SanoliChowdhury

2022年02月26日

インドのアーティストたちによるカバー曲 番外編!

「カバー曲を通じて音楽の楽しみ方を提案するサイト」"eyeshadow"に、インドのミュージシャンが洋楽の有名曲など(1曲はボリウッドの人気曲)をカバーした10曲を選んで書かせてもらいました。


音楽業界のそうそうたる顔ぶれのみなさんに混じって声をかけていただき、うれしい限りです。

常々、「インドのインディペンデント・シーンが面白い」ってなことを言っているわけですが、そもそも自分以外でここに注目している人はほぼ皆無なわけで、なかなか興味を持ってもらうことが難しいジャンルなのは百も承知。
インドのインディーミュージックの面白さは、単にサウンド面だけではなく「欧米発のポピュラー音楽やポップカルチャーが、インドという磁場でどう変容するのか(あるいはしないのか)、それがローカル社会でどんな意味を持ち、どう受け入れられるのか」という部分にあると感じているのだけど、そういう目線で考えると、「インドのアーティストがどんな曲をどう解釈してカバーするのか」というのは、すごく意味深いアプローチの仕方だなあと思った次第です。
どうしてこれまで気がつかなかったんだろう。

ともかく、10曲選ぶにあたり、けっこう面白いのに選に漏れてしまった楽曲がいくつかあるので、今回はそういう楽曲たちを紹介します。


Thanda Thanda Pani "Baba Sehgal"

QueenとDavid Bowieが共演した"Under Pressure"をまんまサンプリングしたVanilla Iceの"Ice Ice Baby"を、さらにそのままパクった曲。
タイトルは'Cold Cold Water' という意味で(つまりほぼ意味はない)、歌っているのは「インドで最初のラッパー」Baba Sehgal.
今ではすっかりひとつのカルチャーとして定着しつつあるインドのヒップホップだが、その最初の一歩はこのしょうもない曲だったということはきちんと押さえておきたい。

それにしても、この曲のリリースが1992年というのは早い。
在外南アジア人によるヒップホップムーブメントであるDesi HipHopの象徴的存在だったBohemiaのデビュー(2002年)より10年もさきがけているし、ムンバイのストリートヒップホップ「ガリーラップ(gully rap)」誕生と比べると25年近く早いということになる。
この曲はインドのポピュラーミュージック史におけるオーパーツみたいな存在なのだ。

ちなみに日本だとm.c.A.Tの"Bomb a Head"が1993年で、EAST END×YURIの"DA.YO.NE"が1994年だから、それよりも早いということになる。
(ただし、吉幾三の「俺ら東京さ行ぐだ」は1984年で、やはり日本のヒップホップ受容よりも10年早い。Baba Sehgalも吉幾三的な存在だった可能性も否めない)


こちらは以前書いた関連記事です。




Su Real "Pakis in Paris"

言うまでもなくJay-ZとKanye Westによる"Niggas in Paris"のカバー。
デリー出身のDJ/ビートメーカーSu Realによる2016年のアルバム"Twerkistan"(名盤!)の収録曲で、ベンガルールのCharles Dickinsonなるラッパーがゲスト参加している。
Su Realはベースミュージックやダンスホールレゲエに南アジアの要素を導入したスタイルで活動しているアーティスト。
このブログの第1回目の記事で紹介した記念すべき存在でもある(これがその時の記事。当初は落語っぽい口調でインドの音楽を紹介するという謎のコンセプトだった)。
以前からインドのドメスティックな市場以外でも評価されて良い才能だと思っているのだけど、最近では国内のラップシーンの隆盛に合わせてラッパーのためのビート作りに活動の軸足を移しているようでもあり、なんだかちょっとやきもきしている。

ところで、Pakiという言葉は、映画『ボヘミアン・ラプソディ』でも出てきた通り、パキスタン人(あるいは、広く南アジア系)への蔑称でもあると思うのだけど、この言葉をパキスタンと対立関係にあるインド人が使うのは問題ないのだろうか。
黒人がniggaという言葉を使うのと同じニュアンスで、インド人が南アジア系であることを逆説的に誇る言葉として使っても差し支えないものなのか、ちょっと気になるところではある。



High "Wasted Words"


インド東部、ベンガル地方の都市コルカタは、イギリス統治時代の支配拠点だったこともあり、古くから西洋文化の受容が進んでいた街でもあった(その反発が、結果的にインド独立運動の起爆剤にもなるのだが)。
コルカタでは、イギリス人の血を引く「アングロ・インディアン」と呼ばれるコミュニティを中心としたロックバンドが1960年代から存在していたが、やがて彼らの多くが海外に渡ってしまい、そうした伝統も今ではすっかり途絶えてしまったようだ。
彼らが活動していた時代は、楽器や機材の調達もままならず、自分たちで機材を作ったり、選挙活動用のスピーカーを使ったり、工夫を重ねて演奏を続けていたようだ。
これはそうしたバンドのひとつ、HighによるAllman Brothers Bandのカバー曲
Highの中心人物Dilip Balakrishnanは、The Cavaliers, Great Bearといったインディアン・ロックのパイオニア的バンドを経てHighを結成したが、その音楽活動は経済的成功には程遠く、インドのインディペンデント音楽の隆盛を見ないまま、1990年に39歳の若さでこの世を去った。

彼の死から20年が経過した2010年代以降、コルカタには新しい世代によるロックやヒップホップのシーンが生まれ、今ではParekh & Singh, Whale in the Pond, Cizzyといった才能あるアーティストが活躍している。





Against Evil "Ace of Spades"


言わずと知れた暴走ロックンロールバンドMotorheadの名曲を、南インドのアーンドラ・プラデーシュ州出身の正統派ヘヴィメタルバンドAgainst Evilがカバーしたのがこちら。
今のインドのインディーミュージックについて書くなら、メタルシーンについても触れないわけにはいけないなあ、と思っていたのだけど、eyeshadowさんの記事には結局、Pineapple Expressの"Dil Se"をセレクトした。
彼らのバカテク&古典音楽混じりの音楽性と、ボリウッドのカバーという面白さのほうを優先してしまったのだが、メタルファンによるメタルファンのためのメタルカバーといった趣のこちらもカッコいい。
高めのマイクスタンド、ジャック・ダニエルズなどの小道具からも彼らのMotorhead愛が伝わってくる。
テクニカルなプログレ系や激しさを追求したデスメタル系に偏りがちなインドのメタルシーンにおいて、珍しく直球なスタイルがシブくてイカす。




Godless "Angel of Death"

Slayerによるスラッシュメタルを代表する名曲を、ハイデラバードのデスメタルバンドGodlessがカバー。
GodlessはRolling Stone Indiaが選出する2021年のベストアルバムTop10の6位にランクインしたこともある実力派バンド。
その時の記事にも書いたのだが、宗教対立のニュースも多いインドで、ヒンドゥーとムスリムのメンバーが'Godless'、すなわち神の不在を名乗って仲良く反宗教的な音楽を演奏するということに、どこかユートピアめいたものを感じてしまう。
この曲に関しては説明は不要だろう。
原曲が持つ激しさや暴力性をとことん煮詰めたようなパフォーマンスは圧巻の一言。





Sanoli Chowdhury "Love Will Tear Us Apart"


過去の様々な音楽をアーカイブ的に聴くことが可能になった2010年代以降にシーンが発展したからだろうか、インドのインディペンデント音楽シーンでは、あらゆる時代や地域の音楽に影響を受けたアーティストが存在している。
Joy Divisionのイアン・カーティスの遺作となったこの曲を、ベンガルールの女性シンガーSanoli Chowdhuryがトリップホップ的なメロウなアレンジでカバー。
90年代以降の影響が強いインドのインディーズ・シーンにおいて、都市生活の憂鬱を80年代UKロックの影響を受けたスタイルで表現するタイプのアーティストも少しずつ目立つようになってきた。
例えばこのDohnraj.
今後、注目してゆきたい傾向である。




Voctronica "Evolution of A. R. Rahman"


映画音楽が圧倒的メインストリームとして君臨しているインドにおいて、いわゆる懐メロや有名曲をカバーしようと思ったら、やっぱり映画音楽を選ぶことになる。
その時代のもっとも大衆的なサウンドで作られてきた映画音楽を、Lo-Fiミックスなどの手法で現代的に再構築する動きもあり、いつもながらインドでは過去と現代、ローカルとグローバルが非常に面白い混ざり方をしているなあと思った次第。
これはムンバイのアカペラグループVoctronicaがインド映画音楽の巨匠A.R.ラフマーンの曲をカバーしたもの。
メンバーの一人Aditi RameshはジャズやR&B、ソロシンガーとしても活躍している。





というわけで、インドのアーティストによるカバー曲をいろいろと紹介してみました。
eyeshadowさんの記事もぜひお読みください!





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goshimasayama18 at 14:37|PermalinkComments(0)