ParekhandSingh

2021年11月07日

インドからビートルズへの53年越しの回答! "Songs Inspired by The Film the Beatles and India"



ビートルズファンならご存知のとおり、インドは彼らに少なからぬ影響を与えた国でもある。
1960年代、若者たちの間では、ベトナム戦争への反対の機運が高まり、西洋の物質主義的な文化に疑問が持たれ始めていた。
インドの文化は、欧米の既存の価値観に変わるカウンターカルチャーとして注目され、ビートルズのメンバーたちも、1968年にヒンドゥー教の聖地リシケーシュにあるヨガ行者にして精神的指導者のマハリシ・マヘシュ・ヨギのアシュラム(修業場)に滞在して過ごした。

(その経緯と顛末は、このRolling Stone Japanの記事に詳しい)



インドに影響を受けたのはビートルズだけではなかった。
当時、The Rolling Stonesは"Paint It, Black"でシタールを導入しているし、インドの服をヒッピー・ファッションに取り入れるミュージシャンも多かった。
当時、ヨガや東洋的な神秘思想は、LSDなどのドラッグと並んで、新しい感覚を覚醒させ、悟りの境地に至るための手段として見られていたのだ。
その後も、90年代のKula Shakerのようなロックバンドや、ゴアトランスなどのダンスミュージックが、サイケデリックやエキゾチックやスピリチュアルを表現する手段として、インド音楽の要素を導入している。
ただ、その多くが、雰囲気づくりのための表面的な引用にとどまっているのもまた事実。
90年代、インドの旅から帰ってきた私は、彼らのサウンドに以前ほど夢中になれなくなってしまい、今でいうところの「文化の盗用」のようなもやもやした感覚を抱いていた。


時は流れて2021年。
いつもこのブログで紹介しているように、インドの音楽シーンもずいぶん進化・変貌した。
経済成長とインターネットの発展により、ヒップホップやEDMやロックといった欧米の音楽の受容が進み、今ではインド国内にもこうしたジャンルの優れたアーティストがたくさんいる。
そのなかには、きわめて優れたポピュラーミュージックを作っている人もいるし、西洋の音楽にインドの伝統的な要素を取り入れた独自の「フュージョン」を作り上げている人もいる。
つまり、20世紀にはインドから欧米への一方通行だった音楽的影響は、今では完全に双方向的なものとなっているのだ。

ビートルズのインド滞在に焦点をあてたドキュメンタリー映画"The Beatles and India"の公開にともなってリリースされた、インドのミュージシャンたちによるトリビュートアルバム"Songs Inspired by the Film the Beatles and India"は、いわばインドからビートルズへの、そして、インド音楽の要素をポピュラーミュージックのスパイスとして使ってきた西洋音楽リスナーへの、53年越しの回答なのである。

これが非常に面白く、そして素晴らしかった。
収録曲は以下の通り。


1. "Tomorrow Never Knows" Kiss Nuka
2. "Mother Nature's Son"  Karsh Kale, Benny Dayal
3. "Gimme Some Truth" Soulmate
4. "Across the Universe" Tejas, Maalavika Manoj
5. "Everybody's Got Something to Hide (Except Me and My Monkey)" Rohan Rajadhyaksha, Warren Mendonsa
6. "I will" Shibani Dandekar, Neil Mukherjee
7. "Julia" Dhruv Ghanekar
8. "Child of Nature" Anupam Roy
9. "The Inner Light" Anoushka Shankar, Karsh Kale
10. "The Continuing Story of Bungalow Bill" Raaga Trippin
11. "Back in the USSR" Karsh Kale, Farhan Akhtar
12. "I'm so Tired" Lisa Mishra, Warren Mendonsa
13. "Sexy Sadie" Siddharth Basrur, Neil Mukherjee
14. "Martha My Dear" Nikhil D'Souza
15. "Norwegian Wood (This Bird Has Flown)" Parekh & Singh
16. "Revolution" Vishal Dadlani, Warren Mendonsa
17. "Love You To" Dhruv Ghanekar
18. "Dear Prudence" Karsh Kale, Monica Dogra
19. "India, India" Nikhil D'souza


ビートルズの曲(一部ジョンのソロ作品)としては、ややシブめの選曲で、なかにはよほどのファンでないと知られていないような曲も入っているが、これらはいずれもインドと何らかのつながりのある楽曲たちである。
そして、いつもクソ長いブログを書いている身としては申し訳ないのだけど、インドとロック好きにとっては、語らずにはいられない要素が満載だ。

というわけで、蛇足とは思いながらも、"Songs Inspired by the Beatles and India"から何曲かをピックアップしてレビューさせていただきます!


1. "Tomorrow Never Knows" Kiss Nuka


オリジナルは1966年発表の"Revolver"の最後に収録されている、ジョン・レノンによる曲。
ジョンの「数千人ものチベットの僧侶が経典と唱えているような感じにしたい」という意図のもと、ワンコードで同じメロディーを繰り返したこの曲は、結果的にサイケデリックなクラブ・ミュージック的なサウンドをあまりにも早く完成させた楽曲となった。
その"Tommorow Never Knows"を、インドのアーティストが、コード進行のあるエレクトロニック・ポップとしてカバーしているということに、何よりも面白さを感じる。
このような、インド人アーティストによるビートルズの楽曲の「脱インド化」はこのアルバムの聴きどころの一つだ。
この曲をカバーしているKiss Nukaはデリー出身のエレクトロニックポップアーティスト。
映画音楽のプレイバック・シンガーとしてデビューしたのち、アイドル的な雰囲気のヴォーカルヴループ'Viva!'の一員としての活動を経て、ソロの電子音楽ミュージシャンとなった彼女の経歴は、現代インドの音楽シーンの変遷を体現していると言ってもよいだろう。
ビートルズがこの曲を発表した30年後の90年代には、イギリスのテクノユニットのケミカル・ブラザーズが"Setting Sun"や"Let Forever Be"といった曲でオマージュを捧げたが、そのさらに30年後の2020年代にインドのアーティストがこういうカバーを発表したということがこのバージョンの肝であって、アレンジがあざといとかサウンドがちょっと古臭いとかいうことは重要ではない。
優れたポップミュージックは輪廻する。


2. "Mother Nature's Son"  Karsh Kale, Benny Dayal


このアルバムの序盤最大の目玉といっても過言ではないのがこの曲。
原曲は"The Beatles"(ホワイトアルバム)に収録されたポール・マッカートニーによるマハリシ・マヘシュ・ヨギの影響を受けた曲。
カバーしているのはイギリス出身のインド系電子音楽アーティスト兼タブラ奏者で、クラブミュージックから映画音楽まで幅広く活躍しているKarsh Kaleと、インド古典音楽とR&Bという両方のルーツを持つBenny Dayal.
ビートルズのカバーをするならこれ以上ない組み合わせのこの二人は、これまでもKarshのソロアルバムなどで共演している。
インド的な要素とビートルズ的な要素が徐々に融合してゆく様が美しい。
このアルバムの聴きどころは、「脱インド化」だけではなく、こうした本場のアーティストならではの「インド化」でもあるということは言うまでもない。


4. "Across the Universe" Tejas, Maalavika Manoj


1969年に発売されたアルバム"Let It Be"に収録されている楽曲だが、はジョン・レノンによって67年には書かれていたという。
カバーしているのはムンバイを拠点に活動しているシンガーソングライターTejasとMali(この曲では本名のMaalavika Manoj名義でクレジット)。
インドの思想に傾倒していたジョンによる'Jai Guru Deve Om'という導師(または神)を讃えるサビのフレーズゆえに、このアルバムの収録曲に選ばれたのだろう。
ふだんは洋楽ポップス的な楽曲を発表しているTejasとMaliが、ここではニューエイジ的な音使いが目立つ、いかにもスピリチュアルなアレンジを披露している。
欧米や日本のアーティストがやったらこっぱずかしくなるようなアレンジだが、インド人である彼らがやるとなんだかありがたいような気もする。
これを、インド人が欧米目線のエキゾチシズムに取り込まれたと見るか、インド人である彼らがステレオタイプをしたたかに利用していると見るか。


6. "I will" Shibani Dandekar, Neil Mukherjee



ホワイトアルバム収録のポール・マッカートニーによる佳曲。
インドと関係なさそうなのになぜ選ばれたのかと思ったら、これもリシケーシュ滞在時に書かれた曲だそうだ。
プネー出身のシンガーShibani Dandekar(現在はオーストラリア国籍)とコルカタ出身のギタリストNeil Mukherjeeによるカバーで、バーンスリー(竹笛)とタブラが印象的。
これもいかにもインド的なアレンジだが、センス良く聴こえるのはアコースティックなサウンドと原曲の良さゆえか。
おいしいチャイを出す日あたりの良いカフェでかかっていたら素敵だと思う。


8. "Child of Nature" Anupam Roy

これは知らない曲だと思ったら、ジョン・レノンの名作"Imagine"(1971年)収録の名曲"Jelous Guy"の初期バージョンだそうで、これもやはりリシケーシュ滞在中に書かれた曲とのこと。
のちにオノ・ヨーコへの思いをつづった歌詞に改作されるが、当初の歌詞は、ポールの"Mother Nature's Son"と同様に、マハリシ・マヘシュ・ヨギの説法にインスパイアされて書かれたものだろう。
ビートルズのインド趣味は、ビートルズファンに必ずしも好意的に捉えられているわけではないが、こうした一見インドには無関係な楽曲の制作にも影響を与えていると考えると、やはりマハリシの存在は大きかったのだろうなと感じる。
カバーしているのは、映画音楽でも活躍しているコルカタ出身のシンガーソングライターAnupam Roy.
タブラとバーンスリーを使ったアレンジは、やや安易だが、原曲の良さが映えている。



9. "The Inner Light" Anoushka Shankar, Karsh Kale
 
原曲はビートルズのメンバーでもっともインドに傾倒していたジョージ・ハリスンによる曲で、インドの楽器のみで演奏されており、歌詞は老子の言葉からとられているという、東洋趣味丸出しの楽曲。
それでもジョンもポールもこの曲の美しさを絶賛しており、ビートルズによる「インド音楽」の最高峰と言っても良いだろう。
ジョージのシタールの師匠でもあるラヴィ・シャンカルの娘アヌーシュカとKarsh Kaleによるカバーは、「こういうことがやりたかったんだろ?まかしときな」という声が聴こえてきそうなアレンジだ。

 
11. "Back in the USSR" Karsh Kale, Farhan Akhtar

ホワイト・アルバム収録の原曲は、ポールによるビーチボーイズに対するオマージュというかパロディ。
どうしてこのアルバムに選曲されたのだろうと思ったら、どうやらこの曲もリシケーシュ滞在中に書かれたものだったからだそうだ。
当時のリシケーシュにはビートルズのメンバーのみならず、ビーチボーイズのマイク・ラヴも滞在しており、この曲の歌詞には彼の意見も取り入れられているという。
Karshによるドラムンベース的なアレンジは、'00年代のエイジアン・マッシヴ全盛期風で少々古臭くも感じるが、ここはイギリス人がインドでアメリカのバンドにオマージュを捧げて書いたソビエト連邦に関する曲を、タブラ奏者でエレクトロニック・ミュージックのプロデューサーでもあるKarsh Kaleとボリウッド一家に生まれたFarhan Akhtar(『ガリーボーイ』の監督ゾーヤー・アクタルの弟)がクラブミュージック風にアレンジしているということの妙を味わうべきだろう。


15. "Norwegian Wood (This Bird Has Flown)" Parekh & Singh

1965年のアルバム『ラバーソウル』収録のシタールの響きが印象的な曲(主にジョンが書いたとされている)を、コルカタ出身で世界的な評価の高いドリームポップデュオ、Parekh &Singhがカバー。
シタールが使われていてたメロディーをギターに置き換えて「脱インド化」し、いつもの彼ららしい上品なポップスに仕上げている。
前述の通り、このアルバムの面白いところは、典型的なビートルズ・ソングをインド的なアレンジでカバーするだけではなく、インドっぽい曲をあえて非インド的なアレンジにしている楽曲も収録されているところ。
都市部で現代的な暮らしをしているインド人ミュージシャンたちにとっては、むしろこうした欧米的なポップスやダンスミュージックのほうが親しみのある音像なのだろう。



17. "Love You To" Dhruv Ghanekar


ジョージ・ハリスンがビートルズにはじめてインド伝統音楽の全面的な影響を持ち込んだ曲で、原曲は1966年のアルバム『リボルバー』に収録されている。
オリジナルではシタールやタブラといった楽器のみで演奏されていたこの曲を、ムンバイのギタリストDhruv Ghanekarは、ある程度のインドの要素を残しつつ、ギターやベースやドラムが入ったアレンジで「脱インド化」。
結果的にちょっとツェッペリンっぽく聴こえるのも面白い。



19. "India, India" Nikhil D'souza


これも知らない曲だったが、どうやら晩年(1980年)にジョンが書いた未発表曲で、2010年になってデモ音源がようやくリリースされた曲らしい。
よく知られているように、ジョンはリシケーシュ滞在中にマハリシ・マヘシュ・ヨギの俗物的なふるまいに嫌気がさして訣別し、その後"Sexy Sadie"(このアルバムでもカバーされている)で痛烈に批判している。
ソロ転向後の"God"でも「マントラ(神への賛歌)もギーター(聖典)もヨガも信じない」と、インドの影響を明確に否定しており、私は70年代以降のジョンは、すっかりインド的なものには興味がなくなったものと思っていた。
だが、この曲を聴けば、ジョンが、その後もインドという国に、若干ナイーヴな愛情を持ち続けていたことが分かる。
ラフなデモ音源しか残されていなかったこの曲を、ムンバイのシンガーソングライターNikhil D'Souzaが完成品に仕上げた。
ジョンらしいメロディーが生きた、素敵なアレンジで、インド好きのビートルズファンとしてはうれしくなってしまう。


他にも聴きどころは満載だが、(例えば、ジョン・レノンのソロ作品をパーカッシブなマントラ風に解釈したSoulmateによる"Gimme Some Truth"も、「ジョンってこういうアレンジの曲も書くよね!」と膝を打ちたなる)いつまで経っても終わらなくなってしまうのでこのへんにしておく。

インドのミュージシャンによる欧米ロックのカバーは、70年代にもシタール奏者のAnanda Shankarによるものなどがあったが、いかにもキッチュなエキゾチシズムを売りにしたものだった。
ロックをきちんと理解したアーティストによるロックの名曲をインド的に解釈したカバー・バージョンは、実は私がずっと聴きたかったものでもあった。

(その話はこの記事に詳しく書いてあります)


ビートルズへの53年越しの回答であると同時に、私の23年越しの願望にも答えてくれたこのアルバムを愛聴する日々が、しばらく続きそうだ。




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2020年12月26日

2020年を振り返る コルカタの音楽シーン特集

先日に続いて、2020年を振り返る記事。
昨年(2019年)は、映画『ガリーボーイ』 の公開もあって、ムンバイの、とくにヒップホップシーンに注目した1年だったが、今年(2020年)は佐々木美佳監督の『タゴール・ソングス』や、川内有緒さんの『バウルを探して 完全版』の影響で、ベンガルの文化に惹きつけられた1年だった。

もうすでに耳にタコの人もいるかもしれないが、ベンガルとはインドの西ベンガル州とバングラデシュを合わせた、ベンガル語が話されている地域のこと。
ベンガルmap
(この地図は『タゴール・ソングス』のウェブサイトからお借りしました)

イギリスによる分割統治政策によって多くのムスリムが暮らしていたベンガル地方の東半分は、1947年のインド・パキスタン分離独立時に、イスラームを国教とするパキスタンに帰属する「東パキスタン」となった。
しかし、言語も異なる東西のパキスタンを、大国インドを挟んだ一つの国として統治することにはそもそも無理があった。
西パキスタンとの格差などを原因として、東パキスタンは1971年にバングラデシュとして再び独立を果たすことになるのだが、それはまた別のお話。
(バングラデシュの音楽シーンについても、最近かなりいろいろと分かってきたので、また改めて紹介する機会を持ちたい)
私にとっての2020年は、分離独立前からこの地方の中心都市だった、インドの西ベンガル州の州都コルカタの音楽シーンが、とにかく特徴的で面白いということに気付づいてしまった1年だった。

コルカタのシーンの特徴を2つ挙げるとしたら、「ベンガル地方独特の伝統文化(漂泊の歌い人にして修行者でもあるバウルや、タゴールに代表される詩の文化)の影響」と「イギリス統治時代に首都として栄えた歴史から来る欧米的洗練」ということになる。
さらには、独立運動の中心地であり、また独立後も社会運動が盛んだったこの街の政治性も、アーティストたちに影響を与えているようだ。


まずは、近年インドでの発展が著しいヒップホップから紹介したい。
地元言語のベンガル語でラップされるコルカタのヒップホップの特徴は、落ち着いたセンスの良いトラックと強い郷土愛だ。
コルカタを代表するラッパー、Cizzyの"Middle Class Panchali"聴けば、ムンバイのストリート・ラップ(例えばDivine)とも、デリーのパンジャーブ系エンターテインメント・ラップ(例えばYo Yo Honey Singh)とも違う、コルカタ独自の雰囲気を感じていただけるだろう。

ジャジーなビートにモノクロのスタイリッシュな映像は、まさにコルカタならでは。
タイトルのPanchaliは「民話」のような意味のベンガル語らしい。

CizzyがビートメーカーのSkipster a.k.a. DJ Skipと共演したこの曲"Change Hobe Puro Scene"('The scene will change'という意味)では、インド最古のレコードレーベル"Hindusthani Records"の音源をサンプリングしたビートを使った「温故知新」な一曲。

コルカタのランドマークであるハウラー・ブリッジから始まり、繁華街パークストリート、タゴール、リクシャー(人力車)といったこの街の名物が次から次へと出てくる。

MC Avikの"Shobe Cholche Boss"もコルカタらしい1曲。

コルカタのアーティストのミュージックビデオには、かなりの割合でハウラー・ブリッジが登場するが、サムネイル画像のワイヤーで吊られている橋は、コルカタのもうひとつのランドマーク、ヴィディヤサガル・セトゥ。
ハウラー・ブリッジと同じく、この街を縦断するフーグリー河にかかっている橋だ。
コルカタにはまだまだ優れたヒップホップアーティストがたくさんいるので、チェックしたければ、彼らが所属しているJingata Musicというレーベルをチェックしてみるとよいだろう。



コルカタといえば、歴史のあるセンスの良いロックシーンがあることでも知られている。
その代表的な存在が、ドリームポップ・デュオのParekh & Singh.
イギリスの名門インディーレーベルPeacefrog Recordsと契約している彼らは、インドらしさのまったくない、欧米的洗練を極めたポップな楽曲と映像を特徴としている。

ウェス・アンダーソン的な映像センスと、アメリカのバークリー音楽大学出身の音楽性は、世界的にも高い評価を得ており、日本では高橋幸宏も彼らを絶賛している。

「ドリームフォーク・バンド」を自称するWhale in the Pondも、インドらしからぬ美しいメロディーとハーモニーを聴かせてくれる。

今年リリースされたコンセプト・アルバム"Dofon"では、地元の伝統音楽(民謡)なども取り入れた、ユニークな世界観を提示している。

過去に目を向けると、コルカタは1960年代から良質なロックバンドを輩出し続けていた。
なかでも70年代に結成されたHighは、インドのロック黎明期の名バンドとして知られている。

この曲はカバー曲だが、彼らはインドで最初のオリジナル・ロック曲"Love is a Mango"を発表したバンドでもある。

同じく70年代に結成された伝説的バンドがこのMohiner Ghoraguli.
ベンガルの詩やバウルなどの伝統とピンク・フロイドのような欧米のロックを融合した音楽性は、インド独自のロックのさきがけとなった。

彼らの活動期間中は知る人ぞ知るバンドだったが、2006年にボリウッド映画"Gangster"でこの曲がヒンディー語カバーされたことによって再注目されるようになった。
中心人物のGautam Chattopadhyayは、共産主義革命運動ナクサライト(のちにインド各地でのテロを引き起こした)の活動に関わったことで2年間州外追放措置を受けたこともあるという硬骨漢だ。

こうした政治運動・社会運動との関連は、今日のコルカタの音楽シーンにも引き継がれている。
例えばインドで最初のラップメタルバンドと言われるUnderground AuthorityのヴォーカリストEPRは、ソロアーティストとしてリリースしたこの曲で、農民たちがグローバリゼーションが進む社会の中で貧しい暮らしを強いられ、多くが死を選んでいるという現実を告発している。
タイトルの"Ekla Cholo Re"は「ひとりで進め」という意味のタゴールの代表的な詩から取られている。 


ブラックメタル/グラインドコアバンドのHeathen Beastは、無神論の立場から、宗教が対立し、人々を傷つけあう社会を痛烈に糾弾している。

この曲では、ラーマ神の出生地と言われるアヨーディヤーに建てられていたイスラームのモスクをヒンドゥー至上主義者たちが破壊した事件を扱っている。
今年リリースされた"The Revolution Will Not Be Televised, But Heard"でも、ヒンドゥー・ナショナリズムや腐敗した政治に対する激しい批判を繰り広げた。


電子音楽/エレクトロ・ポップのジャンルでもコルカタ出身の才能あるアーティストたちがいる。
今年リリースした"Samurai"で日本のアニメへのオマージュを全面に出したSayantika Ghoshは、郷土愛を歌ったこの"Aami Banglar"では、伝統楽器の伴奏に乗せて、バウルやタゴール、地元の祝祭や、ベンガルのシンボルとも言える赤土の大地を取り上げている。

一見、歴史や伝統には何の興味もなさそうな現代的なアーティストが、地元文化への愛着をストレートに表現しているのもコルカタならではの特徴と言える。

コルカタ音楽シーンの極北とも言えるのが、ノイズ・アーティストのHaved Jabib.
これまで数多くのノイズ作品を発表してきた彼の存在は以前から気になっていたのだが、そのあまりにも前衛的すぎる音楽性から、このブログでの紹介をためらっていた。
今年彼がリリースした"Fuchsia Dreamers"は、ムンバイのノイズ/アンビエントユニットComets in Cardigansとコラボレーションで、混沌とした音像のなかに叙情的な美しさを湛えた、珍しく「音楽的」な作品となった。
これまでに彼がリリースした楽曲のタイトルやアートワークを見る限り、動物愛護や宗教紛争反対などの思想を持ったアーティストのようだが、彼はインターネット上でも自身のプロフィールや影響を受けたアーティストなどを一切公表しておらず、その正体は謎につつまれている。

と、気になったアーティストのほんのさわりだけを紹介してみたが、とにかくユニークで文化的豊穣さを感じさせるコルカタのシーン。
来年以降もどんな作品が登場するのか、ますます楽しみだ。

最後に、これまでに書いたベンガル関連の記事をまとめておきます。













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goshimasayama18 at 15:54|PermalinkComments(0)

2020年07月01日

インドと寿司の話(20年前の思い出と、最近のミュージックビデオなど)


誰が決めたのかは知らないが、6月18日は国際寿司デーだったそうだ。
(と思って書き始めたら、もうとっくに過ぎてしまった…)
寿司がすっかり国際的な料理になって久しいが、今回の記事は、私の奇妙な思い出話から始めたいと思う。

あれは今からちょうど20年前の話。
卒業旅行で訪れたインドのゴアで、なんとも不思議な店を目にした。
いや、あれを店と呼んでいいのかどうかすら分からない。

ゴアは、いくつもの美しいビーチを持つインド西部の街だ。
かつてポルトガル領だったゴアは、インドでは例外的にヨーロッパっぽい雰囲気があり、そのためか、欧米人ツーリスト、とくにヒッピーやバックパッカーに人気が高い。

(ゴアのヒッピーカルチャーについては、この記事から始まる全3回にまとめてあるので興味がある方はどうぞ)

心地よい潮風が吹き、美味しい欧米料理が安く食べられ、この国ではめずらしく飲酒にも寛容なゴアは、どことなく修行のような雰囲気がただようインド貧乏旅行のなかで、珍しく楽園の空気を感じることができる街だった。
1ヶ月にわたる旅の終盤だった私は、南国の暖かい日差しの中、ヒッピーファッションやトランスのCDを扱う店を冷やかしたり、海辺で外国人ツーリストとビーチバレーをしたりして、楽園ムードを満喫していた。

…その粗末な掘っ建て小屋が立っていたのは、アンジュナ・ビーチとカラングート・ビーチの間の細い道路脇のヤシの木陰だった。
どうやらもともとは食べ物やだったらしいのだが、入り口は閉ざされ、南京錠がかけられていたように思う。
トタンのような素材で作られたその小屋は、とても食べ物を扱う店には見えず、多少旅慣れた私でも「こんな店(ひとまずそれを店と呼ぶとして)で出された物は絶対に口にしたくない」と思うほどに見すぼらしかった。
だが、驚くべきことに、その小屋の壁面には、サイケデリックに曲がりくねった書体で、それまでインドでは一度も目にしたことのない料理の名前が大書きされていたのだ。

'SEAFOOD'という単語と並んで、その薄汚れた壁にド派手な原色の文字で書かれていたのは、あろうことか、'SUSHI', 'SASHIMI'という単語だった。
そこには、日本人が寿司と聞いてイメージする、新鮮さや清潔さといった要素は全くなかった。
このシュールな光景は、果たして現実なのだろうか…。

当時、日本人バックパッカー向けに日本食っぽい料理を出す店は、インド各地に存在していた(ヴァラナシの「ガンガー富士」とか、ブッダガヤの「ポレポレ」とか)。
だが、メニューはせいぜい親子丼とかオムライスみたいなものばかりで、ご飯はパサパサのインド米、しかもオリジナルの味を知らないインド人の料理人が勝手にスパイシーな味付けにしてしまうので、食べればかえって本物の日本食が恋しくなってしまうのだった。
まともな日本食を食べるには、大金を払って、駐在員が行くような大都市の高級店に行くしかなかったのだ(行ったことがないので分からないけど)。
あの頃、生の魚料理を出す店は、インドには無かったのではないだろうか。
当時のインドに生魚を安定した冷蔵状態で輸送し、保管して調理できる環境はほとんど無かったはずだし、生魚を扱える料理人がわざわざ日本からインドに来るとも思えなかった。
(本格的な日本食の店を海外で志すなら、あの頃だったらアメリカやヨーロッパに行ったはずだ)

きっとこれは、寿司が食べたかった旅行者が、とっくに潰れた店にふざけて落書きしたに違いない。
小屋の入り口は固く閉ざされており、その寂れた雰囲気は、潰れてからずいぶんと経過しているように見えたのだ。

呆然としていると、突然、どこからともなく一人のインド人のおっさんが現れた。
「店」の関係者が、客と思しき日本人を見つけてやって来たらしいのだ。
その男が、おもむろに「あんた、スシを食べに来たのか?」と聞いてきたので、私はさらに驚いた。
驚いた理由その1は、この小屋というか店は、一応、まだ営業しているらしいということ。そして、驚いた理由その2はもちろん、この小屋で、本当に寿司や刺身を提供しているということだ。

怖いもの見たさで、「ここで寿司が食べられるの?」と聞くと、そのオヤジは「今はないが、夜ならできる。夜また来い!」と力強く答えた。
それは、「日本人のあなたが満足できる寿司じゃないかもしれないけど…」みたいな謙虚さの一切感じられない、インド人特有の、根拠のない自信に満ち溢れた、堂々たる言いっぷりだった。

あまりに不意をつかれたのと、よく分からない気まずさから、お人好しな日本人の私は、つい反射的にこう言ってしまった。

「分かった。夜、また来る」

店の親父は、力を込めて「OK. 準備しておく」と答えた。

ところが、その夜、再びその店に行くことはなかった。
すっぽかしたのではない。
ゴアの強烈な日差しで熱射病になってしまったのだ。
体調は最悪で、とてもそんな不衛生な店で食事をする気にはならなかったし、そもそもベッドから起き上がることもできず、私はひたすら宿で体を休めることしかできなかった。
こうして私は、インドで寿司を食べる貴重なチャンスを逸したわけだが、正直にいうと、あの不衛生な寿司屋に行かないで済む理由ができて、どこかほっとしていた。

翌日にはすっかり元気になったものの、ゴアにはインドの他の街では見かけないような欧米風の食べ物を出す店がたくさんあり、薄情な私は、あのみすぼらしい寿司屋のことを、もうすっかり忘れてしまっていた。
ちょうど2000年のことである。

思いがけずインドで初めて寿司を食べたのは、それから10年の月日が流れた2010年のことだった。
バックパッカーからスーツケーサー(とは言わないけど)に成り上がった、もしくは成り下がった私は、出張で職場のえらい人と一緒にバンガロールのかなり高級なホテルに泊まっていた。
バックパッカー時代に泊まっていた宿と比べて、1泊の料金が100倍くらいするそのホテルは、私がよく知るインドとは全く別の世界だった。
見るもの全てが、かつて宿泊していた安宿とは全く異なる清潔感と高級感にあふれている。
スタッフはアイロンの効いた制服に身を包み、シーツやテーブルクロスは染みひとつない真っ白。
世界中のエグゼクティブと思しき人たちが行き交う無国籍な高級空間は、スタッフの顔立ちさえ除けば、まるでヨーロッパの大都市のホテルのようだった(行ったことないから知らないけど)。

そのホテルの朝食バイキングに、なんと、巻き寿司が並んでいたのである。
たしか、サーモン巻きとカッパ巻きだったと思う。
おそるおそるお皿にとって食べてみると、日本風のお米に酢がちゃんと効いていて、テーブルには醤油も添えられていて、正真正銘の寿司と呼んで全く差し支えのない一品だった。
(もちろん、お腹も壊さなかった)

さらに、その宿には日本風居酒屋も併設されていて、内装は外国の日本料理屋にありがちな、やたらと赤を強調した中国風だったけれど、燗酒も出してくれたし、カツオのたたきなんかもあって(おいしかった)、なかなかに本格的な和食を提供していた。
いくらIT産業が発展した国際都市のバンガロールとはいえ、インドの内陸部で寿司やカツオのたたきが食べられるなんて、と、ものすごく驚いたのを覚えている。

そして、その時、忘れかけていたゴアのあの店の記憶が蘇ってきたのだ。
清潔感と高級感にあふれる、空調の効いた大都会バンガロールの高級ホテルではなく、灼熱のゴアの掘っ建て小屋で、'SUSHI'や'SASHIMI'を出していたはずの、あの店の記憶が…。

もしあの日、あの店を訪れていたら、自分はいったいどんな料理を目にしていたのだろう。
やはり、インド人は寿司もスパイシーに仕立ててしまっていただろうか。
ご飯は日本米?インディカ米?
味やクオリティーはともかく、もしかしたら、あれはインドで最初の寿司レストランだったのかもしれない。

バンガロールで寿司を食べてからさらに10年。
その後もインドは驚異的な経済成長と国際化を続け、今ではインドのどの都市にも、寿司を出す店が出来ているようだ。
疑っているあなたは、「インドの都市名(スペース)SUSHI」と入れて、Google先生に聞いてみてほしい。

スクリーンショット 2020-06-18 21.50.23
この画像は、「Bangalore Sushi」で画像検索してみた結果だが、なぜかシャリが外側に来ている寿司が多いのが気になるものの、ひとまず「寿司」と呼んで全く問題のない料理が並んでいるのが分かるだろう。

長い思い出話に付き合っていただきありがとうございました。
ここからが本題。(前置きが長すぎる!申し訳ない)


インドでも一般化しつつある寿司だが、インド人にとって、寿司や刺身はまだまだ「生で魚を食べるという奇妙な料理」だ。
インド人は、一般的に食に関しては極めて保守的だ。
ご存知のように、人口の8割を占めるヒンドゥー教徒は牛肉食を神聖なものとして忌避しており、ムスリムは豚肉を汚れたものとして忌避している。
ヴェジタリアンも多く、かつては異なるカーストと食卓をともにしない習慣すらあったインド人は、見慣れない外国料理に好奇心を持って飛びつくようなことはなく、食べ慣れた料理こそが一番安心で、そして美味しいと思っている人がほとんどなのだ。

インドの人気作家Chetan Bhagatの小説"A Half Girlfriend"に、ビハール州の田舎育ちの主人公の大学生が、好意を寄せるデリーのお金持ちの娘のホームパーティーにうまくとけ込むことができず、戸惑う場面が出てくる
そこで登場するのが寿司だ。
ウェイターが持ってきた見慣れぬ料理が「生魚を乗せたライス」だと聞いて、主人公はびっくりするのだ。 
主人公は、翌日、似た境遇の寮の仲間たちと、傷を舐め合うかのように「寿司なんてさっぱり理解できないよ。日本の料理なんだって」と語り合うのだ。
都会的なパーティーになじめなかった彼が、金持ちのライフスタイルの理解不能さをぼやいているというわけだ。
(この小説は、後にArjun Kapoor, Shraddha Kapoor主演で映画化されたが、映画は未見なのでこのシーンがあったかどうかは分からない)
ビハール州やデリーは内陸部であり、そもそも魚を食べる週間がない。
有りあまるお金を持っているのに、わざわざゲテモノの「生魚」を食べるなんて意味が分からない、という感覚は、多くのインド人にとって、至極真っ当なものだろう。

今回は、そんなふうにインドでは高級であると同時にかなりキッチュな食べ物である「寿司」が出てくるミュージックビデオを紹介したい。

まずは、チェンナイを拠点に活動しているインディーロックバンド、F16sが昨年リリースしたアルバム"WKND FRND"からシングルカットされた"Amber".
ポップなアニメーションで現代社会に生きる人々の孤独を表現したミュージックビデオの1:56に羽の生えた寿司が登場する。

リッチで華やかな生活に憧れながらもなじめない孤独感のさなかに、突如として飛んでくる謎の寿司は、"A Half Girlfriend"に出てきたのと同様に、空虚な豊かさの象徴だろう。
ちなみにF16sの活動拠点であるインド南部東岸の港町チェンナイは、貿易などに携わる日本企業が以前から多く進出している街である。
チェンナイの寿司事情を開設したJETROのこんな記事を見つけた。
内陸部よりも魚に馴染みがあるはずのチェンナイでも、やはり生魚は地元の人々にとってハードルが高いようだ。



続いて紹介するのは、インド随一のセンスの良さを誇るコルカタのドリームポップデュオParekh and Singhが今年4月にリリースした"Newbury Street".
寿司は2:18に登場。

見たところ、マグロ、エビ、イカ、玉子などのなかなか本格的な寿司のようだ。
Newbury Streetはアメリカのボストンにあるお洒落な繁華街の名前。
このタイトルは、メンバーのNischay Parekhがこの通りにほど近い名門バークリー音楽大学に留学していたために付けられたものだろう。

このミュージックビデオに出てくる寿司は、これまでに見てきたような「高級なゲテモノ料理」ではなく、ポップでクールな世界観に溶け込んだ、「色鮮やかでお洒落な料理」という位置付けだ。
留学経験がある国際派であり、かつFacebookページのおすすめアーティストにウディ・アレンやマーヴィン・ゲイと並んで、アメリカ版「料理の鉄人」にも出演していた「和の鉄人」森本正治を挙げている彼らにとって、寿司は馴染みのないものではないのだろう。
(森本氏は、インドでもムンバイの5つ星ホテルTaj Mahal Palace内に、和食レストラン"Wasabi"を展開している)

多少インドのことを知っている日本人としては、Parekh and Singhのセンスももちろん分かるし、彼らと価値観を共有していない大多数のインド人(たとえ現代的な音楽のアーティストであっても)にとって、寿司が高級だが極めて悪趣味な食べ物だという感覚も理解できる。
そういえば、子どもの頃、見たことも食べたこともないエスカルゴに対して、私も同じようなイメージを持っていたのを思い出す。
フランス人、カタツムリ喰うのかよ、気持ち悪っ、て。
今では、サイゼリヤに行けば必ず「エスカルゴのオーブン焼き」を頼むくらいエスカルゴ好きになったのだが…。

だんだん何を書いているのか分からなくなってきたが、今回はインドでの寿司の思い出と、インド人にとっての寿司、そして、インドのミュージックビデオに登場する寿司を紹介しました。

書いてたら、寿司が食べたくてたまらなくなってきた。

…寿司、食べたいなあ。
できれば回ってないやつ。

それにしても、あのゴアの寿司屋のオヤジが今頃何をやってるんだろう…。
もしあなたが、ゴアで怪しげな寿司屋を見つけたら、ぜひ食べてみて、どんな味だったか教えてください。



追伸。
そういえば、1990年代のインドで刺身を食べさせてくれた場所を1箇所だけ思い出した。
インド東部オディシャ州の海辺の小さな街、プリーにある日本人バックパッカーの溜まり場、「サンタナ・ロッジ」だ。
3食付きのこの宿では、追加料金(確か150ルピーくらい、当時のレートで500円ほどだったと思う)を払えば、大阪の飲食店での勤務経験があるオーナーが、近所の漁師から仕入れた魚の新鮮な刺身を出してくれたのだ。
日本から取り寄せた醤油とワサビもあり、日本食に飢えていた私は、もちろんこの刺身を注文した。
困ったのは、ご飯がパサパサのインド米だということと、他のおかずがインド風のカレーだということ。
食べる前から想像がついたことだが、インドの米と刺身は全く合わず、さらにインドカレーと刺身は味の方向性が完全に真逆で、悲劇的なまでにめちゃくちゃな組み合わせだということだ。
(念のために言うと、その刺身は鮮度もまったく味も申し分なく、単体で食べればとても美味しいものだった)

あの時の味のミスマッチを考えれば、全く異なる食文化で育ったインドの人たちが、寿司や刺身をゲテモノ扱いするのも無理がないことだと思う。


追伸その2。
ちょうどタイムリーに面白い記事を見つけたので、貼り付けておく。



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goshimasayama18 at 19:40|PermalinkComments(0)

2020年03月14日

特集!コルカタのインディーミュージックシーンその2 現在のコルカタのロックバンドたち


前回、60年代〜70年代のコルカタ(カルカッタ)で活躍した驚くべきロックバンド、The Flintstones, Calcutta-16, Great Bear, そしてHighを紹介した。

コルカタは1911年まで英領インドの首都として栄えていた街だ。
イギリスによるインド支配の中心地だったコルカタには、イギリス人男性とインド人女性との間に生まれた子どもたちの子孫である「アングロ・インディアン」と呼ばれる人々のコミュニティーが形成されていた。
彼らの多くがイギリス統治時代に官僚として活躍し、また西洋音楽(ジャズ、ブルース、のちにロックなど)をコルカタ、そしてインド全体にもたらすうえでも大きな役割を果たした。
さしずめ、アングロ・インディアンたちは、1960年代の日本で外国にルーツを持つメンバーを中心に結成され、本格的なロックを演奏していたゴールデン・カップスのような存在だったのだろう。

インドのなかでロックが盛んな地域といえば、ケーララ州やインド北東部といったキリスト教信仰が盛んな場所が挙げられるが、アングロ・インディアンたちもまたクリスチャンだった。
ここでもクリスチャンが西と東の文化をつなぐ役割を果たしていたのである。
(一方で、インドのキリスト教徒たちがヒンドゥー原理主義者たちから「インドの伝統を破壊する」として理不尽な排斥の対象にもなっているということにも留意しておきたい)

1970年代以降も、コルカタは洗練されたロックバンドを多く生み出している。
1975年に結成されたMohiner Ghoraguliは、欧米のロックの模倣だけでなく、ベンガルのフォークやバウルの影響も取り入れた、ベンガル語で歌うバンドだ。
さまざまなスタイルの曲を演奏しているが、この曲は穏やかなメロディーにむせび泣くギターが印象的な、まるでインド版Pink Floydだ。


1998年から2010年まで活動していたInsomuniaは、サイケデリックな要素のあるベンガル語のヘヴィ・ロック。ヴォーカルが弱いが、この時代のインドでこのサウンドを鳴らしたセンスはなかなかのもの。


ベンガル語で歌うバンドとしては、他にもCactus(1992年結成)、Fossils(1998年結成)、 よりフォーク的な曲調のKrosswinds(1990年)らがおり、現地の記事ではロックバンドとして扱われていることも多いが、あまりロック的な音楽性ではないのでここでは割愛する。

ベンガル語のポピュラーソングを聴いて感じるのは、インドの他の言語の歌と比較して、メロディーの「くせ」が少なく、どこか垢抜けているということだ。
例えばヒンディー語やパンジャービー語の歌やラップを我々日本人が聴くと、歌い回しや独特の「こぶし」が茨城弁や東北弁っぽく聴こえることが多い。
(参考記事:「インドの吉幾三」
ところが、ベンガル語の歌やラップには、こうした独特の節回しがほとんど感じられないのだ。
これは、言語のイントネーションの違いによるものかもしれないし、それぞれの言語圏の音楽の伝統の違いによるものかもしれない。
独特のうねるような歌い回しが特徴的なヒンドゥスターニー音楽(北インドの伝統音楽)と比べて、例えばベンガルに伝わるバウルの歌は、歌い声こそ力強いが歌い方はもっとストレートだし、ベンガル人たちの愛唱歌タゴール・ソングも唱歌のようなシンプルなメロディーのものが多い。
つまり、ベンガル人の音楽的なルーツには、いかにもインド的な節回しは存在していないようなのだ。
ひょっとしたら、コルカタにインドらしからぬ音楽性のロックバンドが多い理由のひとつに、こうしたベンガル語やベンガル音楽の「くさみの少なさ」が影響しているのかもしれないと思った次第である。

インドの他の地域同様、コルカタのロックシーンもまた、2000年以降、経済成長やインターネット普及の追い風を受けて加速度的に発展してゆく。
Highの影響を強く受けているというThe Supersonicsは、2006年に結成されたバンドだ。

Highとはうってかわって現代的なサウンドだが、それだけにコルカタのロックの伝統が21世紀まで続いていることを感じさせられる。

2010年結成のUnderground Authorityはインド初のラップメタルバンドと言われている。

Rage Against The Machineを彷彿とさせる社会的メッセージの強い楽曲を演奏している。
この曲は全編英語だが、彼らは英語ラップとヒンディー語のヴォーカルを融合させた曲も多く、また映画のカヴァー曲なども手がけている。

2011年に結成されたThe Ganesh Talkiesもちょっと社会風刺っぽい要素のあるロック。

独立後のウエストベンガル州は、伝統的に共産党政権が長く続いていたことでも知られており、またナクサライトのような過激な運動を行う組織が誕生した地でもある。
こうした社会批判的な視点というのもコルカタのバンドの伝統と言えるのだろうか。
ちなみにインドには'◯◯ Talkies'という名前のバンドがいくつかあるが、いずれも古い映画館から取られた名前のようだ。

そしてコルカタの洗練されたロックバンドの究極とも言える存在が、2011年に結成されたこのParekh And Singhだろう。



Parekh & Singhはボストンのバークリー音楽院を卒業したNischay Parekhと、コルカタの名門私立学校La Martiniere Calcuttaでの友人だったJivraj Singhによるドリームポップ・デュオだ。
彼らは、イギリスの名門インディーレーベルPeacefrogと契約しており、日本の音楽情報サイトでもたびたび紹介されたり、高橋幸宏にリコメンドされたりするなど、国際的な評価を得ている。
毎回ウェス・アンダーソンを思わせるポップな色使いのミュージックビデオを制作することでも知られており、音楽的にもビジュアル的にもインドらしさのまったくない無国籍なセンスの良さを誇っている。
それにしても、いくら世界的にも評価されているバンドだといっても、大人気と言えるほどでもない彼らが、いったいどうやって毎回こんなにお金のかかったビデオを撮ることができるのか、ずっと不思議だったのだが、ある筋から聞いた情報によると、どうやらその秘密は「実家がとんでもないお金持ち」ということらしい。
Parekhの実家は、お手伝いさんが10人以上いる大豪邸だそうだ。
彼らもまた、コルカタの富裕階級の趣味の良さを感じさせてくれるグループなのだ。

2回に分けてコルカタ出身の様々なロックバンドを見てきたが、そこに共通点を見出すとしたら、イギリス統治時代から続く西洋文化の吸収に積極的な「センスの良さ」と、文学的ともいえる深みのある表現と言うことができるだろう。
やはりどのバンドを見ても、ムンバイともデリーとも違う「コルカタらしさ」が感じられるように思えるのは、気のせいではないはずだ。

次回は、ベンガルのラッパーたちを特集してみたいと思います!
乞うご期待!



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2020年01月26日

Rolling Stone Indiaが選ぶ2019年ベストアルバム10選!

毎年紹介しているRolling Stone India誌が選ぶ年間ベストシリーズ、今回は2019年のベストアルバムを紹介します!
(元の記事はこちら)
同誌の編集者が選ぶこのセレクションは、毎年「ボリウッドのようないかにもインドらしい音楽」ではなく「オシャレで洗練された音楽」を選出してくるのが特徴。
日本にもよくある「歌謡曲やアイドルは取り扱わず、作家性が強くてセンスの良いものを紹介するメディア」みたいな傾向があるので、決してインドの主流ではないものの、「インドの先端的なインディーミュージック」と思って読んでみてください
今回は各アルバムを代表する1曲の動画を貼り付けておきます。
Spotifyなんかでも聴けるので、気に入った楽曲があったらぜひアルバムを通して聴いてみてください。

Peter Cat Recording Co. "Bismillah"

Peter Cat Recording Co.はニューデリーで2009年に結成された、インドのインディーミュージックシーンではベテランにあたるバンド。
この"Bismillah"は彼らの久しぶりのアルバムだ(おそらく前作は2012年リリース)。
以前からジプシー・ジャズやボールルームのようなレトロな音楽の影響を強く受けた作風が特徴としているが、今作でもその路線を踏襲。
バート・バカラックみたいに聴こえるところもあれば、曲によってはサイケデリックな要素もある。
過去の優れた音楽をセンスよくまとめるスタイルは、日本でいうと90年代の渋谷系を思わせる。
インドのオシャレ系アーティストの代表格で、フランスのPanache Parisレーベルと契約している。


Parekh & Singh "Science City"

こちらもインドを代表するオシャレアーティストとして有名なコルカタのドリームポップデュオ。
彼らはイギリスのPeacefrogレーベルと契約しており、日本でも高橋幸宏に紹介されたりしている。
今作でもその音楽性は健在で、ウェス・アンダーソン的な世界観ともども確固たる個性を確立している。


The Koniac Net "They Finelly Herd Us"

2011年結成のムンバイのオルタナティブロックバンドで、Stills, Smashing Pumkins, Death Cab For Cutieらに影響を受けているとのこと。
確かに、90年代から2000年ごろのバンドのような質感のあるサウンドで、楽曲も非常によくできている。
Rolling Stone India曰く、「ロックが死んだというやつがいるなら、このアルバムはその復活だ」。


Shubhangi Joshi Collective "Babel Fish"

ギター/ヴォーカルのShubangi Joshi率いるムンバイのインディーポップバンド。
曲はファンクっぽかったりジャズっぽかったり、たまにボサノバっぽかったりする。
ここまで全て英語ヴォーカルの洋楽的サウンドが占めているところがいかにもRolling Stone India的な感じだ。


Blackstratblues "When It's Time"
ムンバイのギタリストWarren Mendonsaが率いるインストゥルメンタルバンド。
2017年のこの企画でもベストアルバム10選に選出されたこのランキングの常連だ。
その時もまったく21世紀らしからぬサウンドで驚かせたが、今作も音楽性は変わらず、ジェフ・ベックのような心地よい音色のフュージョン風サウンドを聴かせてくれている。
ギタリストとしての力量は非常に高いと思うが、音楽の質さえ高ければ、あまり同時代性に関係なく選出されるのがこのランキングの面白いところ。
ちなみにWarren Mendonsaはボリウッド音楽のプロデューサー集団として有名なShankar-Eshaan-LoyのLoy Mendonsaの甥にあたる。


Lifafa "Jaago"

ここにきてようやくインドらしさのあるサウンドが入ってきた。
Lifafaは冒頭で紹介したPeter Cat Recording Co.のヴォーカリスト、Suryakant Sawhneyのソロプロジェクトで、バンドとはうってかわって、こちらではエレクトロニカ的なサウンドに取り組んでいる。
無国籍な音になりがちなエレクトロニカ・アーティストのなかでは珍しく、彼はインド的な要素を大胆に導入して、独特の世界観を築き上げている。
そのせいか、不思議な暖かさがあり、妙にクセになるサウンドだ。


Divine "Kohinoor" 

2019年はインドのヒップホップ界にとっては飛躍の年だった。
その最大の理由は、映画『ガリーボーイ』のヒットによって、それまでアンダーグラウンドなカルチャーだったヒップホップが広く知られるようになったこと。
Divineはインドのストリートヒップホップ創成期から活躍するムンバイのラッパーで、『ガリーボーイ』の主人公の兄貴分的なキャラクターであるMCシェールのモデルとしても注目された。
今作は自身のレーベル'Gully Gang Entertainment'からのリリースで、同レーベルのShah RuleやD'evilらが参加している。
『ガリーボーイ』のエグゼクティブ・プロデューサーを務めたNasによるインタールードも収録されており、「メジャー感」で他のアーティストと一線を画す内容。
表題曲のイントロや、Chal Bombayのビートなど、レゲエっぽい要素が入ってきているところにも注目したい。
個人的にはダンスホール・レゲエやレゲトンはもっとインドで流行る可能性のある音楽だと思っている。
最近のボリウッド系の曲ではかなりレゲトン的なビートが使われていて、それゆえにアンダーグラウンド・ヒップホップ界隈では敬遠されていたのかもしれないが、今後どうなるだろうか。
このDivine、ムンバイのヒップホップシーンのアニキ的な立ち位置を確立しており、日本でいうとZeebra的な存在、のような気がする。


Arivu x ofRo "Therukaral"


日本語で「浴びる、お風呂」みたいな名前の二人組は、インド南部タミルナードゥ州のヒップホップユニット。
今作は、日本でも映画祭で公開された『カーラ 黒い砦の闘い(原題"Kaala")』の監督パー・ランジットによる音楽プロジェクト、その名もCasteless Collectiveの一員でもあるラッパーArivuと、プロデューサーのofRoによるプロジェクトによるファーストアルバムにあたる。
Casteless Collectiveではカースト制度に反対するメッセージを、タミルの伝統音楽Gaanaとラップを融合した音楽に乗せて発信していたが、このユニットでは、政治的なメッセージはそのままに、よりヒップホップ色の強いスタイルに取り組んでいる。
この"Anti-Indian"は、「タミル人としてのアイデンティティを持っていることが、北インドのヒンドゥー的な価値観のナショナリストにとっては『反インド的』になるのか?」という痛烈なメッセージの曲のようだ。


Taba Chake "Bombay Dreams"

「茶畑」みたいな変わった名前の彼は、インド北東部アルナーチャル・プラデーシュ州出身のシンガー・ソングライターで、現在ではムンバイを拠点に活動をしている。
ギターやウクレレの音色が心地よいアコースティックな質感のアルバムで、ちょっとジャック・ジョンソンみたいな雰囲気もある。
いわゆる「インドの山奥」であるインド北東部には、この手の南国っぽいアコースティック・サウンドのアーティストが結構いるのだが、地元の伝統音楽との親和性があるのだろうか。
このアルバムは曲によって英語、ヒンディー語、そしてアルナーチャルの言語であるニシ語の3つの言語で歌われており、自身のルーツに対する彼のこだわりも感じられる。


Winit Tikoo "Tamasha" 

カシミールのフュージョン・ロック(伝統音楽とロックの融合)バンド。
以前紹介したベストミュージックビデオに続いて、混乱が続くカシミールのアーティストがここにもランクインした。
以前Anand Bhaskar Collectiveを紹介したときにも感じたことだが、北インドの伝統音楽風の歌い方は、グランジ風の演奏に非常に合うようだ。
Pearl JamのEddie Vedderのような声の揺らぎがあるのだ。
そう考えると、かつて映画『デッドマン・ウォーキング』のサウンドトラックでEddy VedderとNusrat Fateh Ali Khanを共演させた人は、ずいぶん早くこのことに気づいていたのだなあ、と思う。


と、ざっと10枚のアルバムを紹介してみた。
「今のインドでかっこいい音」であるのと同時に、地域の多様性やアクチュアルなメッセージ性にも配慮したラインナップであると言えるだろう。
欧米の音楽への憧れが具現化したようなものもあれば、「インド人としてのルーツ」が入っているものもあるのが、いつもながらインドの音楽シーンの面白いところ。

昨年、一昨年のベスト10と比べてみるのも一興です。





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goshimasayama18 at 14:19|PermalinkComments(0)

2020年01月04日

Rolling Stone Indiaが選ぶ2019年のベストミュージックビデオ11選

今年もRolling Stone India誌が選ぶ2019年のベストミュージックビデオが発表された。
例年なら10選であるところ、今回はなぜか中途半端な11選。
二部作になっているものもあるので、そういう意味では12選ということになる。

インドのミュージックビデオは近年加速度的にその質を向上させており、今年も見ごたえのある作品が選ばれている。
例によってとくに順位はつけられていないのだが、ウェブサイトで紹介された順番に、さっそく見ていこう。

The Local Train "Gustaakh"


The Local Trainはデリーを拠点に活動する活動するヒンディー語で歌うロックバンド。
この"Gustaakh"は彼らが2018年に発表したセカンドアルバムからのミュージックビデオとなる。
彼らは毎回ショートフィルム風の凝った映像を作っていて、過去にもロードムービー仕立ての"Khudi"のミュージックビデオが2017年のRolling Stone Indiaのベストミュージックビデオとして選出されている。
今回はコマ撮りによる近未来SFという新機軸で、ムンバイの映像作家Vijesh Rajanによる作品。
日本生まれのカルチャーである「怪獣映画」は、近年ハリウッドでのリメイクが相次いでいるが、その波がインドまで届いていると思うと感慨深いものがある。


Vasu Dixit "Nadiyolage"

Vasu Dixitは映画のプレイバックシンガーとしても活躍するシンガーRaghu Dixitの弟で、ベンガルール(バンガロール)を拠点に活動するバンドSwarathmaのヴォーカリスト。
この曲でもバンドと同様に伝統音楽を現代的/幻想的にアレンジしたフュージョンフォークサウンドを披露している。
Swarathmaとしても、2018年に発表したアルバム"Raah-E-Fakira"がRolling Stone Indiaの年間ベストアルバムに選ばれており、欧米的洗練を評価することが多い同誌にも、その音楽センスは高く評価されている。
この楽曲は、ベンガルールの詩人Mamta Sagarのカンナダ語の詩(「川の詩」という意味らしい)がもとになっているとのこと。
CGアニメーションによる映像は、やはり同郷ベンガルールのアニメ作家Rita Dhankaniによるもので、水や生命をテーマにした幻想的な映像は、一瞬も目が離せないほどに美しい。
この手の映像を作らせるとインドのアーティストは本当に素晴らしい才能を見せるが、それはやはり彼らの哲学や宇宙観によるものなのだろうか。
幻想的なアニメによるミュージックビデオは、先日紹介したEasy WanderlingsGouri and Akshaなども発表しており、最近のインドの音楽シーンのトレンドのひとつになっている。


Black Letters "In My Senses"

Black Lettersはケーララ州出身でベンガルールを拠点に活動しているポストロックバンド。
彼らもまた毎回優れた映像作品を発表していて、2017年にも"Falter"という曲がRolling Stone Indiaが選ぶベストミュージックビデオに選出されている。
このビデオに見られるような、レトロ/ローファイ感覚のサウンドや映像は、インドのインディー音楽シーンの新しいトレンドだ。
シーンの成熟にともなって、古い時代を古臭いダサいものとして扱うのではなく、クールなものとして再定義する感覚が、インドでも芽生えてきているのだ。


Parekh & Singh "Summer Skin"

インドのインディーロックファン(自分とマサラワーラー鹿島さん以外にいるのか不明だが)にはおなじみのコルカタ出身のドリームポップデュオ。
彼らはイギリスのレーベルPeacefrogと契約しており、日本でも高橋幸宏に紹介されるなど、国際的にも高い評価を得ている。
ウェス・アンダーソンを思わせるポップな色使いと世界観はこの"Summer Skin"でも健在で、これまでも彼らのビデオを手がけてきた映像作家のMisha Ghoseが今作も制作している。
Parekh & Singhは衣装から小道具まで、毎回かなりこだわったビデオを作っており、その制作費はどこから出ているのか非常に疑問に思っていたのだが、どうやら「実家がとんでもない大金持ち」というのがその真相らしい。
それでもここまで凝った世界観を構築するのは簡単なことではない。
彼らのこだわり抜いた姿勢にあらためてリスペクトを捧げたい。


Small Talk "Tired"

このミュージックビデオはムンバイのオルタナティブバンドSmall Talkのデビュー作品で、同郷ムンバイの映像作家兼ミュージシャンのJishnu Guhaが手がけている。
ポップでモダンな都市生活に、少しの空虚さと孤独感を感じさせる作風は、先進国の都市文化に通じる感覚と言えるだろう。
世界的な視点で見ると、けっして新しい種類の作品ではないかもしれないが、こうした感覚の映像がインドでも作られるようになったという意義が評価されてこのリストに選出されたものと思われる。


Parikrama "Tears of the Wizard"

20年のキャリアを誇るデリーのベテランハードロックバンドの初のミュージックビデオ(とRolling Stone Indiaは紹介していたが、私の知る限り、彼らは以前にもミュージックビデオを制作している)。
この作品は、黒い衣装に身を包んで荒野で演奏するという、メタルバンドに非常にありがちなもの。
音楽的にも映像的にも急に古典的なものが入ってくるあたり、やはりインドは一筋縄ではいかない。
この曲調にギターソロではなくバイオリンソロが入ってくるのはインドならではだ(バイオリンはインド古典音楽の楽器として、とくに南インド音楽でよく使用されている)。
やはり「欧米っぽいものをインド人が作った」ことを評価しての選出なのだろうか。


Peter Cat Recording Co. "Floated By"

2009年にデリーで結成された彼らは、強いて言えばオルタナティブ・ポップバンドと呼ぶことができるだろう。
ジプシー・ジャズなどを取り入れ、インドではかなり古くからオシャレでセンスの良いサウンドを聴かせていたバンドのひとつだ。
今作では、バート・バカラックあたりの影響を感じさせる渋谷系的なサウンドを披露している。
昔ながらの結婚式の映像を合わせるセンスは、Black Lettersの"In My Senses"同様に、伝統とモダンの融合を試みたものだ。
ちなみに結婚式のシーンは、ヴォーカルのSuryakant Sawhneyの実際の結婚式の映像が使われているとのこと。
こんなに現代的なサウンドを作るアーティストでも、結婚式は完全に伝統的なスタイルで行っているのが面白い。


The F16s "Amber"

The F16sは2012年結成のチェンナイのインディーロックバンド。
この作品も、前述の通りインドの音楽シーンでトレンドとなっているアニメによるミュージックビデオで、アーメダーバードのアニメーション作家Deepti Sharmaが制作している。
インドのアニメのミュージックビデオでは、スタジオジブリなどの日本のアニメーションの影響を感じる作品も多いなかで、このビデオではアメリカのカートゥーン調の映像が効果的に使われている。
扱われているテーマは、インターネット、パーティーカルチャー、返信願望、孤独感、そして自己の喪失といったグローバルな現代都市文化に共通して見られるもの。
1:56に一瞬寿司が出てくることにも注目!
寿司はここ最近のインドのフィクション作品のなかで、「モダンで奇妙な食べ物」として象徴的に扱われることが多い。
インドでも大都市を中心に寿司店が増えてきているが、「生魚を食べる」というインドとは真逆の食文化は、インド人にとってそれだけインパクトがあるものなのだろう。
それにしても、インドのインディーバンドのミュージックビデオに寿司が出てくるなんて、少し前までは想像もできなかった。


Your Chin "Luv Important"

Your Chinはムンバイのエレクトロニック・ポップアーティストRaxit Tewariによるソロプロジェクト。
彼はオルタナティブ・ロックバンドSky Rabbitの中心メンバーとしても活動している。
シュールな世界観のミュージックビデオはクラブミュージック系の音楽にありがちなものだが、やはりインドのアーティストがこの「ワールド・クラス」の作品を作ったということに意義がある。


Aabha Hanjura "Roshwalla" Part1 and Part2


Aabha Hanjuraは、ベンガルールで活動する女性シンガーで、印パ、ヒンドゥー/ムスリムの対立が続く北部カシミール地方の音楽を現代風にアレンジして歌っている。
衣装や顔立ちからすると、彼女自身もカシミール系のようなので、紛争の難を逃れて活動拠点を南部ベンガルールに移してきたのかもしれない。
コチを拠点にしたプロダクションMadGeniusによるミュージックビデオは、劇中で人形劇が繰り広げられるというメタ構造。
パート1の人形劇では古い価値観の権威に引き裂かれる恋人たちが描かれ、パート2では彼らが愛と意志の力で圧迫を乗り越える様が描かれている。
カシミール地方は、1947年の印パ分離独立にともなって両国に分断されて以来、悲劇にさらされ続けている土地だ。
インド領のカシミールは、全人口の8割をヒンドゥー教徒が占めるインドでは例外的にムスリムが多数派を占める地域となった。
この地域では、カシミールの独立やパキスタンとの併合を目指す運動が盛んに行われ、武装勢力によるテロ行為やその弾圧を目的とした政府側の暴力行為によって、多くの血が流された。
それでも、インド独立以降、この地域はジャンムー・カシミール州として、他州同様の自治権が与えられていた。
ところが、昨年10月、ヒンドゥー至上主義的な傾向を持つBJP(インド人民党)のモディ政権は、ジャンムー・カシミールの州の自治権を剥奪し、連邦直轄領としてしまう。
これに対する抗議運動を抑えるため、中央政府はカシミール地方のインターネットを遮断し、4ヶ月以上にも及ぶ封鎖を続けている。
ロックと伝統音楽と融合した音楽性は今聴くと少し古臭く聴こえるし、映像も選出された他のミュージックビデオに比べると垢抜けなく見えるかもしれないが、Rolling Stone Indiaは、こうした時代背景を考慮したうえで、この楽曲とビデオが持つメッセージが与えうる希望を評価して、ベストミュージックビデオのひとつに選出したという。
こう見えて、じつは社会的なメッセージのある一曲なのだ。


Uday Benegal "Antigravity"

Uday Benegalは、老舗ロックバンドIndus Creedのヴォーカリスト。
Indus Creedの前身は1984年にムンバイで結成されたRock Machineだから、インドのロック史上では最古参と呼べるほどのベテランシンガーということになる。
この楽曲は、インド音楽界の超大物A.R.ラフマーンとボリウッドの音楽プロデューサーClinton Cerejoが立ち上げたデジタルメディア企業Qyukiグループによって立ち上げられた、英語で歌うインド人アーティストを世界に売り出すためのプロジェクト'Nexa Music'の一環としてリリースされたもののようだ(ちなみにこのプロジェクトは日印合弁企業のMaruti Suzukiによって支援されている)。
大手がバックについているだけあって、モダンヘヴィロック風の楽曲も、'antigravity(反重力)'を映像化したミュージックビデオも非常にクオリティが高く、すでに500万回を超える再生回数を叩き出している。
映像はドバイを拠点に活動する映像作家のTejal Patni.
英語話者数ではアメリカに次ぐ人数を誇るインドが、本格的に英語ポピュラーミュージックのマーケットに進出することができるのかどうか、非常に興味深い試みだ。


ざっと11曲を見てみたが、今年は映画『ガリーボーイ』による空前のストリートラップブームが巻き起こっていたにも関わらず、ヒップホップからの選出がゼロだったことに驚いた。
個人的には、Dopeadeliczの"Aai Shapath Saheve Me Navtho"や、MC AltafとD'Evilが共演した"Wazan Hai"(いずれもムンバイ最大のスラムであるダラヴィ出身のラッパー)あたりは選出されても良かったように思う。
(彼らのミュージックビデオは「Real Gully Boys!! ムンバイ最大のスラム ダラヴィのヒップホップシーン その1」参照)
ヒップホップシーンがすでに成熟し、表現が類型化してきたことが「ヒップホップ外し」の理由かもしれないが、この企画は、多分にRolling Stone Indiaの編集方針による恣意的な部分が大きいので(例えば、バングラーラップなどのボリウッド的な大衆性の強いものは例年選出されない)、単に選者の好みなのかもしれない。
それでもこうして11曲を並べて見てみると、インドのインディペンデント系音楽カルチャーのトレンドが読み取れるように思う。

今年とくに目立ったのは、アニメーションの流行だ。
インドでは多くの若手アーティストが日本のアニメを見て育っており、おそらくはその影響が少なからずあるものと考えられる。
(もちろん、インドは映像系アーティストの人材が豊富で、またインディミュージシャンにとっては、予算の都合などで実写では表現できない映像を簡単に作れるという理由もあるだろう)
インドにおける東アジア系カルチャーは、音楽ではK-Popの人気が圧倒的だが、映像においては日本のアニメの存在感が非常に大きい。
なにかと英米志向の強いインド人だが、今後、映像や音楽の分野でアジアのカルチャーの影響がどのように開花するのか、今後も注目して見てゆきたい。

また、「古き良きインド」的なものを、ノスタルジーとしてではなく「キッチュでクールなもの」として描く傾向も近年目立ってきている。
こうした表現は、伝統文化と若者文化の間にある種の断絶があるからこそ可能なものであり、「変わりゆくインド」を象徴するものと言えるだろう。
一方で、「モダンな都市生活」を描くときに、それを憧れの対象としてではなく、虚無感や孤独感をともなったものとして描く作品も目立つようになった。
こうした傾向は今後も加速してゆくものと思われるが、その中で世界的に評価される作品が生み出されるのか、あるいはインドならでは面白さにあふれた作品がとび出してくるのか。
いずれにしても、近年急速に進歩しているインドの音楽シーンやミュージックビデオから、ますます目が離せなくなりそうだ。


過去の映像作品と比べてみるのも一興です!




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goshimasayama18 at 06:12|PermalinkComments(0)

2019年01月14日

Rolling Stone Indiaが選ぶ2018年のベストシングルTop10!

先日の記事でインド北東部の2018年のベストソングスを紹介したけど、今回はRolling Stone Indiaが選んだインド全体の2018年のベストシングルTop10を紹介!

このRolling Stone India、インドのなかではオシャレというか気取っているというかサブカル気質というか、メジャーな映画音楽などではなく、インディーズ寄りの優れた音楽を紹介する傾向が強いメディアだ。
つまり、今回紹介する音楽はインドでは誰もが知っている大ヒットということではなく、売り上げや知名度に関係なく選ばれたグッドミュージックたちというわけ。
このラインナップを知ることで、今のインドのインディーズシーンでどんな音楽がかっこいいのかを把握する手がかりにもなるはず。
10曲が選ばれているけど順位はついていないようなので、元の記事で紹介されている順に書いていきます!


Parekh & Singh, "Summer Skin"

この手のランキングでは常連のオシャレ感が漂うコルカタのカラフルな「ドリームポップデュオ」。
ウェス・アンダーソンのポップな世界観に影響を受けた彼らの今作は、歌詞に出てくるウディ・アレンやビートルズといったモチーフがまた雰囲気づくりに一役かっている。


Calico, "Garnet Eye"

ムンバイのソフトロック・バンドによる洗練された楽曲。
メロウなグルーヴが心地よいアーバンポップ風の仕上がりだが、歌詞は「無常観」がテーマ。


Droolfox, "Descent"

バンガロールのエレクトロニカ/シンセウェイヴ・デュオがヴォーカリストのJitesh JadwaniとJoel Sakkariをゲストに迎えて作成したトラック。
ここまで紹介した音楽同様に無国籍なポップサウンドの楽曲はバンコクのローカルトレインの音から始まる。
ギターのグルーヴとメロウなヴォーカルが効いている、ダフト・パンク的な雰囲気もある曲だ。


Bloodywood, "Jee Veerey"

ニューデリーのメタルグループ、Bloodywoodはギター&プログラミングのKaran KatiyarとヴォーカルのJayant Bhadulaの2人組。
ボリウッドをもじったバンド名からも分かる通り、これまでカバー曲や企画ものっぽい曲を中心にリリースしていたが、今回はラッパーのRaoul Kerrと共演したフォークメタル(民族音楽の要素が入ったメタル)の曲をリリース。
リズムやヴォーカルがここまでメタルだとヨーロッパ的な響きに聞こえるのは必然なのだろうか。
ビデオの後半にもあるとおり、精神的に困難を抱えている人へのサポートに関する真剣なメッセージを伝える意図もあるようだ。


Hanita Bhambri, "Let Me Go"

Hanita Bhambriは世界的なホテルチェーンのAloft Hotelsによるオーディション企画、Project Aloft Starの2018年度アジア太平洋部門で優勝した女性シンガー。
その後ユニバーサルと契約し、コルカタを拠点にRadioheadやFoo Fightersも手がけたエンジニアのMiti Adhikariによるプロデュースでこの曲をリリースした。
Rolling Stone IndiaはAdeleやFlorence Welchのような英国フォークの雰囲気のある曲と書いている。

Prabh Deep and Seedhe Maut, "Class-Sikh Maut Vol.II"

ここまで、インドらしさ皆無の無国籍な英語ヴォーカルの作品が続いたけれど、ここにきてやっとヒンディー語でインドらしいトラックの楽曲が登場。
昨年の同誌が選ぶベストアルバムトップ10の1位に選ばれたデリーの実力派アンダーグラウンドラッパーPrabh Deepが同じくデリーのSeedhe Mautとコラボレーションしたこの作品は、Prabh Deepも所属する大注目ヒップホップレーベルAzadi Recordsからリリースされた。
まず耳に残るのはインド随一の気鋭のビートメーカー、Sez On The Beatの渾身のトラック。
時代の空気を纏いつつインドでしかありえない伝統音楽とのフュージョンになっている。
Seedhe MautはEncore ABJとCalmからなる二人組のバイリンガル・ラッパー(英語とヒンディー)で、この曲のパフォーマンスからはPrabh Deepに匹敵する確かなスキルが伺える。


The Tekina Collab, "Claiming Me"

The Tekina CollabはムンバイのシンガーソングライターAniket Mangrukarによるプロジェクトのようだ。
オサレな雰囲気で聴かせる1曲。

Azamaan Hoyvoy, "Everybody Looking For Love"

ジャズ、ソウル、電子音楽を融合した音楽性で活躍するムンバイのシンガー。
王道のソウルマナーに沿いつつもポリリズム的な展開が心地よいこの曲は、ヴォーカルがちょっと弱い気もするけどやりたいことは分かるし十分にかっこいい。

Takar Nabam, "Recending"

北東部アルナーチャル・プラデーシュ出身のニューデリーで活躍するシンガーソングライターの失恋をテーマにしたこの楽曲は、サウンド的には王道のロックだがブルージーでメランコリックなヴォーカルとグルーヴィーな演奏の妙が心地よい。

Yungsta and Frappe Ash "Nana"

Rolling Stone誌上で「インドからのRae Sremmurdへの回答」と評されているニューデリーの新鋭ラッパー二人組によるヘヴィートラップ。
(Rae Sremmurdはミシシッピ出身の新世代兄弟デュオで近々来日。ご存知ない方は各自チェックを)
派手さのないミュージックビデオにかえって本気が滲む(予算の都合?)。
スケボーとラップというインドではまだ若いストリートカルチャーの熱さがびんびん伝わってくる。


ざっと全曲を紹介させていただきました。
Prabh Deep and Seedhe Maut以外はインドらしさ皆無の無国籍サウンドが並んでいるが、インドもアジアでよく見られる土着的なものからの脱却をもって洗練とみなすという潮流の中にいるのだろう。
クオリティーもおしなべて高くて、洋楽のヒット曲に混じって流れても違和感のないような楽曲が並んでいる。
ここで紹介したような楽曲を聴きながらムンバイやデリーのハイセンスなエリアを歩けば、どこか外国の街角を歩いているような、世界中のどこでもないようなオシャレな街を歩いているような気分が味わえることだろう。
恣意的に洋楽的で都会的で人工的な楽曲たち。

全体的に何かに似ていると思っていたけど、やっと分かった。
それは90年代の日本の音楽シーンを席巻した渋谷系だ。
どこまでいっても歌謡曲臭の拭えないJ-POPやバンドブームを尻目に、潔癖なまでにドメスティックな要素を排して「センスの良さ」を競ったあのムーブメントだ。
あのころ、渋谷系のミュージシャンたちは、古今の洋楽の影響を糧に、古くて新しい自分たちの音楽を作り出していた。
インドのインディーズシーンも、今まさにそんな時代を迎えているのかもしれない。

そしてふだんこのブログで紹介している通り、このランキングには入っていないところで、伝統に目を背けずに、現代音楽との面白い融合に成功している作品がたくさんあるというのもインドの音楽シーンの豊饒さだ。

インドの音楽カルチャーは、日本で何十年もかけて起きた音楽シーンの進化、変化をここ10年ほどで一気に経験してきた。
日本でいうと、歌謡曲(=メインストリーム。インドでいえば映画音楽)が多様化、複雑化してきた80年代、バンドブームが勃興し若者が自分たちの音楽を奏でることがもてはやされた90年代前半、より洋楽的な洗練を目指した90年代後半、DJ文化が一般化しインターネットでより多くの音楽へのアクセスが可能になった2000年代以降、そして今日の世界の同時代的な音楽の流行。
あらゆる事象が一度に起きて盛り上がっているのがインドの音楽シーンの熱いところだ。

これからもインドの音楽シーンのいろんな側面を紹介してゆくのでヨロシクお願いします!



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★1月27日(日)ユジク阿佐ヶ谷にて「あまねき旋律」上映後にインド北東部ナガランド州の音楽シーンを語るトークイベントを行います

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goshimasayama18 at 02:58|PermalinkComments(0)