KSHMR
2023年12月28日
2023年度版 軽刈田 凡平's インドのインディー音楽top10
今年もインドのインディペンデント音楽シーンがどんどん大きく、面白くなった1年でした。
もはやとても一人の力で掘り続けるのは無理なほどに巨大化してしまったシーンのなかで、これこそが注目すべきトピック(シングル、アルバム、ミュージックビデオ、出来事)だと思ったものを、10個ほど選んで紹介させてもらいます。
10個並べてるけど、順位はとくになし。
ジャンル的にも地理的にも多様化しまくっているインドのシーンから10個トピックを選ぶのはとても難しかったけど、5年後、10年後に振り返った時に、「そうそう!あのときがこのブームのきっかけだったよね」とか「そういえばあんなことあったなあ」と思えそうなものを選んでみたつもり。
Bloodywood来日
まさか去年に続いて今年もBloodywoodの来日を10大トピックの筆頭に挙げることになるとは思わなかった。
彼らが今年6/28に大阪(梅田TRAD)、6/29に渋谷(Spotify O-EAST)で開催したワールドツアーのファイナル公演は凄まじかった。
去年のフジロックの「誰だかよく分からないけど、こいつらスゲエ!」という状態とは異なり、誰もがBloodywoodことを知っていて、高い期待を抱いているという状況の中で、彼らはその予測を軽々と上回るパフォーマンスを披露した。
ギターソロはなく、ドラムセットもバスドラ1つ、タム1つと極めてシンプルな音楽性とステージセットで観客を熱狂させた彼らのスタイルは、新世代ヘヴィミュージックのひとつの雛形としても注目に値するものだった。
JATAYU来日
今年のフジロックでもインドのバンドが優れたパフォーマンスを見せた。
チェンナイのカルナーティック・ジャムバンドJATAYUは前夜祭とField of Heavenに出演。
去年のBloodywoodのような大規模ステージやド派手な音楽性ではなかったこともあり、大きなセンセーションを巻き起こすには至らなかったが、JATAYUは日本のリスナーがこれまで聴いたことがない浮遊感溢れるフレーズとタイトなグルーヴで確かな爪痕を残した。
インタビューによると、彼らはシンガポールのショーケースイベントに出演したときに関係者の目に留まり、フジロックの出演につながったとのこと。
今年リリースした台湾のバンド「漂流出口」との共演曲"The Wild Kids"も、アジア的な混沌をロックで表現した出色の作品だった。
(漂流出口もすごく面白くて良いバンドです)
Sid Sriram "Sidharth"(アルバム)
今年はメインストリームのど真ん中で活躍している映画のプレイバックシンガー(吹き替え歌手)が、相次いで充実したオリジナル(非映画)アルバムを発表した年でもあった。
インドにおいて「インディーズ音楽」とは、「映画音楽ではない音楽」を指す概念だと言っても過言ではない。
メジャーの真ん中で活躍しているアーティストがインディペンデントを志向する時代がインドにやってきたのだ。
カリフォルニア在住のSid Sriramが、現地の(インド系ではない)ミュージシャンと制作した現代的R&Bスタイルのこのアルバムを「インドのインディー音楽」として扱うべきかどうかは悩んだが、こうした背景と内容の素晴らしさを考えれば、この10選から外すわけにはいかないだろう。
カルナーティック音楽をルーツに持つ彼の歌声は信仰に根差した聖性を湛えていて、結果的にゴスペルのような美しさが感じられる。
以前の記事でも紹介したので今回は別の曲をピックアップしたが、アルバム中の"Dear Sahana"と"Do the Dance"はとくにその傾向が強く、涙が出そうなくらい感動した。
他に今年リリースされたプレイバックシンガーのインディペンデント作品としては、Armaan Malikの"Only Just Begun"も現在進行形のヒンディーポップスのが楽しめる佳作だった。
この作品にはヒップホップビートメイカーKaran Kanchanも参加していて、インディペンデントとメジャーの垣根がますます低くなってきていることを感じさせられた。
KSHMR "Karam"
KSHMRのインドのヒップホップ界への参入は、成長と拡大の一途を辿るシーンへの黒船来航とも言える出来事だった。
世界的に高い評価を得るインド系アメリカ人のEDMプロデューサーである彼は、今作では個々のラッパーの良さを引き出すビートメーカーの役割に徹し、ラテンやインド映画音楽の要素をスパイスとしたトラックの数々に彩られた名作を生み出した。
インドの音楽シーンが国内に閉じているのではなく、グローバルにつながっていることを感じさせるアルバムだ。
Chaar Diwaari X Gravity "Violence"
6月に旅行で来日していたビートメーカーのKaran Kanchanが注目アーティストとして名前を挙げていたのがこのChaar Diwaariだった。
ニューデリー出身のこのラッパーはまだ20歳(!)。
アンダーグラウンドの空気感を濃厚にまとった"Barood"や"Garam"といった個性的なトラックだけでなく、ギタリスト/ソングライターのBhargと共演したポップな"Roshini"など、アクの強さだけではない豊かな才能を示す楽曲を2023年に多数リリースした。
今後の活躍がもっとも期待されるアーティストの一人である。
KSHMRの"Karam"のような話題作から、彼のような超新星の出現まで、今年もインドのヒップホップシーンは非常に豊作だったと言える。
Ikka Ft.MC STAN "Urvashi"
Ikkaはパンジャービー系パーティーラップシーンで一世を風靡したYo Yo Honey SinghとBadshahを擁したデリーの伝説的ヒップホップクルーMafia Mundeer出身のラッパー。
ド派手で商業的なスタイルで人気を博したHoney SinghやBadshahとは異なり、ヒップホップのルーツに忠実な活動を重ねているIkkaが、マンブルラップ的な新世代フロウをインドに持ち込んだMC STANと共演したのがこの曲。
サウンドの印象としてはIkkaがかなりMC STANに寄せているように聴こえるが、ミュージックビデオを見るとMC STANがパーティーラップ的なスタイルに接近しているようにも見える。
プロデュースはアメリカで活躍するバングラデシュ出身のプロデューサーのSanjoy.
ボリウッドソングのマッシュアップをきっかけに在外南アジア系コミュニティから人気に火がついた彼の起用は、メジャー/インディー、国内/国外の垣根が意味を失いつつあるインドのシーンを象徴する人選だ。
そういえば、今年はHoney Singhがムンバイのストリート出身のスターEmiway Bantaiのプロデュースした楽曲もリリースされた(曲としてはイマイチ)。
ますますボーダレス化が進むインドのヒップホップシーンの今後がますます楽しみだ。
Diljit Dosanjh X SIA "Hass Hass"(シングル) "Ghost"(アルバム)
最近ずっと思っているのが、そろそろバングラーというジャンルを再評価すべき時期が来ているのではないか、ということ。
バングラーは、世界的にはPanjabi MCらが活躍した'00年代前半にブームを迎え、ほどなく下火になったジャンルかもしれないが、北インドでは今日に至るまで継続的に高い人気を誇っている。
インドのみならず、パンジャーブ系住民の多いオーストラリアや北米では、昨今バングラーシンガーがアリーナ規模のライブを成功させている(ただし観客はほぼ南アジア系だが)。
ジャマイカンにとってのレゲエやアフリカ系アメリカ人にとってのヒップホップのように、バングラーはパンジャービーたちの魂の音楽として愛され続けているのだ。
バングラーの特筆すべきところは、愛され続けているだけではなく進化しつづけていることで、Diljit Dosanjhがオーストラリア出身の人気シンガーSIAをフィーチャーしたこの曲は2023年度版バングラーを象徴する楽曲と言えるだろう。
Diljitが今年リリースしたアルバム"Ghost"も23曲入りというとんでもないボリュームで、現代型バングラーラップの理想系を示した作品だった。
昨年Sidhu Moose Walaの死という悲劇を迎えたバングラー界だが、それでもシーンは希望と意欲に満ちており、明るい未来が期待できる。
The Yellow Diary "Mann"
上質なヒンディー語のインディーポップを作り続けているムンバイのバンドThe Yellow Diaryは、この新曲"Mann"で変わらぬセンスの良さを見せつけた。
ボリウッド映画に使われても良さそうなキャッチーなヒンディー語ポップスだが、ジャジーなピアノやギターに彼ら独自の個性が光る。
音楽スタイル的にメジャーとインディーズの中間に位置するバンドであり、洋楽志向に偏りがちなインドのインディーポップシーンでインドらしさ溢れるサウンドを作る彼らは稀有な存在だ。
Sunflower Tape Machine "Rosemary"
インディーロック勢ではチェンナイを拠点に活動するAryaman SinghのソロプロジェクトSunflower Tape Machineがリリースした"Rosemary"の繊細な美しさも素晴らしかった。
楽曲ごとにアンビエント、シューゲイザー、80’s風ポップと作風を変えながら、1年に1、2曲のみリリースするという非常にマイペースな活動を続けている彼の最新作は、アコースティックギター1本で聴かせるフォークポップ。
シンプルこの上ない楽曲をメロディーとハーモニーで聴かせるセンスに痺れた。
日本からインドの音楽シーンをチェックしていて、彼のような完全にインディペンデントな才能に出会えたときの感動はひとしおだ。
Komorebi "The Fall"(アルバム)
デリーを拠点に活動しているKomorebiは、アニメなど日本の文化の影響を受けているTarana Marwahによるソロプロジェクト。
以前からポップなエレクトロニカを聴かせてくれていたが、今作ではぐっとスケール感を増してノルウェーのAURORAのような幻想的で美しい作品を作り上げた。
Easy Wanderlings, Dhruv Visvanath, Blackstratbluesといったインドのインディーズシーンを代表するアーティストのコラボレーションも作品に華を添えている。
こうした無国籍で高品質な楽曲がリリースされているということもインドの音楽シーンの誇るべき部分であり、もっと世界が注目してくれたらいいのにといつも思っている。
というわけで2023年の10選はこんな感じでした。
今年は秋以降のヨギ・シン来日騒動(騒いでいたのは自分だけだが)もあり、シーンをあまり細かくチェックできていなかったので、きっとここに挙げた以外の素晴らしい作品や出来事もたくさんあったことと思う。
次点はムンバイのロックバンドThe Lightyear Explodeのアルバム"Suburban Prose".
80’s〜90年代前半の雰囲気のあるポップでキャッチーな曲がたくさん入ったアルバムなので、興味がある人はぜひチェックしてみてほしい。
あとコルカタのラッパーCizzyは今年クラシック級の名曲を何曲もドロップしていた。
(例えば"Number One Fan", "Baad De Bhai")
注目されることが少ないベンガル語ラップに正当な評価を与えるためにも選びたかったのだが、ジャンルのバランスを考えて泣く泣く選外とした。
過去2年分の軽刈田セレクトによる年間トップ10もいちおう貼っておきます。
毎年面白くなり続けているインドの音楽シーン、来年はどんな作品がリリースされるのか、ますます楽しみだ。
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goshimasayama18 at 15:03|Permalink│Comments(0)
2023年12月14日
EDMシーンの世界的大物KSHMRがインドのラッパーたちと共演!
ここのところ謎の占い師ヨギ・シンの話ばかり書いていたので、今回は本来の音楽ブログに戻って、個人的に今年のインドの音楽シーンの最大のニュースだと思っている作品について書く。
11月に世界的EDMプロデューサーのKSHMRがインドのラッパーたちを迎えて制作したアルバム"Karam"のことである。
KSHMRことNiles Hollowell-Dharはカシミール生まれのヒンドゥー教徒の父とアメリカ人の母のもと、1988年にカリフォルニア州で生まれた。
ラップデュオCataracsのメンバーとして活動したのち、2014年頃からエレクトロハウスやビッグルームなどのいわゆるEDMに転向。
’10年代後半にはTomorrowlandやUltra Music Festivalなどのビッグフェスで人気を博し、2015年に英国のEDMメディアDJ Magのトップ100DJランキングで23位にランクイン。2016年には同12位に順位を上げ、さらにはベストライブアクトにも選ばれている。
KSHMRというアーティスト名は、日本では一般的にカシミアと読まれているが、ここはインド風にカシミールと読むことにしたい。
彼は1年ほど前からSNSで、Seedhe MautやMC STΔN、KR$NA(彼はクリシュナと読む)といったインドのラッパーたちと制作を進めていることを明らかにしていたが、別ジャンルで活動する彼らのコラボレーションがどんなものになるのか、まったく想像がつかなかった。
いかにインドのヒップホップシーンが急成長を続けているとはいえ、世界的に見ればKSHMRのほうが圧倒的な知名度と成功を手にしており、私はRitviz(デリーの「印DM」プロデューサー)とSeedhe Mautが共演した"Chalo Chalein"のような「ラッパーをフィーチャーしたEDM」に落ち着くと予想していたのだが、ふたを開けてみれば、EDMの要素はほとんどなく、完全にヒップホップに振り切った作品となった。
"Karam"はKSHMRのキャリアを通してみても非常にユニークで意欲的なアルバムと言えるだろう。
先行シングルとしてリリースされたのは、デリーのラップデュオSeedhe Mautと、今年6月に日本滞在を満喫したムンバイのプロデューサーKaran Kanchanが参加したこの"Bhussi".
KSHMR, Seedhe Maut, Karan Kanchan "Bhussi"
2021年の名作「न(Na)」を彷彿とさせるパーカッシブなビートは、完全にSeedhe Mautのスタイルだ。
これはアルバム全体を聴いて分かったことなのだが、どうやらKSHMRは、このアルバムで「自分の楽曲にいろんなラッパーをフィーチャーする」のではなく、「いろんなラッパーに合った多彩なビートをプロデュースする」ということにフォーカスしているようなのである。
華やかな成功を手にしたEDMのソロアーティストではなく、職人気質のヒップホップのビートメーカーに徹しているのだ。
当然ながらKSHMRのビートはクオリティが高く、個性的でスキルフルなラッパー達との化学反応によって、インドのヒップホップ史に新たな1ページを刻むアルバムが完成した。
デリーのベテランラッパーKR$NAを起用した"Zero After Zero"はリラックスしたグルーヴが心地よい。
ラテンのテイストと往年のボリウッドっぽいストリングスが最高だ。
KSHMR, KR$NA, Talay Riley "Zero After Zero"
ラテンの要素はこの作品の特徴のひとつで、この"La Vida"はレゲトンのリズムにEDMっぽいキャッチーなフルートのメロディーとコーラスが印象的。
真夏の夕暮れにコロナビールかモヒートを飲みながら聴きたい曲だ。
KSHMR, Debzee, Vedan "La Vida"
スペイン語混じりのラップを披露しているDabzeeとVedanは南インドのケーララ州出身。
このアルバムにはインドのさまざまな地域のラッパーが起用されており、おそらくKSHMRは特定の都市や地域に偏らない、汎インド的なヒップホップ・アルバムを作るという意図があったのだろう。
アルバムのハイライトのひとつが、ヒップホップシーンでの評価をめきめき上げているYashrajを起用したこの曲。
KSHMR, Yashraj, Rawal "Upar Hi Upar"
Yashrajのシブいラップに90年代的なヒロイズムに溢れた大仰なビートがとても合っている。
終盤のリズムが変わるところもかっこいい。
KSHMRがこれまで手がけたことのないタイプのビートだが、この完成度はさすが。
Yashrajは、ベンガルールの英語ラッパーHanumankindと共演したこの"Enemies"を含めて、3曲に参加している。
KSHMR, Hanumankind, Yashraj "Enemies"
異色作と言えるのが、バングラーのトゥンビ(シンプルなフレーズを奏でる弦楽器)っぽいビートを取り入れたこの曲。
KSHMR, NAZZ "Godfather"
この手のビートはインドには腐るほどあるのだが、やはりKSHMRの手にかかるとめちゃくちゃかっこよくなる。
NAZZ(Nasと紛らわしい)は、ムンバイのラッパー。
初めて聞く名前だが今後要注目だ。
インド全土のラッパーを起用したこのアルバムに、なんと隣国パキスタンのラッパーも参加している。
KSHMR, The PropheC, Talha Anjum "Mere Bina"
この曲では、カナダ出身のパンジャーブ系バングラーシンガー/ラッパーのThe PropheCに加えて、パキスタンのカラチを拠点に活躍しているラッパーデュオYoung StunnersのTalha Anjumがフィーチャーされている。
これは結構すごいことだと思う。
KSHMRがそのステージネームにもしているカシミール地方は、1947年の印パ分離独立以来、両国が領有権を主張し、テロや弾圧によって多くの血が流されてきた。
カシミールをめぐる問題は、長年にわたって印パ両国、そしてヒンドゥー教徒とムスリムの間の対立を激化させている。
ヒンドゥー・ナショナリズム的な傾向の強いインドの現モディ政権は、ムスリムがマジョリティを占めるジャンムー・カシミール州の自治権を剥奪して政府の直轄領へと再編するなど強硬な手段を取っており、厳しい状況はまだまだ終わりそうにない。
The PropheCのルーツであるパンジャーブ地方もまた、印パ分離独立時に両国に分断された歴史を持つ。
イスラームの国となったパキスタンを離れてインド側へと向かうヒンドゥー教徒、シク教徒と、インド領内からパキスタンへと向うムスリムの大移動によって起きた大混乱のなか、迫害や暴行によって100万人もの人々が命を奪われた。
これもまた、今日まで続く印パ対立の原因のひとつとなっている。
前述の通り、KSHMRはカシミール出身のヒンドゥー教徒の父を持ち、The PropheCはパンジャーブにルーツを持つシク教徒で、Talha Anjumはパキスタンのムスリムのラッパーである。
異国のリスナーの過剰な思い入れかもしれないが、歴史を踏まえると、この3人がこの時代に共演するということに、なんだか大きな意味があるように感じてしまうのである。
仮にそこに深い意味はなく、かっこいい曲を作るために適任なアーティストを集めただけだったとしても、それができるKSHMRの感性ってなんかすごくいいなと思う。
ちなみにYoung Stunnersはコロナ禍の2020年にデリーのKR$NAとの共演も実現させている。
こういう交流はどんどん進めてほしい。
他に参加しているラッパーは、デリーの元Mafia Mundeer勢からIkkaとRaftaar、プネーのマンブルラッパーMC STAN、カリフォルニアのテルグ系フィメールラッパーRaja Kumariら。
音楽的な部分以外で気になる点としては、このアルバムには、インタールードとしてオールドボリウッド風のスキットが数曲おきに収録されている。
それぞれ"The Beginning", "The Plan", "The Money", "The Girl", "The Revenge"といったタイトルが付けられていて、言葉がわからないので何とも言えないが、今作はコンセプトアルバムという一面もあるようだ。
ここまでインド市場に振り切った(インド人と一部のパキスタン人以外は聴かなそうな)アルバムを作ったKSHMRの最新リリースは、"Tears on the Dancefloor"と題したゴリゴリのEDM。
完全にインドのシーンに拠点を移すつもりはなさそうだが、この振れ幅こそが彼の魅力なのだろう。
KSHMR "Tears on the Dancefloor (feat. Hannah Boleyn)"
Ritvizとのコラボレーション"Bombay Dreams"や、インドのスラム街の子どもたちにインスパイアされたという"Invisible Children"など、近年インド寄りの側面をどんどん出してきているKSHMRは、今後ますますインドのシーンでの存在感を増してゆきそうだ。
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goshimasayama18 at 22:27|Permalink│Comments(0)
2022年04月18日
インドに音楽フェスが帰ってきた!
春の訪れとともに、インドに音楽フェスが帰ってきた。
思えば二年前の今頃、インドは新型コロナウイルスによるロックダウンの真っ最中だった。
長かったコロナ禍は昨年5月ごろにピークに達し、多くの人が亡くなった。
とくにデリーの状況は深刻で、現地に家族が暮らしているインド人の知人も、何人もの親類を失ったと嘆いていた。
そして2022年、春。
世界はまだまだ新型コロナウイルスを克服したとは言えないが、それでもインドに音楽フェスが戻ってきた。
2022年3月2日にインド政府が新型コロナウイルス流行にともなう規制を全面的に撤廃。
春の訪れを告げる「色彩の祭」ホーリーでは、コロナ禍前から近年の定番となっているEDMに合わせて色のついた粉をぶっかけあうスタイルのフェスティバルがいくつも開催された。
その中でもっとも華やかだったのが、インド系アメリカ人のEDM界のスーパースター、KSHMRを招聘してバンガロール、デリー、ゴア、プネーの4都市で行われたSunburn Festivalだろう。
(2022年4月24日追記。Sunburn Holiのオフィシャル・アフタームービーがYouTubeにアップされたので貼っておく。この映像ではKSHMRがインド人シンガーArmaan MalikとK-PopシンガーのErik Namと共作した"Echo"が使われている)
ワクチン接種や健康状態の確認など、一応の感染防止対策は行われていたようだが、会場の様子は完全にコロナ前同様!
ゴアのステージには、3月にリリースした"Lion Heart"でコラボレーションしたDIVINEとの共演も実現して、大いに盛り上がったようだ。
そして、都市巡回型フェスティバルNH7 WEEKENDERも、この春から各地で再開。
プネー、ゴア、ハイデラーバード、ジャイプル、ベンガルール、チャンディーガル、チェンナイ、シロン、グワハティ、コルカタ、ムンバイの各地で久しぶりの音楽フェスが行なわれた(いくつかの会場は、これからの開催)。
下の動画は、プネー会場のアフタームービー。
こちらもすっげえ楽しそう。
出演は、Prateek Kuhad, Raja Kumari, Ritviz, Seedhe Maut, When Chai Met Toast, Kayan, Lifafaら、インドのインディーズ・シーンを代表するアーティストたち。
このNH7 Weekenderは、コロナ禍前なら海外のビッグネームも招聘されていたフェスだが、昨今の状況から、今年は2021年の日本のフジロック同様、国内のアーティストのみで開催された。
やむを得ない事情とはいえ、インドでも国内のインディーズ系アクトだけでこの規模のフェスが開催できるようになったと思うと感慨深いものがある。
(インドにおける「インディペンデント」の定義は難しいが、ひとまずは映画音楽を主戦場にしていないという意味に捉えてほしい)
2日間にわたって開催されたプネー会場は5つのステージで構成され、うち1つはコメディアンが出演するステージなので、音楽系は4つ。
両日ともトリの時間帯には2つのステージが同時並行で行われ、初日のトリはシンガーソングライターのPrateek KuhadとデリーのラップデュオSeedhe Maut, 2日目のトリは「印DM」のRitvizとシンガーのAnkur Tewari(彼だけはボリウッドでの活躍も目立つアーティストだが)が努めた。
初日のトリのPrateek Kuhadはオーディエンスも大合唱。
映画音楽じゃない歌でここまで盛り上がっているインド人を見るのは意外かもしれないが、インドの音楽マーケットは確実に新しい時代に突入しつつあることを感じさせられる。
ケーララのフォークポップバンド、When Chai Met Toastのステージも大いに盛り上がっている
渋いところでは、ムンバイMahindra Blues Festivalも今年は国内のアーティストのみで開催。
かつてはバディ・ガイやジョス・ストーンらのビッグネームが出演したこのフェスも今年は国内勢のみでの開催で、メガラヤ州シロンのSoulmateやコルカタのArinjoy Sarkarらがインドのブルース・シーンの底力を見せつけた。
インドのブルースシーンについては、この記事で詳しく紹介している。
最近のインドのいろいろな映像を見る限り、フェスだけでなく、コロナ前の日常が完全に戻ってきているようだ。
日本みたいにまだまだマスクをして気を遣いながら生活をするのが正しいのか、それともインドみたいに割り切って何事もなかったように暮らすのが正解なのか、絶対的な答えは誰にも出すことができないが、二年前の状況を思うと、インドの人たちがここまで思いっきり楽しめるようになったということになんだかぐっと来てしまう。
命を大事に、というが、英語のLifeは命だけじゃなくて人生や生活という意味もある。
感染防止ばかりに気を取られて、生活を楽しむことや一度きりの人生の貴重な時間を無為に過ごすのも考えものだと思う。
(ところで、インドの諸言語だと命と人生と生命は同じ言葉なのだろうか、違うのだろうか)
ここまで振り切って楽しむことができるインド人が正直ちょっとうらやましく思えてしまうのは私だけではないだろう。
ああー、余計なこと考えずに、音楽を思いっきり楽しみてえなあー。
インドの音楽フェス事情はこちらの記事もご参照ください。
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思えば二年前の今頃、インドは新型コロナウイルスによるロックダウンの真っ最中だった。
長かったコロナ禍は昨年5月ごろにピークに達し、多くの人が亡くなった。
とくにデリーの状況は深刻で、現地に家族が暮らしているインド人の知人も、何人もの親類を失ったと嘆いていた。
そして2022年、春。
世界はまだまだ新型コロナウイルスを克服したとは言えないが、それでもインドに音楽フェスが戻ってきた。
2022年3月2日にインド政府が新型コロナウイルス流行にともなう規制を全面的に撤廃。
春の訪れを告げる「色彩の祭」ホーリーでは、コロナ禍前から近年の定番となっているEDMに合わせて色のついた粉をぶっかけあうスタイルのフェスティバルがいくつも開催された。
その中でもっとも華やかだったのが、インド系アメリカ人のEDM界のスーパースター、KSHMRを招聘してバンガロール、デリー、ゴア、プネーの4都市で行われたSunburn Festivalだろう。
Throwback to colorful and flavorful Holi celebrations at @SunburnFestival with @KSHMRmusic across Bangalore, Delhi, Goa and Pune.#MakePlayWithFlavors pic.twitter.com/xZ4DyY7pFG
— Bira 91 (@bira91) March 31, 2022
(2022年4月24日追記。Sunburn Holiのオフィシャル・アフタームービーがYouTubeにアップされたので貼っておく。この映像ではKSHMRがインド人シンガーArmaan MalikとK-PopシンガーのErik Namと共作した"Echo"が使われている)
ワクチン接種や健康状態の確認など、一応の感染防止対策は行われていたようだが、会場の様子は完全にコロナ前同様!
ゴアのステージには、3月にリリースした"Lion Heart"でコラボレーションしたDIVINEとの共演も実現して、大いに盛り上がったようだ。
そして、都市巡回型フェスティバルNH7 WEEKENDERも、この春から各地で再開。
プネー、ゴア、ハイデラーバード、ジャイプル、ベンガルール、チャンディーガル、チェンナイ、シロン、グワハティ、コルカタ、ムンバイの各地で久しぶりの音楽フェスが行なわれた(いくつかの会場は、これからの開催)。
下の動画は、プネー会場のアフタームービー。
こちらもすっげえ楽しそう。
出演は、Prateek Kuhad, Raja Kumari, Ritviz, Seedhe Maut, When Chai Met Toast, Kayan, Lifafaら、インドのインディーズ・シーンを代表するアーティストたち。
このNH7 Weekenderは、コロナ禍前なら海外のビッグネームも招聘されていたフェスだが、昨今の状況から、今年は2021年の日本のフジロック同様、国内のアーティストのみで開催された。
やむを得ない事情とはいえ、インドでも国内のインディーズ系アクトだけでこの規模のフェスが開催できるようになったと思うと感慨深いものがある。
(インドにおける「インディペンデント」の定義は難しいが、ひとまずは映画音楽を主戦場にしていないという意味に捉えてほしい)
2日間にわたって開催されたプネー会場は5つのステージで構成され、うち1つはコメディアンが出演するステージなので、音楽系は4つ。
両日ともトリの時間帯には2つのステージが同時並行で行われ、初日のトリはシンガーソングライターのPrateek KuhadとデリーのラップデュオSeedhe Maut, 2日目のトリは「印DM」のRitvizとシンガーのAnkur Tewari(彼だけはボリウッドでの活躍も目立つアーティストだが)が努めた。
Last Saturday was a fun night at @NH7 . Thanks for singing along and making the night special ♥️ pic.twitter.com/pQ92dFl66S
— Prateek Kuhad (@prateekkuhad) April 2, 2022
初日のトリのPrateek Kuhadはオーディエンスも大合唱。
映画音楽じゃない歌でここまで盛り上がっているインド人を見るのは意外かもしれないが、インドの音楽マーケットは確実に新しい時代に突入しつつあることを感じさせられる。
ケーララのフォークポップバンド、When Chai Met Toastのステージも大いに盛り上がっている
渋いところでは、ムンバイMahindra Blues Festivalも今年は国内のアーティストのみで開催。
かつてはバディ・ガイやジョス・ストーンらのビッグネームが出演したこのフェスも今年は国内勢のみでの開催で、メガラヤ州シロンのSoulmateやコルカタのArinjoy Sarkarらがインドのブルース・シーンの底力を見せつけた。
インドのブルースシーンについては、この記事で詳しく紹介している。
最近のインドのいろいろな映像を見る限り、フェスだけでなく、コロナ前の日常が完全に戻ってきているようだ。
日本みたいにまだまだマスクをして気を遣いながら生活をするのが正しいのか、それともインドみたいに割り切って何事もなかったように暮らすのが正解なのか、絶対的な答えは誰にも出すことができないが、二年前の状況を思うと、インドの人たちがここまで思いっきり楽しめるようになったということになんだかぐっと来てしまう。
命を大事に、というが、英語のLifeは命だけじゃなくて人生や生活という意味もある。
感染防止ばかりに気を取られて、生活を楽しむことや一度きりの人生の貴重な時間を無為に過ごすのも考えものだと思う。
(ところで、インドの諸言語だと命と人生と生命は同じ言葉なのだろうか、違うのだろうか)
ここまで振り切って楽しむことができるインド人が正直ちょっとうらやましく思えてしまうのは私だけではないだろう。
ああー、余計なこと考えずに、音楽を思いっきり楽しみてえなあー。
インドの音楽フェス事情はこちらの記事もご参照ください。
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goshimasayama18 at 21:36|Permalink│Comments(0)
2021年06月01日
K-pop meets 'I-Pop'! インドと韓国のコラボレーションは新しい扉を開くのか?
5月21日にリリースされたArmaan Malik, Eric Nam, KSHMRのコラボレーションによる新曲"Echo"の評判が良い。
6月1日の時点でYouTubeの再生回数は1,000万回以上。
ヒット映画の音楽ともなれば億を超えることも珍しくないインドでは決してずば抜けた数字ではないが、映画と関係のない音楽としては大健闘していると言っていいだろう。
この楽曲に関わった人物を整理してみよう。
Armaan Malikはムンバイ出身のシンガー。
代々インド映画の音楽を作ってきた一家に生まれたArmaanは、幼い頃から古典音楽を学び、アメリカの名門バークリー音楽大学で学んだのち、EDM, R&B, そしてもちろん映画音楽などの分野で活躍している。
インド映画のプレイバック・シンガーにはよくある話だが、彼もまた多くの言語で歌っており、ヒンディー、英語、ベンガル語、テルグー語、マラーティー語、タミル語、グジャラーティー語、パンジャービー語、ウルドゥー語、マラヤーラム語、カンナダ語の楽曲をレコーディングしたことがあるという。
この"Chale Aana"は2019年のボリウッド映画"De De Pyaar De"の挿入歌で、作曲はArmaanの兄であるAmaal Mallik. (兄のAmaalは、弟と違って姓のアルファベット表記の'L'が2つある)
この曲の再生回数は1.6億回とケタ違いだ。
彼が歌う他の映画音楽では、5億再生を超えているものもある。
映画音楽以外の活動も見逃せない。
2020年のMTV Europe Music Awardsで、近年勢いづくヒップホップ勢を抑えてBest India Actを受賞した"Control"は、"Echo"同様にインドらしさをまったく感じさせない「洋楽的」なポップソングだ。
Armaanは、映画音楽という大衆音楽と、洋楽的なポピュラー・ミュージックという、対照的なふたつのジャンルの第一線で活躍しているシンガーなのだ。
Eric Namはアトランタ出身の韓国系アメリカ人シンガー。
011年に名門ボストン・カレッジを卒業し、ニューヨークのデロイト・コンサルティングで勤務するというエリート中のエリートだった彼は、YouTubeへのカバー曲動画の投稿や韓国でのオーディション番組への参加を経て、ミュージシャンとしてのキャリアをスタートさせた。
シンガーとしては、韓国語と英語の両方で楽曲をリリースしており、海外ツアーを行うなど、すでに国際的な活躍をしている。
この"Honestly"を聴けば分かる通り、そのサウンドはK-popのイメージを裏切らないきらびやかなダンスポップ。
声の質もArmaanに近く、ヴォーカリストとしての相性がぴったりなのがこの曲からも分かるだろう。
"Echo"のプロデュースを務めたKSHMRことNiles Hollwell-Dharはカリフォルニア出身のインド系アメリカ人のEDMアーティストだ。
名前の通り、カシミール地方出身のヒンドゥー教徒の父を持つ(母親はインド系ではないようだ)。
2003年に高校の友人と結成したヒップホップユニットThe Cataracsで活動したのち、2014年にKSHMRの名義でEDMに転向。
UltrasやTommorowlandなどの大規模フェスでもプレイし、2016年、2017年、2020年にはDJ Magの世界トップDJの12位に輝いているEDMシーンのトップスターの一人だ。
活動の場が違うので簡単には比較できないが、ジャンル内の評価で言えば、このKSHMRが3人の中でもっとも大きな成功を収めていると言えるかもしれない。
(再生回数で言えば圧倒的にArmaan Malikだが)
この曲はインドで行われたアジア最大のEDMフェス'Sunburn'のテーマ曲として作られたもの。
インド国内のマーケットを意識した作品では、このようにビジュアルにもサウンドにもインドらしい要素を取り入れており、最近ではインド国内のアーティストとのコラボレーションも多い。
…長くなったが、要は、この曲でコラボレーションした3人には、非常に多様性に富んだ背景があるということである。
国籍としては、インド、韓国、アメリカ。
音楽ジャンルとしては、フィルミ(インド映画音楽)、インド古典音楽、R&B、K-pop、EDM...
こうした多様性のある3人のコラボレーションなのだから、ものすごい化学反応が起きて、斬新なフュージョン音楽が生まれるのではないかと期待していたのだが、誤解を恐れずに言えば、出来上がった作品は、ポップミュージックとしての質は高いものの、音楽的な冒険はせずに、手堅くまとめたという印象だ。
"Echo"には、Armaanの古典音楽的な歌い回しも出てこなければ、KSHMRの得意なフュージョンの要素もない。
ミュージックビデオの映像も、K-Pop的な派手さや伝統的なインドのイメージとは無縁な、率直に言うとかなり地味なものである。
Eric Namは、Rolling Stone Indiaにこう語っている。
「"Echo"は3人のアジア人がグローバルな舞台で団結した重要な例なんだ。僕らの仲間がもっと増えたらいいのにって思ってる。僕たち(引用者注:アジア人)全体を代表してやってのけることができる人たちの、もっと大きなネットワークが欲しいんだ。僕らは、自分たちみたいなカルチャーに関わる人たちを、もっと大きなスクリーンで見たいと思って成長してきた。でも、伝統的に、そういう場所は僕らにオープンじゃなかったんだ。ようやく、少しずつオープンになってきてはいるけどね。それから今、人種間や社会的な緊張がこれまでになく高まってきている。だから、僕らにとって、今こそこういうことをやるのに最高の時なんだよ」
この言葉の中の、「アジア人にもショービジネスが少しずつオープンになってきている」というのはK-popの成功を、「人種間や社会的な緊張が高まっている」というのはコロナ以降のアジア人差別を指しているのだろう。
"Echo"をこのタイミングでリリースしたのは、5月がアメリカ合衆国における「アジア系アメリカ人および太平洋諸島出身者月間」(Asian American and Pacific Islander Heritage Month)であることも意識していたという。
だからこそ、彼らは偏見にもつながるステレオタイプと裏表な典型的なアジアの要素を前面に出すのではなく、あえて無国籍なポップミュージックを作り、音楽の質そのもので勝負しようとしたのだろう。
しかし、無国籍なポップミュージックとは、結局のところ、欧米の白人が作ったジャンルを意味している。
今のところ、インド国内と韓国の一部のファンには高い評価を得ているようだが、この方法論が世界でどこまで通用するのか、応援しつつ見守ってゆきたい。
ところで、記事のタイトルに'K-pop meets "I-pop"'と書いたが、'I-pop'とはこの曲を紹介するにあたり、インドの媒体が多用している言葉。
インドは英語が話せる人材も多いし、最近ではArmaanのようにバークリーなどの欧米の一流の音楽大学に進学する若者も増えている。
I-PopがK-Popのように、世界で評価される日が来るのだろうか。
この曲の再生回数は1.6億回とケタ違いだ。
彼が歌う他の映画音楽では、5億再生を超えているものもある。
映画音楽以外の活動も見逃せない。
2020年のMTV Europe Music Awardsで、近年勢いづくヒップホップ勢を抑えてBest India Actを受賞した"Control"は、"Echo"同様にインドらしさをまったく感じさせない「洋楽的」なポップソングだ。
Armaanは、映画音楽という大衆音楽と、洋楽的なポピュラー・ミュージックという、対照的なふたつのジャンルの第一線で活躍しているシンガーなのだ。
Eric Namはアトランタ出身の韓国系アメリカ人シンガー。
011年に名門ボストン・カレッジを卒業し、ニューヨークのデロイト・コンサルティングで勤務するというエリート中のエリートだった彼は、YouTubeへのカバー曲動画の投稿や韓国でのオーディション番組への参加を経て、ミュージシャンとしてのキャリアをスタートさせた。
シンガーとしては、韓国語と英語の両方で楽曲をリリースしており、海外ツアーを行うなど、すでに国際的な活躍をしている。
この"Honestly"を聴けば分かる通り、そのサウンドはK-popのイメージを裏切らないきらびやかなダンスポップ。
声の質もArmaanに近く、ヴォーカリストとしての相性がぴったりなのがこの曲からも分かるだろう。
"Echo"のプロデュースを務めたKSHMRことNiles Hollwell-Dharはカリフォルニア出身のインド系アメリカ人のEDMアーティストだ。
名前の通り、カシミール地方出身のヒンドゥー教徒の父を持つ(母親はインド系ではないようだ)。
2003年に高校の友人と結成したヒップホップユニットThe Cataracsで活動したのち、2014年にKSHMRの名義でEDMに転向。
UltrasやTommorowlandなどの大規模フェスでもプレイし、2016年、2017年、2020年にはDJ Magの世界トップDJの12位に輝いているEDMシーンのトップスターの一人だ。
活動の場が違うので簡単には比較できないが、ジャンル内の評価で言えば、このKSHMRが3人の中でもっとも大きな成功を収めていると言えるかもしれない。
(再生回数で言えば圧倒的にArmaan Malikだが)
この曲はインドで行われたアジア最大のEDMフェス'Sunburn'のテーマ曲として作られたもの。
インド国内のマーケットを意識した作品では、このようにビジュアルにもサウンドにもインドらしい要素を取り入れており、最近ではインド国内のアーティストとのコラボレーションも多い。
…長くなったが、要は、この曲でコラボレーションした3人には、非常に多様性に富んだ背景があるということである。
国籍としては、インド、韓国、アメリカ。
音楽ジャンルとしては、フィルミ(インド映画音楽)、インド古典音楽、R&B、K-pop、EDM...
こうした多様性のある3人のコラボレーションなのだから、ものすごい化学反応が起きて、斬新なフュージョン音楽が生まれるのではないかと期待していたのだが、誤解を恐れずに言えば、出来上がった作品は、ポップミュージックとしての質は高いものの、音楽的な冒険はせずに、手堅くまとめたという印象だ。
"Echo"には、Armaanの古典音楽的な歌い回しも出てこなければ、KSHMRの得意なフュージョンの要素もない。
ミュージックビデオの映像も、K-Pop的な派手さや伝統的なインドのイメージとは無縁な、率直に言うとかなり地味なものである。
Eric Namは、Rolling Stone Indiaにこう語っている。
「"Echo"は3人のアジア人がグローバルな舞台で団結した重要な例なんだ。僕らの仲間がもっと増えたらいいのにって思ってる。僕たち(引用者注:アジア人)全体を代表してやってのけることができる人たちの、もっと大きなネットワークが欲しいんだ。僕らは、自分たちみたいなカルチャーに関わる人たちを、もっと大きなスクリーンで見たいと思って成長してきた。でも、伝統的に、そういう場所は僕らにオープンじゃなかったんだ。ようやく、少しずつオープンになってきてはいるけどね。それから今、人種間や社会的な緊張がこれまでになく高まってきている。だから、僕らにとって、今こそこういうことをやるのに最高の時なんだよ」
この言葉の中の、「アジア人にもショービジネスが少しずつオープンになってきている」というのはK-popの成功を、「人種間や社会的な緊張が高まっている」というのはコロナ以降のアジア人差別を指しているのだろう。
"Echo"をこのタイミングでリリースしたのは、5月がアメリカ合衆国における「アジア系アメリカ人および太平洋諸島出身者月間」(Asian American and Pacific Islander Heritage Month)であることも意識していたという。
だからこそ、彼らは偏見にもつながるステレオタイプと裏表な典型的なアジアの要素を前面に出すのではなく、あえて無国籍なポップミュージックを作り、音楽の質そのもので勝負しようとしたのだろう。
しかし、無国籍なポップミュージックとは、結局のところ、欧米の白人が作ったジャンルを意味している。
今のところ、インド国内と韓国の一部のファンには高い評価を得ているようだが、この方法論が世界でどこまで通用するのか、応援しつつ見守ってゆきたい。
ところで、記事のタイトルに'K-pop meets "I-pop"'と書いたが、'I-pop'とはこの曲を紹介するにあたり、インドの媒体が多用している言葉。
インドは英語が話せる人材も多いし、最近ではArmaanのようにバークリーなどの欧米の一流の音楽大学に進学する若者も増えている。
I-PopがK-Popのように、世界で評価される日が来るのだろうか。
その時に、"Echo"はエポック・メイキングな楽曲として思い出されるものになるはずだ。
関連記事:
参考サイト:
https://rollingstoneindia.com/exclusive-armaan-malik-eric-nam-and-kshmr-collaborate-on-new-single-echo/
https://www.bollywoodbubble.com/bollywood-news/exclusive-armaan-malik-on-echo-taking-i-pop-global-dabbling-with-wanting-to-breakout-and-fear-of-rejection/
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goshimasayama18 at 20:56|Permalink│Comments(0)
2020年06月01日
インドのEDM系アーティストがなにかと面白い! KSHMR, Lost Storiesらのインド風トラック!
意外に思われるかもしれないが、ダンスが大好きなインド人の間では、EDM系の音楽の人気がとても高い。
主要なリスナー層は、都市部の中産階級以上の音楽の流行に敏感な若者たちに限られるのだろうが、それでも13億の人口を誇るインドでは、相当数のファンがいるということになる。
インドではアジア最大の(そして世界で3番目の規模の)EDMフェス"Sunburn"が開かれているし、国際的に活躍しているインド人アーティストもいる。
EDMというジャンル自体、すでに人気のピークを過ぎた感もあるし、そもそもコロナウイルス禍でフェスティバルやパーティーが開けない状況が続くと、シーン自体がどうなってしまうのか心配ではあるが、インドにおけるEDM人気の根強さは、今のところ我々の想像をはるかに超えているのである。
今回は、そんな「ダンス大国」インドのEDMアーティストたちが、グローバル市場向けのゴリゴリのダンストラックとは別に、国内リスナー向けにかなりインドっぽい楽曲を製作しているというお話。
以前の記事でも取り上げたムンバイ出身のEDMデュオ、Lost Storiesが、プレイバックシンガーとして活躍するJonita Gandhiと共演したこの"Mai Ni Meriye"は、彼らがこれまでに発表してきたトランス系テクノやEDMとは大きく異なるボリウッドっぽい1曲。
(Lost Storiesがこれまでに発表してきたダンストラックについては、この記事を参照してほしい。"Tomorrowlandに出演するインド人EDMアーティスト! Lost StoriesとZaeden!")
原曲はヒマーチャル・プラデーシュ州の伝統音楽のようだ。
Jonita GandhiはYouTubeにアップした歌声がきっかけでA.R.Rahmanに見出されたカナダ在住のシンガーで、2013年以降様々な映画のサウンドトラックに参加している。(昨年11月にNHKホールで行われた「ABUソングフェスティバル」にも、インド代表としてラフマーンとともに来日していた。)
Lost Storiesの洗練されたトラックに彼女の古典音楽風の節回しの歌が乗ることで、あたかも最近のボリウッドの映画音楽のような仕上がりになっている。
Lost StoriesがKSHMR(カシミア)と共演した"Bombay Dreams"のミュージックビデオは、サウンドだけでなく映像も映画のような魅力を持っている。
エスニックなメロディーラインが印象的だが、エレクトロニック系の曲だとこの手の旋律は国籍に関係なくよく使われているので、もはやどこまでがインドでどこからがEDMなのかさっぱり分からなくなってくる。
それはともかく、このミュージックビデオで注目すべきは、音楽よりもマサラテイストかつ甘酸っぱいストーリーのほうだろう。
「イケてない太めの男子」と「古典舞踊を習う女子」というEDMのイメージとは距離のありすぎるキャラクターたちが繰り広げる淡い恋模様は、まるで青春映画の一場面のようだ。
この曲でLost Storiesと共演しているKSHMRはカリフォルニア州出身のインド系アメリカ人で、その名前の通りカシミール地方出身のヒンドゥー教徒の父を持つEDMミュージシャン/DJだ(母親はインド系ではないアメリカ人のようだ)。
彼はもともとCataracsというダンスミュージックグループに在籍しており、いくつかの曲をヒットさせていたが、Cataracs解散後の2014年にKSHMR名義での活動を開始すると、Coachella, Ultra Music Festival, Tommorowland等の主要なフェスに軒並み出演し、2016年にはDJ MagazineのTop 100 DJs of the yearの12位とHighest Live Actに輝くなど、名実ともにトップDJの座に躍り出た。
KSHMRがベルギー人DJのYves Vと共演したこの"No Regrets (feat. Krewella)では、音楽的にはインドの要素はほぼ無いものの、インドの伝統格闘技クシュティをテーマにしたミュージックビデオを製作している。
冒頭で歌われているのはハヌマーン神へを讃えるヒンドゥーの聖歌らしく、こちらもまるでインド映画のような仕上がりになっている。
インドのインディー系ミュージシャンには、インドのポップカルチャーの絶対的な主流であるボリウッドに対して「ドメスティックでダサいもの」という反感を持っている者が多いという印象を持っていたので(かつて日本のロックミュージシャンが歌謡曲に抱いていたような感情だ)、こうしたEDM系のアーティストたちが、ボリウッドっぽさ丸出しの楽曲をリリースしているということに、非常に驚いてしまった。
グローバルな成功を収めている彼らにとっては、ローカルなボリウッドは仮想敵とするようなものではなく、むしろ冷静にマーケットとして見ているということだろうか。
(日本でいうと、石野卓球あたりがJ-Popのプロデュースやリミックスを手がけているのと同じようなものかもしれない)
KSHMRは、2015年から2017年まで、「アジア最大のEDMフェス」Sunburnのオフィシャルミュージックを手がけており、EDMやトランスに開催地であるインドの要素を融合させた楽曲をリリースしたりもしている。
これらの曲を聴けば、彼が自身のルーツであるインドの要素をいかに巧みにダンスミュージックに取り入れているかが分かるだろう。
このどこまでも享楽的なサウンドは、かつて欧米や日本のトランスDJたちが、インド音楽をサイケデリックで呪術的な要素として使ってきたのとは対照的で、長らくインドの音楽をミステリアスなものとして借用してきた西洋のポップ・ミュージックに対するインド人からの回答として見ることもできそうだ。
パーティーミュージックのプロデュースにかけては一流の評価を得ているKSHMRが、そのサウンドに反して極めてシリアスなメッセージを伝えようとしているミュージックビデオがある。
彼の故郷の名を冠した"Jammu"という曲である。
Jammu(ジャンムー)とは、彼の名前の由来になったカシミールとともにジャンムー・カシミール連邦直轄領を構成する地域の名前だ。
この地域は、1947年のインド・パキスタンの分離独立以来、両国が領有権を主張し、たびたび武力衝突が起きている南アジアの火薬庫とも言える土地である。
カシミール地方では、「ヒンドゥー教徒がマジョリティーを占める世俗国家」であるインドにおいて、例外的にムスリムが多数派を占めるという人口構成から、インド建国間もない時期から独立運動も行われており、この地を巡る状況は非常に複雑になってしまっているのだ。
こうした歴史から、かつては「世界で最も美しい場所」とまでいわれていたカシミールでは、テロや紛争、独立闘争やその過酷な弾圧のために、数え切れないほどの血が流されてきた。
戦乱で母を失った少年がテロリストになるまでを描いたストーリーは、欧米やヒンドゥー側から見たムスリムのステレオタイプ的なイメージという印象も受けるが、現実に起こっていることでもあるのだろう。
(ちなみにKSHMRは"Kashmir"という楽曲もリリースしているが、この曲ではミュージックビデオは作られていない)
このミュージックビデオがリリースされたのは2015年。
その頃は州としての自治権を有していたジャンムー・カシミール地域は、2019年8月にインド政府によって自治権を剥奪され、大規模な反対運動にも関わらず、連邦政府直轄領となることが決定した。
これにともなって、ジャンムー・カシミール地域では、混乱や暴動を避けるという目的で、長期間にわたるインターネットの遮断や外出禁止が行われ、外部との連絡が絶たれた中で治安維持の名目での暴力行為もあったという。
これにともなって、ジャンムー・カシミール地域では、混乱や暴動を避けるという目的で、長期間にわたるインターネットの遮断や外出禁止が行われ、外部との連絡が絶たれた中で治安維持の名目での暴力行為もあったという。
デリーのラッパーPrabh Deepは、コロナウイルスによる全土ロックダウン時にリリースされた楽曲で、外出禁止が続くカシミールに想いを馳せる内容のリリックを披露している。
KSHMRによるインド色の強いミュージックビデオは、インド国内のマーケット向けというだけではなく、自身のルーツとなっているカルチャーや歴史を広く世界に知ってもらいたいという意図も持って作られたのだろう。
インド国内のアーティストが、ミュージックビデオでインド文化をできるだけ洗練されたものとして描く傾向があるのに対して、ステレオタイプ的な描写が多いのは、彼が母国を遠く離れた欧米で生まれ育ったこととも関係がありそうだ。
いずれにしても、KSHMRのこうした映像作品は、YouTubeのコメント欄を見る限りでは、インドのリスナーに好意的にはかなり受け入れられているようである。
彼はDJセットにおいてもインドの楽曲をサンプリングすることが多く、それが彼のDJの文字通り巧みなスパイスになっている。
以前紹介したZaedenも、ヒンディー語楽曲をいくつか発表しているが、今回はインド系バルバドス人のRupeeが2004年にスマッシュヒットさせた'"Tempted to Touch"のリメイクを紹介したい。
ほぼ忘れられかけていた一発屋をこうしてリメイクするという取り組みも、世界で活躍するインド系アーティストへの絆を感じさせるものだ。
無国籍なサウンドとなることが多いダンスミュージックに、インド系のアーティストがこれだけ自身のルーツの要素を取り入れているということは、かなり面白いことだと感じる。
これは欧米が主流のシーンに対する自己主張であるだけでなく、全てを取り入れて混ぜ込んでしまうインド文化のなせる業なのだろうか。
エレクトロニックミュージックとインド的要素の融合については、非常に面白いテーマなので、まだまだ書いてゆきたいと思ってます。
それでは今回はこのへんで!
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