ヒンディー語

2020年08月17日

ヒンディー・ロックの代表格 The Local Trainの映画風ミュージックビデオ

「ヒンディー・ロック」というジャンルがある。
とくに難しい定義があるわけではなく、「ヒンディー語で歌われているロック」というだけのことである。

インドでは、一般的に英語よりもローカル言語で歌われている曲のほうが人気が高い(YouTubeやサブスクの再生回数が多い)。
英語の上手い人材が多い印象の強いインドだが、英会話ができる人の割合は20%、そのなかで「英会話が流暢にできる」という人の割合はたったの4%だけだという調査結果がある。
(出典:「インドで英語が話せる人は人口の何割?」 https://news.yahoo.co.jp/byline/terasawatakunori/20150801-00048077/ 大卒者では8割以上が「流暢に話せる」もしくは「少し話せる」と答えているから、当然ながら社会階層によってもその割合は大きく異なる)
映画『ヒンディー・ミディアム』で描かれていたように、英語は給料の良い職に就き、上流階級として扱われるための必須条件として扱われているが、国全体として見ると、まだまだ自在に話せる人は少ないのだ。


というわけで、インドにも、洋楽的な世界観を志向し、国際的な成功を目指して英語で歌うミュージシャンは多いけれど、インドの一般的なリスナーにとっては、やはり生まれ育ったときから話しているローカル言語のほうが馴染みやすいという傾向がある。
この状況は、日本の音楽シーンとも似ていると言えるかもしれない。

インドの音楽シーンと言語をめぐる状況をもう少し詳しく見てみよう。
「インドには20を超える公用語がある」と言われているが、インドの言語の中で、もっとも話者数/理解者数が多いのは、インド北部と中部の広い地域で話されているヒンディー語だ。
じつは、連邦政府の公用語として定められているのは、このヒンディー語と英語のみであり、タミル語やベンガル語などの言語は州レベルでの公用語(連邦政府は「指定言語」としている)に過ぎない。
ヒンディー語を公用語としない州でも、ボリウッド映画やテレビ番組などによってヒンディー語に親しんでいる人々は多く、つまり、ヒンディー語で音楽や映画を作れば、それだけ大きな市場にアピールできるのだ。

YouTubeを見る限り、同じようなタイプ/クオリティーの音楽でも、ヒンディー語で歌われている場合、英語を含む他の言語よりも数倍からひと桁くらい再生回数が多いという印象を受ける。
(ただしこれはインディー音楽に限る。映画音楽に関しては、ヒットした映画の曲であれば、言語を問わずさらに2桁くらい高い再生回数を叩き出している)
実際、英語やヒンディー以外の言語で歌うインドのインディーミュージシャンからは、ヒンディー語の曲ばかり聴かれている現状を嘆く声を聞くことも多い。

前置きが長くなったが、こうしたインドで最大の市場を持つヒンディー語のロックを代表する存在が、The Local Trainだ。
彼らは2008年に北インドのチャンディーガル出身のメンバーらによって結成され、その後デリーを拠点に活動を続けている。
垢抜けない印象のあったヒンディー・ロックに、洋楽的なメロディーとアレンジを導入し、その洗練された音楽性で高い人気を集めている。

インド最大言語の人気バンドということで予算も豊富なのか、彼らは凝った映画風のミュージックビデオを作ることでも知られており、2017年にリリースした"Khudi"では、Uber Eatsのようなバイクでの出前を仕事にしている青年が自由を求めて旅に出るまでの過程を鮮やかに描いている。

王道のポップ・ロック・サウンドに、クオリティーの高い映像による誰もが共感できるストーリー。
600万回以上という、インドのインディーバンドにしてはかなり多い再生回数を叩き出している理由が分かるだろう。

旅は彼らにとって大事なテーマなのか、この"Dil Mere"はヒマラヤ山脈の麓の町マナリ(Manali)を舞台にしたロードムービー風に撮影されている。

空撮を多用した美しい自然と、現地の人々の素朴な佇まいが清々しい印象を残すこの映像は、撮影に8日間、編集に30日間をかけたものだという。
このミュージックビデオのYouTubeでの再生回数は1,200万回以上!
彼らの人気の程がお分かりいただけるだろう。

現時点での最新アルバムは2018年にリリースされた"Vaaqif".
その収録曲"Gustaakh"のミュージックビデオは、なんと特撮SF風のコマ撮り作品だ。
日本の怪獣映画(のハリウッドリメイク?)の影響も感じられる作風が面白い。


彼らは、影響を受けたバンドにNirvana, Aerosmith, U2, Alt-J, The 1975を挙げている。
まったく音楽的な共通点のない顔ぶれだが、いずれも商業的に大きな成功を収めたバンドなので、王道のロックを奏でる彼ららしい好みとも言えるだろう。
(ちなみに国内のアーティストでは、Indian OceanとLucky Aliを挙げている)

メンバーの中にはロスアンジェルスの名門音楽学校MIの出身者(ギタリストのParas Thakur)も在籍しており、英語で歌っても良さそうな彼らだが、ヒンディー語で歌う理由をインタビューでこう答えている。

「僕らは90年代に育ったから、インドにロックやポップスが紹介される前の音楽を聴いていた。だから、僕らのルーツも、考え方も、心の中で自問自答するときも、いまだにヒンディー語なんだ。それに加えて、ウルドゥー語(ヒンディーと共通点の多いパキスタンなどの公用語)の詩も僕らの一部になっていて、ずっと楽しんできた。だから、ヒンディー語の音楽を通して自分たちのことを表現するって言うことは、ぼくらにとってすごく自然で、詩的なことでもあるんだ」
https://travelandleisureindia.in/the-local-train-interview/

彼らが表現したい世界観は、自分たちのルーツでもあるヒンディー/ウルドゥーでないと表現できないということなのだろう。

The Local Trainは、デリーでの大学祭や各地のフェスでのライブで人気を獲得し、2015年にはゼンハイザーによって「インドNo.1若手バンド」にも選ばれるなど、音楽業界での評価も高い。

つねに新しくて刺激的な音楽を探している映画業界が彼らのことを放っておくはずもなく、実際、彼らの"Aaoge Tum Labhi"は2015年のボリウッド映画"Angry Indian Goddeses"にも採用されている。

これは映画のために作曲したものではなく、彼らが以前に作っていた曲が映画に採用されたという経緯だったようだ。
(そのため、よくあるボリウッド・ソングのように、映画のシーンがミュージックビデオに使われていない。ちなみにこの曲の再生回数も1,000万回を超えている)
ご存知の通り、インドでは音楽シーンの主流は今でも映画音楽だが、彼らはボリウッドについて、どう考えているのだろうか。

「結局のところ、ボリウッドだろうとインディーだろうと、いい曲はいいし、ダメな曲はダメだよね。僕らは雇われて女優のダンスシーンのために曲を変えたりするミュージシャンにはなりたくない。僕らはインディーアーティストとして、自分たちが作りたいものだけを作りたいんだ。僕らの音楽をそのまま求めてくれるんだったら、誰であろうとうれしいよ」
「"Angry Indian Goddeses"で使われた曲も、アルバムでリリースされた通りだった。ディスコ調にしたり、ビートを変えたりはしなかった。インディーバンドにとっては大切なことさ」

自分たちの曲がそのままの形で使われるのであれば構わないが、映画のために魂を売ろうとは思わない。
人気バンドとなった今も、彼らはインディーアーティストとしての矜持を保っているようだ。
インドのインディー・ロックの、そしてヒンディー・ロックの代表的なバンドであるThe Local Trainが、今後どのような活躍をしてゆくのか、興味が尽きない。


参考サイト:
http://www.pritishaborthakur.com/2016/03/19/in-conversation-with-the-local-train/

https://themanipaljournal.com/2017/02/20/being-indie-and-hindi-the-local-train-interview/

https://travelandleisureindia.in/the-local-train-interview/




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goshimasayama18 at 18:10|PermalinkComments(0)

2018年08月29日

フュージョン音楽界の新星! Pakshee

「フュージョン」といえば、前世紀頃の日本では、ジャズとロックの融合的な音楽ジャンルを指していたものだが、インド音楽で「フュージョン」という場合、それは「古典と現代」が融合した音楽ジャンルのことを指す。

今回紹介するデリーのバンド、Paksheeは、北インドのヒンドゥスターニーと南インドのカルナーティックという異なるスタイルの古典声楽をベースに持つふたりのヴォーカリストと、ソウル、ファンク、ジャズの要素の強いバンドメンバーとの絶妙のアンサンブルを聴かせてくれるインド・フュージョンロック界の新星だ。
まだスタジオ音源のリリースは2曲に過ぎないが、そのサウンドからは限りない可能性を感じさせてくれる。

まずは、彼らのデビュー曲、"Raah Piya" を紹介しよう。
Rolling Stone India誌が選んだ2017年のインドのミュージックビデオ・ベスト10の第5位にランクインしたビデオでもある。

タイトなリズムに浮遊感のあるヴォーカルが心地良い。
古典風に歌ってたと思ったら、ジャジーなピアノソロに続いてラップが入ってぐっと曲調が変わり、さらに最後のヴァースでヴォーカリスト2人がメインのパートとインプロヴィゼーションに分かれて掛け合いを始める頃には、あなたにもインドのフュージョン・ロックの魅力が最大限に感じられるはずだ。
インド声楽は慣れないと少しつかみどころがなく感じるかもしれないが、はまってくると独特のヴォーカリゼーションがとても心地よく感じるようになってくる。

続いて、彼らの2本目のビデオ"Kosh".
楽曲もビデオもさらに洗練されてきた!

今度はギターのアルペジオやリズムがちょっとラテンっぽい感じも感じさせる楽曲だ。
スムースな曲調が一転するのが3:20頃からの間奏で、ギターのノイズをバックに緊張感あふれる怒涛のリズムに突入する。
ここからさらにジャズ色の濃いピアノソロを経てヴォーカルに戻ってくる展開は圧巻だ。

"Kosh"のビデオを制作したのはデリーの映像作家Mohit Kapil.
「なぜ愛すのか、誰を愛すのか、どう愛すのか」というテーマで作成された映像は、困難の中にいる人々を扱った3つの独立したストーリーから成り立っている。
仕事と育児に追われるシングルマザー、作品を作りのための意思疎通がうまくいかないダンサーと写真家、衰えや痴呆と否応なしに向き合わされる老夫婦。
それぞれが日常の苦しみのなかから喜びや希望を見出してゆく過程は、計算し尽くされた美しい色調や構成とあいまって、短編映画のような印象を残す。

このPaksheeでユニークなのは、2人いるヴォーカリストのうち、一人はヒンディー語で、もう一人はマラヤラム語(南部ケララ州の言語)で歌っているということ。
全く異なる言語体系の両方の言語が達者な人はインドでもそう多くないはずだが、こうした言語の使い分け方にも何かしらの意図がありそうで、ぜひ彼らに聞いてみたいところだ。

この曲では、2つの言語で、
「いったい誰がミツバチのために花を蜜で満たすのか。誰が花を咲かせるのか」
「蝶は繭から孵るとき、いったいどうやって育ったのか。誰が育て、羽に色をつけたのか」

といった、生命をめぐる哲学的とも言える歌詞が歌われている。
("Kosh"はヒンディー語で「繭」や「宝のありか(金庫)」という意味とのこと)

Paksheeのサウンドは、楽器は西洋風、歌はインド風という比較的わかりやすいフュージョンだが、ジャズやロック的なインストゥルメンタルと古典音楽風のヴォーカルが不可分に一体化していて、先日紹介したPineapple Express同様に、フュージョンロックの新世代と呼ぶにふさわしい音像を作り上げている。

インドの要素の入ったロック」は昔から欧米のアーティストも多く作っているけど、この本格的な古典ヴォーカルを生かしたサウンドは本場インドならでは。
演奏力も高く、大きな可能性を秘めている彼らが、インドの市場でどのように受け入れられるのか、はたまた海外でも高く評価される日が来るのか、非常に楽しみだ。
まあどっちにしろ、世間の評価に関係なく私は高く評価しますよ。ええ。

それでは今日はこのへんで! 

goshimasayama18 at 01:00|PermalinkComments(0)