ヨギ・シン

2023年11月28日

二人目のヨギ・シンとの対話


ターバン姿の初老のヨギ・シンからの「You have a lucky face.」というお決まりの問いかけに、私はとぼけてこう尋ねた。

「何のことを言っているんだ?」

「あなたの額から良いオーラが出ている」

予想通りの答えだ。
私は「意味が分からないがあなたの話を聞くつもりはある」という表情を作って足を止めた。
彼にとって望ましい、ごく自然なリアクションだろう。

「自分はメディテーションをやっているのでそれが分かった。来年良いことがある。あなたにとって『良い花』をひとつ挙げてほしい」

小さな紙を出す前に質問してくるのが意外だったが、私はプラディープに聞かれたとき同様に「チェリーブロッサム」と答えることにした。
ところで、この問いに対する最も多い答えは「ローズ」だそうで、もしそう答えたら何か別の展開があるのだろうか。
(この謎はそう遠くないうちに明らかになるのだが、このときはまだそれを知らない)

ターバンの男は、プラディープのように「あなたの心を読んでみせよう」とは言わず、無言で手帳を取り出した。
そこにはおなじみの5センチ四方くらいの白い紙がたくさん挟まれている。
そのうちの一枚を丸めて私に握らせると、例によって脈絡のない質問を投げかけてきた。

「1から9で好きな数字は?」

「8」

「名前は?」

本名を答える。もちろんアルファベットの綴りも伝えなければならなかった。

「年齢は?」

「45歳」

「子どもは何人いる?」

「2人」

「望みは?」

「健康」


彼は手帳を下敷きがわりに、手元の紙に私の答えを書き込んでいるようだ。
この間、最初に渡された紙はずっと私が握ったままだ。

この後の展開は分かっている。
プラディープと同じように、隙をついて私が握っている紙をすり替えるつもりなのだろう。
それなら、意表をついてこの紙をすぐに開いてやろうかと手を広げた瞬間、彼は、
「紙を握った手を額に押し当てて、その後で拳に息を吹きかけろ」と言って、私の手にある紙を一瞬つまんでみせた。

言われた通りにまた紙を握り額にあて、息を吹きかけると、彼はようやくそれを開くように言った。

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「好きな数字は8、あなたの名前はこれ、年齢は43歳、好きな花はチェリーブロッサム、子どもは2人、望みはグッドヘルス。あなたの答えが全てここに書かれているだろう」

思った通りのトリックだ。
彼は私の答えを聞きながら、急いで2枚の紙に同じ文字を書き、そのうちの1枚を丸めて、私の手のひらの紙を一瞬つまみあげたときにすり替えたのだ。

急いだせいか、彼の手元の紙の文字は乱れており、自分で書いた5を3と読み間違えて「43歳」と言ってしまっている。
それにプラディープのときと同様に最後の「健康(good health)」は判読できない。
あえて指摘はしなかったが、この男の「占い」はちょっと雑だなと思った。

「二人の子ども」を示すところにC-2とあるのは、Childrenの略と思われる。
わざわざCと書いた理由は、この数字が何を意味しているのか自分で忘れないようにするためだろう。

「答え合わせ」が終わると、彼は再び手帳を開いた。
ここまでの手順は、先月会ったプラディープとほとんど同じだが、次に彼が見せたのは、オレンジの装束に長髪を垂らしたグルの写真ではなく、シルディ・サイババの肖像画だった。
1838年に現在のマハーラーシュトラ州のシルディという街に生まれたこの「初代」サイババは、今でも精神的指導者としてインドじゅうで崇拝されている。

ShirdiSaiBaba
(この画像は彼が見せたものと全く同じではないが、このようなシルディ・サイババの肖像画は、今でもインドでたくさん売られている)

サイババといえば、1990年代に一世を風靡したアフロヘアーの男が有名だが、あの「プッタパルティのサイババ」は、このシルディ・サイババの生まれ変わりを自称していた人物である。
20世紀初めに亡くなった人物を「師匠」として挙げるのは日本人の感覚からすると違和感があると思うが、インドの感覚ではそんなに不思議なことではない。
(ちなみに文脈から「師匠」という日本語をあてているが、彼もプラディープ同様にteacherという単語を使っていた)

男は次に、早口の英語でごく短い祈りの言葉のようなものを唱えた。
内容は忘れてしまったが、私の名前と、グッドヘルスという言葉、あと家族がどうとか言っていたように思う。

さっきの肖像画に対して「シルディ・サイババだね」と伝えたが、彼は「そうだ」と生返事をして、手帳から10才くらいの子どもたちが並んだ写真を取り出して見せた。
日本でシルディ・サイババを知っていて反応する人は珍しいだろうから「知っているのか?」とか「君も彼を信じているのか?」とか聞いてくれても良さそうな気がするが、余計なことを言わないのは段取り通りに早く進めたいからだろう。
子どもたちの写真はプラディープが見せたものとは別のもので、子どもたちが並んだ後ろには'○○ foundation'と何かの団体名が書かれているのが見える。

「これは私の寺だ。父母のいない子どもたちを助けるためにお金をくれないか」

予想通りの言葉だ。
私が1,000円札を差し出すと、彼はそれを手帳に挟んでしまい込んだ。
その時、彼の手帳に英語のフレーズと日本語の対訳が書かれた紙が挟まれているのがちらっと見えた。
「私は祈りを〜」とか書かれていて、どうやら自己紹介のときに見せて使うためのものらしい。
日本語が達者な協力者がいるのだろうか。

1,000円しか渡さなかった私に対して、彼は「子どもが二人いるなら、二人分で2枚の紙幣を出してくれ」と要求してきた。
たった2,000円しか要求しないとは、ずいぶんと謙虚なヨギ・シンである。
手練のヨギ・シンなら、間違いなく「1,000円なんて馬鹿にするな。最低でも10,000円だ。他の人は貧乏人でも10,000円は払ってくれているぞ」とか言うところだ。
彼にはインド人特有の押しの強さがなく、「2枚くらい貰えないかな」と言うのをはっきりと断ると、思いのほかあっさりと引き下がってくれた。
しつこくないのはありがたいのだが、率直に言って、今回の彼からはあまりやる気が感じられない。
占いも祈りも雑だったし、がめつくもない。
彼はヨギ・シン界の窓際族なのだろうか?
ともあれ、ここからは私が質問する番だ。

「インドには何度も行ったことがある。あなたはパンジャーブから来たのか?」

「そうだ。インドのどこに行った?」

「デリー、アーグラー、ヴァーラーナシー、ムンバイ、他にも色々あるけど、残念ながらパンジャーブには行ったことがない。あなたはパンジャーブのどこから来たの?」

「アムリトサル」

「シク教の聖地だね。あなたの寺の名前は?」

「ゴールデン・テンプルだ。そこではたくさんの料理を調理して、みんなに振る舞っている。今度インドに来るときは、ぜひ私の寺にも来てほしい。」

ゴールデン・テンプルとは大きく出たものだ。
黄金寺院はシク教の最大の聖地である。
グルドワラと呼ばれるシク教寺院では、参拝者に料理をふるまい、一同に会して食事する儀礼的習慣がある。
これは異なるカースト間で食事をともにしないヒンドゥー教徒に対して、シク教が平等を重んじることを意味していて、黄金寺院では毎日10万食ものカレーが調理されているという。

「知ってる。映画で見たよ(『聖者たちの食卓』)」
と答えると、彼は「あ、そう」とあまり興味のなさそうな反応を返してきた。
最初に会ったときのプラディープもこんな感じだったが、彼らの間では、「会話に夢中になって自制心を失うな」というような教えがあるのだろうか。
そういえばプラディープも「次にインドに来る時は自分の寺に来てほしい」と言っていた。
これはどうせ来ないと見越して、自分の発言に真実味を持たせるためのレトリックなのだろう。
人は信心深い人を信用しやすい。
私が調べた限りでは、黄金寺院には児童養護施設のような場所は併設されていないようで、彼はおそらく嘘をついているのだが。

「グルドワラ(シク教寺院)だと礼拝に来た人に料理をふるまうんでしょう。東京にもグルドワラがあるんだよ」

「本当か? どこにあるんだ?」

「茗荷谷っていうところ」

茗荷谷という街の名前は日本語になじみのない彼には難しかったらしく、何度か確認されたがうまく伝わらなかったので「『東京 グルドワラ』で検索したら出てくるよ」と教えた。
彼らは東京で暮らす同じコミュニティの仲間と繋がっているのではないかと考えていたのだが、このリアクションを見る限り、都内の敬虔なシク教徒と強い繋がりがあるわけではなさそうだ。

「じつは先月もあなたのような占い師にこのあたりで会ったんだ」

ポーカーフェイスを貫いていた彼の顔に、少し驚きの色が現れたように見えた。

「この人なんだけど、知ってる?名前はプラディープ」

スマホの写真を覗き込み、「知らない」と答えた彼の反応は、嘘をついているようには見えなかった。
彼とプラディープは、別々のグループのヨギ・シンなのか。


「あなたみたいな占い師が世界中にたくさん出没しているらしいけど、みんな同じコミュニティなの?」

「コミュニティじゃない。ネイションだ」

「ネイション?同じ地域から来たということ?」

「そうではない。私たちはネイションなんだ」

「それはジャーティー(同じ職能の一族や集団。いわゆるカースト。シク教では表向き、カーストによる序列は否定されている)ということ?」

「ジャーティーではない。私たちはネイション。私はメディテーション・スチューデントだ」

彼が繰り返す「ネイション」という言葉の意味がいまひとつつかみきれないが、シク教の同じ信仰を持つ仲間という意味だろうか。
中年から初老の域に差し掛かっている彼は、studentという言葉のイメージからは程遠く、これは「修行者」程度の意味なのだろう。

「シク教徒の全員がこういう占いをするわけではないでしょう?」

「全員ではない」

「こういう占いができる人は世界中に何人くらいいるのか?」

「世界中に200人から300人くらいいる。たくさんの寺があるから正確な数は分からないが、それくらいだろう」

プラディープも言っていたように、彼らは「寺」に所属しているという建前になっているらしい。
判で押したような同じ「占い」の技術を全員が持っているということは、寺かどうかは別にして、体系化された技術を教えるシステムがあるのは事実なのだろう。

「はっきり言うと、あなたがさっき紙をすり替えるのを見た。先月会った男も同じことをやっていた。これはマジックの一種でしょう」

「違う。これはメディテーションだ」

プラディープ同様、彼は自分の行う術をマジックと呼ばれることを否定し、占い(フォーチュンテリング)とも言わずに、メディテーションと定義しているらしい。
日本人が考える瞑想とはずいぶんイメージが違うが、ここにもなにかこだわりがあるようだ。

「ヨギ・トリック(例によってこれは仮名だが、実際には本当の名称を言っている)というマジックの技を知っているか?」

私がこう聞いた時、彼はあからさまに不快そうな顔をして、「知らない」と回答した。

「ヨギ・トリックはあなたのような占い師が使うトリックで、19世紀にイギリスで書かれたマジックの本にも書かれていると聞いている。どっちにしろ私は気にしないが、本当に知らないのか?」

「何も知らない」

彼の反応を見る限り、やはりトリックに関する話題には答えないようだ。
すこし聞き方を変えてみる。

「あなた方はどれくらい前から存在しているんだ? つまり、19世紀から同じようなことをしているのか?」

「19世紀なんかじゃない。200年前からだ」

こう答えたときの彼は、これまでの感情が読めない話し方とは異なり、誇らしげな様子に見えた。
インチキとはいえ、やはり自分たちの伝統にはプライドがあるのだろうか。
今から200年前でも19世紀じゃないか、と思ったが、それは言わなかった。
彼はこのやたらと詮索してくる日本人と早く離れたいようだった。

「それじゃあ。良い1日を」

話を切り上げて立ち去ろうとするのを引き止めて「まだ聞きたいことがある」と言うと、彼は少し迷惑そうな表情を見せたが、歩き出した彼に並んで質問を続けた。

「このあとどこに行くつもり?」

「マロチ」

「丸の内のこと?」

「そうだ。マルノウチ」

「今どこに滞在しているの?」

「カロヤシ」(そう言っているように聞こえた)

何度か聞いたが、彼は日本語の地名を覚えるのが苦手らしく、結局どこのことか分からなかった。
東京駅から45分くらいかかる場所とのことである。

「あなたのような占い師は東京に来ると必ずこのエリア(丸の内・大手町)に来るけど、どうして?」

「英語を話せる人が多いからだ。東京は英語が話せる人が10%くらいしかいない。どこに行ったらもっと英語が話せる人がいるんだ?」

「それなら六本木に行ってみたらいいと思う。外国人ツーリストとか英語を話せる人もたくさんいるし、リッチな人も多い街だから」

彼は六本木という地名も覚えることができず、彼が差し出した紙にローマ字で綴りを書いて、そこにサブウェイの日比谷ラインと大江戸ラインで行けると付け加えた。
まさか自分がヨギ・シンの商売道具の「小さな紙」に何か書くことになるとは思わなかった。
だが、この後彼が六本木に出没したと言う情報はない。
よく分からない日本人のアドバイスよりも、彼らのコミュニティで伝わっている「占いするなら丸の内」というルールのほうが信用に値すると思っているのだろう。

「東京にはどれくらい滞在しているの?」

「3週間。1週間前に着いて、あと2週間いる」

「日本のあとはどこか別の国に行くのか? 他に国にも行ったことがある?」

「インドに帰る。他にはドイツと香港に行ったことがある」

世界中を旅して占いをしているヨギ・シンにもかかわらず、彼の年齢で日本以外2カ国しか行ったことがないというのは、ちょっと少ない気がする。
21歳のプラディープですら、すでに台湾とスイスとドイツとフランスに行ったと話していた。
このターバンの男は、たまにしか占いをやらないパートタイム・ヨギ・シンなのかもしれない。

「この後また別の人に声をかけるのか?」

「メディテーションでオーラを見て、幸運な人に声をかけているんだ」

一応返事はしてくれているが、彼の態度からははやく話を切り上げたいという気持ちがありありと伝わってきた。
こうなったら会話が途切れないように手当たり次第に質問をしてやろう。

「あなたは何歳?」

「59歳」

「東京だとこの占いで1日にいくらくらい稼げるの?」

「稼いでいるのではない。寺のためにお金を集めているんだ」

「ソーリー。で、いくらくらいのお金が集められるの」

「5,000円から8,000円くらいだ」

これは思ったより少ない。
1日5時間から8時間占いをやるとして、1時間に1人、1,000円払ってくれる人にようやく出会えるかどうかという計算だ。
東京に現れたヨギ・シンが「poor 10,000 middle 20,000 rich 30,000」と書いた紙を見せこともあるようだが、やはりそんなに払う人は滅多にいないのだ。
往復の航空運賃と滞在費を考えたら赤字だろう。

「あなた方の占いを詐欺だと呼ぶ人もいる。それについてはどう思う?」

この質問には、彼はあからさまに不快そうな表情を見せ、「これはメディテーションだ」と繰り返した。

彼らが使うメディテーションという言葉には、「タネも仕掛けもない」といった気持ちが込められているようだ。

「もしトリックがあったとしても、私は気にしない。あなた方の伝統をリスペクトしている」

と言うと、彼はほっとしたような表情を見せた。
そうこうしているうちに、気がつけば東京駅のすぐ近くまで来ていた。

前回書いた通り、私はこの日は仕事帰りで疲れていて、こんなに簡単にヨギ・シンに会えると思わなかったので、質問もほとんど用意していなかった。
今にして思えば、もっと聞きたいことはたくさんあったのだが、彼の「あまり深入りしてくれるな」と言う態度もあり、私はこのへんで会話を終えることにした。

2019年に遭遇したヨギ・シンは、こちらから話しかけて正体を探ろうとしたら態度を硬化させて、その後二度と現れなくなってしまったが、このターバンの男は、その後も大手町〜丸の内〜日比谷エリアで占いを続けているようである。
その後もXでは目撃情報が寄せられている。

彼が言ったことが本当ならば、12月初め頃まで東京にいるはずだ。

そういえば、彼にWhatsappの番号を聞こうとしたら「やってない」と断られてしまったのだが、後日彼に遭遇したという人の話では、別れ際に「何かあったら連絡してくれ」とWhatsappの番号を渡されたという。
よほど私と関わり合いたくなかったのだろう。
怪しい占い師に怪しいやつだと思われた私の立場がないが、改めて読み返してみたら、そう思いたくなる気持ちも分かる。
ちょっとぐいぐい行きすぎたのかもしれない。

(続く)



goshimasayama18 at 23:03|PermalinkComments(0)

2023年11月18日

ヨギ・シンとの遭遇を終えて


前回の記事:


若きヨギ・シン(そうは名乗らなかったが)ことプラディープとの遭遇を終えて改めて思ったのは、「結局よく分からなかった」ということである。
いろいろなことが聞けたものの、彼が言ったことが真実だったのかどうかは、分かりようがなかった。

最大の収穫は、彼の「トリック」が分かったことだ。
知ってしまえばなんてことのないトリックだが、その手法はじつに洗練されていた。
とくに、ずっと握っていた紙をすり替えたあとに、その紙をまた握らせて額にあてたり、息を吹きかけたりさせるところは秀逸だ。
いかにも不思議な力を発揮しているような印象を与えて、すり替えた時の動きを忘れさせる効果を生み出しているからだ。
ヨギ・シンが「この紙をずっと握っていたね」と一瞬紙を摘み上げたことを記憶していた人は、私の知る限りでは一人もいなかった。
プラディープ以外のヨギ・シンが別のトリックか本物の超能力を使っている可能性も否定できないが、いずれにしても非常によくできた心理学的手法である。


驚いたのは、プラディープが、かつて私が「ヨギ・トリック」(仮名)として紹介したマジックの手法を使わなかったことだ。
このトリックは19世紀のイギリスのマジックの本にも記録されており、その技の名前から、ヨギ・シンと関連がある技術であることはほぼ間違いない。
(誰もが見られるネット上でマジックの種明かしをするのは本意ではないので、テクニックの名前は仮名にしている)
もしこのトリックを使えば、彼はもっと簡単に相手の心を読む(ように見せかける)ことができるのだが、彼はまだ未熟でこの技を使うことが許されていないのだろうか。
それとも、ヨギ・シンは今ではもうこの技は使っていないのだろうか。

もうひとつ驚いたのは、かつてmixiに書かれていたヨギ・シンのテクニックに対する推察がほとんど正しかったということだ。
その内容を改めて抜粋しよう。

占い師は客の答えを、いちいち紙にメモしていきます。答え合わせの時に必要だからというのが建前ですが、目的は別にあります。答えを2回書いて、2枚のメモを作るのです。そのうち一枚を丸めて、客の手の中の紙と、こっそりすりかえます。

これはまさにプラディープが行っていたテクニックだ。
手で握っている紙をこっそりすりかえるなんてできるのか、とその時は思ったものだが、それを可能にするのが、前述の仕掛けである。

この時私は「答え合わせのときに必要だからと言ってヨギ・シンが答えをあからさまにメモするという話は聞いたことがない」と書いているのだが、間違っていたのは私の方だった。
実際、ヨギ・シンが答えを聞きながら紙にメモを取っていたという証言は、私の知る限りではない。
おそらくだが、「占い」が的中した驚きで、紙にメモを取るというあたりまえの行動の記憶はかき消されてしまうのだろう。
ここにも、彼らの巧みな心理的トリックがある。

ちなみにこのmixiに書き込んだ人物は、ヨギ・シンが性格判断として「あなたは考えすぎる」と言うとも書いていた。
これはまさに今回私がプラディープに言われた言葉だ。
2012年にヨギ・シンの秘密に相当迫っていた人物がいたのだ。
どこの誰かは存じ上げないが、ぜひ一度ゆっくり話してみたいものである。




話をプラディープに戻そう。
その後、彼の出身地だという「ファテガル・サーヒブ」を調べてみたところ、そこはシク教の巡礼地となっている有名な寺院だった。

「君が住んでいるのはここ?」とその寺院のページのリンクをつけて送ってみたところ、彼の返事は「No」。
別の街の名前が送られてきた。
鉄工業が盛んな以外これといって特徴のない郊外の街である。
彼は適当な街の名前を言っていたのだろうか。

よくよく調べて見ると、どうやらファテガル・サーヒブというのは寺院の名前であると同時に、その寺院がある街の名前でもあり、さらにその街がある県(district)の名前でもあるようだ。
彼が住んで街はファテガル・サーヒブ県の別の街で、その意味で「ファテガル・サーヒブ在住」と言ったのだろう。
とはいえ、その郊外の街に住んでいるというのが真実だという根拠もない。
結局は何も分からないままなのだ。

そういえば、彼とwhatsappの連絡先を交換した後、それまでほとんどなかった迷惑メッセージが続けて送られてきた。
インドとアメリカから、英語での求人を装ったメッセージと知り合いを装ったメッセージが3件来たのだだが、全てブロックしたところもう届かなくなった。
これが偶然だったのか、プラディープを通じて詐欺師に情報が漏れたのかは分からない。
分からないことだらけだ。

彼が住んでいる街についてのやりとりを終えた後も、プラディープに何度かメッセージを送ったのだが、今の所返事はない。
確かに、金ヅルでもなく、「占い」を信じているわけでもない私と連絡を取り合うメリットは彼にはない。
私が一瞬信じかけた「友情」は気のせいだったのだろうか。
それでも、ダメモトでたまに連絡をするようにしている。
そのうちまた気が変わって、返事が来ることがあるかもしれない。


ところで、最初に情報をくれたSIさんが仲の良いインド人に聞いたところによると、ヨギ・シンは「インド人コミュニティ界隈でも詐欺師として有名で、東京の警察には何度も通報されている」らしい。
東京在住のインド人にヨギ・シンのことを何度か尋ねたことがあるのだが、私のまわりでは誰も知らなかったので、この情報にもびっくりした。
まともに仕事をして海外で暮らしているインド人にとっては、やはり同胞の評判を下げるヨギ・シンは迷惑な存在なのだろう。
こうした評価を彼らがどう受け止めているのか、気になるところではある。



最後に、休日に「ちょっと謎の占い師探してくるわ」と言って外出する私を快く送り出してくれた家族と、プラディープとのアポイントのために早退させてくれた職場(さすがに理由は言ってないけど)のみなさんに感謝します。
直接言えっつう話ですが。


…と、ここで終わるはずが、事態は衝撃の展開を迎えた。
私のブログに、またしてもヨギ・シンらしき占い師と東京で遭遇したという報告が寄せられたのだ。

プラディープがインドに帰国したはずの10月16日から10日以上過ぎた10月27日、そして11月13日、さらにこれを書いている11月16日に、丸の内エリア、そしてこれまでに出没情報のなかった神田でヨギ・シンと思われるインド系の占い師に声をかけられたコメントやメッセージが相次いで届いている。
今度のヨギ・シンはターバンを巻いた中年だそうで、プラディープとは明らかに別人だ。

プラディープはかたくなに「一人で来日した」と言い張っていたが、もしかして彼は嘘をついていたのではなく、たまたま同時期にもう一人(あるいはもうひとグループ)のヨギ・シンが来日していたのだろうか。
それとも、プラディープが帰国してもなお日本で活動している同じグループのヨギ・シンがいるのだろうか。
もしかして、彼らは日本に住んでいる?

ますます謎は深まり、調査は続く。
だんだん音楽ブログであることを忘れてしまいそうになるが、いずれにしても乞うご期待!



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goshimasayama18 at 00:34|PermalinkComments(0)

2023年11月06日

ヨギ・シンとの対話(後編)


前回の記事



ヨギ・シンたちは世界中を渡り歩いて、路上で人の心を読む「技」を披露する。
魔法のように見えるその技にはもちろんトリックがあるのだが、彼らは、それは瞑想による特殊能力で、マジックではなく本当に心を読んでいるのだという。
その主張を100%信じるならば、彼らはパンジャーブの寺で貧しい子ども達を養っていて、世界中で占いをしながら寄付を募っているのだ。

…冷静に考えると、かなり無理のある話だが、プラディープとの会話を通して、彼らはたとえそのトリックを見破られても「そういうことをする愚か者もいるが、俺は違う」と、その設定を絶対に崩さないことがわかった。
彼らの技は、あくまでもリアルだというのだ。

この感覚、どこかで覚えがあると頭をひねっていたら、思いあたるものがあった。
それはプロレスだ。
プロレスは、選手同士がお互いの協力のもと技を掛け合って見せるという極めてエンターテイメント性の強い「格闘技」(というか、格闘技の形を借りたエンターテイメント)だが、あくまで「真剣勝負」としてリング上で演じられる。
プロレスラーたちは、ときにスーダン生まれの「黒い呪術師」とか「シカゴのスラム街の用心棒」とか、現実とは異なる荒唐無稽なキャラクターを演じて、ファンを沸かせる。(ちなみに前者はアブドーラ・ザ・ブッチャー、後者は名タッグのロード・ウォリアーズ。彼らの出身地も肩書きも完全なフィクションだ)

現実にはありえない離れ業をリアルとして見せ、現実とは異なるキャラクターを演じ切るという意味で、ヨギ・シンはプロレスと全く同じなのである。

プロレスに関して言えば、総合格闘技ブームとミスター高橋による暴露本(プロレスには勝敗や筋書きの取り決めがあり、それがどのように決められるかを詳述した)によって、いわゆる「リアルファイト」ではないことがファンに知れ渡ることになった。
だが、それでプロレスというジャンルが滅びることはなく、ファンは今では「お約束」を分かった上で楽しむものとして受け入れている。

ヨギ・シンをプロレスに例えるなら、彼らが行っているのは、そうした裏を知られることなく、ファンに「最強の格闘技」だと信じられていた昭和の時代のプロレスということになるだろう。
当時からプロレスを八百長だと批判する人がいたように、ヨギ・シンもまた、彼らの世界観を共有しない世界中の人たちから、「詐欺」として非難されている。
確かに、頼んでもいない占いをいきなりしてきて、法外な金を請求されたら気分が悪いのも分からなくもない。
とはいえ、こうしたグレーゾーンの不思議さを味わう余裕なく詐欺師呼ばわりするのはなんだかちょっと悲しい気がする。
私がプロレスファンだからだろうか。

私はヨギ・シンの正体を暴き、そのトリックをネット上で晒してしまったわけだが、決して暴露本を書いたミスター高橋になりたいわけではない。
まだプロレスがうさんくさくていかがわしいものと思われていた(しかしファンは最強の格闘技だと信じて疑わなかった)1980年代に『私、プロレスの味方です』という本を出版した、作家の村松友視になりたいのだ。
いくらその謎を解いても、プロレスにもヨギ・シンにもなお到達できない永遠の謎がある。
夢が覚めても、夢が終わるわけではない。
だんだん何を書いているのかわからなくなってきたが、プラディープとの会話はまだまだ続く。



「それじゃあ君はメディテーションをして、カレッジで学んで、ときに海外に出かけて占いをして、お寺のためにお金を稼いでいるってわけ?」

「うん。コロナのときは大変だった。世界中でコロナが流行していたからね」

パンデミックの時期には海外に行くことができず、占いで稼ぐことができなかったと言っているのだろう。
まだ若い彼は、コロナ禍の頃は占い師ではなかったと思うが、コロナは彼の「デビュー」の時期にも影響を与えたのだろうか。

「じつはコロナの前、2019年にもこのあたりで君のような占い師に会ったことがあるんだ」

「日本でってこと? それはどんな人だった?」
と聞く彼に、当時遭遇報告をくれた人から送ってもらったターバン姿の男の画像を見せた。

「この右側に写っているターバンの人、知ってる?」

プラディープはしばらく私のスマホを凝視した後、

「知らないな。でも僕の先生なら知っているかもしれないから、聞いてみるよ。もし知ってたらあなたに伝える。この画面の写真撮ってもいい?」と彼は私のスマホの画像を撮影した。
撮影した目的は「自分たちが怪しまれて詮索されている」もしくは「自分たちとは別のグループが東京で活動していた」という事実をリーダー的な人物に報告するためだろう。
この写真を入手した経緯を伝えると、誰が撮影したのかと尋ねてきた。

「2019年のことだし、直接交流がある人じゃないから誰なのかは分からない。その人が君たちについてネガティブなことを言っていたわけじゃないよ。
でも、君のような占い師についてインターネットで調べると…そうだな、例えばグーグルで『シク 占い師』と検索すると、詐欺だと言っている人がたくさんいる。私はこういう状況が悲しいんだ」

「それ、見せてもらえる?」と身を乗り出した彼に、私は適当に検索して、ロンドンで、ターバン姿の占い師たちを詐欺として告発しているtiktokの映像を見せた。

「これは誰が言っているの?」

「分からないけど、ロンドンにいる人みたい。シクの占い師の詐欺だと言っている」

「これはシク教徒じゃないと思う。別の人たちだよ」

「とにかく、こういうのをシク教徒の占い師の詐欺だと言っている人もいるんだよ。
悲しいことだよ。あなたのことを詐欺師だといいたいわけじゃないけど」

「うん。こういう詐欺をする人もいるってことは知っている。寺もなければ先生もいないような人たちが、こういうことをしてお金を騙し取るんだ。明日国に帰ったら、寺の写真を撮って送るよ」

結論から言うと、彼からその写真は送られてこなかった。
論理的に考えれば、仮に彼から寺の写真が送られてきたとしても、それで彼のやっていることが詐欺ではないという証明にはならない。
彼の主張は「プロレスは八百長なんですよね?」と聞かれたときに、デスマッチでできた体じゅうの傷を見せて「この傷を見ろ!これでも八百長だって言うのか!」と答えた大仁田厚と同じ論法である。
大仁田の傷が本物だからといって、試合の勝敗が事前に決められていなかったことにはならないし、彼が寺の写真を送ってきたからといって、彼が本当のことを言っているかどうかは分かりようがない。

ここで注目したいのは、少し前に彼が「詐欺師たち」を「別の寺の人たち」だと言っていたのにもかかわらず、今度は「詐欺師たちはシク教徒ではなく、寺も師匠もない人々だ」と言っていることだ。
彼は、自身も(そう呼びたくはないが)詐欺師であるにもかかわらず、詐欺師の悪評をできるだけ自分のコミュニティから遠ざけようとしているのだ。
ナイーブすぎるかもしれないが、この言葉には少し胸が痛んだ。
プロレスに例えれば「なかには八百長をする選手もいる。うちの団体にはいないけどね」と言わざるを得ないプロレスラーの心境といったところだろうか。
別に悪いことをしているわけではないのだが、思わず彼をフォローする言葉を発してしまった。

「あなたを詐欺師だって言いたいわけじゃない。あなたは誠実な人でしょう」

「オーケー」

「あなたはまだ若い。上の世代の占い師は変われないかもしれないけど、あなたはこれから他のものになることだってできる」

率直に言うと君はいい奴だし、君みたいな人が詐欺師呼ばわりされるのは私も辛い、と続けようとしたのだが、彼は遮って、

「上の世代にはすごく力のある人たちもいる。何も必要としないで、ただ見るだけで相手のことが分かる人もいるんだ」

と自信を持って返してきた。
私にトリックを見破られているのに、彼は「自分たちの占いはリアルだ。俺はしくじったかもしれないが、先輩たちは本当にすごいんだ」と答えたのである。
総合格闘技の試合に負けたときのプロレスラーのような発言である。
それとも、もしかしたら本当に超能力が使える占い師がいるのだろうか?

「本物の占い師もいるのは分かるよ」

「うん」

「でも、他に詐欺師もいるでしょ」

「いろんな人がいる」

「ところで、どうして占いをする場所としてここを選んだの?」

「日本ってこと?」

「いや、このエリア(丸の内・大手町)のこと。はっきり言って、ここはベストな選択だよ。このあたりには大きい会社も多いし、お金持ちの人も多い。誰かがアドバイスしたの?」

2019年にこのエリアにヨギ・シンが出没した時から、私は日本に彼らをサポートし、助言している存在がいるのではないかとにらんでいた。
おそらくそれは、彼らと同じコミュニティ出身の、別の仕事をしている(例えばIT系のエンジニアとか)仲間なのではないかと考えている。
パンジャーブにルーツを持つシク系移民は世界中に散らばっている。
この説には自信があるのだが、プラディープは尻尾を掴ませるようなことは言わない。

「このあたりは英語を話せる人が多いからね。他の地域にも行ったけど、他の地域では英語を話せる人はほとんどいないから」

彼はこう答えたが、私が知る限り、これまで日本で丸の内、大手町、銀座以外の場所でヨギ・シンの出没報告が寄せられたことはない。
彼らは試行錯誤せず、最初から丸の内を選んでいた。
ここがベストだと彼らに助言した、東京に詳しい人間が背後にいるはずなのである。
彼らの「仲間」について、もう少しつっこんで聞いてみる。

「今回、日本には一人で来たの?」

「そうだ」

前回会った時と同じ回答だが、これは明確に嘘である。
彼の出没とほとんど時を同じくして、このエリアで中年のターバンを巻いた占い師との遭遇報告も寄せられている。

「この近くで、もっと年配のターバンを巻いた別の占い師を見たって言う人もいるよ。君の家族か友達じゃないの?」

「知らないな。さっきの写真の人のこと?」

「違うよ。あれは2019年に撮られた写真だ。写真は持ってないけど、最近そういう占い師に会ったって言っている人がいる。
50歳か60歳くらいのターバンを巻いた人に会って、貧しい人は5,000円、ミドルクラスは10,000円とか書いた紙を見せられたって。それで1万円払ってルドラクシャ(菩提樹の実)をもらったっていう人がいるんだよ。あなたの知り合いじゃないの?」

「いや、まったく知らないね」

「本当に?」

「本当だ。まったく知らない。このエリアで会ったのか?」

「そう。このエリアでターバンを巻いた占い師に会ったっていう人がいるんだ。SNSで見かけたんだよ」

「オーケー」

ここで私は、彼がオーケーと答えるとき、どこか自信のなさが漂っているということに気づいた。
「もしその人の写真があるなら、先生に聞いてみる。写真はあるの?」

「その人の写真はないんだけど、その人がくれたルドラクシャ(菩提樹の実)の写真はアップされているよ」

スクリーンショット 2023-11-01 1.35.28

その遭遇者の方は、数日前に丸の内で会ったターバンを巻いた占い師に1万円を払い、このルドラクシャを「寝室に置くように」と渡されたのだという。
プラディープはこの画像も自分のスマホで撮影していた。

これ以上この話題を突き詰めても得られるものがなさそうなので、先日彼が見せてくれた「先生」の写真について、気になっていたことを聞いてみた。

「こないだ見せてくれた君の先生の写真だけど、ターバンを巻いていなかったよね? シク教徒っぽくなかったけど彼はヒンドゥーなの?」

「彼らは宗教を持っていないと言っている。ヒンドゥーでもシクでもないんだ。だから僕も先生がヒンドゥーなのかシクなのかムスリムなのか知らない。
人間は、生まれた時はシクとかヒンドゥーとかムスリムとか関係なく、ただの人間だ。でも人々には寺があって、ある人はシクだとか、ある人はヒンドゥーだとか、ある人はムスリムだとかいう。まるでジャーティーみたいにね」

プラディープは最初に「彼ら(they)」と言ったが、確かにインドにはこうした特定の宗教に依拠しない精神的指導者がいる。
彼の師匠もそうした導師の一人だと言いたいのだろう。
「ジャーティー」というのはカーストに基づく職能集団のことで、インドには、これによって優越感を持ったり差別したりする因習(われわれがイメージするいわゆるカースト制度)がいまだに残っている。

「じゃあこの先生は、宗教の指導者ではなく、精神的な指導者ってことだね」

「そう。彼らは神はひとつだと言っている」

「そういう考え方は好きだな。特定の宗教は信じてないけど、神の存在は信じているから」

「うん、いい考え方だね」

彼の精神的な「師匠」が実在するのかどうかは分からないが(それっぽい適当な写真を使っている可能性も高い)、このあたりの考え方には彼の本音が見え隠れしているようにも聞こえる。
インドの伝統的な思想のひとつであり、また現代的に言えばかなりリベラルでもあるこうした考え方は、彼の雰囲気に合っているように感じた。
ここでもうひとつ、以前からずっと気になっていたことを聞いてみた。

「ところで、君たちみたいな占い師は、ほとんどの人がヨギ・シンと名乗っているよね」

「ヨギは『ヨガをする男』(ヨガ・マン)という意味だ。それは名前じゃなくて、ただのヨガという意味だよ」

「つまり本当の名前じゃないってことだね」

「そうだ」

「シンはシク教徒の男性がみんな名乗る名前だね」

「そう。つまりヨガ・マンという意味だ。名前じゃなくて、ヨガをやっている、メディテーションをやっているということだ」

「ヨギ・シンというのがこの占いをするシク教徒の名前だと思っている人はたくさんいるよ」

「あなたはスマホやインターネットでいろんなことを見て詐欺だと思っているようだね。僕も先生から詐欺をする人もたくさんいると聞いているよ」

ところで、今気づいたのだが、彼が使っている「瞑想(メディテーション)」という言葉は、「ヨガ」の訳語なのではないだろうか。
ヨガはもともと哲学であり瞑想法だが、日本や西洋ではエクササイズとしてのイメージが強い。
このあたりの誤解を招かないように、彼はメディテーションという言葉を選んでいるのかもしれない。
そのことに気づいている彼は、ヨギ・シンと名乗らなかったのではないか。
ヨギ・シンという名前についての会話から、話題はだんだんと彼の出自へと移っていった。

「君はずっと寺に滞在しているの?」

「うん。僕は寺で生まれた」

「それで君は今も寺のために働いているというわけだね」

「そう。そこは保護施設(シェルター)のようなところでもあるんだ」

「子ども達のための保護施設っていうこと?」

「そうだよ」

「デリケートな話題でごめん、君は両親なしで育ったの?」

「うん。両親ともいなかった。僕は両親を知らないんだ」

「それは大変だったね」

「今はそう感じていないけどね」

昨日は「占いは先祖代々の家業だ」と言っていたプラディープが、今日は自分は孤児だったと主張している。
どちらが真実かは分からないが、身寄りのない子どもたちが瞑想による超能力を身につけた導師がいる寺で育ち(じつはそれはトリックのある技術なのだが)、その技を身につけて世界中を旅して寺院の運営資金を集めているというのは、なんだかタイガーマスクみたいな話ではある。
しかし、この話を続けていると、そのうちお金を要求されそうなので、話題を変えてみる。

「そういえば、カナダでシク教のリーダーが殺されて、インドとカナダの間で国際問題になっているよね。インド政府が彼を殺したと言っている人もいるみたいだね」

今年6月にカナダで起きたシク教指導者ハルディープ・シン・ニジャールの暗殺事件について、彼に話を振ってみた。
この事件を受けて、カナダのトルドー首相は、ハルディープ師が「カリスタン運動」に関与していたためにインド政府によって暗殺されたとほのめかし、両国の関係は一気に険悪化した。
カリスタン運動とは、パンジャーブにシク教徒の独立国家建設を目指す動きのことだ。
この運動の支持者にはテロ行為も辞さない過激派もいて、彼らは1984年には弾圧への報復として時のインド首相インディラ・ガーンディーを暗殺し、1985年に329人が犠牲になったエア・インディア182便爆破事件を起こしている。

「そうだ。シク教徒を殺したと言ってカナダ政府がインドを批判したことで、問題になっている」

「このことについてどう思う?」

「カナダ人のこと? カナダの政府には好感を持っているよ。インドの政府は、シク教徒やムスリムを殺して、インドに住んでいいのはヒンドゥー教徒だけだと言っている。これは良いことじゃない」

インドの与党であり、モディ首相が所属するインド人民党(BJP)はヒンドゥー至上主義を基盤としており、とくにムスリムを排斥する傾向があるとして国内外からの批判を受けている。
しかしシク教とBJPの関係は決して険悪ではないと聞いていたので、この辛辣な批判には驚いた。

「BJPはかなりヒンドゥー至上主義的な政党だよね」

「うん。だから僕らはカリスタン(シク教徒による独立国家)が欲しいんだ。ヒンドゥスタン(インド)とパキスタンが分離したようにね。
パキスタンとヒンドゥスタンが分裂したとき、僕たちシク教徒は新しい国を作ることもできた。でも僕らは断ったんだ。インドと別々になりたくはないと言ってね。でも今になってインド政府はヒンドゥーこそが宗教だという。だから僕らはインドからカリスタンを分割したいと思っているんだ」

カナダのシク教徒ギャング団による資金が、カリスタン運動に流れているという話もある。
海外でグレーな活動に手を染めるヨギ・シンの一派も、こうした思想を持っているのだろうか。

「あなたはカリスタン運動を支持しているの?」

「いや、支持しているわけじゃないよ。僕がインドに住んでいること自体はとてもいいことだ。でももし政府がヒンドゥー教だけが宗教だと言ったら、それは良くないことだ。
僕らが政府に言っているのは、宗教はヒンドゥーだけじゃないということ。僕らは一つだ。シクもムスリムも平等だと言っている。宗教なんて意味はない。みんな人間だ」

今ひとつ彼の思想がわかりにくいが、前半の発言は、シク教徒の一般論としてのカリスタンに対する考え方で、後半が彼の個人的な意見ということだろうか。
それとも、思わず出てしまったカリスタン支持を隠そうとしているのかもしれない。

「1947年の分離独立のときにパンジャーブ地方も印パ両国に分割されたよね。分離独立の時、たくさんのシク教徒がパキスタン側からインドに移り住んだって聞いている」

「そうだ。僕もパキスタンから来た」

21歳の彼がパキスタンから移住してきたとは考えにくいから、彼の両親や祖父母がパキスタンから来たと言いたいのだろう。
だが、少し前に「両親を知らない」と言ったこととの矛盾に気がついたのか、彼はこう言い直した。

「僕の、僕の、えーと、僕の先生は、僕らはパキスタンから来たと言っている」

「僕ら」というのが、彼のコミュニティを指しているのかどうか定かではないが、これは興味深い情報だ。
なぜなら、ヨギ・シンの正体と目される'B'というコミュニティは、もともとその多くが現パキスタン領内にあるシアールコートという街に住んでいたと言われているからだ。

「パキスタンのどこから来たの?シアールコート?」

「いや、いや。分からない。ただ、僕の先生は僕らはパキスタンから来たと言った。
僕の両親もそんな感じだと言っていた。でも僕は両親は知らないから」

彼の回答はあいかわらず要領を得ないが、私が少し質問を急ぎすぎたのかもしれない。
昨日会ったときから、彼は明確に'B'のコミュニティの一員であることを否定していた。
私の質問の意図を感じ取って、うまくかわした可能性もある。

「じゃあ君は、自分のジャーティーを知らないんだね」

「そうだ。でも僕の先生は僕はシク教徒だと言った。だから僕は髪を切ってないんだ。髭は短くしているけどね」

彼の髪は肩くらいまでの長さで、髭は5ミリくらいに揃えられている。
シク教には、髪も髭も神から与えられたものであるから切ったり剃ったりしてはいけないという戒律がある。
今では全員が厳密にその教えを守っているわけではないが(髭や髪の手入れをしている人も多い)、彼が「髪を切っていないんだ」と言ったとき、その言葉は誇らしげに聞こえたし、「髭は短くしているけど」と言った時はすこしバツが悪そうに見えた。
「グッドルッキングだよ」というと、彼は照れくさそうにありがとうと言った。

ふと腕時計を見ると、彼がここを離れる時間だと言っていた17時を回っていた。
まだまだ聞きたいことはあったが、これから飛行機に乗って帰国するという話が本当なら、あまり引き止めるわけにはいかない。

「もうそろそろ行かなきゃいけないんじゃない?」

「あと5分くらいは大丈夫だよ」

この返事には正直驚いたし、ちょっと感動した。
私は彼に占いを見破ったと言い、彼が隠そうとしていることをあの手この手で暴こうとしている。
私が彼の立場だったら、一刻も早く立ち去ろうとするだろう。
プラディープは私に、少しは親しみや安心感を感じてくれているのだろうか。
残りの時間で、聞きたかったことをできるだけ聞いてみよう。

「女の人は君みたいな占いはしないの?」

「女の人?しないね。僕の寺では女の人はしない。他の寺は知らないけど。あなたは女性の占い師の写真を持っているの?」

「いや、持ってないし私も知らない。ニューヨークとかシンガポールとかロンドンであなたみたいな占い師に会ったという人は、みんな男性だったというから聞いたんだ」

「そう、男の占い師だけだ。ロンドンに行ったことある?」

「ないよ。インドには5回行ったことがあるけど、ヨーロッパには行ったことはない。インドのほうが好きだな」

「ナイス。いつインドに来るの?」

「次?たぶん来年かな。最後に行ったのは10年くらい前だから、もうずいぶん前になる。今度は家族も連れて行きたいよ」

「いいね」

「インドからいろんなことを学んだよ。日本にはインドの文化が好きな人がたくさんいるよ。ボリウッド映画のファンもね」

「日本人はインド人が好きなの?」

「うん。たくさんのインド料理屋さんもあるし、インド映画のファンもたくさんいる。最近『パターン』っていう映画を見たよ」

「シャー・ルク・カーンだね」

インド映画やK-Popについての本当に他愛のない話をしているうちに、いよいよ彼が立ち去らなければいけない時刻が来てしまった。
別れの挨拶の前に、リラックスして雑談できたのは、良かったと思う。

「ありがとう。会えてよかった。ペンもありがとう」

「これからも連絡を取り合おうね」

「ハバナイスデイ、グッバイ」

雑踏に消える彼を見て、私ははっと気づいた。
彼は今日、一度もお金の要求をしなかった。
お金のためでないなら、どうして私に会ってくれたのだろう。
彼の正体を探ろうとしている人物に会っても、彼にメリットはひとつもない。
途中で話を切り上げて去ることだってできたはずだ。
もしかして、プラディープは本当に友情のためだけに会ってくれたのだろうか。
そんなふうに考えるのはさすがにナイーブすぎると思うが、もしかしたら。

21歳の若さで、自分の腕とハッタリだけを頼りに異国な街でグレーな仕事をして生きる彼の心境を想像してみる。
警察沙汰になるリスクもあるし、うまくいっても詐欺師呼ばわりされる仕事は、決して誇らしいわけではないのだろう。
5年後、10年後も、彼はまだこの家業を続けているのだろうか。
ヨギ・シンという存在が世界中からいなくなってしまう未来を想像するとさみしい気持ちになるが、プラディープにずっとこの生き方をしてほしいとは思わない。
インドに帰った彼は、東京をどう思い出すのだろう。



ところで冒頭部分で、プロレスの本質はエンタメであると書いたが、ではプロレスには戦いがないのかというと、そんなことはなくて、それは間違いなく存在している。
(もうこの話題はいいよと思っている人がほとんどだろうが、もう少し続けさせてもらう)
プロレスの根底にはガチの格闘技がある。
華麗な空中殺法でファンを魅了した初代タイガーマスク(佐山サトル)はその後シューティング(リアルファイト)へと進み、日本にアメリカ的ショープロレスを持ち込んだ第一人者である武藤敬司は道場でのガチンコ勝負でもめっぽう強かったという。
世界各地に出没しているヨギ・シンのほとんどが、占い師としてはフェイクだったとしても、彼らの中には本物の超能力者もいるのかもしれない。
「上の世代にはもっとすごい人もいる」
と断言したプラディープの言葉には、もしかしたらと思わせる力強さがあった。
はたして、さらなる強力なヨギ・シンが来日することはあるのだろうか。

(つづく)


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2023年10月29日

ついに実現! 若きヨギ・シンとの対話


前々回の記事:



前回の記事:


これまでのヨギ・シン関連記事:



若きヨギ・シンことプラディープ君(仮名)とのアポイントは結局日曜日では都合がつかず、月曜の午後3時半に、前回と同じ東京駅前で再会することになった。
午後10時羽田発の飛行機に乗るという彼がその前に時間を作ってくれたのだ。
東京駅にしたのは、きっと今日も丸の内〜大手町エリアで「占い」をしている彼が来やすいようにと気遣ってのことである。
ほぼ詐欺師の占い師に気を遣うのもバカバカしいが、「めんどくさいからやっぱり会うのやめた」と思われてはかなわない。
自分はこの機会を10年待っていた。
とはいえ、夢にまで見たヨギ・シンとの再会の約束を喜んでいたのは前日までの話だ。

東京駅に向かう私は、すっかり憂鬱な気持ちになっていた。
会えば必ずまたお金の要求をされるだろう。
前回は不意打ちのような形でいろいろ聞き出すことができたが、今回は向こうも十分に心の準備をしてくるはずだ。
彼が私に会う理由はひとつしかなく、それは私を金ヅルだと思っているからだ。

whatsappで約束の日時を調整している間も、彼は「会ったら私の寺を助けてくれるか?」とか「会ったら贈り物をくれるよね」というメッセージを送ってきていた。
ノーと答えれば来ないだろうし、イエスといえばしつこく要求してくるだろう。
「考えておくよ」とか「会えるのを楽しみにしてるよ」とか適当にはぐらかしたものの、この曖昧な返答が彼の中でイエスと解釈されている可能性もある。
さらには「どうして僕に会いたいんだ?」という至極もっともな質問もしてきた。
「こないだも言ったけど、私はインドもインド人も好きなんだ。君が生まれる前のインドで撮った写真も見てもらいたい。つまり友情のためだよ」
と送ると、彼は初めて笑顔とグッドサインの絵文字を返してきた。

このやりとりの過程で、彼がまだ21歳であることも分かった。
「私はその歳の頃にインドに行ったんだ」
と伝えたのは、インチキ占い師である彼に、自分が運命論的なものを信じているように見せて、関心を持ってもらう(要は、インチキ占いを信じる可能性があると思ってもらう)ためだ。
いろいろ聞かせてもらう代償に、まったくお金を払わないというわけにもいかないだろう。
今回は財布の中に千円札を3枚だけ残して、残りをかばんの奥にしまっておいた。


日本人らしく定刻前に東京駅に着いた私は、プラディープに駅前で待っているというメッセージを送った。
しかし10分待っても20分待っても返信はなく、返信がないどころか既読にすらならならない。
相手はインド人だし、待たされるのは覚悟していたが、ここまで無視されるとさすがに不安になる。
「今どこ?」と送っても、通話機能で連絡をしても、なんの返事もない。

「東京駅前」というかなりざっくりした場所を指定した自分が悪かったのだろうか?
Wi-Fiが繋がらなくて連絡がつかないとか?
駅前広場をくまなく探してみたが、やはり姿はない。
30分を過ぎた頃、ようやくスマホが振動した。
「今どこにいる?」
プラディープからのメッセージだ!
周囲の画像を撮って「ここにいるよ」と送ってからさらに数分が経った頃、先日と同じ人懐っこい笑顔でプラディープがやってきた。
今日も片手に革の手帳(例の占いの時に使ってたやつだ)だけを持ったほぼ手ぶらスタイルだ。

通り一遍の挨拶のあと、さっそく気になった点を尋ねてみた。

「今日、日本を発つんだよね? ところで荷物は?」

「部屋に置いてある」

「近くのホテルに滞在してるの?」

「ここから2、3駅のところ。巣鴨のホステルに泊まってる。今4時半だから、5時には行かないと」

「それなら宿に近い巣鴨で話そうか?」

「5時にこの近くで別の人に会わないといけないんだ。だからこのへんで話そう」


東京駅から羽田空港に行かなきゃいけないのに、巣鴨に戻るのは逆方向だ。
この日に日本を発つという話や、5時に別の約束があるというのが本当なのか、ちょっと怪しい。
でも「ホテルに泊まっているのか?」という問いにわざわざ「ホステル(安宿)」と答えている点には若干のリアリティがある。

初めに書いておくと、私の質問に対する彼の回答は、どこまでが真実で、どこまでが嘘なのか、いまひとつ分からない。
明確に嘘だと分かる発言もあれば、もしかしたら本当かもと思わせる部分もあったし、これは真実だろうと確信できる部分もあった。
今回のインタビュー(というか会話)は、まずは彼の言葉を否定せず、私の質問に対してどう答えるのかを探るという趣旨で行った。
できれば彼とは今後も関係を維持して、ヨギ・シンのさらなる真実が知りたい。
明らかな嘘であっても、今回はそこを追求するのではなく、彼が何を隠そうとしているのか、どうはぐらかすのかをまずは知りたかった。
ともあれ、2日前と同じように、東京駅前広場のベンチに腰を下ろして、会話が始まった。


「これはすごく小さな贈り物だけど、このペンはすごくスムースに書ける。
君は占いのときに心を読んで紙に書くでしょ。だからこれ使って」

「ありがとう」

彼からの「贈り物をくれるよね」という要望に、若干の皮肉を込めてジェットストリームの4色ボールペンを渡したところ、思いのほか素直な反応が返ってきた。
「これだけか? 他にはないのか?」とか言われると思っていたので、これは肩透かしだった。
このプレゼントは今日の対面が物やお金の要求に終始するのか、それともまともな会話ができるのかを探る試金石のつもりだったのだが、これはいい兆しだ。
続いてもう一つ、反応を探るための質問をしてみた。

「もう一度君の寺の写真を見せてもらって良い? 寺の名前を教えてもらえる? 情報をみんなにシェアしたいんだ。お寺のウェブサイトはあるの?」

「(田舎にある)村の寺だからウェブサイトなんてないよ。でもFategarh Sahibで検索してくれたらいい。その近くにある寺だよ」

彼はおととい見せてくれた子どもたちとターバンの男たちが写った写真を見せてくれた。
聞いたことがない地名が出てきたので、手元のノートに綴りを書いてもらう。
ヨギテンプル

「ファテガル・サーヒブね。これはアムリトサルにあるの?」

「そうだ。アムリトサルの近くだよ」

「この写真、撮影させてもらっていい?」

「なんで僕の寺の写真を撮りたいんだ?」

「ツイッターとかインスタでシェアしたいんだよ」

「そうか。この写真はシェアしてもOKだけど…他の情報はインターネットでシェアしないでくれ」

申し訳ないが、そう言われたけどいろいろ書いてしまっている(本名や彼の写真を載せるつもりはないけれど)。
もし彼が本当にまっとうな寺や孤児院のための寄付を募っているのなら、訝しんだりしないで、寺の名前や情報、寄付の方法などを喜んで教えてくれるはずだ。
もともと寺への寄付というのは作り話だろうと思っていたが、やはり嘘なのだろう。
あとで調べたところ、ファテガル・サーヒブという街は実際に存在していて、シク教の巡礼地になっている同名の大きな寺院がある。
しかし実際はその街はアムリトサルからは200キロも離れていて、とても「アムリトサルの近く」と言える場所ではない。
前回彼はアムリトサル出身だと言っていたので、これは明らかに矛盾している。
出身地については毎回その場しのぎの適当なことを言っているのだろう。
そして、「他の情報をインターネットに書き込まないでくれ」と言っているということは、彼は自分たちの行動を「知られては困ること」だと自覚しているのだ。

あまり突っ込みすぎても警戒されるだけだろうから、事前のやりとりで伝えていたように、学生時代にインドで撮影した写真を見てもらいながらしばし雑談に興じてから、また質問を続けてみた。

「日本の次はどこに行くの?」

「インドに帰る」

「パンジャーブに帰るの? 君の村に?」

「そうだ。寺に帰る。アムリトサルの近くの」
(前述の通り、彼の寺はファテガル・サーヒブはアムリトサルからは遠い)

「君は寺に住んでいるの?」

「そうだ。寺に住んでいる」

「そこで瞑想をしてるの?」

「そうだよ」


この部分もかなり怪しいと思っているのだが、彼にとって「寺で暮らし、瞑想に生きる男」という設定は譲れない部分らしい。
ここで以前から聞きたかった質問をぶつけてみた。


「世界には君みたいな占いができる人は何人ぐらいいるの?」

「世界中で? わからないなあ。僕らの寺はひとつだけじゃないからね。
ある人は別の寺に所属しているし、またある人は別の寺に所属している。
僕らの寺には瞑想や他の術ができる人が5人いる」

前回同様、私は彼の「占い」のことを英語でフォーチュンテリングと呼んでいるが、彼はずっとメディテーションという言葉を使っている。
ここにも彼のこだわりがあるようだ。

「君の家族には何人くらい占いができる人がいるの?」

「僕の家族? できる人はだれもいないよ。
僕は寺に住んでいる。僕らは寺で生まれた。別のところに住んでいる先生や友達がいるんだ」

「お父さんは占いをしないの?」

「僕は父を知らない。僕は寺で暮らしている」

「他の瞑想を学んでいる生徒たちは占いができるの?」
(彼が使っていたメディテーション・スチューデントという言葉を使ってみた)

「何人かの敬虔な(holy)魂を持っている人は、瞑想をすると祝福されて(blessed)、この技術が使えるようになる」


彼が本当に寺で暮らしているかどうかは不明だが、何人もこの「占い」の師匠(彼はティーチャーと呼んでいた)がいて、プラディープの寺(派閥)には5人のヨギ・シンがいるというのは、なんだかありそうな話に聞こえる。
一方で、彼の父親を知らないという発言は、前回の対面時に聞いた「この占いは代々の家業(puchtani)」という話と明らかに矛盾する。
前回の話が真実だったとすれば、彼に家族と占いとの関係を隠す意図があるということだ。

「君はとても若いよね。今21歳?」

「そう」

「これから君は何をするの? 君はカレッジにも通っている?」

「どんなカレッジのこと?」

「つまり、カレッジに通って瞑想以外のことも学んでいるの?」

「僕は薬学とか物理学も学んでいるよ」

正直に書くと、プラディープがここでPharmacy(薬学)あるいはPharma(製薬)と言っていたのを、私は農家(farmer)と聞き違えていたようだ。
そのため私は「農業はパンジャーブの文化だよね」とか「ファーマーになるんだね」とかトンチンカンな発言をしてしまい、彼もイエスと答えながらもちょっと困惑していたようだった。
間違いに気がついたのは後になってからのことだ。

ともかく、彼がカレッジで薬学や物理学を学んでいるというのは、リアリティがあるように思える。
もし彼が神秘的な占い師としての印象を強くしたいのなら、ずっと寺で瞑想をしているという回答をしたはずだ。
カレッジで学んでいる内容について詳しく聞かれるかもしれないのに、ここで嘘をつくメリットは彼にはない。
そして何より、彼のたたずまいは、流浪の占い師ではなく、ふつうのインドの大学生っぽかった。
ずっと路上で後ろ暗い生き方をしてきた者が持つ影が、彼には全くない。
ここで私はズバッと、彼の最大の秘密を知ってしまったことを伝え、そのリアクションを観察してみることにした。

「悪く思わないでほしいんだけど、私には君の占いのトリックが分かってしまった。
おとといの占いの時、君が私の手の上で紙をすり替えるのを見たんだ」

世界中で「占い」をしてきたヨギ・シンたちが、ずっと見破られなかった秘密を本人に突きつける。
さすがに逃げられてしまうかもしれない。
そうしたらどう引き止めて会話を続けようか。
だが彼は立ち去ることも沈黙することもなく、あまり表情を変えずに、すぐにこう答えた。

「Oh. いったいどうやってすり変えたっていうんだ?」

「私が紙を握ったあと、君に名前や誕生月や望みを教えたね。そのあと、私が手を開いたときに、君は『これがあなたが握っていた紙だね』と言って一度その紙を手に取った。そのときに君が紙をすり変えたのを見たんだ」

彼はあからさまにうろたえたりはしなかったが、どうにかして内心の動揺を隠しているように見えなくもない。

「いや、そんなことはしていない。
私たちには2種類の人間がいる。ある人たちはそういうことをするけど、他の人たちはしない。僕はしないんだ。さっき言った通り、たくさんの寺があって、いい寺もあるし、そうじゃない寺もある」

明らかに手の内がバレてしまっている状況でも、彼はあくまでも瞑想によって人の心を読むことができるというキャラを変えるつもりはないようだ。
こちらも、そういうリアクションをするのだということが分かれば、ひとまずは十分だ。
必要以上に警戒されることは望んでいない。

「悪く思わないでくれ。どっちにしろ私は別に気にしていないから」

「オーケー」

「私はただ、君みたいな占い師が世界中に出没していると知って、いったい何者なのか、何人くらいいるのかを知りたいだけなんだ」

「オーケー。アムリトサルに来て、僕の寺を見たらいいよ」

彼のオーケーという返事にあまり元気がないように感じたが、会話を打ち切って逃げられてしまうようなことはなさそうだ。
どうやら、彼は自分の占いのトリックが見破られているにも関わらず、「自分は良い占い師で、他に悪い奴もいる」というストーリーでこの状況を乗り切ろうとしているようだ。


(つづく)


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2023年10月18日

ヨギ・シンとの対決(その1)


これまでのヨギ・シンに関する記事:



前回の記事:



謎のインド人占い師、ヨギ・シンが再び東京に出没している!
10月12日(木)にその情報を得た私は、翌13日(金)の仕事帰りに、さっそく同エリアを捜索した。
前回同様、遭遇報告は丸の内〜大手町のごく狭いエリアに限られている。
しかし、1時間ほどくまなく歩いても、怪しげな占い師の姿は見あたらない。
これまでの報告では、暗くなってからの遭遇事例はなかった。
時間帯が悪かったのかもしれない。


翌14日、土曜日。
この日は昼過ぎに捜索を開始した。
東京駅の丸の内北口を出た私は、大手町から丸の内エリアを歩き回ったのち、念のため4月に目撃情報があった銀座にも足を伸ばした。
しかし歩行者天国となっている銀座通りはかなりの人出で、また裏道は歩道が狭くて、いずれにしても彼の「占い」が満足にできる環境ではない。

再び丸の内エリアに戻ったが、ここも空振り。
そうこうしているうちに時刻は午後5時半を過ぎ、かなり暗くなってきた。
あきらめて家路に着こうと、東京駅のレンガ駅舎前の広場に続く横断歩道を渡ろうとした、ちょうどその時だった。

視線の先で、インド系の男性がベンチに座っている日本人の若者に声をかけている。
その男は、ターバンは巻いておらず、少し長い髪を後ろで留めていた。
細身で、身長は170センチ程度。
とても若く、歳の頃は二十代前半くらいだろうか、まだ学生のように見え、その手にはヨギ・シンの商売道具でもある手帳を持っている。

その姿は、ブログに情報を寄せてくれたSIさんの報告にあった「身長170〜175センチほどで、ヒゲなし、ターバンなしの清潔感のある好青年」とほとんど一致している。
怪しげな占い師の雰囲気はまったくなく、ハンサムで人の良い若者といった印象で、もしヨギ・シンを探していなければ、彼はフレンドリーな旅行者のように見えたことだろう。
しかし、よく見ると、ポケットには収まらない大きさの革製の手帳を手にしているのにカバンを持っていないのが不自然で、銀座で何人も見かけた南アジア系の観光客とは明らかに異なる雰囲気を醸し出していた。

声をかけられた若者は、困惑しながらも「悪い人ではなさそうだ」と感じたようで、若干こわばった笑顔で応じている。

そっと近づいて、数メートル離れたところに腰掛け、様子を見る。
気づかれないように視線を向けると、このヨギ・シンらしき若い男は、もみあげからあごや鼻の下まで、短く整えられた髭を生やしている。
このヒゲがSIさんの報告と一致しない唯一の点だが、華奢で物腰が柔らかい彼からは「ヒゲ面のインド人」として連想されるような押しが強い印象はまったくない。
彼の短いヒゲがSIさんの記憶に残らなかったとしても、不思議ではない。

座った場所からは二人の会話はかすかにしか聞こえないが、どうやら手帳を手にした男は「メディテーション」とか「カルマ」とか言っているようだ。
さらに彼は革製の手帳を開いて、写真を見せたり、何かを書いたりしている。
ヨギ・シンに間違いなさそうだ。
気づかれないようにするため、直視することも近づくこともできないのがもどかしい。

しばらくすると、日本人の青年が驚いたように「マジックみたいだ」と言うのが聞こえた。
彼がヨギ・シンであることはもう疑いの余地がない。
自分の鼓動が急速に早くなるのが分かった。
何年も探し求めていた光景が目の前で展開されていることが、あまりにも非現実的で、信じられなかった。

前回の遭遇では、こちらから声をかけて詮索したせいで、ヨギ・シンに怪しまれて逃げられてしまった。
今回は絶対に気づかれないようにしなくてはならない。
だが、この若いインド系の男は、目の前の青年と話すのに夢中で、周囲にまで注意が及んでいないようだった。
そっと立ち上がり、東京駅の駅舎と周囲の景色を撮影するふりをして、彼の姿を撮影することに成功。
短い動画も撮影することができた。
できるだけ落ち着いて行動していても、脈拍は階段をダッシュで駆け上がった後のようになっている。

しばらくすると二人は立ち上がり、簡単な別れの挨拶をして、別々の方向に歩いて行った。
日本人の若者が彼にお金を払ったかどうかは分からないが、少なくともしつこい要求に声を荒げたり、機嫌を悪くしたりはしていないようだ。
日本人青年は私の目の前を通り過ぎて信号を渡り日比谷方面へ、そしてインド系の男は反対に駅前広場のほうへ歩いてゆく。

日本人青年に声をかけて、今起きたことを詳しく聞くべきか、それともヨギ・シンらしき若者を追うべきか。
一瞬迷ったが、「本物」と会える千載一遇のチャンス。ここはヨギ・シンを追うしかない。
すっかり暗くなった広場で、気づかれないように、しかし見失わないようにインド系の男を目で追うことにした。

彼は広場の真ん中らへんまで歩くと立ち止まって周囲を見渡し、次に声をかける相手を探しているようだった。
私はさっきの日本人青年が座っていた場所に腰を下ろし、彼の様子を見ながら、退屈そうにスマホをいじるふりをしていた。

やはりこの場所が声をかけやすいスポットだったのだろうか。
他のベンチの近くをひと通り歩き回った彼は、なんとこちらに向かって近づいて来た!
どうやら次のターゲットを私に決めたようだ。
絶対に怪しまれないように、手元のスマホを凝視するふりをする。

ほんの2、3メートルのところまで彼が来た時、まるで今気づいたかのように顔を上げると、彼は人懐っこい笑顔で声をかけてきた。
その第一声は、もちろんあの言葉だ。

「You have a lucky face.」

この唐突な言葉にどう答えるのが正解なのかいまだに分からないが、私は「よく分からないけど、あなたの言葉をポジティブに受け取っているよ」といった感じで

「Thank you.」

と答えた。

彼は、笑顔で自分の額のあたりを指しながら「あなたの額からオーラが出ている」と言うと、「自分はmeditation studentだからそれが分かった。あなたはいい人だが、ときに考えすぎるところがある」
と続けた。

どれも過去の遭遇報告やネット上の投稿で読んだヨギ・シンのフレーズだ。
これは現実なのだろうか。
私は興奮とも緊張ともつかない精神状態だが、当然ながら彼はそのことを知らない。

笑顔だがテンポよく話を進めている彼は、こちらに言葉を挟む余地を与えないようにしているのだろう。
彼の英語にはインド人特有の訛りがあり、慣れていない人にはかなり聞き取りにくいだろうが、幸い私はインド人の英語には慣れているほうだし、何より彼がこれから何を話し、何をするのかを知っている。
次に発した言葉は、これまでの報告で読んだことがないものだったが、彼がしようとしていることはすぐに分かった。

「あなたの目を見せてくれ。あなたのことを読んでみる(caliculate youという表現を使っていた)」

ハンサムで人の良さそうな彼の目に胡散臭さはまったく感じられないが、彼はこれから私を騙そうとしているのだ。
いや、私がそう気づいていることを彼は知らないのだから、私が彼を騙そうとしているのだろうか。
彼は、私の目を見ながら、手帳を下敷きにして何かを書きつけている。
私の心を読んで分かったことを書いているという演出なのだろう。
彼はその紙を丸めて私に渡すと、それを手で握りしめるように言った。

いよいよ彼の「占い」が始まる。

「あなたの名前を教えてくれ(Can I have your good name?)」

この「グッドネーム」という言い方はインド人特有の言い回しで、ヒンディー語のフレーズを直訳したものだと聞いたことがある。

本名を答えると、日本人の名前に馴染みのない彼は、
「K...?」
と尋ねてきた。
「心が読めるなら、綴りも分かるはずだろう」とは言わない。
アルファベットを1文字ずつ発音して伝えると、彼は手帳を下敷きに、それを手元の別の紙に書き留めた。
最初に渡された紙はずっと握ったままで、彼がすり替えそうな兆候はない、。

次に彼は、
「何月生まれだ?」
と尋ねた。 

「1月(ジャニュアリー)」と答えると、彼は「ジャニュアリーだな」と確認してまたメモをする。

続いての質問は「好きな花は?」

何と答えようか迷ったが、バラ(rose)とかよりも文字数の多い花のほうがボロが出るかもしれないと思って「チェリー・ブロッサム」と回答。
彼はまた私の答えを復唱してメモを取る。
最初に渡された紙は、まだ私が握りしめている。

最後に彼は、
「あなたの望みは?」
と尋ねてきた。

「自分は十分幸せに暮らしているので、これ以上の望みはない」

と答えると、
「そうかもしれないが、健康とか、そういった望みが何かあるだろう(他にもいくつか例を挙げていたが、覚えていない)」と食い下がる。

適当に「じゃあ、健康(グッドヘルス)」と答えると、彼はまた確認して、メモを取る。

全ての質問を終えた彼は、わざとらしく、

「あなたは私が質問する前から、ずっとその紙を握っているね」

と聞いてきた。
こんなことを言うのは、彼がまだ若くて技術に自信がないからだろうか。

次の展開がわかっている私は、「イエス」と答えて紙を握っていた手を開いた。
その瞬間だ。
彼は、
「確かにあなたはこの紙をずっと握っていた」
と言って紙をつまみ上げ、すぐに私の手に戻した。

このとき、彼は中指、薬指、小指を握ったまま、親指と人差し指で私の手から紙を取ったのだが、注意深く観察していた私には、彼が手の中にもう一つ小さく丸めた紙を隠しているのが見えた。
そして、中指の内側のあたりに握っていたその紙を、一瞬で私が握っていた紙とすり替えたように見えた。

気づかれたことを知らない彼は、ペースを崩さずに「占い」を続けてゆく。
次に彼は、再びまるめた紙を握り、その拳をしばらく額にあてるよう指示した。
言われた通りにすると、今度は紙を握った手に息を吹きかけろと言う。

私が従うと、彼はようやく彼は握った紙を開くよう告げた。

予想通り、そこには1月(January)を意味すると思われるJanという文字、私の本名、そしてCherryという殴り書きと判別不能な3文字?が書かれている。

ヨギシンメモ


彼は自分の手元のメモを見せて、私の手のひらのメモと照らし合わせながら言った。

「ここに書かれているのはあなたの名前。生まれたのは1月。好きな花はCherry。(blossomまでは書かれていなかった)この一番下に書いてあるのは健康という意味だ。あなたが答える前からずっとこの紙を握っていたのに、答えが書かれているだろう」

最後の判読不能な文字について話した時、ちょっと気まずそうにも見えたのは気のせいだろうか。
反応しないのも不自然なので、適当にさっきの青年をまねて「マジックみたいだ」と言うと、彼は、
「マジックじゃない。メディテーションであなたの心を読んだんだ」
と答えた。


もうお気づきだろうが、彼のトリックはこういうことだ。
まず、私の目を覗き込んで、私の心を読んでいるふりをしながら、手元の紙に何かを書く。
当然ながら本当に私の心が読めているわけではないので、この時に書くのは何でもいい。というか、書いているふりだけすれば良い。

その紙を丸めて私に握らせてから、名前、誕生月、好きな花と望みを尋ねる。
彼は私の答えをメモしていたのだが、このときに大急ぎで2枚の紙に答えを書いていたのだろう。
(彼は手帳を下敷きのように使って、手元が見えないようにしていた)
1枚のメモを取るスピードで2枚分のメモを取るには、かなり素早く書かなければならない。
私が握っていた紙の文字が殴り書きで、最後の「健康」に至ってはまったく読めないほどだったのはそのためだ。
メモのひとつを気づかれないように丸めると、彼は私が手を開いた瞬間に「あなたはこの紙をずっと握っていたね」と確認するふりをして、私が握っていた紙とすり替えたのだ。

よくできているのはその後だ。
彼は私にもう一度紙を握らせると、ジェスチャーを交えてその拳を額にあてさせたり、息を吹きかけさせたりした。
この動きは、まるで特別な願いをこめるかのような印象的なものだ。
この一手間には、その前に紙をすり替えるためにした動きの記憶を消す効果がある。
紙を握った手を額に当て、さらにその手に息を吹きかけるという非日常的な動作に比べると、その前の「確かにこの紙を握っていたね」と一瞬手でつまむ動きは、道理にかなっていると言うか、ごく自然なものだから、その印象はすぐに薄れてしまう。

これまでヨギ・シンに会ったと報告した人たちは、みんな「自分はずっと紙を握っていた。すり替えるタイミングはなかった」と言っていた。
私が気づくことができたのは、何が起きるかを知っていたからだ。
彼らが二人以上でいる人に声をかけないのも、このトリックが他の一人に見破られてしまうリスクが高いからだろう。
全てのヨギ・シンがこの技を使うのかは分からないが、私が会ったヨギ・シンは間違いなくこのテクニックを使っていた。
ヨギ・シン、破れたり。

だが、私に見破られたことを知らない彼は、いつもと同じように、手帳に挟んだ写真を私に見せてきた。


(つづきはこちらから)




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goshimasayama18 at 21:28|PermalinkComments(0)

2023年10月16日

ヨギ・シンふたたび東京に出現!


事態はいつも突然動く。
謎のインド人占い師ヨギ・シンのことである。

詳細は、こちらのリンクを読んでいただくとして(めちゃくちゃ長いのでお時間があるときにどうぞ)、かいつまんで話すと、世界中の都市に、不思議なインド人占い師が出没している。
ときにターバン姿で、シク教徒と思われるその占い師は、街中で声をかけた人にまるめた紙を握らせてから、好きな色や好きな数字などを尋ねる。
答えた後でその紙を開くと、信じられないことに、紙には質問の答えが書かれている。
紙を握ったのは、質問を聞かれる前だったのに。

「彼」は100年ほど前から世界中に出没していて、年齢もさまざまだが、多くの場合 'You have a lucky face.' と声をかけてくることで知られている。
「占い」のあとに寺院への寄付としてお金を要求すること、パンジャーブ出身の「ヨギ・シン」という名前を名乗ることといった共通点がある。
つまり、同じような行為を世界中でおこなっている謎のグループが大昔から存在しているのだ。
私が調べたところでは、少なくともインターネット上や著名な本でその謎に深く迫った情報はなかった。
21世紀に、誰も正体を知らない謎の集団がいる。
この不思議な事実に、私はどんどんのめり込んでいき、ブログに記事を書いた。
(このリンク先の1本目と2本目)

最初の事態が動いたのは2019年11月のこと。
彼らのことについて書いたブログに、丸の内で同じようなインド人の占い師に会ったというコメントが寄せられた。
その後数日の間に、多くの方から同様の情報が集まり、どうやら3人のヨギ・シンが丸の内付近で例の「占い」をしているらしいことが判明。
何度も足を運び、彼らの出没地帯の捜索を行ったところ、ついにヨギ・シンと思われる人物に遭遇!
しかし、接触方法を誤った私は、この怪しい占い師に思いっきり怪しまれ、逃げられてしまった。
こちらから声をかけてはいけなかったのだ。
私との遭遇以来、連日のように姿を現していたヨギ・シンたちは、二度と現れることはなかった。
痛恨の失敗である。


彼らとの接触の機会を失った私は、書籍やネットでの調査を開始した。
その結果、彼らのトリックは19世紀の本に書かれているマジックの技法で説明がつくこと(しかもそのトリックには「導師のからくり」を意味するインド由来の名前がつけられている)、彼らがシク教徒の保守的なマイノリティ・グループに属していること、インチキ占いでシク教徒の評判を落としていることに対して、同胞からも快く思われていないことなどが分かった。
しかし、そこで手詰まりである。

世界は新型コロナウイルスの蔓延を迎えた。
見ず知らずの人に至近距離で話しかけ、接触する彼らの「占い」は、感染リスクをともなう。
世界中で人の行き来が制限され、海外の都市で活動する彼らには致命的な状況になった。
果たして彼らはパンデミックを生き延びてくれるのか。
大いに心配だったのだが、コロナが一段落すると、昨年11月にパリで、今年の4月15日には銀座でヨギ・シンに遭遇したという報告が私のもとに届き、ほっと胸を撫で下ろしていた。

銀座の事例は、多くの人から報告が相次いだ丸の内の事例とは異なり、たった一人からの報告しかなく、捜索でも姿を見付けることができなかった。
おそらくはグループではなく単独での来日で、本業ではない小遣い稼ぎ的なものだったのかもしれない。


さて、次に事態が唐突に動いたのはつい先日、2023年10月12日。
ブログに「SIさん」という方から、同日に大手町で、同様の手口で占いをするインド人に遭遇したという報告が寄せられたのだ。
SIさんは、さらにX(旧ツイッター)で別にも同様の占い師に遭遇したという報告があると教えてくれた。
リンクを開くと、2日前の10月10日に、こんな投稿がされていたのだ。



間違いない。
ヨギ・シンだ。
私はSIさんにメールで遭遇時の詳しい状況を聞くと、快く返信してくれた。
ご本人の了解のもと、その内容を転載する。

遭遇場所は大手町の高層オフィスビル。
今回の「ヨギ・シン」は身長170〜175センチほどのターバンをしていない、ヒゲのない清潔感のある好青年といった印象だったそうである。
(一部、会社名や建物名については、軽刈田が固有名詞を変えています)

会議の合間の空き時間に上述のベンチで私は電子タバコを吸いながら休憩しておりました。
目線はスマートフォンにありましたが、人の気配を感じ隣に目をやったところ、すぐ横にはスーツを着たインド人が。
そのオフィスビルには大手商社や外資系IT企業が入っており、インド人が常日頃から出入りがあることはよく見かけておりましたので、なんの疑いもなく単なる人懐っこいタバコミュニケーションとして絡まれたのかと思っておりました。
彼の第一声は「You have a lucky face!」
(やり取りは全て英語でしたが以下日本語で書きます。)
そして続け様に自分の額を指差し、「君の額からいいオーラが出ている。来月良いことが訪れるよ!」と。
なんのことやらと思いながら適当に相槌と謝意を伝えると
「自分はMeditation studentです」と一礼。
どうやらこの類のスピリチュアルなことを学んできたので
オーラを感じることができると言いたいのでしょう。
そしておもむろに茶色い革製の手帳を取り出しました。
「僕のインドにいる師匠だ」と古びた写真を見せてきました。そこには白髪長髪・白髭の爺があぐらをかいて(座禅を組んで?)座っていました。あぐら姿勢でヒゲが股間付近まで伸びており、まるで印風麻原彰晃のようでした。
彼はおもむろに手帳の紙を破き、何かをそこに書き始めました。
そしてそれを渡され、「握りしめて一息吹きかけ、それを一度額にかざせ」と言う。とりあえず従ってやってみる。
何かが書かれた紙切れは右手に握りしめたままでした。
その後、「僕と君は今初めて会ったよね。お互いのこと何も知らないよね」ということを前提としてやたら強調してきます。(確かに1ミリも私はこのインド人のことを知りません)
インド人「名前を教えて」
私「○○(本名の下の名前だけ)です」
インド人「??」
(私の名前、長くて外国人にはやや難関なんです…)
私「スペルはこうかく」(アルファベット1文字ずつ言う)
インド人「次は誕生月を教えて」
私「12月です」
インド人「最後に1〜50の間で任意のラッキーナンバーを教えて」
私「4!」(頭の中で自分の誕生日の4日にするか妻の誕生日の5日にするか少し迷って答えました)
インド人「今教えてもらったことと、握っている紙に書いてることが一致してたら、来月いいことが起こるのは確実だよ」
そして私は手に握った紙を指示通り開いてみると、そこには
「(私の名前)/December/4」と書かれていました。
驚きです。ずっと紙切れは私の握り拳の中でしたし、
すり替えらにしてもどのタイミングですり替える余地があったのか、また、すり替えのためのミスディレクションもいつ行われたのか全く見当がつきません。
私が十分に驚きを見せた後、またまた茶色い革製の手帳を彼は開きました。
見せられたのは小学校低学年程度の子どもたちの集合写真。
それを見た瞬間すぐに察しがつきました。
インド人「僕は52人のインドの貧しい子どもたちを支援している。彼らは学校で勉強をしている。もし、彼らの教材の足しにするためにお金をくれたら彼らは君の幸運のために全員で祈りを捧げます」
正直私はそれが本当であろうが嘘であろうが、楽しませてもらったのでその占い代?手品代?としての対価は払ってもいいと思っていました。せいぜい1,000円程度ですが。
しかし生憎タバコを吸いに行っていただけなので財布を持ち歩いておらず、キャッシュが今ないことを伝えました。
インド人「ATMでおろしてもらえるなら待っている」
私「そもそも財布を持ち合わせていない」
インド人「お金持ち歩かないでどうやって今日一日ここまで来て過ごしていたの?」
私「時代はキャッシュレスでしょ。電子マネーオンリーよ。」
インド人「ではPayPalはやってる?もしくは子どもたちのために何か購入して欲しい」
私「PayPalはやっていない。購入はいいけど、何が欲しいの?」
インド人「彼らが学ぶツールにiPadを使いたいのでそれを買って欲しい。」
私「寄付にしては高すぎる。それは買えない。」
インド人「それ以上の幸運が来月君には返ってくるから、全然高くないよ。」
私「そういう問題ではなく、そもそも価格的にも買えないし、アップルストアに行く時間もない。」
インド人「ではもし私があなたのお母さんの名前を答えられたら買ってくれる?」
私「なぜお母さんの名前?意味がわからないが、そういう問題ではない。もっと手軽に1,000円程度で買えるもの。例えばコーヒー飲みたいとかチョコレートが食べたいとかそういうのだったらビルの中にも店があるし、すぐに買えるよ」
インド人「じゃあセブンイレブンに行かないか?」
私「OKそれならビルの中に入ってる」
やりとりののち、そのビルのB1フロアのセブンイレブンに入りました。
そこで彼はポッキーやキットカットなどと言ったチョコレート菓子を中心にセレクト。
途中途中で子どもが52人いるのでもう少し買ってもいいかと確認を取りながら図々しくカゴに詰めていきました。
最終的な会計は3,400円ほど。
会議の時間にすでに遅刻していた私は電子マネー決済だけして袋詰めの時間を待たず、レシートも受け取らぬままインド人をレジ前に残して足早にオフィスへ戻りました。
時刻は16:35頃。
計15分程度の時間でしたが、最終的な彼の謙虚さのない図々しい振る舞いや、会議までの時間が無いと言っているのに食い下がってくるところにイライラしました。
金額は大したこと無いものの、せっかく買ってあげるなら最後まで気分良く買いたかったものです。
もしかしたらその後レシートとともに返品し、現金化している可能性もなきにしもあらずですが、真相は不明です。
帰り際に、「メールアドレスを伝えるからなにか困ったことがあればまた連絡が欲しい」と言っていたのですが、すでに嫌気がさしていた私は断りをいれました。
軽刈田さんのことを知っていれば聞いておけばよかったなぁとも今は思っております。

'You have a lucky face'という第一声、「君の額からオーラが出ている」という言葉、そしてその後の不思議な「占い」。
さらには慈善団体への寄付を装ってお金の請求をすることなど、最後までヨギ・シンとは名乗らなかったようだが、明らかヨギ・シンの手口である。

さらにX(Twitter)に遭遇報告を上げていたRichardさんにも詳細を聞くと、以下のような返信が返ってきた。


これはターバン・ヒゲ無しで清潔感のある好青年だったというSIさんの報告とは明らかに違う人物だ。
今回も彼らは複数で行動しているらしい。
Richardさんのポストにコメントする形で遭遇報告をしていた「かぐばろん」さんからも返信があった。



これはおそらくSIさんが会ったのと同じヨギ・シンだろう。
「ペンパルがどうたら」というのはおそらくSIさんが書いていた「PayPalでお金を払ってほしい」という内容だと思われる。


今回の出没地点も、2019年同様に、大手町から丸の内のごく狭いエリアに限られているようだ。
この地域を重点的に捜索すれば、必ず会えるはずだ。
待ってろよ、ヨギ・シン。


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goshimasayama18 at 23:51|PermalinkComments(2)

2023年10月15日

ヨギ・シン情報まとめ!

このブログ、過去の記事がとにかく探しづらいんです(すみません)。
この「アッチャー・インディア」は一応音楽ブログなのですが、音楽には全く関係のない謎の占い師「ヨギ・シン」の話題がいちおう最大のシリーズになっています。
ヨギ・シンの情報がここまでまとまっているのは世界でもこのブログだけ!
記事のリンクをまとめてみました。


まずは、とある本をきっかけに彼の存在を知り、その正体についての想いを馳せるプロローグ的な記事がこの2本です。
(100回記念特集)謎のインド人占い師 Yogi Singhに会いたい




その1年後、ヨギ・シンが東京に出没との情報を受けての捜索記、そして遭遇!
あのヨギ・シン(Yogi Singh)がついに来日!接近遭遇なるか?


ヨギ・シンを探して インド謎の占い師捜索記(その1)


ヨギ・シンを探して インド謎の占い師捜索記(その2)


ヨギ・シンを探して インド謎の占い師捜索記(その3)


彼らの「占い」について、インドのマジックという観点から調べて見たところ、これがめちゃくちゃ面白かったという話。
知られざる魔術大国インド ヨギ・シンの秘術にせまる(その1)


知られざる魔術大国インド ヨギ・シンの秘術にせまる(その2)


この日本に、かつてここまでヨギ・シンに迫った人がいた!今にして思えば、彼らの「トリック」についてはほぼここで解明されていたのではないかと思う。
探偵は一人だけではなかった! 「ヨギ・シン」をめぐる謎の情報を追う


インドのマジック続編。
日本語でここまでインド奇術の真髄と悲哀に迫った本があったとはびっくり。
インド魔術の神秘に迫る!山田真美さんの名著『インド大魔法団』『マンゴーの木』


ヨギ・シンはどこから来たのか。彼らはどんな人々なのか、その正体を考察してみたシリーズ。
ヨギ・シンの正体、そしてルーツに迫る(その1)



そして2023年、ついにヨギ・シンとの本格的な接触に成功!


ヨギ・シンとの対話(後編)

ヨギ・シンとの遭遇を終えて

ヨギ・シンとの遭遇から1ヶ月も経たないうちに、新しいヨギ・シンの出没情報が寄せられた!



また書いたら足していきますね。


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2020年04月24日

インド魔術の神秘に迫る!山田真美さんの名著『インド大魔法団』『マンゴーの木』





今月に入ってから、2回にわたってベンガルの漂泊の歌い人「バウル」についての記事をお届けした。
バウルについて考えるたびに、どうしても頭の中をよぎってしまうのは、あの謎の占い師「ヨギ・シン」のことだ。

かつては「奇妙な歌を歌う世捨て人」として、賎民のような扱いを受けていたバウルは、タゴールとディランという二人のノーベル文学賞受賞者に影響を与えたことで名声を高め、さらには彼ら自身がUNESCOの無形文化遺産に登録されたことによって、ベンガルの伝統文化の担い手という評価を確固たるものにした。
今日では、バウルはオルタナティブな生き方をする行者として、ベンガルのみならず世界中からカリスマ視されるまでになった。

一方で、パンジャーブ地方から世界に飛び出し、少なくとも100年以上の歴史を持つ放浪の占い師「ヨギ・シン」たちは、仲間のシク教徒からは低い身分として見られ続け、そして世界中の都市で「詐欺師」の烙印を押されながら生きている。
(彼らについては、この下のリンクで詳しく紹介している)
なんとかして彼らを、伝統を守ってきた人々として正当に評価されるようにすることはできないだろうか。
彼らについてこれまでしつこく書いてきた理由のひとつには、僭越ながらこうした思いがあった。
いつの日か、代々木公園で行われる「ナマステ・インディア」みたいなイベントの会場で、ヨギ・シンがその伝統の技術を披露する、なんてことがあったらいいなあ、と思っていたのだ。



ところが、あろうことか、私は「ヨギ・シン」当人とのコンタクトという願ってもない機会をふいにしてしまった。
(その詳細は、上のリンクに詳しく書いてある)
千載一遇のチャンスを逃した私は、仕方なく、インターネットや文献での調査を再開することにした。

ちょうどその頃、私が「ヨギ・シン」に夢中になっているということを知っている方から、インドのマジックに関する本として、山田真美さんの著書『インド大魔法団』と『マンゴーの木』を紹介してもらった。
これまで書いてきた通り、ヨギ・シンは占い師でありながら、奇術師とも言える不思議な存在である。
インドでは「占い」と「マジック」は表裏一体のものとして存在しており、さらに言うと、インドの伝統的な占いやマジックには、予知や透視のような、超自然的な能力との境目が曖昧な部分すらあるのだ。

インドのマジックについて日本語で書かれた本は極めて少ない。
この2冊にも、きっと何かヒントがあるに違いない。
そう思って読み始めてみたところ、想像以上の面白さにすっかり夢中になってしまった。
2冊とも、一応ノンフィクションの体裁を取っているのだが、本自体がまるでインドのマジックのように摩訶不思議な内容で、このタイミングでこの本に出会ったことが運命だったのではないかとすら思えるほどに惹きこまれてしまったのだ。
インド大魔法団マンゴーの木

この本の著者の山田真美さんは、公益財団協会日印協会の理事や日印芸術研究所の言語センター長を務めている方である。
『インド大魔法団』が出版されたのは1997年(私が初めてインドを訪れた年だ!)。
作品の舞台は1989年から始まるのだが、この本の冒頭で、山田さんは「インドにはさして興味はなかった」と明言している。
つまり、この2冊は、今では日印関係の要職を務める山田さんが、マジックをきっかけにインドにハマるきっかけを描いたものでもあるのだ。

この物語はこんなふうに始まる。
(先ほども書いた通り、ノンフィクションなのだが、そのへんの小説よりもよほど奇妙なこの本の内容は、やはり「物語」と呼びたくなる)
山田さんは、運命とも言えるような偶然が重なり、インドの「魔法」に興味を持つようになる。
そして、まるで何者かに導かれるように、インドの「魔法使い」を探す旅に出ることになるのだ。
そこから先は不思議な出来事の連続だ。
インドに到着早々に、よく当たるという占い師が山田さんに不思議な「予言」をする。
「この旅の中で、白い貴石を手に入れる。それを差し出す人の助言を聞きなさい」というものだ。
その後、山田さんはインド政府の協力を得て、伝統的な「魔法使い」を探すべく、インド一周の旅に出るのだが、インド文化や宗教の専門家たちからは「もはやインドには魔法使いなど存在しない」と断言されてしまう。
かつてのバウルや今日のヨギ・シンのように、インドのマジシャンたちは、近代化の波の中で、注目する価値のない伝統と見なされ、ほぼ無視されていた。
1990年のインドで伝統的な手品師を探すということは、日本に外国人がやってきて「ガマの油売りが見たい」とか「バナナの叩き売りが見たい」なんて言うのと同じようなものだったのだろう。
それでも不思議なことがたくさん起きてしまうのが、インドという国だ。
(とくに、この時代のインドには、今の何倍も「不思議」が生きていたはずだ)
山田さんは次から次へと現れる占い師(手品師たちや路上の占い師たちと違い、占星術のような伝統的で理論的な占いは敬意を持って扱われている)、宝石商、旅人、大道芸人、伝統舞踊家らによって、インドの持つ底なしの不思議で魅力的な世界にはまってゆく。
仮に多少の演出を入れて書かれているとしても、それでも「運命」としか言いようのない超自然的な力が働いているとしか思えないようなことが、次々に起きるのだ。
そして、調査の鍵を握る伝説の魔法使い、「P.C.ソーカ(P.C. Sorcar) 」との出会いから、物語は驚愕の展開を見せる。
(クライマックス近く、物語の本筋とは関係のないところで、ある手品師が、ヨギ・シンの占いにも通じる心理トリックの種明かしをする場面もあって見逃せない)
そして、「白い貴石」を持った人物は現れるのか…。


こうした「人探し」や「謎解き」の面白さは、まだインターネットがない時代だからこそ成立していたとも言える。
今では、PCソーカのことも、インドの伝統的なマジックのことも、検索すればある程度のことは簡単に分かってしまう。
世界中が情報で繋がった現代世界では、謎や神秘が存在できる場所は、確実に小さくなっているのだ。
1990年代は、「魔法使い」のような存在が神秘として存在することができた最後の時代だったのかもしれない。
携帯もメールもまだまだ普及していなかった90年代のインドを思い出しながら、束の間の懐かしい気持ちにどっぷりと浸ることができた。



続編の『マンゴーの木』は、私がヨギ・シンを探しているように山田さんがこだわりつづけていた、インドの伝統的な「魔法」を探す物語だ。
そのマジックでは、「魔法使い」が地面にタネをまいて布をかぶせると、みるみるうちに本物の実をつけたマンゴーの木が現れるのだという。
物語の舞台は1997年。
山田さんは前回の旅をきっかけに、なんとインド文化交流庁の招聘研究者となり、インドの神話の研究者としてデリーで暮らすようになっていた。
もはや前作のように、次々と現れるインドの不可思議な魅力(魔力?)に翻弄されるのではなく、研究者として積極的に謎に満ちた世界に飛び込んでゆく姿は、じつに頼もしい。
その調査範囲はインド南端のケーララ州におよび、ついに、もはや存在しないと思われていたインド伝統の「魔法使い」のありかをつきとめる…。

途中で何人ものインド人マジシャンが出てくるのだが、華やかな衣装に身を包み、ステージで洗練されたマジックを繰り広げる彼らは、欧米式の演出を好み、「マンゴーの木」のようなインドの伝統的なマジックにはほとんど目もくれない。
ロープトリックも、カップ&ボールも、そして箱の中に入れた美女に剣を刺すマジックもインド発祥だというのに、伝統的なストリートマジックに関しては、現代のインドでは、過去のものとして追いやられてしまっているのだ。
コンテストに出るようなマジシャンたちも、決してスターというわけではない。
インドではマジシャンとして生活してゆくことはまだまだ難しい。
彼らの多くが、銀行員など他の仕事をしながら、マジシャンを続けている。
プロフェッショナルにはなかなかなれない状況でも情熱を燃やし続ける彼らは、いつもブログで紹介しているインドのインディペンデント・ミュージシャンを彷彿とさせる。

「マンゴーの木」のような昔ながらのマジックを生業とするマジシャンは、村から村を渡り歩く貧しい放浪の大道芸人であり、連絡先を探すことすらままならない。
偉大なインド・マジックは、今では尊敬を集める存在ではなくなってしまったのだ。
こうした扱いゆえか、伝統を受け継いで守っているマジシャン自身も、その伝統を、ほとんど価値のないものと思っているようなのである。
ある人物が発するこの言葉を読んで、胸がつまりそうになった。
「俺は長いこと、自分がやっていることなんて、所詮は誰からも注目されることのない、絶滅寸前の大道芸だと思っていたんです。だから、日本人の女の人が俺の芸を見たがっていると聞かされた時も、担がれているんじゃないかと疑ったぐらいです。(中略)生まれてこのかた、こんなふうにちゃんと俺の話を聞いてくれて、芸の一部始終を写真に収めてくれた人なんて、一人もいませんでしたから。今日は俺、貴女から勇気をもらったような気がします。うまく言えないけど、来てくれて本当にありがとう」

急速な経済成長や近代化、グローバル化のなかで、インド人のなかに自らのルーツを大切にしようという意識が芽生えてきているが(過剰な宗教ナショナリズムは、その悪いほうの一面だ)、一方で、これまで権威とは無縁に引き継がれてきた伝統は無視され、切り捨てられようとしている。
そうした風潮のなかで、伝統を守っている当の本人(マジシャン)も、1990年代の時点で、すでにあきらめを感じていたということなのだろう。
「マンゴーの木」が書かれてから20年を超える年月が過ぎ、その後、伝統的なマジシャンたちは、その居場所と誇りを少しでも取り戻すことはできたのだろうか。


今回紹介した2冊の本で山田さんがインドの伝統に向けるまなざしには、とても深い共感を覚えた。
共感しすぎて、読んでいて「私もいつかヨギ・シンについてこんな本が書きたい」という気持ちが湧いてくるのを抑えられなかったほどだ。
それよりも何よりも、単純にめちゃくちゃ面白い2冊だった。
「インドのマジック」という分野は、私もヨギ・シンに興味を持つまで全く意識したことがなかったが、まさかここまでの深さと面白さのある世界だったとは、想像すらしていなかった。
本当にインドの魅力は底なし沼だな…と感じさせられたこの2冊、まだまだ当面外出自粛が続きそうな毎日ですが、何か面白い本を探している方に、オススメです!
ヨギ・シンの話を面白いと感じてくれた人なら、最高に楽しめるはず!



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goshimasayama18 at 17:10|PermalinkComments(0)

2020年02月16日

探偵は一人だけではなかった! 「ヨギ・シン」をめぐる謎の情報を追う


これまで何度もこのブログで特集してきた、謎のインド人占い師「ヨギ・シン」。
100年ほど前から世界中で遭遇が報告されているこの不思議な占い師に、私はかねてから異常なほどの関心を寄せてきた。





そして昨年11月、ついには東京で実際に彼と接近遭遇することに成功したのだが(その経緯は過去の記事を参照していただきたい)、彼らの正体は依然として謎のままであり、私は継続して彼らに関する情報を探し求めている。

英語を使って占いを行うヨギ・シンは、おもに英語圏や英語が通じる国際都市に出没している。
だから、私はいつもは海外のウェブサイトやブログで「彼」の情報を収集しているのだが、その日にかぎって、私は日本語での検索を試みることにした。
昨年11月に私が遭遇した際の「ある顛末」以降、日本国内でのヨギ・シン遭遇報告はぱぅたりと途絶えていた。
あれから数ヶ月が経過し、再び日本のどこかに彼が出現したという情報があるかもしれないと思ったからだ。

ところが、そこで私は、全く予想していなかった驚くべき文章を発見してしまった。
mixiの『詐欺師のメッカ タイにようこそ』というコミュニティーに投稿された『インド人街頭占い師の秘密』という投稿がそれである。
(オリジナルはこちらから読める https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=6066795&id=72080907
2012年10月31日に投稿されたこの文章は、おそらく日本で最初に書かれたヨギ・シンについての考察だろう。
一体誰が書いたのかは不明だが、そこに書かれていたのは、まさに驚愕の内容だった。 
この文章は、こんなふうに始まる。

インド人街頭占い師は、世界中にいます。
大都市で現地人を相手にしたり、有名観光地で観光客を相手にしたりしていますが、最も多いのが、バンコク(特にカオサンロード)、インドのデリー、ニューデリー。
ほかにも香港、シンガポール、バリ、クアラルンプール、上海、NY、サンフランシスコ等アメリカ各地、、トロント、シドニー、メルボルン、ロンドン、パリ、ブリュッセル、ウィーン等、英語が通じるところならどこにでもいるのですが、なぜかみんな同じような格好をして同じ名前を名乗り、同じようなことをやります。

この時点で、この文章を書いた人が、ヨギ・シンについて、かなり詳しく把握しているということが分かるだろう。
ヨギ・シンの出没地点についても的確だし、上海、ブリュッセル、ウィーンについては、むしろ私のほうが聞いたことがなかった。

そして、この後に続く箇条書きの内容が、また驚くべきものだった。


1.外見
ターバンをしている人が多いけれど、スーツ姿のターバン無しや、シャツとズボン姿の若い人もいます。若くてもTシャツではなく、わりときちんとした服装です。

2.「You have a lucky face!」
と、声をかけてきます。
You are lucky lady!とか、lucky manとか、言い方はいろいろありますが、「ラッキー」が入るのが特徴。

3.「自分はヨギ・シンだ」と名乗ります。ヨガ行者のシンさんということです。
なぜかみんな同じ名前です。

4.「占いをしてあげる」と言って、その前にまず、自分の特殊能力を証明しようとします。その方法は、好きな数字、好きな花、好きな色を当てて見せることです。これはまず第一段階。
この当てものが成功して客が十分驚いたら、終了して占いに進むこともありますが、次の段階があることが多いです。

5.第二段階として、年齢、誕生日、母親の名前、配偶者の名前、恋人の名前、兄弟の数、願い事(wish)等を当ててみせます。

6.第三段階として、敵の名前、嫌いな人の名前等を当ててみせます。

7.やっと占いに入ります。
「7月にいいことがある」「80何歳まで生きる」「90何歳まで生きる」というのが定番のようです。
性格判断としては、「あなたは考えすぎる」と、「はっきりものを言い過ぎるのが欠点だ」が定番です。

8.脅しをかけることもあります。
「ライバルがあなたに呪いをかけている」「堕胎した子供が憑いている」などと言って、「二週間日連続であなたのために祈って呪いをはらってやるからお金を」と、大金を要求します。あくまで一部の人ですが。

9.寄付を要求
貧しい子供たちの写真を見せ、「この子たちのために寄付を」と、具体的な金額を提示します。貧乏人用、中流用、金持ち用の三種類の寄付額が書かれたボードを示し、「自分のクラスの額を払え」と言うのですが、貧乏人用でさえかなり高いです。

10.たいていの人は、「高すぎる」「持ち合わせがない」と言って、払いません。
すると、「そこにATMがあるから、おろしなさい」と、ATMまで同行されそうになります。
11.結局客は要求の何分の一かを払い、占い師はしぶしぶ受け取りますが、別れ際にパワーストーンを一個くれます。寄付金が多い人には、一個といわずネックレスでくれることもあります。

なんということだろう。
外見、名前、占いの方法、ここに書かれているほぼ全ての内容が、私がこれまで調べたものと一致している。
いったいこの人物は、どうやってヨギ・シンのことを知り、ここまでの情報を調べたのだろうか。

6番めに書かれた「敵の名前や嫌いな人物の名前を当てる」という部分については、私がこれまでに聞いたことがないものだったが、それはすなわち、この人物のほうが私よりもヨギ・シンについて詳しいということでもある。
このひょっとしたら、この投稿がされた2012年ごろのヨギ・シンは、こういった話法を使う者が多かったのかもしれない。
他にも、お金の要求方法や、パワーストーンをくれるということなど、必ずしも一般化できない内容も含まれているが、それだけこれを書いた人物が多くの情報を調べ上げているということだ。

9番目にかかれた「貧乏人、中流、金持ち」と3段階の料金を提示するというやり方は、ヨギ・シンに関しては聞いたことがなかったが、かつて私がヴァラナシで遭遇した怪しげなヒンドゥーの行者に頼みもしない祈祷をされたときと全く同じやり口である。
誰に対しても同じ価格ではなく、経済状況に応じて違う金額を払わせるという考え方はいかにもインド的な発想で、同じ方法を「ヨギ・シン」が使ったいたとしてもまったく不思議ではない。

それにしても、今から7年以上前に、ここまで詳しくヨギ・シンのことを調べあげたこの人物は、いったい何者なのだろうか?
ヨギ・シンについて、それぞれの街での遭遇報告や、「どうやら世界中にいるらしい」といったことまで記載しているウェブサイトは見たことがあったが、ここまで詳細に情報をまとめあげているものは見たことがなかった。

しかも、この人物がしているのは、「情報の収集」だけではなかった。
このあとに続くヨギ・シンのトリックについての考察がまたすごい。

●どうやって当てるのか?
好きな数字、好きな花、好きな色は、全世界的にもっとも平凡な答えというのがあります。それは、
1から5の間で好きな数字=3
1から10の間で好きな数字=7
好きな色=BLUE
好きな花=ROSE

です。
あらかじめこの答えを1枚の紙に書いておいて、丸めて客に握らせてから質問をします。客が平凡な人で、紙に書いてある通りの答えを言ったら、握っている紙を広げさせます。これでトリックの必要もなく超能力者のふりができます。 
日本人の場合、好きな花は、ローズとチェリーブラッサムが同じくらいの人気です。だから占い師は、日本人と見ると、「好きな花を二つ言え」と要求し、紙には「R、C」(Rose, Cherryblossomの略)と書いておきます。

●予想外の答えだったら?
3 /7/BLUE/ ROSEの代わりに、例えば、4/9/RED/PANSY と客が答えたらどうするのか?
占い師は客の答えを、いちいち紙にメモしていきます。答え合わせの時に必要だからというのが建前ですが、目的は別にあります。答えを2回書いて、2枚のメモを作るのです。そのうち一枚を丸めて、客の手の中の紙と、こっそりすりかえます。

すり替えのやり方は、
①自分が写っている集合写真等を出して来て、「この中でわしはどれかわかるか?」などと言って客の注意を引き付け、隙を見てすり替えます。

②「丸めた紙を額に当てて、目を閉じて呪文を唱えろ」と要求します。
客がやろうとすると、「そうじゃなくて、こうするんだ」と、紙を取り、自分で手本を見せますが、このときにすり替えています。
③「手相を見てやろう」と言って、紙を握っている手を開けさせ、「この線がどうのこうの」と、指でさわってりして、この時にすり替えます。あまりに露骨なので、この方法はあまり使われないようです。

答えを2回書く代わりに、感圧紙を使う人もいます。感圧紙とは、ノーカーボン紙ともいい、普通の白い紙にしか見えないのに、重ねるとカーボン紙の役割をします。
でもこの場合、字が全く一緒になってしまうので、もし比較されると、バレてしまいます。
●すり替えなしで当てる
誕生日、母親の名前、家族構成、初恋の人の名前等、難しいことも上の紙のすり替えで当てられますが、本人に書かせて当てることもでき、この場合すり替えは不要です。
やり方はいろいろ考えられますが、また感圧紙を使ってみましょう。

1と2は普通の紙、3と4は感圧紙です。重ねて、メモ帳等に仕込み、生年月日、好きな動物、母親の名前を書いてもらいます。
客に紙(1)を取って丸め、握っていてもらいます。
4枚目に写っている内容をこっそり見れば、当てられます。

もっと便利なマジックグッズを使う人もいます。たとえば、このクリップボードにはさんだ紙に書いてもらったら、内容が全部、離れた所のディスプレーに映ります。
https://www.youtube.com/watch?v=O3_GKVmlD_Y

最新バージョンは、自分のアイフォンにも映せるようです。

マジックグッズでなくても、電子ペンを使えば、同じことができます。ペンの形状がちょっと変わっているのが難ですが。
https://www.youtube.com/watch?v=qHD5z9KcKUQ

●すり替え無し、紙にも書かないのに当てられたら?
カオサンロードは、トリックの余地無く母親の名前を当てる占い師がいることで有名です。インドの観光地のホテル周辺でもそういうことがあるようです。
当てられるのは、観光客で、付近のホテルやゲストハウスに泊っている人です。
推測すると、どうも、占い師に情報を流しているホテルやゲストハウスがあるようです。
なぜなら外国人が宿泊する場合、フロントはパスポートの提示を要求し、コピーをとったりスキャンしたりします。
パスポートには本人の名前、写真、生年月日等が印刷されているし、あと、「緊急連絡先」という欄があります。in case of accident notifyとか、emergency contactとか、どこの国のパスポートにもあって、自分で書き込むようになっています。
ここに母親の名前を英語で書いていたら、そして占い師に母親の名前をいきなり当てられたら、自分のパスポートのコピーが占い師に渡っている可能性を考慮してよいかもしれません。

●連れと別々にされ、トリックの余地なく当てられたら?
たとえば夫婦が占い師の二人連れに会い、別々に、占い師一人ずつと相対することになった場合。
連れが何を話しているのかわからないほど離れた場所に誘導されたら、そこにトリックがあります。一人からもう一人の個人情報を聞き出し、その情報を二人の占い師が通信機器を使って共有し、読心術ができるふりをしている可能性があります。

●占い師ヨギ・シンの正体は?
本人たちに聞くと、「○○アシュラムに属している」とか「○○テンプルに属している」とか言いますが、真偽は不明です。
シーク教徒のしるしであるターバンを巻いているのに、ヒンズー教的な話をしたり、ヨガ行者だといいながらもヨガの知識が乏しい人もいるからです。
何か大きな組織があって、マニュアルがあるのか、それともそんなものは無くて、口コミで手法が広がった個人営業者集団なのか?
誰か知ってたら教えて下さい。

●本物のサイキックはいるのか?
インド人占い師はトリックを使う詐欺師と、ネットではさんざんな評判ですが、中には、占いがすごく当たっていて感銘を受け、電話番号を教えてもらって時々相談しているという人もいます。
中には本物の占い師もいるのかもしれません。

あまりの詳細な分析に、驚きが止まらない。
好きな数字なら3、好きな花ならRose、という部分については、思い当たることがあった。
少し前に読んだ「インド大魔法団」(山田真美著、清流社、1997年。この本、めちゃくちゃ面白いのでいずれ詳しく紹介します)という本の中で、インドのマジシャンがこんなことを言っていたのだ。

「ひとつ単純な手品を例にとってお話ししましょう。まず一枚の紙切れを用意して、そこに誰にも見られないように〈薔薇、3〉と書いてください。そしてそれを机の上に伏せて置きます。次に、目の前の人にふたつの質問をするんです。ひとつめは〈あなたの好きな赤い花は何ですか〉。ふたつめは〈一から五までの間の数字を言ってください〉。すると興味深いことに、大多数の回答者は迷わず〈薔薇〉、〈三〉と答えてきます。こうなったら魔術師の思うつぼ。〈あなたの答えは初めからわかっていました。何を隠そう、私には予知能力があるのです〉。そう言って、おもむろに紙を表向きにしてやりましょう。びっくり仰天されること請け合いですよ」

「ただし、この手品には重要なポイントがあるのです。第一に、相手に考える時間を与えないということです。〈好きな赤い花は?さあ、すぐに答えて?〉という具合に、早口で急かすように問いかけるのがコツです。赤い花といえば大半の人が瞬間に薔薇を思い浮かべる、その反射神経だけを利用した手品なのですから。(中略)
二番目に大切なのは言葉の使い方、つまりレトリックの問題で、〈一から五までのあいだの数字〉という風に、〈あいだの〉というところを強調して質問するのがコツです。すると、質問された人は無意識的に、一から五までの数字のちょうど真ん中にある数字、すなわち三を選ばされてしまうのです」


これは、mixiに投稿した人物が書いているのと全く同じ手法である。
『インド大魔法団』によると、物理的なトリック無しに相手の心のうちを読む方法は、インドのマジシャンたちの間では、素人にタネを明かしても問題がないほどに知られているようであり、同じ技法をヨギ・シンが使っていたとしても、全く不思議ではない。

まずは最大公約数的な答えを紙に書いておき、そのうえで、万が一相手が予想外の回答をしたときには、「すり替え」のテクニックを使って予言を的中させるというのは、じつに合理的なやり方だ。
「すり替え」のトリックは、以前私が調べた「ヨギ・トリック」の技法を使えば可能である。
(ちなみに、mixiの投稿にあったような、答え合わせのときに必要だからと言ってヨギ・シンが答えをあからさまにメモするという話は、私が知る限りでは聞いたことがない)

さらに、母親の名前をあてるトリックについての考察も筋が通っている。
「ヨギ・シンに母親の名前を当てられた」という報告は多くあり、そのなかには、自分が母親の名前を伝えていないのに的中されたというものもあったのだが、ホテルやゲストハウスから情報を得ていると考えればこれも説明がつく。
ヨギ・シンが、自らの予知能力にリアリティーを持たせるために、複数のテクニックを組み合わせているとしたら、彼らは怪しげな詐欺師に見えて、実はかなり熟練したパフォーマーだということになる。

「シーク教徒のしるしであるターバンを巻いているのに、ヒンズー教的な話をしたり、ヨガ行者だといいながらもヨガの知識が乏しい人もいる」という指摘に関しては、留意すべき部分があるだろう。
インドのローカル文化においては信仰を超えて宗教的文化が共有されていることもあるし、「ヨギ」という言葉は、ヨガ行者だけでなく、より広い意味での行者や聖者を指すこともある。
つまり、この部分だけで彼が「シク教徒」や「ヨギ」であるということがフェイクだとは言えないのである。
インドの人々が、危険から身を守るため以外の理由で(例えば、特定の宗教が暴力的に弾圧されているような状況以外で)他の信仰を騙ることは考えにくいように思う。
私の考えでは、彼らは紛れもなくパンジャーブにルーツを持つシク教徒だろう。

彼らが「本物かどうか」という問いは、「何をもって本物とするか」ということも含めて、ナンセンスであるように思える。
プロレスラーが格闘家であるのと同時にパフォーマーであるのと同じように、ヨギ・シンも占い師であると同時に手品師でもあり、見方によっては聖人でもあり詐欺師でもあると考えるのが、私にはしっくりとくる。

それにしても、最後にさらりと書かれている「電話番号を教えてもらって時々相談している人もいる」という情報には驚いた。
私はヨギ・シンは尻尾をつかまれないためにも連絡先の交換などはしないと思っていたからだ。
じつはこれについては、さらに驚くべき情報を見つけてしまったので後述する。

これを書いた人物は、いったいどうやってこれだけの情報を集め、仮説を組み立てたのだろうか。
情報集めはインターネットを駆使してできるとしても、ここに書かれているかなり詳細な仮説については、一朝一夕に考えられるものではない。
マジックグッズにかなり詳しいことを考えると、この人物もマジシャンなのだろうか。
あらゆる状況を想定してトリックを推理しているところを見ると、この人物も相当な熱意を持ってヨギ・シンの謎に取り組んでいるということが分かる。
(個人的には、通信機器やハイテク機器を使ったものに関しては、あまり可能性がないのではないかと感じているが)
今から7年以上前の書き込みではあるが、この人物がいったいどうやって情報を集めたのか、その後ヨギ・シンの正体に迫るより詳しい情報をつかむことができたのか、機会があればぜひ伺ってみたい。


今回、ヨギ・シンに関する日本語の情報を収集するにあたり、もう1件面白い書き込みを見つけた。
2014年1月22日に、「Yahoo!知恵袋」へのこんな投稿である。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13119851783

この筋書き通りでした。このドケチな私が500ドル(5万円くらい)払いました。
今日遅めのランチをとりに会社を出たときに、インド人が私を見てハッと立ち止まり、You are Lucky と話しかけてきました。結構綺麗な身なりをしていたので、疑うこともなく話を聞きました。
名前はヨギシンでした。彼は、インド訛りの英語で
○「あなたは会社で非常に疲れているのだろう、おそらく自分の出した結果ほど評価されていないのでイライラしている。(その通り)」
○「幸せそうに振舞っているが、心は幸せではない(まぁ当てはまる)」
○「あなたは自分の会社を興すであろうし、それがもう少しで花開く(ネットショップ準備中)」
○「あなたは人に何か言われて何かするよりも、自分で引っ張っていきたいタイプ。(まぁ)」と聞いてもいないことをベラベラと勝手にしゃべり始めて、それが以外に合っていたので、私が驚いていると、まだ話したいことがあると、近くのコーヒーショップで話をすることになりました。

好きな花、番号、母親の名前、主人の名前を当てたら、報酬として金をよこせと。
金持ち500ドル、中流300ドル、貧乏人100ドルでした。

手帳みたいなのをもってて、そこに神様の写真と、恵まれない子供の写真が入っており、
そこにお金をいれろと言ってきました。

ここでピン!と昔シドニーでもヨギシンに会った事を思い出し、シドニーにも行った事あるんじゃないかとしつこく聞くと、オーストラリア、イギリス、カナダと英語圏の滞在を認めていました。

手持ちのお金がないといったら、私も丁度ATMに行く用事があったので、ATMまで一緒についてきました。
断らずになぜか私もお金を渡してしまいました。

10年前にシドニーで全く同じことがあり、思い起こせばその時も100ドル払いました。
今回はシンガポールで、ヨギシンと遭遇。疑うことなく、500ドルを渡してしまいました。

さらに、私がお金をもっていると思ったのか、どんどん要求が増えてきました。

○ 黒魔術にかかっているので、それを取り払ってやる
○ 明日ランチを一緒にしないか、そして携帯電話をひとつかってくれ
○ ディナーをおごってくれ
○ 今晩、会わないか

ここらへんから、ちょっと怪しいなと思いつつも、金返せとは言えず話だけ聞いて
you are so lucky to get the money from the most stingy person like me. 私みたいなドケチからお金をもらえてラッキーだね。と伝え、ヨギシンは別れ際に赤い石をくれました。やっぱ騙されたのかな。私疲れてたんだわきっと・・・

補足
さっき電話がかかってきて、ものすごいパワーの黒魔術にかかっているそうです。
至急取り払う必要があると言っていました。

なぜか「暮らしと生活ガイド>ショッピング>100円ショップ」のカテゴリーに書き込みされたこの投稿(もはや質問ですらないが)は、ネタだと思われたのか、まともな回答はひとつもついていないが、ヨギ・シンのことを知っている人が読めば、これが実際の体験談であるということが分かるだろう。
冒頭の「この筋書き通りでした」が何を指すのかは不明だが、前述のmixiの投稿のことを指しているのかもしれない。
それにしても驚かされるのは、この文章を書いた人物が、シドニーとシンガポールで2回ヨギ・シンに会っているということ、そして、ヨギ・シンから頻繁に連絡が来て、食事に誘われたり、口説かれたり(?)しているということだ。
またしても秘密主義だと思っていたヨギ・シンの印象が覆される情報だ。
これも、500ドルも支払ったという「太客」だからだろうか。


ヨギ・シンの出没情報と、遭遇報告(もちろん過去のものでも大歓迎)については、今後も募集し続けるので、ぜひコメントかメッセージを寄せてください! 
また、今回紹介したmixiやYahoo!知恵袋の投稿をした方をご存知でしたら、ご連絡いただけたらうれしいです。

ヨギ・シンについては、その後も地道に調査を進めています。
また何か書けるとよいのだけど。

ひとまず今回は、これまで!


(続き。ついに明らかになるヨギ・シンのルーツに迫ります)


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goshimasayama18 at 20:35|PermalinkComments(2)

2019年12月30日

知られざる魔術大国インド ヨギ・シンの秘術にせまる(その2)

前回の記事(その1)はこちらから


インドが知られざるマジック大国であることを発見した私は、ヨギ・シンの手がかりを求めて、インドの伝統的な奇術やマジシャンについて調べ始めた。
どんなジャンルにも専門書はあるもので、Lee Siegelという作家/宗教研究者が書いた"Net of Magic : wonders and deceptions in India"という本(1991年、Chicago University Press)は、デリーのShadipurという地区で暮らすマジシャン・カーストの様子がいきいきと描かれていて、大変面白かった。
この本によると、マジシャンになれるのはマジシャン・カースト内に生まれた人間に限られており、たとえ彼らが孤児を迎えて育てたとしても、孤児はあくまでも助手の役割しかすることができないという。

インドのマジックは、単純なショーというより、「神の奇跡」を模して演じられる。
興味深いことに、ときにはマジシャンが「占い」を行うこともあるようだ。

マジックショーは神の名を唱えることから始まる。
彼らのショーの中で、例えばオモチャの鳥が本物の鳥になったり、死んだ人が生き返るというマジックが披露されるとき、それは神による奇跡だという演出がなされる。
また、この本には息子が親の決めた結婚に従わないという相談に対して、マジシャンが魔法の実(ここではライム)を渡して、心変わりをさせるまじないを教えたりする場面も描かれていた。
インドでは、マジシャン、占い師、超能力者の境界は、きわめて曖昧なのだ。

この虚実が一体となった世界は何かに似ていると思ったのだが、考えてみたらそれはプロレスだった。
プロレスは、身もふたもない言い方をしてしまえば、屈強な男たちが、闘いを「演じる」興行なわけだが、その強靭に鍛え上げられた肉体から繰り出す技の基礎には、競技名からも分かるとおり、レスリングの技術が存在している。
シュート(リアルファイト)の技術のあるアスリートが、「パフォーマンスとしての戦い」をするというわけだ。
さらには、個々のプロレスラーのキャラクターについても、虚実が複雑に絡み合っている。
例えば、インド系の伝説的プロレスラー、タイガー・ジェット・シンは、地元カナダでは小学校にその名が冠せられるほどの名士でありながら、リング上ではヒール(悪役)として非道の限りを尽くすというキャラクターを演じている(タイガー・ジェット・シンについては、近々何か書くつもり)。
全てをリアルとして手に汗握ることも、虚構と割り切ってショーとして楽しむこともできるのだが、完全に虚構とは言い切れない何かがそこにはある。
この構造はインドのマジックと全く同じだ。

虚実といえば、マジシャンたちは自身の信仰に関係なく宗教を演出に取り入れているようで、例えばムスリムのマジシャンが、ヒンドゥーの神話や神の名をパフォーマンスで口にすることもあるという。
ヒンドゥーのなかにもムスリムのなかにもマジシャンは存在しており、彼らはときに同じ伝統を共有している。
ということは、シク教徒の占い師ヨギ・シンも、マジックとトリックと超能力が渾然一体となった、インドの大地の魔術文化のなかにいると言ってよいだろう。

マジックについての調査を続けるうちに、ヨギ・シンが行なうようなマジック(相手の心を読む)は、ひとつのカテゴリーとして確立しているということが分かってきた。
「カードマジック」とか「ステージマジック」のようないちジャンルとして、相手の心を読むことを主眼としたマジックの専門家が、世界中大勢いるのだ。
このジャンルについて調べてゆけば、きっと彼に近づくことができる。 
そう確信して調査を続けることにした。

ここで少し言い訳をさせてもらうが、ここから先、いよいよヨギ・シンが行う秘術の核心に触れることになる。
ところが、彼らが行う占い(というかマジック)の、いわゆるタネについて、どう書いたものか、未だに結論が出せずにいるだ。
ヨギ・シンと世界中のマジシャンたちの共通財産でもあるそのトリックを、軽々しく公開すべきでないだろう。
だが、それを書かなければ、ヨギ・シンの本質について書くことはできない。
なんとももどかしいジレンマだが、書ける範囲で書くことにすることをご容赦いただきたい。


人の心を読むことをテーマとしたマジックについて調べ始めて間もなく、ヨギ・シンが使う手法によく似た技法を見つけることができた。
それはこんな演出のマジックだ。

マジシャンは、お客さんの中から一人を選び、好きな数字(数字以外、例えば親や恋人の名前でも、持っているお金の合計金額でも何でもいい)を頭の中でイメージしてもらう。
次に、マジシャンはお客さんの心を読むふりをしてメモ用紙に何事かを書きつけると、書いた面がお客に見えないように自分の側に向けて、メモを体の前で保持する。
続いて、お客さんに、その想像した言葉を大きな声で口にしてもらう。
そこで隠していたメモ用紙を開示すると、なんとそこには、たった今お客さんが言った内容がそっくりそのまま書かれている。
(マジシャンが紙に何かを書いたのは、お客さんが答えを言う前だったのに!)

このマジックとヨギ・シンの「占い」の違いは、ヨギ・シンの場合、最初に書いた紙を自分が持つのではなく相手の手の中に握らせるという部分だ。
だが、それ以外はほぼ全く同じであり、ヨギ・シンもこのマジックを応用しているはずだと考えて良いだろう。
このマジックのルーツが分かれば、彼らがどうやってこの技法を自分たちのものにしたのか、その歴史が分かるかもしれない。

だが、それは調べるまでもないことだった。
なぜなら、このマジックの名前そのものが、この技のルーツを、何よりも雄弁に語っていたからだ。
「ヨギ・トリック」。
本当はこの名前ではないのだが、タネ明かしやネタばらしを避けるために、ここではそう呼ぶことにする。
(読んでくださっているみなさんには申し訳ないが、やはりここでヨギ・シンやマジシャンたちのメシの種を奪ってしまうことはできない。以降、この技術の本当の名前やトリックの核心には触れないが、極力ヨギ・シンの謎に迫れるように書いてみる)
このマジックには、欧米で生まれたのではなく、インドの占い師やグルたちによって作られたことが一目で分かるような名前がつけられていた。
しかも、この技法について解説したウェブサイトには、この「ヨギ・トリック」は「もともと読心術や降霊術等に使われていた」という記述まであった。
間違いない。
この「ヨギ・トリック」も、インドのマジシャンや占い師によって編み出され、やがて世界中に流出した技術のうちのひとつなのだ。

マジシャンのJames L. Clarkが執筆した"Mind Magic and Mentalism for Dummies"という本によると「ヨギ・トリック」の起源は、歴史の中で失われてしまっているものの、1898年にWilliam Robinsonなる人物が"Spirit Slate and Kindred Phenomena"という著書でそのトリックを紹介した頃には、この技はすでにマジシャンたちに知れ渡っていたという。

このWilliam Robinsonという男が、ヨギ・シンたちの技術を欧米のマジシャンに広めた「犯人」の一人なのだろうか。
そう思ってこの男について調べて見たところ、彼もまた一筋縄ではいかない人物だった。

William Robinsonは、20世紀初めのイギリスで人気を博したアメリカ人のマジシャンだった。
彼は、Ching Ling Fooという中国人マジシャンから着想を得て、自らも東洋人のギミックを使うことを思い立つと、中国風のメイクを施し、髪を辮髪に結い上げてChung Ling Sooというキャラクターを演じて大人気となった。
フーディーニがキャリアの初期にインド人マジシャンを装ったように、彼もまた東洋のミステリアスなイメージを演出に取り入れたのだ。
彼の中国人ギミックは、舞台上では決して英語を話さず、取材の際も通訳をつけて対応するというほどの徹底ぶりだった。
彼の生涯は、その死に様まで記憶に残るものとなった。
1918年3月23日、彼はショーの最中に銃弾を受け止めるマジックに失敗して命を落としたのだ。
死後に身元を調べて、彼がじつは白人だったことを知った人々は大いに驚いたというから、彼もまた虚実皮膜の人物だったのである。
19世紀の早い段階から、パンジャーブ地方のマハラジャをはじめとするシク教徒たちはイギリスに移り住んでいたようだから、ひょっとしたら彼は「ヨギ・トリック」をインド人のマジシャンか占い師から学んだのかもしれない。

いずれにしても、この「ヨギ・トリック」について調べるうちに、そのタネについては大まかに理解することができた。
だが、それでも疑問は残る。
このトリックでは、占い師(手品師)自身が手にしているメモに、相手が思った言葉を書きつけることはできても、トリックをかける相手自身が握っているメモに書くことはどうしても不可能なのだ。
さらに、1993年にバンコクで高野秀行氏が遭遇したヨギ・シンは、高野氏の小指の付け根あたりに、「好きな数字」を青色で浮かび上がらせるという技まで披露したという。
また、デリーでヨギ・シンらしきターバン姿の占い師に遭遇したという人からは、自分が言葉で伝える前に、母親の名前や兄弟の数を的中させられたという報告もあった。
どうやらヨギ・シンは、私が調べた「ヨギ・トリック」だけではなく、複数の技法を組み合わせて、「占い」をしているらしい。
その中に本物の超常現象が含まれている可能性も、完全に否定することはできない。 

世界中のマジシャンたちが、古くから「ヨギ・トリック」を自らのショーに取り入れて、観客を驚かせ、喝采を浴びている一方で、本家のヨギ・シンたちは、今日も旅先の異国の街で、あくまでも占いを装い、詐欺師と呼ばれながら生業を続けている。
現代のマジシャンたちは、「ヨギ・トリック」のタネを知っていても、いまだにそのルーツとなった集団が世界中を旅して、「占い師」として生き続けていることをほとんど知らないだろう。
ヨギ・シンと会い、その不思議な技に驚かされた(そしてお金を巻き上げられた)人も、彼らが歴史ある流浪の占い師集団であることも、そのテクニックが今ではマジック界で広く取り入れられていることも知らないだろう。

ヨギ・シンの「魔術」を暴くことが野暮で無粋とは知りつつも、ここまで深く彼らのことを知っている人間は自分の他にはいないかもしれないという思い上がりから、この記事を書いた。
彼らは100年以上に渡る不思議な伝統を保持して生きる集団でありながら、これまであまりにも大切にされてこなかった。
インドでは100年以上にわたる伝統を守り続ける集団は珍しくもないと思うが、それにしても、技術を搾取され、今も不安定な身分で世界中を渡り歩いて暮らす彼らには、そろそろ正当な評価が与えられても良いのではないだろうか。
100年以上にわたってグローバリゼーションの波間に揺られてきたヨギ・シンたち。
果たして100年後も、世界中の街角で彼らに出会うことができるのだろうか。


ヨギ・シンについての、マジックの分野からの記事はひとまずこれでおしまい。
彼らには、これからもまた別の角度から迫ってみたいと思います。
そして、100年後と言わず、今すぐにでも彼らに再会したい。
強くそう願っています。


(続き。ヨギ・シンの謎に深く迫っていた謎の人物について)



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goshimasayama18 at 04:55|PermalinkComments(5)