BrodhaV

2022年08月28日

急速に現代化するインドのヒップホップ インディアン・オールドスクールはどこへ行くのか



たびたび書いていることだが、インドのヒップホップ・シーンが発展したのは2010年代以降。
ムンバイをはじめ各地で同時多発的に発生したインドのストリート・ラップは、同時代のヒップホップよりも90年代USラップの影響が強いのが特徴だった。

よりストリート色が強く、「抑圧されたゲットーの人々の音楽」という色彩が強かった90年代のヒップホップのほうが、都市部のロウワーミドルクラスを中心としたインドのラッパーたちに「刺さる」ものだったのだろう。
音楽的な面では、ラップが始まったばかりのインドで、ビートもフロウもシンプルだった90年代のスタイルのほうが彼らの言語を乗せやすかった、ということもあったかもしれない。

2020年前後から、インドのヒップホップはようやく同時代的な、少なくとも2010年代以降のサウンドが、目立つようになってきた。
マンブルラップ的な手法やオートチューンを駆使して傷ついた心情を表現するMC STANや、トラップ以降のビートに乗せて超絶スキルのラップを吐き出すSeedhe Mautがその筆頭だ。

ここ数年で、インドのヒップホップは世界のシーンが30年かけて歩んだ道を一気に駆け抜けたわけだが、それでは、その急速な変化の中で、骨太なラップを聞かせてくれていたオールドスクールなラッパーたちはどうなったのだろうか?

最近のベテランラッパー(といってもデビュー後のキャリアは10年程度だが)たちの新曲を聴く限り、彼らは自らの矜持を貫き、かたくなにそのスタイルを守り抜いていた。
…なんてことは一切なかった。
2010年代に今のヒップホップ流行の礎を築いた先駆者たちは、面白いくらいに今風のスタイルに変節してしまっていたのだ。
別にそれをいいとか悪いとか言うつもりはないのだが、これはこれでなんだかインドっぽいような気もするので、今回はそんなラッパーたちの過去と現在を紹介してみたいと思います。


まずは、このブログの記念すべき第1回でも紹介したラッパーであるBrodha V.
インドのストリート系ラップ普及の立役者であるムンバイの帝王DIVINE曰く「インドで最も最初にメジャーレーベルと契約したストリートラッパー」であるというベンガルールのラッパーだ。

Brodha V "Aatma Raama"


2012年という、インドのストリート系ヒップホップではかなり早い時期にリリースされたこの曲は、2PacやEminemを思わせるフロウでヒンドゥー教の神ラーマへの帰依を歌う、クリスチャン・ラップならぬヒンドゥー・ラップだ。


インドのラッパーたちは、インド各地の諸言語でラップするようになる前は英語でラップしていた(ちなみにベンガルールの公用語はカンナダ語)。
彼のこなれた英語ラップはインド人の英語力の高さをあらためて感じさせられる。
まあそれはともかく、2012年にしては古いスタイルでラップしていた彼は、今どうなったのか。

2022年8月にリリースしたばかりの曲を聴いてみよう。


Brodha V "Bujjima"


いきなりのオートチューンに3連のフロウ。
今となっては決して最新のスタイルではないが、それでも2012年の"Aatma Raama"から比べると、90年代から一気に20年くらい進んだ感じがする。
Brodha Vはけっこうエンタメ精神に溢れているラッパーで、この曲のミュージックビデオでは裁判所を舞台にジョーカーやハーレイ・クイン風のキャラクターが出てきて、壁にはなぜかノトーリアスB.I.G.らヒップホップスターの写真が飾られている。
なんだか詰め込み過ぎな印象もあるが、それもまたインドらしくて面白い。



続いて紹介するのはコルカタのベンガル語ラップシーンをリードするCizzy.
2019年にリリースされたこの曲では、90年代のNYを思わせるジャジーでクールなラップを披露していた。

Cizzy "Middle Class Panchali"


かっこいいけど、今の音ではまったくないよな。
ちなみにタイトルにあるPanchali(パンチャリ)というのはベンガル語の詩の形式らしく、ミドルクラスの悲哀を歌ったというこの曲のラップはちょっとそのパンチャリっぽい雰囲気になっているらしい。
そのCizzyがやはりこの8月にリリースした曲がこちら。


Cizzy "Blessed"


またオートチューン!
そしてダークな雰囲気のフロウとか言葉の区切り方に、彼もまた20年くらいの進化を一気に遂げたことを感じさせる。
Brodha VにしろCizzyにしろ、元のスタイルで十分に個性的でかっこよかったのに、躊躇なくスタイルを変えてくる(それも、むしろ無個性な方向に)フットワークの軽さがすごい。
国籍を問わず、ベテランラッパーが「俺だってこれくらいできるんだぜ」的に新しいスタイルを取り入れた曲をリリースするってのはよくあると思うが、ここまで節操ないのは珍しいんじゃないだろうか。



続いては、ターバン・トラップという謎ジャンル(レーベル?)を代表するビートメーカーのGurbaxが、パンジャービー系のラッパー/シンガーのBurrahとムンバイのストリートラッパーMC Altafと共演した曲を紹介。

Gurbaxはこのブログの初期に紹介したことがあるトラップ系のクリエイター。
意図的にインド的な要素を強く打ち出したそのサウンドは、この国の刺激的な音楽を探していた当時の自分にめちゃくちゃ刺さったのをよく覚えている。



Burrahはまだほとんど無名だが、伝統音楽っぽい歌い回しとラップの両方ができるラッパー/シンガーで、面白いのがかなりローファイ/チルな音作りを志向しているということ。
何かと派手でマッチョな方向に行きがちなパンジャービー系シンガーのなかでは稀有な存在で、今後も注目したい。

フィーチャリングされているMC Altafは映画『ガリーボーイ』の舞台にもなったムンバイのスラム街ダラヴィ出身のラッパー。
2019年にリリースしたこの"Code Mumbai 17"をアトロク(TBSラジオ「アフター6ジャンクション」)で紹介したところ、宇多丸さんのリアクションは「2019年代とは思えない!90年代の音!」というものだった。
ほんとそうだよね。

MC Altaf "Code Mumbai 17"


この動画のトップコメントは、
'Thats the Classic Old school flow and beat 90s vibes... thats what we needed in Indian rap culture 🔥'
というもの。
なんでインドに90年代のヴァイブスが必要なのかは分からないが、ファンには好意的に受け入れられていることが分かる。

まあとにかく、インド風トラップのGurbaxとローファイ・パンジャービーのBurrah、そしてオールドスクール・ヒップホップのMC Altafが共演するとどうなるのかというと、こうなる。


Gurbax, Burrah "Bliss"feat. MC Altaf


トラップのヘヴィさもオールドスクールの硬派さも鳴りを潜め、ギターのアルペジオとざらついたビートの、完全にローファイ的サウンドになってる。
Burrahの色が強くなってるとも言えるけど、Gurbax、芸の幅が広いな。
MC AltafはBrodha VやCizzyと比べるとそこまでスタイルを変えてきているわけではないが、これまでに彼がリリースしてきたいろんな曲と比べても、ここまでの伝統色とメロウさは異色ではある。


さて、ここまでいわゆるストリート系のラッパーについて紹介してきたが、それじゃあインドにストリートラップが生まれる前から人気だったパーティー系コマーシャル・ラッパーたちはどうなっているのだろう。
彼らは2019年の映画『ガリーボーイ』公開以降、リアルなストリート系ラップの台頭と、自分達が時代遅れになってしまうことへの危惧からか、急速にスタイルをストリート化させ、かえって昔からのファンの反発を招いていた(とくにYo Yo Honey Singh)。
そろそろ彼らのスタイルにも新しい展開があるのではないか、と思ってチェックしてみたら、Honey Singhと並び称されるパンジャービー系パーティーラップの雄、Badshahの新曲がなかなか面白かった。

まずは、過去の曲を聴いてみましょう。
2015年にリリースされた"DJ Waley Babu"は、YouTubeで4億再生もされている大ヒット曲。

Badshah "DJ Waley Babu"



酒、女、パーティー、でかい車。
これぞパンジャービー系パーティーラップの世界観。

1年前にリリースした曲がこれ。

Badshah, Uchana Amit "Baawla ft. Samreen Kaur"



酒、女、パーティーという価値観はそのままに(でかい車の代わりに飛行機になってる!)、ぐっとビートは落ち着いてきた。
それが最新曲ではこうなる。


Badshah "Chamkeela"


逆に一気にエンタメ寄りに振り切ってきた!
Badshahもちょっと前にストリート寄りっぽい、派手さ抑えめの曲をやっていた時期があったのだけど、もとがド派手な彼らがそういうことをやると、単に地味になったみたいな感じになっちゃうんだよな。
そこで今度はもうラップ的な部分を一気に無くしちゃって、超ポップな路線に転換してみたのがこの曲、ということらしい。
「銀行のマネージャー(Badshah本人)と女銀行強盗の恋」というバカみたいなストーリーは頭を空っぽにして楽しめるものだし(もちろん褒め言葉)、いかにもインド映画っぽいミュージックビデオの演出(美女の髪がファサーッ、殴られた男が一回転、等)も最高だ。

今回とくに注目したいのはバックダンサーを従えたダンスシーンで、この展開だといかにもボリウッドぽくなりそうなところを、なんかK-Popっぽく仕上げている!
(竹林が舞台なのも東アジアのイメージ?)

これまでレゲトンとかラテン系の音楽を参照することが多かったパンジャービー系ポップ勢のなかでは、これはかなり新鮮な感覚だ。
K-Popはインドでもかなり人気があるが、これまで音楽的あるいは映像的引用というのはあまりなかったような気がする。
ポップなダンスミュージックという意味では、K-Popも現代パンジャービー音楽とは別のベクトルで機能性をとことんまで追求したジャンルと言えるわけで、この融合はかなり面白いと感じた次第。

進化と変化と多様化を絶え間なく繰り返しているインドのヒップホップシーン。
次はどうなるのかまったく予想がつかず、ますます目が離せない状況になってきた。




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2022年04月16日

アトロク出演!「インドのヒップホップ スタイルウォーズ」

先日4月13日(水)に、TBSラジオの「アフター6ジャンクション」こと通称アトロクに出演してきました。
今回のテーマは「インド・ヒップホップのスタイルウォーズ」。
こんな日本国内で興味を持っているのはほぼ自分一人なんじゃないか、みたいな内容を特集してくれて、公共の電波に乗せてしゃべらせてもらえるっていうのはもう本当にありがたい限りです。

 アトロクに声をかけていただいたのは昨年6月の「ボリウッドだけじゃない!今、世界で一番面白いのはインドポップスだ!」特集に続いて二度目。
今回も8時台の「ビヨンド・ザ・カルチャー」のコーナーで、たっぷりと語らせてもらいました。
それにしても、自分みたいなヒップホップの知識の薄くて浅い人間が、あの宇多丸さんの前でヒップホップを語るっていうのは毎度冷や汗が出る。

個人的には、宇多丸さんが「普通にかっこいい曲が多かった」と言ってくれたのが感慨無量でした。
「インドのヒップホップ」っていうと、イロモノ的音楽ジャンル、あるいは社会学or文化人類学的案件(アメリカの黒人文化が南アジアでどう受容/実践されているか的な)として扱われがちななかで、日本におけるヒップホップカルチャーの生き字引的な宇多丸さんに「音楽として」という部分で評価してもらえたというのは、紹介者としてめちゃくちゃうれしかった。

というわけで、今回は、BGMとして流れた曲も含めて、番組では分からなかった面白い&かっこいいミュージックビデオ(曲によるが)とともに改めて紹介。
カッコ良かったり、インド的クールネスに溢れていたりする楽曲とミュージックビデオの世界観を楽しんでもらえたらと思います。


MC STAN "Insaan"

インドのヒップホップ新世代を代表するラッパー。
この「弱々しさ」をかっこよさとして見せる感覚はインドでは完全に新しい。
SFなんだかファンタジーなんだかわからないこの感覚も、わかりやすいヒップホップが多かったインドでは斬新すぎるくらい斬新。
ちなみにタイトルの意味は「人間」とのこと。


MC STAN "How To Hate"

アトロクではBGMとしてかかった曲。
トラックも自ら手掛けるMC STANの最新アルバム"INSAAN"は全曲オートチューンがかかった現代的ヒップホップ 。
まさにふつうに「今」だし、かっこいい。


Punjabi MC (Ft. Jay-Z) "Beware of Boys (Mundian To Bach Ke)"

全てはここから始まった。
インド系イギリス人のPanjabi MCは、自らのルーツであるパンジャーブ州の伝統音楽バングラーをヒップホップ的に解釈したこの曲で1998年に一発屋的にブレイク。
一時期世界的に流行したバングラー・ビートは、インドに逆輸入されて、今日に至るまで売れ続けているパーティー系ラップミュージックの基礎となった。
2003年にはJay-Zがリミックスしたこのバージョンはバングラーブームの世界的到達点だった。


Seedhe Maut Feat. MC STAN "Nanchaku"

この曲もBGMとしてかかった曲で、とくに紹介しなかったけど、トラップを取り入れた新感覚インド・ヒップホップを象徴する名曲。(これまた普通にかっこいい)
世界中のラッパーが取り入れている三連を基調にしたフロウをヒンディー語のラップに導入。
インドのヒップホップシーンの中で、言葉をラップに乗せる技法が猛烈な勢いで進化していることを感じる。
Seedhe Mautはデリーのラップデュオ。
歯切れの良い二人のラップと、フィーチャー参加のMC STANとのマンブルラップ的スタイルの違いも楽しめる(どっちもスキル高い)。


Badshah, Aastha Gill "Abhi Toh Party Shuru Hui Hai"

インドでいわゆるストリート的なヒップホップが認知される前の時代、ラップはインドではエンタメ的ダンスミュージックとしてもてはやされていた。
この曲は2014年のボリウッド映画に使われた曲で、YouTubeで6億再生!
BadshahはYo Yo Honey Singhと並んでエンタメ系ラップを代表するアーティストの一人。
いつもヒップホップを「抑圧された人々の声なき声を届ける音楽」みたいな切り口で紹介しがちになってしまうが、パーティーミュージックや拝金主義だってこのジャンルを形成する大事な一要素なわけで、このチャラさもきちんと評価したい(ような気もする)。



MC Altaf "Code Mumbai 17"

2010年代後半に勃興したムンバイ発のストリートヒップホップ「ガリーラップ」(Gullyはヒンディー語で狭い路地を表し、すなわちストリートの意)を代表する曲のひとつ。
2019年の曲だが、宇多丸さん曰く「1997年くらいの音」。まさに。
17(ヒンディー語で「サトラ」と読む)はムンバイにあるアジア最大のスラム、ダラヴィの郵便番号。
日本で言うとOzrosaurusが提唱していた横浜の「045エリアみたいな」という話になったので、以前から思っていた「"AREA AREA"と繋げたらいい感じになりそう」と言ったら、宇多丸さんが「めっちゃ合う!」ってリアクションしてくれたのはうれしかったな。
この曲ね。
このビートとラップの感じ!
2001年のヨコハマの日本語ラップと2019年のムンバイのヒンディー語ラップが邂逅するこの奇跡!



Rapperiya Baalam feat. J19Squad, Jagirdar RV, Anuj "Raja"

「インド各地・各言語のラップを紹介!」というコーナーの最初にBGMでかかった曲。
インド西部の砂漠が広がるラージャスターン州のヒップホップ。
ローカル色あふれる移動遊園地みたいなところを練り歩くラッパーたちが最高。
着飾ったラクダの上に民族衣装で得意げにまたがるRapperiya Baalamは、ロウライダーをこれ見よがしに乗り回すウェッサイのラッパーのインド的解釈(のつもりはないだろうが、意味的には同じだと思う)。


Brodha V "Aatma Raama"

インドにおけるヒップホップ黎明期である2012年に、南インドのIT都市ベンガルールのラッパーBrodha Vがリリースした曲。
インドのヒップホップは本家を真似た英語ラップから始まった。
この曲は、不良の道からヒップホップに出会って更生したことと、ヒンドゥー教の神ラーマへの祈りがテーマになっていて、つまりクリスチャン・ラップならぬヒンドゥー・ラップというわけだ。
アメリカ文化のインド的解釈が秀逸で、かつ曲としてもかっこいい。
Brodha Vはこのブログで最初に紹介したラッパーでもある。


Rahul Dit-O, S.I.D, MC BIJJU "Lit Lit"

こちらは同じベンガルールだが、地元言語カンナダ語のラップ。
サウス(南インド)の言語は、単語の音節が多いという特徴からか、こういうマシンガンラップ的なフロウのラッパーが多いという印象がある。


Santhosh Narayanan, Hariharasudhan, Arunraja Kamaraj, Dopeadelicz, Logan "Semma Weightu"

続いて南インドのタミルナードゥ州の言語、タミル語のラップを紹介。
この曲は『ムトゥ 踊るマハラジャ』で有名なタミル映画のスーパースター、ラジニカーントが主演した2018年の映画"Kaala"に使われた曲。
映画のストーリーは、ムンバイ(マハーラーシュトラ州というところにある)のスラム街のなかのタミル人コミュニティが、ヒンドゥー・ナショナリズムや地元文化至上主義の横暴に対して立ち上がるというもの。
マサラワーラーの武田尋善さんが以前言っていた「ラジニカーントはタミルのJBみたいなところがある」という説を軸に紹介したんだが、この曲のラジニは、街のB-BOYたちを「若いやつらもなかなかやるね」と見守る、まさにゴッドファーザー・オブ・ソウルの貫禄。
ファンク的なサウンドとともに、ブラックパワー・ムーブメントとの共鳴を感じる。
あとラジオでは言い忘れたけど、この曲(というか映画)で、ヒンドゥーとムスリムなど、異なる信仰・文化を持った人たちのスラムでの共生が、ナショナリズムと対比して描かれているところは特筆すべきところだ。



Cizzy "Middle Class Panchali"

番組ではBGMに合わせて紹介した、インド東部の都市コルカタのラップ。
ベンガル語を公用語とするこの街は、アジア人初のノーベル賞受賞者である詩人のタゴールや、あの黒澤明が「彼の映画を見たことがないのは、この世で太陽や月を見たことがないのと同じ」と評したという往年の名監督サタジット・レイを輩出した文化都市としての一面も持っている。
さらには、古典音楽の中心地のひとつでもあり、イギリス統治時代には首都が置かれていた、西洋と東洋が交わる街という歴史も持つ。
ジャジーで落ち着いたビートにやわらかなベンガル語のラップが乗るこの曲は、まさにコルカタのそうした歴史にふさわしいサウンドだ。


Hiroko & Ibex - Aatmavishwas "Believe in Yourself"
ここからインドの古典音楽/伝統音楽とヒップホップの融合、というコーナー。
番組でもちょっとだけ触れましたが、この曲はムンバイ在住のインド古典舞踊カタック・ダンサーで、シンガーとしても活動しているHiroko Sarahさんが地元のラッパーIbexと共演している曲。
Hirokoさんはインドの古典舞踊に出会う前、日本に住んでいたときはクラブで踊りまくってたそうで、インド人ではないけれど、インド古典と西洋音楽を融合している人。
この曲は、タブラ奏者が口でリズムを表現(bolという)した後、同じリズムをタブラで叩くソロパートや、レゲエをルーツに持つIbexのダンスホール的なフロウのラップも聴きどころ。


Viveick Rajagopalan feat.Swadesi  "Ta Dhom"

南インドの古典音楽パーカッショニストViveick Rajagopalanが、古典のリズムと現代音楽の融合を試みたBandish Projektの曲。
ムンバイのストリートラップデュオSwadesiとの共演で、南インド古典音楽のリズムが徐々にラップになってゆくという妙味が味わえる。
古典音楽という確立した伝統を持つ世界のアーティストが若いラッパーと共演したり、ヒップホップというインドではまだ新しいジャンルのアーティストが自分たちの伝統文化との融合を意識したり、インドのヒップホップシーンははヨコ軸(ヒップホップ的スタイルの違い)とタテ軸(自分たちの歴史)どちらの多様性も広がっているところが面白い。

この曲を紹介するときに引用させてもらった「西のベスト、東のベスト」が融合している、というのは、このRHYMSTER feat.ラッパ我リヤの『リスペクト』から。



Young Stunners, KR$NA  "Quarentine"


最後に紹介したのはこの曲。
パキスタンはカラチのラップデュオ、Young StunnersとデリーのベテランラッパーKR$NAが、インド全土がCOVID-19のためにロックダウンしていた2020年にコラボレーションしてリリースされた"Quarantine"だ。
ご存知のようにインドとパキスタンは歴史的な経緯や領土問題で対立関係にあり、核ミサイルを向け合っている非常に緊張した状況にある。
パキスタンはイスラームを国教とし、インドはヒンドゥー教徒がマジョリティであって、さまざまな考えの人がいるとはいえ、控えめに言っても、両国の国民に融和的な雰囲気が強いとは言い難い(この曲でコラボレーションしているラッパーたちもムスリムとヒンドゥーだ)。

そんな両国間の対立の中、ロックダウンで外出もままならなかったであろう彼らが、おそらくはインターネットで音源のやりとりをしながら作成したのがこの曲だ。
YouTubeのコメント欄には両国のヒップホップファンからの絶賛のコメントが並んでいて、読んでいて胸が熱くなる。

ロシアによるウクライナ侵攻以来、国と国との対立や侵略や市民の殺戮など、殺伐としたニュースが続くが、ヒップホップというサブカルチャー(世界的にはメインカルチャーでは、南アジアではまだサブカルチャーという意味で)が、政治や宗教の対立を超えて、この二つの国のアーティストと国民を結びつけたということに、希望を感じている。



と、いろんなスタイルに溢れたインドのヒップホップを紹介させてもらいました!
番組内でもお伝えした通り、次回があれば、インドの女性ラッパーたちを紹介できたらと思っています。

また出られたらいいなー。


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goshimasayama18 at 21:57|PermalinkComments(0)

2021年09月05日

あらためて、インドのヒップホップの話(その3 ベンガルール編 洗練された英語ラップとカンナダ・マシンガンラップ)


BangaloreRappers


インドのヒップホップを都市別に紹介するこのシリーズの3回目は、インド南部カルナータカ州の州都ベンガルール。
(日本では 「バンガロール」という旧称のほうがまだなじみがあるが、2014年に州の公用語カンナダ語の呼称である「ベンガルール」に正式に改称された)

デカン高原に位置する都市ベンガルールは、インドでは珍しく年間を通じて安定したおだやかな気候であり、イギリス統治時代には支配階級の英国人たちの保養地として愛された。
かつては「インドの庭園都市」という別名にふさわしい落ち着いた街だったようだが、20世紀末から始まったIT産業の急速な発展は、この街の様子を一変させてしまった。
1990年に400万人ほどだった人口は、今では1,300万人に迫るほどに急増。
世界的なソフトウェア企業のビルが立ち並ぶベンガルールは、ムンバイとデリーに次ぐインド第3の巨大都市となった。 


国際的な大都市にふさわしく、この街のヒップホップシーンには、英語ラップを得意とするラッパーが数多く存在している。

例えば、Eminemによく似たフロウでヒンドゥー教のラーマ神への信仰をラップするBrodha V.
コーラスのメロディーはラーマを称える宗教歌で、アメリカにクリスチャン・ラップがあるように、インドならではのヒンドゥー・ラップになっている。

Brodha V "Aatma Raama"

彼はこのブログでいちばん最初に紹介したラッパーでもある。


Siriは前回紹介したデリーのAzadi Records所属。
ムンバイのDee MCや北東部のMeba Ofiliaと並んで、インドを代表するフィメール・ラッパーだ。

Siri "Live It"



かつてはBodha Vと同じM.W.Aというユニットに所属していたSmokey the Ghostは、わりと売れ線の曲も手がけるBrodha Vとは対照的に、アンダーグラウンド・ラッパーとしての姿勢を堅持している。
彼はかつてマンブル・ラッパーたちを激しくディスったこともあり、90年代スタイルのラップにこだわりを持っているようだ。

Smokey the Ghost & Akrti "YeYeYe"

この"Hip Hop is Indian"は、インド全土のラッパーの名前やヒップホップ・クラシックのタイトルを、北から南まで、コマーシャルからアンダーグラウンドまでリリックに織り込んだ、インドのシーン全体を讃える楽曲だ。

Smokey the Ghost "Hip Hop is Indian"

ちなみに彼が所属していたM.W.Aは、言うまでもなくカリフォルニアの伝説的ラップグループN.W.A(Niggaz with Attitude)から取られたユニット名で、'Machas with Attitude'の略だという。
'Macha'はベンガルールのスラングで、「南部の野郎ども」といった意味だそうだ。



ベンガルールで活躍している英語ラッパーには、他の地域にルーツを持つラッパーも多い。
インド東部のオディシャ州出身の日印ハーフのラッパーBig Dealもその一人だ。
この"One Kid"では、彼が生まれ故郷のプリーではその見た目ゆえに差別され、ダージリンの寄宿学校にもなじめず、ベンガルールでラッパーとなってようやく自分の生きる道を見出した半生をそれぞれの街を舞台にラップしている。

Big Deal "One Kid"



インド南西部のケーララ州出身、テキサス育ちのHanumankindもベンガルールを拠点として活動する英語ラッパーだ。

Hanumankind "DAMNSON"


彼はジャパニーズ・カルチャー好きという一面もあり、この曲ではスーパーマリオブラザーズのあの曲に乗せて、Super Saiyan(スーパーサイヤ人)とか「昇竜拳」といった単語が散りばめられたラップを披露している。

Hanumankind "Super Mario"



ベンガルールで英語ラップが盛んな理由を挙げるとすれば、
  1. 世界中から人々が集まり、英語が日常的に話されている国際都市であるということ
  2. ベンガルールが位置するカルナータカ州の言語であるカンナダ語は、インドの中では比較的話者数の少ない言語であるということ(カンナダ語の話者数は4,000万人を超えるが、それでもインドの人口の3.6%に過ぎず、最大言語ヒンディー語の5億人を超える話者数と比べると、かなりローカルな言語である)
  3. 他地域から移り住んできたラッパーも多く、彼らは自身の母語でラップしてもベンガルールで支持を受けることは難しく、またローカル言語のカンナダ語もラップできるほどのスキルも持ち合わせていないと思われること
という3点が考えられる。

もちろん、ここに紹介したラッパーの全員が常に英語ラップをしているわけではなく、Siriは"My Jam"のコーラスでカンナダ語を披露しているし(全曲カンナダ語の曲もリリースしている)、Brodha Vもカンナダ語やヒンディー語でラップすることがある。
またBig Dealはオディシャ出身者としての誇りから母語のオディア語を選んでラップすることもあり、史上初のオディア語ラッパーでもある。



さて、ここまで見てきたような英語ラップのシーンは、じつはベンガルールのヒップホップのごく一面でしかない。
話者数の比較的少ないローカル言語とはいえ、もちろんベンガルールにはカンナダ語のラッパーも存在している。
そして、どういうわけかその多くが、リリックをひたすらたたみかけるマシンガンラップを得意としているのだ。
例えばこんな感じ。


MC BIJJU "GUESS WHO'S BACK"


RAHUL DIT-O, S.I.D, MC BIJJU  "LIT"

カンナダ・マシンガンラップの代表格MC BIJJU、そして、この曲で共演しているRAHUL DIT-O、S.I.Dもこれでもかという勢いのマシンガン・ラップ。
冒頭の寸劇で、コマーシャルな曲をやれば金になるが、コンシャス・ラップをしてもほとんど稼ぎにならない現状が皮肉たっぷりに描かれているのも面白い。


ぐっとポップな雰囲気のこの曲でも、フロウは少し落ち着いているものの、どこかしら言葉を詰め込んだようなラップが目立つ。

EmmJee and Gubbi "Hongirana"

ラッパーはGubbi.
南インドの言語(カンナダ語、タミル語、テルグー語、マラヤーラム語)はアルファベット表記したときにひとつの単語がやたらと長くなる印象があるが、おそらくそうした言語の特質上、カンナダ語のラップはマシンガンラップ的なフロウになってしまうのだろう。


変わり種としては、ちょっとレゲエっぽいフロウと、絶妙に垢抜けないミュージックビデオが印象的なこんな曲もある。

Viraj Kannadiga ft.Ba55ck "Juice Kudithiya"

この曲はカンナダ語のレゲトンとして作られたようで、リリックの内容は「これは酒じゃなくてジュースだ」という意味らしい。
カンナダ語ラップといっても、ハードコアな印象のものから、ポップなもの、コミカルなものと多様なスタイルが存在している。


いわゆるストリート発信のヒップホップとは異なるが、北インドにおけるバングラー・ポップ的な、カンナダ語のエンターテインメント的ダンスミュージックというのも人気があるようだ。

Chandan Shetty "Party Freak"

この曲の再生回数が4,000万回だというから、やはりRAHUL DIT-O, S.I.D, MC BIJJUの"LIT"のミュージックビデオのように、インドじゅう(というか世界中)どこに行ってもコンシャスな内容のものよりコマーシャルなものが人気なのは変わらない。

今回紹介した英語ラップのシーンとカンナダ語ラップのシーンは、別に対立しているわけではなく、それぞれのラッパーが共演することもあるし、またラッパーが曲によって言語を使い分けることもある。
IT産業で急速に発展した国際都市という顔と、カルナータカ州の地方都市という2つの顔を持つベンガルールは、これからも面白いラッパーが登場しそうな要注目エリアである。





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2019年10月01日

インドの英語ラップ/ヒップホップまとめ!

先日インドの新進英語ラッパーのSmokey The GhostTienasを紹介したときに、ここらで一度インドの英語ラッパーたちを総括してみたくなったので、今回は「インドの英語ラップ/ヒップホップまとめ」をお届けします。
アメリカのヒップホップを中心に聴いてきたリスナーにも、きっと馴染みやすいはずの英語ラップ。
様々なスタイルのアーティストがいるので、きっとお気に入りが見つかるはず。
それではさっそく始めます。

今回あらためていろいろ聴いてみて気づいたのは、インドの英語ラッパーたちは、どうやらいくつかのタイプに分類することができるということ。
まず最初に紹介するのは、アメリカのヒップホップにあまりに大きな影響を受けたがゆえに、地元言語ではなく英語でラップすることを選んだ第一世代のヒップホップ・アーティストたちから。

インドのラップミュージックは、90年代から00年代に、在英パンジャーブ系インド人から巻き起こったバングラー・ビートが逆輸入され、第一次のブームを迎えた。
(今回は便宜的に彼らはヒップホップではないものとして扱う)
バングラー・ビートとは、パンジャーブ地方の伝統音楽バングラーに現代的なダンスビートを取り入れたもの。
全盛期にはPanjabi MCがJay Zとコラボレーションした"Mundian Bach Ke"がパンジャービー語にもかかわらず全世界的なヒットとなるなど、バングラーはインドやインド系ディアスポラのみならず、一時期世界中で流行した。
バングラー・ビートにはインドっぽいフロウのラップが頻繁に取り入れられ、流行に目ざといインドの映画産業に導入されると、バングラー・ラップは一躍インドのメインストリームの一部となった。
その後、バングラーはEDMやレゲトンとも融合し、独特の発展を遂げる。
インドのエンターテイメント系ラッパーの曲が、アメリカのヒップホップとは全く異なるサウンドなのは、こうした背景によるものだ。

2010年前後になると、衛星放送やインターネットの普及によって、今度はアメリカのヒップホップに直接影響を受けたラッパーたちがインドに出現しはじめる。
彼らがまず始めたのは、アメリカのラッパーたちを真似て英語でラップすることだった。
映画『ガリーボーイ』以降、急速に注目を集めたガリー(路地裏)ラッパーの第一世代DivineNaezyも、キャリアの初期にはヒンディーやウルドゥーではなく、英語でラップしていたのだ。
2013年にリリースされたDivineの初期の代表曲"Yeh Mera Bombay"の2番のヴァース(1:15〜)は英語でラップされていることに注目。

インド伝統音楽の影響を感じさせるビートは典型的なガリーラップのもの。
英語ラッパーとしてキャリアをスタートさせた彼らは、自分自身のサウンドと、よりリアルなコトバを求めて、母語でラップする道を選んだのだ。


かつてDivineが在籍していたヒップホップクルー、Mumbai's Finestも、現在はヒンディーでラップすることが多いが、この楽曲では、オールドスクールなビートに合わせて英語ラップを披露している。

もろに80年代風のサウンドは、とても2016年にリリースされた楽曲とは思えないが、インドのラッパーたちは、不思議とリアルタイムのアメリカのヒップホップよりも、古い世代のサウンドに影響を受けることが多いようだ。
このサウンドにインドの言語が似合わないことは容易に想像でき、このオールドスクールなトラックが英語でラップすることを要求したとも考えられる。
ラップ、ダンス、スケートボードにBMXと、ムンバイのストリート系カルチャーの勢いが感じられる1曲だ。


こちらはムンバイのヒップホップ/レゲエシーンのベテラン、Bombay Bassmentが2012年にリリースした"Hip Hop Never Be The Same".
生のドラムとベースがいるグループは珍しい。

もっとも、彼らの場合は、フロントマンのBob Omulo a.k.a. Bobkatがケニア人であるということが英語でラップする最大の理由だとは思うが。


英語でラップしながらも、インド人としてのルーツを大事にしているアーティストもいる。
その代表格が、カリフォルニアで生まれ育った米国籍のラッパー、Raja Kumariだ。
彼女は歌詞や衣装にインドの要素を取り入れるだけでなく、英語でラップするときのフロウやリズムにも、幼い頃から習っていたというカルナーティック音楽を直接的に導入している。
ヒップホップの本場アメリカで育った彼女が、アフリカ系アメリカ人の模倣をするのではなく、自身のルーツを強く打ち出しているのは興味深い。
これはインド国内または海外のディアスポラ向けの演出という面もあるかもしれないが、自分のコミュニティをレペゼンするというヒップホップ的な意識の現れでもあるはずだ。
2:41頃からのラップに注目!


スワヒリ語のチャントをトラックに使ったこの楽曲でも、彼女のラップのフロウにはどこかインドのリズムが感じられる。

Gwen StefaniやFall Out Boyなど多くのアーティストに楽曲提供し、グラミー賞にもノミネートされるなど、アメリカでキャリアを築いてきた彼女も、最近はインドのヒップホップシーンの成長にともない、活動の拠点をインド(ムンバイ)に移しつつある。

バンガロールのラッパーBrodha Vは、かなりEminemっぽいフロウを聴かせるが、楽曲のテーマはなんとヒンドゥー教のラーマ神を讃えるというもの。
 
英語のこなれたラップから一転、サビでヒンドゥーの賛歌になだれ込む展開が聴きどころ。
「若い頃はお金もなく悪さに明け暮れていたが、ヒップホップに出会い希望を見出した俺は、目を閉じてラーマに祈るんだ」といったリリックは、クリスチャン・ラップならぬインドならではのヒンドゥー・ラップだ。


最近インドでも増えてきたJazzy Hip Hop/Lo-Fi Beats/Chill Hopも、英語ラッパーが多いジャンルだ。
Brodha Vと同じユニットM.W.A.で活動していたSmokey The Ghostは、アメリカ各地のラッパーたちがそれぞれの地方のアクセントでラップしているのと同じように、あえて南インド訛りの英語でラップするという面白いこだわりを見せている。
 

新世代ラッパーの代表格Tienasもまたインドのヒップホップシーンの最先端を行くアーティストの一人。
こうした音楽性のヒップホップは、急速に支持を得ている「ガリーラップ」(インドのストリート・ラップ)のさらなるカウンターとして位置付けられているようだ。


この音楽性でとくに実力を発揮するトラックメーカーが、デリーを拠点に活動するSez On The Beatだ。
Rolling Stone Indiaが選ぶ2018年のベストアルバムTop10にも選ばれたEnkoreのBombay Soulも彼のプロデュースによるものだ。
 
ところどころに顔を出すインド風味も良いアクセントになっている。

一般的には後進地域として位置付けられているジャールカンド州ラーンチーのラッパーTre Essも突然変異的に同様の音楽性で活動しており、地元の不穏な日常を英語でラップしている。

セカンド・ヴァースのヒンディー語はムンバイのラッパーGravity.
この手のアーティストが英語でラップするのは、彼らのリリカルなサウンドに、つい吉幾三っぽく聞こえてしまうヒンディー語のラップが合わないという理由もあるのではないかと思う。

こうした傾向のラッパーの極北に位置付けられるアーティストがHanumankindだ。
彼のリリックには日本のサブカルチャーをテーマにした言葉が多く、この曲のタイトルはなんと"Kamehameha"。
あのドラゴンボールの「かめはめ波」だ。

アニメやゲームといったテーマへの興味は、チルホップ系サウンドの伝説的アーティストであり、アニメ『サムライ・チャンプルー』のサウンドトラックも手がけた故Nujabesの影響かもしれない。


ラッパーたちが育ってきた環境や地域性が、英語という言語を選ばせているということもありそうだ。
ゴア出身のフィーメイル・ラッパーのManmeet Kaur(彼女自身はパンジャービー系のようだが)は、地元についてラップした楽曲で、じつに心地いい英語ラップを披露している。
ゴアはインドのなかでもとりわけ欧米の影響が強い土地だ。
彼女にとっては、話者数の少ないローカル言語(コンカニ語)ではなく、英語でラップすることがごく自然なことなのだろう。

のどかな田園風景をバックに小粋な英語ラップで地元をレペゼンするなんて、インド広しと言えどもゴア以外ではちょっとありえない光景。
欧米目線の「ヒッピーの聖地」ではない、ローカルの視点からのゴアがとても新鮮だ。
生演奏主体のセンスの良いトラックにもゴアの底力を感じる。

バンガロールもまた英語ラッパーが多い土地だ。
日印ハーフのBig Dealは、インド東部のオディシャ州の出身だが、バンガロールを拠点にラッパーとしてのキャリアを築いている。
彼自身はマルチリンガル・ラッパーで、故郷の言語オディア語(彼は世界初のオディア語ラッパー!)やヒンディー語でラップすることもあるが、基本的には英語でラップすることが多いアーティストだ。
彼の半生を綴った代表曲"One Kid"でも、インドらしさあふれるトラックに乗せて歯切れの良い英語ラップを披露している。

オディシャ州にはムンバイやバンガロールのような大都市がなく、彼が英語でラップする理由は、オディア語のマーケットが小さいという理由もあるのだろう。
それでも、彼はオディシャ人であることを誇る"Mu Heli Odia"や、母への感謝をテーマにした"Bou"のような、自身のルーツに関わるテーマの楽曲では、母語であるオディア語でラップすることを選んでいる。


モンゴロイド系の民族が多く暮らす北東部も、地域ごとに独自の言語を持っているが、それぞれの話者数が少なく、またクリスチャンが多く欧米文化の影響が強いこともあって、インドのなかでとくに英語話者が多い地域だ。
北東部メガラヤ州のシンガーMeba Ofiriaと、同郷のラップグループKhasi Bloodz(Khasiはメガラヤに暮らす民族の名称)のメンバーBig Riが共演したこのDone Talkingは、2018年のMTV Europe Music AwardのBest Indian Actにも選出された。

典型的なインドらしさもインド訛りも皆無のサウンドは、まさに北東部のスタイルだ。


同じくインド北東部トリプラ州のBorkung Hrankhawl(a.k.a. BK)は、ヒップホップではなくロック/EDM的なビートに合わせてラップする珍しいスタイルのアーティスト。

トリプラ人としての誇りをテーマにすることが多い彼の夢は大きく、グラミー賞を受賞することだという。
彼はが英語でラップする理由は、インドじゅう、そして世界中をターゲットにしているからでもあるのだろう。

北東部のラッパーたちは、マイノリティであるがゆえの差別に対する抗議をテーマにすることが多い。
アルナーチャル・プラデーシュ州のK4 Kekhoやシッキム州のUNBが、差別反対のメッセージを英語でラップしているが、そこには、より多くの人々に自分のメッセージを伝えたいという理由が感じられる。

インド独立以降、インド・パキスタン両国、そしてヒンドゥーとイスラームという二つの宗教のはざまでの受難が続くカシミールのMC Kashも、英語でラップすることを選んでいる。

この曲は同郷のスーフィー・ロックバンドAlifと共演したもの。
あまりにも過酷な環境下での団結を綴ったリリックは真摯かつヘヴィーだ。
彼もまた、世界中に自分の言葉を届けるためにあえて英語でラップしていると公言しているラッパーの一人だ。

政治的な主張を伝えるために英語を選んでいるラッパーといえば、デリーのSumeet BlueことSumeet Samosもその一人。

彼のリリックのテーマは、カースト差別への反対だ。
インドの被差別階級は、ヒンドゥーの清浄/不浄の概念のなかで、接触したり視界に入ることすら禁忌とされる「不可触民」として差別を受けてきた(今日では被差別民を表す「ダリット」と呼ばれることが多い)。
Sumeetのラップは、その差別撤廃のために尽力したインド憲法起草者のアンベードカル博士の思想に基づくもので、彼のステージネームの'Blue'は、アンベードカルの平等思想のシンボルカラーだ。


探せばもっといると思うが、さしあたって思いつく限りのインドの英語ラッパーを紹介してみた。
インドのヒップホップシーンはまだまだ発展途上だが、同じ南アジア系ラッパーでは、スリランカ系英国人のフィーメイルラッパーM.I.A.のようにすでに世界的な評価を確立しているアーティストもいる。
英語でラップすることで、彼らのメッセージはインド国内のみならず世界中で評価される可能性も秘めているのだ。
さしあたって彼らの目標は、インドじゅうの英語話者に自身の音楽を届けることかもしれないが、インド人は総じて言葉が達者(言語が得意という意味だけでなく、とにかく彼らは弁がたつ)でリズム感にも優れている。
いずれインドのヒップホップアーティストが、世界的に高い評価を受けたり、ビルボードのチャートにランクインする日が来るのかもしれない。


(今回紹介したラッパーたちのうち、これまでに特集した人たちについてはアーティスト名のところから記事へのリンクが貼ってあります。今回は原則各アーティスト1曲の紹介にしたのですが、それぞれもっと違うテイストの曲をやっていたりもするので、心に引っかかったアーティストがいたらぜひチェックしてみてください)


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goshimasayama18 at 22:12|PermalinkComments(0)

2019年09月14日

インドの新世代英語ラッパーが傑作アルバムを発表(その1)!Smokey The Ghost


これまで何度もこのブログで紹介してきたインドのヒップホップ。
大都市を中心としたインド各地でシーンが発展し、ヒップホップは短期間でストリートの若者たちのリアルな声を発信する音楽ジャンルに成長した。
埋めようのない格差や差別に対する反骨精神、そして伝統的なリズムとの融合など、興味深い点にはこと欠かないインドのヒップホップだが、本場米国のヒップホップを中心に聴いてきたリスナーにとっては、インドの地元言語のラップは少々とっつきにくく感じられるかもしれない。

これから紹介するラッパーは、そんなヒップホップファンにも自信を持って勧められるアーティストだ。
12億の人口と州ごとに異なる言語を擁し、英語も公用語のひとつであるインドには、英語でラップするラッパーたちも大勢いる。
そんなインドの英語ラッパーのうち、この夏に相次いで傑作アルバムを発表したアーティストたちを、これから2回にわたって紹介します。

まず紹介するのは、バンガロールを拠点としているSmokey The Ghost.
不思議な名前を持つ彼は、ローファイ/チルホップ的なトラックに英語でラップを乗せている、インドでは珍しいスタイルのラッパーだ。

まずは、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのデリーのPrabh Deepと2017年に共演した"Only My Name"を聴いてみよう。
前半の英語のラップがSmokey、後半のパンジャービー語がPrabh Deepだ。
プロデュースはAzadi Recordsなどで活躍する新世代トラックメーカーのSez on the Beat.
とにかくアゲまくるボリウッド・ラップや、パーカッシブなトラックが特徴的なガリーラップと比べると、このSmokeyのメロウなヒップホップは、インドではかなり個性的なスタイルだ。

その彼が、つい先ごろ発表したニューアルバム"The Human Form"が素晴らしかった。
この楽曲はオープニングトラックの"The Return"

今回のアルバムのプロデュースは、バンガロールを拠点に活躍する二人組のAerate Soundが手掛けている。
彼らはヒップホップのトラックメーカーとしてだけではなく、エレクトロニック・ミュージックのアーティストとしても活躍しており、このアルバムでも、バラエティ豊かで面白いビートを提供している。


Smokey The GhostことSumukh Mysoreは、インド南部デカン高原の大都市バンガロールで生まれた。
ラッパーとしてのキャリアは長く、10代前半から詩作とヒップホップにのめり込んだ彼は、2008年にBrodha V、Bigg NikkとM.W.A(Machas With Attitude)というラップトリオを結成して活動を開始した。
このユニット名は、言うまでもなくDr.DreやIce Cubeらが在籍したカリフォルニアの伝説的ヒップホップグループN.W.A.(Niggaz With Attitude)のパロディである。
Machaという言葉はもともとはタミル語で特定の親族を指す言葉だったものが、カンナダ語(バンガロールのあるカルナータカ州の公用語)圏で「ブラザー」みたいな意味で使われるようになったものらしい。
メンバーのBrodha Vは、このブログのごく初期に紹介した、ヒンドゥーの信仰をテーマにした楽曲を発表しているラッパーだ。
「インドのエミネム? Brodha V」

Smokeyは、当初はアメリカっぽいアクセントの英語でラップしていたが、今では、アメリカ各地のラッパーがそれぞれ地元の訛りでラップしているように、南インド訛りのアクセントでラップすることにアイデンティティーを見出しているという。
2013年にはシャー・ルク・カーン主演の『チェンナイ・エクスプレス』の楽曲にも参加している。

このド派手ないかにもボリウッド風の楽曲には、SmokeyとBrodha V、そしてムンバイのアンダーグラウンドラッパーEnkoreも参加している。
この頃はまだ、ラッパーたちが音楽で稼ごうとしたら、こういうメインストリームの商業的な音楽に協力するしかなかったのだろう。
その後たった6年でのインドのシーンの発展には驚くばかりだが、6年前にまだまだアンダーグラウンドな存在だった彼らを起用したボリウッドのセンスも相当凄い。
エンタメ・ラップが中心だったインドのヒップホップシーンを大きく打開したのも、結局はボリウッド映画の『ガリーボーイ』がきっかけだったわけで、商業主義的であると批判されがちなインドの映画産業であるが、彼らの新しいサウンドへの目配りには、やはり一目置かざるを得ないだろう。

話をSmokeyことSumukhに戻す。
インドでは高学歴の兼業ミュージシャンが多いが、なんとSumukhは、以前は生物学者として国立生物科学センター(National Centre of Biological Science)で働いていたという超エリート。
今では医療機器会社の共同経営に携わっているという。

Sumukhは映画『ガリーボーイ』で注目を集めているようなスラムのラッパーたちとは対象的に、ブラーミン(バラモン)の裕福な家庭に生まれた。
古代の祭祀階級にルーツを持つと言われるブラーミンはカーストの最上位に位置する存在であり、保守的な人々には「インドでヒップホップなんてやる価値がない」と言われてきたそうだ。
「俺はブラーミンにも、ヒンドゥーにも、ムスリムにも、無神論者にも属していない。俺は“ヒューマン・コミュニティー”に属しているのさ」と語るSumukhは、ブラーミンの家に産まれながらも「反ブラーミン主義」を自認している。
この主義のために、おそらく保守的なカースト内の人々との軋轢もあったことだろう。
スラム出身ではない彼にも、ラッパーであり続けるための、インドならではの苦労や苦悩を経験しているはずだ。

この"When You Move"は、彼のアンチ・ブラーマニズムの思想を表明したもの。

サウンド的にもかなり面白い構造の楽曲だ。
今では家族の理解も得られ、母親も彼のことをSmokeyと呼んでいるという。

「自分はエンターテイナーではなくアーティストなんだ」と語る彼は、ソニーと契約したBrodha Vと袂を分かち、自分自身の表現を追求する道を選ぶ。

Rolling Stone IndiaがSmokeyに行ったインタビューによると、このアルバムは、作品全体が「抗議」であるという。
Smokeyいわく、アメリカのトランプ政権やインドのモディ政権、戦争や宗教といった政治的・社会的なテーマや、アルコール業界に牛耳られたインドの音楽シーン、宗教や恐怖心を利用してプロパガンダを行う政治家への怒りが表現されているそうだ

字幕をONにするとリリックを読むことができるので、ぜひ彼のメッセージにも注目してほしい。





アルバムに先駆けて発表されたこの"Human Error"もグローバル社会におけるさまざまな問題を扱った楽曲だ。


映画音楽や娯楽としてのダンスミュージックから始まったインドのヒップホップは、いまやローカル都市の路地裏から、グローバルな社会問題まで、あらゆるトピックを扱うジャンルに急成長した。

サウンド的にも面白く、楽曲のテーマにも普遍性があり、グローバル言語である英語でラップする彼の音楽が、もっと広く評価される日もそう遠くないかもしれない。

Smokey THe Ghostのニューアルバム"The Human Form"はこちらのSoundcloudからも全曲聴くことができる。

(Youtubeにも全曲アップされており、字幕機能をOnにするとリリックも読めるので、リリックを味わいたい方はYoutubeがおすすめ)


参考サイト
Rolling Stone India "Smokey the Ghost: ‘This Whole Album is A Protest’"
Homegrown "The Bangalore Rapper Who’s Also A Scientist – Meet Smokey The Ghost"

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2018年03月17日

Brodha Vから映画偏重の音楽シーンへのプロテスト

少し前の話題になるが、バンガロールを拠点に活躍するラッパー、Brodha VがFacebookにこんなコメントを載せていた。

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「インドの音楽TVチャンネルは最悪だ! 彼らは曲の名前と映画のタイトル、レコードレーベルの名前を挙げても、絶対に作曲者や歌手の名前を挙げるなんてしやしねえ!
ついでに言うと、この国の役者連中は映画の中で踊ったり歌ったりしてえんだったら、歌も踊りもちゃんと稽古しろってんだ!おめぇら、口パクしたり、ズブの素人みたいにセットのあっちからこっちまで歩いたりしてるんじゃねえよ!このギョーカイの奴らと来たら、歌い手や作曲家や音楽ってもんへのリスペクトってもんに欠けてるんだよ!連中は映画を売ることにしか興味がねえんだ!
こんな音楽シーンのメインストリームとは別々にやらせてもらいたいもんだね!歌手も作曲家もシャー・ルク・カーンだのサルマン・カーンだのっていう映画スターほどビッグじゃないのってインドくらいなもんだぜ! ほんのちょっとの敬意とファンを得るために、ろくに歌えない役者連中じゃなくて誰が本当に歌ってるのかってのを調べなきゃいけないっていうのもインドだけ!」


最近寄席通いが続いてるもんで、つい落語っぽい口調になってしまったが、Brodha Vの旦那はまあこういうことを言っているわけだ。
良し悪しは別にして、インドのエンターテインメント産業が映画を中心に発展してきて、音楽はその添え物(挿入歌)としてずっと扱われてきたというのは事実。
いくら素晴らしい作品を作っても、音楽単体として作られたものは紹介される機会が少なく、映画のために作られた楽曲ばかりが注目される現状は確かに音楽にとっては不健全な状況だ。
エンターテインメントのフォーマットそのものが「映画とその音楽」という構造で出来上がっていることに対して、新興ミュージシャンから不満が出るのは当然と言えるだろう。

インターネットの発達で、主流メディアに乗らなくても作品をアーティストが発表できるようになり、またリスナーも映画音楽以外の音楽に触れる機会ができ、趣味が多様化したことで、インドのインディーズミュージックシーンは爆発的に発展してきている。
しかしながら、まだまだ映画中心のメインストリームはインディーズミュージシャンから見て戦い甲斐のある仮想敵なのだろう。
なんとなく、80年代あたりの日本のロックミュージシャンの「俺たちはテレビになんか出ねえよ」みたいな、いわゆる芸能界とは一線を引いたスタンスに近いものを感じないでもない。

5年、10年経った時にこのBrodha Vの発言を見返してみて「あの頃からあんまり変わってないね」と思うのか、「そんな時代もあったんだねえ」 と思うのか。
後者になる可能性が高いように思うが、さて、どうなるでしょう。 


goshimasayama18 at 14:54|PermalinkComments(0)

2018年02月18日

以前紹介したアーティストの近況

このブログで取り上げたお気に入りのミュージシャンたちの近況をまとめてお知らせです。

トリプラ州のアイデンティティーとポジティブなメッセージを英語でラップするBorkung Hrankhawl(BK)は地元のラッパーやシンガーと共演した新曲をYoutubeにアップ。

共演はポップシンガーのParmita Reang、ロックバンドLadybirdのヴォーカリストのNuai、ポップロックシンガーのAben、ラッパーのZwing Lee。
この曲は州議会選挙の前にトリプラ人の意識を高めるためにジャンルを超えたアーティストが集まって作った作品とのことで、今回もメッセージ色の強い曲になっているようだ。
BKのいつものパートナー、Inaによるロック/EDM色の強いトラックは相変わらずだが、歌の部分がちょっと弱いかな。
共演のZwing LeeはBKと同じような北東部出身者への人種差別反対の主張をラップしているようで、メッセージ色の強い"Mere Geet"のミュージックビデオは一見の価値がある。



同じく英語ラッパーではインドNo.1とも称されることの多いバンガロールのBrodha Vも新曲をYoutubeにアップ。

今回はインド音楽が入ってくるのは最後の方のみで、全体的にEminemっぽいフロウが印象的に仕上がっている。


以前インタビューを行ったアルナーチャル・プラデーシュ州のデスメタルギタリスト、Tanaは、自身のバンドSacred Secrecyのニューアルバムのレコーディングを終えたところとのこと。
現在ミキシング中でリリースは夏頃だそうなので、完成したらまたみなさんに紹介できると思います。

ところで、先日のインタビューの結論として、インド北東部でもデスメタルはやっぱりアングラな音楽だった、という話になっていたけれど、彼のFacebook を見ていたら、非常に気になるものを見つけた。

それがこれ。
arunachalfestival
Feestival of Arunachalっていう、かなりちゃんとした地元のお祭りっていうか公式行事にタナのデスメタルバンドSacred Secrecyが出演するという。
他の出演者は地元のオーディション番組の優勝者、伝統音楽や映画音楽のシンガー、政治家など。
午後7:40からのわりといい時間に出してもらえるみたいだけど、日本だとこういうイベントに地元のデスメタルバンドが出演ってないよね。
やっぱりインド北東部、デスメタルが市民権を得てるんじゃないだろうか。

と思って本人に確認してみたら、「運営スタッフと知り合いで出演させてもらったんだよ。主催のお役人にはただの地元のロックバンドって言ってあるんだ。連中は演奏するまでどんな音楽か知らないんだよ。いつもこんなふうに騙してるんだけど、オーディエンスには楽しんでもらってるよ。騒音だって思う奴も、俺たちの音楽のパワーを感じてくれてるはずだね」とのこと。

なんだよそれ、最高じゃないか。

goshimasayama18 at 02:27|PermalinkComments(0)

2017年12月27日

インドのエミネム? Brodha V

さてさて、本日紹介しますのは、この人、Brodha Vさん。ラッパーです。

まずは1曲、Aatma Raama、聴いてください。

 

インドのヒップホップはムンバイとかデリーとか、街ごとにいろんなシーンがあるみたいなんだけど、この人はITシティ、バンガロールのシーンを代表するラッパー。

英語でラップしているので、インドのラップが初めてという方も聴きやすいんじゃないでしょうか。

ちょっとエミネムっぽい感じもあって、実際影響を受けているみたいで歌詞にも出てくる。

バンガロールのあるカルナータカ州はカンナダ語が公用語。こういうスマートな英語のラップとは別に、もっと不良っぽいカンナダ語のラップのシーンもあるみたいだ。

都市ごとにシーンの特徴も違って、例えばムンバイはもっとストリート色が濃いような印象。

 

この曲の聴きどころはなんといってもAメロ部分の欧米基準って感じの英語のラップと、サビのヒンドゥーの聖歌とのコントラスト。

こういう曲を聴くと、インドが単にアメリカの黒人文化をそのままコピーしているのではなく、自分たちの文化とヒップホップを(なかば強引にでも)接続して、血肉がかよった自分たちのものにしているんだってことが分かる。

歌詞では、若くてお金がなくてワルかった頃のこと、そこからラップに出会い希望を見出したことなんかが歌われていて、そんななかで道を踏み外しそうになったときや、ラップを自分のキャリアとして選んだときに、俺は目を閉じて神に祈るんだ…という部分からヒンドゥー聖歌のサビにつながる。

ワルかったころの体験があって、そこからヒップホップに救いを見出すっていうのは、アメリカでも日本でもラップではよくある歌詞のモチーフだけど、そこからラーマ神(ヴィシュヌの化身、ラーマヤーナの主人公)への感謝につながるっていうのがインドならでは。

サビ部分の聖歌の原曲はこんな感じ。

 

アメリカのラッパーでも、苦しい環境からキリスト教に救いを見出すなんていう話はあるし、フランスあたりの移民系のラッパーだとイスラム教に救いを見出すみたいなストーリーもあったりするけど、この曲はそのインド(ヒンドゥー教)版と言える。

もちろん、インドにはムスリムやシク教徒のラッパーもいる(いずれ紹介します)。

ちなみに3番のヴァースではエミネムや2pacのようなスターになりたかった、エマ・ワトソンみたいな彼女が欲しかったなんて歌詞も出てくる。

ヒンドゥーの神への祈りも欧米文化への憧れも、インドのラッパーにとっては自然な感情なんだろうね。

よく考えたら日本人のラッパーも神社に初詣とか行くだろうし。

 

インドのヒップホップ専門サイトDesi Hip Hopのインタビューによると、Brodha Vが初めて聴いたラップは、4、5歳のとき聴いたタミル語映画のこの曲だったとのこと。

 
   

オールドスクール調のかっこいい曲だなあって思ったら、作曲はA.R.Rahman.

この人本当に天才だなあ。

 

さらにBrodha Vさんの他の曲も聴いてみましょう。

これはボリウッド映画のための曲ということでよりハデなアレンジ。

これは女神ドゥルガー(シヴァ神の妻、パールヴァティの化身のひとつで、強大な力を持つ戦いの女神)を讃える賛歌とラップのミクスチャーで、どうも女性が活躍するアクション映画だからこういう選曲がされている模様。

 

この曲のヒンドゥー聖歌の原曲はリズミカルで現代音楽に映えるみたいで、ロックアレンジにしている人たちもいる。

こっちもタブラとか入っててかっこいい!


現時点で最新の曲はどうやらこれ。

ヒンドゥー聖歌は入っていないけど、トラックのパーカッシブな部分がインドっぽいかな。

サビの犬の声のところはアイデア賞ものじゃないでしょうか。

途中のリズムチェンジして速くなるところ、最後のヒンディーで見栄を切る(っていうのか)ところがイカす!

YouTubeのコメント欄には、インド人による「俺たちのエミネム!」みたいな意見にたくさん「いいね!」がついてたりして、Brodha Vさん、着実に自分が望むポジションに近づいているのではないでしょうか。

 
それでは今日はこのへんで! 



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