Enimiez

2019年07月12日

Real Gully Boys!! ムンバイ最大のスラム ダラヴィのヒップホップシーン その1

10月に公開が決定した、ヒンディー語映画、『ガリーボーイ』。
このボリウッド初のヒップホップ映画の舞台は、ムンバイ最大のスラム、ダラヴィ(Dharavi)だ。
主人公ムラドのモデルとなった実在のラッパーNaezyの出身地は、じつはダラヴィではなくムンバイ東部のクルラ(Kurla)地区。(ここもかなりスラムっぽい土地のようだ)
映画化にあたってダラヴィが舞台に選ばれたのは、ここがあの『スラムドッグ・ミリオネア』で世界的に有名になったスラム地区で、「ガリーボーイ」(路地裏ボーイ)のイメージにぴったりだからという理由だけではない。

ダラヴィは、実際にムンバイの、いや、インドのヒップホップシーンを代表するアンダーグラウンドラッパーを数多く輩出している、ヒップホップが息づく街なのだ。
ここでいう「アンダーグラウンドラップ」とは、マニアックな音楽性のヒップホップという意味ではない。
映画音楽のような主流のエンターテインメントではなく、ストリートに生きる人々が自ら発信しているリアルなヒップホップという意味だ。
(インドのメインストリームヒップホップについてはここでは詳しく紹介しないが、興味があったらYo Yo Honey SinghやBadshahという名前を検索してみると雰囲気がわかるはずだ。)

ダラヴィのヒップホップは、'00年代後半、EminemやNas, 50Centなどのアメリカのラッパーに影響を受けた若者たちによって、いくつかのクルーが結成されたことで始まった。
'00年代後半のインドの音楽シーンは、在外インド人の音楽を逆輸入したバングラー風味のラップがようやく受け入れられてきた頃だ。
(インドのヒップホップの全般的な歴史については、こちらの記事にまとめてある。「Desi Hip HopからGully Rapへ インドのヒップホップの歴史」
当時、インドの音楽シーンでは、ポピュラー音楽といえば国内の映画音楽のことで、ロックやヒップホップなどのジャンルは極めてマイナーだった(今でもあまり変わっていないが)。
そんな時期に、経済的に恵まれていないダラヴィで、インド国内で流行っていたバングラー系ラップを差し置いて、アメリカのヒップホップが注目されていたというのは驚きに値する。

理由のひとつは、インターネットが普及し、海外の音楽に直接触れることができるようになったこと。 
また、教育が普及し、英語のラップのリリックが多少なりとも理解できるようになったことも影響しているだろう。
ダラヴィのラップにバングラーの影響が見られないことに関しては、この地域にバングラーのルーツであるパンジャーブ系の住民が少ないということとも関係がありそうだ。
バングラー系のラップは、どちらかというとパーティーミュージック的な傾向が強く、ストリート志向、社会派志向のダラヴィのラッパーたちとは相容れないものでもあったのだろう。

だが、ダラヴィの若者が(バングラー系ラップでなく)米国のヒップホップに惹かれた最大の理由は、何よりも、ヒップホップの本質である「ゲットーに暮らす被差別的な立場の人々の、反骨精神とプライドが込められた音楽」という部分が、彼らにとって非常にリアルなものであったからに違いない。
ダラヴィに住んでいるというだけで、人々から見下され、警察には疑われる屈辱的な立場。
過密で衛生状態が悪い住環境でのチャンスの少ない過酷な生活。
遠く離れたアメリカで、同じような立場に置かれた人々が起こした「クールな反逆」であるヒップホップに、インド最大の都市ムンバイのスラムに暮らす人々が共感するのは必然だった。
いずれにしても、ダラヴィでは、ヒップホップは'00年代後半から、インドの他の地域に先駆けて、若者たちの間に定着してゆくことになったのだ。

初期から活動しているダラヴィのヒップホップクルーのひとつが、Slumgodsだ。
2008年に結成された彼らは、同年に発表された映画『スラムドッグ・ミリオネア』によって、ダラヴィ=スラムドッグというイメージがつくことに反発し、'dog'の綴りを逆にしてSlumgodsという名前をつけた。
『スラムドッグ・ミリオネア』は、外交官であるエリート作家によって書かれた小説を、イギリス人監督が映画化したものだ。
よそ者によってつけられた「スラム=貧困」のイメージに対する反発は、ダラヴィのヒップホップの根幹にあるものだ。
「俺たちは犬畜生じゃない、神々だ」という、プライドと反骨精神。
Slumgodsの中心人物B-Boy Akkuは、ラップよりもブレイクダンスに重きを置いた活動を展開しており、とくに、スラムの子供達に自信と誇りを持たせるために、無料のダンス教室を開き、ダラヴィでのヒップホップ普及に大きな役割を果たした。

Akkuの活動については、以前この記事に詳しく書いたので、興味のある人はぜひ読んでほしい(「本物がここにある。スラム街のヒップホップシーン ダンス編」)。
彼らのように、ギャングスタ的な表現に終始するではなく、ヒップホップというアートフォームを通して、どのように地域に貢献できるかを真剣に考えているアーティストが多いのも、ダラヴィのシーンの特徴と言えるだろう。

Slumgodsと同時期に、OuTLawZ, Sout Dandy Squad, Street Bloodzといったクルーも結成され、さらにはDivineやNaezy, Mumbai's Finestといったムンバイの他の地区のラッパーたちの影響もあって、ダラヴィのヒップホップ人気はさらに高まってゆく。

この頃のクルーは、音源を残さずに解散してしまったものも多かったようだが、ヒップホップは確実にダラヴィに根づいていった。
ムンバイのヒップホップ黎明期のアンセムをいくつか紹介する。

シーンの兄貴的存在、Divineによる地元賛歌"Yeh Mera Bombay". 2013年リリース。


楽曲もビデオも、Naezyが父から貰ったiPadのみを使って制作された"Aafat!". 2014年リリース。


ブレイクダンスにスケボーも入ったMumbai's Finestの"Beast Mode"は、ムンバイのヒップホップ系ストリートカルチャーの勢いを感じられる楽曲。2016年リリース。


こうしたアーティストたちの存在が、ダラヴィのラッパーたちを勇気づけ、後押ししてゆく。

2012年に、元OutLawZのStonyPsykoことTony Sebastianを中心に結成されたDopeadeliczは、マリファナ合法化や、ムンバイ警察の腐敗をテーマにした楽曲を発表している。
"D Rise"
 
ダラヴィのシーンでは、はじめはアメリカのアーティストを模倣して英語でラップするラッパーが多かったが、やがて、「自分たちの言葉でラップする」というヒップホップの本質に立ち返り、ヒンディー語やマラーティー語、タミル語などの言語のラップが増えていった。
本場アメリカっぽく見えることよりも、自分の言葉でラップすることを選んだのだ。

大麻合法化をテーマにした楽曲に、インドの古典音楽の要素を取り入れた"Stay Dope Stay High".
Dopeadeliczもまた、英語から母語でのラップに徐々に舵を切ってゆく。

60年代に欧米のロックバンドがサイケデリックなサウンドとして取り入れたシタールの音色を、同じ文脈でインド人がヒップホップに取り入れている!
1:42からのシタールソロのドープなこと!
3:00からのbol(タブラ奏者が口で刻むリズム)もかっこいい。
ビデオはもろ90年頃のアメリカのヒップホップ。
前作から一気に垢抜けたこのビデオは、ボリウッドの大御所映画監督Shekhar Kapurと、インド音楽シーンの超大物A.R.Rahmanらによって立ち上げられたメディア企業Qyukiのサポートによって制作されたもの。
このQyukiはダラヴィのシーンを手厚く支援しており、前述のSlumgodsの活動もサポートしているようだ。

新曲はMost Wanted Recordsなるレーベルからリリース。

まるで短編映画のようなクオリティだ。

実際、彼らはメインストリームの映画業界からも注目されており、あのタミル映画界のスーパースター、ラジニカーント主演作品"Kaala"のサウンドトラックにも参加している。
(Stony Psykoらは『ガリーボーイ』にもラップバトルのシーンにカメオ出演を果たした)
映画"Kaala"から、"Semma Weightu".

Santhosh Narayananによる派手な楽曲は90年代のプリンスみたいな賑やかさ!
映画はラジニカーント演じるダラヴィのタミル人社会のボスと、再開発のための住民立退きを企てる政治家の抗争の物語。
実際、ダラヴィは住民の半分がタミル系である。


ムンバイのラッパーのリリックには、彼らが普段使っているなまの言葉が使われており、例えば彼らがよく使う'bantai'という言葉は、「ブラザー(bro.)」(血縁上の兄弟ではなく、 友達への呼びかけとしての)のような意味のムンバイ独特のヒンディーのスラングだ。
その'bantai'をアーティスト名に冠した7Bantaizは、ダラヴィ出身のFTII(Film and television Institution Inda)の学生によって2014年に結成された(結成当時の平均年齢は17歳!)。
ヒンディー語、タミル語、マラヤーラム語、英語でラップするマルチリンガルな、非常に「ダラヴィらしい」グループだ。

2018年発表の"Yedechaari".


同年発表の"Achanak Bhayanak"

いずれも強烈にダラヴィのストリートのヴァイブが伝わってくる楽曲だ。
彼らもまた、『ガリーボーイ』にカメオ出演している。


ダラヴィの若手ラッパーで、今もっとも勢いがあるのが、2015年に結成されたクルー、EnimiezのMC Altafだろう。
Enimiezは、MC Altaf, MC R1, MC Standleyの3人組で、体制への不満を訴える'Rage Rap'を標榜している。
ラップの言語はヒンディー語とカンナダ語。
メンバーの本名を見ると、どうやらそれぞれがムスリム、ヒンドゥー、クリスチャンと異なる信仰を持っているようで、言語(ルーツとなる地域)だけでなく、宗教の垣根も超えたユニットのようだ。
様々なコミュニティーが音楽によって繋がり、ヒップホップという新しい価値観のもとにシーンが形成されているというのも、ダラヴィの特徴と言えるだろう。

MC Altafは若干18歳の若手ラッパー。
Nasに憧れ、DopeadeliczのStony Psykoのライブパフォーマンスに衝撃を受けてヒップホップの道を志したという、『ガリーボーイ』を地でゆくような経歴の持ち主だ。
『ガリーボーイ』のなかでもパフォーマンスシーンがフィーチャーされており、その縁でミュージックビデオには主演のランヴィール・シンがカメオ出演している。
ニューヨーク出身でムンバイを拠点に活躍しているJay Killa(J Dillaではない)と共演した"Wassup".
ランヴィールのほかにも、Dopeadeliczや7BantaiZのメンバーも登場している(彼らはリップシンクで、実際にラップしているのは全てAltafとJay Killa)。


"Mumbai 17"はダラヴィのピンコード。
ダラヴィの街の雰囲気を強く感じられるトラックだ。

どうでもいいことだが、「クリケットの国」であるインド人のベースボールシャツ姿は非常に珍しい。
この曲のマスタリングは、なんとロンドンのアビーロード・スタジオで行われている。

同じくムンバイのラッパーD'Evilと共演した"Wazan Hai"はヒップホップファッションとともに人気が高まっているスニーカーショップで撮影されたもの。


こうしたアーティストたちの活躍により、今では「ダラヴィといえば貧困」ではなく、「ダラヴィといえばヒップホップ」というように、インドの中でもイメージが変わって来ているという。
「ラップやダンスによる成功」は、ダラヴィの若者や子どもたちが夢見ることができる実現可能な夢であり、何人もの先駆者たちによって、ヒップホップはインドでも、ゲットー(スラム)の住人たちの希望となったのだ。

今回は個別のアーティストやクルーに焦点をあてて紹介してみましたが、次回はシーンの全体像を見てゆきます!
今回はここまで!



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