Gurbax

2022年08月28日

急速に現代化するインドのヒップホップ インディアン・オールドスクールはどこへ行くのか



たびたび書いていることだが、インドのヒップホップ・シーンが発展したのは2010年代以降。
ムンバイをはじめ各地で同時多発的に発生したインドのストリート・ラップは、同時代のヒップホップよりも90年代USラップの影響が強いのが特徴だった。

よりストリート色が強く、「抑圧されたゲットーの人々の音楽」という色彩が強かった90年代のヒップホップのほうが、都市部のロウワーミドルクラスを中心としたインドのラッパーたちに「刺さる」ものだったのだろう。
音楽的な面では、ラップが始まったばかりのインドで、ビートもフロウもシンプルだった90年代のスタイルのほうが彼らの言語を乗せやすかった、ということもあったかもしれない。

2020年前後から、インドのヒップホップはようやく同時代的な、少なくとも2010年代以降のサウンドが、目立つようになってきた。
マンブルラップ的な手法やオートチューンを駆使して傷ついた心情を表現するMC STANや、トラップ以降のビートに乗せて超絶スキルのラップを吐き出すSeedhe Mautがその筆頭だ。

ここ数年で、インドのヒップホップは世界のシーンが30年かけて歩んだ道を一気に駆け抜けたわけだが、それでは、その急速な変化の中で、骨太なラップを聞かせてくれていたオールドスクールなラッパーたちはどうなったのだろうか?

最近のベテランラッパー(といってもデビュー後のキャリアは10年程度だが)たちの新曲を聴く限り、彼らは自らの矜持を貫き、かたくなにそのスタイルを守り抜いていた。
…なんてことは一切なかった。
2010年代に今のヒップホップ流行の礎を築いた先駆者たちは、面白いくらいに今風のスタイルに変節してしまっていたのだ。
別にそれをいいとか悪いとか言うつもりはないのだが、これはこれでなんだかインドっぽいような気もするので、今回はそんなラッパーたちの過去と現在を紹介してみたいと思います。


まずは、このブログの記念すべき第1回でも紹介したラッパーであるBrodha V.
インドのストリート系ラップ普及の立役者であるムンバイの帝王DIVINE曰く「インドで最も最初にメジャーレーベルと契約したストリートラッパー」であるというベンガルールのラッパーだ。

Brodha V "Aatma Raama"


2012年という、インドのストリート系ヒップホップではかなり早い時期にリリースされたこの曲は、2PacやEminemを思わせるフロウでヒンドゥー教の神ラーマへの帰依を歌う、クリスチャン・ラップならぬヒンドゥー・ラップだ。


インドのラッパーたちは、インド各地の諸言語でラップするようになる前は英語でラップしていた(ちなみにベンガルールの公用語はカンナダ語)。
彼のこなれた英語ラップはインド人の英語力の高さをあらためて感じさせられる。
まあそれはともかく、2012年にしては古いスタイルでラップしていた彼は、今どうなったのか。

2022年8月にリリースしたばかりの曲を聴いてみよう。


Brodha V "Bujjima"


いきなりのオートチューンに3連のフロウ。
今となっては決して最新のスタイルではないが、それでも2012年の"Aatma Raama"から比べると、90年代から一気に20年くらい進んだ感じがする。
Brodha Vはけっこうエンタメ精神に溢れているラッパーで、この曲のミュージックビデオでは裁判所を舞台にジョーカーやハーレイ・クイン風のキャラクターが出てきて、壁にはなぜかノトーリアスB.I.G.らヒップホップスターの写真が飾られている。
なんだか詰め込み過ぎな印象もあるが、それもまたインドらしくて面白い。



続いて紹介するのはコルカタのベンガル語ラップシーンをリードするCizzy.
2019年にリリースされたこの曲では、90年代のNYを思わせるジャジーでクールなラップを披露していた。

Cizzy "Middle Class Panchali"


かっこいいけど、今の音ではまったくないよな。
ちなみにタイトルにあるPanchali(パンチャリ)というのはベンガル語の詩の形式らしく、ミドルクラスの悲哀を歌ったというこの曲のラップはちょっとそのパンチャリっぽい雰囲気になっているらしい。
そのCizzyがやはりこの8月にリリースした曲がこちら。


Cizzy "Blessed"


またオートチューン!
そしてダークな雰囲気のフロウとか言葉の区切り方に、彼もまた20年くらいの進化を一気に遂げたことを感じさせる。
Brodha VにしろCizzyにしろ、元のスタイルで十分に個性的でかっこよかったのに、躊躇なくスタイルを変えてくる(それも、むしろ無個性な方向に)フットワークの軽さがすごい。
国籍を問わず、ベテランラッパーが「俺だってこれくらいできるんだぜ」的に新しいスタイルを取り入れた曲をリリースするってのはよくあると思うが、ここまで節操ないのは珍しいんじゃないだろうか。



続いては、ターバン・トラップという謎ジャンル(レーベル?)を代表するビートメーカーのGurbaxが、パンジャービー系のラッパー/シンガーのBurrahとムンバイのストリートラッパーMC Altafと共演した曲を紹介。

Gurbaxはこのブログの初期に紹介したことがあるトラップ系のクリエイター。
意図的にインド的な要素を強く打ち出したそのサウンドは、この国の刺激的な音楽を探していた当時の自分にめちゃくちゃ刺さったのをよく覚えている。



Burrahはまだほとんど無名だが、伝統音楽っぽい歌い回しとラップの両方ができるラッパー/シンガーで、面白いのがかなりローファイ/チルな音作りを志向しているということ。
何かと派手でマッチョな方向に行きがちなパンジャービー系シンガーのなかでは稀有な存在で、今後も注目したい。

フィーチャリングされているMC Altafは映画『ガリーボーイ』の舞台にもなったムンバイのスラム街ダラヴィ出身のラッパー。
2019年にリリースしたこの"Code Mumbai 17"をアトロク(TBSラジオ「アフター6ジャンクション」)で紹介したところ、宇多丸さんのリアクションは「2019年代とは思えない!90年代の音!」というものだった。
ほんとそうだよね。

MC Altaf "Code Mumbai 17"


この動画のトップコメントは、
'Thats the Classic Old school flow and beat 90s vibes... thats what we needed in Indian rap culture 🔥'
というもの。
なんでインドに90年代のヴァイブスが必要なのかは分からないが、ファンには好意的に受け入れられていることが分かる。

まあとにかく、インド風トラップのGurbaxとローファイ・パンジャービーのBurrah、そしてオールドスクール・ヒップホップのMC Altafが共演するとどうなるのかというと、こうなる。


Gurbax, Burrah "Bliss"feat. MC Altaf


トラップのヘヴィさもオールドスクールの硬派さも鳴りを潜め、ギターのアルペジオとざらついたビートの、完全にローファイ的サウンドになってる。
Burrahの色が強くなってるとも言えるけど、Gurbax、芸の幅が広いな。
MC AltafはBrodha VやCizzyと比べるとそこまでスタイルを変えてきているわけではないが、これまでに彼がリリースしてきたいろんな曲と比べても、ここまでの伝統色とメロウさは異色ではある。


さて、ここまでいわゆるストリート系のラッパーについて紹介してきたが、それじゃあインドにストリートラップが生まれる前から人気だったパーティー系コマーシャル・ラッパーたちはどうなっているのだろう。
彼らは2019年の映画『ガリーボーイ』公開以降、リアルなストリート系ラップの台頭と、自分達が時代遅れになってしまうことへの危惧からか、急速にスタイルをストリート化させ、かえって昔からのファンの反発を招いていた(とくにYo Yo Honey Singh)。
そろそろ彼らのスタイルにも新しい展開があるのではないか、と思ってチェックしてみたら、Honey Singhと並び称されるパンジャービー系パーティーラップの雄、Badshahの新曲がなかなか面白かった。

まずは、過去の曲を聴いてみましょう。
2015年にリリースされた"DJ Waley Babu"は、YouTubeで4億再生もされている大ヒット曲。

Badshah "DJ Waley Babu"



酒、女、パーティー、でかい車。
これぞパンジャービー系パーティーラップの世界観。

1年前にリリースした曲がこれ。

Badshah, Uchana Amit "Baawla ft. Samreen Kaur"



酒、女、パーティーという価値観はそのままに(でかい車の代わりに飛行機になってる!)、ぐっとビートは落ち着いてきた。
それが最新曲ではこうなる。


Badshah "Chamkeela"


逆に一気にエンタメ寄りに振り切ってきた!
Badshahもちょっと前にストリート寄りっぽい、派手さ抑えめの曲をやっていた時期があったのだけど、もとがド派手な彼らがそういうことをやると、単に地味になったみたいな感じになっちゃうんだよな。
そこで今度はもうラップ的な部分を一気に無くしちゃって、超ポップな路線に転換してみたのがこの曲、ということらしい。
「銀行のマネージャー(Badshah本人)と女銀行強盗の恋」というバカみたいなストーリーは頭を空っぽにして楽しめるものだし(もちろん褒め言葉)、いかにもインド映画っぽいミュージックビデオの演出(美女の髪がファサーッ、殴られた男が一回転、等)も最高だ。

今回とくに注目したいのはバックダンサーを従えたダンスシーンで、この展開だといかにもボリウッドぽくなりそうなところを、なんかK-Popっぽく仕上げている!
(竹林が舞台なのも東アジアのイメージ?)

これまでレゲトンとかラテン系の音楽を参照することが多かったパンジャービー系ポップ勢のなかでは、これはかなり新鮮な感覚だ。
K-Popはインドでもかなり人気があるが、これまで音楽的あるいは映像的引用というのはあまりなかったような気がする。
ポップなダンスミュージックという意味では、K-Popも現代パンジャービー音楽とは別のベクトルで機能性をとことんまで追求したジャンルと言えるわけで、この融合はかなり面白いと感じた次第。

進化と変化と多様化を絶え間なく繰り返しているインドのヒップホップシーン。
次はどうなるのかまったく予想がつかず、ますます目が離せない状況になってきた。




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goshimasayama18 at 14:15|PermalinkComments(0)

2018年04月29日

謎のターバン・トラップ!Gurbax

前回Grish and the Chroniclesのインタビュー記事を予告したところではあるのだけど、現在ツアー中の彼ら、もう少しインタビューが先になりそうなので、今回はまた別のネタを。
といっても、また面白いやつ(とアタクシは思っている)を載せまっせー。

今回紹介するのは、記念すべき第1回目のSu Real以来のトラップ・ミュージック。
このブログで紹介するくらいなので、もちろんインド色強めのやつだ!

まずは1曲、聴いてみてください。
 Gurbaxで、"Boom Shankar"


サードゥー(世捨て人的な生き方をするヒンドゥー教の行者)の集団がサイケなペイントの車に乗り込んでレイヴ会場に繰り出すっていう、強烈な内容!
Gurbaxはクラウドファウンディングで集めた資金をもとに、この曲と同名のBoom Shankar Festivalというイベントをバンガロールで開催している。

この曲のビデオについてのインタビューによると、「リシケシュ(ヒンドゥー源流近くの聖地)のサードゥーたちが仲間とリラックスして楽しんでいるいるところ(ガンジャを吸ったりしているイメージかな)」という明確なビジョンのもとに作られたとのこと。
やがて、サードゥーたちがコンサートの熱狂に触れたらどうなるか、というアイデアに発展し、最終的にはこういうシロモノになったそうだ。
「街でいちばんヤバいサードゥーで不思議なパワーの化身であるBoom Shankarを、Gurbaxが彼の名前のフェスティヴァルに呼び出した。Boom Shankarとその信者が巡礼に使っていたバンはステージへと変化し、その上でプレイするGurbax。熱狂する観客。やがてBoom Shankarもステージに上がり、火吹きを披露してその場をパワーで満たす」
…なんだかよく分からないが、この手のダンスミュージックへのヒンドゥー神秘主義の導入は、90年代末頃の欧米や日本のレイヴ・カルチャーによく見られたもの。
このビデオはそうした文化の逆輸入版とも言えそうだ。

GurbaxことKunaal Gurbaxaniは、バンガロールでパンクやスラッシュメタルのバンドのギタリストとして音楽活動を始めた。
大学進学で進んだ米国アトランタでベースミュージックに出会い、DJ/クリエイターとしてのキャリアをスタートさせたようで、彼もまたおなじみの海外で触れた音楽をインドに導入して活躍しているパターンだ。
先ほどのBoom Shankarのような、インド的要素を取り入れたベースミュージックは"Turban Trap"というくくりで紹介されるているのだが(YoutubeのチャンネルやFacebookのページもある)、このターバントラップという概念、ジャンルなんだかレーベルなんだかちょっとよく分からない。
GurbaxがMr.Dossと共演しているターバントラップの曲。"Aghori"

調べてみたところAghoriというのはサードゥーの一派のことらしい。
ターバントラップのサイトには"Sikhest trap music"とあるが(Sickest=最もヤバい、とシク教のSikhをかけた表現)、シク教というよりはヒンドゥー的な要素が入っている楽曲が多いようで、この音楽ジャンルの宗教的バックグラウンドがどんなものなのか、シリアスなものなのかはちょっとよく分からない。
いずれにしても「ターバントラップ」には他にも面白いアーティストがいるので、調べてみてまた紹介たいと思います。

さてこのGurbax、インド的な要素のないトラックもたくさん手がけていて、これがもうインドとか国籍とか関係なく普遍的にかっこいい。
"Get it"


"Lucid Fuck"


彼の2017年の活動をまとめた動画がこちら。

インドのパリピのみなさんが熱い!
電気や水道の通っていない環境で暮らす人も多いインドだが、これもまたインドの一側面。
とくに電子系ダンスミュージック界隈の垢抜けっぷりにはいつも驚かされる。
こういう人たちでも、ダンスミュージックに宗教的恍惚感(トランス的要素)を加えるためにヒンドゥーの伝統的な要素を加えてみるんだなあ、と思うとしみじみする。
それとも信仰心なんてもう全然なくて、単にシャレでやってるのだろうか。
インド的なサウンドから欧米的、無国籍なサウンドまで躊躇なく行き来することができるのもインドのアーティストの魅力の一つ。
我々日本人が昼は蕎麦食って夜はパスタなんてことがあるのと同じようなものかもしれないけどね。

それではまた! 

goshimasayama18 at 15:15|PermalinkComments(0)