Delhi
2020年07月12日
卓越したポップセンスで世界を目指すシンガーソングライター Prateek Kuhad
これまでこのブログではあまり取り上げてこなかったが、インドには優れたシンガーソングライターがたくさんいる。
「インドの社会と音楽」というテーマで記事を書くことが多いので、どうしても社会的な内容を扱うラップやロックがメインになってしまい、より内面的で普遍的な歌詞を歌うシンガーソングライターについてはこれまでほとんど書いてこなかったのだが、今回は、満を持してインドを代表するシンガーソングライターを紹介したい。
彼の名前はPrateek Kuhad.
「風の宮殿」で有名な「ピンク・シティ」として知られるジャイプルで生まれ育った彼は、ニューヨーク大学で数学と経済学を学んだのちに、デリーに拠点を移して本格的な音楽活動を始めた。
まずは、彼の最新のリリースである"Kasoor"(ヒンディー語で「あやまち」とか「罪」という意味)を聞いてもらおう。
恋愛に関するさまざまな瞬間を彼のファンたちに思い出してもらい、そのリアクションのみで構成したミュージックビデオがとてもドラマチック。
コロナウイルス禍で外出が制限された中で制作されたものと思われるが、このアイデアは素晴らしい。
この曲の歌詞は、どうしようもなく恋をしてしまった気持ちを歌ったもの。
Prateekの特徴は、曲によってヒンディー語と英語の歌詞を使い分けていることだ。
2つの言語を自由に使いこなす彼にとって、これは特別なことではないようで、彼はインタビューで、両方の言語で話し、考えているのだから、どちらでも曲を作るのはごく自然なことだと答えている。
こちらは英語で歌う彼の代表曲"Cold/Mess"
ボリウッドに詳しい人であれば、このミュージックビデオに出演しているのが、『パドマーワト(Padmaavat)』や『サンジュ(Sanju)』にも出演していた俳優のジム・サルブ(Jim Sarbh)であることに気づいただろう。
(彼は最初に紹介した"Kasoor"のミュージックビデオにも出演している)
彼の音楽的ルーツは非常に多様で、ルイ・アームストロングやフランク・シナトラのような「歴史上の」アーティストから、フランク・オーシャンやカニエ・ウエストのような現代のポップスターまで、幅広いミュージシャンをフェイバリットに挙げているが、プロのミュージシャンを目指すきっかけとなったのは、ニューヨーク大学在学中に知ったエリオット・スミスだったようだ。
Prateekの特徴は、曲によってヒンディー語と英語の歌詞を使い分けていることだ。
2つの言語を自由に使いこなす彼にとって、これは特別なことではないようで、彼はインタビューで、両方の言語で話し、考えているのだから、どちらでも曲を作るのはごく自然なことだと答えている。
こちらは英語で歌う彼の代表曲"Cold/Mess"
ボリウッドに詳しい人であれば、このミュージックビデオに出演しているのが、『パドマーワト(Padmaavat)』や『サンジュ(Sanju)』にも出演していた俳優のジム・サルブ(Jim Sarbh)であることに気づいただろう。
(彼は最初に紹介した"Kasoor"のミュージックビデオにも出演している)
彼の音楽的ルーツは非常に多様で、ルイ・アームストロングやフランク・シナトラのような「歴史上の」アーティストから、フランク・オーシャンやカニエ・ウエストのような現代のポップスターまで、幅広いミュージシャンをフェイバリットに挙げているが、プロのミュージシャンを目指すきっかけとなったのは、ニューヨーク大学在学中に知ったエリオット・スミスだったようだ。
海外留学で欧米のカルチャーに触れたのちに、洗練されたポップミュージックをインド国内に紹介する役割を担うミュージシャンは多く、Parekh and SinghのNischay Parekhや、Easy WanderlingsのSanyanth Narothもアメリカ留学を経験している。
Prateekは帰国後の2015年にデビュー作の"In Token & Charmes"をリリース。
一躍インディーシーンの人気アーティストの仲間入りを果たす。
Prateekは帰国後の2015年にデビュー作の"In Token & Charmes"をリリース。
一躍インディーシーンの人気アーティストの仲間入りを果たす。
彼はこれまでにMTV Europe Music AwardsのBest Indian Act、iTuneのIndie Album of the Year, バンガロールのFM曲によるRadio City Freedom Awardなど、国内外で高い評価を受けており、インドのSpotifyで最も多くストリーミングされているミュージシャンの一人でもある。
(インドでは、Jio Saavnという国内のストリーミングサービスが圧倒的なシェアを占めており、ボリウッドなど映画音楽系のヒット曲のファンはほぼJio Saavnを利用している。Spotifyでのストリーミングが多いということは、一般的な人気ではなく、コアな音楽ファンの評価が高いということを意味している。)
特筆すべきはこの"Cold/Mess"で、この曲はオバマ元大統領による'Favorite Music of 2019'リストに入ったことがインドの音楽メディアで大きく報じられた。
彼の最大の魅力は、その卓越したメロディーセンスと、主に恋愛(とくに失恋)を扱った歌詞だろう。
本人は、「いい曲を書いて、レコーディングとプロダクションに全力を尽くすだけだよ」「他のみんなと比べて特別な経験をしているわけじゃない。いいアートを作るには、きちんと訓練して、全力を尽くすことさ」とあくまでも「ポップミュージック職人」的な態度を崩さないが、その楽曲は誰の心も動かしうる普遍的な魅力にあふれている。
こちらも英語で歌われた曲、"With You/For You"
彼はこれまでに、毎年テキサス州オースティンで行われている将来有望なアーティストの祭典SXSW(South by South West)に出演したり、北米ツアーを行うなど、アメリカ市場を見越した活動にも力を入れている。
米Billboard.comのインタビューによると、彼はアメリカでの成功を、世界的なミュージシャンになるための不可欠なプロセスと考えているようだ。
興味深いのは、彼がこのインタビューで、インド人としてのルーツを武器にするのではなく、楽曲の力のみでアメリカ市場で勝負したいと語っていることだ。
白人でも黒人でもラティーノでもない彼は、アメリカの音楽市場では正真正銘のマイノリティーだが(南アジア系は「ブラウン」と呼ばれることもある)、インド出身というエキゾチックさはあえて出さずに、曲の魅力そのもので国際的な評価を得たいと考えているという。
アメリカのメジャーシーンで成功するには彼の出自は決して有利ではないだろうし、インディーシーンで評価されるには彼の楽曲はオーセンティックすぎる気がするが、それは分かったうえでの発言だろう。
(インドでは、Jio Saavnという国内のストリーミングサービスが圧倒的なシェアを占めており、ボリウッドなど映画音楽系のヒット曲のファンはほぼJio Saavnを利用している。Spotifyでのストリーミングが多いということは、一般的な人気ではなく、コアな音楽ファンの評価が高いということを意味している。)
特筆すべきはこの"Cold/Mess"で、この曲はオバマ元大統領による'Favorite Music of 2019'リストに入ったことがインドの音楽メディアで大きく報じられた。
彼の最大の魅力は、その卓越したメロディーセンスと、主に恋愛(とくに失恋)を扱った歌詞だろう。
本人は、「いい曲を書いて、レコーディングとプロダクションに全力を尽くすだけだよ」「他のみんなと比べて特別な経験をしているわけじゃない。いいアートを作るには、きちんと訓練して、全力を尽くすことさ」とあくまでも「ポップミュージック職人」的な態度を崩さないが、その楽曲は誰の心も動かしうる普遍的な魅力にあふれている。
こちらも英語で歌われた曲、"With You/For You"
彼はこれまでに、毎年テキサス州オースティンで行われている将来有望なアーティストの祭典SXSW(South by South West)に出演したり、北米ツアーを行うなど、アメリカ市場を見越した活動にも力を入れている。
米Billboard.comのインタビューによると、彼はアメリカでの成功を、世界的なミュージシャンになるための不可欠なプロセスと考えているようだ。
興味深いのは、彼がこのインタビューで、インド人としてのルーツを武器にするのではなく、楽曲の力のみでアメリカ市場で勝負したいと語っていることだ。
白人でも黒人でもラティーノでもない彼は、アメリカの音楽市場では正真正銘のマイノリティーだが(南アジア系は「ブラウン」と呼ばれることもある)、インド出身というエキゾチックさはあえて出さずに、曲の魅力そのもので国際的な評価を得たいと考えているという。
アメリカのメジャーシーンで成功するには彼の出自は決して有利ではないだろうし、インディーシーンで評価されるには彼の楽曲はオーセンティックすぎる気がするが、それは分かったうえでの発言だろう。
インド系であるというルーツを全面に打ち出したフィーメイル・ラッパーのRaja Kumariとは正反対のスタンスだ。
個人的には、アメリカよりもインド系移民の多いイギリスやカナダのほうが成功しやすいと思うのだが、彼は自身の留学先でもあったアメリカに強い思い入れがあるようだ。
インド国内では、すでに女性ファンを中心に根強い支持を得ており、ライブでもこれだけ多くの人が集まっている。
インドのそのへんの兄ちゃんっぽい雰囲気なのに、びっくりするほど美しいヴォーカルとメロディーを聴かせてくれるギャップが人気の秘密なのかもしれない。
最近ではボリウッド作品の音楽を手がけることもあり、インド国内での存在感をますます増しているPrateek Kuhad.
個人的には、アメリカよりもインド系移民の多いイギリスやカナダのほうが成功しやすいと思うのだが、彼は自身の留学先でもあったアメリカに強い思い入れがあるようだ。
インド国内では、すでに女性ファンを中心に根強い支持を得ており、ライブでもこれだけ多くの人が集まっている。
インドのそのへんの兄ちゃんっぽい雰囲気なのに、びっくりするほど美しいヴォーカルとメロディーを聴かせてくれるギャップが人気の秘密なのかもしれない。
最近ではボリウッド作品の音楽を手がけることもあり、インド国内での存在感をますます増しているPrateek Kuhad.
彼の名前を全米チャートの上位で目にすることができる日が来るのだろうか。
参考サイト:
https://www.huffingtonpost.in/entry/prateek-kuhad-interview_in_5e06f239e4b0843d36068603
https://indianexpress.com/article/lifestyle/art-and-culture/prateek-kuha-music-fashion-interview-tour-winter-tour-songs-cold-mess-jim-sarbh-zoya-hussain-6171442/
https://www.billboard.com/articles/news/international/8528159/prateek-kuhad-interview-india-changing-music-scene
https://www.vogue.in/culture-and-living/content/prateek-kuhad-exclusive-interview-concert-dates-december-2019-mumbai-bengaluru-delhi
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goshimasayama18 at 15:22|Permalink│Comments(0)
2018年06月17日
心地よい憂鬱と叙情…。 Asterix Major
いつもインパクトを出すためにブログのタイトルに「!」を入れるようにしているのだけど、今回はビックリマーク無し。代わりに「…」を入れてみた。
なんたって憂鬱と叙情だからね…。
さて、このブログでは、これまでいろいろなタイプのインドの音楽を紹介してきた。
かっこいい音楽。面白い音楽。いかにもインドらしい音楽。インド社会の知られざる側面がよくわかる音楽。などなど。
今回紹介するのは、何ていったらいいんだろう。
インドとか日本とか、そういう限定的な枠を超えて、すごく、じんとくる音楽だ。
デリーのシンガーソングライター、Asterix Majorの新曲、"Falling Up".
これまでにこのブログで紹介したことがない、ギターの弾き語り中心の穏やかな曲。
決してポップでキャッチーなわけでもない。
でも静かだが、力強く、重く、深いメッセージが伝わってくる曲だ。
ぜひ、歌詞や映像と一緒に味わってみてほしい一曲です。
モノクロ中心の 美しい映像は、インドのことを映しているはずなのに、曲調や歌詞とあいまって、遠く離れた場所に住んでいる我々の胸にも迫ってくる。
美しい映像の中に映される、信じられないほどの格差。路上で暮らす人たち。
豊かな生活と引き換えの環境汚染。農作物への大量の化学薬品の使用。
様々な形での暴力に晒される子供や女性など社会的の弱者。
我々はこうした問題がインド固有のものではなく、日本でも、世界中のあらゆるところでも起きているということを知っている。
また、途上国で起きている深刻な問題が、先進国が主導する世界的な経済システムの中で引き起こされたものだということも知っている。
物質的にも経済的にも発展してきたはずなのに、社会の歪みは大きくなるばかり。
こんなことををこの先ずっと続けていくことができるのだろうか。
でも誰もが、世の中の不安や矛盾から目を背けて、日々を生きている。
この、とてもやっかいで、でもとても大事な真実を、この曲は非常に美しい方法で表現している。
この"Falling Up"について彼は、断罪しているのではなく、ただ我々が暮らしている社会のあり方を描写しているんだと語っている。
こうした超越者的な視点のせいだろうか。
この曲には、絶望というよりも、諦観にも似たやさしさを感じる不思議な味わいがある。
個人的には、この曲が持つ「やさしい虚無感 」みたいな感覚とフォーク的な曲調に、先ごろ亡くなった森田童子を思い出したりもした。
彼の他の楽曲も、また同じように独特の情感をたたえており、美しい映像で綴られている。
エレクトロニカ系のアーティスト、NYNとのコラボレーション、"Desire"
フォーキーな"Falling Up"とはうって変わって、EDM的なトラックに乗せてラップ的な歌唱も披露している。
こちらはもう少しアンビエント寄りな、7 bucksとの曲、"Someday"
彼の音楽の叙情性がより活きた曲調だ。
クオリティーの高い映像は、デリーのShunya Picturesというところが製作しているもの。
Shunyaって日本人の名前みたいにも聴こえるけど、何なんだろう?
このAsterix Majorは、Facebookのプロフィールによると、専業ミュージシャンというわけではなく、現在デリーのマルチ・スズキ(日本のスズキがインドで立ち上げた合弁企業で、インドを含む南アジア全域で高いシェアを誇る)でインターンシップをしているそうだ。
彼の非凡な才能が今後どのような楽曲を生み出すのか、非常に楽しみなミュージシャンである。
最後に、この曲は「人生」についての曲。
多少拙い部分はあるけど、この胸を抉られるような感覚はどこから来るんだろうなあ。
なんたって憂鬱と叙情だからね…。
さて、このブログでは、これまでいろいろなタイプのインドの音楽を紹介してきた。
かっこいい音楽。面白い音楽。いかにもインドらしい音楽。インド社会の知られざる側面がよくわかる音楽。などなど。
今回紹介するのは、何ていったらいいんだろう。
インドとか日本とか、そういう限定的な枠を超えて、すごく、じんとくる音楽だ。
デリーのシンガーソングライター、Asterix Majorの新曲、"Falling Up".
これまでにこのブログで紹介したことがない、ギターの弾き語り中心の穏やかな曲。
決してポップでキャッチーなわけでもない。
でも静かだが、力強く、重く、深いメッセージが伝わってくる曲だ。
ぜひ、歌詞や映像と一緒に味わってみてほしい一曲です。
モノクロ中心の 美しい映像は、インドのことを映しているはずなのに、曲調や歌詞とあいまって、遠く離れた場所に住んでいる我々の胸にも迫ってくる。
美しい映像の中に映される、信じられないほどの格差。路上で暮らす人たち。
豊かな生活と引き換えの環境汚染。農作物への大量の化学薬品の使用。
様々な形での暴力に晒される子供や女性など社会的の弱者。
我々はこうした問題がインド固有のものではなく、日本でも、世界中のあらゆるところでも起きているということを知っている。
また、途上国で起きている深刻な問題が、先進国が主導する世界的な経済システムの中で引き起こされたものだということも知っている。
物質的にも経済的にも発展してきたはずなのに、社会の歪みは大きくなるばかり。
こんなことををこの先ずっと続けていくことができるのだろうか。
でも誰もが、世の中の不安や矛盾から目を背けて、日々を生きている。
この、とてもやっかいで、でもとても大事な真実を、この曲は非常に美しい方法で表現している。
この"Falling Up"について彼は、断罪しているのではなく、ただ我々が暮らしている社会のあり方を描写しているんだと語っている。
こうした超越者的な視点のせいだろうか。
この曲には、絶望というよりも、諦観にも似たやさしさを感じる不思議な味わいがある。
個人的には、この曲が持つ「やさしい虚無感 」みたいな感覚とフォーク的な曲調に、先ごろ亡くなった森田童子を思い出したりもした。
彼の他の楽曲も、また同じように独特の情感をたたえており、美しい映像で綴られている。
エレクトロニカ系のアーティスト、NYNとのコラボレーション、"Desire"
フォーキーな"Falling Up"とはうって変わって、EDM的なトラックに乗せてラップ的な歌唱も披露している。
こちらはもう少しアンビエント寄りな、7 bucksとの曲、"Someday"
彼の音楽の叙情性がより活きた曲調だ。
クオリティーの高い映像は、デリーのShunya Picturesというところが製作しているもの。
Shunyaって日本人の名前みたいにも聴こえるけど、何なんだろう?
このAsterix Majorは、Facebookのプロフィールによると、専業ミュージシャンというわけではなく、現在デリーのマルチ・スズキ(日本のスズキがインドで立ち上げた合弁企業で、インドを含む南アジア全域で高いシェアを誇る)でインターンシップをしているそうだ。
彼の非凡な才能が今後どのような楽曲を生み出すのか、非常に楽しみなミュージシャンである。
最後に、この曲は「人生」についての曲。
多少拙い部分はあるけど、この胸を抉られるような感覚はどこから来るんだろうなあ。
goshimasayama18 at 17:56|Permalink│Comments(0)