MCSTAN

2021年09月29日

J-WAVE 'SONAR MUSIC'出演! オンエアした曲、紹介したかったけどやめた曲など


9月29日(水)J-WAVEであっこゴリラさんがナビゲートする「SONAR MUSIC」にて、たっぷりとインドの音楽を紹介させていただきました!

めちゃくちゃ楽しかったー!
1時間近く、時間はたっぷりあったはずなのに、伝えたいことがあって、ちょっと喋りすぎちゃったかな…と少し反省もしてますが、自分の好きな音楽(そしてほとんどの人が知らないであろう音楽)をラジオを通してたくさんの人に伝えられるというのは何度経験してもすごくうれしいもの。

当日オンエアした曲をあらためて紹介します! 



Su Real "East West Badman Rudeboy Mash Up Ting"
デリーのEDM/トラップ系プロデューサー!


Ritviz "Chalo Charlein feat. Seedhe Maut"
プネーのインド的EDM(印DM)プロデューサーとデリーのラップデュオの共演!


When Chai Met Toast "Yellow Paper Daisy"

ケーララ州のフォークロックバンド!


Pineapple Express "Cloud 8.9"
ベンガルールのプログレッシブ・メタルバンド、インドの古典音楽との融合!


Drish T "Convenience Store(コンビニ)"
ムンバイ出身の日本語で歌う(!)シンガーソングライター!


Siri "Gold"
ベンガルールの女性ラッパー!


Seedhe Maut "Nanchaku ft. MC STAN"
デリーのラップデュオにプネーの気鋭の存在MC STANがゲスト参加!


MC STAN "Ek Din Pyaar"
プネーのラッパー!



今回の選曲は、インドでの人気や知名度よりも、純粋にサウンド的にかっこよかったり面白かったりするアーティストを集めたという印象。
この"SONAR MUSIC"は毎回かなり面白い特集を組んでいる音楽番組なだけに、リスナーの皆さんの反応が気になるところでしたが、気に入ってもらえたらうれしいです。


(ここからはちょっと余談)
6月の宇多丸さんのTBS「アフター6ジャンクション」、先月のSKY-HIさんの"IMASIA"に続いて、3本目のラジオ出演(全部ラッパーの番組!)となったわけだけど、ラジオで紹介する曲を選ぶのって、毎回かなり悩む。
インドの音楽やインドという国にとくに興味のないリスナーのみなさんにも「インドの音楽って面白い!」と思ってもらいたいし、できれば楽曲だけじゃなくて、興味深いエピソードなんかも話したい。
いかにもインドっぽい音がいいのか、インドらしからぬ欧米のポップスみたいな曲がいいのかも悩みどころだ(結局、毎回両方を選曲している)。
ラジオでは、私が出演するコーナーの前後に、当然ながら日本やアメリカやイギリスの完成度の高いポピュラーミュージックが流されているわけで、いずれにしてもそこに埋もれない曲を選びたい。
さらに欲を言えば、番組やパーソナリティーのカラーにあった曲が紹介できると、なお良い。

SONAR MUSICのナビゲーターのあっこゴリラさんの曲は以前から聴いていて、"DON'T PUSH ME feat.Moment Joon" みたいな曲で、女性やマイノリティが社会で感じている生きづらさを、きちんと表現しているのがかっこいいと思っていた。
日本語のリリックでは表現が難しいこういう社会的なテーマを、ヒップホップのフォーマットのなかでかっこよく表現するというのは、センスも勇気も必要なことだ。

だから、このブログでも度々話題にしているような、日本とはまた違う形で保守性や排他性が残るインドの社会の中で女性としての意見を表明しているフィメール・ラッパーのことを紹介したかったし、それに対するあっこゴリラさんの意見を聞いてみたかった。

ところが、「コレ!」という曲がなかなか見つからない。
インドにもフィメール・ラッパーはそれなりにいるのだが、ブログで文章を添えてミュージックビデオを紹介するぶんには良くても、ラジオでオンエアするとなると、曲としてはちょっと弱かったりするのだ。
メッセージは最高なのだけど、ラップのスキルがいまいちだったり、インドのアーティストにしては完成度の高いトラックでも、もしアメリカのトップアーティストの曲が流れた後だったら、そこまで魅力的に響かなかったりする。

できればインドらしいインパクトがあり、かつラップのスキルも十分で、メッセージも強烈な曲があれば良いのだが…と思っていたら、ぴったりの曲があった。

インド系アメリカ人で最近はインド国内での活躍がめざましいRaja Kumariをリーダーとして、ベンガルールのSiri, メガラヤのMeba Ofilia, ムンバイのDee MC,といったインドじゅうのフィメールラッパーが共演した"Rani Cypher"だ。

いかにもインド的なコーラスも耳を惹きつけるし、サビの女性に対する「忘れないで、あなたはクイーン(タイトルの'Rani'は女王の意)」というメッセージも素晴らしい。
ラップが英語でいわゆる洋楽リスナーにも聴きやすいのも良いし、冒頭で'As a woman in this industry, we have to work harder, we have to be better, we have to do so much more'という語りが入っているのでコンセプトが分かりやすい。
在外インド人であるRaja Kumariとインド各地の異なるバックグラウンドのフィメール・ラッパーのコラボレーションというのもぜひ触れたいポイントだ。

これは紹介したい楽曲の最右翼。さあリリックを細かくチェックしようと思ったら。
冒頭のヴァースで、ヘイターたちへのメッセージとして、こんなリリックをラップしていたのでびっくりした。

'I Nagasaki on them haters, ground zero'

マジか…。
これって明確に「ヘイターどもはナガサキのグラウンド・ゼロみたいにぶっ潰してやる」って意味だよね。

ラップの中で語呂のいい言葉を選んだのだろうが、さすがにこれはない。
(このリリックをラップしているのはSiriで、彼女に対しては、きちんと抗議しておきます。返事が来たらまたご報告します) 

この曲に関して言えば、この部分のリリック以外はコンセプトもサウンドも最高だし、こうしたリリックが含まれていることを注釈したうえで紹介しようかとも思ったのだけど、せっかく大勢の音楽ファンにとって未知のインド音楽を紹介するのに、ネガティブな話はしたくないので、残念だがこの"Rani"はリストから外すことになった。

インド社会の悪い意味での保守性のもとで女性たちが苦しんでいる現状に対して、ラップという新しい手段で声を上げることは、とても素晴らしいことだと思う。

問題は、虐げられている人々を鼓舞するために、別の虐げられた人たちが傷つくような表現をするっていうのはそもそもどうなのか、という話だ。

彼女の他の曲もたくさん聴いたが、彼女は決して露悪的な表現を好むラッパーではないと認識している。
(ヒップホップ的な範囲での強がりやディスりはもちろんあるが)
おそらく彼女にとって原爆投下は遠い国の歴史上の出来事で、いまだに犠牲者やその家族が、直接的、間接的に苦しんでいることを単純に知らないのだろう。

もちろん、彼女のしたような表現がインドで一般的に許容されているわけではなく、同じくベンガルールを拠点に活動するラッパーのSmokey The Ghostはこんなふうにフォローしてくれている。



(Smokeyはこの後、今回の一件について「原爆の悲劇はインドでもよく知られているし、これは単なる『特権的な無知』に過ぎない」との解釈を伝えてくれた)


いろいろ考えた結果、結局、フィメール・ラッパーの曲はSiriの"Gold"という曲を選んだ。
彼女の無知は責めるべきだし、この"Raani"のリリックは論外だが、彼女が本来伝えようとしているメッセージの価値はゆるぎないし、インドの女性ラッパーのなかでも音楽的にとくに秀でていると考えてのことだ。

まあとにかく、こうやって誤解や失敗を繰り返しながら国と国との関係とか、人と人との関係ってのは良くなっていくものだと信じている。 

言いたいのは、リスペクトを大事にしよう、ってこと。

最後に、今回紹介したアーティストについて、これまでに書いた記事を貼り付けておきます。



Su Real



Ritviz



When Chai Met Toast
 


Pineapple Express
 


Drish T



Seedhe MautとSiriが所属しているAzadi Records.
 


MC STANについては、書こう書こうと思ってまだ書いてない!
近々特集したいと思ってます。



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goshimasayama18 at 23:59|PermalinkComments(0)

2021年03月07日

人気ラッパーEmiway Bantaiとインドのヒップホップの'beef'の話

今回は、インドのヒップホップ界の「ビーフ」の話。
インドのラッパーのビーフに関する記事を最初に見つけた時、私はてっきり、神聖視されている牛の肉を食べたラッパーがヒンドゥー・ナショナリストに襲撃されたとか、そういうニュースかと思ってしまった。
(インドのラッパーにはムスリムやクリスチャンも多いし、そういうことが起きそうな状況が今のインドにはある)
よく読んだら、そうではなくて、あのラッパー同士のディスりあいのほうのビーフだった。
そう、ヒップホップが急速に一般化したインドでも、ビーフは起こっている。
口が達者で議論好きなインド人がラッパーになれば、ビーフが起こらないわけがないのだ。

今回の主役は、インドのヒップホップ界にビーフを定着させた第一人者にして人気ラッパーのEmiway Bantai.
ボリウッドのヒップホップ映画『ガリーボーイ』にカメオ出演していたのを覚えている人もいるだろう。
ビーフで名を挙げたガリー(ストリート)・ラッパーというイメージからは想像しづらいかもしれないが、最近のEmiwayはかなりコマーシャルな路線に転換していて、昨年リリースされた"Firse Machayenge"はYouTubeで3億5000回以上も再生されている。
 
Emiwayはかなり器用なラッパーで、この曲のようなコマーシャル(チャラい)路線からアグレッシブなストリート・ラップまで、曲ごとに巧みにスタイルを使い分けているのだが、まずは彼のこれまでの人生、そしてビーフの戦歴を振り返ってみよう。

Emiway BantaiことBilal Shaikhは1995年、ベンガルールのムスリムのミドルクラス家庭に生まれた。
やがて家族とムンバイに移り住んだBilal少年は、10年生(高校1年)までは成績優秀で医者を目指していたという。
ところが、Eminemの音楽と出会ったことで運命が変わってしまう。
ヒップホップにはまって11年生では見事に落ちこぼれ、趣味で撮影していたたラップビデオの反応良かったという理由で、本気でラッパーを目指すようになったという。
ここまで、なんだか両親を心配させてしまいそうな経歴である。
彼のラッパー ネームの'Emiway'は敬愛するEminemとLil Wayneの名前を組み合わせたもので、Bantaiは'brother'のような意味で使われるムンバイのストリートのスラングだ。

だが、彼は真剣だった。
2013年に英語でラップした"Glint Lock" (feat. Minta)でデビューし(といっても、個人で撮った動画をYouTubeにアップしただけのようだが)、家族のサポートは受けずにHard Rock Cafeで働きながらラッパーとしての活動を続けた。
彼もまた、この時代のインドの多くのインディー・ラッパー同様に英語でラップを始め、やがて北インドのメジャー言語であるヒンディー語へと転向する。
彼の初のヒンディー語ラップは2014年リリースの"Aur Bantai".
この時期の彼の曲やスキルはまだ拙く、改めて紹介するほどのレベルでないものが多いが、逆にいうとそれだけ彼が成長したということ。
今でもYouTubeで手作り感満載の初期のミュージックビデオが見られるので、興味のある人は見てみてください。
公式チャンネルにあえてこの頃の作品を残しているEmiwayも潔くてイイ。

その後、持ち前のセンスを開花させた彼は徐々に人気を獲得し、2016年には、この"Aisa Kuch Shot Nahi Hai"でRadio City Freedom Awardを受賞。
受賞式の会場は、彼がかつて働いていたHard Rock Cafeだった。
ここからEmiwayの快進撃が始まる。
2017年にはデリーの人気ラッパーRaftaarとのコラボレーション"#Sadak"をリリース。
(Raftaarとその仲間たちの紆余曲折については、この記事で紹介しています)

二人の自在なフロウと高いスキルが充分に味わえるこの曲でEmiwayはさらに名声を高め、冒頭部分で聴かれる「まるめなー」('Maloom hai na'=「分かってるな」といった意味)というフレーズは、その後の彼の決め台詞となってゆく。

だが、ボリウッドなどのメインストリームでも活躍しているRaftaarが「彼みたいなラッパーが大金を稼ぐのは無理だろう」という発言したことにEmiwayが反応し、二人の間のビーフが勃発。
Emiwayは2018年10月に、Raftaarに向けたdiss-song "Samajh Mein Aaya Kya"をリリースする。
 
彼のステージネームのルーツであるEminemを思わせる、怒りと苛立ちのこもったフロウが圧巻だ。
Emiwayは、最初のヴァースでRaftaarの発言を痛烈に批判。
ここにインドで最初の、そして最も注目を集めたdiss-warが幕を開けた。

特筆すべきなのは、この曲でEmiwayは、Raftaarだけでなく、ムンバイのストリート・ヒップホップシーンの兄貴分的存在のDIVINEと、プネー出身の新進ラッパー MC STANをも強烈にディスっているということ。
DIVINEに関しては、Emiwayに対して「YouTubeの再生回数を稼ぐのは、SpotifyやGaanaのストリーミング再生されるより簡単なことだ」と発言したことが気に入らなかった様子。
EmiwayはDIVINEに「インドのすべてのラッパーはYouTubeからキャリアをスタートさせている。YouTubeが必要ないっていうなら自分の動画をYouTubeから削除したらどうだ」と反論し、この曲の2番のヴァースでは、ストリート育ちを自認するDIVINEがメジャーレーベルであるソニーミュージックのバックアップを受けていることをバカにして、自分は完全にインディペンデントであることを誇示している。

3番目のヴァースで標的にしているMC STANに対しては、小バカにしたような物真似まで披露していて完全におちょくっている。
MC STANはUSでいうとマンブルラップ以下の世代のような、インドでは新しいタイプのラッパー。
ここ数年で、Emiway同様に敵を作りながらもめきめきと評価を上げている大注目のアーティストで、近いうちに詳しく紹介しようと思っている。

(MC STANについてはこの記事でも紹介しています)

MC STANとの間に何があったのかは分からないが、とにかくEmiwayは、共演したメインストリームラッパー(Raftaar)からストリートシーンの大御所(DIVINE)、そして若手(MC STAN)まで、全方位的にディスを撃ちまくっているわけだ。

話をRaftaarとのビーフに戻すと、この曲を受けてRaftaarはレスポンスとして"Sheikh Chilli"を発表。
「俺は真実を語っただけ/お前は注目を集めたいだけのただのガキ/俺がデリーでホテルから食事からスタジオまで、全て世話してやったことを忘れたのか?/それが今度はdiss-songか/ムスリムなら嘘はつくな/お前がやってることはDIVINEとNaezyがしたことをなぞっているだけ」
と手厳しくEmiwayをこきおろした。

それに対してEmiwayは"Giraftaar"をリリース。
「メインストリームにセルアウトしたRaftaarはアンダーグラウンドじゃ何の存在感もない」とレスポンス。
これに対するRaftaarのレスポンスはなく(通常の楽曲リリースに戻った模様)、またEmiwayも『ガリーボーイ』への出演や、久しぶりに英語でラップした"Freeverse Feast(Daawat)"がMTV Europe Music AwardsでBest India Actを獲得するなど大きく評価を上げ、二人のビーフはどうやら小康状態となっている模様。

MTV EMAを受賞した"Freeverse Feast(Daawat)"は、いつの間にか英語ラップのスキルも上げていたEmiwayのマシンガンラップが圧巻。

いずれにしても、EmiwayはRaftaarとのビーフで知名度を上げ、話題性だけではなく高いスキルをも示して人気アーティストの仲間入りを遂げたというわけだ。
(もちろんそこには彼のスキルだけではなく、コマーシャルな楽曲のセンスもあったことは言うまでもない)
ビーフ当時は生意気な若造のEmiwayよりもRaftaarやDIVINEを支持する声のほうが多かったようだが、今ではすっかり彼らと肩を並べる人気ラッパーとなった。

ところで、"Samajh Mein Aaya Kya"のセカンドヴァースで攻撃されたDIVINEも黙ってはいなかった。
Emiwayが"Hard"で再びYouTubeの再生回数をテーマにした攻撃的なリリックを披露すると、これをさらなる自分へのdissと捉えたDIVINEは、反撃を開始する。

長くなるので詳細は省くが、これに対してDIVINEは"Chabi Wala Bandar"と"Such Bol Patta"の2曲のdiss-trackで応酬。
Emiwayも"Gully Ka Kutta"でリアクションする。

Diss-songのときのEmiwayは本当にアグレッシブでかっこいい。
この曲でもEmiwayは高いラップスキルを存分に発揮していて、一本調子なフロウの多いDIVINEを徹底的にやりこめようとしているかのようだ。

その後、二人は直接話し合って誤解が解け、このビーフは終了。
じつはEmiwayの"Hard"はDIVINEではなくデリーのベテランストリートラッパーKR$NAに向けられたものだったのだが、DIVINEが自分のことだと勘違いして応戦してしまったというのが真相だったらしい。
これはDIVINEがちょっとかっこわるかった。

ちなみにEmiwayがKR$NAを"Hard"でディスったのは、どうやらこの曲で喧嘩を売られたことに対するリアクションだったようだ。

この曲でKR$NA はのっけからEmiwayを名指しすると、彼の決め台詞の「まるめなー」もパクって(1:02くらいのところ)挑発している。
どうやらKR$NAは、Emiwayがリリックの中で「俺こそがmotherclutching(聞いたことがない単語だがmotherfxxkingのインド的言い換え?)ビーフラッパー/インドをレペゼンする唯一の男」とか「俺は小さく見えても超ハード、止められる奴がいるならかかってきな」と表明しているのに対して挑戦したということのようだ。
KR$NAはRaftaarとの交友もあるようなので、Emiwayとのビーフは望むところだったのだろう。


いずれにしても、ビーフによってインドのヒップホップ界がいっそう盛り上がっていることは間違い無いだろう。
Raftaarは、Hindustan Timesのインタビューでビーフについて端的にこう語っている。
(Emiwayとの確執について聞かれて)
「これはヒップホップのdiss-warというもので、お互いを批判するラップを出しあうのさ。ラッパーならよくあることで、俺たちは詩人(poet)なんだ。考えてみなよ。彼と俺との間に問題があるからって、ストリートで殴り合ってたら野蛮人と同じだろ。俺たちは詩人だから代わりに言葉を使う。(中略)(このビーフで)彼の人気が出たんじゃないかな。もししなかったら、彼のことなんて誰も知らなかったと思う。才能がある人なら誰だって、俺との戦いを通して有名になってもいい。これはフェアなんだ。神様がそういうふうに取り計らっているのさ」

EmiwayがRaftaarにビーフを仕掛けて知名度を獲得したように、今度はKR$NAが盟友Raftaarの敵役でもあり、勢いに乗っているEmiwayに挑んで存在感を高めようとしているのかもしれない。
(実際、KR$NAはずっとデリーを拠点に活動しているようなので、ムンバイのEmiwayに喧嘩を売って話題作りをするはプロモーション的にも理にかなっているように思う。)

つまり、人気スターも続々登場しているとはいえ、まだまだメインストリームにはほど遠いインドのヒップホップ界のアーティストたちにとって、ビーフは手軽に注目を集め、スキルとセンスを示すことができる手段になっているのだ。
幸いというか、Raftaarが語ったようなフェアな精神がインドのヒップホップ界には生きていて、ラッパー同士のビーフが暴力的な抗争に発展するようなことは知る限りでは起きていない。


今回の記事の主人公であるEmiwayは、いろんなラッパーとのビーフに励む一方、楽曲のリリースも多作で、ますます評価と知名度を上げているようだ。
1月末にリリースされた英語とヒンディーのバイリンガルの"What Can I Do"は英語字幕もついていて、自身が得意とするビーフ関するリリックも入っている。
冒頭から「まるめなー」も健在。

現時点での最新の楽曲は2月28日にリリースされた"No Love".
共演しているLokaはラッパー以外にモデルや俳優もこなす人物のようだ。
お聴きの通りこちらはかなりコマーシャルな路線。
この曲のプロデュースはNRI(在外インド人)のAAKASHが手掛けている。


硬派路線のDIVINEや、メインストリーム路線だった頃からの反動で急速にストリート路線に振り戻しつつあるRaftaarと違い、Emiwayは天性の「センスの良いチャラ」さみたいなものがあって、それがボリウッド系の売れ線ラップとも違う、彼の独特の魅力になっている。
多くのラッパーが、有名になるにつれて、リアルなストリート路線と派手なエンターテインメント路線の間で右往左往しているのに対して、Emiwayはどんなときも自然体でいるように見える。

彼はいまだに大手のレーベルやプロダクションには所属しておらず、完全にインディペンデントなチームで活動しているようで、そのせいか大手メディアにもほとんど掲載されないし、情報発信はもっぱらSNSやYouTubeなどで自ら行なっているようだ。
(再生回数億超えのラッパーなのに、2021年3月7日現在、いまだにWikipediaの項目すら作られていない!)

こうした彼のスタンスは、まさにインドの新世代を代表するアーティストにふさわしいと言ってよいだろう。
スキルとセンスと軽さを兼ね備えたEmiway Bantaiの快進撃は、まだまだ終わりそうもない。


(参考サイト)
https://wikibio.in/emiway-bantai-rapper/

https://genius.com/Emiway-bantai-samajh-mein-aaya-kya-lyrics

https://www.quora.com/Why-did-Divine-diss-Emiway-Bantai

https://www.hotfridaytalks.com/music/emiways-spits-fire-in-his-new-diss-track-samajh-mein-aaya-kya/ 

https://www.indilyrics.in/2018/10/sheikh-chilli-raftaar-song-lyrics-english-translation-real-meaning.html
 
https://www.hindustantimes.com/music/raftaar-on-diss-war-with-emiway-he-is-a-misguided-kid-i-am-the-mature-one/story-vu2MIDfWPCDCzZZ0GJWOGK.html

https://www.quora.com/Why-did-Krsna-diss-Emiway-Do-you-think-what-he-said-about-him-in-the-diss-is-correct 




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2020年12月29日

2020年度版 軽刈田 凡平's インドのインディー音楽top10


2017年末に始めたこのブログも、おかげさまで丸3年。
これまでは、毎年年始めにRolling Stone India誌が選んだインドの音楽年間トップ10を紹介してきましたが(それもやるつもりですが)、今年は、軽刈田が選ぶインドのインディーミュージック年間トップ10を選んでみたので、発表してみたいと思います。


いつも偉そうに音楽を紹介してるけど、広大なインドのインディーミュージックを全て聴き込んでいるわけでもなく、言語も分からず、しばらくインドの地を踏めていない自分の興味や好みによるセレクトではありますが、映画音楽や古典音楽以外のシーンで何が起きているのかを知るきっかけにはなるはず。

ノミネートの条件は、今年インドでリリースされた楽曲、アルバム、ミュージックビデオであること。
選考基準はセールスでも再生回数でもなく、完全に主観!
とはいえ、一応いまのインドのシーンを象徴する楽曲を選んだつもりです。
全10選ですが、とくに順位はありません。


DIVINE "Punya Paap"

今のインドのインディー音楽について書くなら、どうしたってヒップホップから始めることになる。
DIVINEについては何度も書いているのでごく簡単に紹介すると、彼はムンバイ出身のラッパーで、ストリートラップ(いわゆるガリーラップ)シーンの初期から活動していた大御所(インドはシーンの歴史が浅いので、キャリアはまだ10年程度だが)。
2019年に公開された映画『ガリーボーイ』の「MCシェール」のモデルになったことをきっかけに知名度を上げ、今では米ラッパーNasのレーベルのインド部門である'Mass Appeal India'の所属アーティストとして活動している。
かつてストリートの日常をテーマにした「ガリーラップ」で人気を博していた彼は、最近では内面的なリリックやコマーシャルなパーティーラップなど、新しいスタイルに取り組んでいる。
この曲は彼のクリスチャンとしての宗教的な部分を全面に出した作品となっており、ガリーラップ時代とはまた別の気迫を感じさせる意欲作。
同じく今年リリースした"Chal Bombay"や"Mirchi"はかなりコマーシャル寄りな楽曲で、セルアウトと言われようと変わり続けるシーンになんとか食らいついてゆこうというベテランの意地を感じる。
最新アルバム"Punya Paap"では多彩な音楽性に挑戦しているが、どんなビートでも変わらないアクの強い独特のフロウを、彼のシグネチャースタイルと見るか不器用と見るかで評価が分かれそうだ。

DIVINEが音楽性を多様化させる一方で、最近ではBadshahやYo Yo Honey Singhといったコマーシャルラッパーたちは、従来アンダーグラウンドラッパーが使っていたような抑えたビートを選ぶことが多くなっている(これはムンバイ在住のHiroko Sarahさんの鋭い指摘)。
インドのヒップホップ界のメジャーシーンとインディーシーンの垣根はますます低くなってきているようだ。



MC STΔN  "Ek Din Pyaar"

DIVINEがインドのストリートラップの第一世代だとしたら、ヒップホップの新世代を象徴しているのがこのMC STANだろう。
マハーラーシュトラ州プネー出身の21歳。
メディアへの目立った露出もないまま、卓越したスキルとセンスを武器にYouTubeから人気に火がついた(と思われる)。
人気ラッパーEmiway Bantaiにビーフを仕掛けるなど、悪童的なキャラクターが先行していた彼は、2019年末にリリースした"Astaghfirullah"で、イスラームの信仰を全面に出したことでそのイメージを刷新。
内面的なテーマも扱う本格ラッパーという評価を決定的なものにした。
その後、再びこの"Ek Din Pyaar"(自身の悪評もネタにしている)のような不道徳路線に戻って数曲をリリースした後、つい先日また宗教色の強い"Amin"を発表したばかり。
こうした聖と俗の振れ幅、確かなラップスキルとセンス(トラックメイキングも自身で手掛けている)、ビジュアル、そして人気や知名度から見ても、彼こそがインドのヒップホップ新世代を象徴する存在と考えて間違いない。

今年のインドのヒップホップシーンは、他にもMass Appeal IndiaからリリースされたIkkaの"I"(これはコマーシャルラッパーのアンダーグラウンド回帰の好例)や、売れ線を完全に無視してエクスペリメンタルに振り切ったTienasの"A Song To Die"など、佳作ぞろいだった。
インドのヒップホップシーンの変化の激しさと面白さは今後もしばらく続くだろう。


Prateek Kuhad "Kasoor"
今年は世界中の音楽シーンが新型コロナウイルスの影響を受けた1年だったが、かなり早い段階からロックダウン政策が取られていたインドでは、この逆境を逆手にとって優れた作品をリリースするアーティストが目立った。
このPrateek Kuhadの"Kasoor"のミュージックビデオは、オンラインで集めた映像(恋愛にまつわるテーマへのリアクション)を編集して、非常にエモーショナルな作品に仕上げている。
ミュージックビデオの好みで言うなら、個人的にはこの曲が今年のNo.1。
この曲は他のアーティストたちにも響いたようで、インドを代表するEDMプロデューサー/シンガーソングライターのZaedenは、さっそくこの曲のカバーバージョンを発表していた。
Prateek Kuhadはインドのシンガーソングライターを代表する存在で、音楽ファンの支持も厚く、つい先ごろアメリカの名門レーベルElektraと契約したことを発表したばかり。
今後の活躍がもっとも期待されるアーティストの一人だ。



Tejas他 "Conference Call: The Musicall!"


コロナによる活動の制限を逆手にとって発表された作品のなかで、もっとも見事だったのが、この"Conference Call: The Musicall!"
インドには、Jugaad(ジュガール)という「今あるものを使って工夫してやりくりする」文化があるが、この曲はコロナ禍で急速に一般化したオンライン会議をミュージカルに仕立て上げ、さらには兼業ミュージシャンが多いインドの音楽シーンを皮肉をこめてテーマにした、まさに音楽的ジュガール。
シンガーソングライターTejas Menonが中心になって制作されたこのミュージックビデオは、ストーリーも面白いし楽曲も良くできていて、ミュージカルとしても純粋に楽しめる作品になっている。
全世界の音楽関係者が絶望したり、大真面目に「逆境に立ち向かおう」と訴えているときに、こういう面白い作品をしれっとリリースしてしまうのがインド人の素晴らしいところだ。



Aswekeepsearching "Sleep"

グジャラート州アーメダーバード出身で、現在はベンガルールを拠点に活動しているポストロックバンドが今年4月に発表したアンビエント・アルバム。
この作品に関しては、楽曲単位ではなくアルバムとしての選出。
ロック色の強かった前作"Rooh"とはうってかわって静謐でスピリチュアルな作風となったが、これがコロナウイルス禍でステイホームを余儀なくされた時代の雰囲気にばっちりはまった。
アンビエントとはいえ、トラックごとに個性豊かで美しい楽曲は飽きさせることがなく、個人的な感想を言うと、夜人気のない道をランニングしながら聴くと不思議な高揚感が感じられて大変心地よく、一時期愛聴していた。
インドには、ポストロックやアンビエント/エレクトロニカのような音の響きを重視したジャンルの優れた才能アーティストが多く、これからも注目してゆきたい。



Whale in the Pond "Dofon"

コルカタの「ドリームフォーク」バンドWhale in the Pondがリリースした"Dofon"は、核戦争による世界の終末を迎えた人類を描いたコンセプトアルバム。
この作品もアルバムとしての選出としたい。
"Aaij Bhagle Kalke Amra Nai"はアルバムの冒頭を飾る楽曲で、ベンガル語の方言であるシレッティ語(Sylheti)で歌われているが、アルバムには"Kite/Loon"のように英語で歌われている曲も多く収録されている。
サブスク全盛の現代に、世紀末的なテーマのコンセプトアルバムとはなんとも前時代的だが、この作品はソングライティング、構成、伝統文化との融合など、あらゆる面から見て大傑作。
昨今のインドのアーティストには珍しく、ウェブサイトを通じてフィジカルリリースをしていると思ったら、なんと「CDは時代遅れなのでついていません」との注釈が書かれていて、アルバムがダウンロードできるリンクのついたブックレット(コンセプトやビジュアルアート、歌詞が掲載されている)のみを販売しているとのこと。
こうしたセンスを含めて、伝統的な部分と革新性を併せ持った、才能あふれるバンドだ。



Heathen Beast "The Revolution Will Not Be Televised But It Will Be Heard"

インドのインディーミュージックの激しい面、政治的・社会的な面を煮詰めたような作品。
Heathen Beastはコルカタの無神論ブラックメタル/グラインドコアバンド。
このアルバムでは、ヒンドゥー・ナショナリズム的な政権や排外主義政策、腐敗した宗教界、警察権力、メディアを激しく糾弾している。
社会性/政治性を抽象化せずに、ここまでストレートにメッセージを打ち出しているアーティストは、いまどき世界的にも貴重な存在。
メンバーは過激すぎる作風から、正体を明かさずに音楽活動を続けている(インドでは反体制的なジャーナリストの殺害事件なども多い)。
正直、この音楽性なのでアルバムを通して聴くのは結構しんどいが、強烈なアティテュードにある種の清々しさを感じる作品だ。




Sayantika Ghosh "Samurai"

もう1枚、コルカタ出身のアーティストから。
シンセポップ・アーティストSayantika Ghoshの"Samurai"は、80年代レトロフューチャー的なサウンド/ビジュアルや、内面的な歌詞、日本のアニメの影響など、昨今のインドのインディーシーンの鍵となるテーマが散りばめられた作品。
ブログでも取り上げた通り、近年インドでは、"Ikigai"とか"Natsukashii"のように日本語のタイトルを冠した曲が散見されており、日本人としては気になる傾向だ。
Sayantika Ghosh現在は活動拠点をムンバイに移しているとのこと。
ソングライターとしての能力も高く、今後もっと評価されて良いアーティストだ。

今年は彼女の他にもNidaの"Butterfly"Maliの"Absolute", ラップに挑戦したSanjeeta Bhattacharyaの"Red"など、女性シンガーソングライターの自然体の魅力あふれる秀作が多い一年だった。




Ritviz "Chalo Chalein feat. Seedhe Maut"

RitvizはSpotifyでも高い人気を誇っているインド風EDM(いわゆる「印DM」)アーティスト。
インド的な要素と現代的なダンスミュージックを融合するだけでなく、ポップな歌モノとしても上質な作品を発表し続けている。
ポップかつノスタルジックな色彩のミュージックビデオは、彼の音楽にも今の気分にもぴったりはまっている。
共演のSeedhe Mautはデリー出身のストリートラップデュオで、この一見ミスマッチなコラボレーションにもインドのヒップホップの多様化・一般化を見ることができる。
Ritvizは"Raahi"のミュージックビデオでは同性カップルを取り上げており、こちらもLGBTQの権利向上に意識が向いてきた昨今のインドのインディー音楽シーンを象徴する作品だった。
ローカルな要素を多分に含んだ彼の音楽が、今後インド国外でも人気を得ることができるのか、注目して見守りたい。

「印DM」には、他にもNucleya, Su Real, Lost Storiesなど、期待できるアーティストが盛りだくさんだ。



Diljit Dosanjh "Born To Shine"

個人的な話になるが、2020年は私にとってバングラー/パンジャービー・ポップの面白さとかっこよさを再発見した年でもあった。
これまで、「バングラーは北インドのコマーシャルなポピュラー音楽」という認識でいたので、インディーミュージックをテーマにしたこのブログでは、ほとんど取り上げてこなかった。
なぜか演歌っぽく聴こえる歌い回しが野暮ったく感じられるというのも敬遠していた理由のひとつだ。
ところが、バングラーをパンジャーブ地方のローカルミュージック、あるいは世界中にいるパンジャーブ系移民のソウル・ミュージックとして捉えつつ、新しい音楽との融合に着目すると、これが非常に面白いのだ。
例えばこのDiljit Dosanjh.
ターバン姿でグローバルに豪遊するミュージックビデオは、2020年のバングラー作品として100点満点を付けてあげたい。
派手好き、パーティー好きで、物質的な豊かさを見せびらかしがちなパンジャービーたちのカルチャーが、カリフォルニアあたりのヒップホップのノリと親和性が高いということも再認識。
初期のインド系ヒップホップシーンを牽引したのがパンジャービーのラッパーだったのは、必然だったのかもしれない。



ここに選べなかったアーティストについても、いくつか触れておきたい。
10選の中に南部出身のアーティストが選べなかったのが痛恨だが、あえて選ぶなら、ケーララのフォークロックバンドWhen Chai Met Toastが今年リリースした楽曲は良いものが多かった。
インドのシンガーソングライターは近年本当に豊作で、非常に悩んだのだが、ここに入れられなかったアーティストから一曲選ぶなら、Raghav Meattleの"City Life".
この曲は物質主義的な都市生活への違和感をテーマにしているが、コロナウイルス禍以降にリリースされたことで、ビンテージ調の映像とあいまって、失われた活気ある生活への追憶のようにも感じられるものになった。
また、過去の作品の再編集なので対象外としたが、ベテランシンガーSusmit Boseのキャリアを網羅した"Then & Now"は、史料的な価値が高いだけでなく、初期ディラン・スタイルのウエスタン・フォークとしても上質な作品だった。
テクノアーティストOAFFの"Perpetuate"のミュージックビデオは、音楽的に新しい要素があるわけではなかったが、日常とサイケデリアをシンプルな映像エフェクトで繋いだ手腕に唸らされた。
コロナに翻弄された1年ではあったが、総じて優れた作品の多い1年だったと思う。

私の座右の銘は「好きなときに好きなことを好きなようにやる。飽きたらやめる」なので、このブログも飽きたら躊躇うことなくやめてしまおうと常々思っているのだけど、インドのインディーミュジックシーンますます面白くなってきており、いつまでたってもやめられそうにない。
というわけで、2021年もご愛読よろしくお願いします!




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goshimasayama18 at 14:03|PermalinkComments(0)

2020年11月13日

DIVINEはどこに行く? 方向性を模索するインド・ヒップホップシーンの兄貴


このブログのごく初期に特集した、ムンバイの、いやインドのヒップホップシーンを代表するラッパー、DIVINE.
 

彼は、インド発のストリートヒップホップである「ガリーラップ」を代表するアーティストであり(そもそも「路地」を表すヒンディー語の'Gully'を最初にヒップホップの文脈で使い始めたのが彼だ)、ボリウッド初のヒップホップ映画として大ヒットした『ガリーボーイ』に登場するMC Sherのモデルにもなったラッパーだ。




映画『ガリーボーイ』の成功や、ヒップホップ市場の急拡大によって、彼はインドの音楽シーンでは珍しい、非映画音楽出身のスターとなった。
アンダーグラウンド出身の彼が、映画音楽中心のインドの音楽シーンでスターになったきっかけが、結局のところボリウッド映画だったというのは皮肉なことだが。

さらに、DIVINEは昨年立ち上げられた、'Mass Appeal India'(あのNasが手掛けるMass Appealレーベルのインド部門)の看板アーティストとして、Universal Musicを通じて世界に向けて発信されることになるという。
まあ、実際にはヒンディー語のラップを聴くのは、自分のような一部の好事家を除けば、海外在住のインド人リスナーくらいだろうから、さすがにこれはインド国内向けの宣伝文句だと思うが、少し前まではインドでも知る人ぞ知るアンダーグラウンドラッパーだった彼の評価と名声は、これまでになく高まっているのだ。

ところが、その彼がここ最近立て続けにリリースした新曲を聴くと、どうやら彼はここに来て、新たな方向性を模索しているようなのである。
(というか、率直に言うと、とっ散らかってるっていうか、迷走している…とも思える)

 
9月23日にリリースされたのが、この"Punya Paap".
タイトルはヒンディー語で『善行と罪』といった意味である。
このミュージックビデオを見た時の衝撃は大きかった。
インドではマイノリティーであるクリスチャンの彼が、その信仰を前面に出し(つまり、大衆受けよりも真摯な表現を選んだということだ)、自身の内面を鬼気迫るラップで吐き出す姿からは、インドのヒップホップ界の帝王にふさわしい貫禄と気迫がびんびん伝わってきた。
リリックの中身はというと、これまでの生き方を振り返り、自分の失敗を望む人々(英訳で'Your song are cheap-sounding'というリリックもあるから、誰かラッパーだろう)に対して、自分は死ぬまでナンバーワンであり続ける、神以外に恐れるものはない、と宣言するというもの。
内省的なリリックと誰だか分からない相手へのdisが少々ミスマッチだが、それでもこの凄まじい緊張感は並大抵のラッパーに出せるものではない。
ビートを手掛けたのはジャマイカのプロデューサーiLL Wayno.
さすがDIVINE、本気で世界規模の作品を作る気なんだな、と感心したものだった。


ところが、続いて10月16日にリリースされた彼の次の曲"Mirchi"を聴いて、思いっきりずっこけた。
"Mirchi"は唐辛子という意味だが、それはさておき、このパーティーラップ、いったいどうしてしまったのか。
DIVINEはYo Yo Honey Singhみたいなコマーシャルラッパーになりたいのだろうか。
コワモテな見た目と無骨なフロウが曲の世界観にあまり合っていないし、タイトルの連呼から始まるフックもどこか野暮ったい。
ガリー(ストリート)ではかっこよく見えていたハードコアな要素が、このラテンっぽい陽気なサウンドと全くマッチしていないのである。
カラフルな衣装も似合っていないし。


…とはいっても、評価やコメント欄を見る限り、インドのファンたちにはかなり好評なようだから、日本からケチをつけるのは野暮ってものなのだが、それにしたって、一応「世界を目指す」ことになっているラッパーが、これはないだろう、というのが正直な感想だ。

まあ、ストリート上がりのハードコアラッパーが、成り上がりの夢を叶えた瞬間に、成金丸出しの曲をリリースして微妙な感じになってしまうというのはインドに限らず、たまにあることだけど。
(ところで、YouTubeのコメント欄、"Punya Paap"はヒンディー語のコメントが多く、Mirchiは英語のコメントが多いのはなぜだろう…)

続いて11月6日にリリースされたのが、この"Mirchi".
 
タイトルの"Mera Bhai"はマイブラザーといった意味。
今度はミュージックビデオがアニメになった。
コロナウイルスの影響だと思うが、最近はインドでもアニメのミュージックビデオが増えている。
前作の"Mirchi"とはうってかわって、"Punya Paap"同様に自分の半生を振り返るという路線の曲である。
迫力あるラップはあいかわらず素晴らしいが、ここ数年のヒップホップのトレンドを追うかのようなオートチューンを使ったフックや3連のフロウが、ちょっと若作りしているように聴こえなくもない。

リリックは、兄弟同様に苦楽を分かち合い、ヒップホップシーンで成り上がってきた仲間(Naezyのことか?)との絆と裏切りについてラップしているように受け取れる。
"Punya Paap"同様に、結局のところ、自分のブラザーとして信用できるのは自分だけ、という結末のようだ。
これも、「ナイーヴさの肯定」というヒップホップの世界的なトレンドを意識しているのかもしれない、と言ったらうがった見方だろうか。

この曲も内面的な要素とdisっぽい要素が共存しているわけだが、"Punya Paap"からあまり間を置かずに似たテーマの曲をリリースしたことで、女々しさが目立ってしまったような印象だ。
しかも間に妙なパーティーラップを挟んでいるので、なんというか、分裂気味の人のような感じになってしまった。
迷走するDIVINE、どこへ行く。

DIVINEが"Yeh Mera Bombay"や"Voice of Street"でデビューしたのが2013年。
Naezyとの"Mere Gully Mein"が2015年だ。 
この2015年頃から、アンダーグラウンドのシーンは急速に活性化し、2019年の『ガリーボーイ』 で一気に注目を浴びるようになった。
2015年当時は、90年代のアメリカのサウンドの模倣やインド独自のガリーラップが多かったインドのヒップホップシーンは、ここ5年ほどの間に、ヒップホップの30年の歴史を凝縮したかのような急激な進化を遂げた。
先日のオンラインイベント"STRAIGHT OUTTA INDIA"でも紹介した通り、プネーのMC STANのような新世代も台頭してきている。


こうしたシーンの大変動に対して、ガリーラップのオリジネイターにしてシーンのベテランであるDIVINEが焦りを感じていることは、想像に難くない。
インドに限らず、シーンで新しいサウンドが主流となったときに、ベテランアーティストが「俺だってそれくらいできるんだぜ」と言わんばかりに挑戦して、ちょっと微妙な感じ(似合わなかったり、必死すぎたり)になってしまうというのは、ジャンルや洋の東西を問わずよくあることだ。
DIVINEも今、その苦悩の真っ只中にいるのだろう。
これまでの「タフでワイルドなガリーの兄貴」のイメージから脱却し、コマーシャルなパーティーラップや内省的な世界観など、新しい方向性を模索しているというわけだ。

よほどのことがない限り、DIVINEがシーンの中でリスペクトを失うことは無いはずだが、できればシーンの趨勢に一喜一憂する姿はあんまり見たくない。
果たして今後の彼のサウンドはいったいどうなってゆくのだろうか。
今聴いてもオールドスクールなヒップホップがかっこいいのと同じように、彼のガリーラップは時代の変化で簡単に色あせてしまうものではないと思っているのだが。


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