートは、彼ら以外には世界中の誰も作ることができないだろう。

驚くべき才能の持ち主であるSeedhe Mautとは、いったいどのようなアーティストなのだろうか?

Seedhe Mautは、デリーに暮らすCalmとEncore ABJによって、2017年に結成された二人組だ。
影響を受けたラッパーは、Run The Jewels, Clipse, Black Hippy, Mobb Deepだというから、EminemやNasや2Pacらをフェイバリットに挙げることが多いガリーラッパー(後述)に比べると、世代的にも新しく、かつシブい趣味を持っているようだ。

2017年にファーストEP "2 Ka Pahada"を発表すると、早くもデリー新興ヒップホップレーベルAzadi Recordsの目にとまり、契約を結ぶことになる。
2018年には、当時インドのヒップホップシーンの話題を独占していたPrabh Deepとコラボレーションした"Class-Sikh Maut Vol.II"を、同レーベルの3番目のタイトルとしてリリースした。



このアルバムのタイトルは、Prabh Deepのデビューアルバム"Class-Sikh"に便乗したものであり、正直なところ、この頃の彼らの印象は、ターバン姿で強烈なラップを吐き出すPrabh Deepに比べてかなり地味なものだった。
その後、彼らはSezをビートメーカーに迎えたアルバム"Bayaan"や、Karan Kanchanと組んだヘヴィロック的なシングル"Dum Pishaach"をリリースするなど、精力的な活動を展開。


印DM(インド的EDM)アーティストのRitvizのトラックに客演した"Chalo Chalain"もとても良かったが、この頃もまだ、私はSeedhe Mautに対して「多様なビートを器用に乗りこなせるデリーのストリート系ラッパー」という印象しか持っていなかった。

そんなダークホース的な存在だった彼らは、つまり今回の『न』で大きく化けたのだ。
この大化けの理由は、やはりラッパーであるCalmが自らビートを手掛けたことにあるのではないか。
自分たちのフロウを熟知しているからこその、シンプルながらもラップと立体的に絡み合うビートが、楽曲の細部に至る緊張感を生み出している。
端的に言って、このアルバムは、ガリーラップ以降のインドのヒップホップの新しい到達点と言っていい。


(ガリーラップは、2010年代のムンバイのシーンで形成されたインド版ストリートラップのこと)


ムンバイのカラーが強かったガリーラップ以降のシーンでは、デリーのPrabh DeepやプネーのMC STANが新しいスタイルを提示していたが、いかんせん彼らの音楽は、本人のキャラクターの強さに負うところが大きかった。
Seedhe Mautに関しては、その革新性が彼らのキャラクターではなく、スキルとサウンドのセンスによるものであるところが特筆すべき点だろう。

実際、Seedhe  Mautは、GQ India誌に「過去10年のインドのヒップホップの歴史はムンバイのガリーラップと同義だったが、Seedhe Mautがそれを変えることになる」と評されている。
また、彼らはその詩的かつ社会的なリリックでも高い評価を得ているようだ。


本来であれば、この「インドの地域別ヒップホップシーン特集」の続編として、タミルあたりのラッパーについて書こうと思っていたところ、彼らのアルバムがあまりにも素晴らしいので、この記事を先に書いてしまった。


(サウスのシーンはあまり追い切れていないので、じっくりと調べてから書きたいと思ってます)

Seedhe Maut, これからの活躍がますます楽しみなアーティストだ。
楽曲リリースのペースも早い彼らのこと、また近いうちに新しい作品を耳にすることができるだろう。




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goshimasayama18 at 22:31|PermalinkComments(0)

2021年09月29日

J-WAVE 'SONAR MUSIC'出演! オンエアした曲、紹介したかったけどやめた曲など


9月29日(水)J-WAVEであっこゴリラさんがナビゲートする「SONAR MUSIC」にて、たっぷりとインドの音楽を紹介させていただきました!

めちゃくちゃ楽しかったー!
1時間近く、時間はたっぷりあったはずなのに、伝えたいことがあって、ちょっと喋りすぎちゃったかな…と少し反省もしてますが、自分の好きな音楽(そしてほとんどの人が知らないであろう音楽)をラジオを通してたくさんの人に伝えられるというのは何度経験してもすごくうれしいもの。

当日オンエアした曲をあらためて紹介します! 



Su Real "East West Badman Rudeboy Mash Up Ting"
デリーのEDM/トラップ系プロデューサー!


Ritviz "Chalo Charlein feat. Seedhe Maut"
プネーのインド的EDM(印DM)プロデューサーとデリーのラップデュオの共演!


When Chai Met Toast "Yellow Paper Daisy"

ケーララ州のフォークロックバンド!


Pineapple Express "Cloud 8.9"
ベンガルールのプログレッシブ・メタルバンド、インドの古典音楽との融合!


Drish T "Convenience Store(コンビニ)"
ムンバイ出身の日本語で歌う(!)シンガーソングライター!


Siri "Gold"
ベンガルールの女性ラッパー!


Seedhe Maut "Nanchaku ft. MC STAN"
デリーのラップデュオにプネーの気鋭の存在MC STANがゲスト参加!


MC STAN "Ek Din Pyaar"
プネーのラッパー!



今回の選曲は、インドでの人気や知名度よりも、純粋にサウンド的にかっこよかったり面白かったりするアーティストを集めたという印象。
この"SONAR MUSIC"は毎回かなり面白い特集を組んでいる音楽番組なだけに、リスナーの皆さんの反応が気になるところでしたが、気に入ってもらえたらうれしいです。


(ここからはちょっと余談)
6月の宇多丸さんのTBS「アフター6ジャンクション」、先月のSKY-HIさんの"IMASIA"に続いて、3本目のラジオ出演(全部ラッパーの番組!)となったわけだけど、ラジオで紹介する曲を選ぶのって、毎回かなり悩む。
インドの音楽やインドという国にとくに興味のないリスナーのみなさんにも「インドの音楽って面白い!」と思ってもらいたいし、できれば楽曲だけじゃなくて、興味深いエピソードなんかも話したい。
いかにもインドっぽい音がいいのか、インドらしからぬ欧米のポップスみたいな曲がいいのかも悩みどころだ(結局、毎回両方を選曲している)。
ラジオでは、私が出演するコーナーの前後に、当然ながら日本やアメリカやイギリスの完成度の高いポピュラーミュージックが流されているわけで、いずれにしてもそこに埋もれない曲を選びたい。
さらに欲を言えば、番組やパーソナリティーのカラーにあった曲が紹介できると、なお良い。

SONAR MUSICのナビゲーターのあっこゴリラさんの曲は以前から聴いていて、"DON'T PUSH ME feat.Moment Joon" みたいな曲で、女性やマイノリティが社会で感じている生きづらさを、きちんと表現しているのがかっこいいと思っていた。
日本語のリリックでは表現が難しいこういう社会的なテーマを、ヒップホップのフォーマットのなかでかっこよく表現するというのは、センスも勇気も必要なことだ。

だから、このブログでも度々話題にしているような、日本とはまた違う形で保守性や排他性が残るインドの社会の中で女性としての意見を表明しているフィメール・ラッパーのことを紹介したかったし、それに対するあっこゴリラさんの意見を聞いてみたかった。

ところが、「コレ!」という曲がなかなか見つからない。
インドにもフィメール・ラッパーはそれなりにいるのだが、ブログで文章を添えてミュージックビデオを紹介するぶんには良くても、ラジオでオンエアするとなると、曲としてはちょっと弱かったりするのだ。
メッセージは最高なのだけど、ラップのスキルがいまいちだったり、インドのアーティストにしては完成度の高いトラックでも、もしアメリカのトップアーティストの曲が流れた後だったら、そこまで魅力的に響かなかったりする。

できればインドらしいインパクトがあり、かつラップのスキルも十分で、メッセージも強烈な曲があれば良いのだが…と思っていたら、ぴったりの曲があった。

インド系アメリカ人で最近はインド国内での活躍がめざましいRaja Kumariをリーダーとして、ベンガルールのSiri, メガラヤのMeba Ofilia, ムンバイのDee MC,といったインドじゅうのフィメールラッパーが共演した"Rani Cypher"だ。

いかにもインド的なコーラスも耳を惹きつけるし、サビの女性に対する「忘れないで、あなたはクイーン(タイトルの'Rani'は女王の意)」というメッセージも素晴らしい。
ラップが英語でいわゆる洋楽リスナーにも聴きやすいのも良いし、冒頭で'As a woman in this industry, we have to work harder, we have to be better, we have to do so much more'という語りが入っているのでコンセプトが分かりやすい。
在外インド人であるRaja Kumariとインド各地の異なるバックグラウンドのフィメール・ラッパーのコラボレーションというのもぜひ触れたいポイントだ。

これは紹介したい楽曲の最右翼。さあリリックを細かくチェックしようと思ったら。
冒頭のヴァースで、ヘイターたちへのメッセージとして、こんなリリックをラップしていたのでびっくりした。

'I Nagasaki on them haters, ground zero'

マジか…。
これって明確に「ヘイターどもはナガサキのグラウンド・ゼロみたいにぶっ潰してやる」って意味だよね。

ラップの中で語呂のいい言葉を選んだのだろうが、さすがにこれはない。
(このリリックをラップしているのはSiriで、彼女に対しては、きちんと抗議しておきます。返事が来たらまたご報告します) 

この曲に関して言えば、この部分のリリック以外はコンセプトもサウンドも最高だし、こうしたリリックが含まれていることを注釈したうえで紹介しようかとも思ったのだけど、せっかく大勢の音楽ファンにとって未知のインド音楽を紹介するのに、ネガティブな話はしたくないので、残念だがこの"Rani"はリストから外すことになった。

インド社会の悪い意味での保守性のもとで女性たちが苦しんでいる現状に対して、ラップという新しい手段で声を上げることは、とても素晴らしいことだと思う。

問題は、虐げられている人々を鼓舞するために、別の虐げられた人たちが傷つくような表現をするっていうのはそもそもどうなのか、という話だ。

彼女の他の曲もたくさん聴いたが、彼女は決して露悪的な表現を好むラッパーではないと認識している。
(ヒップホップ的な範囲での強がりやディスりはもちろんあるが)
おそらく彼女にとって原爆投下は遠い国の歴史上の出来事で、いまだに犠牲者やその家族が、直接的、間接的に苦しんでいることを単純に知らないのだろう。

もちろん、彼女のしたような表現がインドで一般的に許容されているわけではなく、同じくベンガルールを拠点に活動するラッパーのSmokey The Ghostはこんなふうにフォローしてくれている。



(Smokeyはこの後、今回の一件について「原爆の悲劇はインドでもよく知られているし、これは単なる『特権的な無知』に過ぎない」との解釈を伝えてくれた)


いろいろ考えた結果、結局、フィメール・ラッパーの曲はSiriの"Gold"という曲を選んだ。
彼女の無知は責めるべきだし、この"Raani"のリリックは論外だが、彼女が本来伝えようとしているメッセージの価値はゆるぎないし、インドの女性ラッパーのなかでも音楽的にとくに秀でていると考えてのことだ。

まあとにかく、こうやって誤解や失敗を繰り返しながら国と国との関係とか、人と人との関係ってのは良くなっていくものだと信じている。 

言いたいのは、リスペクトを大事にしよう、ってこと。

最後に、今回紹介したアーティストについて、これまでに書いた記事を貼り付けておきます。



Su Real



Ritviz



When Chai Met Toast
 


Pineapple Express
 


Drish T



Seedhe MautとSiriが所属しているAzadi Records.
 


MC STANについては、書こう書こうと思ってまだ書いてない!
近々特集したいと思ってます。



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goshimasayama18 at 23:59|PermalinkComments(0)

2021年09月01日

あらためて、インドのヒップホップの話 (その2 デリー&パンジャービー・ラッパー編 バングラー系パーティー・ラップと不穏で殺伐としたラッパーたち)



DelhiRappersラージュ

例えばラジオ番組とかで、「インドのヒップホップを3曲ほど選曲してほしい」なんて言われると、ついムンバイのラッパーの曲ばかり挙げてしまうことが多い。
ムンバイの曲ばかりになってしまう理由は、やはり映画『ガリーボーイ』をめぐる面白いストーリーが話しやすいのと、抜群にポップで今っぽい曲を作っているEmiway Bantaiの存在が大きい。

とはいえ、州が違えば言葉も文化も違う国インドでは、あらゆる都市に個性の異なるヒップホップシーンがある。
というわけで、今回は首都デリーのヒップホップシーンについてざっと紹介します!

ご覧の通り、デリーという街は北インドのほぼ中央に位置している。
(まずはちょっとお勉強っぽい話が続くが辛抱だ)
DelhiMap
(画像出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Delhi

ここで注目すべきは、デリーの北西にあるパキスタンと国境を接したパンジャーブ州。
インドとパキスタンの両国にまたがる地域であるパンジャーブは、男性信徒のターバンを巻いた姿で知られるシク教の発祥の地として知られている。
1947年、インドとパキスタンがイギリスからの分離独立を果たすと、パキスタン側に住んでいたシク教徒やヒンドゥー教徒たちは、イスラームの国となるパキスタンを逃れて、インド領内へと大移動を始めた。
同様にインド領内からパキスタンを目指したムスリムも大勢いて、大混乱の中、多くの人々が暴力にさらされ、命が奪われる悲劇が起きた。
それが今日に至る印パ対立の大きな原因の一つになっているのだが、今はその話はしない。
パキスタン側から逃れてきたパンジャーブの人々は、その多くがパンジャーブに比較的近い大都市であるデリーに住むこととなった。
結果として、デリーのシーンは、パンジャービー(パンジャーブ人)の音楽が主流となったのである。

パンジャービーには、北米やイギリスに移住した者も多い。
彼らはヒップホップや欧米のダンスミュージックと彼らの伝統音楽であるバングラー(Bhangra)を融合し、バングラー・ビートと呼ばれるジャンルを作り上げた。
2003年に"Mundian To Bach Ke"を世界的に大ヒットさせたPanjabi MCはその代表格だ。
デリーのパンジャービーたちは、本国に逆輸入されたバングラー・ビートを実践し、インドのヒップホップの第一世代となった。
この世代を代表しているのが、Mafia Mundeerというユニット出身のラッパーたちだ。




キャリアなかばで空中分解してしまったMafia Mundeerの詳細はこれらの記事を参照してもらうことにして、ここでは、その元メンバーたちの楽曲をいくつか紹介することとしたい。

彼らの中心人物だったYo Yo Honey SinghとBadshahは、その後、バングラービートにEDMやラテン音楽を融合したパーティーミュージックで絶大な人気を誇るようになった。


Yo Yo Honey Singh "Loka"


Badshah "DJ Waley Babu"

オレ様キャラのHoney Singhはリリックが女性蔑視的だという批判を浴びることもあり、アルコール依存症になったり、少し前には妻への暴力容疑で逮捕されたりもしていて、悪い意味で古いタイプの本場のラッパーっぽいところがある(USと違って銃が出てこないだけマシだが)。

この二人はヒット曲ともなるとYouTubeの再生回数が余裕で億を超えるほどの大スターだが、その商業主義的な姿勢ゆえに、ガリーラップ世代のヒップホップファンから仮想敵として扱われているようなところがある。
(一時期、インドのストリート系のラッパーの動画コメント欄は「Honey Singhなんかよりずっといい」みたいな言葉で溢れていた)

Mafia Mundeerの元メンバーの中でも、より正統派ヒップホップっぽいスタイルで活動しているのがRaftaarとIkkaだ。


Raftaar "Sheikh Chilli"

この曲は前回のムンバイ編で紹介したEmiway BantaiとのBeefのさなかに発表した彼に対する強烈なdissソング。
RaftaarとEmiwayのビーフについては、この記事に詳しく書いている。



IKKA Ft. DIVINE Kaater "Level Up"
Mafia Mundeerの中ではちょっと地味な存在だったIkkaは、今ではDIVINEとともにNASのレーベルのインド版であるMass Appeal Indiaの所属アーティストとなり、本格派ラッパーとしてのキャリアを追求している。

もちろん、デリーにパンジャーブ系以外のラッパーがいないわけではなく、その代表としては'00年代なかばから活動しているベテランラッパーのKR$NAが挙げられる。

KR$NA Ft. RAFTAAR "Saza-E-Maut"
ちなみにこの曲でKrishnaと共演しているRaftaarも、バングラー・ラップのシーン出身ではあるが、もとはと言えばパンジャービーではなく南部ケーララにルーツを持つマラヤーリー系だ。


パンジャービー・シクのラッパーといえばバングラー・ラップというイメージを大きく塗り変えたのが2017年に"Class-Sikh"で鮮烈なデビューを果たしたPrabh Deepだ。
黒いタイトなターバンをストリート・ファッションに合わせ、殺伐としたデリーのストリートライフをラップする彼は、相棒のSez on the Beat(のちに決裂)のディープで不穏なトラックとともにシーンに大きな衝撃を与えた。

Prabh Deep "Suno"


彼が所属するAzadi Recordsは、デリーのみならずインド全土のアンダーグラウンドな実力派のラッパーを擁するレーベルで、デリーでは他にラップデュオのSeedhe Mautが所属している。


Seedhe Maut "Nanchaku" ft MC STAN


この曲はプネー出身の新鋭ラッパーMC STANとのコラボレーション。
彼らは意外なところでは印DM(軽刈田が命名したインド風EDM)のRitvizとも共演している。

Ritviz "Chalo Chalein" feat. Seedhe Maut
インドのインディーミュージックシーンでは、こうしたジャンルを越えたコラボレーションも頻繁に行われるようになってきた。
デリーのレーベルでは、他にはRaftaarが設立したKalamkaarにも注目すべきラッパーが多く所属している。


Prabh Deep以降、パンジャーブ系シク教徒でありながら、バングラーではないヒップホップ的なラップをするラッパーも増えてきている。
例えばこのSikander Kahlon.

Sikander Kahlon "100 Bars 2"


その一方で、このSidhu Moose Walaのように、バングラーのスタイルを維持しながら、ヒップホップ的なビートを導入しているアーティストも存在感を増している。

Sidhu Moose Wala "295"



Deep Kalsi Ft. KR$NA x Harjas x Karma "Sher"



Siddu Moose Walaはカリスタン独立派(シク教徒の国をパンジャーブに建国するという考えを支持している)という少々穏やかならぬ思想の持ち主だが、彼の人気はすさまじく、Youtubeでの動画再生回数は軒並み数千万〜数億回に達している。
パンジャービー、バングラーとヒップホップの関係は、一言で説明できるものではなくなってきているのだ。(ちなみにSikander KahlonもSiddu Moose Walaも、デリー出身ではなくパンジャーブ州の出身)



最後に、デリー出身のその他のラッパーをもう何人か紹介したい。

Sun J, Haji Springer "Dilli (Delhi)"

Karma "Beat Do"

パンジャービーの影響以外の点で、デリーのヒップホップシーンの特徴を挙げるとすれば、このどこか暗く殺伐とした雰囲気ということになるだろうか。
デリーのラッパーのミュージックビデオは、なぜか夜に撮影されたものが多く、内容も暴力や犯罪を想起させるものが少なくない。
他の都市と比較して、自分の街への愛着や誇りをアピールした曲が少ないのも気になる要素だ。
デリーの若者は自分たちの街にあんまりポジティブなイメージを持っていないのだろうか。

とはいえ、こうしたダークなラップがまた魅力的なのもまた事実で、独特な個性を持ったデリーのシーンには今後も注目してゆきたい。


(ムンバイ編はこちら)




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goshimasayama18 at 20:27|PermalinkComments(0)

2021年07月07日

Karan Kanchanの活躍が止まらない!(ビートメーカーで聴くインドのヒップホップ その2)


うれしいことに、ここ最近、俺たちのKaran Kanchanの快進撃が止まらない。
Karan Kanchanはムンバイを拠点に活躍しているビートメーカー。

なぜ「俺たちの」なのかというと、彼はジャパニーズ・カルチャーに大きな影響を受け、その結果、日本にも存在していない'J-Trap'というジャンルを「発明」してしまったという、愛すべきアーティストなのである。

(彼について紹介した記事)


J-Trapはトラップのダークでヘヴィなビートに、三味線っぽい音色や和風の旋律をちりばめた、極めてオリジナルな音楽だ。
この"Tokyo Grime"のラッパーはXenon Phoenix.
外国人の目線から見た不穏なイメージの東京がめちゃくちゃクール!

こちらは"Daruma Dub"
インド人仏教僧Bodhidharma(サンスクリット語)を語源とするおなじみのダルマが、日本のポップカルチャーの影響を受けた最新のダンスミュージックとしてインドに帰還したと思うと、なんだか不思議な縁を感じる。

インドでは、K-Popがメインカルチャーとして受け入れられている一方で、アニメやマンガを中心とした日本文化は、コアなファンを持つサブカルチャーとして確固たる位置を占めている。
K-Popのグループがインドの雑誌の表紙を飾ったり、ボリウッドの人気歌手がK-Popシンガーと共演して多くの耳目を集めている一方で、インディーミュージックシーンでは、日本語名のアーティストや、日本語タイトルの楽曲が数多く存在しているのだ。
こうした日韓のカルチャーの受け入れられ方の違いは、東アジアの一員として非常に興味深い。

(関連記事をいくつか貼り付けます)






シーンを見渡せば、他にも、ジブリの映画や久石譲の音楽をフェイバリットに挙げ、ミュージックビデオにトトロの人形を登場させたドリームポップバンドのEasy Wanderlingsや、80年代の日本のアニメをモチーフにしたミュージックビデオ(楽曲のタイトルは"Samurai")をリリースしたSayantika Ghoshなど、日本文化の影響を受けたインディーミュージシャンは枚挙にいとまがない。
Karan Kanchanは、そのなかでも、非常に強く日本のカルチャーの影響を感じさせるアーティストの一人なのである。


この"Monogatari"のイントロの語りは、三味線奏者の寂空-JACK-によるもの。
じつは、この二人を引き合わせたのは私、軽刈田。
Kanchanの「コラボレーションしてくれる三味線奏者を探してほしい」というリクエストをSNSで拡散したところ、寂空が手をあげてくれたのだ。
この曲では、三味線とトラップのコラボレーションに先駆けて、語りでの共演となった。
寂空が所属するバンド'Shamisenist'は、今後アメリカのレーベルColor Redからのデビューが予定されており、ひとまわり大きくなった日印のアーティスト同士の新たなコラボレーションにも期待したい。

J-Trapという類まれなるスタイルを確立したKaran Kanchanは、前回の記事で紹介した「ムンバイのストリートラップシーンの帝王」DIVINEとの共演を皮切りに、瞬く間にインドのヒップホップ・シーンを代表するビートメーカーとなった。

Karan Kanchanは、ソロ名義でJ-Trapの作品を制作するかたわら、DIVINEを中心としたムンバイのストリートラップ集団Gully Gangのビートを数多く手掛け、次々に注目作をリリースしていった。

DIVINEのニューアルバムでは、ストリート路線から脱却し、内面的なテーマを扱うようになった彼に合わせてディープでメロウなビートを提供。
かと思えば、DIVINE同様にMass Appeal Indiaからのデビューを決めたGully GangのD'Evilには、初期ガリーラップを思わせるパーカッシブなビートを用意し、ムンバイの個性を巧みに表現した。

近年のKanchanの活躍の舞台はムンバイを飛び越え、デリーのラッパーと共演する機会も広がっている。
この"Dum Pistaach"ではデリーのラップデュオSeedhe Mautと共演し、ヘヴィ・ロックの要素を導入した新境地を開いた。
アメコミとインド神話とジャパニーズ・カルチャーが融合したようなビジュアルもクール!
デリーを拠点に活躍するメジャー寄りの人気ラッパーRaftaarの楽曲にも制作陣として名を連ねている。
2019年にリリースされたこの曲の再生回数は4,500万回を超えている。

彼の活躍は国境すら超えはじめており、最近では、Netflixで全世界に配信された『ザ・ホワイトタイガー』の主題歌の"Jungle Mantra"で、盟友のDIVINE、そしてアメリカの人気ラッパーVince Staples、Pusha Tとの共演を実現させている。


ここ最近の彼の活動で特筆すべきは、活躍の場を広げているだけではなく、ビートのスタイルも多様化させていることだろう。
以前はトラップ系のヘヴィなビートをシグネチャー・スタイルとしていたKanchanだが、最近ではよりコードやメロディーを重視したサウンドにも挑戦している。
Pothuriと共演した"Wonder"では、Daft Punkを思わせるようなポップでエレクトロニックなR&Bのビートを披露。


Gully Gang一味の出身で、やはりMass Appeal Indiaの所属となったShah Ruleの"Clap Clap"では、印象的なピアノのメロディーと、ドリル的に上下にうねるベースが印象的。


とにかく活躍が止まらないKaran Kanchan、売れてくるにつれて彼は日本のカルチャーを忘れてしまったのか?と少々寂しい気持ちにもなるが、最新曲の"Marzi"は、新境地のChill/Lo-Fi系のビートを大胆に導入した最高に心地よいサウンドを届けてくれた。

Lo-Fi/Chill Hop系のビートは、日本のビートメーカーNujabesやアニメ作品との関わりから、日本のカルチャーとの関わりが深い。
(この話題についてはこの記事に詳しい。beipana「Lo-fi Hip Hop〔ローファイ・ヒップホップ〕はどうやって拡大したか」

言うまでもなくこのミュージックビデオはあの有名なLo-Fi Study Girlのオマージュ(正面から映しているのは珍しい!)で、机の上のチャイがインドらしさを感じさせるが、窓の外の景色や室内の様子は、日本のようにも、どこか他の国のようにも感じられるのが今っぽい。
ヘヴィはトラップ・サウンドから出発したKaran Kanchanが、メロウなLo-Fiビートでジャパニーズ・カルチャー的な世界に帰ってきてくれたと思うと、なんとも感慨深い。

(関連記事。インドのYouTubeチャンネル'Anime Mirchi'が作ったインド風Lo-Fi Study Girlにも注目)



ここでこの記事を終わりにしてもよいのだけど、せっかくなのでKaran Kanchan本人に、ここ数年の大活躍とスタイルの深化、そしてパンデミック下での生活についてインタビューをしてみた。
その様子は次回!
お楽しみに!

(Karan Kanchanインタビュー)


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軽刈田 凡平のプロフィール
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