ManjitSingh

2019年12月02日

インド音楽シーンのオシャレターバン史

先日紹介した白黒二色ターバンのFaridkotに続いて、他のシク教徒のアーティスト達(のターバン)も見てみよう。

まずは古いところから、80年代から活躍するパンジャービー・ポップ・シンガー、Malkit Singhの"Chal Hun"のビデオをご覧ください。
 
オールドスクールなバングラー歌謡といった趣きのサウンドと、コミカルなタッチで民族衣装の人々が集ったパーティーを描いたビデオがレトロで良い。
この時代のシク教徒のポップシンガーは、このMalkit Singhのように赤やピンクや水色などのド派手で大ぶりなターバンを巻いていることが多かった。
シク教徒は本来は神から与えられた髪や髭を切ったり剃ったりしてはいけないことになっており、彼らのターバンのサイズが大きいのは、ターバンの下に長髪を隠しているからなのかもしれない。

現代のド派手系ターバンの代表としては、バングラー・ポップ・シンガーのManjit Singhを挙げてみたい。
彼が先日リリースした、"Top Off"のミュージックビデオは現代的なオシャレターバンの見本市だ。
 
鮮やかなボルドーカラーのターバンと、額の部分に衣装に合わせた黒い下地をチラ見せする着こなし(かぶりこなし)はじつに粋だ。
同系色が入ったジャージや黒いジャケットにはボルドーのターバン、カジュアルなジーンズには黄色のターバン(ここでも、黒いスタジャンに合わせてターバン下地の色は黒)とかぶり分けているのもポイントが高い。
後半に出て来る派手なシャツに赤いターバンを合わせているのも(よく見るとボルドーとはまた違う色)、最高にキマっている。
最近ではシク系シンガーでも、ターバンをかぶらない人が増えているが(例:バングラー・ラッパーのYo Yo Honey SinghやBadshah)、このManjitを見れば、単純に「ターバンはかぶったほうがかっこいい」ということが分かってもらえるだろう。

続いては、このManjit Singhが、パンジャーブ系イギリス人シクのManj Musikと共演した"Beauty Queen"を見ていただこう。
Manji Musikは、映画『ガリーボーイ』の審査員役として、Raja Kumariらとともにカメオ出演していた音楽プロデューサーだ。


今回も、Manjit Singhは、黒ターバンに赤の下地チラ見せ(赤いアロハシャツとコーディネート)、黄色いターバンに黒い下地チラ見せ(黄色系統のド派手なシャツと)と、完璧なかぶりこなしを見せているが、ここで注目したいのはもう一人のManj Musikだ。
Manjit Singhのように、ターバンが額で「ハの字」になるかぶり方は、下地とのコーディネートが楽しめるし、ターバンの存在感をアピールできる一方、ターバンが目立ち過ぎてしまい、場合によっては野暮ったく見えてしまう危険性がある。
そこで、在外シク教徒のミュージシャンを中心に、カジュアルかつすっきり見せるために流行している(多分)のが、このManj Musikのように、額でターバンが水平に近い形になるかぶり方だ。
(このかぶり方自体は、パンジャーブの老人がしているのも見たことがあるので以前からあるスタイルのようだが)
このかぶり方だと、ターバンのシルエットがだいぶすっきりとして、ドゥーラグや80年代のアメリカの黒人ミュージシャンがよくかぶっていた円筒形の帽子(これも名前は知らないが、よくドラムやパーカッションの人がかぶっていたアレ)のような雰囲気もある。
 
例えば、初期Desi HipHop(南アジア系のヒップホップ)を代表するアーティストである、パンジャーブ系イギリス人の三人組のRDBを見てみよう。
彼らはほぼいつもこのかぶり方をしていて、インド系ラッパーのJ.Hindをフィーチャーした"K.I.N.G Singh Is King"(2011年)のミュージックビデオでもその様子が見て取れる。

このかぶり方の場合、ほとんど必ず黒が選ばれているということは抑えておきたい。
楽曲としては、トゥンビ(バングラーで印象的な高音部のシンプルなフレーズを奏でる弦楽器)のビートとラップをごく自然に合わせているのが印象深い。

インド国内でも、2018年にデビューして以来、デリーのヒップホップシーンをリードしているストリートラッパーのPrabh Deepも常に黒いターバンでこの巻き方を堅持している。

かなりタイトフィットな彼のスタイルは、一見ドゥーラグかバンダナのようにも見えるが、上部や後ろ姿が映ると、まぎれもなくターバンであるということが分かる。
ストリートラップという新しいスタイルの表現を志しながらも、ヒップホップ・ファッションとターバンを融合し、自身のルーツを大事にしようとする彼の意気が伝わってくる。
(ちなみに彼のファーストアルバムのタイトルは、「歴史的名作」を意味する'Classic'と、シク教の'Sikh'をかけあわせた"Class-Sikh")
リズム的にはバングラーの影響はほぼ消失しており、完全なヒップホップのビートの楽曲だが、彼が見せるダンスは典型的なバングラーのものであるところにも注目したい。

一方で、ムンバイのブルータル・デスメタルバンドGutslitのリーダーでベーシストのGurdip Singhは、ジャンルのイメージに合わせて常に黒のターバンを身につけているが、その「巻き方」には、より伝統的な額が「ハの字型」になるスタイルを採用している。


これは、海外ツアーなども行なっている彼らが、「ターバンを巻いたデスメタラー」という非常にユニークなイメージを最大限に効果的に活用するためだろう。
インドのバンドというアイデンティティーを強く打ち出すためには、ドゥーラグやキャップのように見えるスタイルではなく、伝統的なイメージでターバンを巻くほうが良いに決まっている。
実際、彼らは自分たちのイメージイラストにも積極的に「ターバンを巻いた骸骨」を用いている。
GutslitLogo
Gutslitはサウンド面でも非常にレベルの高いバンドであるが、もしターバン姿のメンバーがいなかったら、彼らがここまでメタルファンの印象に残ることも、毎年のように海外ツアーに出ることも難しかったかもしれない。


インド国内人口の2%に満たないシク教徒が、国内外のインド系音楽シーンで目立っているのには理由がある。
シク教は16世紀にパンジャーブ地方で生まれた宗教で、ごく大雑把にいうと、ヒンドゥーとイスラームの折衷的な教義を持つとされる。
パンジャーブ州では今でも人口の6割近くがシク教徒であり、世界中で暮らすシク教徒たちも、ほとんどがこの地域にルーツを持っている。
シク教徒たちは勇猛な戦士として知られ、英国支配下の時代から重用されており、海外へと渡る者も多かった。
またパンジャーブ地方はインド・パキスタン両国にまたがる地域に位置しているため、分離独立時にイスラーム国家となったパキスタン側から大量の移民が発生し、多くのパンジャービー達が海外に渡った。

やがて、海外在住のパンジャービーたちは、シンプルなリズムを特徴とする故郷の伝統音楽「バングラー(Bhangra)」と欧米のダンスミュージックを融合させた「バングラー・ビート」という音楽を作り出した。
複雑なリズムを特徴とする他のインド古典音楽と違い、直線的なビートのバングラーは、ダンスミュージックとの相性が抜群だったのだ。
90年代から00年代にかけて、バングラー・ビートはパンジャービー系移民の枠を超えて世界的なブームを巻き起こした。
バングラー・ビートはインドにルーツを持つ最新の流行音楽としてボリウッドに導入されると、ヒップホップやEDM、ラテン音楽などと融合し、今日までインドの音楽シーンのメインストリームとなっている。
彼らが持つ伝統的なリズムと、歴史に翻弄された数奇な運命が、シクのミュージシャンたちを南アジア系音楽の中心へと導いたのだ。

現在では、前回紹介したファンク・ロックのFaridkotや、今回紹介したPrabh Deepのように、典型的なバングラーではなく、さまざまなジャンルで活躍するシクのアーティストたちがいる。

最後に、今回ファッションとターバンについて調べていた中で見つけた、とびきり素敵な画像を紹介したい。
おしゃれターバン
https://news.yale.edu/2016/11/21/under-turban-film-and-talk-explore-sikh-identityより。A scene from "Under the Turban," about members of the fashion world in Londonとのこと)
イギリスのオシャレなシク教徒たち。
カッコ良すぎるだろ! 
先頭の男性の、伝統的なスタイルに見せかけて、ドレープ感を出した巻き方も新しい。

個人的には、少し前に話題となったコンゴのオシャレ集団サプールの次に注目すべきローカル先端ファッションは、オシャレなシク教徒ではないかと思っている。
みなさんも、ぜひシク教徒たちのオシャレなターバンに注目してみてほしい。
それでは!

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goshimasayama18 at 00:00|PermalinkComments(0)