Fossils

2020年04月10日

バウルとインドのポピュラーミュージック

前回の記事では、ベンガルの漂泊の歌い人であるバウルがボブ・ディランに影響を与えたと言われる説の真相を紹介した。


かつては「歌う賎民」のように扱われていたバウルは、タゴールによる再評価やディランへの影響、そして2008年にUNESCOの無形文化遺産に登録されたことにより、ベンガルの伝統文化の担い手として脚光を浴びるようになった。
それに加えて、物質的な社会に背を向けて生きるバウルは、南アジアでも資本主義的な価値観が加速してゆくにつれて、そうした風潮に違和感を感じる人々から、ある種の憧れの対象として見られるようになっていった。

一方で、バウルたちを取り巻く環境も、大きく変わっている。
従来、バウルは「マドゥコリ」と呼ばれる村の家々を回る托鉢によって生活していたが、物価の高騰や人々の価値観の変化によって、こうした伝統的な方法で暮らしてゆくことが困難になってきたのだ。
このような様々な背景から、バウルたちの生き方もまた多様化してゆくことになる。

本来は俗世を捨てて修行と歌と托鉢に生きるべきバウルだが、現在では、出家せずに、ウィークデーは働き、週末のみ師匠のもとに通う「在家」のバウルも増えつつあるという。
なかには、かつてのようなマドゥコリではなく、音楽愛好家の富裕層や観光客を相手に演奏したり、コンサートで歌ったりして収入を得るバウルも現れている。
また、修行生活を送ることなくバウル・ソングを歌う、非バウルのシンガーも出てきているようだ。

そうした者たちについて、「本物のバウルではない」とか「バウルではなくて単なる歌手だ」という意見もあるようだが、このようなバウルの「ポピュラー化」もまた、変わりゆく時代のなかで、今なおバウルという存在が魅力的でありつづけている証拠と見ることができるだろう。


さて、これまで何度もこのブログで紹介してきた通り、インドは、欧米からやってきたポピュラー・ミュージックとローカルの伝統音楽との融合が盛んに行われている国だ。
ロックに古典声楽の歌い回しを取り入れたり、ヒップホップのトラックに伝統的なリズムを引用したり、プログレッシブ・メタルに古典音楽の変拍子を導入したりしているアーティストが数多く存在しているのだ。




バウルの音楽は、本来は商業的で大衆的なポップミュージックとは対極にあるものだが、前述のようなバウルの再評価にともなって、バウル音楽もまたロックやヒップホップとの融合が試みられている。
考えてみれば、既存の価値観にとらわれず、アウトサイダーとして音楽に生きるというバウルの思想は、もともとロックのようなジャンルとの親和性が高いとも言える。
自国の文化に誇りを持つインドやバングラデシュのミュージシャンが、欧米のロックスターに憧れるのと同じようにバウルに憧れを抱くとしても、なんら不自然なことではないのだ。


まずは、バンガロールを拠点に活動するフュージョン・ロックバンドSwarathmaとLakhan Das Baulとの共演を紹介する。
(一部訂正しました。バウルにお詳しい方からコメント欄にてご指摘いただき、このLakhan Das Baulは映画『タゴール・ソングス』に出演していた人物とは別人とのこと。Bong Khepaさん、ありがとうございました!)
曲は、有名なタゴール・ソングの"Ekla Chalo Re"(ひとりで進め)。

前回の記事で、タゴールがバウルからの影響を受けているということに触れたが、今では逆にバウルがタゴールの作った歌を歌うことも珍しくないようだ。
演奏しているSwarathmaがベンガルではなく南部のバンガロール出身のフュージョン・バンド。
インド音楽で「フュージョン」といった場合、それは伝統音楽と西洋の音楽との融合を意味している。
ヒンドゥスターニーやカルナーティックといったかつての宮廷音楽や寺院音楽を取り入れるフュージョン・バンドが多い中、このSwarathmaはインド各地のフォークソング(土着の民謡)とブルースやレゲエとの融合に取り組んでいる異色のバンドである。
その高い音楽性から、Rolling Stone India等の音楽メディアでも頻繁に取り上げられている注目のグループだ。


続いては、1998年に結成されたコルカタのハードロックバンドFossilsが、ディランに影響を与えたバウルとして有名なPurna Das Baulと共演した"Je Jon Premer Bhaab Jane Na"を紹介する。
 
Purna Das Baulの歌声は2:50あたりから。
このPurna Das Baul, アルバート・グロスマンに見出されたことをきっかけに、ディランだけではなく、ボブ・マーリー、ミック・ジャガー、ティナ・ターナー、マヘリア・ジャクソン、ジョーン・バエズらとも共演したことがあるようで「最も国際的なバウル・スター」と呼んでもさしつかえないだろう。
(参考サイト:https://www.getbengal.com/details/purna-das-baul-the-man-who-took-bengals-baul-songs-to-the-global-stage


こちらもコルカタ出身のBolepur Bluezは、「本物」のバウルをヴォーカリストに迎えた「バウル・ロック・フュージョン・バンド」で、オーディション番組'India's Got Talent'でも高い評価を得たという。
初代ヴォーカリストはKartick Das Baul、のちに2代目ヴォーカルとしてRaju Das Baulという人物が加入したようで、「ロックバンドで歌うバウル」が何人もいるということに驚かされる。
この"Hridh Majare Rakhbo"は、ここまで紹介したなかではいちばんヘヴィでロック色の強い仕上がりになっている。



バウル音楽と西洋音楽との融合は、ロックに限らない。
コルカタ出身のラッパーFeyagoは自らのルーツをたどるため、シャンティニケタン(タゴールが大学を作った街として知られる)を訪ね、バウルとのコラボレーションを行なっている。
この取り組みはインドのウェブメディア、'101 India'が制作した"Hip Hop Homeland"というプログラムのウエストベンガル編として行われた企画で、かなり面白いコラボレーションになっている。

「かつてこの街で、チャンドラ・ボースは詩(ポエトリー)を抵抗の手段に使ったんだ。音楽で言えば、ヒップホップさ」とFeyagoはコルカタの歴史とヒップホップの共通点を指摘する。

「苦しみや悩みからの慰めを音楽の中に見出す」というテーマを古いバウル・ソングとヒップホップに見出したFeyagoは、シャンティニケタンのメラ(祭礼)で出会ったTarak Das Baulに、楽曲のコンセプトを語りかける。
「俺たち若者は、自分たちの母語も、バウル音楽も忘れてしまっている。だから新しい世代のビートと、伝統的なバウルのフォークミュージックを融合してみたいんだ」
そうして完成したのが、この'Baul Folk Hip Hop'だ。

ラップのリリックにボブ・ディランが出てくるところも実にベンガル的。
Tarak Das Baulも新しいリズムのうえで、のびのびと歌を披露している。
ちなみに、バウルには'Das Baul'(ダシュ・バウル)という名を持つものが多いが、Dasは「(神の)しもべ」を意味する言葉で、この名を持つバウルが必ずしも親戚関係にあるというわけではない。
カーストとも既存の宗教とも距離を置く彼らは、バウルになるとともにもともと持っていた姓(インドの姓名は、たいていが宗教やカーストと結びついている)を捨て、新しい名を名乗るのだ。
Das Baulはバウルたちが好んでつける名前のひとつである。


今回紹介したような新しいタイプのバウル・ソングを「伝統から外れたもの」として退けることもできるが、変わりゆく時代の中で、バウルの持つ魅力や受け入れられ方が多様化しているからこそ生まれた音楽として、ポジティブに捉えたほうが面白い。
こうした新しい取り組みがあってこそ、本来のバウルの伝統もその価値をいっそう増すはずだ。

それにしても、何百年も前からこのさすらいの歌い人たちを受け入れ、今ではその生き方にロックミュージシャンやラッパーまでも憧れているという、このベンガル文化の懐の広さはいったい何なのだろう。
コルカタやバングラデシュは、ながく貧困や難民のイメージを持たれてきた土地でもある。
だが、彼らが持つ伝統やことばの豊饒さを考えるとき、彼らと我々のいったいどちらが本当に豊かと言えるのか、だんだん分からなくなってくる。
しかも、ベンガルの場合、宮廷や富裕層ではなく、宗教もカーストも超越した放浪のアウトサイダーたちが、豊かな歌とことばの文化を受け継いでいるというところに、底知れぬ奥深さを感じてしまう。

ここのところベンガル料理が注目され始めているようだけど(とても美味しい!)、ベンガルの豊かさは料理のみにあらず。
バウルたちやタゴールが培ってきたベンガルの歌とことばの文化から、いまの我々が得られるものは、あまりにも大きいように感じている。


--------------------------------------
「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」

更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!


凡平自選の2018年のおすすめ記事はこちらからどうぞ! 
凡平自選の2019年のおすすめ記事はこちらから

ジャンル別記事一覧!



goshimasayama18 at 00:58|PermalinkComments(3)