DiljitDosanjh

2024年02月11日

やっぱりバングラーラップ! Diljit Dosanjh, Karan Aujla他人気アーティスト特集



Sidhu Moose Walaの死からもうすぐ2年が経つ。
すでに何度も書いているのでここでは繰り返さないが、Sidhuはバングラーラップにリアルなギャングスタのアティテュードと本格的なヒップホップのビートを持ち込み、そして最期は対立するギャングの凶弾に倒れるという、まるで2Pacを地で行く生き様(そして死に様)を残した。




念のためあらためて触れておくと、バングラーはインド北西部の穀倉地帯パンジャーブ地方の音楽であり、コブシの効いた独特の歌い回しを特徴とする音楽だ。
パンジャーブは海外への移住者が多い地域であるという歴史的経緯もあり、バングラーは早くからラップと融合し、海外のディアスポラを含めた北インド系ポピュラー音楽シーンで高い人気を誇ってきた。
シーンに革命をもたらしたSidhuの死後も、バングラーラップシーンはさまざまな才能あふれるアーティストによって発展が続いている。
ここ日本では全く注目されることのないバングラーラップだが、パンジャーブ系移民の多いイギリスやカナダやオーストラリアではかなり高い人気を持っている。

例えば現在のシーンの第一人者Diljit Dosanjhは海外でアリーナクラスの会場をソールドアウトにして、コーチェラ・フェスティバルにも呼ばれるほどの集客と知名度を誇る。
まあ観客のほとんどは南アジア系だろうが、それにしてもこれだけ人気のあるジャンルが日本で全く知られていないのはもったいない。

Diljitが昨年リリースしたアルバム"Ghost"は現代バングラーの魅力がたっぷりつまっている。
同郷パンジャーブ出身のラッパー(バングタースタイルでない)Sultaanを起用した"Lalkaara"は、ビートのセンスやバングラー部分のコード/ベースの解釈など、随所に新世代のセンスを感じることができる。

Diljit Dosanjh "Lalkaara"



"Chandelier"や"Alive"などのヒット曲で知られるオーストラリアのシンガーSiaを起用した"Hass Hass"はぐっとポップな曲調。単調になりがちなバングラーだが、このスタイルの多様性こそが彼の魅力のひとつだ。

Diljit Dosanjh "Hass Hass" (Diljit X Sia)



かなりトラディショナルなビートを使っている曲もある。
ドール(両面太鼓)とトゥンビ(シンプルな高音フレーズを奏でる弦楽器)による典型的なバングラーのリズムだが、ヘヴィーなベースの入れ方に今っぽさを感じる"Case".

Diljith Dosanjh "Case"


パンジャービー・シクの美学が炸裂したミュージックビデオも最高。


近年バングラーラップに見られる特徴のひとつが、バングラー部分のフロウというかリズムの取り方に、かなりヒップホップ的なタメが効いたものになってきたということ。
以前紹介したShubh同様にヒップホップ的なフロウを聴かせてくれるのが、Karan Aujlaのこの曲。


Karan Aujla "Softly"


スーパーカーを前に踊る美女たちが、露出の多い格好でなくパンジャービー・ドレス姿なのが逆に小粋だ。
もちろんパンジャーブ生まれ(1997年生)のKaran Aujlaは、カナダに移住したのち、ソングライターとしてキャリアをスタートさせ、2018年の"Don't Worry"で注目を集めた。
数多くのシングルをリリースしたのち、2021年にリリースしたアルバム"Bacthafucup"はカナダやニュージーランドでもチャートに入っている。
彼は生前のSidhu Moose Walaとはビーフ関係にあって、お互いに曲を通じて攻撃し合っていたが(Sidhuの死には無関係)、Sidhuの死後に追悼曲"Maa"をリリースし、リスペクトの気持ちを表明した。
面白いのは、彼自身ソングライターでありながらも、ソロ作品には他のソングライターを起用していることで、この"Softly"はIkkyというアーティストの作品。
オランダの超有名DJ、Tiëstoによるリミックスも人気を集めている。

IkkyプロデュースによるKaran Aujlaの曲をもう少し紹介してみよう。

Karan Aujla "Try Me"


「車好き」はパンジャービー音楽のミュージックビデオの大きな特徴の一つで、ヒップホップとの親和性を感じさせる部分だが、街中で高級車を乗り回すのではなくサーキットが舞台というのは珍しい。
ていうかアルファロメオのF1チームが協力してるのってすごくない?

Karan Aujka "52 Bars"


Karan Aujlaのうしろでピアノを弾いているのがIkky.
こういうヒップホップっぽいビートのバングラーのフロウは、ダンスホールレゲエのフロウみたいに味わうと楽しめる。
もっと普通にいろんな音楽にフィーチャーされてもいいのになあと思うのだが、ネックになるのはやはり言語がパンジャービー語だということ(英語じゃない)だろうか。


カナダ出身のIkkyはパンジャービー音楽を刷新し続けている才能の一人で、SidhuやDiljit Dosanjh, Shubhなど、パンジャービーの大物の楽曲はプロデュース軒並みプロデュースした経験を持つ。 
作風はルーツの要素を取り入れながらもヒップホップからポップまで幅広く、例えばエレクトロなビートにタブラのサウンドを導入したこの曲なんて相当かっこいいと思うのだけど。

Ikky "Ishk Hua(Love happened)"



前述のShubhはあいかわらずビートもミュージックビデオもタイトルも見事にヒップホップマナー。
逆にここまでヒップホップに寄せても歌い方とターバンはかたくなにパンジャービー・シクというところにルーツへの誇りを感じさせられる。

Shubh "Hood Anthem"


気になるのは、彼の現在の活動拠点はカナダのはずだが、フッド(地元)アンセムと言っているのにロケ地がカリフォルニア(LA?)っぽいこと。
彼のヒップホップ部分のスタイルがウェストコーストに影響を受けているからだろうか。

バングラー的ヒップホップという観点からはDef Jam IndiaからリリースされたラッパーFotty Sevenの曲も要注目だ。
この曲はビートがバングラー風でラップがヒップホップ風という、Shubhとは逆の方法論が面白い。

Fotty Seven "OK Report"



デリー郊外の新興都市グルガオン出身の彼は、KR$NAやBadshahらデリーのラッパーとの共演も多く、なぜか「荒城の月」をサンプリングしたこの曲も印象に残っている。

Fotty Seven Feat. Badshah "Boht Tej"



こちらの曲は、デリーのパンジャービーラップらしいエンタメ路線の演出も面白い。

Fotty Seven "Banjo"



ところで、インドでは大正琴がバンジョーとかブルブル・タラング(Bulbul Tarang)という名前で古典音楽にも使われているが、この曲のタイトルの"Banjo"も大正琴のことっぽい。
途中Fotty Sevenの後ろに大正琴を持った2人の男が出てくるが、おそらく海外のラップのミュージックビデオに大正琴が取り入れられた最初の例だろう。
曲のテーマは「人生で実質的な成果を何も達成していないにもかかわらず、自分が誰よりも優れていると考える高飛車な男」とのこと。
そういえば、さっきの曲でサンプリングされていた「荒城の月」も大正琴だったのかもしれない。


冒頭で触れたSidhu Moose Walaは、今でも未発表の音源がリリースされ続けている。

Sidhu Moose Wala, Mxrci, AR Paisley "Drippy"


あらためて聴くと、彼の天まで突き抜けてゆくようなヴォーカルはやはりバングラーシンガー/ラッパーの中でも唯一無二だったなあと感じさせられる。
最後に銃声の演出が入っているが、死すらもエンタメにするギャングスタラップ的な感覚はこの手のバングラーラップならではだ。

ちょっと驚いたのは、Sidhuの曲は、以前は英語のコメント(もしくは、ヒンディー語でもアルファベット表記)が多かったのが、久しぶりに見たらデーヴァナーガリー文字のヒンディー語やグルムキー文字のパンジャービー語ばかりになっていたということ。
さすがに死後2年近く経っても聴いているのはガチなローカル勢ばかりになってきたのだろうか。

トップコメントのヒンディー語をグーグル翻訳で英訳してみたところ、
Brother, after you left we forgot to be happy, but whenever your song comes, it becomes a festival for us. May God continue your progress.
「ブラザー、あなたがいなくなってから幸せになることを忘れてたけど、いつでもあなたの曲がリリースされると俺たちはフェスティバルみたいに感じるんだ。神があなたの進歩を続けてくれますように」
とのこと。
ファンの愛の深さにちょっと感動してしまった。

バングラーラップがヒップホップやエレクトロニックと融合してからずいぶん経つが、それでもこのジャンルはいまだに進化し続けている。
今後、どんな刺激的なサウンドが生まれてくるのか非常に楽しみだ。
日本でももうちょっと聴かれるようになるといいんだけどなあ。





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goshimasayama18 at 13:07|PermalinkComments(0)

2023年12月28日

2023年度版 軽刈田 凡平's インドのインディー音楽top10


今年もインドのインディペンデント音楽シーンがどんどん大きく、面白くなった1年でした。
もはやとても一人の力で掘り続けるのは無理なほどに巨大化してしまったシーンのなかで、これこそが注目すべきトピック(シングル、アルバム、ミュージックビデオ、出来事)だと思ったものを、10個ほど選んで紹介させてもらいます。

10個並べてるけど、順位はとくになし。
ジャンル的にも地理的にも多様化しまくっているインドのシーンから10個トピックを選ぶのはとても難しかったけど、5年後、10年後に振り返った時に、「そうそう!あのときがこのブームのきっかけだったよね」とか「そういえばあんなことあったなあ」と思えそうなものを選んでみたつもり。



Bloodywood来日


まさか去年に続いて今年もBloodywoodの来日を10大トピックの筆頭に挙げることになるとは思わなかった。
彼らが今年6/28に大阪(梅田TRAD)、6/29に渋谷(Spotify O-EAST)で開催したワールドツアーのファイナル公演は凄まじかった。
去年のフジロックの「誰だかよく分からないけど、こいつらスゲエ!」という状態とは異なり、誰もがBloodywoodことを知っていて、高い期待を抱いているという状況の中で、彼らはその予測を軽々と上回るパフォーマンスを披露した。
ギターソロはなく、ドラムセットもバスドラ1つ、タム1つと極めてシンプルな音楽性とステージセットで観客を熱狂させた彼らのスタイルは、新世代ヘヴィミュージックのひとつの雛形としても注目に値するものだった。




JATAYU来日


今年のフジロックでもインドのバンドが優れたパフォーマンスを見せた。
チェンナイのカルナーティック・ジャムバンドJATAYUは前夜祭とField of Heavenに出演。
去年のBloodywoodのような大規模ステージやド派手な音楽性ではなかったこともあり、大きなセンセーションを巻き起こすには至らなかったが、JATAYUは日本のリスナーがこれまで聴いたことがない浮遊感溢れるフレーズとタイトなグルーヴで確かな爪痕を残した。
インタビューによると、彼らはシンガポールのショーケースイベントに出演したときに関係者の目に留まり、フジロックの出演につながったとのこと。
今年リリースした台湾のバンド「漂流出口」との共演曲"The Wild Kids"も、アジア的な混沌をロックで表現した出色の作品だった。
(漂流出口もすごく面白くて良いバンドです)




Sid Sriram "Sidharth"(アルバム)


今年はメインストリームのど真ん中で活躍している映画のプレイバックシンガー(吹き替え歌手)が、相次いで充実したオリジナル(非映画)アルバムを発表した年でもあった。
インドにおいて「インディーズ音楽」とは、「映画音楽ではない音楽」を指す概念だと言っても過言ではない。
メジャーの真ん中で活躍しているアーティストがインディペンデントを志向する時代がインドにやってきたのだ。
カリフォルニア在住のSid Sriramが、現地の(インド系ではない)ミュージシャンと制作した現代的R&Bスタイルのこのアルバムを「インドのインディー音楽」として扱うべきかどうかは悩んだが、こうした背景と内容の素晴らしさを考えれば、この10選から外すわけにはいかないだろう。
カルナーティック音楽をルーツに持つ彼の歌声は信仰に根差した聖性を湛えていて、結果的にゴスペルのような美しさが感じられる。
以前の記事でも紹介したので今回は別の曲をピックアップしたが、アルバム中の"Dear Sahana""Do the Dance"はとくにその傾向が強く、涙が出そうなくらい感動した。


他に今年リリースされたプレイバックシンガーのインディペンデント作品としては、Armaan Malikの"Only Just Begun"も現在進行形のヒンディーポップスのが楽しめる佳作だった。
この作品にはヒップホップビートメイカーKaran Kanchanも参加していて、インディペンデントとメジャーの垣根がますます低くなってきていることを感じさせられた。



KSHMR "Karam"


KSHMRのインドのヒップホップ界への参入は、成長と拡大の一途を辿るシーンへの黒船来航とも言える出来事だった。
世界的に高い評価を得るインド系アメリカ人のEDMプロデューサーである彼は、今作では個々のラッパーの良さを引き出すビートメーカーの役割に徹し、ラテンやインド映画音楽の要素をスパイスとしたトラックの数々に彩られた名作を生み出した。
インドの音楽シーンが国内に閉じているのではなく、グローバルにつながっていることを感じさせるアルバムだ。




Chaar Diwaari X Gravity "Violence"


6月に旅行で来日していたビートメーカーのKaran Kanchanが注目アーティストとして名前を挙げていたのがこのChaar Diwaariだった。
ニューデリー出身のこのラッパーはまだ20歳(!)。
アンダーグラウンドの空気感を濃厚にまとった"Barood""Garam"といった個性的なトラックだけでなく、ギタリスト/ソングライターのBhargと共演したポップな"Roshini"など、アクの強さだけではない豊かな才能を示す楽曲を2023年に多数リリースした。
今後の活躍がもっとも期待されるアーティストの一人である。
KSHMRの"Karam"のような話題作から、彼のような超新星の出現まで、今年もインドのヒップホップシーンは非常に豊作だったと言える。



Ikka Ft.MC STAN "Urvashi"


Ikkaはパンジャービー系パーティーラップシーンで一世を風靡したYo Yo Honey SinghとBadshahを擁したデリーの伝説的ヒップホップクルーMafia Mundeer出身のラッパー。
ド派手で商業的なスタイルで人気を博したHoney SinghやBadshahとは異なり、ヒップホップのルーツに忠実な活動を重ねているIkkaが、マンブルラップ的な新世代フロウをインドに持ち込んだMC STANと共演したのがこの曲。
サウンドの印象としてはIkkaがかなりMC STANに寄せているように聴こえるが、ミュージックビデオを見るとMC STANがパーティーラップ的なスタイルに接近しているようにも見える。
プロデュースはアメリカで活躍するバングラデシュ出身のプロデューサーのSanjoy.
ボリウッドソングのマッシュアップをきっかけに在外南アジア系コミュニティから人気に火がついた彼の起用は、メジャー/インディー、国内/国外の垣根が意味を失いつつあるインドのシーンを象徴する人選だ。

そういえば、今年はHoney Singhがムンバイのストリート出身のスターEmiway Bantaiのプロデュースした楽曲もリリースされた(曲としてはイマイチ)。
ますますボーダレス化が進むインドのヒップホップシーンの今後がますます楽しみだ。



Diljit Dosanjh X SIA "Hass Hass"(シングル) "Ghost"(アルバム)


最近ずっと思っているのが、そろそろバングラーというジャンルを再評価すべき時期が来ているのではないか、ということ。
バングラーは、世界的にはPanjabi MCらが活躍した'00年代前半にブームを迎え、ほどなく下火になったジャンルかもしれないが、北インドでは今日に至るまで継続的に高い人気を誇っている。
インドのみならず、パンジャーブ系住民の多いオーストラリアや北米では、昨今バングラーシンガーがアリーナ規模のライブを成功させている(ただし観客はほぼ南アジア系だが)。
ジャマイカンにとってのレゲエやアフリカ系アメリカ人にとってのヒップホップのように、バングラーはパンジャービーたちの魂の音楽として愛され続けているのだ。
バングラーの特筆すべきところは、愛され続けているだけではなく進化しつづけていることで、Diljit Dosanjhがオーストラリア出身の人気シンガーSIAをフィーチャーしたこの曲は2023年度版バングラーを象徴する楽曲と言えるだろう。
Diljitが今年リリースしたアルバム"Ghost"も23曲入りというとんでもないボリュームで、現代型バングラーラップの理想系を示した作品だった。
昨年Sidhu Moose Walaの死という悲劇を迎えたバングラー界だが、それでもシーンは希望と意欲に満ちており、明るい未来が期待できる。



The Yellow Diary "Mann"


上質なヒンディー語のインディーポップを作り続けているムンバイのバンドThe Yellow Diaryは、この新曲"Mann"で変わらぬセンスの良さを見せつけた。
ボリウッド映画に使われても良さそうなキャッチーなヒンディー語ポップスだが、ジャジーなピアノやギターに彼ら独自の個性が光る。
音楽スタイル的にメジャーとインディーズの中間に位置するバンドであり、洋楽志向に偏りがちなインドのインディーポップシーンでインドらしさ溢れるサウンドを作る彼らは稀有な存在だ。



Sunflower Tape Machine "Rosemary"


インディーロック勢ではチェンナイを拠点に活動するAryaman SinghのソロプロジェクトSunflower Tape Machineがリリースした"Rosemary"の繊細な美しさも素晴らしかった。
楽曲ごとにアンビエント、シューゲイザー、80’s風ポップと作風を変えながら、1年に1、2曲のみリリースするという非常にマイペースな活動を続けている彼の最新作は、アコースティックギター1本で聴かせるフォークポップ。
シンプルこの上ない楽曲をメロディーとハーモニーで聴かせるセンスに痺れた。
日本からインドの音楽シーンをチェックしていて、彼のような完全にインディペンデントな才能に出会えたときの感動はひとしおだ。



Komorebi "The Fall"(アルバム)


デリーを拠点に活動しているKomorebiは、アニメなど日本の文化の影響を受けているTarana Marwahによるソロプロジェクト。
以前からポップなエレクトロニカを聴かせてくれていたが、今作ではぐっとスケール感を増してノルウェーのAURORAのような幻想的で美しい作品を作り上げた。
Easy Wanderlings, Dhruv Visvanath, Blackstratbluesといったインドのインディーズシーンを代表するアーティストのコラボレーションも作品に華を添えている。
こうした無国籍で高品質な楽曲がリリースされているということもインドの音楽シーンの誇るべき部分であり、もっと世界が注目してくれたらいいのにといつも思っている。




というわけで2023年の10選はこんな感じでした。
今年は秋以降のヨギ・シン来日騒動(騒いでいたのは自分だけだが)もあり、シーンをあまり細かくチェックできていなかったので、きっとここに挙げた以外の素晴らしい作品や出来事もたくさんあったことと思う。
次点はムンバイのロックバンドThe Lightyear Explodeのアルバム"Suburban Prose".
80’s〜90年代前半の雰囲気のあるポップでキャッチーな曲がたくさん入ったアルバムなので、興味がある人はぜひチェックしてみてほしい。
あとコルカタのラッパーCizzyは今年クラシック級の名曲を何曲もドロップしていた。
(例えば"Number One Fan", "Baad De Bhai"
注目されることが少ないベンガル語ラップに正当な評価を与えるためにも選びたかったのだが、ジャンルのバランスを考えて泣く泣く選外とした。


過去2年分の軽刈田セレクトによる年間トップ10もいちおう貼っておきます。
毎年面白くなり続けているインドの音楽シーン、来年はどんな作品がリリースされるのか、ますます楽しみだ。









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goshimasayama18 at 15:03|PermalinkComments(0)

2022年10月25日

インドの最新ラテン・ポップ事情!


ずいぶん前にも書いたことがあるのだが、不思議なことに、「インド」と「ラテン」の組み合わせってやつは、妙に相性が良い。


掘りが深い顔立ちに、やたらとダンスが好きな国民性、感情表現がストレートなところ、ノリがいいようでいて保守的なところ、根拠不明な自信がありそうなところ、男性は前髪を4センチくらい立てたうえでオールバックにする、みたいな髪型が好きなところ、などなど、例を挙げればキリがない。(思いっきりステレオタイプな表現になってしまっていて申し訳ない)

スペイン(アンダルシア地方)のフラメンコを生み出したとされるロマの人たちのルーツはインドのラージャスターンあたりだというし、そのルーツの一端をスペインに持つカリブ〜北米地域のヒスパニック系音楽とインドが繋がるのも分からなくもない…なんて無理やりなこじつけもできそうだが、本当のところは分からない。
たぶん、当のインド人たちもどうしてそんなにラテン系の音楽が好きなのかわかっていないのだと思う。
とにかく、その相性の良さは実際に聴いて(映像を見て)みれば一発で分かるはず。
というわけで、今回は、インドでもてはやされるラテン風音楽を紹介してみたい。

まずはパンジャービー系パーティーラップの雄Badshahから。
今年4月にリリースした"Voodoo"では、コロンビア出身のレゲトン・シンガーJ Balvinとのコラボレーションを実現。
J Balvinは米国をはじめ世界各地のアーティストとコラボレーションしているが、スペイン語以外では絶対に歌わないという一本筋の通ったシンガーだ。
Badshahが意図的に本格的ラテン風味を取り入れようとしたことが分かる人選である。

Badshah, J Balvin, Tainy "Voodoo"


タイトルの通り、ハイチ発祥のヴードゥー(ゾンビの元ネタになった信仰)をテーマにしたミュージックビデオだが、ヴードゥー的な演出がインドのサドゥー(ヒンドゥーの世捨て人的な修行者)っぽくも見えるのが面白い。

こちらは最近Badshahが関わったまた別の曲。

AJWAVY, Badshah, Anirudh Ravichander, Diljit Dosanjh, Aastha Gill, Dhanush "Desi Bop"


こちらもまた四つ打ちのレゲトン・ポップ的な曲調。
JP THE WAVY(日本のラッパーね)みたいな名前のAJWAVYはインスタ出身のインフルエンサーだそうで、このチャラいダンスポップがばっちりはまっている。
モダン・バングラーの人気シンガーDiljit Dosanjhや、ポップス系シンガーソングライターのAastha Gillなど、共演陣がやたらと豪華だが、これはインドの軽薄系インディーカルチャーが、旧来のメインストリームを飲み込むほどの勢いを持っていることを意味しているのだろう。
冒頭で使われている気だるい雰囲気の曲は、タミル映画界のスターDhanushが歌って大ヒットを記録した2012年の映画 "3" の挿入歌 "Why This Kolaveri Di".
Dhanushの名前もこの楽曲にクレジットされている。


ダンスポップ系ではなく、珍しく生バンドでラテン音楽をやっているのが、ヒンディー・ロックバンドのApricot.

Apricot "Nazrana"


曲は0:48くらいから。
昔、野口五郎がカバーしてたサンタナの曲("Smooth"だっけか)みたいな曲調にラテン風味満載のこのミュージックビデオ。
ケレン味たっぷりのラテン的かっこつけ方がインド人に超似合ってる!
だんだんメキシコとインドの境い目が分からなくなってくる一曲だ。


ムンバイの女性シンガー、Andi Starの"In Love With You"のギター・アレンジも哀愁ポップ系のラテン全開でめちゃくちゃ気持ちいい。

Andi Star "In Love With You"


彼女はまだほぼ無名の存在だが、激甘ポップなメロディを書くことに関しては非凡なセンスを持っているようだ。(この"Last Night"という曲にはやられた!)
これからも注目してゆきたいシンガーだ。


ところで、インドのラテン系音楽はパンジャーブからムンバイあたりにかけて存在しているものとなんとなく思っていた。
パンジャーブの豪放さが陽気なラテンのイメージと重なり、北インドのエンタメの中心地であるムンバイもまた、いい味で軽薄なラテンポップのノリと繋がるイメージがあるからだろう。
ところが、ラテンポップはパンジャーブ/ムンバイのみならず、インド全土にがっつり根付いているようなのだ。

意外なところでは、文化的地方都市の印象が強いコルカタを拠点に活動しているDJ/音楽プロデューサーのREICKことKoushik Mukherjeeも、こんなラテンポップ的な曲をリリースしている。

REICK ft. Jimmy Burny "Good Love"


共演しているJimmy Burnyはブラジル人で、世界中のいろいろなアーティストの曲で客演しているシンガーだ。
おそらくREICKともインターネットを通してつながったものと思われるが、こうした海外のミュージシャンとの共演も、EDMをはじめとする「グローバル」な音楽性のインドのアーティストによく見られる傾向だ。

インドらしさ皆無のミュージックビデオはどこかの映像素材だろうか。
無国籍な雰囲気を出したかったのだろうけど、個人的には、音楽性は無国籍でも、映像はどこかインドっぽいほうが好みではある。


All OK "Mallige Hoova"


ラテン系音楽の波はもちろん南インドにも達していて、この曲はカンナダ語のレゲトン風ナンバー。
ロケ地はシンガポールとのこと。
All OKはカンナダ語圏の人気ラッパーで、9月にリリースしたこの動画のYouTubeでの再生回数は200万回を超えており、他の曲も軒並み数百万から数千万再生されるほどの人気っぷり。

カンナダ語圏はレゲトンと親和性が高いのか、3年ほど前だがこんな曲もあった。

ViRaj Kannadiga ft Ba55ick "Juice Kudithiya"


「(飲んでるのは酒じゃなくて)ジュースですぜー」というコミックソングで、このそこはかとないダサさがたまらない。
何が言いたいのかというと、北も南も、インドは全面的にラテンポップが人気だということなのである。
もしかしたら、特段ラテンなサウンドに惹かれているわけではなく、単にUSヒットチャートの上位にあるようなサウンドを模倣しているだけという可能性もあるが、それにしたってヒスパニックとはまったく異なるルーツを持つ彼らが、ここまでラテンな曲を作っているというのは、やはり何かがあるような気がする。


さっき、パンジャーブ的な豪放さとラテンの陽気なイメージが重なる、と書いたが、ひとまず他の地域やスタイルの音楽は置いておいて、バングラーとレゲトンに注目して見てみると、両者を融合したリミックスや「踊ってみた」系の動画が結構ヒットする。
(バングラーはインド北西部からパキスタンにかけて位置するパンジャーブ地方の伝統音楽/ダンスで、イギリスや北米に移住したパンジャーブ人たちは、この郷土のリズムをヒップホップやダンスミュージックと融合して、今日のインドにおける現代的ダンスポップの礎を築いた…という話は何度も書いているが、一応改めて付記しておく)








結構無理矢理な感じのものもあるが、やはりインド(少なくともパンジャーブ)とラテンはどこか根底的なところで繋がっているんじゃないか、と改めて感じる。

例によってこれといった結論はないのだけど、バングラー的ラテンポップに関しては、パンジャーブ系移民が多いイギリスあたりから、そろそろ世界的に注目される面白いものが出てきてもいいんじゃないか、と思うんだけど、さて、どうだろうか。


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goshimasayama18 at 23:17|PermalinkComments(0)

2020年12月29日

2020年度版 軽刈田 凡平's インドのインディー音楽top10


2017年末に始めたこのブログも、おかげさまで丸3年。
これまでは、毎年年始めにRolling Stone India誌が選んだインドの音楽年間トップ10を紹介してきましたが(それもやるつもりですが)、今年は、軽刈田が選ぶインドのインディーミュージック年間トップ10を選んでみたので、発表してみたいと思います。


いつも偉そうに音楽を紹介してるけど、広大なインドのインディーミュージックを全て聴き込んでいるわけでもなく、言語も分からず、しばらくインドの地を踏めていない自分の興味や好みによるセレクトではありますが、映画音楽や古典音楽以外のシーンで何が起きているのかを知るきっかけにはなるはず。

ノミネートの条件は、今年インドでリリースされた楽曲、アルバム、ミュージックビデオであること。
選考基準はセールスでも再生回数でもなく、完全に主観!
とはいえ、一応いまのインドのシーンを象徴する楽曲を選んだつもりです。
全10選ですが、とくに順位はありません。


DIVINE "Punya Paap"

今のインドのインディー音楽について書くなら、どうしたってヒップホップから始めることになる。
DIVINEについては何度も書いているのでごく簡単に紹介すると、彼はムンバイ出身のラッパーで、ストリートラップ(いわゆるガリーラップ)シーンの初期から活動していた大御所(インドはシーンの歴史が浅いので、キャリアはまだ10年程度だが)。
2019年に公開された映画『ガリーボーイ』の「MCシェール」のモデルになったことをきっかけに知名度を上げ、今では米ラッパーNasのレーベルのインド部門である'Mass Appeal India'の所属アーティストとして活動している。
かつてストリートの日常をテーマにした「ガリーラップ」で人気を博していた彼は、最近では内面的なリリックやコマーシャルなパーティーラップなど、新しいスタイルに取り組んでいる。
この曲は彼のクリスチャンとしての宗教的な部分を全面に出した作品となっており、ガリーラップ時代とはまた別の気迫を感じさせる意欲作。
同じく今年リリースした"Chal Bombay"や"Mirchi"はかなりコマーシャル寄りな楽曲で、セルアウトと言われようと変わり続けるシーンになんとか食らいついてゆこうというベテランの意地を感じる。
最新アルバム"Punya Paap"では多彩な音楽性に挑戦しているが、どんなビートでも変わらないアクの強い独特のフロウを、彼のシグネチャースタイルと見るか不器用と見るかで評価が分かれそうだ。

DIVINEが音楽性を多様化させる一方で、最近ではBadshahやYo Yo Honey Singhといったコマーシャルラッパーたちは、従来アンダーグラウンドラッパーが使っていたような抑えたビートを選ぶことが多くなっている(これはムンバイ在住のHiroko Sarahさんの鋭い指摘)。
インドのヒップホップ界のメジャーシーンとインディーシーンの垣根はますます低くなってきているようだ。



MC STΔN  "Ek Din Pyaar"

DIVINEがインドのストリートラップの第一世代だとしたら、ヒップホップの新世代を象徴しているのがこのMC STANだろう。
マハーラーシュトラ州プネー出身の21歳。
メディアへの目立った露出もないまま、卓越したスキルとセンスを武器にYouTubeから人気に火がついた(と思われる)。
人気ラッパーEmiway Bantaiにビーフを仕掛けるなど、悪童的なキャラクターが先行していた彼は、2019年末にリリースした"Astaghfirullah"で、イスラームの信仰を全面に出したことでそのイメージを刷新。
内面的なテーマも扱う本格ラッパーという評価を決定的なものにした。
その後、再びこの"Ek Din Pyaar"(自身の悪評もネタにしている)のような不道徳路線に戻って数曲をリリースした後、つい先日また宗教色の強い"Amin"を発表したばかり。
こうした聖と俗の振れ幅、確かなラップスキルとセンス(トラックメイキングも自身で手掛けている)、ビジュアル、そして人気や知名度から見ても、彼こそがインドのヒップホップ新世代を象徴する存在と考えて間違いない。

今年のインドのヒップホップシーンは、他にもMass Appeal IndiaからリリースされたIkkaの"I"(これはコマーシャルラッパーのアンダーグラウンド回帰の好例)や、売れ線を完全に無視してエクスペリメンタルに振り切ったTienasの"A Song To Die"など、佳作ぞろいだった。
インドのヒップホップシーンの変化の激しさと面白さは今後もしばらく続くだろう。


Prateek Kuhad "Kasoor"
今年は世界中の音楽シーンが新型コロナウイルスの影響を受けた1年だったが、かなり早い段階からロックダウン政策が取られていたインドでは、この逆境を逆手にとって優れた作品をリリースするアーティストが目立った。
このPrateek Kuhadの"Kasoor"のミュージックビデオは、オンラインで集めた映像(恋愛にまつわるテーマへのリアクション)を編集して、非常にエモーショナルな作品に仕上げている。
ミュージックビデオの好みで言うなら、個人的にはこの曲が今年のNo.1。
この曲は他のアーティストたちにも響いたようで、インドを代表するEDMプロデューサー/シンガーソングライターのZaedenは、さっそくこの曲のカバーバージョンを発表していた。
Prateek Kuhadはインドのシンガーソングライターを代表する存在で、音楽ファンの支持も厚く、つい先ごろアメリカの名門レーベルElektraと契約したことを発表したばかり。
今後の活躍がもっとも期待されるアーティストの一人だ。



Tejas他 "Conference Call: The Musicall!"


コロナによる活動の制限を逆手にとって発表された作品のなかで、もっとも見事だったのが、この"Conference Call: The Musicall!"
インドには、Jugaad(ジュガール)という「今あるものを使って工夫してやりくりする」文化があるが、この曲はコロナ禍で急速に一般化したオンライン会議をミュージカルに仕立て上げ、さらには兼業ミュージシャンが多いインドの音楽シーンを皮肉をこめてテーマにした、まさに音楽的ジュガール。
シンガーソングライターTejas Menonが中心になって制作されたこのミュージックビデオは、ストーリーも面白いし楽曲も良くできていて、ミュージカルとしても純粋に楽しめる作品になっている。
全世界の音楽関係者が絶望したり、大真面目に「逆境に立ち向かおう」と訴えているときに、こういう面白い作品をしれっとリリースしてしまうのがインド人の素晴らしいところだ。



Aswekeepsearching "Sleep"

グジャラート州アーメダーバード出身で、現在はベンガルールを拠点に活動しているポストロックバンドが今年4月に発表したアンビエント・アルバム。
この作品に関しては、楽曲単位ではなくアルバムとしての選出。
ロック色の強かった前作"Rooh"とはうってかわって静謐でスピリチュアルな作風となったが、これがコロナウイルス禍でステイホームを余儀なくされた時代の雰囲気にばっちりはまった。
アンビエントとはいえ、トラックごとに個性豊かで美しい楽曲は飽きさせることがなく、個人的な感想を言うと、夜人気のない道をランニングしながら聴くと不思議な高揚感が感じられて大変心地よく、一時期愛聴していた。
インドには、ポストロックやアンビエント/エレクトロニカのような音の響きを重視したジャンルの優れた才能アーティストが多く、これからも注目してゆきたい。



Whale in the Pond "Dofon"

コルカタの「ドリームフォーク」バンドWhale in the Pondがリリースした"Dofon"は、核戦争による世界の終末を迎えた人類を描いたコンセプトアルバム。
この作品もアルバムとしての選出としたい。
"Aaij Bhagle Kalke Amra Nai"はアルバムの冒頭を飾る楽曲で、ベンガル語の方言であるシレッティ語(Sylheti)で歌われているが、アルバムには"Kite/Loon"のように英語で歌われている曲も多く収録されている。
サブスク全盛の現代に、世紀末的なテーマのコンセプトアルバムとはなんとも前時代的だが、この作品はソングライティング、構成、伝統文化との融合など、あらゆる面から見て大傑作。
昨今のインドのアーティストには珍しく、ウェブサイトを通じてフィジカルリリースをしていると思ったら、なんと「CDは時代遅れなのでついていません」との注釈が書かれていて、アルバムがダウンロードできるリンクのついたブックレット(コンセプトやビジュアルアート、歌詞が掲載されている)のみを販売しているとのこと。
こうしたセンスを含めて、伝統的な部分と革新性を併せ持った、才能あふれるバンドだ。



Heathen Beast "The Revolution Will Not Be Televised But It Will Be Heard"

インドのインディーミュージックの激しい面、政治的・社会的な面を煮詰めたような作品。
Heathen Beastはコルカタの無神論ブラックメタル/グラインドコアバンド。
このアルバムでは、ヒンドゥー・ナショナリズム的な政権や排外主義政策、腐敗した宗教界、警察権力、メディアを激しく糾弾している。
社会性/政治性を抽象化せずに、ここまでストレートにメッセージを打ち出しているアーティストは、いまどき世界的にも貴重な存在。
メンバーは過激すぎる作風から、正体を明かさずに音楽活動を続けている(インドでは反体制的なジャーナリストの殺害事件なども多い)。
正直、この音楽性なのでアルバムを通して聴くのは結構しんどいが、強烈なアティテュードにある種の清々しさを感じる作品だ。




Sayantika Ghosh "Samurai"

もう1枚、コルカタ出身のアーティストから。
シンセポップ・アーティストSayantika Ghoshの"Samurai"は、80年代レトロフューチャー的なサウンド/ビジュアルや、内面的な歌詞、日本のアニメの影響など、昨今のインドのインディーシーンの鍵となるテーマが散りばめられた作品。
ブログでも取り上げた通り、近年インドでは、"Ikigai"とか"Natsukashii"のように日本語のタイトルを冠した曲が散見されており、日本人としては気になる傾向だ。
Sayantika Ghosh現在は活動拠点をムンバイに移しているとのこと。
ソングライターとしての能力も高く、今後もっと評価されて良いアーティストだ。

今年は彼女の他にもNidaの"Butterfly"Maliの"Absolute", ラップに挑戦したSanjeeta Bhattacharyaの"Red"など、女性シンガーソングライターの自然体の魅力あふれる秀作が多い一年だった。




Ritviz "Chalo Chalein feat. Seedhe Maut"

RitvizはSpotifyでも高い人気を誇っているインド風EDM(いわゆる「印DM」)アーティスト。
インド的な要素と現代的なダンスミュージックを融合するだけでなく、ポップな歌モノとしても上質な作品を発表し続けている。
ポップかつノスタルジックな色彩のミュージックビデオは、彼の音楽にも今の気分にもぴったりはまっている。
共演のSeedhe Mautはデリー出身のストリートラップデュオで、この一見ミスマッチなコラボレーションにもインドのヒップホップの多様化・一般化を見ることができる。
Ritvizは"Raahi"のミュージックビデオでは同性カップルを取り上げており、こちらもLGBTQの権利向上に意識が向いてきた昨今のインドのインディー音楽シーンを象徴する作品だった。
ローカルな要素を多分に含んだ彼の音楽が、今後インド国外でも人気を得ることができるのか、注目して見守りたい。

「印DM」には、他にもNucleya, Su Real, Lost Storiesなど、期待できるアーティストが盛りだくさんだ。



Diljit Dosanjh "Born To Shine"

個人的な話になるが、2020年は私にとってバングラー/パンジャービー・ポップの面白さとかっこよさを再発見した年でもあった。
これまで、「バングラーは北インドのコマーシャルなポピュラー音楽」という認識でいたので、インディーミュージックをテーマにしたこのブログでは、ほとんど取り上げてこなかった。
なぜか演歌っぽく聴こえる歌い回しが野暮ったく感じられるというのも敬遠していた理由のひとつだ。
ところが、バングラーをパンジャーブ地方のローカルミュージック、あるいは世界中にいるパンジャーブ系移民のソウル・ミュージックとして捉えつつ、新しい音楽との融合に着目すると、これが非常に面白いのだ。
例えばこのDiljit Dosanjh.
ターバン姿でグローバルに豪遊するミュージックビデオは、2020年のバングラー作品として100点満点を付けてあげたい。
派手好き、パーティー好きで、物質的な豊かさを見せびらかしがちなパンジャービーたちのカルチャーが、カリフォルニアあたりのヒップホップのノリと親和性が高いということも再認識。
初期のインド系ヒップホップシーンを牽引したのがパンジャービーのラッパーだったのは、必然だったのかもしれない。



ここに選べなかったアーティストについても、いくつか触れておきたい。
10選の中に南部出身のアーティストが選べなかったのが痛恨だが、あえて選ぶなら、ケーララのフォークロックバンドWhen Chai Met Toastが今年リリースした楽曲は良いものが多かった。
インドのシンガーソングライターは近年本当に豊作で、非常に悩んだのだが、ここに入れられなかったアーティストから一曲選ぶなら、Raghav Meattleの"City Life".
この曲は物質主義的な都市生活への違和感をテーマにしているが、コロナウイルス禍以降にリリースされたことで、ビンテージ調の映像とあいまって、失われた活気ある生活への追憶のようにも感じられるものになった。
また、過去の作品の再編集なので対象外としたが、ベテランシンガーSusmit Boseのキャリアを網羅した"Then & Now"は、史料的な価値が高いだけでなく、初期ディラン・スタイルのウエスタン・フォークとしても上質な作品だった。
テクノアーティストOAFFの"Perpetuate"のミュージックビデオは、音楽的に新しい要素があるわけではなかったが、日常とサイケデリアをシンプルな映像エフェクトで繋いだ手腕に唸らされた。
コロナに翻弄された1年ではあったが、総じて優れた作品の多い1年だったと思う。

私の座右の銘は「好きなときに好きなことを好きなようにやる。飽きたらやめる」なので、このブログも飽きたら躊躇うことなくやめてしまおうと常々思っているのだけど、インドのインディーミュジックシーンますます面白くなってきており、いつまでたってもやめられそうにない。
というわけで、2021年もご愛読よろしくお願いします!




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2020年10月13日

2020年版 シク系ミュージシャンのターバン・ファッションチェック!




先日のバングラーの記事を書いていて、どうしても気になったことがある。
それは、ターバンの巻き方についてだ。
改めて言うまでもないが、ターバンというのは、インド北西部のパンジャーブ地方にルーツを持つ「シク教」の男性信者が教義によって頭に巻くことになっている例のあれのことである。
シク教徒はインドの人口の2%に満たない少数派だが、彼らは英国統治時代から軍人や労働者として諸外国に渡っていたため、インド人といえばターバン姿というイメージになっているのだ。
(実際はシク教徒以外にもターバン文化を持っている人たちもいるし、宗教に関係なく「盛装としてのターバン」というのもあるのだが、ややこしくなるので今回は省略)

シク教徒のミュージシャンのターバン事情については、以前も書いたことがあったのだけど、今回あらためて気づいたことがあった。


それは、インド国内のシクのミュージシャンは、ターバンを巻く時に、ほぼ必ず「正面から見ると額がハの字型になり、耳が隠れるボリュームのある巻き方」をしているということだ。

例えばこんな感じである。
今年7月にリリースされたDiljit Dosanjhの"G.O.A.T."のミュージックビデオを見てみよう。
 
前回も取り上げたDiljit Dosanjhは、このゴッドファーザーのような世界観のミュージックビデオで、タキシードやストリート系のファッションに合わせて黒いターバンを着用している。
我々がターバンと聞いてイメージする伝統的な巻き方なので、これを便宜的に「トラディショナル巻き」と名付けることにする。
額にチラリと見える赤い下地がアクセントになっているのもポイントだ。
「トラディショナル巻き」のいいところは、この下地チラ見せコーディネートができるということだろう。
それにしても、このミュージックビデオのマフィア風男性、ターバン を巻いているというだけでものすごい貫禄に見える。

トラディショナル巻き以外にどんな巻き方があるのかと言うと、それは「ラッパー巻き」(こちらも勝手に命名)である。
「ラッパー巻き」については、このUKのインド系ヒップホップグループRDBが2011年にリリースした"K.I.N.G Singh Is King"のミュージックビデオを見ていただけば一目瞭然だ。

「ラッパー巻き」の特徴は、耳が見える巻き方だということ(耳をほぼ全て出すスタイルもあれば、半分だけ出すスタイルもあるようだ)、正面から見たときの額のラインが「ハの字型」ではなくより並行に近いということ、そしてターバンのボリュームがかなり控えめであるということだ。

「ラッパー巻き」は、2000年代以降に活躍が目立つようになった在外パンジャーブ系ラッパーがよく取り入れていた巻き方である。
おそらく、よりカジュアルなイメージがヒップホップ系のファッションに合うという判断だったのだろう。

ところが、インド国内のシクのミュージシャンたち、とくにパンジャーブを拠点に活動しているバングラー系のミュージシャンやラッパーたちは、首から下のファッションはどんなに西洋化しても、ターバンの巻き方だけは頑なにトラディショナル巻きを守っているのだ。
音楽的には様々な新しいジャンルとの融合が行われているバングラーだが、ターバンのスタイルに関しては、本場インドでは、かなり保守的なようなのである。

とはいえ、彼らのターバンの着こなし(かぶりこなし)はじつにオシャレで、見ているだけでとても楽しい。
それではさっそく、インド国内のパンジャーブ系シンガーたちを見てみよう。

まるで「ターバン王子」と呼びたくなるくらい整った顔立ちと伸びやかな声が魅力のNirvair Pannuは、ちょっとレゲエっぽくも聴こえるビートに合わせて、いかにもバングラー歌手らしい鮮やかな色のターバンを披露している。(曲は1:00過ぎから)

明るい色には黒、濃いエンジには黄色の下地を合わせるセンスもなかなかだ。
映像やファッションに垢抜けない部分もあるが、それも含めてメインストリームの大衆性なのだろう。

パンジャーブ語映画の俳優も務めているJordan Sandhuが今年2月にリリースした"Mashoor Ho Giya"では、オフィスカジュアルやパーティーファッションにカラフルなターバンを合わせたコーディネートが楽しめる。
 
彼の場合、ターバンと服の色を合わせるのではなく、ターバンの色彩を単独で活かす着こなしを心掛けているようだ。
どのスタイルもポップで親しみやすい魅力があり、彼のキャラクターによく似合っている。

シンガーの次は、ラッパーを見てみよう。
バングラー的なラップではなく、ヒップホップ的なフロウでラップするNseeBも、やはりターバンはトラディショナル巻きだ。
 
彼のようなバングラー系ではないラッパーは黒いターバンを巻いていることが多いのだが、今年9月にリリースされた"Revolution"では、様々な色のターバンを、チラ見せ無しのトラディショナル巻きスタイルで披露している。

こちらのSikander Kahlonもパンジャーブ出身のラッパーだ。
この"Kush Ta Banuga"では、ニットキャップやハンチングを後ろ前にしてかぶるなど、いかにもラッパー然とした姿を見せているが、ターバンを巻くときはやっぱりトラディショナル巻き。

ターバンの色はハードコア・ラッパーらしい黒。
個人的には、トラディショナル巻きはチラ見せのアクセントをいかに他のアイテムとコーディネートするかが肝だと思っているのだが、彼やNseeBのように、あえてチラ見せしないスタイルも根強い人気があるようだ。

と、いろいろなスタイルのシク教徒のミュージシャンを見てきたが、ご覧のとおり、インド国内のシク系ミュージシャンは、音楽ジャンルにかかわらず、ターバンを巻く時は「トラディショナル巻き」を守る傾向があるのだ。

私の知る限り、インド国内で「ラッパー巻き」をしているのは、デリーのストリートラッパーのPrabh Deepだけだ。
彼は、ターバンの額の部分がほぼ真っ直ぐになるような、かなりタイトなラッパー巻きスタイルを実践している。

洗練されたストリート・スタイルと、いかにもラッパー然とした鋭い眼光が、ラッパー巻きのスタイルによく似合っている。
トラディショナル巻きは、どうしても伝統的なバングラーのイメージが強い巻き方である。
彼がラッパー巻きを選んでいる理由は、「俺はパンジャービーだけど、バングラー系ではない」という矜恃なのかもしれない。


ここまで、シクのラッパーたちの2つのターバンの巻き方、すなわち「トラディショナル巻き」と「ラッパー巻き」に注目してきたが、じつは、彼らにはもう一つの選択肢がある。
それは、「ターバンをかぶらない」ということだ。

時代の流れとともに手間のかかるターバンは敬遠されつつあり、最近では、インドのシク教徒の半数がもはやターバンを巻いていないとも言われている。

シクのミュージシャンでも、メインストリーム系ラッパーのYo Yo Honey SinghやBadshahもパンジャーブ出身のシク教徒だが、彼らに関して言えば、ターバンを巻いている姿は全く見たことがない。


Yo Yo Honey Singhが今年リリースしたこの曲では、スペイン語の歌詞を導入したパンジャービー・ポップのラテン化の好例だ。

Badshahの現時点での最新作は、意外なことにかなり落ち着いた曲調で、ミュージックビデオでは珍しくインドのルーツを前面に出している。
原曲はなんとベンガルの民謡だという。

音楽的な話はさておき、ともかく彼らはターバンを巻いていないのだ。
(そういえば、2000年前後に世界的なバングラー・ブームの火付け役となったPunjabi MCもターバンを巻かないスタイルだった)
ターバンを巻いても巻かなくても、それは個人の自由だし、まして信仰に関わることに部外者が口を出すのはご法度だ。
ターバンを巻く、巻かないという選択には、伝統主義か現代的かというだけではなく、宗派による違いも関係しているとも聞いたことがある。

ただ、そうは言っても、シクの男性は、やっぱりターバンを巻いてたほうがかっこよく見えてしまうというのもまた事実。
これもまたステレオタイプな先入観によるものなんだろうけど、成金のパーティーみたいなミュージックビデオであろうと、ギャングスタみたいな格好をしていていようと、ターバンを巻いているだけで、シクの男性は「一本筋の通った男」みたいな雰囲気が出て、圧倒的にかっこよく見えてしまうのだ。

ここまで読んでくださったみなさんは、ターバンが単なるエキゾチックなかぶり物ではなく、また信仰を象徴するだけの伝統でもなく、タキシードからヒップホップまで、あらゆるスタイルに合わせられる極めてクールなファッション・アイテムでもあるということがお分かりいただけただろう。

ターバンとファッションと言えば、少し前にGucciがターバン風のデザインの帽子を発表して、 シク教徒たちから「信仰へのリスペクトを欠く行為である」と批判された事件があった。

その帽子のデザインは、今回紹介した洗練されたシク教徒たちのスタイルと比べると、はっきり言ってかなりダサかったので、文化の盗用とかいう以前の問題だったのだが、何が言いたいかというと、要は、ターバンは、世界的なハイブランドが真似したくなるほどかっこいいのだということである。

ところが、ターバンは、センスとか色彩感覚といった問題だけではなく、やはり信仰を持ったシク教徒がかぶっているからこそかっこいいのであって、そうでない人が模倣しても、絶対に彼らほどには似合わないのだ。
(ドレッドヘアーはジャマイカのラスタマンがいちばんかっこよく見えるというのと同じ原理だ)
上記のCNNの記事にあるように、シク教徒たちにとって、ターバンは偏見や差別の対象に成りうるものでもある。
それでもターバンを小粋にかぶりこなす彼らの、自身のルーツや文化へのプライドが、何にも増して彼らをかっこよく見せている。
彼らが何を信じ、どんな信念を持って生きているかを知ることもももちろん大事だが、ポップカルチャーの視点から、彼らがいかにクールであるかという部分に注目することも、リスペクトの一形態のつもりだ。

というわけで、当ブログではこれからもパンジャービー・ミュージシャンたちのターバン・ファッションに注目してゆきたいと思います。
ターバン・ファッションチェック、毎年恒例にしようかな。


(追記:シク教徒のターバンは正確にはDastarと言い、巻き方にもそれぞれちゃんと名前がある。今回は、音楽カルチャーやファッションと関連づけて気軽に読めるものにしたかったので、あえて「トラディショナル巻き」や「ラッパー巻き」と書いたが、いずれリスペクトを込めて、正しい名称や巻き方の種類を紹介したいと思っている。また、パンジャーブの高齢の男性がラッパー巻きをしているのを見たことがあるので、ラッパー巻きは必ずしも若者向けのカジュアルなスタイルというわけでもないようだ。そのあたりの話は、また改めて。)


参考サイト:
https://en.wikipedia.org/wiki/Kesh_(Sikhism)




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goshimasayama18 at 17:47|PermalinkComments(0)

2020年10月10日

バングラー・ポップの現在地!最新のパンジャーブ音楽シーンをチェックする

毎回インドの音楽シーンを紹介しているこのブログで、インドで絶大な人気を誇っているにも関わらず、あえて触れてこなかったジャンルがある。
それは、パンジャーブ州発祥の音楽「バングラー(Bhangra)」だ。
(一般的には「バングラ」とカナ表記されることが多いが、それだとバングラデシュと紛らわしいし、より原語に近い「バングラー」という表記で行きます)

バングラーは、1990年代以降、ヒップホップやエレクトロニック系の音楽と融合して様々に進化しており、インドの音楽シーンを語るうえで決して無視できないジャンルなのだが、あまりにもメインストリームすぎて、インディー音楽を中心に扱っているこのブログでは、正直に言うとちょっと扱いに困っていたのだ。

現代インドにおけるバングラーの位置づけを説明するためには、少し時代をさかのぼる必要がある。 
インド北西部に位置するパンジャーブ州は、ターバンを巻いた姿で知られるシク教徒が数多く暮らす土地だ。
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インドがイギリスに支配されていた時代、シク教徒は労働者や警官として重用され、世界中のイギリス植民地に渡って行った。(この時代の香港が舞台のジャッキー・チェン主演の映画『プロジェクトA』にターバン姿の警察官が出てくるのはそのためだ。)

1947年にインド・パキスタンがイギリスから分離独立した後も、血縁や地縁を頼って多くのパンジャービー(パンジャーブ人)たちがイギリス、カナダ、アメリカ西海岸などに渡り、海外のパンジャーブ系コミュニティは拡大の一途を辿った。

パンジャーブ州の人口は約3,000万人で、インドの全人口のたったの2.2%に過ぎない。
シク教徒の人口も、全人口の1.7%でしかないのだが、こうした背景から、旧宗主国のイギリスでは、140万人にもおよぶインド系住民のうち、じつに45%をパンジャービーが占めており、その3分の2をシク教徒なのである。
つまり、パンジャーブやシクの人々は、欧米に暮らす移民との密接なコネクションを持っているのだ。

ここでようやく音楽の話が出てくるのだが、「バングラー」はもともと、パンジャーブの収穫祭で踊られていた伝統音楽だった。
海外に渡ったパンジャーブ系移民の2世、3世たちは、シンプルだが強烈なビートを持つ「バングラー」を、現地の最新のダンスミュージックと融合するようになる。
こうして生まれた新しいバングラーは、「バングラー・ビート」と呼ばれ、南アジア系ディアスポラの若者の間で絶大な人気を得た。
その人気はやがて南アジア系以外にも飛び火し、1998年にパンジャーブ系イギリス人シンガー/ラッパーのPanjabi MCがリリースした"Mundian To Bach Ke"は、Jay-Zによってリミックスされ、2003年に世界的な大ヒットを記録した。



現代的なベースやリズムが導入されているが、この曲の骨子は正真正銘のバングラー。
印象的な高音部のフレーズを奏でている弦楽器はトゥンビ(Tumbi)、祭囃子のようなシャッフルを刻んでいる打楽器はドール(Dhol)という伝統楽器だ。
バングラーの直線的なリズムは、ヒップホップやエレクトロニック系の西洋音楽との融合がしやすかったのも幸いした。

「バングラー・ビート」はインドに逆輸入されると、新しい音楽に目ざといボリウッド映画にも導入され、国内でも人気を博すようになる。
私が初めてインドを訪れた90年代後半には、"Punjabi Non-Stop Remix"みたいなタイトルのバングラービートのカセットテープ(当時のインドの主要音楽メディアはカセットテープだった)がたくさん売られていたのを覚えている。
だいたいがド派手なターバン姿の髭のオッサンがニンマリと笑っているデザインのジャケットだった。


例えばこんな感じのやつ。

世界的なバングラー・ブームはすぐに収束してしまったが、インド国内や海外のディアスポラでは、バングラー系の音楽(より歌モノっぽいパンジャービー・ポップスを含む)は、今でもポピュラー音楽のメインストリームを占めている。
(映画『ガリーボーイ』の冒頭で、主人公がパンジャービー・ラップを聴いて「こんなものはヒップホップじゃない」と吐き捨てるシーンがあるのは、こういった背景によるものだ。)

前置きが長くなったが、そんなわけで、インドのインディー音楽に興味がある私としては、商業主義丸出しで、かつ流行遅れのイメージのあるバングラー系音楽には、あまり興味を持っていなかったのである。

我々日本人にとってさらに致命的なのは、バングラーの歌い回しが「吉幾三っぽい」ということだ。
先ほどの"Mundian To Bach Ke"でもお分かりいただけたと思うが、バングラーのこぶしの効いた歌い回しはまるで演歌のようで、かつパンジャービー語の独特のイントネーションは東北弁を彷彿とさせる。
演歌+東北弁ということは、つまり吉幾三である。

演歌ファンと東北出身の方には大変申し訳ないのだが、そんなわけで、インディーロックやヒップホップ好きの感覚からすると、バングラーはどこか垢抜けないのだ。
(ちなみにパンジャーブ人から見ても、演歌は親しみを感じる音楽のようで、インド出身の演歌歌手として一世を風靡した「チャダ」はパンジャーブ系のシク教徒である。彼はミカン作りを学びにきた日本で演歌に出会い、惚れ込んで歌手になったという。)


そんなバングラーについて考え直すきっかけになったのは、パンジャーブ州の州都チャンディーガル出身のヒップホップユニット、Kru172だった。

彼らはラッパーとしてだけではなく、ビートメーカーとしても活躍しており、パンジャーブを遠く離れたムンバイのフィーメイルラッパー、Dee MCにもビートを提供している。


そんなヒップホップシーンで大活躍中の彼らが、なんと昨年"Back In The Dayz"というタイトルのバングラーのアルバムをリリースしていたのである。
アルバムのイントロ(Desi-HipHop創成期から活躍しているUKのパンジャービー系フィーメイルラッパーHard Kaurによる語り!)に続いて始まるのは、正真正銘のバングラー・サウンド!

静かに期待感をあおるクラブミュージック風のイントロに、トゥンビのサウンドがパンジャーブの風を運んでくる。
ところが、いざ本編が始まってみると、この歌い回し、このリズム、ヒップホップらしさのかけらもない、ど真ん中のバングラー・ポップだ!


コアなヒップホップヘッズと思われていた彼らが、こんなアルバムを出すなんて!
イントロの語りからも、アルバムタイトルからも、この作品は彼らがかつて聴いていた音楽への懐かしさを込めて作ったものであることがわかる。

そう、パンジャーブの人々にとって、バングラーは商業主義のメインストリームでも、垢抜けないダサい音楽でもなく、今でも「自分たちの音楽」なのだ。
というわけで、自分の勝手な先入観を恥じつつ、現代のバングラー・シーン、パンジャービー・ポップシーンがどうなっているのか、調べてみました!

YouTubeやSpotifyで調べてみたところ、現代のバングラーには、いまだに旧態依然としたものもあれば、垢抜けすぎてもはやどこにもバングラーの要素が無いものまでいろいろなタイプな曲があったのだが、今回は、適度に垢抜けつつも、バングラーっぽさ、パンジャービーっぽさを残したものを中心に紹介する。



まずは、パンジャーブのシンガーソングライターのSukh-E Muzical Doctorzが昨年リリースした"Wah Wai Wahh"という曲を聴いてもらおう。

インドらしさを全く感じさせないクールなギターのイントロに、いかにもパンジャービーなヴォーカルが入ると空気が一変する。
曲が進むにつれて、現代風にアレンジされたバングラーのリズムや、トゥンビ風のフレーズが加わるたびに少しずつパンジャーブ成分が強くなってゆくが、曲全体の感触はあくまでスムース。
濃くてアクの強いバングラーのイメージを覆すさわやかなパンジャービー・ポップだ。
(パンジャービー系のミュージックビデオは、色彩やダンスなど、出演者の「圧」が非常に強いことが多いので、映像に引っ張られそうになったら目を閉じて聴いてみることをおすすめする)

Sukh-E Muzical Doctorz(単にSukh-Eの名前でも活動している)は、現代パンジャービー/バングラーを代表するアーティストの一人で、この"Bamb"ではパンジャーブ出身の大人気ラッパーBadshahをフィーチャーしている。

Badshahはバングラー・ビート系の音楽出身のラッパーで、EDMなどを導入したスタイルで全国区の人気を誇るラッパーだ。(いわゆるストリート系のヒップホップ・アーティストとは異なるメインストリームのラッパー)
リズムやフレーズなど、どことなくラテン系ポップスにも似た雰囲気を持った曲。
以前も書いたことがあるが、インドのポピュラーミュージックのラテン化は非常に興味深い現象だ。



続いては、The Doorbeen Ft. Raginiによる2018年のリリース、"Lamberghini".
この曲は、なんとYouTubeで4億回以上の再生回数を叩き出している。

The Doorbeenは、デリーとパンジャーブ州のちょうど中間あたりに位置するハリヤーナー州Karnal出身のパンジャービー・ポップデュオ。
この曲はインドの結婚式のダンスパーティーの定番ソングとなったそうで、ランヴィール・シンとディーピカー・パードゥコーンのボリウッド大スターカップルもこの曲に合わせて踊ったという。
女性ヴォーカルの独特の歌い回しがかろうじてパンジャービーっぽさを残してはいるものの、EDMポップ的なリズム、洋楽的な男性ヴォーカル、そしてラップといった要素は非常に現代的。
土着的な要素を残しつつ、モダンな要素を非常にうまく導入している最近のパンジャービー・ポップの特徴がよくわかる1曲。

タイトルはもちろんミュージックビデオにも出てくるあのイタリア製のスポーツカーのこと。
ランボルギーニはアメリカのヒップホップのリリックにもよく登場することが知られている。
「スーパーカー」の代表格として、富を象徴する扱いなのだが、パンジャービー・ポップにもヒップホップ・カルチャーの影響があったのかどうか、興味深いところである。

EDMとパンジャービー・ポップの融合がうまいアーティストといえば、Guru Randhawa.
彼は映画音楽を手がけることが多いまさにメジャーシーンのど真ん中の存在。
この曲は映画"Street Dancer"でフィーチャーされていたものだ。

彼は他にも『ヒンディー・ミディアム』や『サーホー』といった日本でも公開されたヒンディー語映画の曲を手掛けていたので、インド映画ファンで耳にしたことがある人も多いはずだ。

ここまで、非常に欧米ポップス寄りの曲を紹介してきたが、もっとプリミティブなバングラーらしさを残した曲もある。
例えばDiljit Dosanjhの"Muchh"は、ドールのビートとハルモニウムが古典的な要素を強く感じさせるが、リズムの感触は非常に現代的。
最初に紹介したPanjabi MCの"Mundian To Bach Ke"と聴き比べてみてほしい。

このミュージックビデオからも、USのヒップホップ的な成金志向が見て取れる。
それにしてもガタイのいいシク教徒の男性はスーツ姿が映える。
ターバンとのコーディネートもかっこいい。

今回紹介したミュージックビデオは、いずれもYouTubeで6,000万ビューを超える再生回数を叩き出しており、バングラー/パンジャービー・ポップのメインストリームっぷりを改めて思い知らされた。

また、このジャンルのミュージシャンにとって、ボリウッド映画に採用されるということがひとつのゴールになっているようで、The Doorbeenについて書かれた記事では、わざわざ「彼らはまだボリウッドのオファーを受けていないが…」という但し書きがされていたのも印象に残った。 
(その後、彼らの"Lamberghini"は、その後2020年に公開された映画"Jai Mummy Di"の挿入歌として、本家と同じ綴りの"Lamborghini"というタイトルで、若干のアレンジを加えた形で使われ、無事ボリウッドデビューを果たしている。映画版の楽曲はMeet Brothersという別のパンジャーブ系プロデューサーの曲としてクレジットされているのが気になっているのだが…)

バングラー/パンジャービー系のミュージックビデオが、アメリカのヒップホップ同様に、「経済的成功」を重要なテーマにしているということも非常に興味深い。
(ミュージックビデオでやたらとパーティーをしていることも共通している)
インドの大ベストセラー作家、Chetan Bhagatの"2 States"(映画化もされている)はパンジャーブ人男性とタミル人女性の国内異文化ラブストーリーだが、この自伝的小説によると、パンジャーブ人は、金銭的な成功を誇示したり、パーティーで騒ぐことが大好きなようで、教養の深さや控えめな態度を好むタミル系ブラーミン(バラモン)とは対称的なカルチャーの持ち主として描かれている。

そう考えると、インド国産ヒップホップの第一世代であるYo Yo Honey Singhらのパンジャーブ系ラッパーたちが、アフリカ系アメリカ人の拝金主義的な部分をほぼそのままトレースしたことも納得できる。
そうした姿勢は、インド国内でも、より社会的なテーマを扱う第二世代以降のラッパーたちによって批判されるわけだが、それは音楽カルチャーの違いではなく、むしろ民族文化の違いよるところが大きかったのかもしれない。


今回改めてバングラー/パンジャービー・ポップを聴いてみて、さまざまな音楽を吸収する貪欲と柔軟さ、それでも芯の部分を残すかたくなさ、そしてどこまでもポジティブなヴァイブを再認識することとなった。
いつも書いているように、こうしたジャンルとは距離を置いたインドのインディー音楽も急成長を遂げているのだが、メインストリームもまた揺るぎない進歩を続けている。
メジャーとインディペンデント、インドのそれぞれのシーンの面白さは本当に尽きることがない。

インド国内の現代的なバングラーやパンジャービー・ポップがチェックしたければ、Speed Records, Geet MP3, 10 on 10 Records, White Hill Musicといったレーベルをチェックすると最新のサウンドが聴けるはずだ。
 

参考記事:
https://mumbaimirror.indiatimes.com/others/sunday-read/love-and-lamberghini/articleshow/67402308.cms




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goshimasayama18 at 14:18|PermalinkComments(0)