ムンバイ

2021年08月29日

あらためて、インドのヒップホップの話(その1 ムンバイ編 インド版ストリートラップ「ガリーラップ」と最大都市の多様なMCたち)



mumbairappers



6月のTBSラジオ「アフター6ジャンクション」(アトロク)に続いて、J-WAVE「ACROSS THE SKY」内のSKY-HIさんによるアジアのヒップホップ特集コーナー「IMASIA」にて、インドのヒップホップについて、2週にわたって語ってきました。
自分が好きな音楽をこうしてみなさんにお話する機会をいただけるというのは、まさに望外の喜びというやつでして、関係者の皆様ならびにいつも素晴らしい音楽を作ってくれているインドのアーティスト各位には、改めて感謝しています。


正直に言うと、自分はもともとロック寄りのリスナーなので、ヒップホップに関する知識は非常に限られているし、偏っている。
SKY-HIさんに収録外のときに「結局いちばんラップが上手いのってJay-Zですよね」とか言われても、「Jay-ZってLinkin Parkと一緒にやってた人だよな…。Jay-Zの代表曲って"NY State of Mind"?それはNasだっけ?」なんて考えてしまい、気の利いた返しもできない。(ちなみにあとで調べたら"NY〜"はやっぱりNasの曲で、Jay-Zの代表曲は"Empire State of Mind"だった)

こんな私がしたり顔でヒップホップを語るというのは、すごくwackなことなのだけど、(wackは「ダサい、偽物」といった意味。ちなみに大してヒップホップ知らないのにこういうヒップホップ的なスラングを使いたがるのもwackなことだとは思う)、幸か不幸か、インドのヒップホップの面白さに気付いている人は日本にはほとんどいない。
だから、誰か他にインドのヒップホップシーンについて熱く語ってくれる人が出てくるまで、しばらくの間、このめちゃくちゃ面白い音楽シーンの魅力を、書いたり語ったりさせていただきたい所存なのである。

文系ロックリスナー出身ゆえ、本場のラッパーとの比較とか、ヒップホップ的クールネスの解説とかはできなくて、話が社会的背景とかアーティストのウンチクに偏りがちなのはご容赦願いたい。
とにかく、このタイミングでインドのヒップホップが日本でも少しずつ注目を集めてきているようなので、ここでいっぺん全体像を書いておきたい、と思った次第。

というわけで、今回は、改めて紹介するインドのヒップホップシーン概要。
インドはめちゃくちゃ広いので、まずはムンバイ編から。


番組でも話した通り、19歳のときに初めて訪れたインドで、下町の働くおじさんたちはまるでブルースマンのように見えた。
みんな口が達者で豪快なのだけど、彼らの顔に刻まれたシワや影を宿した瞳からは、どんなに努力しても這い上がることのできない格差社会への諦めのようなものが感じられた。
路地裏では、子どもたち音割れしているラジカセで音楽をガンガンに流して、笑顔を弾けさせながらキレキレのダンスを踊っていた。
90年代、インドの下町は1970年頃のアメリカの黒人街のようだった。
もし彼らが、歌や楽器を覚えて、ブルースやファンクやソウルみたいな音楽(レゲエでも良さそうだ)を演奏したら、きっと「本物」の音楽が生み出されるのになあ、なんて思ったものだった。
インドで流通している音楽が、安っぽくて甘ったるい映画の主題歌ばかりなのが、なんだかもったいないような気がしたのだ。


時は流れて2010年代。あのソウルフルな思い出から約20年が経過した。
アメリカでも、ソウルやファンクの時代からだいたい20年後の90年代にヒップホップカルチャーが花開いたことを思えば、インドの若者たちの間で、今ヒップホップが人気なのは、必然と言えるのかもしれない。


今日のインドのヒップホップブームの礎となった曲をひとつ挙げるとしたら、やはりこの曲ということになるだろう。

Naezy - "Aafat!"
ムンバイの下町、Kurla West地区に暮らしていたNavedは、USのラッパーに憧れる不良少年だった。
Sean Paulのコピーをして女の子の気を引こうとしていたというから、どこにでもいるヤンチャな少年だったのだろう。
ある日、警察の厄介になった彼は、悪事ばかりの生活に見切りをつけ、本名とcrazyを掛け合わせたNaezyという名前でラッパーとしての活動を始める。
彼は、何日も部屋にこもって書いた自作のリリックを、iPadでダウンロードしたビートに乗せ、iPadに繋いだマイクでコーディングし、iPadで撮影したミュージックビデオを、もちろんiPadからYouTubeにアップした。

iPadで全ての表現を完結してしまったNaezyの「あるもので工夫して間に合わせる」方法論は、インドでは「ジュガール」(Jugaad)と呼ばれている。
この自由な発想は、2台のレコードプレーヤーでビートを作ることを発明したブロンクスのヒップホップ・オリジネイターたちにも通底するものを感じる。
(ちなみにインターネット以前の主要な音楽の流通形態がカセットテープだったインドでは、今日までターンテーブルによる音楽カルチャーが生まれることはなく、代わりにヒューマンビートボックスが普及した)

そもそも、ポピュラー音楽といえば自国の映画音楽ばかりだったインドの若者がヒップホップに出会えたのは、経済成長とインターネットの普及があってこそのことだった。
インドのヒップホップブームは、国内や世界のグローバル化と無関係ではないのである。

"Aafat!"のミュージックビデオは「スラムみたいな地区にすごいラッパーがいる」と話題になり、映画監督ゾーヤー・アクタルの耳にも入ることになる。
興味を持ったアクタル監督は、Naezyをモデルにしたボリウッド初のヒップホップ映画『ガリーボーイ』を撮影し、2019年に大ヒットを記録した。
この映画が、発展途上だったインドのヒップホップシーンの起爆剤となるのだが、それはもう少し後の話。


同時期のムンバイでは、別の下町地区Andheri Eastで育ったDIVINEが、下町の路地を意味するGullyというヒンディー語を、英語の「ストリート」と同じような、身近でクール言葉として使い始め、インドならではのストリートラップを開拓し始めていた。

DIVINE "Yeh Mera Bombay"
『ガリーボーイ』という映画のタイトルも、このDIVINEが提唱したGully=Streetという概念から取られたもので、彼は映画に登場するMCシェールというキャラクターのモデルでもある。

Naezyと共演した"Mere Gully Mein"は『ガリーボーイ』でも主人公たちがスラムでミュージックビデオを撮影する曲としてフィーチャーされている一曲。
DIVINEは日本で言うとZeebraとかOzrosaurusのMacchoみたいなアニキっぽい存在感(声質も似ている)のラッパーで、今日に至るまでインドのヒップホップシーンをリードし続けている。

DIVINE feat. Naezy "Mere Gully Mein"
『ガリーボーイ』の舞台は、NaezyやDIVINEのホームタウンではなく、ムンバイ最大のスラム「ダラヴィ」に置き換えられている。
映画の主人公のムラドはカレッジに通っているし、実際のNaezyもiPadを持っていたし、「インドのスラムの住人って、社会の最底辺なのに結構裕福なんだな」と思った人もいるかもしれないが、それは大きな誤解。
インドではスラム暮らしというのは最底辺ではないのである。

ダラヴィは、『スラムドッグ$ミリオネア』や『ガリーボーイ』など、数々の作品の舞台になった「有名」なスラムであるがゆえに、各所からの支援があり、他のムンバイのスラムと比べても、比較的「まし」な環境なのだ。
もちろん、それでも過密で不衛生な住環境であることに変わりはないのだが、インドの街には、住む家さえなく路上で暮らしている人たちもたくさんいるし、地方に行けば電気も水道もない環境で暮らしている人たちも何億人もいることを考えると、ダラヴィは決して最底辺の環境ではないのである。

とはいえ、ガリー出身のラッパーたちが、抑圧された環境の若者たちをレペゼンして、同じ境遇の少年あちの希望となっていることは紛れもない事実。
じっさい、映画同様にダラヴィ出身のラッパーたちも活躍している。
偏見にさらされ、抑圧された立場にあるスラム出身の若者たちがアメリカの黒人たちによって生み出されたヒップホップという表現形態を選ぶのは必然だった。
今回は、数多いダラヴィ出身のラッパーから、MC Altafを紹介したい。

MC Altaf "Code Mumbai 17"
MC Altafはダラヴィのヒップホップクルー'Enimiez'の出身。
同郷のクルー'7 bantaiz'のStony Psykoに影響を受けてラッパーの道を志したという。
タイトルの'Code Mumbai 17'(17はヒンディー語でsatrahと発音する)は、ダラヴィのピンコード(郵便番号)を意味している。
ヒップホップの「レペゼン意識」(地元やコミュニティを代表しようというアティテュード)というやつである。
彼はその後、DIVINEらとともにNasのレーベルのインド版であるMass Appeal Indiaの所属となり、ダラヴィやムンバイだけでなく、インドを代表するラッパーになりつつある。

ダラヴィのヒップホップシーンについてはこちらの記事で詳述。
インド南部のタミル系の住民も多いこの地域では、タミル語でラップするラッパーもいて、多言語・他宗教が共生するという、貧しくとも'unity'なヒップホップ環境が存在している。



この街のヒップホップはガリーラップだけではない。
大都市なだけあって、ムンバイのヒップホップシーンは多様性に溢れている。

Tienas "Fake Adidas"
Tienas " A Song To Die"
Tienasは英語ラップを得意としているラッパーで、チル系からノイズ系まで、エクスペリメンタルなビートを使用することも多い。





6人組のクルーSwadesiもアンダーグラウンドな表現にこだわっているユニットのひとつだ。
彼らは伝統音楽とヒップホップを融合したビートに社会的なメッセージ色の強いラップを乗せるスタイルを貫いている。
この"Warli Revolt"では、独特の絵画様式を持つことで知られるワールリー族の伝統的なリズムに乗せて、少数民族が搾取され、抑圧される様子を伝えている。

Swadesi "Warli Revolt"
Sarathy Korwar "Mumbay(feat. MC Mawali)"
SwadesiのMC Mawaliがイギリス在住のパーカッション奏者Sarathy Korwarと共演したこの"Mumbay"では、ジャズと古典音楽を融合した7拍子のビートに合わせて、ムンバイの街の様子をクールに描き出している。

海外に多く暮らしているインド系移民は、経済だけではなくポップカルチャーの面でもインドを支えており、近年ではこのSarathy KorwarとMC Mawaliの例のように、海外在住のインド系アーティストと本国のアーティストの共演も増えてきている。
アメリカ在住のビートメーカーAAKASHはムンバイの地元ラッパーと共演したアルバムを発表。
トラップなどの新しいビートでシーンに新風を吹き込んだ。

MC Altaf, D'Evil "Wazan Hai"(Prod by AAKASH)
ヒップホップ人気の高まりとともに若者の憧れとなっているスニーカーショップで撮影されたミュージックビデオも印象的だ。
はじめはストリート発の社会的ムーブメントとして注目されてきたインドのヒップホップは、今ではファッションやポップカルチャーとしても存在感を高めている。


ポップ寄りのラッパーとして絶大な人気を誇っているのは、『ガリーボーイ』にもカメオ出演していたEmiway Bantaiだ。
彼は'Machayenge'と称するポップなシリーズで絶大な人気を誇っている。
'IMASIA'で紹介したのはシリーズ3作目の"Machayenge 3".

Emiway Bantai "Machayenge 3"
このミュージックビデオだけ見ると、ポップで軟派なラッパーのようにも見えるが、この曲でもその片鱗が窺える通り、彼はラップが相当に上手い。
彼はそのスキルとセンスを活かして、多くの人気ラッパーにビーフを挑み、その容赦ないスタイルで名を上げたところで、こうしたポップな曲をリリースして人気を確固たるものとした。




フィメール・ラッパーについても触れておこう。
ムンバイ在住のマラヤーリー系(南部ケーララ州系)フィメール・ラッパーDee MCは、今なお抑圧されがちな女性の立場を代弁するラッパーとして、シーンで活躍している。


インドのヒップホップも、一部のラッパーたちのリリックがミソジニー的であるとの批判を浴びることがあるが、彼女曰く、ムンバイのヒップホップシーンで女性であることを理由に困難を感じたことはないとのこと。
こうした健全さはムンバイのシーンの美しさと言えるだろう。



さて、ここで最初に紹介したNaezyとDIVINEに話を戻してみたい。

じつはNaezyは、『ガリーボーイ』公開前後のいちばんオイシイ時期、音楽活動を休止していた。
彼は敬虔なムスリムでもあるのだが、iPadをくれた父に、「ヒップホップはイスラーム的ではない」と止められていたからだ。
その後、晴れて「ラップもイスラームの伝統である詩と通じるもの」と父の理解が得られ、活動を再開したNaezyは、今でもムンバイのストリートラッパーとして活動を続けている。

Naezy, Rakhis "Kasa Kai"


一方のDIVINEは、映画『ガリーボーイ』 のヒットの勢いを借りて、精力的に活動を続けていた。
その結果、一躍人気者となった彼は、もはやインディペンデントなストリートラッパーで居続けることはできなくなってしまった。
皮肉にも、映画の成功によって、ガリーラッパーというアイデンティティを手放さざるを得なくなってしまったのだ。

その後のDIVINEの音楽的葛藤についてはこの記事に書いている。


今回は、ストリートの少年だった彼がヒップホップで成り上がったストーリーをミュージックビデオにしたこの曲を紹介したい。

DIVINE "RIDER Feat. Lisa Mishra"


インド最大の都市であり、エンターテインメントの中心地であるがゆえに、とにかく多様で層が厚いムンバイのヒップホップシーン。
ラッパーだけでなく、ビートメーカーに焦点を当てた記事も紹介しておきます。


まだまだ紹介しきれていないアーティストもいるのだけど、本日はここまで。
ムンバイ以外のシーンについては、日を改めて書かせてもらいます。 





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goshimasayama18 at 15:49|PermalinkComments(0)

2021年06月24日

インドで活躍するLGBTQ+とミュージシャンたち(2021年版)

6月は、LGBTQ+を支持する'Pride Month'として、世界中でさまざまな発信が行われている。

インドは宗教的に保守的なイメージを持たれることが多いが(だからこそと言うべきか)、インディーミュージックシーンではLGBTQ+をサポートする意図を持ったミュージックビデオが目立つ。
また、自身がLGBTQ+であることをオープンにして活動しているミュージシャンも活動している。
(昨年このテーマで書いた以下の記事参照)



彼らは決して有名アーティストというわけではないが、その堂々たる存在感は、ジェンダーやセクシュアリティーに関係なく、我々に勇気と刺激を与えてくれる。

本題に入る前に、あらためて説明すると、LGBTQ+とは、同性愛者、バイセクシュアル、トランスジェンダー(身体の性別と内面の性別が異なる)、男女のどちらでもないと感じている人、自身の性自認や性的指向が決まっていない人などの性的少数者の総称だ。 
マジョリティであるヘテロセクシュアル(異性愛者)やシスジェンダー(肉体上の性別と性自認が一致している人)とは異なる存在として、'LGBTQ+'というひとつの言葉で表されることも多いが、このくくりの中にも多様性が存在しているのだ。

インド社会におけるLGBTQ+へのまなざしもまた多様である。
前回の記事でも書いた通り、2018年まで「同性間での性行為を違法とする」という時代遅れな法令(1861年に制定されたもの)が存在していたかと思えば、トランスジェンダーの女性(肉体上の性別が男性で、性自認が女性である人)が「ヒジュラー」というある種の聖性を持った存在として受け入れられていたりもする。
とはいえ、インド社会に現代的な意味でのインクルージョンが古くから存在していたわけではなく、ヒジュラーは偏見や差別の対象でもあったし、さらに言えばそれ以外の性的マイノリティたちには、長い間(多くの場合は今でも)居場所すらなかったという現実もある。

こうした伝統の反面、2019年に急逝したQueen Harishのように、男性として生まれながらも、伝統舞踊ラージャスターニー・ダンスの「女型」として、アーティストとして非常に高い評価を得ていた例もある。
彼(彼女と言うべきか)の人生については、このパロミタさんが翻訳した、生前最後のインタビュー記事が詳しい。


私の知る限り、Queen Harishは自身の性自認や性的指向をオープンにしてはいなかったようだが、出生時の性とは違う性を表現するアーティストとして、彼が(彼女がと言うべきか)高く評価されていたことに異論を唱える人はいないだろう。
(Queen Harishは性別を超越した立場の表現者であり、これから挙げるようなLGBTQ+としてのメッセージを発信しているアーティストと同列に語るのは違和感があるが、インド社会のジェンダーとアート/芸能にまつわる一例として紹介した。ちなみにQueen Harishは、ムンバイで活躍している日本人シンガー/ダンサーのHiroko Sarahさんのラージャスターニー・ダンスの師匠でもあった)


さて、いつも通りインドのインディーミュージックの話題に移ろう。
インドのインディー音楽シーンをチェックしていると、こちらが意識していなくても、LGBTQ+をテーマにした作品に出会うことがたびたびある。
実力派シンガーソングライターのSanjeeta Bhattacharyaが今年2月にリリースした"Khoya Sa"は、女性同性愛者をテーマにした詩的な映像が美しい作品だ。
このミュージックビデオは、現代インドの郊外における「従来の愛の文化的概念に困惑している女性たち」を描いており、社会的束縛のなかにいても、愛は自由であることを表現しているのだという。
Sanjeetaはアメリカの名門バークリー音楽大学を卒業したエリートでもある。
これまで英語やスペイン語で歌ったり(日本語タイトルの曲もある)、マダガスカルのシンガーと共演したりと、国際的かつ都会的なイメージだった彼女が、あえてヒンディー語で歌い、郊外を舞台とした映像作品を作ったことに、強いメッセージ性を感じる。

(ちなみに彼女はミュージックビデオのなかで同性愛者を演じているが、性的指向や性自認を明らかにしてはいない。当事者性に焦点を当てるのではなく、作品の価値の普遍性にこそ注目すべきであることは言うまでもないだろう)

Sanjeetaの叙情的な表現とは対照的に、より強烈にクィア性を打ち出しているアーティストもいる。
Marc MascarenhasことTropical Marcaはムンバイで活動している「インドで最初のドラァグ・クイーン」だ。
彼女は、スウェーデン人のPetter Wallenbergが設立したLGBTQ+の権利と平等を訴える国際的アーティスト集団'Rainbow Riot'とコラボレーションして、2019年に"Tropical Queen"という楽曲をリリースした。



Sanjeetaが郊外での性的マイノリティの心細さを表現していたのとはうって変わって、大都市ムンバイでは、ここまで大胆な表現が許容されている。(もちろん、こうした表現を快く思わない保守層も少なからずいるわけだが)
インドは良くも悪くも伝統と変化が様々な形で共存している。
これもまた自由で新しいインドの一面だと言えるだろう。
Petter Wallenbergは他にもムンバイで多くのコラボレーションを行っており、これはインド初のLGBT合唱団との共演。

同性愛がインドで「合法化」されたことについて、「以前は芋虫のように隠れていたけど、今は蝶になったよ」と語っている男性の言葉が印象に残る。

ムンバイだけではなく、デリーにもLGBTQ+の権利を歌うバンドが存在している。

ヴォーカリストのSharif D Rangnekarを中心に結成されたFriends of Lingerは、性的マイノリティだけでなく、女性の尊厳や、ヒンドゥー・ナショナリズムによるジャーナリストへの暴力など、社会的なテーマを取り上げているバンドだ。
都市部のリベラル層の間では、インドに存在する多くの社会問題と同様に、性的マイノリティの権利も注目されるトピックになってきているのだろう。
近年ではインド映画においても、同性愛がテーマとされていることは昨年の記事でも書いたとおりだ。


いつも感じていることだが、インドの社会をリサーチしていると、かの国ではなく、むしろ日本の社会や社会問題が、強烈な逆光に照らし出されるような感覚を覚える。
インド社会を全体として見れば、LGBTQ+をめぐる状況には改善されなければならない点が多く存在しているが、当事者も、そうでないアーティストも、音楽の力を借りて、彼らのための主張を堂々と表現していることに関しては、我々も大いに見習うべきだろう。

今年のPride Monthも残りわずか。
いずれの国でも、性的マイノリティとされる人々が、差別や偏見に晒されずに生きてゆけるようになることを願うばかりだ。



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goshimasayama18 at 23:54|PermalinkComments(0)

2020年11月09日

ウィスパーボイスのシンセポップ、"Samurai". 歌うのはベンガルの古典音楽一家出身のエリートシンガー!



以前も書いたとおり、インドの音楽シーンをチェックしていると、日本語のタイトルがつけられた曲に出会うことがたびたびある。
 
マンガ、アニメ、ゲームといった日本のサブカルチャーの人気はインドでも高く、現地のアーティストにもファンが多いためだ。

先日も、インドのアーティストが歌う"Samurai"(侍!)というタイトルの曲を見つけて聴いてみたところ、これがまた素晴らしかった。
ウィスパーヴォイスの女性ヴォーカルが歌う80年代風のシンセポップに、当時の日本のアニメ風のミュージックビデオがばっちりハマっている。

この絵柄、この色づかい、このメカデザイン。
最近はインドでもこうした80年代的レトロフューチャーを取り入れるアーティストが目につくが(例えばDreamhour)、ここまで徹底した世界観を作り上げている例は珍しい。
しかも彼女の場合、ヴェイパーウェイヴ的に過去の作品を再編集するのではなく、楽曲もビデオも全てゼロから手がけているというのが凄い。

Sayantika曰く、サイバーパンク的ディストピア世界で活躍する女性たちは、いずれも彼女の分身で、この曲は、コロナウイルスによるロックダウンのもとで直面した創作上の困難と、そこから脱したプロセスを表現したものだという。
そのことを踏まえて見れば、単に80年代のテイストを再現しているだけではなく、明確なコンセプトとストーリーがあることがお分かりいただけるだろう。
このまったくインドらしからぬセンスの持ち主である彼女が、なんとコルカタの古典音楽一家の出身だと知って、さらに驚いた。

曾祖父と母親は古典音楽家、父はハーモニカ奏者という音楽一家に育ったSayantikaは、すでに10歳から作曲を始めていたという。
「音楽を始めるのは必然だったのよ」と語る彼女が影響を受けたのは、古典音楽ではなくThe Beatles, Coldplay, Radiohead, Gorillasといった現代の欧米のミュージシャンたちだった。

しかも、彼女の才能は音楽だけではなかったようだ。
理工系の世界的名門として知られるインド工科大学ムンバイ校(IIT Bombay)に進学し、地質学を学んだというから、彼女は相当なエリートでもあるのだ。
誰もが羨むエリートコースに進んだものの、Sayantikaは大学でのフェスティバルやムンバイの音楽シーンに刺激を受け、幼い頃から親しんだ音楽の道に進むことを決意した。
大学卒業後もムンバイに留まって音楽活動を続け、2019年にデビューEP "Yesterday
Forever"をリリース。
"Samurai"同様に80年代風のシンセサウンドを基調にしたこのアルバムは、純粋にポップミュージックとして素晴らしく、とくにメロディーセンスの高さは特筆に値する。

なかでも美しいのがこの"Extraordinary Love"だ。

さまざまな愛の形を描いたミュージックビデオが印象的なこの曲は、Sayantikaからボーイフレンドへのバースデープレゼントとして作られたものだという。
「ありふれた世界の、ありえないほどの愛。あなたの恋人でいられることは本当に特別なこと、あなたはとても特別な人だから」
というストレートなラブソングで、こんな素敵な歌でそんなこと言われる彼氏は幸せものだよな…、としみじみ。


ムンバイを拠点に音楽活動を続けている彼女だが、生まれ育ったベンガル地方のルーツを決して忘れてしまったわけではない。
今年6月にリリースされたこの2枚目のシングル"Aami Banglar"は、ベンガリー語による故郷の文化や自然や人々の讃歌だ。

ベンガル語のやさしい響き、伝統楽器をふんだんに使ったアレンジなど、とても現代的なシンセポップのアーティストとは思えない素朴な曲だが、それだけに彼女のメロディーの良さが際立っている。

歌詞では、
「ベンガルこそ私の魂の居場所、これは私のバウル・ソング
 モンスーンの赤土の大地の匂いがする
 もし『あなたの心が永遠に止まる場所はどこ?』と聞かれたら
 私の答えは『ベンガルよ。いつも』」

と、率直に故郷への愛情が綴られている。
他にも、海やヒマラヤ、女神ドゥルガー、大詩人タゴール、ポウシュ・メラ(バウルなどの伝統音楽家が集うタゴールゆかりの地シャンティニケトンの祭)など、ベンガルらしいモチーフがこれでもかというほど詰め込まれた曲だ。
最後にはバウルのシンガー、Shenker Dasが登場し、バウルらしい深みのある歌声を聴かせてくれている。

(「バウル」はインド領のウエストベンガルにも、ベンガル地方の東側にあたるバングラデシュにも存在している漂泊の修行者にして歌い人。社会の枠から外れた存在である彼らは、とても一言では言い表せない存在だが、このあたりの記事に多少詳しく書いています)




いくつかのウェブサイトの記事によると、彼女の音楽の重要なテーマは、「ノスタルジア」であるようだ。
80年代的シンセポップと、伝統楽器を使ったベンガル賛歌。
この2つは全く異質のもののように感じられるが、彼女にとっては、同じノスタルジアという意識でつながっているものなのだろう。
実際、ポップでモダンな"Samurai"にも、マハーラーシュトラ州(こちらはインド東部のベンガルとは遠く離れたムンバイがある西インドの地方)の楽器Sambalの音色が使われているという。

大都市コルカタで育った20代の彼女にとっては、80年代の人工的なカルチャーも、故郷ベンガルの赤土の大地も、実際の体験に基づいた記憶というよりも、イメージの上でのノスタルジアなのかもしれない。
それでも、現代を生きるベンガル女性のルーツとして、タゴールやバウルとSFアニメが共存しているというのはなんともユニークでクールだ。

この類まれなセンスの持ち主にもかかわらず、デビューEP"Yesterday Forever"のSpotifyでの再生回数はまだ1000回未満。
彼女はもっともっと評価されるべきアーティストだ。

同じくコルカタ出身で、海外のレーベルと契約しているParekh & Singhのように、今後の活躍と、インド国内にとどまらない人気を期待したい。



(インドのヴェイパーウェイヴ的懐古趣味については、この記事に書いています)




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2020年05月24日

ゲットーだけがヒップホップじゃない! ムンバイのアーバン・ヒップホップ Sixk


このブログで何度も紹介しているムンバイのヒップホップシーン。
これまで主に紹介してきたのはストリート系のラッパー(スラム出身者などのいわゆるガリーラップ)や、Lo-Fi/Jazzy HipHopなどの音響的に新しい試みをしているアーティストたちだった。



インド最大の都市、ムンバイには、こうしたムーブメントとは別に、ポップミュージックとして洗練されたヒップホップを追求しているアーティストも存在している。

ムンバイの6人組、SIXK(どう発音するのだろう)は、ストリートのリアリティーの追求や音響的な実験ではなく、かつボリウッド的なバングラー/EDM系のラップとも違う、ポップな英語リリックによるヒップホップチューンを発表している。
彼らは2018年に結成され、4人のヴォーカル(MC)とプロデューサー、ドラマーからなるグループだ。
さっそく、彼らの"Dansa"と"Roll Numbers"を聴いていただこう。




"Dansa"のミュージックビデオの一糸乱れぬダンスはボリウッドを思い起こさせる部分もあるが、これは昨今インドでも人気の高まっているK-Popの影響かもしれない。
"Roll Numbers"のYouTubeのコメント欄には、「韓国のラップトリオMFTBYがこの曲にリアクションしてくれた!」というコメントが寄せられていて、K-Popが欧米のポップ・ミュージック同様にインドの憧れの対象となっていることが分かる。


音楽メディア'Rolling Stone India'のウェブサイトでは、ここ1〜2年でK-Popが取り上げられる割合がかなり大きくなっており、韓国のアーティストにインドのミュージックビデオを見せて、そのリアクションを動画で公開するといった企画も行われている。(SIXKへのMFTBYのリアクションというのも、おそらくはこの企画のことを指しているのだろう)

お聴きの通り、彼らのサウンドは、ゴツゴツとしたラップではなく、ソウルやポップスの要素も入ったノリが良くキャッチーなものだ。
リリックのテーマも、ストリートのリアルさというよりも、9時から5時の仕事の憂鬱や、内面的な感情を扱っている。
こうしたリリックの通り、インタビューによるとメンバーは定職を持ちながら音楽活動を始めており、今なおCAとして働いているメンバーもいるという。
映画音楽以外の音楽シーンがまだまだ発展途上のインドでは、多くのミュージシャンが「本業」を持ちながら、自分たちの表現したい音楽に取り組んでいる。
彼らは語る。
「俺たちはストリート育ちじゃない。俺たちには人を感動させるようなストーリーがあるわけじゃないんだ。でも俺たちは、機械みたいな決まりきった生活なんて全く望んじゃいないよ。俺たちはかなり恵まれた環境に育っているし、他のアーティストに比べて苦労しているようには見えないかもしれない。それでも、精神的な苦労はかなり大きいし、今だってそうだよ。育ってきた中で身についた習慣を捨て去るっていうのは、すごく勇気がいることだ。安定した生活と仕事を捨てるっていうのはね。」

スラム出身者などの「ガリーラップ」が注目を集めることが多いインドのシーンだが、もちろんラップはゲットー育ちのみに与えられた特権ではない。
ミドルクラスにも上流階級にも悩みや不満があり、表現衝動があるのもまた当然なのだ。

これまでインドで発展してきたボリウッド系ラップやガリーラップ、音響的な美学を追求したアンダーグラウンド・ラップに加えて、さらにこうしたポップな世界観のラッパーたちも登場し、ますます活況を呈してきているインドのヒップホップシーン。
英語リリックという世界基準を満たしていて、さらにローカルな要素が少なく普遍的なテーマを扱っているということもあり、うまくいけば、このジャンルから世界的にブレイクするアーティストが出てくるなんてこともあるかもしれない。

最後に、SIXKのより実験的な楽曲、"Conversation"と"Realisation"を紹介する。
彼らは音楽的な引き出しも多そうで、今後の活躍がますます期待されるヒップホップ・アーティストの最右翼に位置付けられそうだ。







参考:
http://theindianmusicdiaries.com/getting-real-with-sixk-the-hip-hop-crew-from-mumbai/




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2020年02月11日

Daisuke Tanabe氏にインドのクラブシーンについて聞く!

おそらくは、日本のコンテンポラリー・ミュージックの世界で、最も多くインドでの活動を経験しているミュージシャンだろう。

Daisuke Tanabe — 世界的に活躍する電子音楽アーティストである彼は、2016年を皮切りに、これまでに3度のインドツアーを行っている。
のみならず、2018年にはムンバイのエレクトロニカ系レーベルKnowmad RecordsからEP "Cat Steps"をリリースするなど、彼とインドのシーンとのつながりは、非常に深いようである。
つい先月もインド4都市でのライブを行ったばかりのTanabe氏に、メールでインドのクラブミュージックシーンについて聞いてみた。

DaisukeTanabe

Tanabe氏とインドの音楽シーンとの最初の接点は、2016年にムンバイのエレクトロニカ・アーティストKumailのリミックスを手掛けたことだったという。
Kumailと「いつかインドでライブができたらいいね」と話していたところ、さっそくその年に最初のインドツアーが決定した。
Daisuke Tanabe、初のインドツアーは、'Magnetic Fields Festival'への出演と、ムンバイ、ベンガルール、プネーの3都市を回るものだった。
実際に訪れてみると、インドにはすでに彼の音楽を長く聞いているリスナーが大勢おり、大歓迎を受けたという。
これまで何度もこのブログで書いてきた通り、コアなファンを持つジャンルや、「音の響き」そのものが重視される音楽では、国籍や国境はあまり意味を持たない。

Tanabe氏自身も意外だったという大歓迎は、彼の音楽のスタイルと、そして質の高さが、国や文化の壁を軽々と超えるものだということの証明と言えるだろう。
ちなみに彼以外にインドでのライブを経験している日本人アーティストには、フィールドレコーディングによる音源を再構築してユニークなサウンドを作るYosi Horikawa、ポストロックのMono、デスメタルの兀突骨などがいる。
いずれも唯一無二の「音の個性」を持ったアーティストばかりである。

Knowmad RecordsからリリースされたEP"Cat Steps".

繊細かつ自由。
リズム、ハーモニー、ノイズが気まぐれに、しかし美しく展開する作風はまさにCat Stepsのタイトルにふさわしい。

Kumailの"Bottom Feeder"のDaisuke Tanabe Remixは、叙情と混沌と美の2分半だ。

Daisuke Tanabeのインドでの最初のライブは、ラージャスターン州の砂漠の中の宮殿で行われる電子音楽系のフェス、Magnetic Fields Festivalだった。
インドらしい異国情緒と国内外の先端的な音楽が融合した、かなりユニークなフェスティバルだ。
Sunburn, VH1 Supersonic, NH7 Weekenderなど、近年大規模な音楽フェスが増えているインドだが、ローカルの伝統文化と新しい音楽を融合するという発想のフェスは珍しい。
彼が出演した2016年のアフタームービーからも、その独特な雰囲気が感じられる。


このMagnetic Fields Festivalは、チケットがかなり高額なフェスであるため、Tanabe氏曰く、客層は裕福そうな人が多く、オーディエンスのマナーもとても良かったとのこと。
日本では音楽ファンにもインド好きにもまだほとんど知られていないイベントだが、伝統的なインドと最先端の音楽シーンをかなり面白い形で体験できる、素晴らしいフェスティバルのようだ。
(かつての記事でも少し紹介しているので、興味のある方はこちらもどうぞ)


2018年の9月には、リリースしたばかりの"Cat Steps"を引っさげて、ニューデリー、ムンバイ、バンガロール、プネーを回る2度目のインドツアーを挙行。
今年1月のツアーでは、ムンバイ、バンガロール、ニューデリーに加えて、ゴアでのライブも行った。

Tanabe2018tour
和の要素を感じさせるフライヤーがクールだ。
Tanabe2020Tour

ヨーロッパ各国や中国など、さまざまな国でのライブ経験のあるTanabe氏に、インドのオーディエンスの印象について聞いてみたところ、「最初から最後までとにかくよく踊る」とのこと。
国によってはアーティストの動きにかぶりつくところもあれば、じっと音楽に耳を澄ますオーディエンスが多いところもあるそうだが、「インドはとにかく反応が良い」そうだ。
インド映画を見れば分かる通り、インド人は筋金入りのダンス好きだ。
インドに行ったことがある人なら、子どもたちがラジカセから流れる映画音楽に合わせて、キレキレのダンスを踊っているのを見かけたことがある人も多いだろう。
インドでは、大衆映画のファンから、クラブに来るような新しい音楽のファンまで、とにかく踊りまくる。
すばらしい国ではないか。

インドの都市ごとのシーンの印象について聞いてみたところ、あくまでも彼がライブを行った場所の印象だとことわったうえで、こう語ってくれた。

「ムンバイはインドの中でも特にパーティ好きと言うか、眠らない街という印象」、「デリーも大都市の雰囲気があるが、シーンに関してはムンバイよりある意味で大人な雰囲気」、そして「バンガロールはインドのローカルアーティストに聞くと、こぞって実験的な音楽に対しても耳を開いているという返事が返ってくる」そうで、今回初めて訪れたパーティーシーズンのゴアは、「オーディエンスの外国人率が他の都市と比べてダントツに高く、緩い雰囲気ではあるものの、やはり真剣に聴いてくれる印象」とのことだった。

このコメントは非常に面白い。
というのも、Tanabe氏が語るそれぞれの都市の印象が、各都市の歴史的・文化的な特徴とも重なっているように思えるからだ。
ムンバイはインド最大の都市であり、娯楽の中心地。ボリウッドのようなメインストリームの音楽からアンダーグラウンドなヒップホップ、エレクトロニック系、ハードコアまで様々なサウンドが生まれる土地である。
首都デリーは、古くから様々な王朝が栄えた文化的都市。インドで最初の国産電子音楽ユニットであるMIDIval Punditzやインド発のレゲエユニットReggae Rajahsなど、洗練されたセンスを感じさせるアーティストを多く輩出している。
バンガロールは20世紀末からIT産業によって急速に発展した国際都市で、音楽的にはポストロックなど、実験的なバンドが多い印象である。
そして、ゴアは古くから欧米人ヒッピーたちに愛されたリゾート地で、言わずと知れたゴア・トランスの発祥の地だ。

「ゴアは未だにトランスのパーティーも盛んなようで、興味深かったのは土地柄的にインドの人が最初に耳にする電子音楽はトランスが多い」というコメントも面白い。
ゴアはかつて西洋人のヒッピー/レイヴァーたちのトランスパーティーの世界的な中心地だったが(今でもHilltopやShiva Valleyというトランスで有名なヴェニューがある)、2000年頃からレイヴへの規制が強化され、外国人中心のパーティーと入れ替わるように、インドの若者たちが自分たちの音楽文化を作りあげてきたという歴史を持っている。

(ゴアの音楽シーンの歴史については、この3つの記事にまとめている) 



Tanabe氏は「実は以前はトランスも聴いていたので、インドでの人気の理由にはそこら辺の根っこの部分で近いものを感じ取っているのかもしれない」と述べている。
彼の有機的かつ刺激的なサウンドのルーツに実はトランスがあって、それがインドのオーディエンスにも無意識的に伝わっているとしたら、偶然なのか必然なのかは分からないが、音の持つ不思議な「縁」を感じさせられる話ではある。

また、Tanabe氏から聞いた各都市の「風営法」についての情報も興味深かった。
ムンバイでは、クラブイベントは深夜2時ごろまでに終了することが多いようだが、近々条例が改正され、さらに長時間の営業が可能になる見込みだという。
一方、バンガロールでは、つい最近まで音楽イベントに対する規制がかなり強かったようで、現在では緩和されているものの、そうした事情を知らない人も多く、イベントを行うこと自体が難しい状況もあるという。
バンガロールでは、昨年、地元言語であるカンナダ語以外の言葉でラップしていたミュージシャンが、観客からのクレームで強制的にステージを中止させられるという事件も起きている。
ITバブル以降急速に発展したバンガロールでは、実験的な音楽が好まれるシーンがある一方で、まだまだ保守的な一面もあるということがうかがえる。

インドの音楽シーンを俯瞰すると、中産階級以上の新しいもの好きな若者たちが新しい音楽を積極的に支持している反面、宗教的に保守的な層(ヒンドゥーにしろ、イスラームにしろ)は、享楽的な欧米文化の流入に強い危機感と反発を抱く傾向がある。
実際、EDM系の大規模フェスであるSunburn Festivalはヒンドゥー原理主義者からの脅迫を受けているし、人気ラッパーのNaezyは父親から「ラップはイスラーム的に許されないもの」と言われていたようだ。(Naezyの場合、結局、ラップはイスラームの伝統的な詩の文化に通じるもの、ということで、お父さんには理解してもらえたという)
こうした文化的な緊張感が、様々な形でインドの音楽シーンに影響を与えているようだ。


Daisuke TanabeがムンバイのKnowmad Recordsから"Cat Steps"をリリースした経緯については、こちらのblock.fmの記事に詳しい。

「リリースして誰かに聴いてもらうということには変わりないし、今はもうどこの国からリリースしたっていうのはほとんど関係ない時代」という言葉が深い。
インターネットで世界中がつながった今、優れた音楽であれば、あらゆる場所にファンがいるし、またコアな愛好家がいるジャンルであれば、あらゆる場所にアーティストがいる。
Tanabe氏はこれまで、日本のCirculationsやイギリスのBrownswood、ドイツのProject: Mooncircleといったレーベルから作品をリリースしてきたが、今回のKnowmadからのリリースによって、インドのファンベースをより強固なものにすることができたようである。
勢いのある途上国のレーベルからリリースすることは、メリットにも成りうるのだ。

Tanabe氏は、特段インドにこだわって活動しているというわけではなく、ファンやプロモーターからのニーズがあるところ、面白いシーンがあるところであれば、国や地域の先入観にとらわれず(つまり、欧米や先進国でなくても)、どこにでも出向いてゆくというスタンスなのだろう。
そんな活動のフィールドのなかに、当たり前のようにインドという国が入ってくる時代が、もう到来しているのだ。

Tanabe氏とのやりとりで印象に残った言葉に、「インドのアーティストやプロモーター、オーディエンスと会話すると、海外からのステレオタイプなインド像を覆してやるという気概みたいなものもよく見受けられる」というものがあった。

インドの音楽と聞いてイメージするものといえば、映画音楽か伝統音楽という人がほとんどで、電子音楽やポストロック、メタルなどを思い浮かべる人はとても少ない。
今では、インドにもこうしたジャンルの面白いアーティストがいるし、熱心なファンもいる。
彼らには新しいインドの音楽シーンを作っていこうという熱意と気概があり、すでにMagnetic FieldsやSunburnのような大きなイベントも行われている。

何が言いたいのかというと、日本の音楽ファンやアーティストも、インドをはじめとする途上国のシーンにもっと着目したほうが面白いのではないか、ということだ。
まだ形成途中の、熱くて形が定まっていないシーンに触れられることなんて、日本や欧米の音楽だけを聴いていたら、なかなか味わえないことだ。
まして、インドは「とにかく踊る国」である。
こんな面白い国の音楽シーンを、放っておく手はない。



…と、ここで記事を終わりにしても良いのだけど、とは言っても、いざ現地の音楽シーンを体験しに行こうにも、どこに行ったらよいのか分からないという人も多いだろう。
インドには、ヒップホップやテクノがかかるクラブもあれば、ボリウッド映画のダンスチューンがかかりまくるディスコみたいな店(これはこれで面白そうだが)もある。

というわけで、最後に、Tanabe氏に聞いたインド各地のクラブ情報をお届けしたいと思います。


まずは、ムンバイから。
「どの都市にもライブ会場があり、僕が初めて訪れた時(25年ほど前とのこと)には想像もできなかった都市にもクラブがあったりします。お隣の国のネパールでもフェスティバルがあったりと、まだまだ行ってみたい会場や国はたくさんですが、知っている都市の中ではムンバイが特にクラブに対して非常に精力的な印象でした。
僕が今回プレイしたAnti Socialという会場は他の都市にも支店ができて居るようで、情報も得やすいかもしれません。

他にもBonoboもよく名前を聞く会場の一つです。」



「デリーではSummer House cafeという会場でライブしましたが、こちらも音も良く、また料理も美味しいものが食べられます。」

(註:このSummer House Cafeはデリーの若者たちが集う、音楽や新しいカルチャーの中心地Hauz Khasに位置している)
 

「バンガロールでは前回、今回ともにFoxtrotという会場でライブしましたが、こちらも他の会場と同じく非常に良い雰囲気の中で、料理や飲み物が楽しめます。」



「ゴアは街を歩けばイベントのポスターが至る所に貼ってあるので、イベントを探すのは最も簡単だと思われます。ただイベントが多いのでお気に入りの場所を探すのには多少時間を要するかもしれません。

どの街も全く違った顔を持って居るのでどれか一つは選べないので、とりあえず今回訪れた会場を挙げてみました。」


とのこと!
インドでは、日本のような音楽がメインのクラブやライブハウスというものはあまり無いようで、どこもレストランバーやカフェバー的な、食事と飲み物も楽しめるようなお店になっている。
今回紹介したようなお店は、現地ではオシャレスポットなので、いかにもバックパッカーのようなヨレヨレの格好で行くのは控えたほうが良いかもしれない。
 
お店にもよるが、イベントによっては、ロックやヒップホップ、はたまたスタンダップコメディの日なんかもあるみたいなので、訪れる前にホームページをチェックして、好みのジャンルのイベントを狙って行くことをオススメする。
ムンバイに関しては、現地在住のHirokoさん、ラッパーのIbex、ビートメーカーのKushmirに聞いた情報も参考になるはず。(この記事で紹介されています)


次にインドを訪れるなら、ぜひ現地の音楽シーンの熱さも味わってみては!



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2020年02月01日

ムンバイのハードコアバンドRiot Peddlersとインドのパンクロックシーン!

ムンバイのハードコアパンクバンドRiot Peddlersが、デビュー作以来7年ぶりとなるニューEPをリリースした。
今回はその話題を書こうと思っていたのだが、200本を超える記事を書いてきたこのブログで、実はパンクロックについて触れるのはこれが初めて!
というわけで、今回はインドのパンクロックシーンについてもあわせて紹介してみます。


いきなり結論から書くと、21世紀に入ってからインディーミュージックシーンが発展したインドでは、パンクロックの存在感は決して大きくない。
というか、外から眺める限り、その存在はかなり小さいように見える。

これにはいくつかの理由が考えられる。
まず1つめは、かつてのアメリカやイギリスでパンクバンドをやっていたような、社会に不満を持つ若者たちの表現手段が、パンクロックからヒップホップに完全に移行してしまったということ。これはインドに限らず世界的な傾向だろう。
それに、バンドをやるためには、楽器やリハーサルスタジオにも安くないお金がかかる。
とくにインドの場合、経済的に恵まれない層の若者たちにとって、エレキギターやドラムセットを買うなんて夢のまた夢。
体一つでできるラップと違い、そもそもロックはそれなりに裕福でないとできないジャンルなのだ。
インドでは、ヒップホップにおいてもレコードとターンテーブルを使ったDJはほとんど普及しておらず、ヒューマンビートボックスやインターネットからダウンロードしたビートを使うのが主流である。
インドではレコード(音楽ソフトとしてはカセットテープが主流でほとんど流通しなかった)もターンテーブルも、やはりそれなりに高価なものだからだ。
洋の東西を問わず、「衝動的に、かつ手軽にできる音楽」であるということが、怒れる若者たちの意見を代弁する音楽となるための絶対条件なのだ。

パンクロックのアティテュードを簡単に言うならば、「反骨精神」ということになるだろうが、パンクロックのサウンド面での特徴といえば、それはもちろん「激しさ」でだ。
ところが、インドでは、過激で暴力的な音楽のジャンルとしては、パンクよりもヘヴィメタルのほうが圧倒的に人気がある。
階級社会のインドでは、人々は自分を「より良く見せよう」という意識が高い。
そのせいかどうかは分からないが、あえて低俗にふるまい初期衝動の発散に終始するパンクロックよりも、構築的で技巧的なヘヴィメタルを志す若者たちが多いのだ。
インドにはとくにデスメタルやメタルコアなどのエクストリーム系のバンドが多く、それに対してハードコア・パンクは非常に少ない(これも今日ではインドに限らない世界的な傾向と言えるかもしれないが…)
もうひとつインドに関して言えば、パンクロックが流行した時代にインディーミュージックが盛んでなく、パンクシーンが形成されなかったということも、パンクの存在感が小さいそもそもの理由として挙げられるだろう。

そんなわけで、インドではパンクロックは、決して盛んなわけではないのだが、それでも各地で草の根的な活動を繰り広げているバンドたちがいる。
まずは、冒頭でも触れたムンバイのスリーピースバンドRiot Pedllers.
TheRiotPeddlers
(画像は彼らのFacebookから拝借)
モヒカン頭のインド人は初めて見たという人が多いのではないだろうか。
彼らのファーストアルバム"Sarkarsm"から、"Bollywood Song"をさっそく聴いていただこう。


いかにもインドっぽい旋律のヘタクソな歌から始まるが、これはインドの娯楽の絶対的メインストリームであるボリウッドをおちょくっているのである。
その後の歌詞を冒頭の4行だけ載せると、こんな感じである。

I hate this song, it makes me sick
Bollywood can suck my dick
I have a big frown on my face,
Need to get the fuck out of this place

あえて訳すまでもないと思うが、ここにはボリウッドに対する痛烈な嫌悪感が表されている。
インドの娯楽映画は日本にもファンが多いので少し言いづらいのだが(私も別に嫌いではない)、あんなものはクソだと思う人が一定の割合でいるというのは、主流文化の避けられない宿命だろう。こういうカウンターカルチャーが無かったら、かえって不健全というものだ。
アルバムタイトルの"Sarkarsm"は、インドの諸言語で「権力者」 を意味する'sarkar'と、英語で「皮肉」を意味する'sarcasm'をかけ合わせた造語で、「権力やメインストリームに対する皮肉」といった意味と思われる。
(ちなみに"Sarkar"というタイトルの映画はヒンディー語でもタミル語でもあって、ヒンディー語版は名優アミターブ・バッチャン主演のマフィア映画のシリーズ、タミル語版はヴィジャイ主演の選挙をテーマにした作品)

続いては、新作"Strength in Dumbers"(今度は「数の力」という意味の'strength in numbers'をもじっていて「アホどもの力」とでも訳せるだろうか)から"Muslim Dudes On Bikes".

ヒンドゥー・ナショナリズムの台頭にともなって肩身の狭い思いをしているムスリムへの、少々手荒い応援歌である(ちなみにバンドのメンバーは3人ともヒンドゥーのようだ)。
このEPは5曲入りでたったの11分というパンクロックらしい潔い内容。
彼らのサウンドは、これといった特徴のないハードコアパンクだが、主流文化に毒づき、マイノリティーに共感する彼らのアティテュードは、間違いなくパンクロックのものである。

続いて紹介するバンドは、プネーのFalse Flag.
これは2018年にリリースされたネパールのパンクバンドNeck Deep in FilthとのスプリットEPで、最初の4曲がFalse Flagの楽曲。

彼らについて紹介した記事によると、False Flagはマルキシズム的な思想に基づいた、反女性差別、反カースト差別的な主張を持ったバンドとのことである。
以前、ジャマイカン・ミュージックを武器に戦う活動家のDelhi Sultanateを紹介したときにも思ったことだが、政治的な主張をより多くの人に伝えたいのであれば、もっとインドの大衆に受け入れられやすいジャンルだってあるはずだ。
それでもこうしたインドでは全くポピュラーではないジャンルを選んでいる理由は、おそらくだが、彼らにとっては、その思想とパンクロックのサウンドは不可分のものであって、どちらか片方では成立し得ないものだからなのだろう。
政治性が極端に排除された日本の音楽シーンのことを考えると、ちょっと背筋が伸びる思いである。
まあ、パンクロックを聴いて背筋を伸ばすのもなんだけど。

こちらは、昨年デビューしたムンバイの5人組Pacifist.
スマホで撮ったみたいな縦長の画像に味わいを感じる。
ここまで紹介したどのバンドもまともなミュージックビデオを作成していないことからも、インドのパンクシーンがかなり草の根的な状況であることが分かるだろう。

彼らはAt The Drive InやHelmetなどの影響を受けているとのことだが、ヴォーカリストのSidharth Raveendranはもともとはデスメタルバンドのメンバーだったそうだ。
こうした経歴や、この映像の観客の様子からも、インドのハードコアパンクがメタルシーンとかなり接近しているということが見て取れる。

続いては、同じくムンバイから、Green Dayあたりが大好きそうなバンド、Punk On Toastの"My Friends"を紹介する。
 
ギターをかかえて両足を揃えてジャンプ!
なんだか青春っぽい。
Hi-Standardあたりを思い出すアラフォーの人も多いんじゃないだろうか。
この曲はかなりポップなメロディックパンクだが、彼らの他の曲はもっとハードコアっぽかったりもする。
インドのパンクロックの中心地を挙げるとしたら、やはり最大の都市ムンバイということになるようで、ムンバイには、他にもマスコアからの影響を受けたDeath By FungiやGreyfadeといったバンドが存在している。

インド東部のウエスト・ベンガル州コルカタのThe Lightyears Explodeは、よりポップな音楽性のバンド。
政治的というよりは内政的なテーマを歌っているようだ。


同じくコルカタにはRoad2Renaissanceというバンドもいる。
曲は、その名も"Marijuana Song".
DoorsやPink Floydらの影響も公言している彼らをパンクバンドとして紹介いいものかどうか迷うが、パンク的な要素のあるサウンドではある。

あくまで印象としてだが、コルカタのバンドからはニューヨークのバンドのような文学的洗練を感じることが多い。
タゴールやサタジット・レイで知られる文化的な土地であることと、なにか関係があるのだろうか。


歴史を遡って、インドで最初のパンクバンドについて調べてみると、どうやら2002年にムンバイで結成されたTripwireというバンドに行き着くようだ。

Ramones, Sex Pistols, Black Flag, Bad  Religionといったクラシックなバンドの影響を受けているようだが、個人的には彼らのサウンドからはあまりパンクを感じない。
労働者階級出身であることがパンクスの絶対条件だとは思わないが、彼らからは、隠しきれない「育ちの良さ」みたいなものが感じられてしまって、パンク的な破壊衝動をあまり感じられないというのが正直なところである。

2004年にデリーで結成されたSuperfuzzというバンドもインドにおける初期パンクロックにカテゴライズされることがあるようだ。

この曲に関しては、ニルヴァーナ風のサウンドに、リアム・ギャラガー風のヴォーカルといった感じだが、全ての曲がこのスタイルというわけでもなく、ロックバンドとしての作曲/パフォーマンス能力はこの時代のインドにしてはなかなか高いものを持っているようである。
その後、彼らはIndigo Childrenと改名し、90年代のUKのバンドを思わせるようなポップなロックを演奏している。

と、ここまで読んで(聴いて)いただいて分かる通り、インドのパンクバンドは、サウンド的には亜流の域を出ないものが多く、強いオリジナリティやカリスマ的な人気バンドが存在しているわけではない。
それでも、破壊衝動や社会への怒りと不満をパンクロックに乗せて表現している人たちがインドにもいるということに、まず何よりもうれしさを感じる。
カウンターカルチャーとしての音楽の本流がヒップホップに移ってしまったとしても、やはりどうしてもパンクロックでしか表現できないフィーリングというものがあるのだ。

かつて、ブルーハーツは『パンクロック』という曲で、極めて率直にこう歌った。
僕 パンクロックが好きだ 
中途ハンパな気持ちじゃなくて
本当に心から好きなんだ 
インドにも同じように感じている若者たちがいるのだと思うと、かつてこのジャンルの音楽にずいぶん力をもらった一人として、単純にうれしいのである。

インドのパンクロックシーンはまだまだ発展途上だし、その規模から考えると、これから爆発的に成長するとも思えないが、インドの都市の片隅で、ヘタクソなパンクバンドに合わせてモッシュしている若者たちがいると思うと、またいっそうインドという国が身近に感じられるというものである。

がんばれ!インドのパンクバンド!


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2019年09月20日

『ガリーボーイ』がきっかけで生まれた傑作!新進プロデューサーAAKASHが作るインドのヒップホップの新潮流!



ムンバイのヒップホップシーンから、また新しい傑作アルバムが登場した。
プロデューサーのAAKASHが先日自身の名義でリリースしたデビュー作"Over Seas"は、MC Altaf, Dopeadelicz, Ace(Mumbai's Finest), Dee MCといったムンバイのヒップホップシーンを代表するラッパーたちをフィーチャーした意欲作だ。
これまでのインドのヒップホップとは異なるトラップ以降のトレンドを意識したサウンドは、グローバルな同時代性を感じさせる内容となっている。

AAKASH(本名:Aakash Ravikrishnan)は、クウェートで生まれ、米国インディアナ州の大学で音楽やパフォーミングアーツを学んだ、典型的なNRI(在外インド人)だ。
マルチプレイヤーでもあり、アメリカのドキュメンタリー番組のサウンドエンジニアとしてエミー賞(テレビ界の最高峰の賞)を受賞したことがあるというから、本場米国仕込みの実力派と呼べるだろう。
昨年アメリカからムンバイに移住してきた彼が最初にコラボレーションしたのは、まだ10代の若手ラッパーMC Altafと31歳の(ムンバイのシーンでは)ベテランのD'Evilだ。



ミュージックビデオの舞台は、インドでもヒップホップ・ブームと並行して人気が高まっているスニーカーショップ。
この"Wazan Hai"を皮切りに、AAKASHは次々とムンバイのラッパーたちとのコラボレーションを進めていった。

トラックもメロディックなフロウもインドらしからぬ"Obsession/Bliss"は14歳からラッパーとして活躍しているPoetik Justisとのコラボレーション。

ミュージックビデオはなぜか中国語の字幕付きだ。

米国からムンバイに移住してきたAAKASHは、映画『ガリーボーイ』を見て当地のヒップホップシーンのむき出しのパワーに触発され、インスタグラムを通じて地元のラッパーたちにコンタクトを取ったという。
『ガリーボーイ』にも、スラムのラッパーの才能に引き寄せられるアメリカ帰りのトラックメーカーが登場するが、それと全く同じようなエピソードだ。
そもそも『ガリーボーイ』自体が、ボリウッドの名門一家に生まれ、ニューヨークで映画製作を学んだゾーヤー・アクタル監督がムンバイのヒップホップシーンの熱気に魅了されて製作された映画である。
ムンバイのヒップホップシーンはものすごい求心力で世界中に拡散したインド系の才能を惹きつけているのだ。

ストリートヒップホップは、巨大なショービジネスの中で作られた映画音楽や高度に様式化された古典音楽とは違い、都市部の若者たちから自発的に誕生した、インドでは全く新しいタイプの音楽だ。
欧米では60年代のロック以降あたりまえだった「労働者階級が自分たちのリアルな気持ちを吐き出すことができる音楽」が、インドでは2010年代に入ってようやく誕生したわけだ。
欧米文化に慣れ親しんだ国際的なアーティストが、インドのヒップホップ誕生をもろ手を上げて歓迎するのは、むしろ当然のことなのだ。

Rolling Stone Indiaの特集記事でのAAKASHの言葉が、在外アーティストから見たインドのシーンを端的に表わしている。
「インドのヒップホップは現代のL.A.やアトランタやシカゴのヒップホップとは対照的に、よりオールドスクールでリアルなヒップホップの影響を受けているね」

MC Altafとのコラボレーションについてはこう語っている。
「彼は俺の音楽をチェックした後に、D'Evilとのレコーディングのために俺のホームスタジオまで来てくれたんだ。俺たちはいろんなビートを試してみたんだけど、その中のひとつを選んでその日のうちに仕上げたよ。それが"Wazan Hai"になった。この曲が、ムンバイで最高のヒップホップアーティストたちをフィーチャーした"Over Seas"というアルバムを作るきっかけになったんだ。これは、彼らにフレッシュな2019年や2020年のサウンドを提供して、世界にプロモートするためのアルバムだよ」

ヒップホップ(ラップ)は言葉の音楽だが、トラック/ビートもまた重要な要素である。
とくに世界的な市場で評価されるためには、サウンド的にも新しくクールであることが求められる。
これまで、インドのヒップホップは、オールドスクールヒップホップやインドの音楽文化の影響のもとでガラパゴス的な発展を遂げてきた。
このアルバムは、高いスキルとリアルなスピリットを持ったムンバイのラッパーたちに、現代的な最新のビートをぶつけてみるという、非常に野心的な試みでもあるのだ。

インドのローカル言語でラップされるこのアルバムは、先日紹介した英語ラッパーたちの作品と比べると、馴染みがない響きに少し戸惑うかもしれない。
だが、気にすることはない。
AAKASH自身もこう言っている。
「俺はヒンディー語で育ったわけじゃないから、ヒンディー語が本当に分からないんだ。だからレコーディングが終わって、彼らにヴァースの意味を聞くまで、誰が何を言っているのか全く分からなかったんだよ」
彼もまた、リリックの中身は分からなくても、シーンの熱気とラップのスキルやフロウのセンスに魅せられた一人なのだ。

AAKASHは、アメリカでヒップホップだけでなくメタル、ポップ、ジャズ、ロックなど様々な音楽の影響を受けており、この"Over Seas"にはジャズ、R&B、クラシックギター、フォーク、ボサノヴァの要素が込められているという。

Sid J & Bonz N Ribzをフィーチャーしたこの"Udh Chale"はBlink182のようなポップなパンクバンドの要素を取り入れているそうだ。
 

ダラヴィのラッパーDopeadeliczをフィーチャーしたトラップナンバー"Bounce"は、ヘヴィーなサウンドと緊張感で聴かせる一曲。


"Aadatein"は、いつもは歯切れのよいラップを聴かせるDee MCのメランコリックな新境地だ。


インドのヒップホップシーンには、この一年だけでも、才能豊かで、シーンを刷新するようなアーティストがあまりにも多く登場している。
もちろん今回紹介したAAKASHもその中の一人だ。
アンダーグラウンドで発展してきたヒップホップシーンは、『ガリーボーイ』という起爆装置によって、ものすごい勢いで進化と多様化を進めており、一年後がどうなっているか、全く想像がつかないほどだ。

AAKASHの次のアルバムはすでに完成しており、"Homecoming"というタイトルのジャズ・ヒップホップだという。
リリースは彼が米国に帰国した後になるそうだ。

今度はどんな新しいサウンドを聴かせてくれるのか、今から非常に楽しみである。


参考記事:
Rolling Stone India "Aakash Delivers a Cutting-Edge Debut Hip-Hop LP ‘Over Seas’"
The Indian Music Diaries "AAKASH Moved to Mumbai, and Made One of the Most Groundbreaking Indian Hip-Hop Albums"


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(2019.9.23加筆)

ムンバイ在住の友人がAAKASHに近しい人物から聞いた話によると、彼のインドへの帰国はトランプ大統領の排外的な移民政策によるものだったという。
まさかトランプの政策がインドのヒップホップシーンに影響を及ぼすとは思わなかった。
アメリカの移民排斥によって、最新のヒップホップサウンドがインドに持ち込まれることになったのだ。
これがまさにグローバリゼーションというやつだなあ、と非常に感慨深く感じた次第。
状況は不明だが、AAKASHは既報の通り再びアメリカに戻ることも考えているようだ。


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「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」

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2019年09月15日

インドの新世代英語ラッパーが傑作アルバムを発表(その2) Tienas

前回紹介したバンガロールのSmokey The Ghostに続いて、今回もインドの英語ラッパーの新作を紹介する。
今回紹介するのはTienas.
ムンバイを拠点に活躍する若干22歳の若手ラッパーだ。

Facebookなどで彼のプロフィールを見ると、Tienas aka Bobby Boucherとあるが、彼の本名はTanmay Saxena.
Tanmayの憧れの存在であるEminemが、彼の本名Marshall Mathersから名前を取ったのと同様に(名と姓のイニシャルからM and M →M'n'M→Eminem)、Tanmay Saxenaの'T and S'を縮めてTienasというステージネームをつけた。
Bobby Boucherは、EminemにおけるSlim Shady同様、ラップの中に登場する彼の別人格で、この名前は映画『ウォーターボーイ』でアダム・サンドラーが演じた吃音の主人公から取られている。
Tanmay Saxenaもまた吃音であり、ラップではなくふつうに喋る時にはどもってしまうという、日本のラッパー「達磨」と同じようなバックグラウンドを持ったアーティストだ。
(軽々に言うべきではないかもしれないが、「吃音」とラップは相性が良いのか、ANARCHYが監督をつとめた映画"WALKING MAN"の主人公も吃音という設定。コミュニケーションに困難を抱えていた吃音者が、ラップという手段を手に入れてその内面を吐き出したら、実はそれは誰の心にも突き刺さるものだった、ということなのだろうか)

TienasもSmokey The Ghost同様に、以前からダウンテンポでローファイ的なトラックに英語のラップを乗せる、インドのヒップホップシーンでは珍しいタイプのラッパーである。
これは彼の代表曲のひとつ、ニセモノのAdidasと安物の服についてラップした"Fake Adidas".

この曲の真のテーマは過度の資本主義への批判とのこと。

インドのヒップホップシーンを牽引するデリーのAzadi Rocordsと契約してリリースされた"18th Dec"

彼のラップは高めの声が特徴で、女性のリップシンクでも違和感がない。

彼は兄のRayson47らと結成した'FTS'という音楽クリエイター集団の一員でもあり、この名義で発表された作品もまた音響的に非常に面白いものが多い。
ピアノとトランペットのジャジーな響きが叙情的な"Dead Rappers"

内省的なリリックも多く、音響的な要素とあいまって、文学的な雰囲気すら感じさせるヒップホップが彼の個性と言えるだろう。
彼のサウンドやリリックを、2010年代後半からアメリカで流行しているEmo Rapと関連づけているネットの記事もあった。

前置きが長くなったが、このTienasが今年7月にリリースしたニューアルバム"O"が素晴らしい。
これまでのローファイ的なスタイルのみならず、多様なサウンドに挑戦した意欲作になっている。
ミュージックビデオが作られたのはこの"Juju"という曲。

このアルバムはYoutubeやSoundcloudなどでの無料公開はされていないため、リンクを貼りつけてそのまま聴ける形式で紹介できないのが残念だが(アーティストのためには良いこと!)、SpotifyやApple Musicのようなサブスクでは配信されているので、ぜひチェックしてみてほしい。
個人的にはこの"Juju"よりも、他の楽曲のほうが気に入っている。

とくに、メロウなギターがフィーチャーされた"Dangerous", ジャジーなピアノが印象的な"Peace Of Mind", ムーディーでポップな"Backseat", 日本のNujabesにインスパイアされたという"10-18"(彼もまた世界中の多くのローファイ系のヒップホップアーティストと同様に、Nujabesから大きな影響を受けているとのこと)など、非常に聴きどころの多いアルバムとなっている。
ゲストによる"Seedhe Maut's Interlude"や"FTS Outro"といったトラックさえも、かなり聴きごたえのある内容に仕上がっており、年末に各媒体が選出する今年のベストアルバムにも確実にノミネートされるだろう。



彼の評価、そしてインドのヒップホップブームの本質については、Rock Street Journalの記事にあるこの文章に言い尽くされている。
His talent is undeniable and his ambitions, admirable. It’s a common misconception that the explosion of hip-hop in India is credited solely to rappers taking up their regional language as a medium of expression. At the crux of any artistic movement is authenticity. Audiences gravitated towards the likes of Divine and Naezy, not only because they were spitting in Hindi, but because they were simply being themselves. Historically, art has always been about speaking truth to power and hip-hop has been the most eloquent of the contemporary forms. Tienas is likely to breed a newer generation of rappers and appeal to audiences, not because he’s rapping in English, but because he’s telling his stories, his way. “Music is for the soul”, says Bobby, “it really doesn’t have a language.”

 彼の才能は否定しようがなく、彼の野心は賞賛に値するものだ。
(ヒンディー語などの)ローカル言語のラッパーたちだけがインドにおけるヒップホップブームを巻き起こしていると考えるのは、よくある誤解である。
このムーブメントの核心は「本物であること」だ。
オーディエンスがDivineやNaezyのようなラッパーに惹きつけられているのは、彼らがヒンディー語で言葉を吐き出しているからというだけではなく、彼らが(表現において)常に自身自身に対して正直であるからだ。
歴史的に見て、アートは常に権力に対して真実を語るものであった。そして、ヒップホップは今日のアートフォームの中では最も雄弁なものである。
Tienasは新世代のラッパーたちに影響を与えるだろうし、オーディエンスにもアピールするはずだが、それは彼が英語でラップしているからではなく、彼のストーリーを自分自身の言葉で、自分自身の方法で表現しているからである。
Bobbyは語る。
「音楽は魂のためのものさ。どの言語かなんて、全く関係ないんだよ。」 

映画『ガリーボーイ』のヒットでインドのストリート・ヒップホップはにわかに注目を集めているが、インドのヒップホップはそれだけではなく、こうしたメロウで内省的なラップをする優れたアーティストもいるのだ。
インドの人口規模(そしてラップのテーマとなりうる社会の矛盾)を考えれば、インドのヒップホップはセールス的にも質的にもまだまだ成長の余地が大きいと感じる。
5年後、10年後にインドのシーンがどのようになっているのか、非常に楽しみだ。
今後もこのブログではインドのヒップホップシーンに注目していきたいと思います!


参考サイト:
Azadi Records:"Tienas"
Wild City: "Review: 'O' By Tienas"
Rock Street Journal Online: "Tienas Puts Out Spacey New Album On Azadi Records"
Homegrown: "Tienas Is Indian Rap’s New Boy Wonder - Don’t Look Away Now"


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2019年09月02日

ゾーヤー・アクタル監督来日!ジャパンプレミア直前、映画『ガリーボーイ』3つのキーワード


インド初の本格ヒップホップ映画『ガリーボーイ』のジャパンプレミア上映が、9月5日に新宿ピカデリーでゾーヤー・アクタル監督を迎えて行われる。
『ガリーボーイ』については、たびたびこのブログでも血圧高めの紹介とオススメをしてきたけど、いよいよ公開も近づいて来た今回は、見る前に、知っておくと良い3つのキーワードを説明します。
他の優れた映画と同様に、『ガリーボーイ』も、何も事前知識がなくても楽しめるのだけど、『8mile』を見る前に当時のデトロイトの社会状況を知っておいたほうが深く理解できるのと同じように、『バジュランギおじさんと小さな迷子』を見る前にインドとパキスタン、ヒンドゥーとムスリムの関係を知っておいたほうがより感動できるのと同じように、『ガリーボーイ』もまた、インドのヒップホップシーンや物語の舞台となるムンバイ最大のスラム、ダラヴィのことを知っていたほうがより深く楽しめる!
というわけで、さっそく始めたいと思います。


キーワードその1 "GULLY"
『ガリーボーイ』という映画のタイトルを聞いて、そもそも「ガリー(Gully)」って何ぞや?(ゾーヤー監督だけに)と思った方も多いはず。
この「ガリー」はヒンディー語で、細い路地のような通りを意味する言葉。
予告編に映るムンバイのスラム街の様子を見れば、その雰囲気がわかってもらえるはずだ。
主人公のムラドが暮らしているのは、ムンバイ最大のスラム、ダラヴィ。
ムラドがカレッジからダラヴィの家に帰るシーンでは、スラム街に入ると急に道幅が狭くなり、まさに「路地」としか呼びようのない狭小住宅の密集地区になっているのが分かる。
インドじゅうからやってきた貧しい移民たちによって形成されたダラヴィは、きちんとした都市計画がされているはずもなく、入り組んだ「ガリー」に並ぶ住居は極めて狭くて、衛生環境も悪い。
「ガリー」は、インドの都市の抑圧された者たちが暮らす場所であり、つまり「ガリーボーイ」は、そうした本来であれば決して誇れない出自であることをレペゼン(代表する、とひとまず訳してよいかな) する名前というわけだ。
アメリカや日本のヒップホップで近いニュアンスの言葉を探すなら、「ストリート」ということになるんだろうけど、幅の広い道を表すストリートに比べて、「ガリー」はごく狭い路地。
街角の道端(ストリート)にたむろしているのではなく、区画すらされていない路地裏に暮らしているのが「ガリーボーイ」ということになる。
つまり『ガリーボーイ』は発展途上国インドの大都市ムンバイの、「ストリート」よりもさらに過酷な環境に暮らす若者が、ラップでのし上がるストーリーというわけである。
この映画は、始まりから終わりまで全てムンバイが舞台になっており、薄暗い「ガリー」から、大富豪のパーティーやお洒落なクラブまで、大都市ムンバイの様々な顔が楽しめるのも魅力のひとつである。

ちなみにインドのヒップホップ界において、「ガリー」という言葉は、ムラドの兄貴分として登場するMC シェールのモデルとなったラッパーのDIVINEが多用したことで普及した言葉だ。
(彼が率いるクルーの名前も'Gully Gang'という)
DIVINEと、ムラドのモデルとなったNaezyが共演したこの"Mere Gully Mein"(「俺の路地で」)は、Naezyのパートを主演のランヴィール・シンが吹き替えて、「ガリーボーイ」のなかでも使われている。

こちらはオリジナルバージョン。
 

こちらが映画版。 

通常、インド映画のミュージカルシーンは専門のプレイバックシンガーによって歌われ、俳優は口パクなのが一般的だが、主演のランヴィールは、インドのヒップホップシーンへの強い共感から、ムラドのラップのパートを全て自分で吹き込んでいる。
相棒のMCシェール役のシッダーント・チャドルヴェーディのラップの吹き替えを行なっているのは、モデルとなったDIVINE本人だ。


キーワードその2 "ASLI"

劇中のサイファー(即興ラップ)のシーンでも効果的に使われているこの曲のタイトルは、"Asli Hip Hop".
この'Asli'は「リアルな、本物の」という意味のヒンディー語だ。
つまり、このAsli Hip Hopは、「インドにリアルなヒップホップを届けるぜ」という意気込みを歌った曲ということになる。
インドで最初のヒップホップ映画なのに、なぜわざわざ「リアルな」と言う必要があるのか。
それは、インドには「リアルでない」ヒップホップがすでにたくさんあるからである。
映画の冒頭で、ムラドの悪友モインが、車のなかで流れる曲を聞きながら「これがお前の好きなヒップホップってやつだろ?」と尋ねる場面がある。
ムラドは「こんなの本物のヒップホップじゃない」と答えるのだが、実はインドでは数年前から、映画音楽などで、商業的なラップミュージックが流行している。
モインは、ラップ・イコール・ヒップホップだと思って尋ねたわけだが、ムラドにとってはラッパーのリアルな自己表現こそがヒップホップと呼べるのであって、商業ベースで作られた音楽は、ラップではあっても決してヒップホップとは呼べない代物なのだ。
ちなみにそのシーンで流れるのがこの曲。
"Goriye" by Kaka Bhaniawala, Arjun Blitz & Desi Ma.
 
2009年に若くして亡くなったKaka Bhaniawalaのリミックスで、典型的なインドのパーティーラップだ。
この"Goriye"はホーンやパーカッションも小粋に、シーンの意図に反して、かなりかっこよく仕上がっているので、若干こうした意図が伝わりづらくなってしまっているのだが…。
派手なラブソングであるこの曲と、ムラドたちのリアルな生活を綴ったラップとを、ぜひ聴きくらべてみてほしい。

ちなみに実際のインドの音楽シーンで、ガリー系のラッパーからよくディスられている商業的なラップミュージックはこんな感じ。
 
"Goriye"を歌っていたKaka Bhaniawala同様、インド北西部パンジャーブ系のシンガー/ラッパーであるYo Yo Honey SinghやBadshahは、パンジャーブ州の伝統的リズムのバングラーにヒップホップやEDMを融合して人気を得ているのだが、その派手なスタイルは、なにかとリアルさを売りにしているラッパーの目の敵にされている。

ヒップホップとして「'Asli'(リアル)であること」は、『ガリーボーイ』のなかでも終始重要なテーマとして位置づけられている。
映画を見終われば、ラッパーに憧れる青年だったムラドが初めて本物のラッパーのMCシェールに出会うシーンから、クライマックスのラップバトルまで、「リアル」というキーワードがこの作品を貫いているということが分かるはずだ。
まだ本物のヒップホップが一般レベルで(つまり、商業的ボリウッド娯楽映画の観客には)根付いていないインドにおいて、『ガリーボーイ』がヒップホップを単なるパーティーミュージックや経済的成功の手段として描くのではなく、「リアル」なものとして描いたことは特筆に値する。


キーワードその3 "AZADI"
3つめのキーワードは、"Azadi".
「自由」を意味するヒンディー語だ。
この"Azadi"という言葉はデリーを拠点にしているインドの新進ヒップホップレーベルの名前にもなっており、 『ガリーボーイ』のなかでも同名の楽曲が使用されている。
「自由」はロックやヒップホップといった現代音楽の核心的なテーマであり、さらに言えばあらゆる音楽や芸術の根源となるものだ。

カーストや出自による差別がいまだに存在するインドの、さらにスラム街という、自由から程遠い場所に暮らすムラドが、いったいどうやって「自由」を獲得するのか。
もちろん、それはこの映画の主題である「ヒップホップ」によるわけだが、そのために大きな役割を果たすのが「インターネット」である。
1990年代以降の経済自由化、2000年以降のインターネットの普及にともなって、インドの社会は大きく転換した。
ヒップホップをはじめとするインディーミュージックがインドで本格的に発展するのは2010年以降だが、これはインターネットを通じて世界中の音楽をリアルタイムで聴くことができるようになり、また自分の作った音楽を世界中の発信できるようになったことの影響が非常に大きい。
映画の中でも、ムラドは恋人のサフィーナからプレゼントされたiPadを使ってラップをインターネットにアップロードし、成功のきっかけをつかむのだが、このエピソードはモデルとなったラッパー、Naezyの実話がもとになっている。
Naezyもまた、スラムと呼んでもいいような下町Kurla地区の出身の不良少年だったが、プレゼントされたiPadを使ってビートをダウンロードし、ラップを乗せ、ミュージックビデオまで撮影してインターネット上に公開したことで高い評価を得て、一躍人気ラッパーとなった。

予告編でも言われているように「使用人の子は使用人」として生きざるを得ないインド社会において、インターネットは自身のラップを発表するための手段として機能しており、高く評価されれば出自や階級のくびきから逃れられるという、希望の象徴になっている。
そういう意味では、この『ガリーボーイ』は、伝統社会と現代性を同時に描いた、極めて今日的な物語なのである。
スラムの若者や子どもたちが、ダンスやラップによって得る自尊心は、まさに精神の自由=Azadiそのものであり、これは映画の中だけの絵空事ではなく、実際のムンバイのスラムの状況がもとになっている。
この映画は、ヒップホップがスラムの希望となる瞬間を象徴的に描いた物語でもあるのだ。
(参考記事:「本物がここにある。スラム街のヒップホップシーン ダンス編
      「Real Gully Boys!! ムンバイ最大のスラム ダラヴィのヒップホップシーン その1

ちなみに、映画のなかで使われた楽曲"Azadi"は、飢えや差別や不平等からの自由を訴える楽曲。

サウンドトラックではDub SharmaとDIVINEによる共演となっているが、もともとは2016年にDub Sharmaがソロで発表していた楽曲で、さらにその元となったのは、デリーの名門大学ジャワハルラール・ネルー大学の学生デモのシュプレヒコールである。
(この情報はGully Boyの楽曲の翻訳に取り組んでいる餡子さんに教えていただいた。詳細はこちらから。餡子さんは、現在インド/イスラーム研究者の麻田豊先生と現在さらなる的確な翻訳に取り掛かっている)
ストーリーに大きな関わりを持つ楽曲ではないが、ゾーヤー・アクタル監督はこうした社会性の強いラップをサウンドトラックに入れることで、ヒップホップという音楽の持つ社会的側面を伝えようとしているのだろう。


というわけで、Gully, Asli, Azadiという3つのキーワードで、映画『ガリーボーイ』を紹介してみた。
お気付きの方もいるかもしれないけど、ヒップホップ映画ということで、Gully, Asli, Azadiと韻を踏んでみました。

この"Gully Boy"、今までのインド映画とは一味違う、音楽ファンやヒップホップファン、ハリウッド映画や欧米のミニシアター系作品好きにも確実に楽しんでもらえる映画だ。
私も非常に思い入れのある映画なので、一人でも多くのみなさんに見てもらえたらうれしいです。

そして!
映画公開に合わせて、あのサラーム海上さんと、ムンバイのラッパーと楽曲を発表したこともあるカタック・ダンサーのHiroko Sarahさんと、この私、軽刈田 凡平で、公開記念イベントを行います。
映画に使われた楽曲やいろんな曲をかけながら、映画の背景となったインドのヒップホップシーンを紹介する予定!
詳細はこちらから!


みなさんのご来場、お待ちしています!

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2019年08月13日

ここ最近の面白い新曲を紹介!Karsh Kale feat. Komorebi, Aswekeepsearching, Swarthy Korwar feat. MC Mawaliほか

ここ最近、以前紹介したアーティストを中心に面白いリリースが相次いでいるので、今回はまとめて紹介してみます。

以前「インドのインディーズシーンの歴史的名曲レビュー」でも取り上げたタブラプレイヤー兼フュージョン・エレクトロニックの大御所Karsh Kaleは、日本のカルチャーの影響を受けた女性エレクトロニカアーティストKomorebiをフィーチャーした新曲をリリース。
Karsh Kale feat. Komorebi "Disappear" 
 
両方のアーティストの良さが活きた素晴らしい出来栄えの楽曲。
Komorebiはここ1〜2年でどんどん評価を上げており、ついにフュージョン音楽(ここで言うフュージョンはインド伝統音楽と現代音楽の融合のこと)のパイオニアの一人で、メインストリームの映画音楽でも活躍するKarsh Kaleに抜擢されるまでになった。
映像から音作りまで、非常にアーティスティックな彼女が今後どのような受け入れられ方をするのか、注目して見守りたい。

バンガロールを拠点に活躍するポストロックのAswekeepsearchingは、よりロック色の強い新曲"Rooh"(ウルドゥー語で「精神」という意味の単語か)をリリース。

今作では、ひとつ前のアルバム"Zia"で見られたエレクトロニックの要素は見られず、よりロック的な音作りの楽曲となっているが、演奏はともかくヴォーカルがLUNA SEAの河村隆一っぽく聴こえるところが好みが分かれそうだ。
彼らは新曲と同名のニューアルバムを準備中とのこと。
インドのポストロックシーンの代表格である彼らが、どんな新しいサウンドを届けてくれるのだろうか。


アメリカ出身のインド系女性シンガーMonica Dograは、フュージョンヒップホップ的な楽曲"Jungli Warrior"をリリース。

Divineらのガリー・ラップ以降、なんの変哲も無いインドの日常風景やそこらへんのオヤジをかっこよく撮るのが流行っているようだが、このビデオでもボート漕ぎのおっさんが非常にクールな質感で映されている。
オシャレで絵になるもののみを映すのではなく、日常を「リアルでかつクールなもの」として再定義するこの傾向は、かっこいいし面白いし個人的にも大好きだ。
タイトルはの"Jungli Warrior"は「ワイルドな戦士」といった意味。
余談だが英語でも日本語でも通じる"Jungle"はインド由来の言葉である。

在英インド系タブラ奏者/ジャズ・パーカッショニストのSarathy Korwarは、ムンバイのアンダーグラウンドヒップホップクルーSwadesiのMC Mawaliをフィーチャーした"Mumbay"をリリース。
 
ひたすらムンバイの街と人々を映した映像は、まさに日常をクール化する作風の具体例と言っていいだろう。
ムンバイの映像に合わせて、もろジャズなトラックに、ラップと呼ぶにはインド的過ぎるMawaliの語りが乗ると、まるでニューヨークあたりのように、不穏かつスタイリッシュに映るのが不思議だ。
冒頭に映画『ガリーボーイ』で有名になったフレーズ'Apna Time Aayega'がプリントされたTシャツや、ダラヴィのラッパーたちが少しだが映っている。
音楽的には変拍子が入ったノリにくいリズムが、不思議な緊張感を醸し出していて、大都会ムンバイの雰囲気が伝わってくるかのような楽曲に仕上がっている。

Sarathy Korwarは、2016年に名門Ninja Tuneから、デビュー・アルバム"Day to Day"をリリースしたアーティスト。
ジャズにインドに暮らすアフリカ系少数民族Siddi族の音楽を取り入れた音楽性がジャイルス・ピーターソンやフォー・テットにも高い評価を受け、その後はカマシ・ワシントンらのオープニング・アクトを務めるなどヨーロッパを中心に活躍している。
"Mumbay"は彼のセカンド・アルバム"More Arriving"からの楽曲。
Sarathyは「これまでにイギリスで考えられてきた典型的なインドのサウンドではなくて、本国とディアスポラ双方の2019年の新しい音楽のショーケースを見せたかったんだ」と述べている。
アルバムの他の楽曲にはデリーの大注目ラッパーPrabh Deepや闘争のレゲエ・アーティストDelhi Sultanateも参加している。
新しい世代の在外インド人系フュージョン・アーティストとして要注目だ。

この"Mumbay"という楽曲は、「ムンバイ(ボンベイ)という都市へのラブレターのようなもの」で、この街の二重性や相反する物語を表すもの」だそう。
https://www.vice.com/en_in/article/xwndb7/stream-sarathy-korwars-new-single-mumbay-ft-mc-mawali-of-swadesi) 
以前紹介したDIVINEの"Yeh Mera Bombay"とも似たテーマを扱っているようにも思える。

ちなみにムンバイの老舗ヒップホップクルー、Mumbai's Finestによると「ムンバイは名前で、ボンベイは感情だ。同じように聴こえるかもしれないけど、ボンベイには意味があるんだ(欠点もね)」(Mumbai is the name and Bombay is a feeling, It may sound the same, but Bombay is the meaning (demeaning)!)とのこと。

この街の文化的な豊かさやいびつさが、今後ますます素晴らしい作品を生むことになりそうだ。



今回紹介したアーティストを過去に取り上げた記事はこちらから。








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