Rawal

2023年12月14日

EDMシーンの世界的大物KSHMRがインドのラッパーたちと共演!


ここのところ謎の占い師ヨギ・シンの話ばかり書いていたので、今回は本来の音楽ブログに戻って、個人的に今年のインドの音楽シーンの最大のニュースだと思っている作品について書く。
11月に世界的EDMプロデューサーのKSHMRがインドのラッパーたちを迎えて制作したアルバム"Karam"のことである。

KSHMRことNiles Hollowell-Dharはカシミール生まれのヒンドゥー教徒の父とアメリカ人の母のもと、1988年にカリフォルニア州で生まれた。
ラップデュオCataracsのメンバーとして活動したのち、2014年頃からエレクトロハウスやビッグルームなどのいわゆるEDMに転向。
’10年代後半にはTomorrowlandやUltra Music Festivalなどのビッグフェスで人気を博し、2015年に英国のEDMメディアDJ Magのトップ100DJランキングで23位にランクイン。2016年には同12位に順位を上げ、さらにはベストライブアクトにも選ばれている。
KSHMRというアーティスト名は、日本では一般的にカシミアと読まれているが、ここはインド風にカシミールと読むことにしたい。

彼は1年ほど前からSNSで、Seedhe MautやMC STΔN、KR$NA(彼はクリシュナと読む)といったインドのラッパーたちと制作を進めていることを明らかにしていたが、別ジャンルで活動する彼らのコラボレーションがどんなものになるのか、まったく想像がつかなかった。
いかにインドのヒップホップシーンが急成長を続けているとはいえ、世界的に見ればKSHMRのほうが圧倒的な知名度と成功を手にしており、私はRitviz(デリーの「印DM」プロデューサー)とSeedhe Mautが共演した"Chalo Chalein"のような「ラッパーをフィーチャーしたEDM」に落ち着くと予想していたのだが、ふたを開けてみれば、EDMの要素はほとんどなく、完全にヒップホップに振り切った作品となった。
"Karam"はKSHMRのキャリアを通してみても非常にユニークで意欲的なアルバムと言えるだろう。

先行シングルとしてリリースされたのは、デリーのラップデュオSeedhe Mautと、今年6月に日本滞在を満喫したムンバイのプロデューサーKaran Kanchanが参加したこの"Bhussi".

KSHMR, Seedhe Maut, Karan Kanchan "Bhussi"


2021年の名作「न(Na)」を彷彿とさせるパーカッシブなビートは、完全にSeedhe Mautのスタイルだ。
これはアルバム全体を聴いて分かったことなのだが、どうやらKSHMRは、このアルバムで「自分の楽曲にいろんなラッパーをフィーチャーする」のではなく、「いろんなラッパーに合った多彩なビートをプロデュースする」ということにフォーカスしているようなのである。
華やかな成功を手にしたEDMのソロアーティストではなく、職人気質のヒップホップのビートメーカーに徹しているのだ。
当然ながらKSHMRのビートはクオリティが高く、個性的でスキルフルなラッパー達との化学反応によって、インドのヒップホップ史に新たな1ページを刻むアルバムが完成した。


デリーのベテランラッパーKR$NAを起用した"Zero After Zero"はリラックスしたグルーヴが心地よい。
ラテンのテイストと往年のボリウッドっぽいストリングスが最高だ。
KSHMR, KR$NA, Talay Riley "Zero After Zero"


ラテンの要素はこの作品の特徴のひとつで、この"La Vida"はレゲトンのリズムにEDMっぽいキャッチーなフルートのメロディーとコーラスが印象的。
真夏の夕暮れにコロナビールかモヒートを飲みながら聴きたい曲だ。

KSHMR, Debzee, Vedan "La Vida"


スペイン語混じりのラップを披露しているDabzeeとVedanは南インドのケーララ州出身。
このアルバムにはインドのさまざまな地域のラッパーが起用されており、おそらくKSHMRは特定の都市や地域に偏らない、汎インド的なヒップホップ・アルバムを作るという意図があったのだろう。


アルバムのハイライトのひとつが、ヒップホップシーンでの評価をめきめき上げているYashrajを起用したこの曲。

KSHMR, Yashraj, Rawal "Upar Hi Upar"


Yashrajのシブいラップに90年代的なヒロイズムに溢れた大仰なビートがとても合っている。
終盤のリズムが変わるところもかっこいい。
KSHMRがこれまで手がけたことのないタイプのビートだが、この完成度はさすが。

Yashrajは、ベンガルールの英語ラッパーHanumankindと共演したこの"Enemies"を含めて、3曲に参加している。

KSHMR, Hanumankind, Yashraj "Enemies"



異色作と言えるのが、バングラーのトゥンビ(シンプルなフレーズを奏でる弦楽器)っぽいビートを取り入れたこの曲。

KSHMR, NAZZ "Godfather"


この手のビートはインドには腐るほどあるのだが、やはりKSHMRの手にかかるとめちゃくちゃかっこよくなる。
NAZZ(Nasと紛らわしい)は、ムンバイのラッパー。
初めて聞く名前だが今後要注目だ。


インド全土のラッパーを起用したこのアルバムに、なんと隣国パキスタンのラッパーも参加している。

KSHMR, The PropheC, Talha Anjum "Mere Bina"


この曲では、カナダ出身のパンジャーブ系バングラーシンガー/ラッパーのThe PropheCに加えて、パキスタンのカラチを拠点に活躍しているラッパーデュオYoung StunnersのTalha Anjumがフィーチャーされている。
これは結構すごいことだと思う。

KSHMRがそのステージネームにもしているカシミール地方は、1947年の印パ分離独立以来、両国が領有権を主張し、テロや弾圧によって多くの血が流されてきた。
カシミールをめぐる問題は、長年にわたって印パ両国、そしてヒンドゥー教徒とムスリムの間の対立を激化させている。
ヒンドゥー・ナショナリズム的な傾向の強いインドの現モディ政権は、ムスリムがマジョリティを占めるジャンムー・カシミール州の自治権を剥奪して政府の直轄領へと再編するなど強硬な手段を取っており、厳しい状況はまだまだ終わりそうにない。

The PropheCのルーツであるパンジャーブ地方もまた、印パ分離独立時に両国に分断された歴史を持つ。
イスラームの国となったパキスタンを離れてインド側へと向かうヒンドゥー教徒、シク教徒と、インド領内からパキスタンへと向うムスリムの大移動によって起きた大混乱のなか、迫害や暴行によって100万人もの人々が命を奪われた。
これもまた、今日まで続く印パ対立の原因のひとつとなっている。

前述の通り、KSHMRはカシミール出身のヒンドゥー教徒の父を持ち、The PropheCはパンジャーブにルーツを持つシク教徒で、Talha Anjumはパキスタンのムスリムのラッパーである。
異国のリスナーの過剰な思い入れかもしれないが、歴史を踏まえると、この3人がこの時代に共演するということに、なんだか大きな意味があるように感じてしまうのである。
仮にそこに深い意味はなく、かっこいい曲を作るために適任なアーティストを集めただけだったとしても、それができるKSHMRの感性ってなんかすごくいいなと思う。
ちなみにYoung Stunnersはコロナ禍の2020年にデリーのKR$NAとの共演も実現させている。
こういう交流はどんどん進めてほしい。

他に参加しているラッパーは、デリーの元Mafia Mundeer勢からIkkaとRaftaar、プネーのマンブルラッパーMC STAN、カリフォルニアのテルグ系フィメールラッパーRaja Kumariら。

音楽的な部分以外で気になる点としては、このアルバムには、インタールードとしてオールドボリウッド風のスキットが数曲おきに収録されている。
それぞれ"The Beginning", "The Plan", "The Money", "The Girl", "The Revenge"といったタイトルが付けられていて、言葉がわからないので何とも言えないが、今作はコンセプトアルバムという一面もあるようだ。

ここまでインド市場に振り切った(インド人と一部のパキスタン人以外は聴かなそうな)アルバムを作ったKSHMRの最新リリースは、"Tears on the Dancefloor"と題したゴリゴリのEDM。
完全にインドのシーンに拠点を移すつもりはなさそうだが、この振れ幅こそが彼の魅力なのだろう。

KSHMR "Tears on the Dancefloor (feat. Hannah Boleyn)"

Ritvizとのコラボレーション"Bombay Dreams"や、インドのスラム街の子どもたちにインスパイアされたという"Invisible Children"など、近年インド寄りの側面をどんどん出してきているKSHMRは、今後ますますインドのシーンでの存在感を増してゆきそうだ。



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goshimasayama18 at 22:27|PermalinkComments(0)