AditiRamesh

2022年01月20日

Rolling Stone Indiaが選んだ2021年ベストミュージックビデオ10選!

毎年恒例のRolling Stone Indiaが選んだ年間ベスト10シリーズ。
ベストシングル、ベストアルバムに続いて、今回は、ベストミュージックビデオを紹介します!



シングル部門では小洒落たサウンドを追求し、アルバム部門ではトレンドに関係なく優れたサウンド(70's風ギターインストからデスメタルまで)を評価していたこのランキング、ミュージックビデオ部門となるとまた別の傾向が見えてくるから面白い。
ますます隆盛するインドのインディペンデント音楽シーンの勢いが感じられる映像作品が揃っている。
それではさっそく!



1. Aditi Ramesh "Shakti"


1位に選ばれたのは、ムンバイのR&Bシンガー、Aditi Rameshが年の瀬12月にリリースした"Shakti"(「力」という意味).
彼女はインドの女性が社会で直面する困難をテーマとした曲をこれまでも数多くリリースしていて、この"Shakti"でもそうした姿勢は一貫している。
歌詞の中には「3月8日(国際女性デー)にだけ女性に注目する企業にはウンザリ」とか「自分らしく生きたいだけなのに、何をしても細かく詮索される」なんてフレーズもあり、インドのみならず共感できる女性も多いんじゃないだろうか。
Aditiはミュージックビデオの中で、女子高生からサリー姿、OL風、カジュアルまであらゆる女性を演じながら、女性が思うままに好きなように生きることを歌う。
こうした内容は、以前紹介した" Marriageable Age"とも共通したものだが、サウンド的にはインド的な要素がさらに取り入れられ、よりオリジナルなものになっている。


古典音楽を思わせるメロディーラインに対して歌詞が英語なのは、子供時代にニューヨークで南インド古典音楽のカルナーティックを学んでいたというAditiならではのセンスだろう。
映像を手掛けたのは、俳優や映画音楽なども手がけるRonit Sarkar.
映画的な感覚を活かした作風に、映画界とインディペンデント音楽シーンのさらなる接近を感じる。



2. JBabe "Punch Me in the Third Eye"


JBabeはチェンナイのスタイリッシュなロックバンドF16sのギターヴォーカルJosh Fernandezによるソロプロジェクト。
F16sと比べてかなり激しいパンクロック的なスタイルのサウンドだ。
このミュージックビデオは、両親に堅苦しいお見合いを設定された若い男女の、親に隠している本当の姿がテーマとなっている。
親子や世代による価値観の相違はインドの映画や小説でも頻繁に扱われている題材で、ロックやR&Bを好む若者たちにとっても切実な問題なのだろう。
監督は、最近ブッとんだミュージックビデオを相次いで手掛けているLendrick Kumar.
この記事(↓)で紹介しているF16sのミュージックビデオも必見だ。
 





3. Takar Nabam "Good Night (In Memory of Laika)"


3位にランクインしたのは、インド北東部の最果て、アルナーチャル・プラデーシュ州出身のシンガーソングライターTakar Nabam.
この楽曲とミュージックビデオは、1957年にソビエトで有人宇宙飛行に向けた実験のためにロケットに乗せられた、歴史上初めて宇宙に達した生き物である「宇宙犬ライカ」に捧げられたものだ。
そのロケットは地球に帰るための設計はされておらず、ライカは宇宙空間に達した数時間後に船内の温度上昇により死亡したと言われている。
ライカについては、吉田真百合さんという漫画家の『ライカの星』という作品を読んでものすごく感動したところだったので、このミュージックビデオにも大いに心揺さぶられた。
最後に出てくる'Please forgive us'というメッセージに、動物を大事にする文化の強いインドらしさを強く感じさせられる。

インドのインディペンデント音楽シーンでは、以前からアニメーションによるミュージックビデオがけっこう作られていたが、コロナウイルスによるロックダウン以降、密になる撮影が難しくなったことから、さらにアニメ作品が目立つようになった。
アニメ大国日本の感覚で見ると、まだまだチープさもあるかもしれないが、それでもセンスの良い作品もかなり多くなってきている。



4. Kamakshi Khanna ft. OAFF "Duur"


Kamakshi Khannaはデリー出身のシンガーソングライター。
この曲はムンバイの電子音楽アーティストOAFFとのコラボレーションとなっている。
これまで面白いミュージックビデオを数多く発表しているOAFFにしては少し地味に感じられる作品だが、インドのインディペンデント音楽シーンでは、このクールさこそが評価されるのだろう。
(OAFFの面白い映像作品は"Perpetuate", "Grip"など)
チル系の「印DM」(インドの電子音楽)というか、歌モノのトリップホップ的なサウンドも今のインドっぽい。



5. Jayesh Malan "Full / Circle"


12分もあるこの作品は、ミュージックビデオというよりも、環境音楽/環境映像のショートフィルムと呼ぶ方がふさわしいかもしれない。
Jayesh Malaniはマディヤ・プラデーシュ州ボーパール生まれのマルチインストゥルメンタルプレイヤーにして映像作家。
ビートのないギターと自然の音を含んだサウンド、そして美しい映像は、1日の終わりにアロマでも焚きながら見たら疲れが取れそう。
それにしても、YouTubeでたった1100再生ほどでしかない作品をきちんと探してきてランキングに入れるRolling Stone Indiaの慧眼はなかなかのものだ。



6. Dhruv Vishvanath "Fly"


Dhruv Visvanathはデリー出身のギタリスト。
ふだんはアコースティックギターをフィンガースタイルで弾くことが多いが、この曲では超ファジーなエレクトリックギターを披露している。
「キッチンでたった一人で反乱を起こすタマゴ」のコマ撮りアニメがかわいらしい。
ちなみにサムネイル画像の右下に見える日の丸のようなマークは、インドで食品につけることが義務付けられている「ノンベジタリアン製品」を意味するもので、ベジタリアン製品の場合は緑色になる。
なかなか芸が細かい。
インドではコマ撮りアニメのミュージックビデオにも凝った作品が多くて、例えば人気ロックバンドThe Local Trainの"Gustaakh"なんかはなかなかのものだ。



7. Komorebi "Chanda"


宮崎駿などの日本文化からの影響を公言しているデリーの電子音楽アーティスト、その名もKomorebiの"Chanda"もアニメーションのミュージックビデオ。
「月」を意味する'Chanda'というタイトルは、KomorebiことTarana Marwahの亡き祖父Karamchandから取られているとのこと。
すでにこの世にはいない人を思うエッチングのようなタッチの映像が幻想的だ。
曲もため息が出るほど美しい。



8. Sanjeeta Bhattacharya, Aman Sagar  "Khoya Sa"


アメリカの名門音楽大学バークリーを卒業したSanjeeta Bhattacharyaは、R&Bの影響を感じさせる洗練された音楽でこのランキングの常連となっているアーティスト。
一昨年もマダガスカルの女性ラッパーNiu Razaと共演した"Red"が、Rolling Stone India選出のベストミュージックビデオ第1位に選ばれている。
彼女は楽曲ごとに、オーガニックソウル、ラテン音楽、ラップとスタイルを変えてきたが、この"Khoya Sa"は、新機軸のヒンディー語のR&B。
ミュージックビデオのではなんと同性愛者を自ら演じている。
インドでも映画や音楽で性的マイノリティが扱われることが増えてきているとはいえ、まだまだ保守的な要素が強いインドでは、かなり挑発的な作品と考えて良いだろう。
インドのインディペンデントシーンでは、一般的なインド社会と比べてかなり「攻めた」作品も散見されるが、こうした点もまた魅力のひとつである。





9. Kayan "Be Alright"


KayanはロックバンドKimochi Youkaiやエレクトロニック・デュオNothing Anonymousでも活躍する(どちらもかなりセンスいい!)ムンバイの女性シンガーAmbika Nayakのソロ名義。
このミュージックビデオは、インドでも最近目立つようになった80年代〜90年代風の映像が特徴的だが、アナログなノイズやレトロフューチャーっぽい分かりやすいクリシェをあえて使わずに、画面の色味や歌詞のフォントやファッションで往時を現したところにセンスを感じる。



10. Ankur Sabharwar "Better Man"


Ankur Sabharwarはデリーのロックアーティスト。
こちらは50年代〜60年代の洋画の怪奇映画を思わせるモノクロの映像で、サウンドも洋楽ポップス風。
サビで転調するところがいい。
楽曲も映像も、インド人のレトロ欧米趣味の好例といえそうな作品だ。



というわけで、Rolling Stone Indiaが選んだミュージックビデオ10作品を紹介してみました。
ご存知の通り、インドには映画のシーンをそのまま使った映画音楽のミュージックビデオもたくさんあるし、映画音楽ではなくてもより商業的な音楽の豪華絢爛なミュージックビデオだって結構作られている(例えばメインストリーム・ラッパーのYo Yo Honey Singhなど)。
そうした映像作品と比べると、かなり低予算な感じも否めないけれど、それでもインディペンデントなアーティストたちがこうした面白い音楽や映像を作っているということはきちんと押さえておきたい。

今年の傾向としては、1位のAditi Rameshや2位のJBabeのように、インドの現代社会で若者が感じている問題を映像化した作品や、アニメ作品(コマ撮り含む)が多かったのが特徴と言えるだろう。
モノクローム映像を使った映像や、レトロな風合いを感じさせる映像も目立っている。

とはいえ、やはりRolling Stone Indiaらしく、「欧米的洗練」が重視されたセレクトとなっていて、それが悪いわけではないのだが、いつかまた違う視点で選んだ軽刈田によるお気に入りミュージックビデオ特集の記事も書いてみたいと思った。


過去にRolling Stone Indiaが選んだ各年のミュージックビデオも面白いので、よかったらこちらからどうぞ。

2020年はShashwat BulusuとDIVINEとRaghav Meattleが良かった。


2019年は正直あんまり記憶にないが、しいて言えば寿司が出てくるF16sのミュージックビデオが印象に残っている。


2018年の白眉はRitviz.
思えばこの年あたりから、レトロ的表現が目につくようになった。





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goshimasayama18 at 00:08|PermalinkComments(0)

2019年07月24日

インドのアカペラ・グループVoctronicaが来日!Aditi Rameshもメンバーの一人です

以前このブログでも紹介したムンバイのアカペラ・グループ、Voctronicaが来日する。
(参考「インド映画音楽 リミックス&カバーの世界!」) 

Voctronicaは、男女6人からなるアカペラ・グループ。
インド映画や洋楽のヒット曲のカバーを巧みなアレンジでカバーし、高い評価を得ている。

インド現代音楽界の巨匠A.R.Rahmanの曲を時代順に追った"Ecolution of A.R.Rahman".
(何度かメンバーの変遷があり、この時期は5人組だった)


「ヴォーカルのみのインストゥルメンタル・ナンバー」というコンセプトの"Dis Place"

この2つの動画を見れば、彼らの実力がお分かりいただけるだろう。
今回の来日は、8月9〜12日にかけて香川県高松市で開催される"2019 Vocal Asia Festival(ボーカルアジアフェスティバル)"のなかで開催される"2019 Asian Cup A Cappella Competition"に参加するためのもの。
このイベントは毎年アジア各国で場所を変えて開催されており、今年は高松での開催となる。
このコンペティションには、彼ら以外に日本、中国、韓国、香港、フィリピンの代表グループが参加する。
優勝賞金は3,000ドルで、優勝チームは来年上海で行われるアカペラ・フェスティバルへの出演が約束されるそうだ。

Voctronicaは海外での活躍が続いており、先日もモスクワで開催されたMoscow Spring Acapella Festivalに出演したばかり。
そこで披露した「ビートルズ・メドレー」の様子がこちら。

いきなり"I Want You(She's So Heavy)"から始まり、シブイなー!と思ったら1曲が超短い!
ものすごくせっかちなアレンジだが、全編にわたって素晴らしいアレンジのハーモニーを聴かせてくれている。

現在のメンバーは、Avinash Tewari, Arjun Nair, Warsha Easwar, Clyde Rodrigues, Nagesh Reddy, Aditi Rameshの6人。
それぞれが、ロックや古典など異なるバックグラウンドを持つシンガーで、2人のビートボクサーのうちの1人、Nageshはムンバイの老舗ヒップホップクルー、Mumbai's Finestの元メンバーでもある。
Aditi Rameshは、以前このブログでも紹介した、元法律家という異色の経歴を持つ女性ジャズ/ブルースシンガーで、ソロアーティストとしては先日ニューEPの"Leftovers"をリリースしたばかり。
彼女はもともと南インドの伝統音楽カルナーティック音楽を学んでいた経験があり、ソロEPのオープニングナンバーの"Origin"では、カルナーティックとジャズのスキャットを自在に行き来するヴォーカルを聴かせている。


他のメンバーも、心理療法士や音楽ディレクター、声優などとして活躍しているようで、音楽以外でも多彩な才能を持つアーティストが集まったグループだ。
Voctronicaからもう1曲。
QueenへのトリビュートとしてYoutubeで披露した、"Bycicle Race"。


今回の来日のために、彼らはクラウドファンディングで資金集めをしているとのこと。
この動画は彼らの自己紹介も兼ねており、国内のファンにインド代表として支援を募っている。
 
https://www.ketto.org/fundraiser/help-voctronica-represent-india-at-vaf-2019-japan

高松近辺にお住まいの方は、ぜひ彼らの来日公演をチェックしてみてほしい。
チケットは無料!
いかにもアカペラ的なボーカルハーモニーだけではなく、楽器の音なども声だけでリアルに再現することがモットーだというVoctronica.
どんな楽曲をどんなハーモニーで聴かせてくれるのか、非常に楽しみです!

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goshimasayama18 at 17:56|PermalinkComments(0)

2019年07月05日

大注目レーベル NRTYAの多彩すぎるアーティストたち

突然だが、これまでこのブログで紹介して来たアーティストの中でも、とくに面白い何人かをピックアップしてみる。
  • ムンバイのキャリアウーマンのブルースを歌う、カルナーティックの素養を持つジャズ/ソウルシンガーAditi Ramesh.
  • 凄腕ギタリストにして、タブラでも少年時代から天才的な腕前を持っていたコルカタ出身のマルチプレイヤー、Rhythm Shaw.
  • インドの中でも後進的なジャールカンド州からユニークなサウンドを発信するヒップホップアーティストTre Essと、彼の相棒でブルースからエレクトロニカまで変幻自在のギタリストThe Mellow Turtle.
  • バンガロールのテクノ/ドラムンベースアーティストで、日本人にはびっくりのアーティスト名を持つWatashi.
様々なジャンルや活動拠点で活躍する彼らには、じつはひとつの共通点がある。
(もちろん、インド人のインディーミュージシャンだということ以外でだ)

それは、ムンバイを拠点とする新進レーベル"NRTYA"から楽曲をリリースしているということ。
このNRTYAは、インドのインディー音楽界のいたるところでその名前を目にする、今インドでもっとも注目すべきレーベルだ。
今回は、この新進レーベルNRTYAについて紹介します。

NRTYAは、Raghu Vamshi, Sharan Punjabi, Parth Tacoの3名によって2017年に立ち上げられた、まだ新しいレーベルだ。
VamshiとPunjabiの二人は、自身もTansane名義でエレクトロニカ・アーティストとしても活動しており、Tacoは音楽プログラマーとしても活躍している。
根っからの音楽好きでもあり、自身も表現者として、また制作者として音楽に関わっている人たちが運営するレーベルなのだ。

NRTYAは2017年の発足以来、ものすごい勢いで作品をリリースしており、これまでに扱ったアーティストは70近く、200曲以上のトラックをSoundcloudなどのメディアで発表している。
カバーするジャンルは電子音楽を中心に多岐にわたり、これまでテクノ、アンビエント、トリップホップ、ヒップホップ、アシッドジャズ、メタルなどの作品をリリースしてきた。
また、Aditi Ramesh, Rhytm Shaw, The Mellow Turtle, Tre Ess, Easy Wanderlingsといったアーティストのマネジメントも担当しており、作品のリリースだけでなく、所属アーティストによるイベントを各地で企画するなど、インドのインディーミュージックシーンを活性化すべく様々な活動を行なっている。

これは私の企業秘密なのだが、インドのインディー音楽で面白いアーティストを探そうと思ったら、まずこのレーベルをチェックすれば必ず誰か見つかるという、インド音楽を紹介する自分にとって非常にありがたい存在でもある。
あまりにも多すぎるリリース作品の中から、これまで紹介して来たアーティストを含めて、何人かを紹介してみたい。

ジャズ/ブルースシンガーのAditi Rameshは女性のみで結成されたバンドLadies Compartmentの一員としても活躍している。
最新の音源ではジャズと古典音楽を自在に息器するヴォーカリゼーションを聴かせてくれた。


エレクトロニカ・アーティストのPurva Ashadha and Fuegoによるこのアンビエントの清冽さはどうだ。

Mohit RaoのトラックにTre Essのラップを乗せたこの楽曲は、インドのアンダーグラウンドヒップホップのサウンド面の追求のひとつの到達点と言えるか。

古典音楽の要素を現代風にアレンジした楽曲もちらほら。ジャールカンドのThe Mellow Turtleの"Laced".


音が徐々に重なってゆき、魔法のようなハーモニーを奏でるドリームポップ。Topsheの"1,000 AQI".
このチープなビデオに出てくる、インドのどこにでといそうな兄ちゃんがこの素晴らしい音楽を作っていると思うと、インドの奥深さを改めて感じる。

NRTYAに所属する天才プレイヤーRhythm Shaw. 今回はマヌーシュ・スウィングスタイルのギターでお父さんのNepal Shawと共演する動画を紹介。
彼の多才っぷりを見るたびに、インドの音楽英才教育の恐ろしさを感じる。


なんとも形容しがたい音楽性の4人組バンドApe Echoes(しいて言えばフューチャー・ファンクか)のサウンドは完全に無国籍なセンスの良さ。
センスの良いミュージックビデオは、ジャイプル出身の人気シンガーソングライターPrateek Kuhadが昨年リリースした"Cold/Mess"と同じウクライナ人監督監督Dar Gaiとインド人俳優Jim Sarbhによるものだ。

バンガロールのテクノアーティストWatashiによるハードな質感のこの楽曲。テクノは扱ってもEDMは扱わないところに、インディーレーベルとしての矜持のようなものを感じる。

創設者2人によるTansaneがトラックメーカーとなって、Aditi RameshのスキャットとラッパーThe Accountantをフィーチャーした"Campus Recruitment"はインドの大学での就職活動をテーマにした楽曲。
Tansaneの名前は16世紀のインドの大音楽家Tansenから取ったものだろうか。

NRTYAからのリリースではないが、The Mellow TurtleとTre Essのジャールカンド州の2人は、盲目の少年シンガーDheeraj Kumar Guptaをフィーチャーした楽曲"Dil Aziz"をプロデュースした。
作曲は同じ盲学校に通う14歳少年Subhash Kumar.
イノセントさと深みを兼ね備えた歌声が素晴らしい。
シンプルながらも古典的なものを古く聴こえさせないトラック、そしてソウルフルなギターソロもさすがだ。
インディーのNRTYAではなく、インドの大手音楽配信サイトJioSaavnからのリリースなのは、少しでも多くの人の耳に届くようにという親心か。
これは以前The Mellow Turtleがインタビューで語っていた、ソーシャルワーカーとしての盲学校で音楽を教える活動が形になったもので、すでに各種サイトで多くの再生回数を集め、高い評価を得ているようだ。
「The Mellow Turtleインタビュー!驚異の音楽性の秘密とは?」

NRTYAにはインド全土からアーティストの音源が送られてきており、その中で優れたものを世に出しているそうだ。
ジャールカンドのようなインディーミュージックが盛んでない地域からも、The Mellow TurtleとTre Essのような優れた才能を発掘し、彼らがまた次の才能を育てて世の中に送り出すという好循環が生まれている。
こんなふうに、音楽の分野だけにとどまらない才気と気概を感じさせられるアーティストが多いのも、インドの音楽シーンの素晴らしいところだ。

ちなみにレーベル名の5文字のアルファベット"NRTYA"、覚えにくいなと思っていたのだが、これはPunjabiによると、「永遠のエネルギーの5つの元素、すなわち想像、維持、破壊、幻影、解放を含む宇宙の舞踊」を意味しているという(と言われてもよくわからないが)。
おそらく読み方は「ヌルティヤ」でよいのだと思うが、私はCharがやってる江戸屋レーベルみたいに「成田屋」と読んでいる。
この成田屋、もといNRTYA、現代インドの音楽シーンの多様性と勢いをもっとも象徴するレーベルである。

みなさんも、「インドの最新の面白い音楽を紹介してほしい」と聞かれることがあったら(あんまりないとは思うけど)、まずはこのレーベルをチェックしてみることをお勧めする。
それでは!


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2018年08月08日

インドのエリートR&Bシンガーが歌う結婚適齢期!Aditi Ramesh

「インドの女性に関する話題」と言えば、ここ日本で報道されるのは、首都デリーや地方でのレイプ被害だとか、結婚のときの持参金で揉めて花嫁が殺されたとか、顔に硫酸をかけられたとか、悲惨なものばかり。
あるいは、インディラ・ガンディー首相やタミルナードゥ州のジャヤラリタ州首相のような、いわゆる「男まさり」な女性政治家たちや、女性美をとことん強調したボリウッド女優など、いずれにしてもかなり極端なものが多いように思う。
もちろん、そのいずれもが注目すべきトピックではあるのだけれども、当然ながら、こうした注目を浴びる人たちとは関係なく暮らす女性たちだってインドにはたくさんいる。

というわけで、今回は、「女性R&Bシンガー、Aditi Rameshが歌う現代インドのキャリアウーマンの切実な悩み」というテーマでお届けします。

今回の記事の主役、Aditi Rameshはムンバイで活躍する実力派女性シンガーソングライターで、例えばこんな楽曲を歌っている 。

お聴きいただければ分かるとおり、この曲はインド要素ゼロ。
ちょっとフランスの女性シンガーZazを思わせる、ジャジーな楽曲だ。


もっとミニマルでエクスペリメンタルな曲もある。
Zap Mamaみたいなアフリカにルーツのあるアーティストに似た雰囲気のある楽曲で、中間部では南インド古典音楽のカルナーティック的な歌い回しも出てくる。

現在28歳のAditiは、少女時代をニューヨークで過ごした。
ニューヨークでも、やはり以前紹介したRaja Kumariのように、インド人コミュニティとの繋がりが強かったのだろう。
クラシックピアノだけでなく、カルナーティック音楽の古典声楽を習っていたという。
15歳のときに家族とともにインドのバンガロールに戻ってくると、その後大学で法律を修め、インドでもトップクラスの法律事務所で弁護士としてキャリアをスタートさせた。
この経歴を見てわかる通り、彼女はミュージシャンである以前に、裕福な家庭で育った極めて優秀なエリートでもあるわけだ。

そんな彼女が再び音楽と向き合うことになったのは2016年。
友人にキーボードをもらったことをきっかけに、彼女はまた音楽にのめり込んでゆく。
翌年に最初の音源をリリースすると、ジャズやブルース、ヒップホップ、それにほんの少しのカルナーティックの要素を融合した彼女の音楽は、若いリスナーたちの注目を集めることとなった。
今では弁護士の仕事を辞めて、音楽一本で生活しているとのこと。

何不自由なく育ったお嬢さんがブルースねえ、と皮肉りたくもなるが、15歳という多感な時期にインドに戻ってきた彼女は、母国であるはずのインドでの暮らしになかなかなじめず、両親ともうまくいかない時期を過ごしていたという。
彼女が法律の道に進んだのも、両親のように薬学や工学を学びたくないという理由からだそうだ。 

音楽活動に真剣に取り組み始めた当初、彼女のいちばんのモチベーションは、人間性を無視してまで働かざるをえない環境への不満を表現することだった。
仕事に対する怒りをブルースの形でぶつけた"Working People's Blues"という曲でムンバイのシンガーソングライターのコンペティションで優勝したことが、デビューのきっかけになった。
これがその曲で、歌は30秒頃から。

お聴きいただいて分かる通り、かなり本格的なブルースソングだ。
はたから見れば裕福で悩みなんかなさそうに見える境遇でも、 当然ながら相応の苦労や憂鬱があるってわけだ。

さて、前置きが長くなったが、今回注目するのはこの曲。
"Marriageble Age"


現代的なR&Bを思わせるミニマルなトラックにフィーメイル・ラッパーDee MCのラップを大きくフィーチャーした楽曲で、ところどころにカルナーティック的な歌い回しが顔を出す。
ジャジーな部分やR&Bっぽい部分はインドらしさ皆無なのに、ラップになるとアメリカの黒人やジャマイカン的なリズムではなく、インドのリズム由来のフロウになっているところに、このリズムがDNAレベルでの浸透していることを感じる。

サウンド面でも非常に興味深い楽曲だが、今回注目する歌詞の内容はこんな感じだ。
(英語の歌詞全体はこちらからどうぞ。"show more"をクリック!)

あなたはいくつになったの?25?26?
家族はいつ身を固めるのかと聞いてくる
いつ赤ちゃんを産んでくれるの?
あなたの体内時計はどんどん時を刻んでゆくのに、どうして私を困らせるの?
いつ落ち着くつもりなの?
どうしていい人を探さないの?男の人はたくさんいるのに

分からないの?そんなことが私のしたいことの全てってわけじゃない
私には自分のしたいことがある、無関心だなんて言わないで

でもあなたはもう結婚適齢期、20代ももう下り坂
あなたは結婚適齢期、もう十分自由を満喫したでしょう?
どうして動き回っているの?あなたの人生で何をやっているの?
今すぐに誰かの奥さんにならないんだったら
誰にも見つけてもらえない落し物みたいになるわ

(ここからラップパート)
時は流れてゆくのに、どうして遊びまわっているの?
美貌は衰えてゆくのに、自分だけは別だと思ってる
あなたは正気を失ってるの 結婚する時期よ
気分を切り替えなさい 夢見る時は終わったの

私たちのおせっかいは終わらないわ
こういうものなの 逆らえないの
イヤって言えば言うほどしつこくするわよ
それだけが目的なの 理由は聞かないで

あなたはインドにいるの ここはアメリカじゃない
一度無くした若さは戻らないわ
また結婚の申し込み(rishtaa)があったわ、今度は文句ないでしょう
最高の巡り合わせなのに、どうしてまだ待つなんて言うの?
娘よ、手遅れになる前に決めなきゃ
これ以上自由でいるあなたを見たくはないわ

私の古い考えを変えることはできないわ
男とハグしたりキスしたりするのは結婚してからにしなさい
結婚証明こそが生きてゆくためのライセンスなのよ
どうして理解できないの?あなたには責任があるの
まだ子供時代が過ごしたいの?
あなたの叔母さんが送ってくれた写真を見てみなさい
目をそらさないで この人の奥さんになりなさい
仕事が終わったら彼のために料理を作って彼を幸せにするの
向こうのご両親も待っているわ 年相応になりなさい

インドの女性であることは呪わしくもありがたいこと
みんなは私を押さえつけようとするけど私は自由でいたいの
結婚適齢期なのよ 血を絶やそうとしているの?
30歳になるまで待っていられないわ もうすぐなのよ



ところどころ、とくにヒンディーのところはGoogle翻訳なので間違っているかもしれないがご勘弁を。
親族からのプレッシャーを表したすごく直接的な歌詞にとにかくびっくりした。
日本だとポップスの曲で、ここまで具体的かつ個人的な不満をぶちまけることって、なかなかない。
でもAditiがこういう曲を発表したのは、これが単なる個人的な不平ではなく、インド社会全体に共通して見られる現象だからだろう。
実際にAditiが親からこういうプレッシャーをかけられているということではなく(それも有りうることだが)、多くのリスナーが共感してくれる内容だからこそ歌にしたのではないだろうか。

Aditiに代表される英語での高等教育を受けた新しい世代は、インド社会でますます存在感を増してきている。
彼らの特徴は、英語を流暢に話すこと(海外在住経験者も多い)、その多くがエンジニアやMBA、法律家や医師などの専門職であること、カースト等の伝統的な価値観への帰属意識が希薄なことなどが挙げられ、インド社会の中で、カーストや地域をベースにした既存の集団とは違う、新しい「階層」を形成している。
しかしながら、今日でも家族をベースにしたコミュニティの団結がとても強いのもまたインド。
こうした新しい考え方と価値観を異にする彼らの両親らの古い世代とのギャップは埋めようがないレベルにまで達している。
その最たるものが結婚に対する意識だ。
彼らの母親たちの世代では、女性は20代前半には両親の決めた相手と結婚し、家庭に入り、子どもを生み育て家を守るのが当然であり、またそれこそが幸福とされていた。
もっとキャリアを追求したいとか、結婚相手を自分で探して選びたいとか、結婚のタイミングを自分で決めたい、という若い世代の考え方とはどうしたって相容れない。
これはもうどちらが正しいという問題ではなく、価値観や幸福感のベースをコミュニティーや伝統とするのか、それとも個人とするのかという根本的な考え方の違いなのだ。

世間体や家族の体面のためだけに結婚なんかしたくはないし、それが幸福とも思えない。
それなのに両親や親族からは会うたびに結婚はまだかと聞かれる。
めんどくさくってしょうがない。

と、まあ、この曲は都市部のインドの女性の極めて現実的な悩みを歌ったものなのだ。
そもそもブルースやR&Bは人々の憂鬱や苦労をストレートに歌い飛ばすもの。
特段に悲惨な境遇でなければ歌にしてはいけないなんて決まりはなく、例えば往年のR&Bシンガー、エタ・ ジェイムスの"My Mother in Law"という曲では、口うるさい姑への不満が歌われている。
そういう意味で、このAditi Rameshの"Mariageable Age" はまさしく現代のインド都市部の働く女性のためのリアルなブルースと呼ぶことができるだろう。

彼女はソロ名義とは別のプロジェクトや客演も積極的に行っている。

よりジャジーなアプローチを行っているカルテット、Jazztronaut.


音楽の世界における女性の地位向上をテーマにした女性だけのバンド、Ladies Compatment.


Mohit Rao, Adrian Joshua, The Accountantとのユニットではヒップホップ色の強いサウンド。


先日の映画音楽カバーの記事でも紹介したアカペラグループVoctronicaのメンバーの一人でもある。


彼女の音楽は、インドの要素を取り入れていても、どこか都会的でR&Bの空気感が支配的な印象を受ける。
こうした印象は、インド系アメリカ人であるRaja Kumariとも共通しているように感じるが、これはAditiも幼いころを米国で過ごし、アメリカの音楽に本場で親しんでいたことが理由なのだろうか。
(彼女はインタビューでも、両親はミュージシャンでこそなかったが、いろいろな音楽を聴かせてくれたと語っている)
R&Bやジャズをベースにしたサウンドに、ほんの少しのインド音楽の要素。
これは、欧米風の個人主義的な価値観に基づいて暮らしつつも、伝統やコミュニティーから完全には自由になれないインドの新しい世代そのものを表しているようにも感じられる。

というわけで、今回はAditi Rameshの音楽を通じてインドにおける世代間の価値観のギャップを紹介してみました。
彼女の音楽は、こんなふうに歌詞をほじくらなくても、サウンドだけでも十分に素晴らしいものなので、ぜひいろんな曲を聴いてみてください。

いよいよ次回は、読者の方からリクエストをいただいたバンド、Pineapple Expressを紹介してみたいと思います! 
それでは。 



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