BombaySoul

2019年10月01日

インドの英語ラップ/ヒップホップまとめ!

先日インドの新進英語ラッパーのSmokey The GhostTienasを紹介したときに、ここらで一度インドの英語ラッパーたちを総括してみたくなったので、今回は「インドの英語ラップ/ヒップホップまとめ」をお届けします。
アメリカのヒップホップを中心に聴いてきたリスナーにも、きっと馴染みやすいはずの英語ラップ。
様々なスタイルのアーティストがいるので、きっとお気に入りが見つかるはず。
それではさっそく始めます。

今回あらためていろいろ聴いてみて気づいたのは、インドの英語ラッパーたちは、どうやらいくつかのタイプに分類することができるということ。
まず最初に紹介するのは、アメリカのヒップホップにあまりに大きな影響を受けたがゆえに、地元言語ではなく英語でラップすることを選んだ第一世代のヒップホップ・アーティストたちから。

インドのラップミュージックは、90年代から00年代に、在英パンジャーブ系インド人から巻き起こったバングラー・ビートが逆輸入され、第一次のブームを迎えた。
(今回は便宜的に彼らはヒップホップではないものとして扱う)
バングラー・ビートとは、パンジャーブ地方の伝統音楽バングラーに現代的なダンスビートを取り入れたもの。
全盛期にはPanjabi MCがJay Zとコラボレーションした"Mundian Bach Ke"がパンジャービー語にもかかわらず全世界的なヒットとなるなど、バングラーはインドやインド系ディアスポラのみならず、一時期世界中で流行した。
バングラー・ビートにはインドっぽいフロウのラップが頻繁に取り入れられ、流行に目ざといインドの映画産業に導入されると、バングラー・ラップは一躍インドのメインストリームの一部となった。
その後、バングラーはEDMやレゲトンとも融合し、独特の発展を遂げる。
インドのエンターテイメント系ラッパーの曲が、アメリカのヒップホップとは全く異なるサウンドなのは、こうした背景によるものだ。

2010年前後になると、衛星放送やインターネットの普及によって、今度はアメリカのヒップホップに直接影響を受けたラッパーたちがインドに出現しはじめる。
彼らがまず始めたのは、アメリカのラッパーたちを真似て英語でラップすることだった。
映画『ガリーボーイ』以降、急速に注目を集めたガリー(路地裏)ラッパーの第一世代DivineNaezyも、キャリアの初期にはヒンディーやウルドゥーではなく、英語でラップしていたのだ。
2013年にリリースされたDivineの初期の代表曲"Yeh Mera Bombay"の2番のヴァース(1:15〜)は英語でラップされていることに注目。

インド伝統音楽の影響を感じさせるビートは典型的なガリーラップのもの。
英語ラッパーとしてキャリアをスタートさせた彼らは、自分自身のサウンドと、よりリアルなコトバを求めて、母語でラップする道を選んだのだ。


かつてDivineが在籍していたヒップホップクルー、Mumbai's Finestも、現在はヒンディーでラップすることが多いが、この楽曲では、オールドスクールなビートに合わせて英語ラップを披露している。

もろに80年代風のサウンドは、とても2016年にリリースされた楽曲とは思えないが、インドのラッパーたちは、不思議とリアルタイムのアメリカのヒップホップよりも、古い世代のサウンドに影響を受けることが多いようだ。
このサウンドにインドの言語が似合わないことは容易に想像でき、このオールドスクールなトラックが英語でラップすることを要求したとも考えられる。
ラップ、ダンス、スケートボードにBMXと、ムンバイのストリート系カルチャーの勢いが感じられる1曲だ。


こちらはムンバイのヒップホップ/レゲエシーンのベテラン、Bombay Bassmentが2012年にリリースした"Hip Hop Never Be The Same".
生のドラムとベースがいるグループは珍しい。

もっとも、彼らの場合は、フロントマンのBob Omulo a.k.a. Bobkatがケニア人であるということが英語でラップする最大の理由だとは思うが。


英語でラップしながらも、インド人としてのルーツを大事にしているアーティストもいる。
その代表格が、カリフォルニアで生まれ育った米国籍のラッパー、Raja Kumariだ。
彼女は歌詞や衣装にインドの要素を取り入れるだけでなく、英語でラップするときのフロウやリズムにも、幼い頃から習っていたというカルナーティック音楽を直接的に導入している。
ヒップホップの本場アメリカで育った彼女が、アフリカ系アメリカ人の模倣をするのではなく、自身のルーツを強く打ち出しているのは興味深い。
これはインド国内または海外のディアスポラ向けの演出という面もあるかもしれないが、自分のコミュニティをレペゼンするというヒップホップ的な意識の現れでもあるはずだ。
2:41頃からのラップに注目!


スワヒリ語のチャントをトラックに使ったこの楽曲でも、彼女のラップのフロウにはどこかインドのリズムが感じられる。

Gwen StefaniやFall Out Boyなど多くのアーティストに楽曲提供し、グラミー賞にもノミネートされるなど、アメリカでキャリアを築いてきた彼女も、最近はインドのヒップホップシーンの成長にともない、活動の拠点をインド(ムンバイ)に移しつつある。

バンガロールのラッパーBrodha Vは、かなりEminemっぽいフロウを聴かせるが、楽曲のテーマはなんとヒンドゥー教のラーマ神を讃えるというもの。
 
英語のこなれたラップから一転、サビでヒンドゥーの賛歌になだれ込む展開が聴きどころ。
「若い頃はお金もなく悪さに明け暮れていたが、ヒップホップに出会い希望を見出した俺は、目を閉じてラーマに祈るんだ」といったリリックは、クリスチャン・ラップならぬインドならではのヒンドゥー・ラップだ。


最近インドでも増えてきたJazzy Hip Hop/Lo-Fi Beats/Chill Hopも、英語ラッパーが多いジャンルだ。
Brodha Vと同じユニットM.W.A.で活動していたSmokey The Ghostは、アメリカ各地のラッパーたちがそれぞれの地方のアクセントでラップしているのと同じように、あえて南インド訛りの英語でラップするという面白いこだわりを見せている。
 

新世代ラッパーの代表格Tienasもまたインドのヒップホップシーンの最先端を行くアーティストの一人。
こうした音楽性のヒップホップは、急速に支持を得ている「ガリーラップ」(インドのストリート・ラップ)のさらなるカウンターとして位置付けられているようだ。


この音楽性でとくに実力を発揮するトラックメーカーが、デリーを拠点に活動するSez On The Beatだ。
Rolling Stone Indiaが選ぶ2018年のベストアルバムTop10にも選ばれたEnkoreのBombay Soulも彼のプロデュースによるものだ。
 
ところどころに顔を出すインド風味も良いアクセントになっている。

一般的には後進地域として位置付けられているジャールカンド州ラーンチーのラッパーTre Essも突然変異的に同様の音楽性で活動しており、地元の不穏な日常を英語でラップしている。

セカンド・ヴァースのヒンディー語はムンバイのラッパーGravity.
この手のアーティストが英語でラップするのは、彼らのリリカルなサウンドに、つい吉幾三っぽく聞こえてしまうヒンディー語のラップが合わないという理由もあるのではないかと思う。

こうした傾向のラッパーの極北に位置付けられるアーティストがHanumankindだ。
彼のリリックには日本のサブカルチャーをテーマにした言葉が多く、この曲のタイトルはなんと"Kamehameha"。
あのドラゴンボールの「かめはめ波」だ。

アニメやゲームといったテーマへの興味は、チルホップ系サウンドの伝説的アーティストであり、アニメ『サムライ・チャンプルー』のサウンドトラックも手がけた故Nujabesの影響かもしれない。


ラッパーたちが育ってきた環境や地域性が、英語という言語を選ばせているということもありそうだ。
ゴア出身のフィーメイル・ラッパーのManmeet Kaur(彼女自身はパンジャービー系のようだが)は、地元についてラップした楽曲で、じつに心地いい英語ラップを披露している。
ゴアはインドのなかでもとりわけ欧米の影響が強い土地だ。
彼女にとっては、話者数の少ないローカル言語(コンカニ語)ではなく、英語でラップすることがごく自然なことなのだろう。

のどかな田園風景をバックに小粋な英語ラップで地元をレペゼンするなんて、インド広しと言えどもゴア以外ではちょっとありえない光景。
欧米目線の「ヒッピーの聖地」ではない、ローカルの視点からのゴアがとても新鮮だ。
生演奏主体のセンスの良いトラックにもゴアの底力を感じる。

バンガロールもまた英語ラッパーが多い土地だ。
日印ハーフのBig Dealは、インド東部のオディシャ州の出身だが、バンガロールを拠点にラッパーとしてのキャリアを築いている。
彼自身はマルチリンガル・ラッパーで、故郷の言語オディア語(彼は世界初のオディア語ラッパー!)やヒンディー語でラップすることもあるが、基本的には英語でラップすることが多いアーティストだ。
彼の半生を綴った代表曲"One Kid"でも、インドらしさあふれるトラックに乗せて歯切れの良い英語ラップを披露している。

オディシャ州にはムンバイやバンガロールのような大都市がなく、彼が英語でラップする理由は、オディア語のマーケットが小さいという理由もあるのだろう。
それでも、彼はオディシャ人であることを誇る"Mu Heli Odia"や、母への感謝をテーマにした"Bou"のような、自身のルーツに関わるテーマの楽曲では、母語であるオディア語でラップすることを選んでいる。


モンゴロイド系の民族が多く暮らす北東部も、地域ごとに独自の言語を持っているが、それぞれの話者数が少なく、またクリスチャンが多く欧米文化の影響が強いこともあって、インドのなかでとくに英語話者が多い地域だ。
北東部メガラヤ州のシンガーMeba Ofiriaと、同郷のラップグループKhasi Bloodz(Khasiはメガラヤに暮らす民族の名称)のメンバーBig Riが共演したこのDone Talkingは、2018年のMTV Europe Music AwardのBest Indian Actにも選出された。

典型的なインドらしさもインド訛りも皆無のサウンドは、まさに北東部のスタイルだ。


同じくインド北東部トリプラ州のBorkung Hrankhawl(a.k.a. BK)は、ヒップホップではなくロック/EDM的なビートに合わせてラップする珍しいスタイルのアーティスト。

トリプラ人としての誇りをテーマにすることが多い彼の夢は大きく、グラミー賞を受賞することだという。
彼はが英語でラップする理由は、インドじゅう、そして世界中をターゲットにしているからでもあるのだろう。

北東部のラッパーたちは、マイノリティであるがゆえの差別に対する抗議をテーマにすることが多い。
アルナーチャル・プラデーシュ州のK4 Kekhoやシッキム州のUNBが、差別反対のメッセージを英語でラップしているが、そこには、より多くの人々に自分のメッセージを伝えたいという理由が感じられる。

インド独立以降、インド・パキスタン両国、そしてヒンドゥーとイスラームという二つの宗教のはざまでの受難が続くカシミールのMC Kashも、英語でラップすることを選んでいる。

この曲は同郷のスーフィー・ロックバンドAlifと共演したもの。
あまりにも過酷な環境下での団結を綴ったリリックは真摯かつヘヴィーだ。
彼もまた、世界中に自分の言葉を届けるためにあえて英語でラップしていると公言しているラッパーの一人だ。

政治的な主張を伝えるために英語を選んでいるラッパーといえば、デリーのSumeet BlueことSumeet Samosもその一人。

彼のリリックのテーマは、カースト差別への反対だ。
インドの被差別階級は、ヒンドゥーの清浄/不浄の概念のなかで、接触したり視界に入ることすら禁忌とされる「不可触民」として差別を受けてきた(今日では被差別民を表す「ダリット」と呼ばれることが多い)。
Sumeetのラップは、その差別撤廃のために尽力したインド憲法起草者のアンベードカル博士の思想に基づくもので、彼のステージネームの'Blue'は、アンベードカルの平等思想のシンボルカラーだ。


探せばもっといると思うが、さしあたって思いつく限りのインドの英語ラッパーを紹介してみた。
インドのヒップホップシーンはまだまだ発展途上だが、同じ南アジア系ラッパーでは、スリランカ系英国人のフィーメイルラッパーM.I.A.のようにすでに世界的な評価を確立しているアーティストもいる。
英語でラップすることで、彼らのメッセージはインド国内のみならず世界中で評価される可能性も秘めているのだ。
さしあたって彼らの目標は、インドじゅうの英語話者に自身の音楽を届けることかもしれないが、インド人は総じて言葉が達者(言語が得意という意味だけでなく、とにかく彼らは弁がたつ)でリズム感にも優れている。
いずれインドのヒップホップアーティストが、世界的に高い評価を受けたり、ビルボードのチャートにランクインする日が来るのかもしれない。


(今回紹介したラッパーたちのうち、これまでに特集した人たちについてはアーティスト名のところから記事へのリンクが貼ってあります。今回は原則各アーティスト1曲の紹介にしたのですが、それぞれもっと違うテイストの曲をやっていたりもするので、心に引っかかったアーティストがいたらぜひチェックしてみてください)


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goshimasayama18 at 22:12|PermalinkComments(0)