BigDeal

2018年08月14日

インド独立記念日にラップを聴きながら考える

8月15日といえば、日本では終戦記念日だけど、インドでは独立記念日。

といっても、インドは第二次世界大戦の終戦と同時に独立したわけではなく、インドはかの有名なマハトマ・ガンディーらの活躍によって、1947年の8月15日にイギリスからの独立を果たした。
ガンディーの悲願であったヒンドゥーとムスリムとの統一国家としての独立はついに果たせず、世俗国家であるインドとイスラム国家であるパキスタン(当時はバングラデシュも東パキスタン)との分離独立という形をとることになった。
(ちなみにパキスタンの独立記念日はインドより1日早い8月14日とされている)
イギリスが植民地支配への抵抗運動を弱体化させるために、ヒンドゥーとイスラムを「分割統治」していたことが、分離独立の一因となったのだった。

なぜこんな歴史の話を持ち出したかというと、この独立記念日にあたって、何人かのラッパーがインド国民に向けたラップソングを発表していて、それがまた現代インドを考える上で非常に面白い内容だから。
というわけで、今回は、他の国にはなかなか無さそうな、「インド独立記念日ラップ」を紹介します。

まずは、Big DealとGubbiの二人のラッパーとシンガーのRinosh Georgeによって、2014年の独立記念日に合わせて発表された曲、"Be the Change"を聴いてみましょう。
 

1番のヴァースでラップしているBig Dealは日本人の母とインド人の父との間に生まれた日印ハーフのラッパーで、逆境に負けないポジティブなメッセージをラップした"One Kid"や、地元オディシャ州への誇りをテーマにした"Mu Heli Odia"が代表曲。
彼は、リリックの中で、大国となりながらもいまだに宗教や言語や地域やカーストといった多様性のもとでの平等を達成できずにいることを憂い、差異を理由に批判しあうのではなく、自らこそが変わるべきだとラップしている。

2番のヴァースを歌っているGubbiはカンナダ語のラッパー。
カンナダ語はITシティのバンガロールを擁するカルナータカ州の公用語だ。
彼もまた、独立を成し遂げイギリスが去ってから68年も経つのに、未だに「自由」が達成できていないことをラップしながらも、安易に政府のみを批判するのではなく、自分自信が政治や社会に責任を持つべきだ、と人々を戒めている。

コーラスのメッセージはこうだ。
Stand forever united cus we all come from this place
我々はみんなこの地で生まれたのだから、永遠に団結しよう
See the beauty inside it and lets work for better days
 内面の美しさに目を向け、よりよい日々のために働こう
So be the change..
だから、あなたこそがその「変化」になろう

10億を超える人口を擁し、経済大国にもなったインド。
だが同じ国の中で生まれても、多様性が豊かな国であるがゆえに、コミュニティー間の対立は枚挙にいとまがない。貧富の差も無くなるどころか拡がるばかりだ。
宗教や文化や民族に基づく、見た目による差別も今日までずっと残っている。
(実際、日印ハーフのBig Dealは、そのインド人らしからぬ見た目から、少年時代いじめを受けていた)
こうした問題から目を背けて無批判にインドの独立を祝うのではなく、自らが主体的にこうした状況を変えてゆこう(be the change)、という現実を見据えたメッセージを乗せた曲というわけだ。
社会に対するメッセージを発信するラッパーらしい視点の曲と言えるだろう。


さて、続いて紹介しますのは、Adhbhut ft. Mansi n Shanuという人たちによる"Mera India"(ヒンディー語で「私のインド」という意味)。お聴きください。


さっきの曲の寛容のもとに団結を訴える内容とはうって変わって、いきなり軍隊や兵器がガンガンに出てきて驚いたと思う。
独立記念日にはインド軍のパレードもあるので、まあ軍が出てくるくらいまでは良しとしても、ご丁寧に効果音までつけてミサイルをぶっ放したりしているのを見ると、さすがにちょっと物騒だなっていう印象を受けるね。

ヒンディー語のリリックの内容はというと、どうやら、
「みんなが金を持ってるわけではないが、母なるインドが食わせてくれる。反逆者から身を守れ、敵から土地を取り返せ!ヤツらを撃ち殺せ!インドは世界の王となる」
みたいな、勇ましいっていうか超タカ派右寄りな内容がラップされているようで、さっきの曲とのあまりの違いに驚くしかない。

そもそも、これまでこのブログで紹介してきたアーティストは、自由に愛し合うことすら許されない保守的な価値観を批判するSu Real、レゲエを武器に社会の不正義を糾弾するTaru Dalmia、北東部のマイノリティーとして被差別的な立場に置かれながらも相互理解を訴えるBorkung HrankhawlUNBなど、リベラル寄りの立場で表現を行っている人が多かった。
別に意識してそういう人たちを選んだわけではなく、本来カウンターカルチャーであるロックやレゲエやヒップホップには、本質的に抑圧への抵抗というテーマが内在しているから、インドのアーティストの表現が社会の現状を踏まえてそのようなものになるのは当然なのだ。
改めて言うまでもなく、ロックの誕生以降、60年代のヒッピームーヴメント、70年代のパンクロック、80年代のヒップホップ、90年代のレイヴカルチャーと、スタイルや思想を変えながらも、音楽はカウンターカルチャーとして体制からの自由を表明する役割を担ってきた。

もちろん、ヒット曲のなかにはそうした思想性とは関係のないラブソングだって多いし、今日ナショナリズム的な傾向が国を問わず広がってきていることは周知の通りだ。
それにしたって、ポップカルチャーの形式を取ったここまでの直接的なタカ派的愛国表現っていうのは、ちょっとお目にかかったことがない。

この曲の背景には、歌詞でははっきりと名指しされていないものの、独立以来の対立が続いている反パキスタン感情があると見て間違いないだろう。
イギリスからの分離独立は、最終的には武力闘争によらない形での決着となったが、悲劇はむしろ独立後に起きた。
パキスタンを目指すインド領内のムスリムと、インドを目指すパキスタン領内のヒンドゥー教徒やシク教徒の大移動は大混乱となり、その中で宗教対立による多くの虐殺や暴行が行われた。
また、カシミール地方では、独立時に人口の8割を占めるムスリムをヒンドゥーの藩王が統治する体制だったが、分離独立のなかで双方が領有権を主張し、今日まで領土問題での緊張と対立が続いている。
ときに両軍による戦闘も起こっているのは国際ニュースで報じられる通りで、このような極端な愛国ラップソングが作られる背景には、いまも核保有国同士の緊張が続く印パ関係があるというわけだ。

ところで、この曲でちょっと謎なのは、コーラス前の最後のライン。
Desh ke kone kone me kranti ki aag laga de  という歌詞なのだが、これは英訳すると
Set fire to revolution in the corner of the country という意味になるそうで(Google先生による)ここだけ急にすんごく左寄りな表現になっている。
おそらく1曲めの"Be the Change"同様に、「傍観者になるな、一人一人が意識を変えて、行動を起こすんだ」といった意味だと思うが、似たような表現でもその指している内容がここまで対極だということが、こう言っちゃあなんだが面白い。

それと、こういう曲が発表されるということは、ラップという表現のフォーマットが、リベラルなサブカルチャー好きではなく、愛国タカ派寄りの人々にも訴えうるからなわけで、インドにおけるヒップホップの浸透をまたひとつ感じたのでした。

ちなみにこの曲を発表したAdhbhutさん、いつもこういった軍国的な曲をやっている訳ではなく、例えばこの曲では、貧富の差が拡大し農家が自死を選ばざるを得ない状況や、暴力が蔓延る社会を憂う内容(多分)をラップしている。

この曲に関して言えば、むしろそのまなざしは最初に紹介した"Be the Change"に近い。

それでは、インド人のみなさん、それぞれの立場の違いはあれど、 独立記念日、おめでとうございます。
次回はちょっと夏っぽい内容で書こうかなと思います。

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「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」

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goshimasayama18 at 16:34|PermalinkComments(0)

2018年03月24日

律儀なBig Deal

先日、オディシャ州プリー出身の日印ハーフのラッパー、Big Dealを紹介したが、記事を書いたあと、彼にFacebook経由で「こんな記事書かせてもらいました。あんさんの音楽、応援してまっせ」というメッセージを送ってみた。
ふだんはこんなことしないんだけど、彼のお母さんは日本人でもあるし、ひょっとしたらちゃんと書いたことが伝わることもあるかなあ、と思って。

そしたら、お返事をいただきました。
「記事アリガトウゴザイマス!僕にとってはかけがえのないことだよ。(※原文では"It truely means the world to me."こんな弱小ブログにこちらこそありがとうだよ) あなたのサポートに感謝します。いつか日本でもライブができたらいいな。この夢が叶いますように。あなたが知っている通り、僕の母は日本人で、去年の8月に日本に行ったんだ。重ねてありがとう。つながることができてうれしいよ」
とのこと。 
なんて律儀なんだ。 

それに対して、
「返信ありがとう。あなたのラップのポジティブなメッセージ、日本にも届いてます。 ところで、いくつか質問させてもらってもいい?Eminemとかシニカルなラッパーが好きだと伺ってるけど、いつもポジティブなアティテュードでいられるのはどうして?オディシャ州では小さい頃嫌なこともあったみたいだけど、地元をレペゼンする気持ちを持ち続けていられるのはどうして?」
と聞いてみると、こんな返事が返ってきた。

「そうだな。僕は多分、もともとポジティブな人間で、世界をポジティブにみるのが好きなんだ。うん、たしかに僕はEminemに影響を受けているけど、彼は僕にラップの仕方を教えてくれたって感じ。Kedrick LamerとかJ.Cole、Joyner Lucasみたいなまた別のラッパーたちが、僕が何についてラップすべきかとか、自分のストーリーを伝えるべきだってことを教えてくれたんだ。彼らの全員が、僕のキャリアを磨いていく上で大事な役割を果たしているよ。 
子供の頃から、自分はずっとオディシャの一員でありたいと思ってきていた。たとえいじめられたり、外人だと思われたりしても。だから、"Mu Heli Odia"では、地元のみんなに『僕はオディシャの一員だし、自分のルーツに誇りを持ってる、みんなもそうすべきだ』ってことを見せたかったんだ。
僕のリリックを理解するために時間を割いてくれて本当にどうもありがとう」

Big Deal、本当になんていい奴なんだ。
インドのトップ3ラッパーの一人にも挙げられる彼からこんなに真摯な返事が来るとは思わなかったよ。
真剣に答えてくれてありがとう。
改めて彼に、
「あなたのラップはきっと日本でも大勢のファンができると思うよ。役に立てることは少ないかもだけど、 これからも君の音楽を紹介し続けるよ」と書いた。
ヒップホップというと、いかに悪いか、ヤバいか、とんがっているかを競う音楽という側面もあるし、それはそれで大いに魅力ではあるけれど、自分の感性に率直に、いかに逆境を克服したかを誇るのもまたヒップホップだと感じる。

「本当にありがとう。日本にファンベースができたらうれしいなって思ってるよ。唯一の問題は僕が英語でラップしているから言葉の壁があるってことなんだ。もし日本の音楽シーンにつながりがあったり、知っている人がいたら、僕の音楽を紹介してくれたらうれしいよ。それはすごく意味のあることだから。重ねてお礼を言うよ。アリガトウゴザイマス」 

これを読んでいるあなたが音楽関係者でもそうでなくても、ぜひBig Dealの音楽を聴いてもらえたらアタクシもうれしいです。
日本でも英語圏のラッパーは人気があるし、言葉が必ずしも障壁になるっていうものでもないはず。

彼のスタイルだったらヒップホップだけじゃなくてロックやミクスチャーにも合いそうだし、いつか日本のアーティストの曲に彼がフィーチャーされているところなんかも聴くことができたら素敵なことだと思う。

彼の代表曲"One Kid".


英語でのフリースタイル。 


自分の夢を叶える男、Big Dealがファーストアルバムを作るためのクラウドファウンディングを募る目的で作った動画がまたグッとくる。


それからこれは英語ではなくオディア語だけど、彼にとってとても大事な曲。
地元オディシャ州をレペゼンする、初のオディア語ラップソングMu Heli Odia.
 

それではみなさん、夢のある人はがんばりましょう。
ない人もそれなりにやっていきましょう。
時間をかけて読んでくれてどうもありがとう。 

goshimasayama18 at 21:10|PermalinkComments(0)

2018年02月28日

レペゼンオディシャ、レペゼン福井、日印ハーフのラッパー Big Deal

こんちわ、凡平です。
前回
のミゾラム州のデスメタルバンド、Third Sovereignへのインタビューでは、このブログ始まって以来の「いいね」をいただきまして、ありがとうございやす。
インド北東部のデスメタルなんてこの日本で自分しか興味持ってないんじゃないかと思ってたんですけど、しがねえウィーバー、じゃなかった、それはエイリアンの主演の女優さんだった、しがねえブログ書きのアタクシですが、とても励みになりましたよ。

で、気づいたんですけど、どうもこのブログの傾向として、デスメタルのことを書くと非常にたくさんの「いいね」がついて、ヒップホップやなんかのことを書くとあんまり「いいね」がつかないみたいなんですよ。
この際、いっそのこと毎回インドのデスメタルバンドの紹介とインタビューにしちゃおうかとも思ったんだけど、「今のインドのいろんな音楽を紹介する」っていう初心を思い出して、デスメタル好きのみんな、ごめん。今日はヒップホップっす。
とはいえ、非常に面白いはず(とアタクシが勝手に思っている)なので、ぜひおつきあいを。

いつもこのブログでは、基本的に日本で紹介されていないミュージシャンについて書くことにしているのだけれども、今回紹介するラッパーは、なんと珍しいことに日本の新聞で紹介されたことがある。
彼の名はBig Deal.
え?知らない?
それも無理のない話。
日本の新聞といっても、彼が紹介されたのは福井新聞だしな…。
(福井の方、ごめんなさい)

じつは彼のことは、以前「各地のラッパーと巡るインドの旅」という記事でも触れたことがあるのだが、まあ覚えている人はいないでしょう。
長いこと温めて書いた記事だったのに、1つも「いいね」がつかなかったから(泣)。
自分で言うのもなんだけど、なかなか面白い記事だったと思うので、興味のある方はぜひご一読を。

彼は、福井新聞では「インドで5本の指に入るラッパー」として紹介され、このブログでも取り上げた人気ラッパーのBrodha Vに「インドのトップ3に入るラッパー」として名を挙げられるほどの(ちなみに他の2人はDIVINEとNaezy)実力派ラッパー。

Big Dealはインド東部のオディシャ州はプリーという街(コルカタから夜行列車で南に一晩くらいの場所)の出身で、インド人の父と日本人の母との間に生まれた。
(だから福井新聞に取り上げられてたんだね)

まず紹介したいのは、以前の記事でも取り上げた、オディア(オディシャ人)としての誇りをラップしたこの曲。"Mu Heli Odia"
 

オディシャ州はとりたてて大きな都市があるわけでもなく、どちらかというと鄙びたところではあるのだが、だからこそというか、「俺はオディアだ!」というプライドを全面に出した曲になっている。
ちなみにこの曲はインドで(っていうか世界で)最初のオディア語ラップでもあるという。

この曲は、全体を通してオディシャ州の文化への賛歌になっているんだが、冒頭で
「俺のことをコリアンだと思うかもしれないけど、親父はヒンドゥー、Odia Japさ。この2つをミックスして、今じゃ俺みたいな奴は誰もいないのさ」
というリリックが出てくる。
自分のルーツをラップしたよくあるリリックのようだけど、次の曲を聴けば、もっと深い意味があることが分かるだろう。
そして、彼の「俺はオディシャ人だ」という言葉の重みにも気がつくはずだ。

彼はプリーで生まれ育ったのち、13歳からはウエストベンガル州北部のダージリン(コルカタからプリーとは逆方向の北に列車で一晩)の寄宿舎学校(男子校)に通った。
その後、進学のために向かった南インド・カルナータカ州のバンガロールでラッパーになり、今もバンガロールを拠点に活躍している。
(地図、載っけときます)
india_map州都入り


その半生をラップした曲がこの"One Kid"だ。

よりインド色の強いトラックではあるけれども、さっきのオディア語とはうって変わって、切れ味の良い英語のラップがとても印象的。
リリックの冒頭はこんな感じで始まる(リリック全体はこちらからどうぞ)

Growing up in Puri, I felt so confused プリーで育った小さい頃、俺はとても混乱していた
Why do I look like no one else in the school? どうして俺は学校の他のみんなと違うのか
I mean I got small eyes, also a flat nose 小さな目に低い鼻のことさ
Which is why all guys happened to crack jokes そのせいでみんなは俺をからかった
Even the teachers treated me like a foreigner 先生まで俺を外国人のように扱った

While all I ever wanted to be was an Oriya 俺はただただオディシャ人になりたかった

以前取り上げた北東部トリプラ州出身のBorkung Hrankhawlもラップしていたように、典型的なインド人の外見でないことに対する差別というのは結構根深いものがあるのだろう。
典型的なインド人であれば、マイノリティーであってもコミュニティーや居場所があるけれど、インドの外部や周縁部からやって来た人には所属すべき場がない。
だが、彼は家族や叔父、叔母の愛情を感じ、死ぬまで彼らをレペゼンしてラップし続けると宣言する。
というのがヴァース1の内容。

続くヴァース2は13歳から通っているダージリンでの男子校生活について。
ひょっとしたら、インド北東部のダージリンの学校に通ったのも、同じように東アジア系の見た目の生徒たちが多数いるということが関係しているのかもしれない。
だが、ここでも遠く離れたオディシャからきた彼は、からかいやいじめの対象になる。
辛い4年間の学園生活の中で、彼はエミネムのラップに出会い、ラッパーになるという夢を見つける。
「あのころファックユーって言ってきた同じ奴が今じゃ『Big Deal、尊敬してるよ』だってよ」というのがこのヴァースのクライマックスだ。

ヴァース3の舞台はインド南部カルナータカ州の大都市、バンガロール。
ITを学びにこの街に出て来て、学問を修めることができたが、彼は安定して稼げる道よりもラッパーになるという夢を選ぶ。
就職すれば金持ちになれる。だがラッパーになれる望みは皿の上のドーサより薄い。
dosa
(ドーサ)

それでも彼は自分の夢に忠実に生きることを選んだ。
最後のラインでBig Dealはこうラップする。
「君たちをエンターテインするためだけにラップしてるわけじゃない。君たちのマインドを鍛えて、道のりを変えたいんだ。さあ、キッズたち、俺たちには証明しなきゃならないことがある。父さん母さん、俺は夢を叶えたよ」
この曲が収録されたアルバムタイトルは「One Kid with a Dream」
BKに勝るとも劣らないポジティブなメッセージの1曲だ。

彼のことを取り上げた福井新聞の記事でも、彼は自らの半生を語っている。
その記事にも取り上げられているお母さんの故郷、福井への愛をラップした曲がこちら。


シリアスな曲のあとで、このまったり感。
すごい落差で申し訳ない。
トラックはちょっと「和」な感じを意識しているのだろうか。
この曲も、お母さんの故郷へのリスペクトって意味で、シリアスにやっているんだと思うが、田園地帯、恐竜(福井は化石が発掘されたことで有名)、和食、日本酒、親戚のおじさん達と英語のラップとのミスマッチがなんとも。
鄙びてるってことで言えば、インドの中のオディシャと日本の中の福井って、ちょうど同じくらいのような気がしないでもない
最後のパートで、おそらくはオディア語でラップしたのと同じような動機で、日本語で「福井 イイトコ イチドハオイデ(中略)福井ダイスキ」とラップしているのだが、それがまたいい感じの朴訥感だ。
(オディシャ・ラップのさらなる朴訥の世界というのがあるのだが、それはまたいずれ)

この福井新聞のインタビューだと、もう完全に地元の観光大使って感じで、もはやヒップホップのルードボーイっぽさはゼロなのだけど、この素朴な「真っ直ぐさ」が彼の大きな魅力の一つでもあるように思う。


ちなみに彼のお母さんは「モハンティ三千江」という名前で活躍している小説家でもある。 
いつか彼女の小説もブログで取り上げてみたいと思っています。
最新の曲はオディア語でお母さんのことを取り上げた曲、"Bou".

こういう曲をやられちゃあ、お母さんうれしいだろうね。
彼は英語だけでなくヒンディーでラップすることもあるけど、やっぱりこの曲にはオディア語の素朴な響きが合っていて、とても素敵に感じられる。
エミネムみたいなアーティストに影響を受けつつも、結果的に家族愛みたいな普遍的な価値観に表現が落ち着くあたり、やっぱり育ちの良さなんだろうなあ。

彼のご両親はプリーで「Love&Life」という名前のホテルを経営していて、この宿はアタクシが20年以上前にプリーを訪れた時にもあったのをなんとなく覚えている。
結局その時は別の宿に宿泊したのだけど、もしLove&Lifeに泊まったら、小さいころのBig Dealに会うことが出来ていたかもしれない。

今回はこのへんで! 

goshimasayama18 at 23:28|PermalinkComments(0)

2018年02月17日

レペゼン俺の街! 各地のラッパーと巡るインドの旅

以前、DIVINEさんを紹介したときにもちょっと触れたけど、洋の東西を問わず、ラッパーの人たちっていうのは、レペゼンの精神っていうんですか?仲間を引き連れて、地元を練り歩くビデオを撮るのが大好きなんですなあ。
ヤンキーは地元が好き、みたいなのに通じるものがあるのかもしれない。

その気質はインドでも全く同じ。
州ごとに言語も違えば文化も違う、そんなインドのラッパー達がお国自慢のラップをやらないわけがない!
ということで、インド中のいろんな街でラッパーが地元の街を練り歩いてるビデオをYoutubeで探してみたら、出てくる出てくる。
今回はインド各地の街をラッパーが練り歩くビデオをみながら、いろんな街を巡ってみましょう。
街の名前言われたって違いが分かんねえよ、って人も、こうして比べて見てみれば、それぞれの街の個性を楽しんでいただけると思います)。

まずは地図、載っけときますね。
india_map州都入り


スタートはDIVINEさんの地元、マハーラーシュトラ州のムンバイ(旧ボンベイ)から!
曲の名前も"Yeh mera Bombay" (This is my Bombay)!!


インド西部、アラビア海に面したムンバイは、インド最大の都市にして商業の中心地。 
でもこのビデオは、高層ビルや高級ホテルが立ち並び、ビジネスマンが行き交う大都会ではなく、庶民的っていうか下町っていうか、ギリギリスラムまで行かないくらいの地区で撮影しているところが肝心。
街のオヤジ達(一部カワイコちゃん)が「これが俺たちのボンベイだぜ」ってキメまくる。
街の名前は変わったって、ここは何も変わらない俺たちのボンベイさ」っていうのは以前書いた通り。
満員のバスや電車、お祭りの人間ピラミッド、タージマハルホテルといったムンバイの象徴的な風景も挟み込まれるけど、最新のオフィス街なんかは一切出てこないのが逆に粋ってもんでしょう。
この曲、州の公用語マラーティー語ではなくてヒンディーでラップされているんだけど、それも多文化・他言語都市のムンバイならではと言える。

続いてはムンバイからインド亜大陸を北東に横断して、オディシャ州(旧名オリッサ州)へ。
ここの州都ブバネシュワールにほど近い、プリーという街出身のラッパー、Big Dealで、"Mu Heli Odia"

Big Dealは日本人のお母さんとインド人のお父さんとの間に生まれた日印ハーフのラッパーで、歌詞の最初のほうにもそのことが出てくる。今ではバンガロールを拠点として活躍しているようだ。
いずれきちんと紹介してみたいアーティストのひとりです。
プリーは漁民たちが暮らす小さな街で、映像も小さな漁船の上から始まる。
"Mu Heli Odia"は、この州で話されているオディア語で「俺はオディシャ人だぜ!」といった意味合いらしい。
プリーのオヤジ達が「俺はオディシャ人。オディア語を話すオディア野郎たちさ」とやるのはムンバイのDIVINEとほぼ同じだけど、映像は大都会のムンバイと比べると、ずいぶん鄙びた感じがするよね。
近くにジャガンナート寺院という大きなヒンドゥーの寺院があるせいか、サードゥー(ヒンドゥー行者)がちょくちょく出てくるところも見所。
海、海辺のラクダ、祭礼用の仮面、寺院、飛び立つ海鳥やクジラとローカル色がいっぱい。
俺やったるぜ的なリリックだけど、2:20くらいのところで、「インド中で食べられてるRosagolla(お菓子の名前)って、もとはオディシャのなんだぜ」なんてフレーズが入ってくるところも地元愛を感じる。
この曲は初のオディア語ラップソングということらしいが、オディア人としてのプライドが詰まった1曲なのだ。

では続きましてはプリーからぐーっと南へ下ってチェンナイ(旧名マドラス)へ。
チェンナイのあるタミル・ナードゥ州は、保守的というか真面目な州らしくて、夜更かししないようにナイトクラブのかわりにアフタヌーンクラブというのがあるとか、英語で落語をやる噺家が浮気の小噺をしても全然うけなかったとか、って話もあるところ。
それだけに、ラッパーもあんまりいないようではあるのだけど、見つけました。練り歩きビデオを。
MC Valluvarで「Thara Local」。言語はもちろんタミル語です。

チェンナイは、ムンバイ、デリー、コルカタと並び称されるインド第4の都市のはずなんだけど、撮影された地区の問題か、これまた今まで以上にド下町。
垢抜けない感じのラッパーと、映画音楽かなんかからサンプリングしたと思われるトラックがいい味出してる!
南インドに入って、街行く人々の肌の色がぐっと濃くなり、彫りの深い北インド系とはまた違ったドラヴィダ系の顔立ちになったのがお分かりいただけるだろうか。
最初と最後に出てくる屋外集会所、クリケット、おばちゃんが作るローカルフードに洗濯物干してる路地裏と、溢れ出る地元感がたまんない。
路地を練り歩いてると子供達がついてくるのも素敵だ。なんかかっこいいことやってる近所のあんちゃんって感じなんだろうね。
2分過ぎから急に路地裏ダンス対決が始まるところも、"Straight Outta Madras"っていうTシャツもイカす!

さて、最後はチェンナイからぐーっと北北西に移動して、タール砂漠の州、ラージャスタンへ。
地図に記載のあるジャイプルのもっと西、旧市街の街並みが美しい青色に塗られていることでも有名な「ブルーシティ」ことジョードプルのラッパー集団、J19 Squadで、"Mharo Jodhpur"。聴いてみてください。

男らしいラージャスターニー語のラップと、16世紀頃に建てられた青い街並みが非常にいい感じだ。
ワルってことのアピールなのか、砂漠の街なのにみんな革ジャンを着ているが、暑くないのだろうかと若干心配ではある。
あとどうでもいいけど、インドのミュージックビデオって、空撮が好きだよね。
ドローンあるから使おうぜ!ってノリなんだろうか。
ヒゲの先をツンと上に向けた男達がたくさん出てくるが、これは戦士として名高いこの地方特有の身だしなみ。途中で出てくる先のとがった靴や、色鮮やかなターバンもラージャスタン独特のものだ。 
あとこれまた地元の食べ物が出てくるけど、世界中どこでも郷土のうまいものってのは自慢なんだろうね。
ここで出てくるのは、地元スタイルのカレーとカチョリという揚げ菓子で、あくまでも庶民的なのがストリート感ってとこでしょうか。
青い旧市街の真ん中の小高い丘の上にそびえるのは、いまでは美術館になっている古城メヘラーンガル砦。
最後の方にはこの地方のマハラジャが住んでいたウメイド・バワン・パレス(今では高級ホテルになっている)も出てきて、これまたお国自慢色満載!

というわけで、今回は大都会から海辺や砂漠の街まで、ヒップホップで巡ってみました。

こうして見てみてつくづく思うのは、インドの人たちはラップを黒人文化のコピーではなくて、完全に自分たちのものにしちゃってるんだなあってこと。
ヒップホップのビデオに地元の普通のおばちゃんとかそのへんの子どもを出そうってのは、日本人の感覚だと「あえて」的な考え方でもしない限り、なかなか出ない発想だろう。
日本語ラップの黎明期なんかだと、みんな東京にニューヨークみたいな「ヤバいストリート」っぽいイメージを重ねて、そっちに寄せた表現をしていたように思う。
もちろん、当時とはラップの国際化の度合いが全然違うっちゃ違うのだけれども、なんというか、インド人は、自分たちが黒人文化に寄っていくのではなくて、ラップのほうを無理やり自分たち側に構わず引き寄せちゃっている感じがする。 
そしてそれが結果的にものすごく面白い表現になっている。 
これだけ多様な言語や文化を持つインドの、どこに行ってもちゃんとその傾向があるってのが、なんつうかソウルを感じるじゃございませんか。

日本であえて似たテイストを探すなら、この曲かなー。


また他の街で練り歩きラップを見つけたら紹介します!
それでは今日はこのへんで。 

goshimasayama18 at 18:20|PermalinkComments(0)