Dopeadelicz

2020年06月06日

ロックダウン中に発表されたインドの楽曲(その3) 驚異の「オンライン会議ミュージカル」ほか





先日、「ロックダウン中に発表されたインドの楽曲(その1)」と「その2」という記事を書いたが、その後もいろんなミュージシャンが、この未曾有の状況に音楽を通してメッセージを発信したり、今だからこそできる表現に挑戦したりしている。
今回は、さらなるロックダウンソングス(そんな言葉はないけど)を紹介します!
(面白いものを見つけたら、今後も随時追加してゆくつもり)

まず紹介したいのは、政治的・社会的なトピックを取り上げてきたムンバイのラップグループSwadesiによる"Mahamaari".

パンデミックへの対応に失敗したモディ政権への批判と、それでも政権に従わざるを得ない一般大衆についてラップしたものだという。
MC Mawaliのヴァースには「資本主義こそ本当のパンデミック」というリリックが含まれているようだ。
これまでも積極的に伝統音楽の要素を導入してきた彼ららしく、このトラックでも非常にインド的なメロディーのサビが印象的。

ムンバイのシンガーソングライターTejas Menonは、仲間のミュージシャンたちとロックダウン中ならではのオンライン会議をテーマにした「ロック・オペラ」を発表した。

これはすごいアイデア!
オンライン会議アプリを利用したライブや演劇は聞いたことがあるが、ミュージカルというのは世界的に見ても極めて珍しいんじゃないだろうか。
アーティスト活動をしながら在宅でオフィスワークをしている登場人物たちが、会議中に突然心のうちを発散させるという内容は、定職につきながら音楽活動に励むミュージシャンが多いインドのインディーシーンならではのもの。
この状況ならではのトピックを、若干の批評性をともなうエンターテインメントに昇華させるセンスには唸らされる。
恋人役として出演している美しい女性シンガーは、「その1」でも紹介したMaliだ。

アメリカのペンシルバニア大学出身のインド系アカペラグループ、Penn MasalaはJohn Mayerの"Waiting on the World to Change"と映画『きっと、うまくいく』("3 Idiots")の挿入歌"Give Me Some Sunshine"のカバー曲をオンライン上のコラボレーションで披露。

しばらく見なかったうちになんかメンバーが増えているような気がする…。
(追記:詳しい方に伺ったところ、Penn Masalaはペンシルバニア大学に在籍している学生たちで結成されているため、卒業や入学にともなって、メンバーが脱退・加入する仕組みになっているとのこと。歌の上手い南アジア系の人って、たくさんいるんだなあ)


以前このブログでも取り上げたグジャラート州アーメダーバード出身のポストロックバンドAswekeepsearchingは、アンビエントアルバム"Sleep"を発表。

以前の記事で紹介したアルバム"Zia"に続く"Rooh"がロック色の強い作品だったが、今回はうって変わって静謐な音像の作品となっている。
制作自体はロックダウン以前に行われていたそうだが、家の中で穏やかに過ごすのにぴったりのアルバムとなっている。
音色ひとつひとつの美しさや存在感はあいかわらず素晴らしく、夜ランニングしながらイヤホンで聴いていたら、まったく激しさのない音楽にもかかわらず脳内麻薬が分泌されまくった。

ムンバイのヒップホップシーンの兄貴的存在であるDivineのレーベル'Gully Gang'からは、コロナウイルスの蔓延が報じられたインド最大のスラム、ダラヴィ出身のラッパーたち(MC Altaf, 7Bantaiz, Dopeadelicz)による"Stay Home Stay Safe"がリリースされた。
このタイトルは、奇しくも「その1」で紹介したやはりムンバイのベテランラッパーAceによる楽曲と同じものだが、いずれも同胞たちに向けて率直にメッセージを届けたいという気持ちがそのまま現れた結果なのだろう。
アクチュアルな社会問題に対して、即座に音楽を通したメッセージを発表するインドのラッパーたちの姿勢からは、学ぶべきところが多いように思う。
タミル系が多いダラヴィの住民に向けたメッセージだからか、最後のヴァースをラップするDopeadeliczのStony Psykoはタミル語でラップしており、ムンバイらしいマルチリンガル・ラップとなっている。


ムンバイのヒップホップシーンからもう1曲。
昨年リリースしたファーストアルバム"O"が高い評価を受けたムンバイのラッパーTienasは、早くもセカンドアルバムの"Season Pass"を発表。
彼が「ディストピア的悪夢」と呼ぶ社会的かつ内省的なリリックは、コロナウイルスによるロックダウン下の状況にふさわしい内容のものだ。

この"Fubu"は、歪んだトラックに、オールドスクールっぽいラップが乗るTienasの新しいスタイルを示したもの。
トラックはGhzi Purなる人物によるもので、リリックには、かつてAzadi Recordsに所属していた名トラックメーカーSez on the Beatへの訣別とも取れる'I made it without Sez Beat, Bitch'というラインも含まれている。
直後に'I don't do beef'(争うつもりはない)というリリックが来るが、その真意はいかに。
今作も非常に聞き応えがあり、インドの音楽情報サイトWild Cityでは「Kendrick LamarやVince Staples, Nujabesが好きなら、間違いなく気にいる作品」と評されている。


ムンバイのエレクトロニック系トラックメーカーMalfnktionは、地元民に捧げる曲として"Rani"を発表。

いかにもスマホで取り急ぎ撮影したような縦長画面の動画にDIY感覚を感じる。


世界的にも厳しい状況が続きそうですが、インドの音楽シーンからはまだまだこの時期ならではの面白い作品が出てきそうな予感。
引き続き、注目作を紹介してゆきたいと思います!



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goshimasayama18 at 12:00|PermalinkComments(0)

2019年09月20日

『ガリーボーイ』がきっかけで生まれた傑作!新進プロデューサーAAKASHが作るインドのヒップホップの新潮流!



ムンバイのヒップホップシーンから、また新しい傑作アルバムが登場した。
プロデューサーのAAKASHが先日自身の名義でリリースしたデビュー作"Over Seas"は、MC Altaf, Dopeadelicz, Ace(Mumbai's Finest), Dee MCといったムンバイのヒップホップシーンを代表するラッパーたちをフィーチャーした意欲作だ。
これまでのインドのヒップホップとは異なるトラップ以降のトレンドを意識したサウンドは、グローバルな同時代性を感じさせる内容となっている。

AAKASH(本名:Aakash Ravikrishnan)は、クウェートで生まれ、米国インディアナ州の大学で音楽やパフォーミングアーツを学んだ、典型的なNRI(在外インド人)だ。
マルチプレイヤーでもあり、アメリカのドキュメンタリー番組のサウンドエンジニアとしてエミー賞(テレビ界の最高峰の賞)を受賞したことがあるというから、本場米国仕込みの実力派と呼べるだろう。
昨年アメリカからムンバイに移住してきた彼が最初にコラボレーションしたのは、まだ10代の若手ラッパーMC Altafと31歳の(ムンバイのシーンでは)ベテランのD'Evilだ。



ミュージックビデオの舞台は、インドでもヒップホップ・ブームと並行して人気が高まっているスニーカーショップ。
この"Wazan Hai"を皮切りに、AAKASHは次々とムンバイのラッパーたちとのコラボレーションを進めていった。

トラックもメロディックなフロウもインドらしからぬ"Obsession/Bliss"は14歳からラッパーとして活躍しているPoetik Justisとのコラボレーション。

ミュージックビデオはなぜか中国語の字幕付きだ。

米国からムンバイに移住してきたAAKASHは、映画『ガリーボーイ』を見て当地のヒップホップシーンのむき出しのパワーに触発され、インスタグラムを通じて地元のラッパーたちにコンタクトを取ったという。
『ガリーボーイ』にも、スラムのラッパーの才能に引き寄せられるアメリカ帰りのトラックメーカーが登場するが、それと全く同じようなエピソードだ。
そもそも『ガリーボーイ』自体が、ボリウッドの名門一家に生まれ、ニューヨークで映画製作を学んだゾーヤー・アクタル監督がムンバイのヒップホップシーンの熱気に魅了されて製作された映画である。
ムンバイのヒップホップシーンはものすごい求心力で世界中に拡散したインド系の才能を惹きつけているのだ。

ストリートヒップホップは、巨大なショービジネスの中で作られた映画音楽や高度に様式化された古典音楽とは違い、都市部の若者たちから自発的に誕生した、インドでは全く新しいタイプの音楽だ。
欧米では60年代のロック以降あたりまえだった「労働者階級が自分たちのリアルな気持ちを吐き出すことができる音楽」が、インドでは2010年代に入ってようやく誕生したわけだ。
欧米文化に慣れ親しんだ国際的なアーティストが、インドのヒップホップ誕生をもろ手を上げて歓迎するのは、むしろ当然のことなのだ。

Rolling Stone Indiaの特集記事でのAAKASHの言葉が、在外アーティストから見たインドのシーンを端的に表わしている。
「インドのヒップホップは現代のL.A.やアトランタやシカゴのヒップホップとは対照的に、よりオールドスクールでリアルなヒップホップの影響を受けているね」

MC Altafとのコラボレーションについてはこう語っている。
「彼は俺の音楽をチェックした後に、D'Evilとのレコーディングのために俺のホームスタジオまで来てくれたんだ。俺たちはいろんなビートを試してみたんだけど、その中のひとつを選んでその日のうちに仕上げたよ。それが"Wazan Hai"になった。この曲が、ムンバイで最高のヒップホップアーティストたちをフィーチャーした"Over Seas"というアルバムを作るきっかけになったんだ。これは、彼らにフレッシュな2019年や2020年のサウンドを提供して、世界にプロモートするためのアルバムだよ」

ヒップホップ(ラップ)は言葉の音楽だが、トラック/ビートもまた重要な要素である。
とくに世界的な市場で評価されるためには、サウンド的にも新しくクールであることが求められる。
これまで、インドのヒップホップは、オールドスクールヒップホップやインドの音楽文化の影響のもとでガラパゴス的な発展を遂げてきた。
このアルバムは、高いスキルとリアルなスピリットを持ったムンバイのラッパーたちに、現代的な最新のビートをぶつけてみるという、非常に野心的な試みでもあるのだ。

インドのローカル言語でラップされるこのアルバムは、先日紹介した英語ラッパーたちの作品と比べると、馴染みがない響きに少し戸惑うかもしれない。
だが、気にすることはない。
AAKASH自身もこう言っている。
「俺はヒンディー語で育ったわけじゃないから、ヒンディー語が本当に分からないんだ。だからレコーディングが終わって、彼らにヴァースの意味を聞くまで、誰が何を言っているのか全く分からなかったんだよ」
彼もまた、リリックの中身は分からなくても、シーンの熱気とラップのスキルやフロウのセンスに魅せられた一人なのだ。

AAKASHは、アメリカでヒップホップだけでなくメタル、ポップ、ジャズ、ロックなど様々な音楽の影響を受けており、この"Over Seas"にはジャズ、R&B、クラシックギター、フォーク、ボサノヴァの要素が込められているという。

Sid J & Bonz N Ribzをフィーチャーしたこの"Udh Chale"はBlink182のようなポップなパンクバンドの要素を取り入れているそうだ。
 

ダラヴィのラッパーDopeadeliczをフィーチャーしたトラップナンバー"Bounce"は、ヘヴィーなサウンドと緊張感で聴かせる一曲。


"Aadatein"は、いつもは歯切れのよいラップを聴かせるDee MCのメランコリックな新境地だ。


インドのヒップホップシーンには、この一年だけでも、才能豊かで、シーンを刷新するようなアーティストがあまりにも多く登場している。
もちろん今回紹介したAAKASHもその中の一人だ。
アンダーグラウンドで発展してきたヒップホップシーンは、『ガリーボーイ』という起爆装置によって、ものすごい勢いで進化と多様化を進めており、一年後がどうなっているか、全く想像がつかないほどだ。

AAKASHの次のアルバムはすでに完成しており、"Homecoming"というタイトルのジャズ・ヒップホップだという。
リリースは彼が米国に帰国した後になるそうだ。

今度はどんな新しいサウンドを聴かせてくれるのか、今から非常に楽しみである。


参考記事:
Rolling Stone India "Aakash Delivers a Cutting-Edge Debut Hip-Hop LP ‘Over Seas’"
The Indian Music Diaries "AAKASH Moved to Mumbai, and Made One of the Most Groundbreaking Indian Hip-Hop Albums"


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(2019.9.23加筆)

ムンバイ在住の友人がAAKASHに近しい人物から聞いた話によると、彼のインドへの帰国はトランプ大統領の排外的な移民政策によるものだったという。
まさかトランプの政策がインドのヒップホップシーンに影響を及ぼすとは思わなかった。
アメリカの移民排斥によって、最新のヒップホップサウンドがインドに持ち込まれることになったのだ。
これがまさにグローバリゼーションというやつだなあ、と非常に感慨深く感じた次第。
状況は不明だが、AAKASHは既報の通り再びアメリカに戻ることも考えているようだ。


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goshimasayama18 at 23:10|PermalinkComments(0)

2019年09月10日

ダラヴィが舞台のタミル映画"Kaala"の音楽はヒップホップ!そしてアンチ・カーストあれこれ!


先日の『ガリーボーイ』ジャパン・プレミアの興奮も醒めやらぬ10月8日、大型台風が接近する中、キネカ大森で開催中のIndian Movie Week(IMW)に、タミル映画"Kaala"(『カーラ 黒い砦の闘い』という邦題がつけられている)を見に行ってきた。

この映画は、『ガリーボーイ』の舞台にもなったムンバイ最大のスラム「ダラヴィ」に君臨するタミル人のボス「カーラ」が、スラムの再開発計画を進めるナショナリズム政治家と戦う物語だ。
ムンバイが位置するマハーラーシュトラ州はマラーティー語が公用語だが、ダラヴィには南部タミルナードゥ州からの移住者が多く暮らしていて、7万人の人口のうち約3分の1がタミル語を話しているという統計もある。
映画に出てくる政党は、地元の有力政党「シヴ・セーナー」や、ヒンドゥー・ナショナリズム政党と言われるモディ首相の「インド人民党」のような実在の政党がモデルになっているようだ。
シヴ・セーナーはヒンドゥー至上主義だけでなく、マラーティー・ナショナリズム(マハーラーシュートラの人々のナショナリズム)の政党と言われており、実際に南インドからの移住者やムスリムを排斥する傾向にある。
ダラヴィでは人口の3割がムスリムであり(ムンバイ全体では13%)、 6%ほどのクリスチャンも暮らしているから、当然、こうしたナショナリズム的な思潮とは対立することになる。
つまり、この映画はナショナリズムを標榜する支配者(「ピュアなムンバイ」を標榜している)と、多様性のある大衆の対決を描いた、世界的に見てもなかなかにタイムリーなテーマの作品というわけだ。

主演はタミル映画界の「スーパースター」ラジニカーント。
メインの客層が映画の舞台ムンバイから離れたタミルナードゥ州(タミル語を公用語とする)の人々だとはいえ、ここまで現実をリアルに反映した映画を、当代一の人気俳優を主演に制作できるというのはけっこう凄いことだ。
監督はPa Ranjithで、公開は『ガリーボーイ』より8ヶ月ほど早い2018年6月だった。

音楽ブログであるこの「アッチャー・インディア」として注目したいのは、なんといってもこの映画で使われている楽曲だ。
この映画のサウンドトラックには、「ダラヴィのスヌープ」(見た目で分かるはず)ことStony Psykoを擁するヒップホップユニットDopeadeliczが大々的に参加している。

90年代のプリンスを彷彿とさせるファンキーかつド派手な"Semma Weightu"は、いかにもタミル映画らしいケレン味たっぷりの映像とラッパーたちのストリート感覚が不思議と融合。

最初のヴァースのリリックは、主人公を称えるいかにも映画音楽的なものだが、2番では「ナマスカール(ヒンドゥーの挨拶)、サラーム(ムスリムの挨拶)と言葉は違っても…」と宗教を超えた団結を歌った内容で、実際に多宗教が共存するダラヴィのヒップホップシーンを思わせるところがある。

こちらはガリー感覚満載のビデオ"Theruvilakku".
タミル語のリズムに引っ張られているヒップホップビートがヒンディーラップとはまた違う独特な感じ。


いずれにしても、スラム出身のラッパーが文字通りのスーパースターの映画にフィーチャーされるというのはとんでもない大出世と言える。
Dopeadeliczのメンバーは、ミュージカルシーン以外でも、端役としてセリフも与えられており、もしヒップホップに理解のない身内がいたとしても、これで確実に黙らせることができたはずだ。

それにしても、ダラヴィが舞台となった映画のサウンドトラックに、地元のストリートラッパーが起用されたというのは意義深いことだ。
インド社会に、「ヒップホップは社会的メッセージを伝える音楽」そして、「ダラヴィの音楽といえばヒップホップ」という認識が浸透してきているからこそのことだろう。
実際、この映画のなかでも、ヒップホップ的なファッションをした若者が多く描かれており、抗議運動のシーンでもブレイクダンサーが登場するなど、ヒップホップカルチャーの普及を感じさせられる場面が多かった。

ちなみに普段のDopeadeliczのリリックのテーマのひとつは、大手資本の映画が絶対に扱わないであろう「大麻合法化」だったりする。

これはこれでヒップホップとしてはかなりクールな仕上がり。

この"Katravai Patravai"は、タミル版Rage Against The Machineと呼べそうな、ヘヴィロックとラップの融合。

この曲に参加しているYogi Bはマラヤーラム/タミル語でパフォームするマレーシア出身のラッパー(インドからの移民ということだろう)で、共演のRoshan Jamrockなる人物もマレーシアのヒップホップグループK-Town Clanのメンバーのようだ。
タミル系移民のネットワークだと思うが、興味深いコラボレーションではある。


また、この映画では、「ダリット」の権利回復というテーマも扱われている。
「ダリット」とはカースト制度の外側に位置づけられた被差別階級のこと。
ヒンドゥー教古来の価値観では「不可触民」と称されるほどに穢れた存在と見なされ、現在も様々な差別を受けている。
スラムの住民とダリットは必ずしも同一のものではないが、映画の冒頭で、ダリットの一つである洗濯屋カーストの「ドービー」が出てきたり、カーラの家で出された水に対立する政治家が口をつけないシーン(保守的なヒンドゥー教徒は、ダリットが提供した飲食物を穢れていると考えて摂取しない)が出てくるなど、カーストにもとづく階級意識が随所に登場する。
アジテーション演説で、「ジャイ・ビーム!」という掛け声(後述)が出てくるのも象徴的だ。

Pa Ranjith監督は、ダリット解放運動に非常に熱心であり、2018年にはカースト制度を否定する音楽グループ、その名もCasteless Collectiveを結成するなど、様々なスタイルでメッセージを発信し続けている。

このCasteless Collectiveはチェンナイで結成された19人組。
ガーナというタミルの伝統音楽とラップを融合した音楽性を特徴としており、いつか改めて紹介したいグループだ。

今回紹介した『カーラ』は、タミル映画特有のクドい演出も多く、そのわりにテーマは重いので、万人向けの映画ではないかもしれないが、インドのスラムや格差、階級意識などを知るのには非常に良い作品ではないかと思う。
いつもの過剰とも言えるアクション・シーンや、見得を切るシーンもふんだんに含まれているので、主演のラジニカーントのファンであれば、確実に楽しめる作品ではある。

ダラヴィのヒップホップシーンの宗教的多様性については、こちらの記事も是非読んでみてほしい。



また、『カーラ』の宗教的、社会的背景は、このIMW公式Twitterにとても詳しく解説されているので、興味のある方はこちらもどうぞ。(「タミル映画『カーラ』鑑賞に役立つ予備知識(ネタばれなし)」)

この映画の被差別民に関する描写については、インドの「改宗仏教徒」(ヒンドゥー社会での被差別的な立場から解放されるために仏教に改宗した人々)のリーダーとして活躍する佐々井秀嶺師のもとで、同じ志で活動している高山龍智師のTwitterが非常に参考になった。
曰く、"Katravai Patravai"のミュージックビデオにも出てくる青は改宗仏教徒の象徴の色であり、赤は抑圧された人々の拠り所のひとつである共産主義を象徴する色という意味があるそうだ(ちなみに主人公の息子の名前は「レーニン」)。


それで思い出したのが、ジャマイカン・ミュージックを武器に闘争活動を繰り広げているレゲエ・ミュージシャンのDelhi Sultanate.
彼もまた、オーディエンスへの挨拶に「ジャイ・ビーム!」「ラール・サラーム!」という言葉を取り入れている。

「ジャイ・ビーム」は不可触民抵抗運動の父であるアンベードカル博士を讃える平等主義者の挨拶であり、「ラール・サラーム!」は「赤色万歳」という意味の共産主義にシンパシーを持つ者の挨拶だ。
彼はスラムの出身ではなく、留学できるほどに裕福な家庭に育ったようだが、そうした階層のなかにも、社会格差や不正に対する高い問題意識を持った社会的アーティストがけっこういるというのが、インドの音楽シーンのまた素晴らしいところだ。

『カーラ』の中でもうひとつ印象的なのが、古典文学である「ラーマーヤナ」が、ヒンドゥーナショナリストがスラムの人々を弾圧するときの拠り所として扱われているということ。
タミル映画である『カーラ』では、ラーマーヤナで主人公ラーマ神に倒される悪魔ラーヴァナこそ、抑圧されたスラムの民、被差別民、そして北インドのアーリア人種から見下されがちな南インドのドラヴィダ人の象徴なのではないかというメタファーが登場する。
主人公が、「カーラ」(黒)は労働者の色だと語る場面があるが、ヒンドゥーでは忌むべき色とされる「黒」を、逆説的に抑圧された人々のプライドの象徴として描いているのだ。
 
そこで思い出したのが、タミルナードゥ州の隣に位置するケーララ州のブラックメタルバンド、Willuwandiだ。
彼らは、悪魔崇拝(サタニズム)や反宗教的な思想の音楽であるブラックメタルを演奏しているのだが、オカルト的な音楽性に反して、彼らの歌詞のテーマは、いたって真面目なカースト制度への抗議である。
以前彼らについての記事を書いたとき、なぜこんなに極端な音楽性(サウンドはうるさく、ヴォーカルは絶叫しているので歌詞が聞き取れない)で、政治的かつ社会的なメッセージを発信しているのか、大いに疑問に思ったものだった。
だが、もし彼らが『カーラ』と同じメタファーを込めてブラックメタルを演奏しているのだとすれば、全て合点がいく。
つまり、ブラックメタルの「黒」は抑圧された人々の象徴であり、一見悪趣味な悪魔崇拝は伝統的宗教的価値観の逆転を意味しており、宗教への反発はカースト制度のもととなったヒンドゥーの概念の拒絶を意味している、というわけだ。

この記事で紹介している"Black God"のミュージックビデオの冒頭にも、「インドの真実の歴史は、アーリア人とドラヴィダ人の闘争である」というメッセージが出てくるから、この憶測はあながち間違いではないだろう。

それにしても、まさかタミル映画のスーパースターのタミル映画を見たら、インドのブラックメタルの理解が深まるとは思わなかった。
インド、やはり深すぎる。


今回は(今回も?)盛りだくさんでした!
お読みいただきありがとうございます!
ではまた!


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2019年07月18日

Real Gully Boys!! ムンバイ最大のスラム ダラヴィのヒップホップシーン その2

10月18日に公開予定のボリウッド初のヒップホップ映画『ガリーボーイ』の日本版予告編がついに解禁となった。 


前回の記事
で、『ガリーボーイ』の舞台になったダラヴィ出身の活躍めざましいヒップホップクルー、Slumgods, Dopeadelicz, 7BantaiZ, Enimiezらを紹介した。
彼ら以外にも、Dog'z, Bombay Mafia, Dharavi Rockerz, M Town Rockerzといったクルーが結成され、ダラヴィのヒップホップはまさに百花繚乱の時代を迎えた。
身体一つで喝采を浴びることができるブレイクダンス、そして高価な楽器や音楽知識がなくてもできるラップは、ダラヴィの住人にうってつけだった。
どんなにお金を持っていても、高い社会的地位にいても、ヒップホップカルチャーにおいては、スキルとセンスを自分で磨いて勝負するしかない。
「持たざるものの芸術」であるヒップホップは、ダラヴィの人々にプライドと自信を与えることができたのだ。
ヒップホップのもう一つの要素であるグラフィティも盛んになり、ダラヴィはまさにヒップホップタウンの様相を呈するようになった。

ヒップホップカルチャーの中で、唯一ダラヴィで発展しなかったのがDJingだろう。
DJという言葉の定義にもよるが、ターンテーブルにアナログレコードを乗せてプレイするクラシックなスタイルのDJ文化は、ついにインドには根付かなかった。
これは、高価な機材が必要だという経済的理由だけでなく、ヒップホップが流行した時代背景にもよるのだろう。
ダラヴィでヒップホップが人気を集め始めたのは2010年前後。
もはやレコードの時代でもCDの時代でもなく、インターネットで音楽を聴く時代になってからのことだった。

DJの代わりに発展したのが、ヒューマン・ビートボックスだ。
ダラヴィのヒップホップシーンを取り上げたこのドキュメンタリーでは、 1:38頃からビートボクサーたちが自慢のスキルを披露している。
(ダラヴィにはビートボクシングのレッスンまであるようだ)
 


やはりビートボックスから始まるVICE Asiaのこのドキュメンタリーでは、「ヒップホップは俺たちのためにあると感じる」と語るムンバイの若者たちのリアルな様子が見られる。
(出演しているラッパー達は、全員がダラヴィ出身ではない)

SlumgodsのPoetic Justiceや、Mumbai's FinestのAceら、初期から活動するムンバイのヒップホップアーティストたちが語るシーンの成り立ちは興味深い。
彼らの影響の源は、50CentやGameといったアメリカのアーティスト、そしてエミネム主演の映画"8Mile"であり、ダラヴィのラッパーたちがインド国内のバングラー系のラップとは全く異なるルーツを持っているということが分かる。
やがて、ラップバトルが行われるようになると、"8Mile"の世界に憧れていた若者たちが集まってくる。(このあたりは、映画『ガリーボーイ』のまんまだ)
だが、彼らはいつまでもアメリカの模倣のままではいなかった。
このドキュメンタリーによると、銃についてラップするようなアメリカのラッパーのワナビーは彼らの間では軽蔑され、リアルであることが評価される健全なシーンが、現在のダラヴィにはあるようだ。
やがて、Mumbai's Finestやその一員だったDivine、そしてNaezyらがムンバイのシーンをより大きなものにしてゆく。
ストリートのリアルを表現する「ガリーラップ」はますます人気になり、今ではコメディアンたちによるGari-Bというパロディまであるというのだから驚かされる。
そして、大きなレーベルや資本の後ろ盾なく、ただ「クールであること」「リアルであること」のみを目的としてヒップホップを続けていた彼らを、ついにボリウッドが発見する。
言うまでもなく、映画"Gully Boy"のことだ。
メインストリームの介入に懐疑的だったダラヴィのラッパーたちも、Zoya Akhtar監督や、主演のRanveer Singhの熱意に打たれ、心を開いてゆく。
この動画のなかでZoya Akhtarが語る「ヒップホップはインドの真実を語る最初の音楽ジャンル」という言葉が意味するところは大きい。
メジャーもインディーも関係なく、アーティストとして、よりリアルな表現を求める感覚が、ダラヴィと映画業界を結びつけたのだ。
同時に、このビデオでは、「ガリーラップ」の表面的なイメージが先行してしまうことへの危機感と、ラップだけでなくトラック(ビート)もさらに洗練され、さらなる優れた音楽が出てくるであろうことが語られている。


「ダラヴィはインドのゲットーさ」というセリフから始まるこの"Dharavi Hustle"は、ダラヴィのヒップホップシーンの多様性を伝える内容だ。
2016年に公開されたこの映像は、シーンが大きな注目を集め始めた時期の貴重な記録である。

「ダラヴィが特別なんじゃない。ここにいる人々が特別なんだ。ここにはたくさんの人種、宗教、文化がある」という言葉のとおり、多様なバックグラウンドの人々がヒップホップというカルチャーのもとに一つになっている様子がここでは見て取れる。
'Namaste, Namaskar, Vanakam, and Salaam Alaikum to all the people'という、いくぶん冗談じみたStony Psykoの挨拶が象徴的だ(NamasteとNamaskarはインドのさまざまな言語で、おもにヒンドゥーの人々が使う挨拶。Vanakamは南部のタミル語。Salaam Alaikumはムスリムの挨拶だ。ちなみにStony Psyko本人はクリスチャン)。
ここでも、アメリカのゲットーと同じような境遇に育ったダラヴィの人々が、ヒップホップのスタイルだけでなく、リアルであるべきという本質的な部分を自分たちのものにしていったことが語られている。


ダラヴィのヒップホップシーンを題材に撮影されたドキュメンタリーは本当にたくさんあって、この"Meet Some of the Rappers Who Inspired the Ranveer Singh's 'Gully Boy'"もまた興味深い内容。

「ヒップホップはヒンドゥーやイスラームやキリスト教のような、ひとつの文化なんだ」という言葉は、ヒップホップが宗教や文化の差異を超えたダラヴィの新しい価値観であり、また生きる指針でもあることを示している。
シーンの黎明期から、リリックに様々な言語が使われていることや、伝統的なリズム('taal')との融合にも触れられており、またダラヴィへの偏見や、口先ばかりで何もしない政治家の様子などもリアルに語られている。
ムスリムやクリスチャンの家庭でラッパーでいることについてのエピソードも興味深く、映画の舞台となったダラヴィがどんな場所か知るのにもぴったりの内容だ。

こちらは『ガリーボーイ』にも審査員役でカメオ出演していた、BBC Asian NetworkのBobby Frictionの番組で紹介されたダラヴィのラッパーたちによるサイファーの様子。

この動画に出演しているDharavi UnitedはDopeadelicz, 7 BantaiZ, Enimiezのメンバーたちによって結成されたユニットで、この名義での楽曲もリリースしている。

ここまで男性ラッパーばかりを紹介してきたが、女性ラッパーもちゃんといる。

このSumithra Shekarはタミル系のダリット(被差別民)のクリスチャンの家に生まれ、親族に反対されながらもラッパーとして活動している。
『ガリーボーイ』に描かれているような葛藤がここにもあるのだ。


いずれにしても、ダラヴィは、ニューヨークのブロンクスや、ロサンゼルスのコンプトンやワッツのように、リアルなヒップホップが息づく町となった。

今回はダラヴィについて特集したが、ムンバイの他のスラムでも、ヒップホップカルチャーは定着してきており、ムンバイのワダラ(Wadala)地区出身のラッパーWaseemも先日デビュー曲を発表したばかり。


彼は、以前このブログで紹介した、ムンバイのラッパーと共演した日本人ダンサー/シンガーのHirokoさんも協力している、この地域で子どもたちにダンスと音楽を教える活動を行っているNGO「光の教室」に通う生徒の一人。
父母が家を出ていってしまい、叔父のもとで育ったという彼は、ラップに出会ったことで人生でやるべきことが分かったという。
「みんなはラップを作るためにスタジオや機材が必要だというけど、僕に必要なのはこれだけさ」とスマートフォンを取り出す彼からは、iPadでレコーディングからミュージックビデオ撮影まで行ったNaezy同様、今ある環境で躊躇せずラップに取り組む心意気を感じる。

ダラヴィのヒップホップは、今ではバブルとも言えるほどの注目を集めているが、それでもなお尽きない魅力があり、かつ急速な拡大と発展を遂げている。
『ガリーボーイ』人気が一段落したあとに、どんな風景が広がっているのか。
今から非常に楽しみである。

「その1」「その2」を書くにあたって参考にしたサイト:


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2019年07月12日

Real Gully Boys!! ムンバイ最大のスラム ダラヴィのヒップホップシーン その1

10月に公開が決定した、ヒンディー語映画、『ガリーボーイ』。
このボリウッド初のヒップホップ映画の舞台は、ムンバイ最大のスラム、ダラヴィ(Dharavi)だ。
主人公ムラドのモデルとなった実在のラッパーNaezyの出身地は、じつはダラヴィではなくムンバイ東部のクルラ(Kurla)地区。(ここもかなりスラムっぽい土地のようだ)
映画化にあたってダラヴィが舞台に選ばれたのは、ここがあの『スラムドッグ・ミリオネア』で世界的に有名になったスラム地区で、「ガリーボーイ」(路地裏ボーイ)のイメージにぴったりだからという理由だけではない。

ダラヴィは、実際にムンバイの、いや、インドのヒップホップシーンを代表するアンダーグラウンドラッパーを数多く輩出している、ヒップホップが息づく街なのだ。
ここでいう「アンダーグラウンドラップ」とは、マニアックな音楽性のヒップホップという意味ではない。
映画音楽のような主流のエンターテインメントではなく、ストリートに生きる人々が自ら発信しているリアルなヒップホップという意味だ。
(インドのメインストリームヒップホップについてはここでは詳しく紹介しないが、興味があったらYo Yo Honey SinghやBadshahという名前を検索してみると雰囲気がわかるはずだ。)

ダラヴィのヒップホップは、'00年代後半、EminemやNas, 50Centなどのアメリカのラッパーに影響を受けた若者たちによって、いくつかのクルーが結成されたことで始まった。
'00年代後半のインドの音楽シーンは、在外インド人の音楽を逆輸入したバングラー風味のラップがようやく受け入れられてきた頃だ。
(インドのヒップホップの全般的な歴史については、こちらの記事にまとめてある。「Desi Hip HopからGully Rapへ インドのヒップホップの歴史」
当時、インドの音楽シーンでは、ポピュラー音楽といえば国内の映画音楽のことで、ロックやヒップホップなどのジャンルは極めてマイナーだった(今でもあまり変わっていないが)。
そんな時期に、経済的に恵まれていないダラヴィで、インド国内で流行っていたバングラー系ラップを差し置いて、アメリカのヒップホップが注目されていたというのは驚きに値する。

理由のひとつは、インターネットが普及し、海外の音楽に直接触れることができるようになったこと。 
また、教育が普及し、英語のラップのリリックが多少なりとも理解できるようになったことも影響しているだろう。
ダラヴィのラップにバングラーの影響が見られないことに関しては、この地域にバングラーのルーツであるパンジャーブ系の住民が少ないということとも関係がありそうだ。
バングラー系のラップは、どちらかというとパーティーミュージック的な傾向が強く、ストリート志向、社会派志向のダラヴィのラッパーたちとは相容れないものでもあったのだろう。

だが、ダラヴィの若者が(バングラー系ラップでなく)米国のヒップホップに惹かれた最大の理由は、何よりも、ヒップホップの本質である「ゲットーに暮らす被差別的な立場の人々の、反骨精神とプライドが込められた音楽」という部分が、彼らにとって非常にリアルなものであったからに違いない。
ダラヴィに住んでいるというだけで、人々から見下され、警察には疑われる屈辱的な立場。
過密で衛生状態が悪い住環境でのチャンスの少ない過酷な生活。
遠く離れたアメリカで、同じような立場に置かれた人々が起こした「クールな反逆」であるヒップホップに、インド最大の都市ムンバイのスラムに暮らす人々が共感するのは必然だった。
いずれにしても、ダラヴィでは、ヒップホップは'00年代後半から、インドの他の地域に先駆けて、若者たちの間に定着してゆくことになったのだ。

初期から活動しているダラヴィのヒップホップクルーのひとつが、Slumgodsだ。
2008年に結成された彼らは、同年に発表された映画『スラムドッグ・ミリオネア』によって、ダラヴィ=スラムドッグというイメージがつくことに反発し、'dog'の綴りを逆にしてSlumgodsという名前をつけた。
『スラムドッグ・ミリオネア』は、外交官であるエリート作家によって書かれた小説を、イギリス人監督が映画化したものだ。
よそ者によってつけられた「スラム=貧困」のイメージに対する反発は、ダラヴィのヒップホップの根幹にあるものだ。
「俺たちは犬畜生じゃない、神々だ」という、プライドと反骨精神。
Slumgodsの中心人物B-Boy Akkuは、ラップよりもブレイクダンスに重きを置いた活動を展開しており、とくに、スラムの子供達に自信と誇りを持たせるために、無料のダンス教室を開き、ダラヴィでのヒップホップ普及に大きな役割を果たした。

Akkuの活動については、以前この記事に詳しく書いたので、興味のある人はぜひ読んでほしい(「本物がここにある。スラム街のヒップホップシーン ダンス編」)。
彼らのように、ギャングスタ的な表現に終始するではなく、ヒップホップというアートフォームを通して、どのように地域に貢献できるかを真剣に考えているアーティストが多いのも、ダラヴィのシーンの特徴と言えるだろう。

Slumgodsと同時期に、OuTLawZ, Sout Dandy Squad, Street Bloodzといったクルーも結成され、さらにはDivineやNaezy, Mumbai's Finestといったムンバイの他の地区のラッパーたちの影響もあって、ダラヴィのヒップホップ人気はさらに高まってゆく。

この頃のクルーは、音源を残さずに解散してしまったものも多かったようだが、ヒップホップは確実にダラヴィに根づいていった。
ムンバイのヒップホップ黎明期のアンセムをいくつか紹介する。

シーンの兄貴的存在、Divineによる地元賛歌"Yeh Mera Bombay". 2013年リリース。


楽曲もビデオも、Naezyが父から貰ったiPadのみを使って制作された"Aafat!". 2014年リリース。


ブレイクダンスにスケボーも入ったMumbai's Finestの"Beast Mode"は、ムンバイのヒップホップ系ストリートカルチャーの勢いを感じられる楽曲。2016年リリース。


こうしたアーティストたちの存在が、ダラヴィのラッパーたちを勇気づけ、後押ししてゆく。

2012年に、元OutLawZのStonyPsykoことTony Sebastianを中心に結成されたDopeadeliczは、マリファナ合法化や、ムンバイ警察の腐敗をテーマにした楽曲を発表している。
"D Rise"
 
ダラヴィのシーンでは、はじめはアメリカのアーティストを模倣して英語でラップするラッパーが多かったが、やがて、「自分たちの言葉でラップする」というヒップホップの本質に立ち返り、ヒンディー語やマラーティー語、タミル語などの言語のラップが増えていった。
本場アメリカっぽく見えることよりも、自分の言葉でラップすることを選んだのだ。

大麻合法化をテーマにした楽曲に、インドの古典音楽の要素を取り入れた"Stay Dope Stay High".
Dopeadeliczもまた、英語から母語でのラップに徐々に舵を切ってゆく。

60年代に欧米のロックバンドがサイケデリックなサウンドとして取り入れたシタールの音色を、同じ文脈でインド人がヒップホップに取り入れている!
1:42からのシタールソロのドープなこと!
3:00からのbol(タブラ奏者が口で刻むリズム)もかっこいい。
ビデオはもろ90年頃のアメリカのヒップホップ。
前作から一気に垢抜けたこのビデオは、ボリウッドの大御所映画監督Shekhar Kapurと、インド音楽シーンの超大物A.R.Rahmanらによって立ち上げられたメディア企業Qyukiのサポートによって制作されたもの。
このQyukiはダラヴィのシーンを手厚く支援しており、前述のSlumgodsの活動もサポートしているようだ。

新曲はMost Wanted Recordsなるレーベルからリリース。

まるで短編映画のようなクオリティだ。

実際、彼らはメインストリームの映画業界からも注目されており、あのタミル映画界のスーパースター、ラジニカーント主演作品"Kaala"のサウンドトラックにも参加している。
(Stony Psykoらは『ガリーボーイ』にもラップバトルのシーンにカメオ出演を果たした)
映画"Kaala"から、"Semma Weightu".

Santhosh Narayananによる派手な楽曲は90年代のプリンスみたいな賑やかさ!
映画はラジニカーント演じるダラヴィのタミル人社会のボスと、再開発のための住民立退きを企てる政治家の抗争の物語。
実際、ダラヴィは住民の半分がタミル系である。


ムンバイのラッパーのリリックには、彼らが普段使っているなまの言葉が使われており、例えば彼らがよく使う'bantai'という言葉は、「ブラザー(bro.)」(血縁上の兄弟ではなく、 友達への呼びかけとしての)のような意味のムンバイ独特のヒンディーのスラングだ。
その'bantai'をアーティスト名に冠した7Bantaizは、ダラヴィ出身のFTII(Film and television Institution Inda)の学生によって2014年に結成された(結成当時の平均年齢は17歳!)。
ヒンディー語、タミル語、マラヤーラム語、英語でラップするマルチリンガルな、非常に「ダラヴィらしい」グループだ。

2018年発表の"Yedechaari".


同年発表の"Achanak Bhayanak"

いずれも強烈にダラヴィのストリートのヴァイブが伝わってくる楽曲だ。
彼らもまた、『ガリーボーイ』にカメオ出演している。


ダラヴィの若手ラッパーで、今もっとも勢いがあるのが、2015年に結成されたクルー、EnimiezのMC Altafだろう。
Enimiezは、MC Altaf, MC R1, MC Standleyの3人組で、体制への不満を訴える'Rage Rap'を標榜している。
ラップの言語はヒンディー語とカンナダ語。
メンバーの本名を見ると、どうやらそれぞれがムスリム、ヒンドゥー、クリスチャンと異なる信仰を持っているようで、言語(ルーツとなる地域)だけでなく、宗教の垣根も超えたユニットのようだ。
様々なコミュニティーが音楽によって繋がり、ヒップホップという新しい価値観のもとにシーンが形成されているというのも、ダラヴィの特徴と言えるだろう。

MC Altafは若干18歳の若手ラッパー。
Nasに憧れ、DopeadeliczのStony Psykoのライブパフォーマンスに衝撃を受けてヒップホップの道を志したという、『ガリーボーイ』を地でゆくような経歴の持ち主だ。
『ガリーボーイ』のなかでもパフォーマンスシーンがフィーチャーされており、その縁でミュージックビデオには主演のランヴィール・シンがカメオ出演している。
ニューヨーク出身でムンバイを拠点に活躍しているJay Killa(J Dillaではない)と共演した"Wassup".
ランヴィールのほかにも、Dopeadeliczや7BantaiZのメンバーも登場している(彼らはリップシンクで、実際にラップしているのは全てAltafとJay Killa)。


"Mumbai 17"はダラヴィのピンコード。
ダラヴィの街の雰囲気を強く感じられるトラックだ。

どうでもいいことだが、「クリケットの国」であるインド人のベースボールシャツ姿は非常に珍しい。
この曲のマスタリングは、なんとロンドンのアビーロード・スタジオで行われている。

同じくムンバイのラッパーD'Evilと共演した"Wazan Hai"はヒップホップファッションとともに人気が高まっているスニーカーショップで撮影されたもの。


こうしたアーティストたちの活躍により、今では「ダラヴィといえば貧困」ではなく、「ダラヴィといえばヒップホップ」というように、インドの中でもイメージが変わって来ているという。
「ラップやダンスによる成功」は、ダラヴィの若者や子どもたちが夢見ることができる実現可能な夢であり、何人もの先駆者たちによって、ヒップホップはインドでも、ゲットー(スラム)の住人たちの希望となったのだ。

今回は個別のアーティストやクルーに焦点をあてて紹介してみましたが、次回はシーンの全体像を見てゆきます!
今回はここまで!



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goshimasayama18 at 21:53|PermalinkComments(0)