BlueTemptation

2019年03月17日

コルカタに凄腕ブルースマンがいた!Arinjoy Trio インド・ブルース事情

90年代に初めてインドを訪れたとき、インド社会の格差や不平等、そして人々のバイタリティーと口の達者さに触れて、インド人がラップを始めたらすごいことになるだろうなあ、と思ったものだった。
あれから20年余り、ようやくインドにもヒップホップが根付いてきて、すごいことになりつつある、というのは今まで何度も書いた通り

あの頃のインドで、「インド人が本気でやりはじめたらすごいことになるんじゃないか」と思ったジャンルがもう一つある。
それはブルースだ。

ブルースは アメリカの黒人の労働歌にルーツを持つ音楽で、その名の通りブルー(憂鬱)な感情をプリミティブかつ強烈に表現してロックなどその後の音楽に大きな影響を与えた。
というのがブルースの一般的な解説になるのだが、 実際のブルースは憂鬱といってもじめじめした暗い音楽ではなく、救いのない日々のやるせなさも恋人と別れたさみしさも痛烈に笑い飛ばしてしまうような豪快な音楽でもある。
ブルースは「辛すぎると泣けるのを通り越して笑えてくるぜ」という悲しくも開き直った感覚と、「俺は精力絶倫だぜ」みたいな下世話さが渾然一体となった音楽なのだ。 
レコードとしてブルースが広く流通し始めた1950年代、Muddy Warters, Howlin' Wolf, Buddy Guy, B.B.King, Lightnin' Hopkins, John Lee Hookerら、幾多の伝説的ブルースマンが登場すると、彼らは人種の枠を越えてやがて白人ロックミュージシャンたちにも大きな影響を与えた。

何が言いたいかというと、インドの下町で出会った庶民たち、例えば人力車夫や道端で働く人夫たちから、そうしたいにしえのブルースマン達に通じる、力強さとあきらめが同居した、シブくて強くて明るくて、でもその根底にはやるせない憂鬱があるんだぜ、みたいな印象を受けたということなのである。 
この人たちにギターを教えてブルースをやらせたら凄いことになるだろうなあ、なんて感じたものだった。

さてその後、インドの労働者の中からとんでもないブルースミュージシャンが登場したかというと、そんなことはなかった。
そりゃそうだ。
だいたい、ブルースは1950年代くらいまでのアメリカの黒人の文化的・社会的なバックグラウンドと音楽的な流行から発生した音楽なわけで、それを全く状況が異なる現代のインドに求めてもしょうがない。
そもそもアメリカの黒人からして、今ではヒップホップに流行が移ってしまったし、遠く離れたインドで、それもアメリカの音楽なんて知るはずもない労働者階級がブルースをやるわけがないのだ。

いつもながら大変に前置きが長くて申し訳ない。
では、これだけ音楽の趣味が多様化した現代インドで、誰もブルースを聴いていないのだろうか。そして、誰もブルースを演奏していないのだろうか。

と思ったら、いた。
それもかなりの腕前のミュージシャンが。
コルカタを拠点に活動する彼の名前はArinjoy Sarkar.
まずはさっそく、彼が率いるArinjoy Trioが先ごろリリースしたセルフタイトルのデビューアルバムから"Cold, Cold, Cold"という曲を聴いてみてほしい。

言われなければとてもインドのバンドだとは思えない本格的なブルース!
タメの効いたギターのフレージングも、決して上手いわけではないがツボを押さえた歌い回しも、ブルースファンなら「分かってるなあ〜」と膝を打ちたくなるのではないだろうか。

弾き語りスタイルの"Don't You Leave Me Behind"


ブルース一辺倒というわけじゃなくて、レニー・クラヴィッツみたいなロックの曲も。
"Who You Are"

2:28あたりからの急にPink Floydみたいになる展開もカッコイイ!

Bo DiddleyのビートにJeff Beckのトーンのインスト"Beyond The Lines"

こうして聴くと、けっこう引き出しの多い器用なバンドだということが分かる。
Arinjoyが影響を受けたミュージシャンとして名前を挙げているのは、Stevie Ray Vaughan, Buddy Guy, Albert Collins, Larry Carltonとのことで、かなりいろいろなタイプのブルースを聴きこんできたようだ。

コルカタのBlooperhouse Studioでレコーディングしたこのアルバムは、Coldplayのクリス・マーティンやJohn Legendとの仕事で知られるSara Carterがマスタリングを行ってリリースされた。
フロントマンのArinjoy Sarkarは、以前はJack Rabbitという地元言語のベンガリ語で歌うバンドのギタリストだったという。


Arinjoy Trioは2018年にムンバイで行われたMahindra Blues Festivalでのバンド・コンテストで優勝したことで一気に注目を集めた。
このMahindra Blies Festival、じつはアジア最大のブルースフェスティバルとして知られており、これまBuddy Guy, John Lee Hooker, Jimmy Vaughan, Keb Mo, John Mayallといったアメリカやイギリスの大御所ブルースミュージシャンが出演してきた。
2018年のフェスの様子はこんな感じ。


Buddy Guyらが出演した2015年のフェスのトリを飾ったパフォーマンスの様子がこちら。
 
さすがにこれまで紹介してきたEDM系やロック系の大規模フェスに比べれば落ち着いたものだが、それでもこれだけのオーディエンスを集めることのできるブルース系のフェスティバルは東京でもなかなかできないだろう。
少なくともインドの大都市では、ブルースのリスナーに関してはそれなりにたくさんいるようだ。

では演奏者のほうはどうかというと、Arinjoy Trioのようなコテコテのブルースバンドは数少ないようだが、ブルースロックに関しては優れたバンドがけっこういるので紹介してみたい。

今年のMahindra Blues Festivalのバンドコンテストで優勝したのは、以前Ziro Festivalの記事2018年インド北東部ベストミュージックビデオ18選でも取り上げたメガラヤ州シロンのBlue Temptation.


同じく「インドのロックの首都」シロンから2003年結成の女性ヴォーカルのベテランバンド、Soulmate.


さらにシロンのバンドが続くが、2009年結成のBig Bang Bluesも渋い。

彼らはブルースベースのハードロックバンドSkyEyesとしても活動をしている。

ムンバイのジェフ・ベックのようなスタイルのギタープレイヤーのWarren Mendosa率いるBlackstratbluesは、インストゥルメンタルながらRolling Stone Indiaが選ぶ2017年ベストアルバムの2位に選出された実力派。


同じくムンバイから、心理学者でもあり、ガンを克服した経験も持つソウルフルな女性ヴォーカリストのKanchan Daniel率いるKanchan Daniel and the Beards.


以前も紹介したジャールカンド州ラーンチーのThe Mellow Turtleはブルースの影響を受けつつもヒップホップなどの要素も取り入れた面白い音楽性。
この曲も同郷の盟友であるラッパーのTre Essとの共演。


と、なにやらほとんどシロンとムンバイのバンドになってしまったが、ざっとインドで活躍するブルースロック系のアーティストを紹介してみた。
こうして聴いてみると、インドのブルースといっても、当初私が期待していたような、「抑圧された境遇から否応なくあふれ出る魂の発露」みたいなものではなく、世界中の他の国々同様、ブルースにあこがれて演奏する中産階級のバンドが多いようだ。
そりゃインドじゃ楽器を買おうにも本当に貧しい層にはなかなか手も届かないだろうし、当然といえば当然なのだけど。
やはりインドでも、「抑圧された人々」の表現は、これからもヒップホップでされてゆくことになるのだろう。

でもなあ。
あれだけの人口がいて、文化の多様性のあるインド。 
アメリカの黒人のブルースとは違っても、どこかにブルースみたいに俗っぽくて憂鬱で楽しい音楽があるような気がするのだけど。
これからも探してみることにします。

それでは今日はこのへんで。
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goshimasayama18 at 19:59|PermalinkComments(0)

2018年08月20日

日本や海外のアーティストも出演!Ziro Festival!

夏といえば、日本の音楽好きにとってはなんといってもフェスティバルのシーズン。
ご存知の通り、フジロック、サマソニ、ロックインジャパン、ライジングサンなどの大きいものから、地方色の強いかなり小規模なものまで、あらゆるフェスが毎週のように行われている。
海外でも、それぞれフジロックやサマソニの原型になったとされるイギリスのグラストンベリーやレディング/リーズなどは毎年夏に開催されているし、暑い時期に(今年はちょっと暑すぎだけど)外で音楽を聴く気持ちよさは万国共通ってことなんだろう。

さて、インドに音楽フェスがあるのかと聞かれたなら、答えはYes.
インドの大都市をツアーするロックフェスNH7 Weekenderや、リゾート地ゴアで行われるEDMのSunburn Festivalなど、かなり規模の大きいものがいくつもの都市でたくさん行われている。
大都市以外でも、独特の文化を持つ北東部(7 Sisters States)はフェス文化が盛んだし、砂漠が広がるラージャスタン州でも地域色の強い音楽フェスが開催されている。
これらのフェスにはインドの音楽ソフトの売り上げの大部分を占める映画音楽のシンガーは参加しておらず、海外のアーティストやこのブログで紹介しているようなインディーミュージシャンのみが出演しているのだが(ひと昔前まで日本のフェスにアイドル系が出なかったようなものだろう)、それでも多くのイベントが万単位の観客を集めており、インドの音楽カルチャーの成長ぶりが分かろうというものだ。
また、デリーではジャズの、ムンバイではブルースのフェスなどもあり、インドのフェス文化は我々が思っている以上に成熟している。

そんな中で、今回紹介するのは、インド北東部アルナーチャル・プラデーシュ州で毎年開催されているZiro Festival of Music.
これだけ多くのフェスが開催されるインドにおいて、最高とも究極とも評価されているフェスティバルだ。
まずは、アルナーチャル・プラデーシュ州の場所をおさらいしてみましょう。
arunachalmap
西をブータン、北を中国、東をミャンマーと接するインド北東部で最も北に位置するのがこのアルナーチャル・プラデーシュ州で、今回紹介するフェスの舞台となる村、Ziro Valleyはこんな感じのところだ。

zirofeature2
出典:https://www.beyondindiatravels.com/blog/ziro-town-travel-guide/より引用)

山あいのなんとものどかな農村地帯。
緑豊かな日本を思わせる風景は、インドでは北東部独特のものと言える。

apatani
(出典:http://www.dailymail.co.uk/news/article-3164012/The-worst-place-world-catch-cold-Indian-tribe-woman-nose-plugs-fitted-mark-adults.htmlより引用)

Ziro Valleyは少数民族「アパタニ」の人々が暮らす土地としても知られている。
アパタニの女性達は、美しさゆえに他の部族にさらわれてしまうことを防ぐために、あえて醜くするために「ノーズプラグ」を嵌める習慣があった(今ではお年寄りのみしかしていないようだが)。
なんだか凄いところでしょう。

このZiro Valley、行くまでが大変で、飛行機で行けるのはお隣アッサム州の州都グワハティまで。
そこから鉄道に7時間40分揺られると、アルナーチャル・プラデーシュ州のヒマラヤのふもとの町、Naharlagunに到着する。
そこからジープで山道を3時間半かけて、ようやくフェスの会場であるZiro Valleyに到着することができる(とwikipediaには書かれているが、実際にはもっと近くの空港を利用する方法もあるようだ)。
その前に、3カ国と国境を接したアルナーチャル・プラデーシュ州に行くためにはinner line permmitという特別な許可を得ることも必要だ。

そこまでして行く価値があるのかどうか、と思う向きも多いと思うが、映像を見れば、究極の大自然型フェス、Ziro Festivalの良さが必ず分かってもらえるはずだ。

まずはZiro Festival of Music 2018のプロモーション動画


2015年のフェスをまとめた動画


こちらは2017年のフェスの様子のドキュメンタリー


ね?行きたくなったでしょう。
単なる野外コンサートではなく、大自然の中の会場の雰囲気や地元の文化を含めて、そこでの体験全てが特別なものになるようなフェスティバルだということがお分かりいただけると思う。
自然の中のピースフルな雰囲気は、日本のフェスだとちょっと朝霧jamに似ていると言えるかもしれない。

主催者によると、4日間にわたり、2つのステージに40組のアーティストが出演し、6000人の観客を集めるという。
来場者はキャンプサイトのテントに泊まりながら、24時間フェスの環境を楽しむことができ、フェスの音楽だけでなく、この地域の文化や自然が楽しめるプログラムも用意されているようだ。
この酔狂の極みとも言える究極の辺境系フェスの主催者は、地元アルナーチャルのプロモーターBobby HanoとデリーのベテランインディーロックバンドMenwhopauseのメンバー。
2012年から国内外のアーティストを招聘してこのZiro Festival of Musicを開催しており、今ではインド随一のフェスとの評価を得ることも多くなっている。

出演者のラインナップはインド各地のインディーミュージシャンが中心だが、ロック、ラップ、レゲエなどのジャンルを問わず優れたアーティストが名を連ねている。
シーンの大御所もいれば、まだ無名ながらも先鋭的な音楽をプレイしているバンド、はたまた伝統音楽や民謡の歌手やプレイヤーまで、非常に多岐にわたるのが特長だ。
海外から招聘するアーティストもセンスが良く、いままでSonic YouthのLee Ranald and Steve Shelley、元Canのダモ鈴木らが出演している。
(ダモ鈴木については、ジャーマンロックバンドCanに在籍していた奇人ヴォーカリストというくらいの知識しかなかったのだが、改めて調べてみたら今更ながらすごく面白かった。 wikipediaの記載が充実しているので興味のある方は是非ご一読を)

今年は9月27日〜30日までの4日間にわたって開催され、先ごろ出演アーティスト第一弾が発表された。
ziro2018

なんと、日本のポストロックバンドのmonoがヘッドライナーとして出演することが発表された。
monoについてよく知らない人もいるかもしれないが、日本より海外での評価の高いバンドで、その活動についてはこちらのサイトに詳しい。

いくら海外でも人気とはいっても、インドでも知られてるの?と正直私もちょっと疑問に思っていたのだが、以前このサイトでもインタビューさせてもらったアルナーチャル在住のデスメタルバンドのメンバーは「畜生!あのmonoが地元に来るのにその時ケララに行ってて見れないんだ!なんてこった!」というコメントをしていたので、インドでもコアなロック好きの間では評価が高いようだ。
他の国外アーティストは、Madou Sidiki Diabateはマリのコラ奏者、MALOXはイスラエルのエクスペリメンタルなジャズ/ファンクバンド。


極上のナチュラル・チルアウトからスリリングなジャムまで、よくもまあ世界中の面白いアーティストを探してくるものだ。

インド国内のアーティストも、Prabh Deepのような今をときめくラッパーから、まだまだ無名だが面白い音楽性のバンド、伝統音楽のミュージシャンまで、インディーズシーンを網羅したラインナップだ。

なかでも、インド北東部からは、7sisters statesのうちトリプラ州を除く6つの州から1バンドずつが出演する充実ぶり。
ウエストベンガル州カリンポン出身の伝統音楽アーティストGauley Bhaiも北東部に極めて近いエリアの出身であることを考えると、さながら伝統音楽から現代音楽まで、北東部の音楽カルチャーの見本市のようなフェスでもあるというわけだ。
彼らの中でとくに興味深いアーティストをいくつか見てみると、こんな感じ。

アッサム州グワハティ出身のONE OK ROCKならぬWINE O'CLOCKはシンセ・ファンクとでも呼べばいいのか、なんとも形容不能なバンド。


メガラヤ州のBlue Temptationは外で聴いたら絶対に気持ちよさそうなレニー・クラヴィッツみたいなアメリカン・ロック。
 

ミゾラム州のAvora Recordsはオシャレなポップロック。
北東部なので顔立ちやファッションが日本人そっくりな女の子が出てくるので、聴いているうちにどこの国の音楽か分からなくなってくる。


いずれもインドらしからぬサウンドを鳴らしているバンドだが、ここに各地の伝統音楽のミュージシャンや海外のバンドたちが彩りを加えるというわけだ。
ヒッピー系ジャムバンドやEDMのようなフェスにつきもののジャンルをあえて呼ばず、面白さや多様性を重視したラインナップに主催者の心意気を感じる。

このZiro Festival、参加者した人の声を聞いても、時代や地理的な差異を超えてユニークなアーティストを大自然の中で聴ける、天国のようなフェスであるとのこと。
いつか行ってみたいんだよなあ。
どなたか行ったことがある方がいたらぜひ話を聴かせてください。

それでは今日はこのへんで! 


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goshimasayama18 at 00:30|PermalinkComments(0)